提督をみつけたら   作:源治

30 / 58
 
色々書いてみましたが、流れを戻すために初心に返ることに。
あと時期的にそろそろ書いておこうかなって。
 


『無職男』と『駆逐艦:秋雲』

 

 

 I lost my job.(無職だよ)(教えて貰った)

 

 

 今日も今日とて求職活動に励んでいた時のこと。

 履歴書を書いていてボールペンのインクが出ないことに気がつく。

 

 確か辞めた後に買ったボールペンだったはずだが、まさか使い切ってしまうとは……

 

 送れども送れども、我が職歴増えず、じっと手を見る。

 

 なんにせよ、一本使い切ってしまったという事実が重くのしかかる、今となっては履歴書を何枚書いたのか思い出せない。

 

 多分あれだな、もしかしたら書類で落とされたのは全部ボールペンが悪かったんじゃないかと。

 などと道具のせいにするところまでメンタルが陥没していたことにハッと気がつく。

 

 タバコを一本消費して、なんとか冷静さを取り戻す。

 お、落ち着け俺、ボールペンはただボールペンであるだけでボールペン以上の意味などない。

 

 とにかく気分転換と風向きを変えるため、新しいボールペンを買いに行くことにする。

 そういえば磯風がそろそろ米が切れるとかなんとかいってた気がするな、二十キロくらい買っていってやるか。

 

 そんなわけで磯風の家の途中にある商店街にある、文具屋のような画材屋のような店に向かう。

 どっちかよくわからんけどボールペンくらいあるだろう、多分すごい書きやすいやつとか。

 

 季節は梅雨を過ぎ、もう夏といってもいいような気配。

 外に出て歩いていると、照りつける太陽が歩みを遅くする。

 

 来週くらいから学生は夏休みなので、何故か俺も夏休みだとか思ってたけど、求職中の俺に精神的な休みはない。でも物理的には毎日夏休みみたいなもんだよな……

 

 あーくそ、駄目だ。ボールペン買ったら途中で初風の働いてる喫茶店に寄ろう。

 あのワカメ頭に遭遇する危険もあるが、アイスコーヒーが無性に飲みたい。

 

 そんなことを思いながら歩き続け、ようやく画材屋のような文具屋みたいな店に到着。

 店の中は冷房がよくきいており、生き返る。ふふふ、どうだ俺は暑さに耐えきったぞ。

 

 無意味な自信でも今はありがたい。

 と、思ってみるが自信など一ミリも湧いていない。

 

 ……取り敢えずボールペン探すか。

 

 そんな訳でボールペンが置いてある場所を探していると、なんやら買い物カゴになんかの画材を大量に詰め込んでいる少女の姿。

 

 なんか見覚えあるなと思いながら見ていたら、こちらの視線に気がついた少女が俺の方を見る。

 

 癖のある長い茶色の髪をポニーテールでまとめた、愛嬌のあるふっくらとした顔の少女。

 生意気さと謙虚さを併せ持つ不思議な魅力の表情に、時折見せる鋭い観察眼的な視線にはどこか見覚えが。

 

「ん? あれ? もしかして……えっ? えっ! えー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『無職男』と『駆逐艦:秋雲』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、えっーと……夏雲だっけか?」

「ニアミス!? 秋雲さんだよ!!」

 

 あー、そーだったそーだった。

 陽炎姉妹の一人である秋雲だ。

 

 どうやら季節的なものの干渉を受けていたらしい。

 しかし俺と出会ったせいなのか、なにやら慌てた様子の秋雲。

 

 ふと先ほどの光景を思い出す。

 

「えらい大量に買い込んでるんだな? 祭りかなんかの飾り付けでも作るのか?」

 

 秋雲のカゴの中には大量のマジックペン? やら柄付きの紙が入っていて、なんに使うのかよくわからないものもちらほら。

 なんだろう、貼り絵とか切り絵的なものにでも使うのだろうか。

 

「これはえーっと、その、えーっと……どうしようこんな時に会っちゃうなんて。やっべー、全然心構えしてなかったぁ~」

 

 目を逸らしながら、ブツブツとなんやら呟いている秋雲。

 なんだろう、恥ずかしがることでもないだろうに。

 

