提督をみつけたら   作:源治

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海外艦以外では地味に貴重な金髪ガール。
あとGW終わった。
 


『無職男』と『駆逐艦:舞風』

 

 ノージョブです。(無職だよ)

 

 

 休日とか祝日という縛られた自由時間から解放され、二十四時間エブリヴァディー自由状態を謳歌している今日この頃。

 最近開き直って無職を楽しんでしまってる感が否めない。

 

 そんなある日、前島に朝っぱらからイタ飯を食べに行こうと誘われた。

 お眠な時間なのだが、お暇でもあるのでほいほい同意。便利な男だな俺。

 

 そんなわけで待ち合わせの日時に待ち合わせの場所に行くと、さも当然のように先に来ていた前島の姿と見覚えのある濃緑の乗用車があった。

 

 久しぶりに目にしたけど、確かお袋さんか誰かのお下がりの車だったっけか。

 コイツの無駄に几帳面な性格は変わってないようで、昔と変わらずピカピカである。

 

 片手を上げて軽く挨拶し、「よっこらせっくす」と口に出しながら助手席に乗り込む。

 

 車は持ち主に似て頑丈らしく、もう20万キロ以上走ってるというのに、俺が学生という職業についていた頃と変わらない快調なエンジン音を響かせていた。

 

「んで、なんっつったっけその店」

「ジェノヴァ料理店『マエストラーレ』です」

 

 運転しながらクイッと、眼鏡を上げて答える前島。

 相変わらずよく光る眼鏡だな。

 

「ジェノヴァ料理? イタ飯じゃなかったのかよ」

「そうですね、詳しく説明すると……」

 

「あー、まて。その話長くなるか?」

「はい。それでですね……」

 

「一行で説明しろ」

「……イタ飯のルーツのひとつです」

 

 前島は微妙な間を空けてから不服そうに、だがこちらの希望通り一行で説明した。

 そうそう、やりゃできんじゃねえか。

 

「相変わらずですね……」

「お前もな」

 

 窓を少し開けて、最後の一本だった煙草に火をつける。

 車内に入ってくる風に肌を刺すような寒さは無く、いつの間にやら春の訪れを感じさせる気配。

 フロントガラスから見える空は、抜けるような青空だ。

 

「!?」

 

 と、道路の真ん中にたって道をふさぐ、男と少女の姿。

 慌てて前島がブレーキを踏む。

 

 微妙な急停車に思わず煙草を落としかけ、腹が立った俺は窓を全開にして叫ぶ。

 

「アホッ!! 死にてえのか!!」

「先輩、やめてくださいよ……」

 

 いわれて頭に血が少し上っていたことに気付きソフト冷静さを取り戻す。

 ホームレスみたいな格好の精悍な顔つきの男は、俺の叫びを気にせず車の側まで歩いて来て、ドア越しに話しかけてきた。

 

「すまない、連れて行ってほしい場所がある」

「あぁ!? なにいってんだてめ……」

 

 強引すぎるヒッチハイクに、再びカッとなりかけた俺だが、その男の顔を思い出し愕然とした。

 おいおいおいおいおい、コイツは

 

「えっ? あ、あんた、島、プロレーサーの島か!?」

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「なにか急いでたようですが、間に合ったんでしょうか?」

「さぁな、でもまあ間に合わせるだろ、あの島なら。なんたって世界一速いバイク乗りだ」

 

 しっかし、まさかあのプロレーサーの島を後ろに乗せて走ることになるなんて、人生ってなにが起こるかわからんな。

 自分とそう変わらない年齢でありながら世界に挑んだ男を近くに感じ、心に妙な熱さが湧き出す、ついでに惨めさも。

 

「今からだとランチになってしまいますね……」

「よかったな、朝飯も昼飯も一緒にとれて一食分浮くよ」

 

 ウマイものは当然嫌いじゃないが、俺は基本的に食い物への欲求が薄い。

 なので一日一食で平気だし、三食きっちり取るという風習もない。

 

 だというのに、最近陽炎たちから飯に誘われたり、面倒見てもらうことが多い気がする。

 

 黒潮や磯風とラーメン食いに行ったり、萩風が弁当作ってきてくれたり、初風なんかはあの喫茶店で会うたびに、頼んでないのにホットケーキ焼いてくれたり。

 

