提督をみつけたら   作:源治

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お待たせしました。

今回の話はご感想(ナンバー58)を参考にさせていただきました。
なおそちらのご感想、Goodボタンのプッシュ数は驚愕の『163』(投稿日現在)

みんなどれだけこのシュチュを待ち望んでいたんだ……。

※本話数には倫理的に好ましくない表現、昼ドラ的修羅場、シリアス等の要素が含まれます。
 ご注意ください。
 


『父』と『戦艦:扶桑』

 

 私には娘がいる。

 目に入れても痛くないとは正にこのことかと思えるほどに、可愛い娘だ。

 

 仕事柄、家を留守にしがちな妻に代わり、子育てはある程度時間に融通がきく仕事だった私が主に受け持った。

 

 だがそれでも仕事と子育ての両立は大変なことで、残業で遅くなる日などは娘に寂しい思いをさせていたであろうことは想像に難しくない。

 決して褒められるような父親とはいえなかっただろう。

 

 実際これでいいのだろうかと、何度もくじけそうになった。

 だが、とおさまとおさまと私を呼び、慕ってくれる娘に何度も元気づけられ、不器用ながらもなんとかこの生活を続けられている。

 

 少しだけ反抗期のようなものもあったように思うが、それも一瞬のこと。

 あっという間に時は過ぎ、娘はすっかり大きくなった。

 

「お父さま。お茶になります」

「ああ、ありがとう葵(あおい)」

 

 居間のソファーでくつろいでいた私に、娘の葵がお茶を入れて持ってきてくれた。

 私は読んでいた新聞をたたみ、娘の淹れてくれたお茶を飲む。

 

 大きくなって手のかからなくなった娘。

 普通の父親なら次の段階として、嫁ぐ娘を見送る寂しさを味わうことになるのだろうが……

 

「ねぇ、お父さま。たまには扶桑と呼んでくださってもいいんですよ?」

 

 あいにく娘は艦娘で、私はその提督適性者だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『父』と『戦艦:扶桑』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の名は富楽寿吉。

 富楽(とみらく)が姓で、寿吉(じゅきち)が名だ。

 

 やたら縁起の良い名前だが、特別運が良いわけではない。

 

 いや……確かに数万分の一の確率で生まれてくる艦娘を子供として授かり。

 更に大きな宝くじの一等にあたる方がまだ現実味があるといわれる、提督適性者であり。

 その上で、娘が自らの提督適性に適合するなどということは、奇跡のようなものなのだろう。

 

 しかしそんな希有な人生を歩んでいるといっても、私自身は特に面白みの無い普通の男だ。

 

「まあそう言うな、葵という名も父さんと母さんが一生懸命考えた大切な名前なのだ」

 

 自身を艦娘名で呼んで欲しいと願う娘。

 私は本心ではあるが、どこかはぐらかすように返す。

 

 娘は儚げで少し困ったような表情を浮かべ、自然な動作で長い黒髪を耳に掛ける。

 

「もう、お父さまったら。そう言われてしまうとなにも言えないわ」

 

 娘はそう言いながら軽くため息をつき、私の隣に座った。

 妻と並んで座る目的で購入した大きなソファーだが、振り返ればこうして娘と並んで座る時間の方が多かったように思う。

 

 娘は美しい。

 

 もし彼女が恋人であれば、世界中の男が羨ましがると思えるほどに。

 そして、彼女が娘であるということを羨ましがる父親もまた多かろう。

 

 私の視線に気がついた娘は軽く微笑むと、甘えるように私の肩に頭を乗せる。

 ほのかに、娘の美しい黒髪から柔らかな椿油の香りがした。

 

「ねえお父さま、明後日がなんの日か覚えていらしゃいますか?」

「……さて、なんだったかな」

 

 とぼけてみたが、もちろん覚えている。

 愛娘の誕生日を忘れるほど年はとっていない。

 