「そ、それよりていと……お、おにいさんはどうしてここに?」

 

 質問に質問で返される。

 年頃の少女の心理のなんと複雑なことか。

 

 無職には少女の心が分からぬ。

 

「履歴書を書くためのボールペンを買いにだ……」

 

 自分でいっといて泣きたくなる。

 ボールペン何本消費してると思われたんだろうか。

 

 少なくともボールペンを使い切るくらい履歴書を書いていて、それが無駄になったことを察せないほど鈍い子でもなかったと思うが。

 

「ま、まじっすか」

「ああ、まじなのだ」

 

 案の定、察してしまったらしい秋雲は、えーっと、あーっと、と言葉に詰まっていたが「うっひょひょ~、これってチャンスだよね……」と、呟いた後。

 

「よ、よければおすすめのボールペン教えてあげよっか?」

 

 遠慮がちに提案してきた。

 これはもしかしてあれか、気を使われてるのだろうか?

 

 あ、やばい、泣きそう。

 

「お、お願いできるか……」(男は涙を見せぬも我慢ボイス)

 

 秋雲は、まっかせなさーい! と景気のいい返事をすると、俺の手を掴んで歩き出す。

 なんだろう、例に漏れずこの子も力強いんだけど、陽炎姉妹の中で俺は方向オンチみたいな先入観があるのだろうか?

 

 そんなことを思いながら、二階にあるとある棚の前まで連れてきて貰う。

 

 その棚には、一階とは違ってどこか高級感のあるペン類が多く陳列されていた。

 秋雲はその中の一本を手に取り、俺に手渡す。

 

「少し高いんだけどこれが超おすすめで~す。書き味もいいけど、インクが最後まで一定の量きちんと出続けるんで、ストレスもゼロなんだからー!」

 

 ああ、確かに途中でインクの出が悪くなることってあるよな。

 あれもうほんとなんなんだろうなぁ……

 

 出が悪くて何度もなぞるから、紙もへこんでそのせいで更に出が悪くなる悪循環。

 それがないというのは確かに魅力的だ。

 

 俺は試し書き用の紙に、サラサラと文字を書いてみる。

 驚くくらい気持ちよく一定量のインクがどばーっと出た、書けた。

 

 

 

 

「びっくりするくらい気持ちよく書けるな……」

「でしょ……って、なんでう◯ち!?」

 

 こらこら、大声ではしたない。

 

「試し書きでなにを書こうと自由だ、うんちと書いてもいい、自由とはそういうものだ」

「なんでキメ顔!? うぇ! 私が変なの!?」

 

 なんか驚いてら。

 

 が、なにやらハッとなって思案しだした秋雲はふとこんなことを聞いてくる。

 

「あ、でもそうだ、おにいさんなにか絵とか描けるぅ?」

 

 微妙に挑発的な視線を向けながら、そう問いかけてくる秋雲。

 

 俺は無言で試し書きの紙にペンを走らせる。

 絵なんてほとんど描いたことはないが、こういうのは心から湧き出るなにかに身を任せるのがいい。

 

「描けたぞ」

「ふっふーん、秋雲さんこう見えても絵心あるんだよー。どれどれっと―――」

 

 

 

 

「うわああ!?」

 

 俺の描いた魂の叫び的力作を見て、なにやらよくわからない叫びをあげる秋雲。

 なんなんだよその反応は……

 

「え? なんなんだろうこれ、なに、下手なはずなんだけどなんだろう、心に刺さるこれ……」

「失礼なやっちゃな、なにか描けというから描いたというのに」

 

 だが秋雲は絵を見ながらハッとすると、俺の左手を両手で包み込むように掴む。

 

「あ、あのさ。これから時間とかある?」

「あるけどな、悲しいことに……」

 

 履歴書を増産するという用事があるが、正直もう見たくないメンタルでもある。

 米を貢物にして、冷房の効いた磯風の家でダラダラしたい気もするが、まあそれはいつでもできるからな。

 

「な、なら手伝って欲しいことがあるんだけどさ……」

 

 そう、すがるような目つきで見てくる秋雲。

 その目の下をよくみると、うっすらクマが見えた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「で、この×マークが書いてあるところを黒く塗りつぶせばいいのか?」

 

