「山賊か、見逃すわけにはいかないね」
落ち着いた声と共に現れた緑髪の青年は、その手に魔道書を抱えていた。
口ぶりから察するに、先ほど賊が吹き飛んだのは彼の魔道によるものだろう。
「あなたは? 敵ではないみたいですが」
「ぼくはマリク。カダインの魔道士だ。隊長は君かな?」
「ま、マリクさん!? ……い、いえ、わたしは軍師です。隊長がこの場にいないので指揮をとっていますが、もうすぐ合流するはずです」
「そうか、じゃあ君に従おう。指示を出して欲しい」
「はい! ……あの、マリクさん、もしかしてあなたはマルス様の友人の」
マリクはカタリナの言葉を遮るように手を突き出した。
「話は後だ。今はこの状況を切り抜けるのが先だろう?」
「は、はい。そうですね」
マリクの力は圧倒的で、数の差をものともすることなく、並み居る敵を次々と風魔法でなぎ払った。賊たちは近づくことすらできずに倒れていった。
しかも、驚くことにマリクは誰一人として殺していないのだ。その力の差は歴然であり、勢いのままに飛びかかってくる者はもはやほとんどいなかった。
「くそっ、なんだてめえは! 弓兵、この緑頭をぶっ殺せ!」
「させるかよ!」
魔道士はその火力、殲滅力は申し分ないが、その分打たれ弱い。いくらマリクといえども、弓を受けて無事だとは思えない。マリクの戦力がルークたちの生命線である以上、弓兵たちの攻撃を許すわけにはいかなかった。
ルークは馬をかけ、弓兵に急接近した。弓兵が本領を発揮できるのは、遠距離での戦いだ。接近戦では無力に等しい。
「ルーク! そのまま、弓兵を殲滅してください!」
「おう、任せとけ!」
瞬く間に弓兵たちを斬り伏せた。賊たちの間に動揺がはしる。
流れは完全にこちらが握っている。ルークがそう確信した時、それは起こった。
辺り一面に広がる心臓を直接叩いたかのような強い振動と破裂音。それが終わったと同時に村の一画に炎があがった。
「いったい、何が」
「ぎゃはははは! いいぜいいぜ、そのまま、村ごと燃やしちまえっ!」
「そんな、なんて、酷いことを……」
マリクが悲痛な面持ちで呟いた。
「知ったことかよ。こうでもしねえと、オレたちは生きていけねえんだ。逆らうってんなら皆殺し、それがオレたちの流儀だ」
「おいおい、親分、逆らわなくても憂さ晴らしに燃やすつもりだったんでしょうに」
「はは、違いねえ」
殺さないように手加減をしたのが仇となり、マリクが倒した者たちが一人また一人と立ち上がった。
ルークは賊たちの攻撃を警戒したが、彼らの取った行動は全く逆のものであった。
「お前ら、よく聞け、こいつらには勝てねえ。さっさと逃げるぞ!」
「なッ! そうはいくかよ!」
ここまで好き勝手に暴れておいて逃すわけにはいかない。堂々と告げられた逃亡宣言にルークは声を荒げた。
「いいのか? そうしている間にも村は焼けてくぜ。それに――」
再び破裂音があたりに響いた。
「――仕掛けは一つじゃねえ。もたもたしてるとどうなるだろうな?」
「汚ねえぞっ」
「じゃあな、アリティアの騎士さんたち」
賊の首魁はそう告げると倒れ伏す仲間には目もくれず走り出した。生き残っている賊たちも後に続いていく。
ルークがカタリナを見ると、彼女は沈痛な面持ちで首を横に振った。
「まずは村に回った火の手を止めましょう」
「あいつらを逃がしていいのかよ!」
「いいわけないです。でも、人手が足りません」
「ぼくが取り抑えようか」
「……いくらマリクさんでも魔道士一人では危険です。森の中では死角も増えますし、逃げるふりをして待ち伏せされたり、不意を突かれたら対処できなくなります」
カタリナの判断はもっともであり、だからこそルークは鬱憤とした思いで奥歯を噛み締めた。
打つ手なし、見逃すしかないのか。
その時、ルークたちの視界を鋭い光が一閃した。一瞬遅れて糸の切れた操り人形のように、賊の首魁が倒れた。
「お、親分? ……そんな、し、死んでる」
近くにいた賊が駆け寄ったが、すでに賊の首魁に息はなく、腹部から流れるおびただしい血液が結末を知らせていた。
