提督をみつけたら   作:源治

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今回のイベント(2018秋)でとても頑張ってくれた子。

二人称の形をとろうとした何か、実験作。
色々とクセが強いかもですが、よければ覗いていってください。
 


『困った人』と『戦艦:Richelieu』

 

 ―――こんなのってないよ!!

 

 

 あなたは叫んだ、ブドウ畑の中心で哀を叫んだ。

 

 雨の日も風の日も、雷が鳴る日や那珂ちゃんのライブがある日以外は、大体毎日ブドウの樹を見て回っていた勤勉? なあなたは、カミキリムシに食われてしまったブドウの糖度が、微妙に高くなっていることに目をつけた。

 そして人為的にカミキリムシによるブドウ糖度の調整ができないかと考え、実験的にワインの樹を囲む小さなハウスを作り、そこにカミキリムシを放り込んでみたのだ、が。

 

 結果としてそのハウス内は外敵のいなくなったカミキリムシの楽園となり、もはや手がつけられない状態になってしまった。

 

 その失敗にあなたは膝をつく。

 

 ワイン造りに携わって早二十三年、新たなワインの研究をはじめて未だ三年。

 生まれた時から親の手伝いをしているので、二十三年であっているはずだ。

 

 借金を残して他界した偉大な父親(笑)から成り行きで受け継いだ小規模なワイン農園だったが、ワイン造りが性に合っていたこともあり、なんやかんやでこの道に進むことに決めたのが三年前。

 本当は三年前に農園をうっぱらって借金を返済し、別の人生を歩もうと思っていたのだが、とある御仁から待ったがかかった。

 

 なにを隠そう、ジェノヴァ料理店『マエストラーレ』のオーナーである駆逐艦の艦娘、リベッチオだ。

 ワイン農園を開く際に資金を用立ててくれたので、ある意味ワイン農園のオーナーでもある。

 

『カーサジュニアに、これからも私のお店で出すワインを造って欲しいの』

 

 と、そのリベッチオ嬢(御年七十歳)に涙目で懇願されて断ることができようか?

 いや、できない。(強弁)

 

 何故なら断ればおむつを替えてあげただのどうだのという類いの、悲し恥ずかしな思い出話を延々と聞かされる羽目になってしまうからだ。

 

 ちなみにあなたは知らないが、あなたの父親は艦夢守市でリベッチオに世話になる以前。

 リベッチオの母国にワイン造りを学びに行っていた時から、ずーっと世話になっている。

 

 付け加えるとその時はリベッチオがドン・リベッチオだった頃である。

 

 晩年父親が「ファミリー」がどうとか「血の掟」がどうとかなにかを伝えようとしていたが、あなたは大発生したカミキリムシの対処に夢中だった。

 

 ともかく、動機はどうあれ、あなたはワイン農家になった。

 

 最低限『マエストラーレ』に出荷する分と、ひいきの卸が買い取ってくれる分を十年間ほど作れば、まあなんとか借金は返済できるとはじき出したあなただったが、そうなると今度は暇をもてあましはじめてしまう。

 

 現在作っているワインは父親によって、作り方が完全にシステム化されている。

 その年の気候などによってある程度手を加えたりする必要はあるが、それは品質を一定にするためのノウハウであり、それもきちんとマニュアル化されていて、改良の余地は無い。

 毎年安定した品質のワインを作れるというのは凄いことだとは思うが、どうせなら父親の作るワインを超えてやろうとあなたは目標を立てた。

 

 夢、そう言い換えてもいいかもしれない。

 父親を超えるワインを造る、それを夢と定めた。

 

 訳だったのだが、今年の結果はカミキリムシファームを設立しただけである。

 かなしいなぁ。

 

 まあくよくよしてもしょうがないな、と、あなたはさっさと立ち直って、お手製の濃縮唐辛子プラス色々ミックス忌避剤を大量に散布しハウスクリーニングする。

(※忌避剤:害虫などを近づけさせないために用いる薬剤)

 

 フルフェイスのガスマスクをしていても染みるような刺激、あなたは生を実感した。

 

「ケホッ! ケホケホッ!?」

 