「うん、お願いできそう?」

 

「まぁ大丈夫だろ、まかせとけ」

 

 何故か秋雲の家(ビルの一室)で、絵の一部を塗りつぶすことになった。

 

 つーかここ、初風が働いてる喫茶店の後ろにあるビルじゃん。

 そしてあのマスターが所有しているビルじゃなかっただろうか……

 

「そういえばここって、喫茶店のマスターの持ちビルだって知ってたか?」

 

「あー、うん。えっとさ、説明が難しいんだけど朝霜……喫茶店のマスターとはちょっと浅からぬ縁があるというか。その縁でこの部屋も貸してもらってる感じなのよ」

 

 なるほど、この歳で一人暮らしは難しいと思っていたが、縁故の管理する物件ならハードルは下がる……のか?

 

 いや、一人暮らしの家に俺みたいな男を連れ込むなよ、危ないだろうが、なにもしないけどさ。 

 

 と、いうより。一人で暮らしているのが確定した気配の秋雲。

 久々に目撃する陽炎姉妹の家族問題、だが今回はスルーを決める。

 

 何故ならそんなこと関係ないくらい、激ウマの絵を目の前にしているからだ。

 

 漫画、というやつだろうか。

 勤め人時代に暇つぶしにたまに買うこともあったが、こうして生の絵を間近で見てしまうと、なんというかあれだな、よくわからん圧力を感じる。

 

 秋雲曰く、夏にある大きな手渡し販売をする、なんかそういう催しで売るためのものだとか。

 確かにこれなら金が取れるレベルだろう、内容はよく分からんが。

 

 女同士でキスしてるし。(原作:魔法少女マジカルキヨシー)

 

 しかし、果たしてこれに俺が手を加えてもいいのだろうか?

 

 この漫画を読む人間は、おそらく秋雲の描いた絵が見たいのであって、そこに俺が手を加えることによって別のものとなり、失望させてしまうのでは?

 

 そんな疑問がぐるぐると渦巻く。

 

 そしてじっとその絵を見つめること数分、俺は覚悟を決めて塗り始める。

 悲しいことに、ここのところひたすら文字を書く毎日だったため、寸分の狂いなく指定の場所を黒く染めることができた。

 

 一度やり始めると、スイスイと作業は進む。

 

 たまに秋雲にわからないところを聞いたり、漫画を描く上での簡単な知識なんかを雑談がてらに教えて貰いながら適度に息抜きしつつ作業を進める。

 そして気がつけば、ひたすら指定の場所を黒く塗りつぶす行為に俺は没頭していた。

 

 やがてどれだけの時間が流れたのか、単純作業が生み出す快楽に脳が浸り始めた頃。

 秋雲が「あの、よければ……」といいながら、すっと冷たい麦茶を差し入れてくれる。

 

 時計を見ると作業を始めてから、三時間ほどたっていた。

 

「もうこんな時間か。しかしこれだけやってもまだまだあるとは、思ったよりも量があるんだな。もう夏休みだろうし、俺の他にも誰かに手伝って貰った方がいいんじゃないのか?」

 

「え、いやー、まぁなんというか。普段はずっと一人でやってるんだけどさ、今回別の仕事も重なっちゃって」

 

 ばつが悪そうに頭をかく秋雲。

 つか仕事としても漫画描いてるのか、マジかよ。

 

「でも意外といったらあれだけど、おにいさんも結構やるじゃん。集中力もすごいけど、なんというかどっか手慣れてるというか」

 

「スケールは違うけど、昔ペンキ塗りのバイトしてたことがあってな。それと似たようなもんだ」

 

 出来高が多いその手の仕事はダラダラやると金にならないから、集中して終わらせるのが一番だった。

 ちなみに現場バイトの常とでもいうのか、バイト代を受け取ったその場で数えないと、ちょろまかされているのに気がつかずひどい目にあう。

 

 後から文句いっても後の祭り、泣き寝入りしかない。

 ちなみに俺は何回かやられて結局ラリアット(略)

 

「なるほど、そんな過去が……なんというか、瓦の修理できたりいろいろと器用なんだねぇ、ひひっ♪」

 

「まぁ、こっち来るまでは食える仕事で食ってきたからな」

「やっべー、なにその意味ありげな台詞、でも謎が多い感じで捗るわ~!」

 

 なにが捗るんだよ。

 

 あれ、でも磯風の家の瓦修理のことって誰かにいったっけか?