 そういえばこの前は陽炎に呼び出されてファミレスで飯食ったな。

 

 あの時、トイレのために席を立って戻ってきたら、陽炎と不知火が俺が頼んだビールジョッキに口を付けてたので、とっさに二人の頭に拳骨を落としてしまった。

 

 二人とも頭が固くてこっちの手が痛かった。

 興味があるのはわかるが、さすがにアカンやろ。

 

 なぜか二人は笑っていたが、なにわろてんねんと思った次第。 

 

「そういえば先輩って学生時代バイク持ってましたけど、まだ乗ってらっしゃるんですか?」

「さすがに前のは古くなって売ったけど、バイク自体は一応持ってるぞ。こっちで就職して二年目くらいに売ったやつの次モデル買ったよ。最近というかもう随分と乗ってないけど」

 

 正直、前に乗ってた夕張重工のバイクのできはアレだった。

 なので次は絶対アカシのバイクにしようと心に決めてたんだが、結局夕張重工のバイク買っちまったな。

 

 多分、当時の俺のバイク愛は「バイクとしてのクオリティ」ではなく、「とにかく開発者が次のモデルを作ってくれた!」ってところに向いていたんだろう。 じゃないと、あんな手間のかかるバイクの後継モデルなんて絶対買わん。

 

 なんてことを思いながら、窓の外の景色をぼんやり眺めていると、たばこ屋が目についた。

 ふと煙草が切れていたのを思い出し、前島に車を止めてもらう。

 

 信号を渡り反対車線側のビルが建ち並ぶ通りに、ぽつりとあった小さな煙草屋に到着。

 耳の遠いばあさんが店番をやっていて、何時も吸ってる銘柄を伝えるために何分もかかった。

 ようやく伝わって、ばあさんが腰を上げて棚の煙草をあさってる姿を見て、謎の達成感を味わっていたのもつかの間。

 ポケットに入っていた空箱を見せれば、早かったんじゃないかと気付き凹む。

 

 もっとがんばれよ俺のシナプス。

 

 別に車に戻って吸ってもよかったのだが、脱力感から思わず買ってしまった自販機の缶コーヒー片手に一服することにした。許せ前島。

 

 あー、ニコチンとカフェインの混ざり合う音が聞こえる。(幻聴)

 

 リフレッシュした気分で戻ると、車の外で前島が誰かに絡まれていた。

 前島に絡むとかどこのアホだよと思いながら相手を見ると、綺麗な金髪と黒髪のグラマーなすごい美女二人。気品というか、身なりに金をかけてるとでもいえばいいのか。

 全く違う髪の色なのに似たような服装の為か、なぜか姉妹に見えるな。

 

「知り合いか前島?」

「遅いですよ先輩。ええと、この方たちは……」

 

 前島いわく、明らかに前島に向かって好意全開なこの二人は、会社の上司と部下らしい。

 そういやコイツ昔から地味にもててたよな、ロリコンのくせに。

 

 前島の紹介に口を挟まず、笑みを浮かべながら綺麗な姿勢で立っていた二人の美女が、紹介を聞き終えた俺に向かって軽く頭を下げる。

 

 え、なに? なんなのこのパーフェクト美女。

 大手ってホワイトな上に、こんな美女が上司や部下になるの?

 

 こいつの頭に今すぐ隕石落ちないかな。と、久しぶりに思った。

 これで百回目くらいだわ。

 

「だからいったでしょう、これから先輩と用事があるのでご一緒できませんと」

 

 前島の言葉を聞いて、なんとも残念そうな表情を浮かべる美女二人。

 おいバカやめろ、なんか罪悪感がすごいだろうが。

 

 なんというか、恐らく休日にばったり出会った意中の相手である前島を見て、とても嬉しかったんだろうと初対面の俺が見てもわかってしまう表情だ。

 

 愛されてるんだな。

 こいつの頭に今すぐ隕石落ちないかな。(百一回目)

 

「あー、すまんが急用ができたんだわ、飯はまた今度な。埋め合わせはまた今度するから今日はその二人に相手してもらえ」

 

「え?」

 