 ふと、風下に立っていたためか、不幸にも人間をゾンビに変えてしまうおっかないウィルスですら改心して仏門に下りそうな忌避剤を僅かに吸い込んでしまったと思われる誰かの咳き込む声が聞こえ、あなたはそちらに目を向ける。

 

 そこには大きなサングラスをかけたフワフワ金髪の女性がいた。

 

 太陽の光を反射し輝く長いプラチナブロンドは白金の板のようで、その髪よりも更に白い肌、おしゃれな白いシャツにハイライズのジーンズで着飾られた体は、女性の理想のような等身と体型。

 

 彼女を美しいと思いますかと、百人の二十代~九十代の男性に聞けば、大半が前提として美しい、故に「あなたに恋をしました」とひざまずきそうにレベルアップした答えが返ってくるような女性だった。(ひざまずかない内の一人は多分どこかの高雄型適性の提督)

 

 目は大きなサングラスのせいで見えないが、むしろ夜会で目元を隠すアイマスクのようなミステリアスな雰囲気を漂わせ、彼女の魅力を引き立たせるコーデの一部として機能している。

 

 ―――おのれ不審者、何用だ。ここにはネロとカミキリムシ以外金目のものはないぞ!

 

(※『ネロ・ダヴォラ』リベッチオの母国の島の土着品種。非常に色が濃く力強いワインとなる。樽熟成に適しているといわれる。但しあなたが叫んだ『ネロ』は艦夢守島の気候に適応した改良品種である『ネロ・リベチィ』を指す)

 

 フルフェイスのガスマスクをかぶったあなたと、どちらが不審者かと聞かれれば誰もがあなたが不審者だと指さすだろう。

 だがそんなこと知ったことかといわんばかりにあなたは叫び、唐辛子バイオ物質を浴びてピクンピクンしている、カミキリムシをサングラスの女性に毎分二十匹のペースで投げつける。

 

「やっ!? あ、アナタ! Es-tu fou!? って、ほんとちょ、やめなさい!!」

 

 金目のものを渡してお引き取り願おうと思ったあなただったが、どうやら女性はカミキリムシがお気に召さないようだった。

 

 あなたはしょうがないので投げ散らかしたカミキリムシを回収する。

 作業着には分厚く大きなポケットがあり、カミキリムシ専用の格納場所となっていた。

 

「なんなのよ……おかしな人ね。確認するけどアナタこのワイン農場のシャトーかしら?」

 

 サングラス越しでも伝わりそうな鋭い視線をあなたは感じた。

 

 だがあなたは美女に鋭く品定めされるような視線に動じること無く、自分は『カーサ』(リベッチオ出身地域のワインの造り手を指す名称)であって、『シャトー』でもなければ『ドメーヌ』でもなく、ましてや『ネゴシアン』では無いと答えた。

(すべて自由・平等・博愛の国のワインの造り手を指す名称、但しワイン農園、または卸業者ことを指して使われる場合のほうが多い、恐らく、メイビー)

 

 だがまぁ正直なところ父親がそう名乗っていたからそう名乗ってるだけであって、ややこしいなら『ワイナリー』とでも呼んでくれと、興味なさげに言い捨てる。

 

 リシュリューは自分の美貌に絶対の自信があり、それに対して男がどのような反応をするか重々承知しているが故に、自分に一ミリも興味を示さずカミキリムシを拾い集めるのに夢中になっているあなたを信じられない者を見るような目で見る。

 

 それよりもまず、いいかげんそのフルフェイスガスマスクを取れよと思う。

 

 が、ともかくこのままでは話が一切進まないと判断したリシュリューは、肩にかけていたショルダーバッグから古いパンフレットのようなものを取り出し、あなたの前に回り込んで見せる。

 

「そう……ワイナリー、昔ここでワインのことを―――」

 

 ―――俺はカーサだ!

