トイレからあの男が帰ってきた。
相変わらずひどい話で、他の作風と違ったりします。
どうかぬるい目で読んでやってください。
※この話にはきつめの暴力描写と、偏った価値観の描写があります。
不快感を感じる可能性があるのでご注意ください。
私はロリコン(児童性愛者)だ。
「児童性愛者は大人の女性を愛することができない哀れな人間」
そういう声を耳にしたことがある。
確かに私はその性癖の都合上、大人の女性を愛せないかもしれない。
だが、そもそも愛する必要もないのだということを……わかっていただきたい。
わかっていただきたい。
大事なことなので二回言わせていただいた、必要であれば何回でも言わせていただく。
わかっていただきたい。
机の上に広げられた『艦娘図鑑』に写る駆逐艦たちを見つめながら、私は先日の悪夢を払拭するように記憶を上書きする。
時間の経過というのは早いもので、このページを見始めてから既に数時間が経過した。
正直このページ(雪風・谷風)など、二十四時間見ていられる。
あの日、私は部長の友人に唇を奪われた。
恥辱の極みだ。
どうやら確認した所、重巡洋艦の『高雄』と呼ばれる艦娘らしい。
『愛宕』だけではなく『高雄』までとは、ははは、
リベッチオさんの脇汗の海で泳ぎたい。
リベッチオさんの脇汗の海は綺麗なのだろう。
それが元で衝撃を受け気絶した私は、数分後に目を覚ましてそのまま虚無の心を抱きながら世話になった便器に別れを告げた。
部屋の奥のほうでは怒声が飛び交っていて、「失礼致しました(蚊の鳴く声)」と述べた私の挨拶は聞こえていないようだったが問題ないだろう、私的に。
失われたものの重さを痛感しながら帰宅した私は、このショックから回復を図るために有給休暇を取ったのだった。
涙はもう出尽くした。
後は癒されるだけだ。
まず有給初日に、『ヘクセン』へ赴き、おにぎり専門店『霞ママ』にて駆逐艦の艦娘『霞』が握ってくれるおにぎりを頂いた。
わけ隔てなく全ての客に飛ばされる罵倒、しかし何処か客を気遣うような隠れた優しさに私の心は癒される。
そして私に言える数少ないが確かな、一つだけ言える真理がある。
霞ママに「このクズ!」と言われ、苦にならなくなって半人前。
次に「○ねばいいのに!」と言われ、嬉しく思い始めてようやくこちら側の人間と名乗れるということだ。
おめでとうございます、あなたは胸を張ってこう言えるだろう。
『それ、我々の業界ではご褒美です』
更に次の日、稀に陽炎型が野球をしているグラウンドを横切る散歩コースを歩いた、無論じろじろ見るなんて失礼なまねはしない、ほんの一回横切るだけ、例え彼女たちがいなくとも彼女たちがいた場所の横を通れる、それだけで私は幸せだ。
そして最高に幸運なことにその日は彼女たちが野球をしていた、おまけに『萩風』と呼ばれる駆逐艦の少女ともすれ違うという奇跡。
私の運もまだまだ捨てたものでは無いと思う。
以上の行動結果により、数値として表示するならあわせて99パーセントのメンタル向上が認められた。
また、途中で学生時代からよく行動を共にすることがあった先輩とすれ違った。
一声目が「相変わらず殺し屋みたいなツラしてるな」と言ってきたので「先輩も相変わらずラリアットで損してそうな人生歩んでますか?」と返しておいた。
この人は常にヤニ臭いものの、普段は面倒見のいい先輩だった。
が、ここぞというときには誰であろうと躊躇いなくラリアットをする人だったからだ。
かくいう私も被害者だ。
ちなみに現在は本当にラリアットで無職となり求職中のようだ。
お猪口一杯分の仕返しと、大さじ二杯分の善意から「なんなら私が再就職先の世話しましょうか?」と聞いたときの先輩の顔は見ものだった、ハーッハッハッハ!