 俺の言葉を聞いて唖然とする前島。

 さすがにぶった切りすぎた感が否めんが、美女にあんな残念そうな顔をされたらなんとかしなければなるまいと思うのが男の性。

 

 後日ちゃんとフォローいれないとだが。

 

 それに前島がこの二人をどう思ってるかはわからんが、悪い女じゃないのは一目見てわかるし、いい加減コイツもロリコンを治して彼女つくって、ゆくゆくは結婚して家庭を持つべきだろう。

 

 前島はロリコンだが、大人の女というものを信じてない訳じゃない、はずだ。

 そして男として、というか生物として相手が必要だとも理解してる、はずだ。

 

 自信ないけど。

 

 まぁこの二人のどちらかなら、問題なさそうだしな。

 あまり先輩らしいことをしてやれなかったから、せめてこれくらいの気は利かせてやりたい。

 

 ……いや、違う。

 

 自分の気持ちを正直に表すなら、なんというか言葉にならない惨めさがすごい。

 こんな心境じゃ、冷静に飯食える気がしない。

 

 前島がなにかいってるのが聞こえたが、俺は振り返らずにぷらぷらと片手を振って別れを告げた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 前島と別れ、目についた路面電車に乗り込み、適当なところで降りてぼぉっとする。

 なんだか今日これからなにをするかを考えるのが、少し億劫になってきた。

 

 知らない他人や疎遠になった友人が、結婚しただの子供が生まれただのってのを聞いてよく凹むが、まさかあの前島がなぁと思う。

 

 もうなんなんだろなぁ、これ。

 

 自分のやって来たことに後悔はない、が、無職の俺と美人の部下や上司に囲まれ一流の企業で働く後輩の差を目の当たりにしてしまうと、なんというかそれを招いた自らの過去を恨んでしまいそうだ。

 

 自分の愚かさを痛感し、どす黒い煮こごりみたいなものが臓物に溜まってく感覚がする。

 酒飲んでゲロったら消えるだろうか、昼間っから飲んじゃおうかな。

 

 そんなことを思う自分がアホに見えてぐぬぬ。ってことが最近多い。

 

 ダウナー気分を引きずり、街の雑踏の中を歩いていると、ふと大きなビル前の広場から楽しげな音楽が聞こえてきた。

 目を向けると、そこそこの数の観衆に囲まれながら、動く人影の姿。

 近くによってみると、野外蓄音機から流れるリズムに合わせて踊る少女。

 ステップを踏むたびに後ろで括られた金色の髪がピコピコ揺れて、見ていて面白い。

 

 やがて最後の山場を迎え、片手でその小さな体を支えながら、くるりと体を回転させる大技を決める。

 

 えらいアクロバティックなダンスだな。

 

 だがその難易度の高そうな技を、かなり切れのある動きでやってのけたあたり、少女のダンスの技術力の高さが伺える。見始めたのは途中からだったが、むしろダンスというより舞踏のような動きだったな。

 

 しかし観衆から拍手を受けて、どーもどーもと応える少女に見覚えが。

 少女は観衆の中に俺の姿を見つけ、目を丸くする。

 

「おお? あれー? そこにいるのは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『無職男』と『駆逐艦:舞風』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、マイマイ。奇遇だな」

「なんで女友達感覚!? 舞風ですよぉ!!」

 

 そうそう、陽炎の妹の一人である舞風だ。

 

 前島の上司の方も金髪だったが、こっちの金髪はずいぶんとちっこいな。

 細く小さな体、肩幅や腕なんか俺の半分もないんじゃないだろうか。

 

 だというのによくもまあ、あんなアクロバティックな技ができるもんだな。

 

 俺と話している様子から、舞風のダンスが終わったと感じたのか、観戦していた通行人たちが散っていく。

 どうやらこの広場はミュージシャンやパフォーマーの集まる場所だったらしく、あちらこちらで身につけた芸を披露している奴らと、それを見ようとする人々の姿。

 

「若いのに度胸あるな、こんな場所でダンスの練習か?」

「まぁ練習というか、鈍らないように維持するためというかぁ。あっ、それよりもどうでした? あたしのダンス」

 