 

 自分でいっておいて、やっぱりそう呼ばれることに腹が立ってしまったあなた。

 あなたは理不尽なことを叫び、そして再び彼女にカミキリムシを投げつける。

 

 運悪く、そのカミキリムシが彼女の大きく開いた胸元にすっぽりとインした。

 

「びゃあぁぁああっ?!」

 

 豊かな胸の谷間をもぞもぞと微妙に動くカミキリムシの感触に、彼女はその見た目からは信じられないような可愛い悲鳴を上げてどこかに走り去ってゆく。

 

 ―――たわいない不審者め。

 

 あなたはニヒルに笑みを浮かべながらそう呟くと、再びカミキリムシの回収をはじめる。

 説明しておくとあなたを見ている大半の存在は、あなたはアレな人だというイメージを抱きはじめているだろう。

 

 間違ってはいないが、何時もならここまでひどくない。

 

 というのも、朝にかぶったガスマスクのベルトを固く締めすぎて、外れなくなってしまったあなたは、ベルトを切るのがもったいないからとせめて害虫除けの薬を撒き終わるまではこのままでいることにした。

 結果、ちょっと酸素が足りない状態になっており、何時もよりネジが二、三本ほど外れたハイな状態になってしまっていたのだ、ついでにいうと視界もあまりよろしくない。

 

 医者に聞けばナチュラルハイの症状が疑われますと答えが返ってきそうな状態だ。

 もっとも、素の状態とどの程度違いがあるかと聞かれれば説明が難しいが。

 

 そんなわけでカミキリムシを拾い集めていたあなただったが、途中で先ほどの不審者が落としたバックから落ちた手帳のようなものをみつけた。

 

 手に取ってみてみると、サングラスをかけていない先ほどの女性の顔写真。

 その免許のようなものには外来語で、国際的な警察機構の組織名が書かれている。

 

 あなたは思案する、どうやら先ほどの不審者は外国人の不審者だったらしいと。

 リベッチオの出身地の言葉が少しわかる以外、外来語が読めないあなたは、残念ながらその手帳がどういう組織でどういう身分を示すのか、全くわからなかった。

 

 しかし問題はその手帳とは別に落ちていた、このワイン農園の古いパンフレット。

 そこにはかつてあなたの父親が存命だった頃に実施していた、ワイン農場一日体験の案内が書かれている。

 

 先ほどの不審者はこれが目的でやって来たのかとあなたは理解した。

 

 あなたはそうならそうとさっさといってくれればよかったのにと、カミキリムシを問答無用で投げつけておいて愚痴をこぼす。

 一日体験ツアーは代替わりしてからはやめてしまっていたのだが、わざわざ外国からこんなところまできてくれたのなら、多少のOMOTENASHIをしてあげなければなるまい。

 

 あなたは彼女が走り去っていった方をみる。

 

 丁度サングラスを外し微妙に不乱れた服装になった彼女が、ぷんすかぷんすかと擬音を発しそうな雰囲気で戻って来る最中だった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 国際的な警察機構に所属する戦艦の艦娘、Richelieu(リシュリュー)捜査官は困惑していた。

 

 かの有名なリットリオファミリ―とローマファミリーのボスである、リットリオとローマが艦夢守市を訪れていると情報を得たリシュリュー。

 金剛連合会の縄張りである艦夢守市に、この二人が訪れるという非常事態だというのに、なにも起きていないからという理由で動こうとしない上層部。

 

 なにかが起きてからでは遅いのだと、無理矢理長期の休暇を取って艦夢守市へやって来たリシュリューだったが、蓋を開けてみればなーんにも起きなかった。

 大規模な銀行強盗事件などが起きてはいたようだが、それとリットリオ、ローマとの関係は見いだせず、そもそもその二人の行方もさっぱり。

 

 途方に暮れていた矢先、リシュリューはとある筋から、かのドン・リベッチオが艦夢守市で飲食店を経営しているという情報を手に入れる。

 リシュリューはそれを足がかりに二人の行方を探ろうと決め、そのためにまずはその飲食店と関わりのある場所の調査を開始したのだった。

 

 そしてついに、ドン・リベッチオと関わりの深いと思われる人物が経営していたと思わしきワイン農園を突き止め、観光客を装い聞き込みを開始しようとしたが―――あっさりと正体がばれてしまった。

 

 服の中に入ってしまったカミキリムシを、人目の無いところで服を脱いで取り出し。あのガスマスクの変人に一言文句を言ってやろうと思って戻ると、落としてしまった国際的な警察機構のIDカードと自分を見比べられてしまい、正体がばれてしまったことをリシュリューは悟る。

 もしこのガスマスクの変人が、リベッチオと関わりの深い者であるなら、これは痛恨のミスである。

 

 どうすべきか悩んでいると、ガスマスクの変人は落としたバックを拾ってリシュリューに渡すと、ついてくるようにクイッっと首を動かす。

 

 罠? それともなにかしらの情報提供を?