 と、思うもあれか、陽炎ネットワークか、もう驚かねえぞ。(驚愕)

 

 だがこのまま内地で仕事が見つからないのなら、いっそ外地に戻るという選択肢も考えんとなぁ……流石にいつまでも無職というわけにもいくまい。

 

「……いっそこのまま私のアシスタントとして……いや、駄目、陽炎会議が、でも……」

 

 少し考え事をしてたら、なにやら爪を噛みながらブツブツと呟いていた秋雲。

 やだ、ちょっとやめなさいよ女子、爪噛みながらブツブツとか怖いじゃない。

 

 というか、こういう所で秋雲と陽炎が姉妹だと実感してしまいとうなかった!

 

「し、しかしあれだな、うまいもんだな。絵心あるっていうからうまいんだろうとは思ってたけど、まさかここまでとは、俺としてはこっちの方がちょっと意外だったわ」

 

「えっ? あ、えっと、うん、すごいでしょ。私って他の姉妹にはできないことできちゃうのよ~」

 

 頬を染めながらモジモジと手を合わせる秋雲、かわいいなオイ。

 

 だが真面目な話、その歳でこれだけ描けるってのはすごいんじゃないのか?

 しかも本として販売して収入も得ているのなら、もはやプロといってもいいだろうし。

 

 俺が秋雲くらいのころはなにしてたっけか?

 

 確か前島とつるんで「爪を燃やすと焼肉みたいな匂いするらしいぜ!」みたいなどうでもいいことを、その辺でたむろしながら話してた記憶はあるが。

 なんせもはや人生の半分以上昔の話だし、あまりよく覚えてないことの方が多い。

 

 とにかくそれはどうでもいいとして。

 

 秋雲を見てると一流を目指す人間というのは、若い時に自分になにができるか、なにがしたいかを早々と見定め活動することができる存在だという言葉をなんかで読んだのを思い出す。

 まさに秋雲はこの類の人種なのだろう、思えば不知火とか舞風とかもか、そう考えると陽炎姉妹は優秀なのが多いな。

 

「やっぱあれか? 尊敬する人やなにか衝撃を受けてとか、そういう理由があって描き始めた感じなのか?」

 

「あー、えっと、なんていうか。元々その手の才能があるのはわかってたから、それを活かさない手はないかなって。正直色々思うところもあったんだけど、やっぱ自分がしたいことには変わりないんだしって所で落ち着いた感じなんだよねー」

 

 ははは、と、陽炎姉妹が時々見せる訳ありなものを含んだ笑みを浮かべる秋雲。

 恐らくあれか、多分有名な画家を輩出するみたいな家の生まれなのだろう。

 

 持って生まれた才能をどう生かすかとかで、親と衝突したとか、敷かれたレールの上をとか、思春期にありがちな悩みがありそうな背景を想像する。

 

 だが、なまじ才能や自力を伴っていたからか、それとも秋雲の気質からなのか。

 とにかくやりたいことを貫くために、自分の腕一本で生きることを決めたのが今の秋雲の姿に違いない。

 

 そう考えると、今の俺自身の状況もあってなのか、込み上げて来るものがあるな。

 

「まだ若いのにすごいな」

 

 ぐわしぐわしと、秋雲の頭を撫でる。

 撫でるたびに柔らかなくせ毛と、黒いリボンがふわふわと揺れる。

 

「えぁ? う、うひひ。なになに~、セクハラ? いいの~?」

 

 溶けたような笑顔で変な声を上げ、俺をからかってくる秋雲。

 ほんとすごいよ、ちゃんと仕事を頑張ってるその姿が今の俺には眩しすぎる。

 

「ちょっとタバコ吸って来る」

 

 悲しさと気恥ずかしさと心弱さが混ざってしまいそうだったので、メンタルリセットのためにベランダでタバコを吸うことにする。

 

 秋雲が「私も私も」とついて来ようとしたので、なにいっとるかとアイアンクロー。

 副流煙とか吸っちゃったらどうすんだ。

 