 そう俺に聞きながらポーズをとる舞風の服装は、白いVネックのTシャツに白手袋。

 そして動きやすそうでありながら、おしゃれなチェック柄のスカート? いや、大技の時にパンツ見えなかったから多分キュロットスカートってヤツだろうか、そんな感じだ。

 

 なんとかカテゴリ分けするとしたら、今時の垢抜けたおしゃれなストリート街ガール。(長い)

 

「まぁ、悪くなかったな。途中からしか見てないけど」

「えー、じゃあもう一回踊るからみてください!」

 

 そういっても、ダンスの善し悪しなんざ俺にはわからない。

 女学生にしてはやたらうまいようにも思えたが、それくらいしかわからん。

 

 それに気分的にも億劫だしなぁ、邪魔にならないようにさっさと帰るか。

 

「……いや、遠慮しとくわ」

「あれ? もしかして元気ない感じですかぁ~?」

 

 なにか察したのか、立ち去ろうとする俺の手を掴んで引っ張り、強引に地べたに座らせる舞風。

 なすがままに座らせられる俺、相変わらず君ら姉妹は力強いッスね。

 

 お互い近くに向かい合って座った動きで、舞風の綺麗な金色の前髪がふわりと揺れる。

 じっと見つめるのも気恥ずかしくて、目をそらすように視線を下にそらすと、折り曲げた舞風の小さくツルリとした膝と細い美脚が目にはいった。

 

「で、なにかあったんですか?」

「いや別に、なにもないが」

 

 どこに視線を合わせても気まずくなりそうだったので、顔をあげて舞風の顔をまっすぐ見る。

 

「嘘、絶対なんかあったって顔してますって~」

「そんなにわかりやすいか……」

 

 俺の問いには答えず、まっすぐな瞳でこちらを見てくる舞風。

 不思議な瞳だ。なんというか、年不相応というのか色んな物を見てきたような瞳。

 

 陽炎姉妹はどうもこの手の目をしたのが多い、まあ色々とある娘が多いんだろうが。

 

「うん、あたしがそういうのに鋭いってのもありますけどぉ。暗い雰囲気が苦手なんです、だからそういうのに敏感になっちゃうっていうかぁ。なのでよかったら話してみてください、やっぱりそういうのって話せば楽になると思います!」

 

 暗い雰囲気が苦手、ね。

 だというのに俺に話してみろと、そういってくれる舞風、泣かせるな。

 

 どう見ても自分の方が、つらいものを抱えてそうだってのに。

 しゃーない、踏み込むのはアレだが、俺を出汁に舞風の身の上話にでも付き合ってみるか。

 

「ならば聞いてもらおうじゃないか。そうだな……世の中は残酷だ、おもいっきり辛い。どんなに前向きに生きてみても、幸せな未来なんて来ない、そんなもの幻想だ。そう思うことってあるか?」

「……うわぁ、思ったよりヘビーそうですね。やっぱ止めて踊りません?」

 

 予想外の切り出しに、ちょっと引いてる舞風。

 やっちまったか。

 

 女の子の本音を引き出すなんて、ずいぶん長いことやってなかったから手順を忘れてるわ。

 だからってここで止めたりはしないが。

 

「踊らねえよ、まぁそれでだ。人生ってのは人や物、時に過去や世界そのものから。ありとあらゆる方法で傷つけられるものだと思うんだわ、体だけじゃ無く心もな」

「えとそれは、うん……まぁ、そうですね」

 

 なにか辛いことを思い出したのか、少し影のある表情になる舞風。

 

「そんな色んな方法の一個をくらっちまって、俺は今傷ついてる。以上だ」

「え、なんですかそれぇ!? なにがあったか全然わからないですし、無理矢理終わらせすぎですってぇ!?」

 

「いいんだよ、俺のことなんざひとまずこれで。それよりあれだ、セラピーっつーのか、そういうのはお互い辛いことを話し合いながらの方が効果があるらしいぞ。お前もなんかないのか、相談事でもいいぞ?」

 

 俺の言葉を聞いて、舞風はふと無表情になり、視線を落とす。

 うーむ、思ったより根深いなにかがありそうだなこれ。

 

 しばらく沈黙が流れたあと、意を決したように舞風が話し出す。

 