 面白い、例えどう転んだとしても数多くの現場をくぐってきたリシュリューは、手がかりを得られる自信があった、の、だが……

 

 

 何故かリシュリューは今、OMOTENASHIされていた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 父親が健在だったころ、あなたのワイン農園はワインの試飲やワイン造り体験なんかもやっていたのだが、あなたに代替わりした後は煩わしさから全てやめてしまっていた。

 当時は何人ものスタッフが常駐していたのだが、リベッチオの店の拡張もありそちらに移って貰ったため、もっぱらこのワイン農園にいるのはあなた一人だ。

 

 それはともかく。

 

 あなたはその名残である、ブドウ畑を見渡す眺めのいい飲食スペースのあるコテージにリシュリューを招き、料理とワインを振る舞うことに決めた。

 

 

 あなたは慣れた手つきで鰯を捌き流水でよく洗い、そして両面に粗塩をまぶし、スライスしたにんにく、ローリエ、白ワイン少々を加えて優しく揉むように馴染ませると、冷蔵庫に入れる。

 

 その間に何品かのパーネ・クンツァートと呼ばれる、オーブンで温めたパンにオリーブオイル、塩、オレガノ、唐辛子、刻んだアンチョビー、種抜き黒オリーブ、刻んだドライトマト等をのせた、リベッチオの出身地の伝統的なストリートフードを手早く作ってゆく。

 

 キリッとしたコックシャツと黒のソムリエエプロン姿に着替え、きびきびとした動きで料理するあなたの姿は、絵になるようなスタイリッシュさで。どんな料理ができるのかという期待感のみならず、その調理工程すら一種のショーとして楽しめそうな見応えのあるものだ。

 

 フルフェイスのガスマスクさえ、つけていなければ……だが。

 

 その様子を不思議な者を見る目つきで見ているリシュリュー。

 驚き半分、戸惑い半分といったところだろうか。

 

 余談だが、あなたはリベッチオの店で子供の時からお手伝いのような形で働いていたので、料理も接客もお手の物である。

 もっとも接客するとリンボーダンスを唐突に始めたり、某有名閉店ソングを熱唱したりと、客を喜ばせるか怒らせるかの二極だったため、もっぱら調理場で手伝うことが多かったのだが。(リベッチオに拳骨落とされた回数は数知れず)

 

 あなたはさきほど寝かせて味を染みこませておいた鰯を冷蔵庫から出して、網の上にのせると、リシュリューの前に置きバーナーで軽くあぶる。

 えもいえぬ香辛料と脂の焼ける濃厚な香りが立ち上り、リシュリューの胃袋を刺激した。

 

 あなたはあぶり終えた鰯をベビーリーフを敷いた皿に盛りつけて、オリーブオイルをまわしかけると、クライマックスだといわんばかりな優雅な動作で、ぱらぱらと肘に塩を当てて散らす。

 

 最後の謎のポーズで塩をかける動作は少し気になったが、リシュリューは既に仕事のことを忘れてしまっていた。

 

 料理自体は珍しいものでも無いのだが、目の前に広がるブドウ畑を眺めながら、調理の様子を見せてくれるというもてなし。

 あなたがガスマスクをかぶっているということを差し引いても、中々ステキなシチュエーション、むしろ出会いが最悪すぎたギャップもまた今となっては悪くない気がしてくる。

 

 鰯の炙りとパーネ・クンツァートをリシュリューの前に並べ、最後に自慢のワインを注ぐ。

 

 すっと半歩下がってリシュリューの後ろに立つあなた。

 リシュリューはこのもてなしの雰囲気を受け入れることにして、出された料理とワインを味わうことにした。

 

「……C’est bon(セボーン).」(おいしいわ)

 

 一口食べると、自然とその言葉がこぼれた。

 更にもう一口食べて、ワインを味わう。

 

 太陽の恵みと、優しい海風が届く場所で熟成されたワインの芳醇な味。

 そしてこのワイン農園の特有と思われる土の香り……

 