 あひんっ! と悲鳴を上げて床に崩れ落ちた秋雲を放置し、ベランダに出てタバコに火をつける。

 二階なので、そこまでいい眺めじゃないが、遮る建物がないので陽射しは十分、つか暑いな。

 

 ぼけっと景色を眺めながら、陽射しに負けず、肌を焼き、そしてタバコを焼くという行為に哲学を感じていると、喫茶店の裏口から初風が大きなゴミ袋を抱えて出て来るのが見えた。

 

 あいつも頑張ってるなぁ、俺も頑張らないと。

 ゴミを出し終え、ジジくさい仕草で腰を叩きながら、伸びをする初風。

 

 あ、目があった。

 

 微妙に気恥ずかしい間が流れる。

 とりあえず手でも振っとくか。

 

 初風はしばらくぽかんとした顔でこちらを見ていたが、すぐに喫茶店の中に戻っていった。

 

 無視かよ。

 

 さては先日、未確認生物探しをしていた時に、タヌキに追いかけられ「なんでこっちくるのよ!」と逃げ惑う初風を見ながらゲラゲラ笑ったのを未だに根に持ってやがるな。

 

 でもしょうがないから後で喫茶店寄って、顔見ていくか。

 決して焦げたホットケーキとか出されたらヤダ、と、思う打算があるわけじゃない。

 

 まぁそんなことするやつじゃないけど。

 

 

 吸い終えて部屋に戻ると、未だに秋雲が床に崩れ落ちた状態だった。

 近くでよく見ると、とろけた笑顔のままグースカいびきをかいている。

 

 思い返せば目の下にクマとかあったな、寝てないのだろうか。

 締め切りがやばいとかどうとかいってたな、そういや。

 

 仕方ないので抱きかかえて寝室まで運んでやることにする。

 抱き上げるととても軽い、ちゃんと飯食ってるのかよこれ。

 

 意外と飾り気のない機能性重視の寝室、その部屋の真ん中にあるベッドに寝かせると「ううん……」と、秋雲は短くうなって目を薄く開ける。

 秋雲はしばらくぼーっと俺を見ていたが、すぐにハッとなって飛び起きた。

 

「やばッ! 私寝てたぁ!?」

「そう慌てるなって、十分くらいだ」

 

「うう……三徹くらいで落ちちゃうなんて情けない……」

 

 おいおい、三徹ってオイ、三徹って。

 デスクワークの仕事でも、さすがに三徹したら眠さも限界だろうが。

 

「いやおまえ、根性は認めるがさすがに寝ろよ……」

 

「いやいやいや、ここで寝ちゃうとスケジュールが……うー、どうしてパレードの見開きなんてネーム描いたんだろう半月前の私。いま何人描いたのかもわからないし、あと何人描けばいいのかもわからない……」

 

 指折り日数かなにかを数える秋雲。

 

「……後どれくらいあって、何日くらいで終わりそうなんだ?」

「あと三日で、50ページくらいかなぁ……これから三日間寝ずに頑張ればなんとか終わる予定だったんだけど……」

 

 泊まり込みで仕事した経験のある元会社員の俺の経験からみて、今のおまえに圧倒的に足りないものがあるとしたらそれは多分危機感だ。

 

 おまえもしかしてまだ自分が寝なくても大丈夫だと思ってたんじゃないのか?

 

「正直、俺には漫画のことはよくわからんが。一つの枠の中を描くだけでも、空間把握してから下書きして、構図が破綻のないように調整。配置するえーっと、トーンだっけ。それの配置を考えて、ようやくそこに線を引いて、そんでもってトーン貼ったり黒塗りする。更にこれをいくつも作ってページとして構成させるとか……技術も知識も作業量も考えると、やっぱこれって一人で抱え切れる能力を超えてないか? 残り終わってない分だって、寝ずに三日頑張ったところで、少なくとも時間は絶対足りないだろ」

 

「それは……」

 

 秋雲が言葉に詰まるのをみて、あながち俺の推測が間違ってないとわかる。

 

「そもそも俺じゃなくても、もっと早くに陽炎姉妹の誰かに手伝って貰うとかできただろうに。色々とプライドやら費用やらなにやらあるのはわかるが、仕事としてやるならその辺はなんとかした方がいいんじゃないのか?」