 だが、どこか気恥ずかしい部分と、誕生日プレゼントに驚いて欲しいという僅かな思いからそのような返答をしてしまった。

 そんな私の浅はかな内心など見通しといわんばかりに、娘はクスリと口に手を当てて微笑む。

 

「あらひどい、娘の誕生日をお忘れになるなんて」

「……毎年面白みの無い誕生日祝いしかしてやれないのが恥ずかしくてな」

「いいえ。お父さまに祝っていただけて私は幸せだわ」

「すまないな、私と二人だけの誕生日など寂しいだろうに」

 

 妻は仕事が忙しく、娘の誕生日にも帰ってこれないことが多い。

 そのような事情から、お互いの誕生日は娘と二人で祝うのが普通になってしまった。

 妻は今年こそはなんとか一緒にと言ってくれてはいるが、あまり無理をして欲しくはない気持ちもある。

 

「気の利いた冗談の一つでも言えればよかったのだがな、つまらない男だ、私は。せめて母さんが居ればよかったのだが」

 

「私はお父さまのお話、好きですよ。それに私はお父さまと二人きりの方が嬉しいです。正直あの人を私は母親とは―――」

「葵」

 

 言ってはいけないことを娘が口にしかけたので、少し固い声で名前を呼び暗に諭す。

 娘は少し驚いたのか一瞬びくりと体を震わせ、拗ねるように私の左腕を抱きしめた。

 

 気まずい沈黙の後、娘が呟くように口を開く。

 

「お父さま……私は、扶桑は今年の誕生日で結婚のできる年齢になります」

「……そうだったな」

 

 あっという間だった。

 

 娘が生まれ、そして扶桑という艦娘だとわかり。

 娘にとっての提督が、私だとわかったあの日から。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「ああ、富楽さんいらっしゃい。注文のやつできてるわよ」

 

 落ち着きがありつつ、どこかかわいらしさがあるようなデザインの服を着た女性が、店に入ってきた私を見て声を掛けてくる。

 彼女はこの店、セレクトショップZUKAの店長であるむつはさん。

 そして娘と同じ戦艦の艦娘である『陸奥』とも呼ばれる女性だ。

 

 葵の艦娘変わりが終わってからは、娘の誕生日プレゼントは毎年ここで購入することにしているのでお互い顔なじみといっていい関係である。

 

「毎年ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ何時もオーダーメイドで注文して貰って嬉しいわ」

 

 基本的に艦娘である娘の体型は、艦娘変わり後は特に変化が無い。

 その為一度採寸すればその後は何度も採寸し直す手間がなく、更に同じ店で注文することによってそれを伝える手間も省ける。

 もっとも、この店を利用する一番の理由は、この店専属のブランドTAKARAの服を娘が好んでいるからだが。

 

「今年はなにかと着る機会がありそうな服を仕立てさせて貰ったから、期待しておいてね」

「それは楽しみです」

 

 私に若い女性の服の良し悪しなどわかるはずも無く、毎年どんな服が仕立てられているかは開けてみるまでのお楽しみとなっている。

 娘も受け取った服を着て、私に一番に見せることを楽しみにしている節があり、恐らく今年も夕食の後にでもお披露目してくれるだろう。

 

「でも早いものね、葵ちゃん今年成人でしょ?」

「ええ、おかげさまでなんとか無事に迎えられそうです」

 

「あの葵ちゃんがいつの間にやらねぇ、私も年取るわけだわ……」

 

 うんざりしたような表情を浮かべ、どこか遠い所を見つめるむつはさん。

 あまり老いとは縁の無いように見える彼女もまた、女性として思うところがあるのだろうか。

 

 しかし改めて成人という言葉を聞いて、あの日の出来事が頭をよぎる。

 

「どうしたの、浮かない顔して」

「いえ、その……」

 

 どうやら顔に出ていたようだ。

 あまり表情を動かさない人間だという自覚があるが、どうやら彼女にはお見通しらしい。

 少し心配そうに問うてくるむつはさんの様子に、艦娘関係なく彼女が人を見て気遣いのできる女性だと実感する。

 