 風に揺れるブドウ畑と青い空を眺めながら、リシュリューはこれまでの人生を振り返る。

 

 思えばがむしゃらに走り続けてばかりの人生だったなと。

 なにか足りないという漠然とした気持ち、それから目を背けるように働き続けた。

 血なまぐさい現場に何度も出くわしたし、どうにもならなくて辛い思いも何度もした。

 

 正直今の仕事につくことを強く望んではいなかった。

 

 艦娘が関わるような捜査には、そういう組織に艦娘がいることも必要なのである。

 艦連から提示されたこの仕事を、なんとなく選んだ、強い理由が有ったわけでも無い。

 

 それでも身近な人や大切な仲間たち、そしていつか出会えるかも知れない提督が平和に暮らせる世の中になればと、働き続けた。

 

 やりがいはそれなりにあったし、人生も十分楽しんでいるつもりだったが、こうやってなにもかもを忘れ、落ち着いて食事をとったのはいつ以来だろうか。

 

 自分は何故この仕事に就いたのか、就くべきだったのか。

 そんな苦悩とセンチメンタルの混じった気分になる。

 

「……私の正体を知って、どうしてもてなしてくれるのかしら?」

 

 あなたは首をかしげ答える、あなたの目的を知ったからもてなしたのだと。

 それを聞いて、すっとリシュリューの目が細まる。

 

「どういうことかしら?」

 

 どういうこともなにもない、ここに来るのはワインが必要な人たちだけなのだから。

 ならばワインが美味しく飲めるよう、もてなすのが当然だ。

 

 あなたは胸を張って答える。

 

 どこかずれたその答えに、リシュリューはきょとんとしてしまう。

 そして毒気を抜かれてしまったかのような、呆れた顔で微笑む。

 

 その様子を見て満足したあなたは、どこかに行ってしまう。

 一人にしてくれたのだろうか、そう感じたリシュリュー。

 

 リシュリューはあなたに対して不思議な人という印象を持った。

 

 食事を終えてしばらくの間のんびりと風景を眺めていると、なにかを手に持ったあなたが戻ってくる。

 そしてあなたはリシュリューにジャージを差し出した。

 

「この服はなに?」

 

 ハヤスイ(メーカー名)です、あなたは自慢げに答える。

 

 リシュリューのあなたへの印象は、「変な人」から「不思議な人」になったが、結局「よくわからない変な人」にパワーアップして戻った。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 リシュリューは今、ブドウの樹の葉っぱの剪定を行っていた。

 ジャージを差し出したあなたに、

 

 ―――さぁ、食うもの食ったんだから働いて貰おうか!

 

 と言われ。

 

「こ、このリシュリューにジャージを着ろというの!?」

 

 と返したが、無言でカミキリムシをポケットから取り出したあなたに、カミキリムシが胸に入るジェスチャーをされてしまっては黙るほかない。

 もっともあなたは100%善意で行動している、本来なら追い返すところだがわざわざワイン農場見学会のために外国から来てくれたという理由で、もうやめていたはずのこの催しを実施しているのだから。

 

 リシュリューの目的がそれだと、あなたは全く疑っていない。

 

 いい手付きだ、覚えも早い、立派なワイン農家の嫁になれる。

 あなたは素直にリシュリューを褒める。

 

「アナタもしかしてこのリシュリューを口説いてるのかしら? だとしたらおあいにく様、リシュリューの心はまだ見ぬamiralのものなのよ」

 

 amiralって誰やねん。

 という言葉をあなたは飲み込む。

 

 そういうつもりではなく、単純にいい手付きだったので褒めただけだったのに。

 でも何故か自信を取り戻したかのように、嬉しそうにぺらぺらとしゃべり出したリシュリューがなんだか可哀想な子に見え始めたあなたは、彼女を生温かい目で見てあげることにした。

 

「あと言っておくと、それプロポーズの言葉としては2点よ、モチロン100点満点ちゅう―――」

 

 が、そう言われて腹が立ったので、あなたはカミキリムシを投げつけた。

 

「ちょっ! やめなさいよ!フフフ」

 

 だがあなたの奇行になれはじめていたリシュリューは、華麗にそれを避ける。

 

 

 ―――あほ-! ばかー! うんこー! お前のかーちゃんリベチおばさん―!

