邪竜ギムレー。
千年の時を経てイーリス大陸に蘇った邪竜。
ギムレーの力は凄まじく、その毒牙によって世界は絶望に包まれた。
聖王クロムはギムレーに意識を奪われたルフレによって殺害され、クロムと共に戦ってきた仲間たちも、一人また一人と教団の信者や屍兵の手によって散っていった。
それでも、彼らの意思を受け継いだ子供たちは抵抗していたが、ついに人間の守護神たる神竜ナーガはギムレーによって殺され、神竜の巫女であるチキもまた聖王の娘ルキナを庇い命を落とした。そして、頼みの綱であるルキナの命運も今まさに尽き果てようとしていた。
しかし、物語の行方は邪竜の思惑を外れ、誰もが予想しえない方向へと向かい始める。
世界に「もしも」は存在しない。起きた事実は覆らない。あるのは起こりえた可能性であり、選択の瞬間を過ぎた時点で可能性は現実にはなり得ない。
つまり、これは――まぎれもない現実だ。
◆
炎の台座と忌々しき剣を携え、聖王の娘が祈りの言葉を紡いでいく。何としてでも妨害する必要があったが、ギムレーの体は動かない。
「我はその火に身を焼かれ、汝の仔となるを望む者なり。我が祈りを聞き届けたまえ」
神竜の炎が娘を包み込んだ。だが、全身を炎に焼かれてもなお、その眼差しは揺るぎない。娘の瞳に浮かぶ聖痕が力強くこちらを見据えた。
「あなたの覚悟、覚醒の儀を通して確かに受け取りました。……悪しきを貫く一振りの牙、そこに宿された真の力を解放します」
一度は完全に摘み取ったはずの希望。起こるはずのない覚醒の儀。
だが、葬ったはずの神竜の巫女はなぜか生きており、宝玉は炎の台座へとおさまった。
全てが思い通りにいかない。神竜を凌駕する程の力を得たはずなのに。
「ク、クソオオオォォォ!」
器は未だに同化を拒み、思うように体が動かない。ギムレーは辛うじて動く口からありったけの憎悪を吐き出した。
「オノレ、オノレルフレーーッ!」
聖王の娘、いや、すでに聖王となったその娘は静かにファルシオンを構えた。
「私はもう……負けません。お父様や仲間たち、そしてお母様あなたのためにも、今ここで……全て終わらせます!」
「ルキナ……ごめ……なさ……ずっと……辛いお……ばかり」
もはや口ですら言うことを聞かない。器の残滓に操られるまま、心にもない懺悔の言葉が紡がれる。
その言葉を受け、娘の視線が定まり、やがて彼女は力強くファルシオンをギムレー目掛けて突き出した。
憤怒と屈辱に脳が埋め尽くされるが、もはや体は一部たりとも自らの意志で動かすことはできなかった。
視界が白く染まっていった。