「よかったら話してくれてもいいのよ?」

 

 少し悩んだ後、この手の相談をする相手としては、むつはさんがこれ以上無い適任だと気がつき、恥を覚悟で聞いてみる。

 

「……私が葵の、艦娘である娘の提督だというのはご存じかと思うのですが。艦娘としての娘とどう向き合うべきか、未だに自分の中で決められないところがありまして」

 

「ああ、そういうことね」

 

 むつはさんは「うらやましい話だこと」と一言呟き、話を続ける。

 

「奥さんはそのことについてなんておっしゃってるの?」

「家内はある程度しょうがないと割り切ってるようなのですが、それでも実のところはまだ私と同じく迷っているところがあるのではと、思っています」

 

「まぁ、そういうものよね……でも富楽さん。難しいでしょうけど貴方が『扶桑』の提督である以上、どこかで葵ちゃんとの関係を娘から艦娘に切り替えてあげるのをおすすめするわ。いくら私たちでも、魂から望んでいるものが手に届くところにあるのに、それを我慢し続けなければならないような状況。そんなものに延々と耐えられるほど強くはないのよ」

 

 その言葉を聞いて、私は鼓動が跳ね上がるのを感じた。

 もしかして私は、なにか大きな過ちを犯しているのではないだろうかと。

 

 一見穏やかに見える娘が時折見せるあの表情。

 唐突に杯に注がれてゆく水が、ある量を境にあふれ出すようなイメージが浮かぶ。

 

「切り替えるなんて言葉を使ったけど、それは貴方が父親でだけありたいと望んでるみたいだから、そう言っただけであって。もちろん父親でありながら艦娘として葵ちゃんを受け入れてあげるということでもいいのよ?」

 

 内心穏やかではない私を見ながら、からかうような口調で言いながら「まぁ、難しいでしょうけどね」と言葉を締めくくるむつはさん。

 だがその目には僅かな真剣さと、どこか寂しげななにかが潜んでいるようにも見えた。

 

「切り替える……いえ、受け入れる。確かにそれが娘にとって重要なことだというのは感じています。ですが……不安なんです。そうすることによって“娘”を失ってしまいそうな気がして」

 

「そうね、父親として娘を守る為に油断をしないというのはいいことだわ」

 

 私の迷いを聞いて、彼女はその慎重さを讃えつつ微笑を浮かべる。

 だがその表情は何故か、なにも知らずに破滅へと向かう道化を見ているかのようにも見えて……

 

「そんなステキな“父親”である富楽さんへ心からの忠告。決断は慎重に、でもなにより早いほうがいいわ」

「……それは艦娘としての忠告でしょうか?」

 

 私の問いかけを聞いて、彼女はどこかもったいぶるような間を置いた後。

 

「女としての忠告よ」

 

 そう言って怪しく微笑む。

 私は何故かその様子を娘と重ねる。

 

 何時も穏やかに微笑む娘。

 その表情とは似ても似つかない、謎めいた女の顔をしたむつはさん。

 

 私はしばらくその表情が頭から離れず、漠然とした不安を抱えながら家路についた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

『どうして!? どうしてお父さまのことを提督と呼んではいけないの!?』

『落ち着きなさい葵、確かに私たちは提督と艦娘かも知れないが……』

 

 娘が泣いている。

 艦娘変わりが始まって、少し情緒が不安定だった頃の娘の姿。

 

『いやッ! 聞きたくない!』

『いいから、聞いてくれ葵』

 

 耳をふさぎ目を閉じて頭を振る娘の両手を掴む。

 娘は震えながらさらに言葉をはき出す。

 

『いや……それもいやッ! どうしてですか、どうして私のことを扶桑と呼んでくださらないのですか!?』

 

 私は泣きじゃくる娘を抱きしめる。

 

『いいか、私は葵の提督なのかもしれない。だけどそれ以上に父親なんだ。確かに私は褒められたような父親でもないだろう。だけどそれでも私は葵の父親でありたいんだ』

 