「あたしがどうしてダンスが好きか、陽炎姉さんに聞いたことありますか?」

「いいや? そもそもダンスが好きだって知ったのも今日が初めてだよ」

 

 舞風は俺の返事を聞いてまた少し考え、再び口を開く。

 

「えっと、えっとですね。昔とっても辛いことがありました。その記憶があたしを苦しめるんです。だから暗いのは苦手なんです、そんな辛い過去と向き合うってどうしたらいいと思います?」

「辛い過去、ねぇ……」

 

 難しいな、過去の思い出はいくつになっても自身をさいなむ。

 人ってのは唐突にろくでもない思い出がフラッシュバックして、壁を殴ったり叫びたくなるものだ。(例:上司にラリアットする思い出)

 

「あたしはダンスが好きです。でも、この体に染みついたとれない記憶というか、過去。それを忘れたいが為にダンスに傾倒している。正直そういう面もあるんだっていうのも認めています。あたしという存在が向き合うことを運命づけられた過去といいますか、それとどう付き合うのか。何時も悩んでは……な、なーんてね。あ、あはは♪」

 

 無理矢理浮かべた痛々しい笑顔、おいおい、なんて顔しやがる。

 

 しかし体に染みついた過去か。

 どんなものなのかはわからんが、その年でずいぶんとまあご大層なものを背負い込んだもんだ。

 

「お前、自分が好きか?」

「え、あ、どうでしょう。あまり考えたこと無かったです」

 

「じゃあ自分を好きになりたいと思うか?」

「そりゃ、ええ、はい」

 

 戸惑いながら頷く舞風。

 

「俺にもつらーい過去がある、つってもそう大したもんじゃないが。いろいろやんちゃだった時期もあったし、死にたいような恥ずかしい過去とかもある」

「……例えばどんな?」

 

 突っ込んできたな。

 いやまぁ、こんないい方したら確かに気になるかもしれんが。

 

「昔、夜の遊園地でライトアップした観覧車の下でな、好きだった女に告白した。ロマンチックだろ? 返事はOKだ」

「……」

 

 舞風は無言で俺の側まで寄ってきて、軽く腕をつねった。

 この流れでこんな幸せっぽい話されて怒ったか。

 

「痛い痛い、まあ聞けよ。でだ、次の日に無事付き合うことになった彼女から電話がかかってきてな、こういわれたんだよ」

 

 

 ―――ごめん、やっぱ勘違いだったっぽい。昨日の返事なしで。

 

 

「……なんですか、それ」

「おいおい、笑うところだぞ」

 

 割と洒落にならないぞっとするような目つきになるマイマイ。

 

 怖いンゴ!

 

「まぁあれだ、誰だってひとつやふたつそんな惨めな過去や、辛い過去があるもんだわ。でもな、それも含めての俺なんだよ。その過去が今の俺を作ったんだからな。俺はアホで惨めな男だが、どんなときも自分を好きでありたいし、前向きでありたいとも望んではいる、望んでは」

 

 じっと、俺の目を見つめてくる舞風。

 

「同じことがお前も自分にいえるか? もし自分を好きになりたい、そう願うなら、過去を受け入れるしかないぞ。過去を含め今の自分を好きにならないと、一度立ち直ったり辛いことを忘れたとしても、同じことを繰り返すからな」

 

 あ、やばい、またやっちまったよ。

 なんとなくそれっぽいこという感じの、ウザイおっさんのSEKKYOU。

 

 てかあれ? 今気がついたけど、これって全部ブーメランじゃないのか?

 投げたそばから刺さる刺さる、自分でいっててなんだか凹んできたわこれ。

 

 あ、駄目だこれ、俺……駄目っぽい。

 

「過去を含めて自分を好きになる……ですか。簡単にいいますけど、そもそもそれができたらこんなこと……って!? なんでいった人がダメージうけてるんですか!?」

 

 前向きな言葉と反比例するように、ドンドン沈んでいく俺の様子に気がついた舞風が、慌てて俺の手を引いて立ち上がらせる。

 

「いやなんかもう、俺って駄目なヤツだなって……」

「ああもう、提督。舞風と一緒に踊ろうよ、ねっ? 踊ろうっ踊ろうよー!」

 