 

 

 失礼な単語の中に聞き逃せない言葉があったことに気がついたリシュリューは、急に真剣な目をする。

 どこか変わった空気を敏感に察知……できなかったあなたは、構わずカミキリムシを投げ続ける。

  

「アナタ、ドン・リベッチオを知ってるの?」

 

 ―――知ってるかと聞かれれば知っている。

 

 カミキリムシのストックが尽きてしまったあなたは、地面に落ちているカミキリムシを再び拾い始める。

 

「よかったら聞かせてくれないかしら?」

 

 そう聞かれて、あなたは考えを整理してから、話し始める。

 

 ―――リベチおばさんと自分の父親は、自分が生まれる前からの付き合いだったらしい。

 

 リベチおばさんと父親がこの街に来る以前のことは知らないが、自分が生まれた時は既にリベチおばさんは飯屋の店主で、自分が知る限りはただの明るくて気のいいおばあちゃんだ。

 あとこのワイン農園はリベチおばさんのものといってもいいようなもので、自分は借金があるから働いているに過ぎない。つまりこの身もワイン農園もリベチおばさんのものだ、あなたは誤解を招きそうな説明を加える。

 

「そう……なんとなくわかったわ」

 

 リシュリューは黙りこんで、なにかを考えるように手を口に当てる。

 

「ねぇ、提案なんだけど。アナタを自由にしてあげるから私に協力してくれないかしら?」

 

 あなたは首をかしげ、自由とは、そして協力とはどういうことだと聞き返す。

 

「このリシュリューに協力、例えば普段の店でのドン・リベッチオの様子や出入りする人間なんかの報告をしてくれるなら、取引材料としてアナタの借金をどうにかしてあげられるかも知れないわ。そうなればアナタは自由になる。正直アナタもそれを望んでいたのではなくて? だからこそドン・リベッチオの敵になりかねないリシュリューをもてなしてくれたんでしょ?」

 

 その時あなたに電撃走る。

 そうかなるほど、この女は恐らくリベチおばさんの商売敵の飲食店関係者なのだ、と。

 

 だからこのワイン農園の切り崩しにかかったのだと。

 

 あなたはガスマスク越しにじっとリシュリューをにらみつける。

 確かに借金はある、だが例えそれが偉大な父親(笑)から受け継いだ望まぬものだったとしても、それをこの農園を経営しながら返すと選択したのは自分だ。

 

 ふつふつとわき上がる激情。

 

 あなたの頭に先日、恍惚とした表情で「ぁぁ、このブツは上物だわ……」と呟きながら涼月農園から仕入れたトマトにほおずりしていたリベッチオの姿が思い浮かぶ。

 

 ちがう、これじゃない。

 

 あなたの頭にあなたが子供の時から、朝から晩まで働き続けるリベッチオの姿が思い浮かぶ。

 従業員や客のため寝る間も惜しんで働き、テーブルに突っ伏して眠るリベッチオの姿を見たのも一度や二度ではない。

 

 そのリベチおばさんの店を、つぶそうというのか(いって無い)この女は。

 あなたは腰の裏に差してあるナイフに手を伸ばす。

 

「アナタが手を貸してくれるなら、もちろん借金とは別にそれなりの謝礼もするわ。ただその為にはある程度の面倒やリスクがあることは覚悟して貰わないと―――」

 

 刃の飛び出す、こすれ、固い物にあたる小さな金属音が響く。

 思わず息を呑むリシュリュー、あなたの持つ小さなナイフに目が行く。

 

 だがそんなナイフで戦艦の艦娘をどうにかできるものかと、直ぐに平静を取り戻しあなたの動向を見定めようとする。

 

 ―――悪いがその提案の返事は絶対にノゥだ、例え望まぬ借金だろうとそれは自分が背負ったものであり、それを他の誰かに肩代わりして貰ったり、ましてや踏み倒したりするようなことなど絶対にしない、絶対にだ。

 

 今までとは打って変わった様子のあなたに、リシュリューはたじろぐ。

 

 ―――それに……

 

 あなたは自分の頭を強く拘束していたガスマスクのベルトを、手に持ったナイフで切り裂く。

 そして乱暴にガスマスクを脱ぎ捨てて叫んだ。

 

 

 ―――「覚悟」とは…………犠牲の心ではないッ!