『……なら私は、扶桑は、一生お父さまの艦娘にはなれないのですか?』

 

 縋るような瞳で私を見る、絶望した様子の娘。

 

 私はその姿に危うげななにかを感じ、とっさに、まるでわがままをいう子供相手に、その場を誤魔化すかのような気持ちで一つの約束をした。

 

『ならこうしよう、葵がお嫁さんに行ける年齢まで良い子にしてくれてたら、その時に―――』

『え……? ほ、ほんとう?ほんとに!!』

 

 何度も何度も確認してくる娘。

 私は内心不安を抱えながらも、娘が幼い子供だとたかをくくって、愚かにも軽い気持ちで。

 

『ああ、約束だ。必ず叶えてあげるよ』

『約束、約束ですよお父さま……』

 

 そう返答してしまった。

 それを聞いて泣きながら笑う娘。

 

 それ見て何故か胸が締め付けられる。

 

 私は、あの時。

 

 

 

 ―――なにを約束したんだったろうか?

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 まどろみから覚める。

 懐かしい夢を見ていたようだ。

 

 娘の誕生日、ささやかな晩餐を終え、プレゼントを渡したのは覚えているのだがその後は……

 

 ああ、そうか。その後洗い物をしようとして止められたのだった。

 台所から追い出され、ソファーで娘が洗い物をする姿と眺めつつ、音を聞きながら考え事をしていたら、いつの間にか寝ていたらしい。

 

 台所に目を向けるが、そこに娘の姿は無かった。

 

「お父さま……」

 

 居間の入り口から聞こえてきたのは娘の声。

 見ると、結婚式の礼服にでも使えそうな、深紅のドレスを着た娘がそこに立っていた。

 

 そのドレスは丈の短いワンピース型で、光沢のある薄い生地。

 派手すぎず、だが確かに女性としての美しさを際立たせるデザイン。

 なにより大きく開いた胸元から覗く豊かな胸と、眩しい脚が目に毒だ。

 

 これはまた、随分なサプライズプレゼントだな、そう思う。

 娘はゆっくりと私の側まで来て、隣に腰を下す。

 

 娘の柔肌と体温がすぐ近くに感じられる距離、不思議と鼓動が跳ね上がる。

 

「お父さま、申し訳ないのですがおねがいしても?」

「ん、なにをだ?」

 

 娘は恥ずかしそうに微笑みながら体を捻り、ドレスの背にあるファスナーを私に見せた。

 

 閉められていない開いたドレス、白く美しい素肌、それは娘の背中。

 そして気がつく、何故か娘が下着を着けていないことに。

 

 その為細い肩、その下の脇の間からは豊かな胸が僅かに見え、更に下に視線をやるとくびれた腰、そしてその下の柔らかな臀部の膨らみが見えた。

 

 存在するだけで男を誘惑し、虜にしてしまうかのような身体。

 私は不覚にも劣情を抱いてしまう。

 

 同時に罪悪感に襲われる、娘に欲情する自分が恥ずかしくて仕方がなかった。

 

 頭を振り、震える手で背中のファスナーを上げる。

 娘の体に触れないよう、ゆっくりと、慎重に。

 

「これでいいだろう」

「ふふ、ありがとうございますお父さま」

 

 振り向き、儚い微笑を浮かべながら私の手を握る娘。

 娘が私の体によく触れるのは今に始まったことでは無い。

 

 だというのに、何故だか私は見知らぬ美しい女性に触られているような、そんな錯覚を覚える。

 

「このような服を着るのは初めてで……似合いますか?」

「ああ、よく似合ってる」

 

 渇いた口をなんとかしようとして、つばを飲み込む。

 何故かその音が大きく響いた。

 

 長い沈黙。

 

 娘は私の手を離し、ゆっくりと私にしなだれかかってきた。

 私は震える手で抱きしめる。

 

「……お父さま、扶桑は今日結婚できる年齢になりました」

「ああ、そうだな」

 