 蓄音機のスイッチを入れて、俺の両手をとる舞風。

 流れてきた曲は、あの日の遊園地で流れていた歌手の曲だった。

 

「いらつく曲だ、センスが悪い」

「えっ、ええ~!?」

 

 舞風の手を離して蓄音機の停止スイッチを押す。

 それを見て、がっかりした様子の舞風。

 

 だがまぁ、さすがに俺を元気づけようとしてくれてるのはわかる。

 そしてそんな舞風の好意を感じ取れない程、俺は鈍くない、はずだ多分。

 

「そもそも俺はダンスなんて知らん。だからまず基礎的なことから教えてくれよ、簡単なステップ? そういうのでいいからさ」

 

 だから俺も舞風を見習って、全て忘れて踊ってみようと思った。

 

 その言葉を聞いて、舞風はきょとんとした表情を浮かべる。

 だがやる気を出した俺が嬉しかったのか、ニヤリと笑い、俺との間の距離をとった。

 

「じゃあまず単純な動きからやってみましょう、こっちに歩いてきてください」

「は? ああ、うん」

 

 歩き出そうとしたところで、舞風が続けていう。

 

「あっ、でもただ歩くんじゃなくて、歩き方で自分の今の気持ちを表す感じで」

「今の気持ちっつったってなぁ……」

 

 どす黒い煮こごりみたいなものが臓物に溜まってく感覚、そんな気持ちを表しながら歩くってどうすりゃいいんだ、花粉症と便意に苦しむ尺取り虫みたいな感じで歩けばいいのか?

 

「はいはい、口は閉じて。ゆっくり、でも感情を表しながら!」

「いや、そういうがなぁ。今の気分じゃ痛々しいもんにしかならんぞ」

 

 舞風は少し考えるそぶりをしたあと、アドバイスを叫ぶ。

 

「うーん……じゃ、じゃあ。あ、あたしを恋人だと思って! そしてこれから初めてのデートに向かうような気持で歩いてみてください」

 

 ずいぶんとちっこい恋人だな。

 

「ほらほらはやく! それと顔はうつむいたままで、あたしの前まで来たらゆっくりと顔をあげて。その時は待ち望んでいた最高の恋人と出会えた時のような表情を見せてくださいね!」

 

 おまけに注文が多い。

 

 ああクソ、だがもうこうなりゃヤケだ。

 今から俺は最高の美女の元に向かって歩き出す、そう思い込む。(自己暗示)

 

 そうだ、やるぞ俺は、これから俺は鬱をぶっ飛ばして、希望の女神と踊るんだ。

 

 視線を下げて石畳を見ながら、一歩一歩。

 ワクワクする気持ちを無理矢理湧き出させるような気分で歩く。

 

「いいですよ! ほら、ワンツーワンツー♪いひひ♪」

 

 微妙にキモ可愛い笑い声あげやがってこんちくしょう。

 そう叫びたくなる気持ちを抑えて、ヤケクソ気味に腰なんか振りながらさらに歩く。

 

「ワンツーワンツー…っぶ、アッハハ」

 

 俺の華麗な腰振りがよほどツボに入ったのか、楽しそうに笑う舞風の声の方向を目指し、更に腰や手を振りながらゆっくり歩く。

 我ながらテンション高いな、薬でもやってんのかってくらいだ。

 

 楽しそうに笑い声を響かせる舞風の脚が見えた、俺はゆっくりと顔をあげる。

 涙目になりながら、心の底から楽しそうな笑みを浮かべる舞風の顔。

 

「ほら、表情も~」

 

 ゆっくりと俺の手を取りながら、舞風が要求してくる。

 

 そういやなんかいってたな、どんな顔すればいいんだっけか。

 思いだせんから取りあえず、クールでニヒルな表情でもしてみるか。

 

 確か渋い男の表情を作る方法があったはずだ、えーっと。

 そうだ、痛みに耐えるような表情をしながら、そう、笑うんだ。

 

 こうか!?