 

「でも、だって、私アレだしさ……陽炎型の中で浮いてるっていうか、なんていうかその手伝って貰うの遠慮しちゃうっていうかさ。あはは……」

 

 秋雲は無理矢理な笑顔を作ろうとするが、疲れからか感情の制御がうまくできないようだ。

 陽炎姉妹の中でも色々あるのだろうか、そういえば野球の時とか離れたところでスケッチしてるやつがいると思ってたけど、アレ今思えば秋雲だわ。 

 

 だが……

 

「まあなんだ、お前もわかってると思うが陽炎や他の姉妹も、お前のことそんな風に見てないのはわかってるんだろ。意地張らず困ってる時は困ってるって、頼ってみたらどうだ」

 

「で、でも……や、やっぱ大丈夫だって。追い込まれてから力を発揮するタイプなの、あたしって、火事場の馬鹿力ってやつ? だから……」

 

 中々頑固だ、これも陽炎姉妹か。

 ちょっとあれだが、さすがにこれは教えてやらねばなるまい。

 

「まぁ追い込まれてる感じの状態だと集中力が上がるのもわからんでもない。俺だって追い込まれ感が欲しいなぁとか思うこともある(自分にダメージ!)でもいざ改めて追い込まれるとやっぱ追い込まれ感って意味ないんだ。いっておくが、追い込まれてる時点でもう駄目なんだよ。仕事としてやるなら特にな」

 

 追い込まれても苦しいだけだから、常に計画をもって動くのが仕事人の基本だ。

 まあその計画をぶちこわすのも、大体その仕事関係の人間だが。

 

 だが仕事というものの姿勢に関しては、幸い俺の方に一日の長がある。

 俺の言葉を聞いて、どこかでそのことがわかってただろう秋雲は、悔しそうにボロボロと涙をこぼす。

 

 多分間に合わないのは画材を買いあさってる段階で気がついてたけど、ずっと気がつかないようにしてたのかも知れない。

 でも俺という頼りやすい人間をみつけられて、一縷の希望を見いだした。

 

 でもこうやってその俺に説教されたせいで、それも切れちまって、おまけに気がつかないようにしてたことにも気がついてしまった。

 

 恐らくできなかったらできなかったで、やっちまったと笑顔で誤魔化しながら、陰で泣くんだろうなこいつ。

 

 てか、ああやばい、今まさに泣かせちまってるじゃないか。

 俺は秋雲の手を握り、優しく諭すようにいってやる。

 

「いいか、よく聞け秋雲」

「ぅえ゛!?」

 

 ビクリと、握った手から秋雲が震えたのが伝わってきた。

 

「とりあえず三時間だけ寝ろ、それまでに俺ができるところまでなんとかしといてやるし、起きたらまた手伝えることは手伝ってやる。できる方法がないか一緒に考えよう。なんなら陽炎に連絡してもいい、だから今は少しだけでも寝ろ、わかったか?」

 

「あ、あう……う゛~ん」

 

「俺のこと信用できないか?」

 

「……わ、わかったよぉ」

 

 ようやく素直になったな、まあそれでいいんだが。

 俺は秋雲の手を離し、立ち上がる。

 

「じゃぁ眠いから、ちょっとだけ寝るね。あ、えっと、提督は入ってきちゃ、ダ・メ・よ?」

 

 布団に潜り込んで、少しだけ顔を出しながら恥ずかしそうに変なことをいう秋雲。

 恥ずかしいなら言うなよ。

 

「馬鹿いってないでさっさと寝ろ」

「……うん」

 

 しかしながら秋雲もまた、俺を提督と呼ぶのか……ちくしょう。

 寝室の扉を閉め、俺は深呼吸して気持ちを切り替える。

 

 働きたいとは思ってたが……

 まあ、こういう労働も悪くないだろう。

 

 そう覚悟を決めたところで、丁度玄関のドアを開けて初風が現れる。

 

「ちょっと秋雲ッ! あんた提督連れ込んで―――」

 

 グッドタイミングだ。

 

「初風、丁度いいところに来た」

「ふぇ?」

 

 俺はワンテンポで初風の前まで移動し、力強く彼女の肩を掴む。

 ちょっとびびってる感じの初風が可愛い、いやちがう。

 