 ―――「覚悟」とは!! 暗闇の荒野に!! 進むべき道を切り開くことだッ!

 

(※ジ○ルノ・ジョバァーナの名言感)

 

 華麗なジョ○ョ立ちをキメながらここぞとばかりに、暗記していた大好きな漫画(作者存命中)の台詞を叫ぶあなた。

 朝以来の新鮮な空気を肺一杯に吸い込んだあなたはいっそうハイになり、更に続けて「去ってしまった者たちから受け継いだものは~」とか「あなた…『覚悟して来てる人』……ですよね」とかいっていたが、リシュリューはそれどころではなかった。

 

 

 何故なら目の前のあなたは、リシュリューにとっての提督だったのだから。

 

 

 Pourquoi? why? 何故?

 

 どうしてこんなところに、このリシュリューの提督が?

 あれ、なにこの気持ち? 今まで稼働したことがなかった、乙女チックタービン全開に起動し始めたこの感覚。

 

 確かにヘルメットや仮面など、顔を隠していた場合、直接肌が触れでもしない限りはその人物が提督かどうかの判別ができない可能性があることは知られているが、まさか目の前でそれが起きるなんて。

 

 目の前で凜々しいポーズを決めながら、決めぜりふっぽいものをしゃべり続けるあなたから、リシュリューは目をそらせない。

 この失礼で不思議で変な男、リベッチオの母国の血を引いているのか、少し伊達男風な顔立ちのあなたをリシュリューは見つめる。

 

 長年の想いが弾け、様々な感情が駆け巡る。

 戸惑いは山ほどあるが、それを塗りつぶす事実をリシュリューは知る。

 

 大事なこと、それはあなたがリシュリューの提督だったということ。

 じわりとリシュリューの目元に涙が浮かぶ。

 

 馬鹿、mon bourreau(モン・ビューロー)、こんなに待たせるなんて。

 もっとロマンチックな出会いを期待していた、こんなひどい出会いってあるのかしら。

 

 馬鹿、リシュリューのamiral。

 でもやっと会えた、私の、私だけのamiral。

 

 ―――このカーサ・ジュニアには

 

 でも会えた、出会ってくれた。

 だから、特別に許してあげる。

 

 ―――『夢』があ……

 

Salut,mon amiral.(サリュ モン アドミラル) 」(こんにちは私の提督)

 

 リシュリューはそう呟き、涙を湛えながらあなたの胸に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

彡Richelieu』

 

『困った人』と『戦艦:(ノ ゚Д゚)ノ ポイッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ、なにするのよ!?」

 

 ―――それはこちらの台詞だ! 色仕掛けで籠絡しリベチおばさんへの刺客に仕立てようとする気ならそうはいかないぞ!

 

 さあこれから決めぜりふというところで、あなたの胸に飛び込んできたリシュリュー。

 びっくりしたあなたは、それをとっさに古代ローマ神秘の合気道術で投げ飛ばした。

 

 無理もない、唐突に色仕掛けに切り替えたのかどうかの真偽は不明だが、敵と定めた相手に迫られたら、投げ飛ばすかはともかく誰だってびっくりする。

 

 そして更にもう一個、今まで微妙に曇った視界越しでしか見てなかったリシュリューの姿。

 ジャージ姿だというのに一向に損なわれることのないその美しさ、あなたは思わず息を呑む、やべえこんな美人ぶん投げてしまったという事実に息を呑む。

 

「ど、ドン・リベッチオは関係ないでしょ! なによりこのリシュリューの愛を受け入れることのなにが不満だというの!?」

 

 関係ないなら何故抱きついてきたんだという疑問を口に出せないレベルの、怒る美人の迫力に珍しくテンパッてしまったあなたは、ぷんすこ状態のリシュリューをなんとかなだめようと言い訳を考えた、それはもう必死で考えた。結果……

 

 ―――あ、あなたがどういうつもりか知らないが、さっきも言った通り自分の身は(借金的に)リベチおばさんのものだ。

 

 あなたはふと冷静になって、やっぱ借金って嫌だなぁと感じ、苦々しげにそう答えた。

 