 

「……っぶ、あははははははっはあははあははあははっははは!!」

「笑いすぎだろ!?」

 

 会心のキメ顔を爆笑されて、さすがに泣きたくなってきた。

 

「ご、ごめんなさいごめんなさい……っひ、いひひ」

「死ぬ程恥ずかしいぞ……やっぱ無理だなこりゃ」

 

 笑いすぎてこぼれた涙をぬぐおうともせず、舞風が繋いだ両手を上げて涙目で微笑む。

 

「大丈夫ですよ、次はあたしも一緒に踊ってあげますから」

「一緒にっつったってなぁ、タンゴとかそういうヤツか?」

「それもいいですけど、向かい合って手を繋いで、音楽に合わせて飛び跳ねる。それだけでいいんです」

「……あの歌手の音楽はゴメンだぞ」

 

 少し困った顔をする舞風。

 

 困らせる気は無かったが、どうやらあの蓄音機には同じ歌手の歌しか入ってないんだろうと、その表情で察することができた。

 

 どうしたものかと思案したその時、ジャジャーンとかき鳴らされるギターの音。

 見るとツンツンに固めた金髪のホストのような男が、近くで演奏を始めようとしていた。

 

「まぁ、アレでいいか」

「はい、アレでいいです」

 

 やがてノリのいいギター演奏、そしてどこか変な歌詞の歌が聞こえてくる。

 

 

―――俺はお前に心を開いたのに。

―――お前は何時も俺を非難するのに必死だ。

―――偽善者で優柔不断で嘘つきだってな。

―――お前は俺にいったよな。出会わなきゃよかったって。

 

―――そう簡単に俺を投げ出すな。

―――そう簡単に愛を投げ出すな。

 

―――なぁお前であり俺の世界よ。

―――お前は、人生を楽しむのが怖いのか?

―――俺は平気だぜ。だから深呼吸しろ。

―――落ち着いたしもう大丈夫だろ、変われただろ、な?

 

―――だから簡単に俺を投げ出すな。

―――だから簡単に愛を投げ出すな。

 

 

 変な歌だ、だが悪くない。

 俺は一緒にくるくると回り、飛び跳ねてくれてる舞風に向かって叫ぶ。

 

 自身も辛いものを抱えてるのだろうに、どん底だった俺の気分を再び元に戻してくれた舞風という少女になにかしてやりたくて。

 

「舞風っ! なんかっ! 俺にできることっ! あるかぁ!?」 

「提督っ! 次も…また舞風と一緒に、踊ってください!」

 

 なんとも欲のないお願いだな。

 

「気が向いたらな!」

「いひひ♪ほら、ここで大きくジャンプ&ターン!」

 

 ちっこい体に見合わない強い力で、俺を引っ張り振り回す舞風。

 

「どわぁああ!!」

 

 まったく無茶しやがって、腰やられちまうだろうが。

 しかし、ずいぶんと楽しそうに踊るもんだな。

 

 まるで怖れるものなどなにもない、踊りの女神様みたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オマケ - 陽炎改二記念 -

 

 

 

 日暮れ間近の夕方。

 

 慣れない動きの運動をしたということもあり、体の節々が痛い。

 そんな訳で舞風とわかれた後、俺は家に帰る途中の公園の噴水の縁に腰掛け休んでいた。

 

 あー、ちょっと疲れたな、横になるか。

 

 体を横に倒すと、縁に使われてる光沢レンガのひやりとした感触、きもちええやん。

 そんな態勢でボケッとしていたら、公園の外の方から車が急停車する音が聞こえて来た。

 

 なんだなんだと、体を起こして公園の入り口の方を見ると、誰かがこっちに走ってくる姿。

 

「提督!!」

 

 現れたのは、黒ネクタイ黒スーツで黒シャツ姿の陽炎。

 

「おお、陽炎。どうした、そんなに焦って?」

「どうしたじゃないわよ、通りかかったら提督が倒れてるのが見えたんだもん。そりゃ焦るわよ!」

 

 そういいながら軽く息を切らし、ネクタイを緩める動作が様になっていた。

 もしかして最近の女学生の制服って、こんな感じなのか?