思わぬ遭遇で、1パーセントのメンタル向上が認められた。
そして数日後、完全に持ち直し出社した私を待っていたのは、驚くべき知らせであった。
「前島主任! 今日からお世話になります『高雄』です! よろしくお願いいたしますわ!」
私の心境変化の過程を省き結果だけを報告する。
100パーセントだったメンタルが1パーセントまで低下した。
まさか先輩の1パーセントに命を救われることになるとは、今度リベッチオさんのパスタ(ミートソースパスタ、ミートソース抜き)でもご馳走させてもらおう。
それよりも問題は目の前の女性。
スーツの下のフリルブラウスを盛り上げる大きな胸はどうでもいいとして、上品に整えられたセミロングの黒髪がふわりと揺れて、漂ってくる薄く甘い香には覚えがある。
そして私を見つめる赤い瞳、どこか愁いを帯びた力強い視線にも。
どう見ても先日部長の家で、私の唇を奪った人物である。
「何故……?」
「提督と同じ場所にいたいと願うのは、艦娘として当然のことですわ!」
「成る程、当然……」
世の中には私の知らない当然が沢山あるということか。
しかしてこの状況は一体なんなのだろうか?
何故、私に急に部下が、部長はこのことを把握されているのだろうか。
「ところで部長は何処に? 出社の挨拶と休んでいた間の業務に関してお聞きしたいのですが」
私はひとまず目先の大問題は置いておいて、近くにいた同僚の一人を呼び止め聞いてみた。
「部長なら常務に話があるとか、すごい剣幕で先ほど走っていかれましたよ。あと常務の指示では新人さんはしばらく前島さん付になるそうなので、よろしくお願いいたします」
吾輩は主任である。常務の命令を拒否できる権限はまだない。
なるほど、大体の事態を理解できてしまった、辛い。
恐らく彼女は、艦娘のツテや人脈を使い中途入社扱いで入って来た上でこちらに配属希望を出したのであろう。
待っていただきたい。
現状ただでさえ部長一人でも暑苦しいのに、さらにもう一人?
なんの冗談だろうか。
「前島主任! この高雄になんなりとお申し付けください」
ぐっと両手を握り締めながら私の顔を覗き込んでくる彼女。
「そうですね……」
とりあえず帰ってくれないかな。
なんて本音を呑み込んだ私は、取り急ぎ溜まっていた経理関係の仕事を振ってみることにする。
領収書を整理したり、資料を基に提出された見積もりなどが適正な価格かのチェックなどだ。
これでどの程度数字に強いかがわかれば今後の方針も見えてくるだろう、私としてはどうせ面倒を見なければならないのであれば、少しでも使える能力があってくれると「おにぎり温めますか?」と聞いてくれる程度にはありがたどうでもいい。
ある程度の要点を教えると、彼女は直ぐに理解をしたようで計算に取り掛かった。
要領は悪くないようで、さくさくとすすめている。
あと彼女の席は何故か私の隣だ、先日まで隣にいた同僚の姿は窓際の方にあった。
なんてむごいことを、と思ったが隣の女子社員とやたらいい雰囲気だ。
私はそのことについて考えるのをやめた、そして溜まっていた仕事に取り掛かる。
彼女に渡した仕事は、能力にもよるがまあよほど早くて四時間という所だろうか、昼過ぎにでも終われば上々であろう。
しばらくは静かな時間が流れる、いつもまとわり付いてくる部長もいない、極大の不安要素が隣にあるが順調に仕事を進められそうである。
ふむ、少し喉が渇いた。
「よろしければどうぞ」
などと思っていると、彼女がお茶を入れてきてくれたようで、一流秘書のような動作で私の横にそっと、お茶がはいった湯飲みを置く。
そして湯飲みを置く時にかがみこんで顔を近づけ、その愁いを帯びた瞳と優しげな表情で私の顔をじっと見つめてきた。
その動作に、思わず先日の件がよみがえって自衛のショートアッパーを打ち込みそうになったが思いとどまった私を、誰か褒めてほしい。
「どうもありがとうございます」
「あぁん」
そう礼を述べながら彼女の顔を押し返す、あと変な声を出さないでいただきたい。
「ところで、部長とは今どのような状況でしょうか?」
「……お聞きになりたいですか?」
聞きたいから聞いているのだが、そんな恐ろしい笑顔をされては言葉に詰まる。
大事なことなんですよ、相打ちとか期待してるので。
「いえ、特には」
だがその様子ならそう低い可能性でもないのだろう、うむ。
お茶は温くて飲みやすく、微妙に彼女の気遣いを感じられた。(好感度プラス0)
そして三時間と少し過ぎた頃だろうか、隣の彼女から声がかかる。
「できあがりましたわ、ご確認いただけますでしょうか?」
「……早いですね」
私の最速予想より一時間もはやいとは、流石に早すぎではないだろうか?