 私は僅かに身じろぎする、何故かその言葉を聞いて蜘蛛の糸に絡め取られてゆくような錯覚を感じて、とっさに逃げようとしたのかも知れない。

 

 そんな馬鹿な考えを振り払うように軽く頭を振る。

 

「……ですので、あの日の約束を叶えていただきたいのです」

「随分と昔のことを覚えているのだな」

 

 なんの約束をしたんだったのかと、聞こうとは思わなかった。

 聞いてしまえば、ひどく娘を傷つけてしまうような気がして。

 

「はい、それだけを心の支えにして今日まで頑張ってきましたから」

 

 そんなにも重い約束を忘れてしまっていることに衝撃を受ける。

 あの日、私は一体なにを……。

 

「葵、あの日私は―――」

「約束通りなんでも一つ、お願いを聞いてくださるのでしょ?」

 

 私の言葉を遮るように、娘がそう確認してくる。

 

「それは……」

 

 なんでも。

 重いようで、日常的に軽く口にしてしまうことがある言葉。

 

 だが、今はその言葉の重みに押しつぶされてしまいそうになる。

 娘は私から体を離し、私の目をまっすぐ見つめてくる。

 その真剣そのものの眼差しに、私は言葉を続けることができない。

 

 娘の願いはなんなのか。

 

 それはわかりきったことだった。

 だがそれは、彼女を娘として大事に育ててきた私には、どうしてもできなかったこと。

 

「私の願いはお父さまに提督として私を扶桑として受け入れていただくこと。でも……お父さまが私に対して艦娘として接したくないというのはわかっています。もちろんそれは私を娘として強く愛していただいている為だからということも、わかってもいます」

 

 微笑みながら、淡々と言葉を綴る扶桑。

 

 だが、感情があふれ出してともらないかのように、その瞳からボロボロとこぼれる涙が娘の内心がどれだけ揺れているのか表している。

 

「ですが、それは私にはとても酷なこと……でも、そんな私の願いをお父さまに押しつけるのも私は望んでいません」

 

 よくできた娘だ。

 私にはもったいなさ過ぎるほどに。

 

「ですから、今日一日。後数時間で終わる今日一日だけ」

 

 娘が縋るように、私の手を握る。

 

「……私をお父さまの妻として扱ってください。それが、それだけが私の唯一つの願いです」

 

 そして一拍おいて、自らが今望むその願いを、口にした。

 

「妻として、扱って欲しいというのはその……」

 

 その行為を口にすることができない。

 私から、それを口にすることがどうしてもできない。

 

「はい、一度だけ私を抱いていただけたのなら、明日からは親子の関係にもどります。もう二度とお父さまにご迷惑はおかけしません。ただ一度だけの思い出を私に頂けないでしょうか?」

 

 私が口に出せなかったその行為を、娘は包み込むよう優しい声で代弁してくれる。

 

「わ、私を……むす、娘である葵としてではなく、か、艦娘の扶桑を提督として抱いて―――」

 

 涙を流しながら、震える声で絞り出すように、想いを吐露する娘。

 私はこらえきれず娘を抱きしめる。娘は震える手で私を抱きしめ返してきた。

 

 その時、私は自分がどれだけ娘に辛い思いを強いていたのかようやくわかった。

 

『いくら私たちでも、魂から望んでいるものが手に届くところにあるのに、それを我慢し続けなければならないような状況。そんなものに延々と耐えられるほど強くはないのよ』

 

 むつはさんの言葉が頭をよぎる。

 

 私は馬鹿だ。

 優しく微笑む娘がその裏側でどれだけ辛い想いを隠していたのか気がつけなかった。

 

 それが正しい事かどうかはわからない。

 少なくとも私の倫理観的に正しくないというのは確かだ。

 もっと娘の気持ちに耳を傾け、私の気持ちなど関係なく、彼女を艦娘として、提督の立場から受け入れてあげられればこんな事にはならなかっただろう。

 