 

「でもよかった。今にも飛び込みそうな顔してるようにも見えたけど。たいしたことなさそうね」

「飛び込むって、どこにだよ。この噴水か?」

 

 微妙に投げやりな口調で言葉を吐いてしまった、恥ずかしい。

 もしかしたらまだ微妙にダメージが残ってるのかもしれん、重傷だなこりゃ。

 

 俺の言葉を聞いて、陽炎は一瞬まじめな顔をした。

 なんだこの顔、どこか、不安そうな。

 

 不知火が俺のケツを蹴ってプールにたたき込んだ後の表情に似ているような。

 

 と、一瞬頭をよぎったが、陽炎はすぐにいたずらを思いついた子供のような表情を浮かべて、ドスドスと足音を響かせながら俺の側まで来ると、ドンッと両手で俺の胸を押す。

 

 突然のことに抵抗もできず、俺は噴水に頭から突っ込んだ。

 

「ぐばう゛ぁあ!?」

 

 鼻に水が入り、ツーンとした痛みを感じながら必死に立ち上がる。

 春とはいえ、夜は微妙に冷える、そんな季節に噴水に突き落とされるってどういうことだよ。

 

「なにしやが!?」

「とりゃー」

 

 さすがに怒ろうかと思って声を上げようとしたら、追撃するように陽炎が俺の胸の中に飛び込んできた。

 支えきれず再び水没する俺。

 

「ちょ、おま、ばッ!」

 

 しがみついてきた陽炎の重量マシマシ状態で、なんとかもう一度体を起こす。

 どういうつもりかと問い詰めようと、陽炎をにらみつける。

 

 だが陽炎はそんな俺を黙らせるように、ゆっくりと俺の首に手を回し、鼻先がぶつかるような距離まで顔を寄せる。あまりに近い距離に言葉が出ない俺を、微笑みながら澄んだ瞳で俺を見つめ返してくる陽炎。

 

「なにしょげてんのよ、元気出しなさい」

 

 ……ああ、またか。

 

 不知火に続いてまた俺は、こいつら姉妹に心配をかけるようなツラをしてしまってたか。

 まったくしょうがねえな俺も。

 

「つーか! なんでお前ら姉妹は、弱ってる俺を水に突き落とす!?」

「えへへー、なんででしょ?」

 

 質問を質問で返すな馬鹿!

 

 あーくそ、絶対煙草が駄目になったし、このずぶ濡れ状態で家に帰ることを考えると、なんだか気が重くなってきた。

 

「ほらほら、どう? 私の励ましは。少しは元気になったかな? ああ、お礼なんていいのよ~」

 

 だというのに陽炎は俺から少し離れ、濡れたツインテールを少し赤くなっている顔に張り付かせながら楽しそうに笑い、こっちに水をばっしゃばっしゃとかけてくる。

 

「……」

 

 まぁ、そんなことはどうでもいいか。

 今はそれよりこの生意気で優しい少女に、大人の本気を教えてやらねばならない。

 

「どこの世界に噴水に落とされて、水かけられて元気になるヤツがおるんじゃい!!」

 

 ここに居るけどな。

 なんてことは口に出せるはずもなく、俺は反撃を開始する。

 

 水をかけられながら、ケラケラと笑う陽炎。

 

 ……まったく、なんで、どうして。

 

 このつまらない男のなにが気に入って、陽炎は、そして陽炎の姉妹たちは俺を構うのか。

 普通ならとっくに離れていきそうなものだが。

 

 いい年して、いつも情けない姿晒している男だというのに。

 

 まともな同年代の男なんざ幾らでもいるだろうに。

 例えば、同じ学校のクラスメイトとか。

 

 それなのに。

 

 この娘は、どうして。毎回。

 

 会うたびに花が咲くような笑顔を、俺に向けてくれるのか。

 

 

 




舞風と手を繋いで人目も気にせずに、ただ踊りたいだけの人生だった。
元気づけようとしてみてうまくいかず、やっぱり元気づけられる無職定期。

あとGW終わった。

※追記
別サイトになりますが、舞風の後日談を下記URL先に掲載しております。
よかったら覗いていってください。

https://genji.fanbox.cc/posts/1899544
 

三万文字を超える長編の投稿に関しては、分割した方が読みやすいですか?

  • 何文字になろうとも一話にまとめて欲しい
  • そこまで長くなるなら、二分割にして
  • 一万文字ずつくらいで、三分割にして
  • 実は七千文字くらいがいいので、四分割
  • 正直五千文字がベスト、五分割がいいな

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