半信半疑で確認してみると、実際よくできている。
だがいくつか気になるのは、こちらに聞いてくるであろうと思われた、その手の資格を持っていないと難しい箇所が問題なくできているのと、彼女が艦娘というのを差し引いても早すぎるという所だ。
どう考えてもこの手の仕事の経験者である。
「失礼ですが前はどこに?」
「百万石海運の経理部ちょ……経理部にいましたわ!」
今『部長』って言いかけなかっただろうか、しかも百万石海運ってうちより大きいライバル企業じゃなかったか。上で一体どんなやり取りがあったのだろうか、なぜそこの部長がここで平社員に転職するのか?
いや、それよりキャリアアップという言葉を知っているのだろうか?
ダウンしてんじゃん、アップしろよ。
どうしようこれ、彼女よりキャリアや経験に劣る私が、百万石海運の部長になんの仕事を頼めと?
むしろよその部署の部長とかやったらどうだろう、私のためにも。
などと考えていると、昼休みを知らせるチャイムが鳴る。
もうそんな時間か。
「昼休憩ですので、仕事は戻ってからに致しましょう」
銀行に行く予定があった私が立ち上がると、彼女が付いてきた。
「是非お昼をご一緒させてください!!」
やだよ。
……いかん、さっきから思考が乱れている。
「私は銀行へ行く用事があるので、待っていては貴方の休憩時間を無駄にしてしまいますよ……」
優しさをアピールしつつ断るスタイルを選ぶことにする、これが成功したら明日から毎日銀行へ行こう。
「かまいません、それでも是非お昼をご一緒させてください、もちろん銀行への御用事の際は邪魔にならないよう外でお待ちしますわ!!」
ですよね。
「部下にそうまで言われては、仕方ありませんね……」
部長ならともかく、流石にこうまで部下……いや、一時的な部下に懇願されてしまっては仕方がないかもしれない。
まったく、芯の強く意志を通そうとするも、必ず一歩引いて気を利かせるその感じ、重巡の艦娘はこのような気の利いた女性ばかりなのだろうか。
(好感度プラス0)
■□■□■
当然ながら昼の銀行というものは混む。
わかっていても使わざるを得ないのが、サラリーマンのつらい所でもある。
とある事情から大きな額を引き出す予定だった私は、窓口で手続きをして順番を待っていた。
ちなみに彼女は銀行の向かいの喫茶店で待ってもらっている。
しかしまさか二人の重巡の艦娘の適性があったとは……
彼女たちの提督として適合してしまった以上、まぁ、正直覚悟しなければならない所はあるだろう、私だって艦娘にとっての提督がどういうものかは知っている。
そして当然ながら艦娘には感謝の念を持っている、が、大人の女は別だ。
別に彼女たちが嫌いというわけではない。
まぁ好きでもないのだが。
だが無理なのだろうか。
あの日の私の願いをかなえるのは無理なのだろうか。
少し予想外のことがあっただけでここまでダメージを負うとは、私はこんなに弱かったのか。
などと悲嘆に暮れていると、ふと、隣の母娘が楽しそうにおしゃべりしているのが聞こえてきた。
幼女が楽しそうに「でっかいたてものだなー」と言っているのを、母親が「そうだね、おっきいねー」と優しく同意している。
……すばらしい、幼女はただ存在するだけで私を癒してくれる。
こんなにも穏やかな気持ちにさせてくれたことに感謝しつつ、私のような男が近くにいては怖がらせてしまうので、さりげなく立ち上がって席を移動しようとしたのだが。
「あめたべるか?」
なんと、一瞬目が合った幼女が、かばんの中から大事そうにしまってあったと思われる飴玉を一つ私に差し出してくれた。
……。
まずい、泣いてしまいそうだ。
私は母親に視線を向ける、頂いてもかまわないだろうかという意味をこめて。上品そうな若い母親はコクリとうなずいてくれた。
私は片膝をつき幼女の目の高さまで視線を下げ、もちえる最高の優しい微笑みを浮かべて礼を述べる。
「これはこれはお嬢さん、ありがとうございます」
両手で大事に飴を受け取ると、幼女が微笑んでくれた。
コアコンピタンスがアグリーした。
翻訳するとメンタル1000パーセントまで回復した。
先ほどまで絶望に暮れていた過去の私に言いたい。
生きるのが辛くても絶対に諦めるなと。
私はこの後最高に幸せな瞬間を迎える、それは今まで生きてきて最高のレベルのものだと。
これはただの砂糖の塊ではない、幼女が私のために与えてくれた幸せの結晶だ。
どうやってお礼をしたものか、ダメだ払える対価が思いつかない。
私の残りの人生とかで足りるだろうか?
