もしもギムレーがアリティアに飛ばされたら   作:ヒラギ

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第三話「実技訓練」

 ギムレーは世界を二度破滅の淵に追い込み、どちらも後一歩のところで阻止された。

 いずれにおいても、ギムレーの前に立ち塞がったのは神竜ナーガとその加護を受けた人間だった。

 一度目は封印され、二度目に至っては真の力に目覚めたファルシオンにより、その身を滅ぼされそうになった。

 

 ギムレーに歯向かった忌々しい者たち。

 

 彼らの祖先にあたり、イーリス聖王国の前身となった初代アカネイア連合王国の盟主。それがギムレーの知るところの英雄王マルスだ。

 二千年前から語り継がれる英雄。

 竜でもないただの人間が二千年もの時間を生きることができるとは到底考えられない。彼は英雄王と同じ名前の別人なのか、それとも英雄王本人であるとでもいうのか。

 

 呆然とするギムレーを見てクリスが口を開いた。

 

「ギムレー、あのお方がアリティアの王子、マルス様だ。……もしかして、マルス様の名にも聞き覚えがないか?」

「……ええ、自分のこと以外は何も」

 

 族を討伐した帰りの道中、クリスたちには記憶喪失で自分のこと以外は何も覚えてないと告げていた。

 

「そうか」

 

 てっきり何か説明してくれるものと思っていたギムレーは、クリスの態度に拍子抜けした。

 

「クリスさん、説明してくれないのですか?」

「今はマルス様の御前だからな」

 

 まるでギムレー教団の信者のような台詞だ。

 所詮は人であるマルスより、竜である自分を優先するべきだと思ったが、ギムレーは口を開こうとして思いとどまった。

 ギムレーはマルスについて詳しく知らない。

 仮に二千年経った今でも生きているのであれば、果たしてそれは人間と言っても良いものか、ギムレーは判断できなかった。

 

 マリクと話していたマルスが振り返った。

 

「村を救ってくれたこと、民を守るべき者として感謝している。ぜひ、お礼をしたい」

「お礼ですか」

「うん、ぼくに出来ることに限るけど」

「……実はわたし、クリスさんと出会うまでの記憶がないんです」

「え! それは、大丈夫なのかい?」

「アリティアという名前にも聞き覚えがある気はするのですが、どうにも思い出せなくて」

 

 ギムレーは憂いに満ちた表情で顔を伏せた。

 

「それなら、アリティア城にしばらく身を寄せるというのはどうかな」

 

 マルスの提言にマリクが頷いた。

 

「ぼくから見ても、彼女の魔導の腕前はかなりのものでした。騎士団の訓練に彼女の力を借りるのも良いと思います」

「マリクがそこまで褒めるくらいだ、きみの魔導の腕にはぼくも興味がある。ぼくたちに力を貸してくれるのであれば心強い」

 

 アリティア城を離れたとしても行き場はないだろう。それに調べたいことも多い。

 記憶喪失という嘘が通っているこの城にいる方が動きやすそうだった。

 

「……そうですね、ではしばらくここに留まることにします」

 

 そうして、ギムレーはアリティア城に招かれることとなった。

 

 

 

 

 アリティア城で暮らし始めてわかったことがある。

 それはマルスが二千年生きているのではなく、どうやらギムレーが二千年前の世界に来てしまったらしいということだ。

 あの厄介なイーリスも、世界滅亡の片棒を担いだペレジアも、この世界にはまだ存在しない。大陸の名もイーリス大陸ではなく、アカネイア大陸だ。

 ギムレーの名もまだ知られる前であり、クリスたちがギムレーの名を聞いても特に反応しないのは当然であった。

 

 時間遡行が起きたこと、竜の力が消失したこと、不可解な謎は依然として尽きないが、自分の現状を把握するにあたり、この城に住む者たちは有用であるとギムレーは判断した。

 

 ギムレーの目標は大きく二つある。

 一つ目は邪竜としての力を取り戻すこと。この世界を破壊するにせよ、元の時間軸へと戻るにせよ、邪竜の力が無いことには話にならない。何をするにしても、力は必要だ。

 二つ目はギムレーの他にも時間遡行したものがいないか探ること。ギムレーは意図せぬ時間遡行により窮地を脱したわけだが、自分に都合のいいことが起きたからといって、他の者にも同じことが起きていないとはいえない。

 ギムレーと同じようにアカネイ大陸へと飛ばされた者がいるならば、それを見つけ出し場合によっては排除する必要がある。

 

 やるべきことは多い。

 教団か屍兵がいれば楽だったのに、ギムレーがため息をついていると、誰かの足音が聞こえてきた。

 