 だがもう、それはもう手遅れなのだ。

 彼女の気持ちがあふれ出した今となってはもう、それだけでは駄目なのだ。

 

 だから例えそれが間違いだったとしても、今だけは、今だけは娘の……

 いや、扶桑の想いに応えるべきなのだ。

 

 私は改めて娘を抱きしめる。

 親子ではなく、恋人とするかのような情熱的な抱擁。

 

「すまなかった……扶桑」

 

 艦娘として名前を呼ばれ、そして私自身の雰囲気が変わったことに気がついたのか、扶桑がびくりと震えた。

 

「ああ……提督、提督ッ!!」

 

 だがそれもつかの間、すぐに私の抱擁に応えるように、熱い吐息を切なげに吐きながら何度も体を擦りつけるように私に抱擁を返してくる。

 

 

“娘”を“女"として抱きしめたのはこれが初めてだ。

 

 

 そんなことを思いながら、ふと考える。

 

 私は娘を愛している。

 だがその愛は一体なにに対する愛なのか?

 

 いや、わかっている、

 

 私にあるのは家族愛だ。

 家族に向ける愛のはずなんだ。

 

 だというのに今は恋人や妻に向ける愛が必要になっている。

 

 

 この愛をその愛に変えることは可能なのだろうか?

 

 

 その答えは恐らく出ないだろう。

 それに今日だけだ、今日だけ偽れればそれでいいんだから出す必要もない。

 

 何故なら明日にはなにもかも元に戻るはずなのだから。

 

 

 

 ―――だから今日だけは。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 二人で重なり合って横になっても落ちない、大きなソファーから体を起こし座り直す。

 心地よい余韻と満足感を感じながらも、強い後悔に襲われる。

 

 隣にはソファーに横たわりながら、幸せそうな顔で私を見つめる扶桑。

 未だ情事の余韻にさめやらぬ汗ばんだ裸身が、先ほどまで私たちが行っていた行為が夢ではなかったと認識させてくれる。

 

 果たしてこれで良かったのか。

 自問するも答えは出ず、せめて扶桑の気持ちを聞いてみたいという思いがわいた。

 

 だがなんと声を掛けるべきか悩む、娘を女として抱いた私に言えることはなんだろうか。

 そんな私を見透かすように、扶桑は体を起こして私に口づけをした。

 

 まるでなにも言わなくてもいいんだと、そう伝えるように。

 

 長い口づけ、いつまでもつづくように思えた。

 だがそれは、なにかが床に落ちる音で唐突に終わりを告げる。

 

 

「なっ、なにをやっている……の?」

 

 

 震える声が聞こえた居間の扉の方を見る。

 そこには妻が立っていた。

 

 大きく見開かれた目、私はその視線に貫かれて一気に血の気が引く。

 だが、扶桑はその視線を受けても一切動じず。

 

 

「あら、お帰りなさいませ。“山城”お母さま」

 

 

 そう挑発するように言いながら、妖艶な顔で微笑みを返した。

 それは私の知らない、娘の……女の顔だった。

 

 私はそれを見て、どこか他人事のように

 

 ―――ああ、これはもう元には戻らないな。

 

 そう、思った。

  

 

 

 

 

『夫』と『戦艦:山城』につづく

 




 












一番待ち望んでいたのは私です。

※頂いた感想を参考に書かさせていただきましたが、この話もまた私が書きたかった内容を自ら望んで形にしたものになります。よって当然のことながら全ての責任は書いた私にありますので、この話を見て湧いた喜び悲しみ怒り憎しみ快不快、満足不満全ての感情は私に頂けますと幸いです。
 

三万文字を超える長編の投稿に関しては、分割した方が読みやすいですか?

  • 何文字になろうとも一話にまとめて欲しい
  • そこまで長くなるなら、二分割にして
  • 一万文字ずつくらいで、三分割にして
  • 実は七千文字くらいがいいので、四分割
  • 正直五千文字がベスト、五分割がいいな
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