かつて無いレベルで脳細胞をフルに使い必死に考えていると、ふと、出入り口や窓口付近に立つ男たちの姿が目に入る。
大き目のバッグを持ち、視線や足運びから察せられる訓練された動き、六、いや七人か。
厄介ごとの気配を感じ取った私は、せめてこの母娘だけでも逃がさなければと思ったが、一足遅い。
「動くな! 全員床に伏せろ!!」
そう叫びが聞こえたあと、男たちは携帯型サブマシンガンを何発か天井に向けて発砲した。
連続した発砲音が銀行内に響き渡る。
跳弾が飛んでくる可能性が少しでもあったため、私は母娘をかばうように床に倒れこむ。
遅れて悲鳴が響き渡り、従業員や客たちが慌てて伏せる。
典型的なやり取りで、金銭を要求する銀行強盗と応える銀行員。
母娘をかばうように伏せながら私は嫌な予感がぬぐえずにいた。
ただの銀行強盗ではない、装備も人数も大げさすぎる。
まず出入り口と窓の防犯シャッターが下ろされる、銀行専用の重厚なものだと動きと閉まる時の音でわかった、これで簡単には外部から侵入できなくなった。
だが銀行強盗なら迅速に奪って迅速に逃げるのが基本だ、明らかに篭城の構えを見せる銀行強盗たち。
そして指示を出すリーダー格の男と目が合った、似たような目を見たことがある、よく知っている目だ。
リーダー格の男はしばらく私を見た後、視線をはずして部下たちに指示しながら集められた金を興味なさげに確認していく。
外ではすでに警察が到着しているようで、交渉のためか銀行の電話が鳴り響く音が聞こえてきた。
乱暴に受話器を取ったリーダー格の男が、早口にまくし立てる。
「車を一台用意しろ、十人乗りのワゴン車だ。二時間以内、五分遅れるごとに人質を一人殺す、人質は二人連れて行く、繰り返す、遅れれば一人殺す」
交渉の余地など一切ないように、返事は聞かずに電話を叩きつけた。
そして直ぐにリーダー格の男の下に部下の一人が駆け寄って耳打ちをする。
「……予定通りですリーダー、輸送車の準備整いました。いつでもいけます」
比較的近い場所にいた私はその声がよく聞こえた。
なるほど、警察に一息つかせてその隙に銀行内の駐車場にある輸送車で突破する算段か、おまけに現金輸送車は頑丈だろうから悪くない手だ。
あとは人質か、まあ選ばれてしまったものはご愁傷様だろう、おそらく生きて帰れない。
だが私にはどうしようもない、人には領分というものがある。
リーダーの男が指示を出し、指示を受けた部下の男が辺りを見回す。
そして、私の後ろで震えながら娘を抱きしめる母娘を見た。
……まずい。
母親は銀行強盗たちに目を付けられないよう、必死に幼女の口を押さえながら「しゃべっちゃダメ、しゃべっちゃダメよ……」と必死に言い聞かせている。
だが無情にも部下の男が母娘に近寄り、母親の手を引っ張り上げた。
「来い、二人共だ」
「む、娘だけは……」
「うるさい、死にたいのか!」
そう怒鳴りつけながら、母親に手を上げようとする。
気が付けば無意識に体が動き、私は部下の男の手を掴んでいた。
「待ってください、人質なら私がなりましょう」
顔面に衝撃と痛み、かけていた眼鏡が飛び、視界がゆれて意識も飛びかける。
恐らく銃のストックで殴られたのだろう、だが、こんな所で気絶するわけにはいかない。
「人質なら私がなりましょう」
再び顔面に衝撃と痛み、先ほどよりも強い、が、耐えられる。
「人質なら私がなりましょう」
三度、顔面に衝撃と痛み、先ほどよりも強い、が、耐えられる。
「人質なら、私が、なりましょう」
四度目、顔面に衝撃と痛み、先ほどよりも強い、口の中を派手に切る、さすがに足がふらつく、が、意識はまだある。
誠意が足りなかったか、それとも言葉が聞こえなかったのだろうか。