「逆らうなら皆殺し、いい流儀ですね。実はわたしの流儀もあなた方と同じなんですよ」
賊たちが逃げようとしていた方向から、黒いローブの女性と待ち焦がれた二人のアリティア従騎士の姿が現れた。
「遅くなってすまない」
「クリス、そちらの女性は?」
「彼女はギムレー、おれたちに手を貸してくれるらしい。見ての通り強力な魔導の使い手だ」
突如現れ強烈な魔法を放った彼女が敵ではないと聞いて、カタリナたちは安堵の表情を浮かべた。
「それでは、掃除を始めましょうか」
何でもないように呟いたギムレーの瞳は、この場にいる誰よりも濁っており、そして確かに笑っていた。
◆
ギムレー、クリス、ロディの三人が合流してからは一方的な展開だった。マリクが参戦した時点で力量の差は歴然としていたが、そこから更に三人増えたことであの場から逃げることに成功した者は一人もいなくなった。
火事の被害も全く無いとまではいかないものの、早期の消火によって最小限に抑えることができたようだった。
彼らは村を守ることに成功したと言えるだろう。
「ウキキ。計画どおり」
廃墟となった村の一画で不気味な仮面をつけた男が呟いた。
すでにクリスたちはこの場を去っており、彼らがこの仮面の男を見ることは叶わない。
黒い服に身を包んだ金髪の少女が歩いてきた。
「ローロー」
「あり? クライネがいる。別の仕事があるんじゃなかった?」
「うるさいわね。いつの話だと思ってんの。あんなの、とっくに終わらせたわよ」
クライネは舌打ちすると剣呑な眼差しを向けた。
「あたしはお前達のようなグズとは違うの」
「あいあい。でも、オレたち仕事はきちんとする」
厳つい体格とは対照的にローローの言葉は間延びしており、どことなく締まりが悪い。
「ふん、それならいいけど」
「クライネはどうしてここにいる?」
ローローの問いにクライネは小さく鼻を鳴らした。
「仕事についての伝言よ。よく聞きなさい――」
◆
「第七従騎士小隊、ただいま帰還しました」
「クリスたちか。ずいぶんと遅かったな。お前たちが最後だぞ」
「申し訳ありません! ジェイガン様」
クリスたちがアリティア城に帰還して始めにしたことはジェイガンに謝罪することだった。
ギムレーとマリクを除く全員が急いで頭を下げ、ギムレーは人ごとよろしくそれを眺めていた。
「ジェイガン様待ってください。彼らが遅れたのには事情があるのです」
「これはマリク殿。クリスたちと一緒とは、何かあったのですかな」
「ええ、実は――」
マリクは事の次第をジェイガンに伝えた。
クリスたちは村が山賊に襲われているのを見つけ戦っていたこと。アリティア城に向かう途中、偶然その場に居合わせたマリクとギムレーも手助けしたこと。
「――なるほど。……第七従騎士小隊!」
ジェイガンの鋭い呼び掛けにクリスたちは背筋を伸ばした。
「此度の件、アリティア騎士の誇りに恥じぬ素晴らしい働きであった。今後もその意気で訓練に励むように」
「はいッ!」
クリスたちは誇らしげな表情を浮かべ、気迫のこもった返事をした。
「ギムレー殿、そなたの助力に感謝する。貴殿がいなければ、村の被害はさらに大きくなっていただろう」
「ええ」
礼儀正しく謝辞を述べるジェイガンだったが、対するギムレーは上の空で返事をしていた。
ギムレーの頭の中はすでに終わった賊の話ではなく、他のことで一杯だった。
会話にも度々現れているアリティアという言葉。おそらく、この土地を指し示していると思われるその単語に、ギムレーはどこか聞き覚えがあり、記憶をたどっていた。
「マリク、久しぶりだね。元気だったかい?」
王族の衣装を身にまとった男が現れた。人当たりの良く爽やかな、それでいて芯の強さを感じさせる声。周囲の視線を自然と惹きつけるような存在感。ギムレーは我にかえると、声の主を眺めた。
かつてギムレーを追い詰めた聖王たちと同じ青色の髪。頭部には金色のティアラが嵌められている。
「お久しぶりです、マルス様」
英雄王マルス。
その名前を聞いた瞬間、ギムレーは呼吸も忘れ、大きく目を見開いた。