「陽炎に連絡して三時間後くらいに、二、三人ほど手先が器用で暇そうなヤツをここによこしてくれるよう頼んでくれ。秋雲の漫画を描くのを手伝うんだ。あと、コーヒーの配達も頼む、山ほどな……頼めるか?」

 

 初風は少し面食らっていたようだったが、すぐに真剣な表情をつくり。

 

「―――いいわ、手伝ってあげる」

 

 といい残して、喫茶店の方に走って行った。

 

 これでいい、秋雲の目が覚めたらきっとお前の姉妹たちが駆けつけてくれる。

 だから安心して寝てろ。

 

 そして俺は残りの×の箇所を黒く塗りつぶす作業に戻る。

 俺がわかる作業の範囲、それを終わらせるための時間を考えただけでも中々厳しい。

 

 だが、まあなんとかなるだろう。

 なにを隠そう、俺は九回裏ツーアウトからしぶとい男なんだよ。

 

 追い込まれた人間の火事場の馬鹿力を見せてやろうじゃないか。

 でも火事場の馬鹿力とか信じてるやつ、マジアホだとは思う。

 

 

 俺だけど。

 

 

 あと俺、審判しかやったことないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 - エピローグ -

 

 

 

 ようやく印刷所へ原稿を届け終わって、一息つく。

 本気でギリギリだったな、よく間に合ったもんだ。

 

 刷り上がった本は後日、例の手渡し販売の日に、この街にあるらしいデカイ会場に届けてくれるらしい。

 

 あの後、陽炎の招集で半日ずつ入れ替わりで陽炎たちの姉妹が来て手伝ってくれたおかげで、不可能と思われていた原稿をなんとか仕上げることができた。

 

 当然ながら、誰もが秋雲を手伝うことをイヤがることもなく、そしてまた困ったことがあったら呼んでくれと秋雲と肩を組んで笑っていた。

 

 秋雲も申し訳なさそうにしながらも嬉しそうに笑ってたっけか。

 

 しかし見た目通り萩風とかが器用だったけど、他の子たちも結構器用だったな。

 黒潮とかトーンを削る姿が包丁扱うみたいなクソ速い手さばきで、普通にびっくりしたわ。

 後、成長期か知らんけどちょっと大きくなってたな。(改二感)

 

 まあ陽炎も秋雲がどこか自分たちと壁を作ってると感じていたらしいから、今回のことはいい機会だったとか。そう思うとほとんど寝ずに、手伝ったかいがあったというものだ。

 

 印刷所内にあった喫煙所で、一服してから外に出る。

 夏空の下、秋雲がすぐそこにある見晴らしのいい場所で、東の方にある海を見ていた。

 

「なにかあるのか?」

「ん? あーうん、ほんとはさ、あっちにあるはずだったんだ」

「なにが」

「有明、古い即売会の会場で聖地ってやつ」

 

 なんのこっちゃ、寝不足で頭が回ってないのだろうか?

 

 しかし聖地といっても、あっちになにかあったかと考えを巡らす。

 有明?

 

 ここより東には地方都市が幾つかあっただけの気もするが、そんな名前の都市あったっけか。

 あれか、聖地なんて大げさな呼び名からして、戦前の地名か?

 

「ねえ提督」

「ん?」

 

「―――ありがと、ね」

 

 いいツラで笑うもんだ、俺は素直にそう思った。

 

 

 




秋雲と二人きりの部屋でたわいもない話をしながら、原稿を手伝いたいだけの人生だった。

イベント参加される方はとても暑くなると思うので、お身体にお気をつけください。
※陽炎会議はストーリーの都合で延期に、ごめんなさい。

 
2020年07月15日 追記
パテヌス様からとてもステキなイラストをいただきました。

詳細はこちら
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=234013&uid=34287
 

三万文字を超える長編の投稿に関しては、分割した方が読みやすいですか?

  • 何文字になろうとも一話にまとめて欲しい
  • そこまで長くなるなら、二分割にして
  • 一万文字ずつくらいで、三分割にして
  • 実は七千文字くらいがいいので、四分割
  • 正直五千文字がベスト、五分割がいいな

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。