「ひとじぢ、なら、わだし、が、なりま、じょう」
敵意の無いことをアピールするように、両手を広げながらもう一度ゆっくりと言ってみる。
口の中の血を飲みながらしゃべったため、少し言葉が崩れてしまった。
息を荒くしていた部下の男が、銃を振り上げた状態でなぜか距離をとるように一歩後ずさる。
「お、お前みたいなでかいやつを連れて逃げれるか!」
「でしたら」
私は手のひらを上に向けて、両腕を部下の男の前に差し出す。
「どうぞ切り落としてください、さすがに足を切り落とされてしまうと運ぶのに不便でしょうから残していただけるとありがたいのですが」
「ふざけたこと言ってんじゃッ!?」
嘘ではないことを証明しようと、まっすぐと部下の男を見据える。
なぜかまたしても、部下の男は二歩後ずさる。
なにもふざけてなどいない、さすがに止血はして欲しい所だが。
沈黙、誰もしゃべってくれない、おかしい、交渉方法を間違っただろうか。
「……その母娘はお前の身内かなにかか?」
周りにいる全員の視線が集まり、誰も動けずにいる中。リーダーの男がゆっくりと私に向かって歩いてきて、まるで道でも尋ねるような軽さで聞いてくる。
「いいえ? 居合わせただけの他人ではありますが」
「なら言うとおりにしろ。そうしたらお前も、他のやつらも解放してやる」
「他のやつらに、彼女たちが含まれるなら言うとおりにいたしますが」
私は示すように幼女を守るように抱きしめながら、しゃがみこむ母親の女性をちらりと見る。
「……なぜその母娘のためにそこまでしようとする?」
ああそうか、話がかみ合わないと思ったら確かに。
この銀行強盗たちに一番大事な経緯を伝えていなかった。
私はなるべく誠意が伝わるように、“優しく微笑みながら”わかりやすく端的に説明する。
「そちらのお嬢さんに、飴玉を一つ貰いましたので」
一瞬時が止まったような静寂が訪れたあと、私を四度殴りつけた部下の男が信じられないものを見るような顔で「狂ってやがる……」とつぶやいたのが聞こえた。
極めて正常だと思うのだが。
「何者だ、お前は」
「……」
無視したわけではないが、中々難しい問いだ。
なにについて知りたいのかをもう少し詳細に説明してくれないと、求める所がわからない。
黙っている私と、静かな目でこちらを見てくるリーダーの男。
やがてリーダーの男がゆっくりと腰から拳銃を抜き、私の眉間に銃口を向けた。
「俺が撃てないと思うか?」
「いいえ、貴方は撃てる人でしょう。力というものの振るい方を知り、そして力というものに絶対の信奉を抱いている目ですから。そういう人間を私は知っているので」
力(ラリアット)を振るうべき時に振るう目だ。
狂気に囚われず、必要なら必要なことをする目だ。
先輩と同じ目だ。
「俺もお前のようなやつを何人か見たことがある、どいつもこいつも信仰のためなら自分の命を躊躇無く捨てられる狂信者だった。お前はそいつらと同じ目をしてるよ」
視線がぶつかり合う、ここでこの男と相打ちに持ち込んだところで事態は打開できない。
なにより優先すべきは少女の命である、私は一つのカードを切ることにした。
「前島と申します」
「あ?」
「私の名前です」
「なんのつもりだ? お前の名前など……」
目を細めるリーダーの男の声をさえぎり私はカードを切る。
「そして私は『提督』です、人質としての価値であればここにいる誰よりも、遥かに上でしょう」
リーダーの男はその言葉を聞いて眉一つ動かさなかったが、彼らの部下の間に動揺が走ったのがわかった。
提督を人質にする、そのリターンもリスクもよくわかっている反応だった、やはりこの集団はただの銀行強盗では無い。
「ふん、上手い手だ。もしその情報が本当なら俺たちはお前を殺せないからな」
リーダーの男が銃を下げる。