「ギムレー、もうすぐ訓練が始まるから来てくれ」

「……面倒ですね」

 

 足音の主はクリスだった。

 成り行きで賊を殺した日から、ギムレーはクリスたち第七従騎士小隊の訓練を手伝うことになった。

 訓練というのだから、てっきりクリスたちと手合わせをするのかと思っていたが、実際の役回りはギムレーの思っていたものと少し異なっていた。

 第七従騎士小隊を構成する一員としてクリスたちに手を貸す。つまり、クリスたちと戦うのではなく、クリスたちと共に戦うのだ。

 ジェイガン曰く、どんな仲間とでも一体となった戦いをすること、それこそがアリティア騎士だとのことだが、それを聞いたギムレーはずいぶんと甘い話だと思った。

 真に信じられるのは自分の力以外に存在しない。他者を利用することはあれど、それを初めから当てにした訓練など弱者のすることだ。

 人間のお遊びに付き合わされるのにはうんざりだ。

 

「アリティアの訓練はその厳しさでよく知られているんだがな。……面倒だと思うのはギムレー、お前くらいだ」

「たいして苦戦していないということなら、クリスさんだって同じようなものでしょう。わたしにはあなたが熱心なことの方が疑問です」

「アリティアの剣となれ、そう言われて育てられてきたからな。騎士になることはおれの悲願。熱心にもなるさ」

「……よくわかりません」

「目標があったら頑張れるってことだ。ギムレーだって、もし戦うことで叶う願いがあるなら喜んで戦うだろ?」

「……さあ、どうでしょうね」

 

 ギムレーは首をすくめ、それ以上何も言わなかった。

 

 

 

 

「それでは、本日の実技訓練を行う!」

 

 教官であるアリティア正騎士カインが声を張り上げた。

 ギムレーは周囲を見渡した。訓練が厳しいというクリスの言葉は本当なのだろう。回を重ねるごとに確かに人が減っており、今では二十人ほどしかいない。

 

「第七小隊の相手を務めるのはオグマ殿だ」

「よろしく頼む」

 

 カインに促され、オグマが一歩前に出た。頬についた十字の傷が彼の歴戦の勇姿を示している。

 

「お、オグマさんがわたしたちの相手だなんて、緊張しちゃいますね」

 

 カタリナはそう言って表情を引き締めた。

 

「オグマさんってそんなに有名なんですか?」

「それはもう、前の戦争における英雄の一人ですから。剣の腕前はかなりのもので『大陸一の剣闘士』と呼ばれているとか」

「……なるほど」

 

 カタリナの言葉を受け、ギムレーは改めてオグマを見つめた。大剣を背負い、革鎧を装備した姿は騎士と呼ぶにはあまりにも荒々しい。大陸一かはさておき、剣闘士という呼び名には納得がいく。

 

「それでは訓練を開始する! 各隊教官の指示に従い、持ち場へと移動せよ!」

 

 紹介が終わると、カインの合図を皮切りに従騎士たちは教官について散らばっていった。

 ギムレーたちもオグマの後に続いてその場を離れる。

 

「……ここがわたしたちの訓練場所でしょうか」

「ああ、そして、俺とここにいる兵がお前たちの相手だ」

 

 カタリナがきょろきょろと辺りを見渡した。一本の小川を挟んで、クリス率いる第七小隊とオグマたちが向かい合うようになっている。

 

「……おいおい、こんな川があったらオレの馬が突撃できないぜ」

「確かに、ここでは私たち騎兵より、ライアンの弓やギムレーの魔法が重要となりそうだな」

 

 ルークの小声でもらしたぼやきに、ロディが同意を示した。

 

「あーあ、せっかく華々しいオレの一番槍を見せてやろうと思ったのに」

「……今は訓練だからいいが、ルークはもう少し慎重さを身につけるべきだ」

 

 ロディがルークをたしなめていると、川を渡ったオグマが振り向いた。

 

「訓練だからという考えは捨てろ。甘えは判断を鈍らせる。お前たちはすでに戦場に立ち、敵を前にしているのだと思え」

「は、はいッ!」

 

 オグマの鋭い叱咤にルークとロディは背筋を伸ばした。

 

「第七小隊、準備は万端か?」

「はい、いつでも始められます」

 

 隊長であるクリスは一通り隊のみんなを見渡すと頷いた。その言葉を受け、オグマが剣を構え、つられるようにクリスたちも各々の武器を構えた。

 

「よし、それでは訓練を開始する。……殺す気でかかってこい!」

 

 オグマの口から放たれた訓練開始の合図。

 

 待ちかねたその言葉に、ギムレーは思わず口角が釣り上げた。

 そして、次の瞬間、オグマの心臓を目掛け全力のトロンを撃ち放った。


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