「その情報が本当なら、な」
そしてリーダーの男は私の足を撃った。
衝撃と痛みに膝が折れそうになるが近くの座席の背もたれを掴み、なんとか踏みとどまる。
足の中にある異物の感触が感じられたので、おそらく弾は抜けていないだろう。
よかった、もし後ろの少女に跳弾が当たりでもしたらなにもかもおしまいだった。
撃つならもっと上を撃ってほしかったという不満をこめて、リーダーの男を見る。
「その状態でなお俺をにらみつける、か。くそッ、本当に提督なのかお前は」
リーダーが忌々しそうに唇をゆがめる。
別ににらんでいたわけではないのだが。
しかしなるほど、彼は余計なリスクを負いたくないといった心境か。
「残念なことに、免許を忘れたので証明はできませんがね」
「ちッ……おい撤収だ、地下の逃走ルートを使う」
「リーダー! こいつのたわごとを信じるんですか! 唯でさえ先陣のマヌケ共がしくじって予定が押してるんです! こんなやつとっとと殺して、予定通り続けましょう!」
「駄目だ、不確定要素が多すぎる。計画は破棄だ」
「しかし!!」
銀行強盗内での言い争い、まずい、もしここで内部分裂でもされて撃ち合いになれば、他の人間はともかく幼女に危険が……。
ギュメキュッ
その音は、とても鈍く重く、だがどこかコミカルな感じにでもあった。
言い争っていた強盗たちは息が止まったように静かになり、音の発生源の方に振り向く。
通常の物より遥かに重厚に設計された防犯シャッター、そのシャッターを貫くように入り口付近の部分から突き出した細い腕。
細い腕の先、握られていた手が開きボトリとなにかが金属音を響かせながら床に落ちる。
それは握り破られ、圧縮されたシャッターの破片だった。
その手がゆっくりと引っ込んでから僅かに間をおいて、その穴を広げるように、まるで障子紙を破るような軽さで防犯シャッターがバリバリとこじ開けられ、いや、はがされる。
か細い女性の両腕で。
その場にいた誰もがその様子を見て固まっていた、そしてゆっくりと現れたのは……
「高雄」
ボソリと、私がつぶやいた言葉、その言葉が聞こえたのかこちらを見た高雄がにこりと微笑む、甘い甘い砂糖菓子のような溶けてしまいそうな笑みだった。
「ご無事でしたか、提督」
だが、その笑顔が私の足から流れる血と殴られた顔を見て、凍りついたような顔になり、ゆっくりと感情の無い瞳で、銃を私に向けていたリーダーを見た、瞬間
「スモォォォークッ!! スモークだぁぁあああ!!」
歴戦の判断のなせる反応速度か、リーダーの男が悲鳴に近い叫びをあげる。その声を聞いて凍り付いていた部下の全員が、スモークグレネードをばら撒いた。
構内にあっという間に充満する白い煙、訓練を受けていない普通の人たちがゴホゴホと咳き込む声があちこちに響く。
強盗たちがどこかに向かって逃走を開始した気配が感じられた、そしてリーダーの男が去り際に私に言葉を投げかける。
「前島といったか、この礼はいつかさせてもらうぞ」
「別にあれ、倒してしまってもかまわないんですよ?」
「……やっぱ礼は無しだ」
姿は見えないが、引きつった顔のリーダーの男の顔を想像してしまい、それがどうにも先輩とダブってしまったため軽く笑ってしまう。
リーダーの男の気配が消え、すぐに高雄が私の許に走ってくるのが気配でわかってしまった。
その姿を確認する前に、出血の為か私の意識は途切れた。
■□■□■
とりあえず気絶してからの経緯を軽く説明する。
警察の聴取などは全て放り出し、高雄は私をおぶって病院へ駆け込んだらしい。
部長の時とは逆だが気絶していたので覚えていない。
すぐに手術で銃弾を摘出、無事終わり個室のベッドで目を覚ます。
ゆっくりと目を開けると、高雄がベッドの横の椅子に座ってじっとこちらを見つめていた。
「あの母娘は?」
「まず最初に聞かれるのがそれですか……無事です、今この病院で検査中のようですが特に外傷は無いと聞いております。あと銀行強盗たち、あらかじめ地下に掘ってあったトンネルから逃げたようで、警察が追っているようですわ。後、警察への事情説明は全て私がしておきましたので」
よかった、幼女は無事だったか……
続いて金に興味の無さそうだった、リーダーの男の姿を思い出す。
もしかしたら彼らには、もっと別の目的があったのかもしれない。
しかし求める以上の情報を察して教えてくれる、か。
優秀な女性だ、本当になぜ……いや、私がいるからか……
「それはよかった」
「よくありません!!」
病室に響き渡る大声。
「提督は、提督は……やっとお逢いできたのに、もし提督になにかあれば……」
最後まで言うことができず、高雄は私の胸に飛び込んで泣きじゃくる。
流石の私も、これを押しのけるような真似はできない。
あの人と同じ顔をしてた、高雄に。
泣きじゃくる高雄をなだめていると、勢いよく音を立てて病室の扉が開く。
現れたのは部長(愛宕)だ。
さて
嫌な予感がしてきた。
「よかったああああ!! 提督無事だったああああ!!」
そう叫びながら、愛宕は高雄に抱きつかれて動けない私に飛び込んで来る。
そしてついでのように唇を奪った。
な ん で で で で す か
まったく流れが理解できない。
ついでにメンタルが1パーセントまで下降した、これ以上私にどうしろというのですか。
「高雄ごべんなざいいいいいい! 提督をまもっでぐれてありがどおおおお!!」
「ばがめといってさしあげまずわぁあああ!! でも愛宕わだじもごめんなさいいいいい!!」
貴方たちはまず私に謝まっていただきたい。
というか、高雄。相手がプロだったからよかったものの、あんな突入の仕方をされたら、もし素人だったらかなり危険(幼女が)なことになってただろうから反省して欲しい。
でもどうやらお互いに謝りあっているのを見るに、私の知らないところで起きていた戦いは終わったということか、相打ちへの淡い期待が消えた。
しかし、つまりは今後二人でタッグを組んで攻勢を仕掛けてくるということだろうか?
ああ、もうダメかと人生を悲観し始め、そう思ったその時、あきっぱなしだった扉から銀行にいた母娘が入ってくるのが見えた。
幼女が私を見つけてぱっと顔を輝かせる。
あ、メンタル1000パーセントまで回復した。
母親は申し訳無さそうにしながら、腰を深く折り曲げて私に感謝を示す。
私も軽く目礼を返す。
そして幼女は私の寝ているベッドによじ登ると、愛宕と高雄に左右から抱きつかれて動けない私の真正面の胸の中へ、勢いよく飛び込んできた。
神はいませり。
「よかった、ぶじだったか! かーちゃん守ってくれてありがとな!!」
「いえいえ、お嬢さんがご無事のようでなによりですよ」
ああ、なんという祝福、こんな人生でも生きていて本当によかったと思わせてくれる。
やはり幼女は偉大だ。
「でも無理すんなよ、これからはわたしのうしろにかくれてるんだぞ」
はい、ずっと隠れていたいです、貴方が大人になるその瞬間まで。
「ははは、それは頼もしい」
「あったりまえだろ? あたしはまやさまだぜ? よろしくなていとく!!」
「ええ、よろしくお願いします、まやさ……ん?」
はい? 今なんと?
どうした? お望みのロリ艦娘だぞ。
笑えよ、前島(愉悦)
※本話に登場した、おにぎり専門店『霞ママ』は、輪音様作『はこちん!』に登場する『霞ママの定食屋』の出張店舗という扱いで使用許可をいただきました。
輪音様からは快く使用許可をいただいております。
この場を借りまして、篤く御礼申しあげます。