 冷静になったついでに色々考えてみたが、そもそも何故自分がリベチおばさんのためにこのフワフワ金髪の相手をしなければならないのだと思い始めたあなた。

 色々とわき上がってきた感情があった気もしたけど、なんだかよく解らなくなったあなたは、元凶である(と思ってる)リベッチオに押しつけることにした。

 

 正直なところ、このフワフワ金髪が何者でなにが目的だろうと、あのリベチおばさんをどうこうできるわけないし、あと無駄に頼りになりそうな従業員(ファミリー)のメンバーもいるし。

 そう考えれば自分よりよっぽどうまくやってくれるはずだ。

 

 ―――だからもし自分をどうこうしたいのであれば、まずはリベチおばさんに話を通してくれ。

 

 だがあなたの発言と辛そうな(嫌そうな)表情を見て、すべてを(間違った方向に)察したリシュリュー。

 

 気高くも自ら背負ったものに対して、真摯に向き合おうとするその姿勢。(リシュリュー視点)

 例えどういう経緯であろうとも、己の持ち主に筋を通そうとする高潔さ。(リシュリュー視点)

 

 リシュリューのあなたへの好感度は、ストップ高をぶっちぎって上昇し続ける。

 

 そしてその時不思議なことが起こって、リシュリューのこれまでの仕事の経験と、これからのamiralの為にできることはなにかという考えが絶妙な感じで混ざり合って融合を開始した。

 このリシュリューが今までやってきたことは全て、引き裂かれたアドミラルと結ばれるための試練を越えるための、今この瞬間訪れた戦いに勝つための力を得るためのものだったんだと。

 

 全てが満たされてゆく恍惚感に高揚しながらも、そうと決まればとリシュリューは早速リベッチオと直談判することを決意する。

 

「そう、ならしょうがないわ。アナタを手に入れるためには乗り越えるべき試練があるということなのね……」

 

 ―――え、あ、うん。

 

 思わず返事をしてしまったあなた。

 あなたはこのフワフワ金髪美人はどれだけ自分を鉄砲玉にしたいのだと驚愕する。

 

 その返事を聞いてリシュリューは服についた土を払いながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

「いいこと、事情はわかったけど、このリシュリューがヒロインである以上。決して私たちの関係をロミオとジュリエットの結末になんてさせないわ! amiralはこのリシュリューに全て任せて、おとなしく待っていなさい!」

 

 そう宣言してあなたの反応も見ずに、リシュリューは颯爽と走り去っていく。

 あなたはそれを、自分が鉄砲玉にされた場合の結末は、多分肉の貯蔵冷蔵庫に逆さに吊されて、そこで一晩反省してなさいとリベチおばさんに怒られる結末だろうなぁという思いで見送る。

 

 なんだか色々あった気がするが、取りあえず一日中ガスマスクをつけてたせいで、汗まみれになった顔をあなたは洗いたかった。

 ボリボリと頭をかきながら、あなたは放り投げたガスマスクを回収する。

 

 と、なにかを思い出したのかリシュリューが途中できびすを返し、あなたの目の前に戻ってきた。

 そして思わず身構えたあなたの防御をかいくぐり、リシュリューはあなたの首の後ろに手を回し、さらに脚を腰に絡める。(はしたない)

 

 時間差!? とあなたは驚く。

 

 それならばと再び古代神秘コロッセオ合気道術を展開しようとするあなた。

 だがあなたはリシュリューの脚にガッツリ腰をホールドされ、動きを封じられて動けない。

 

「忘れていたわ mon bourreau(モン・ビューロー)♪」

 

 リシュリューはそういうと、身動きできないあなたに微笑みながら情熱的な口づけをした。

 

 口内に差し込まれた柔らかな舌に蹂躙される感触。

 

 手付け金か前金代りにしてはやたら長い時間じっくりと絡められた後、唇を離す時に下唇を少し噛まれ、あなたはそこでようやくキスをされたのだと気がつく。

 

 リシュリューは汗まみれになったあなたの頬をひと舐めすると、ウィンクをした。

 

「ふふっ、続きは全て片付いてからね♪」

 

 呆然とするあなた、その様子を見て今まで振り回されっぱなしだったことに一矢報いたといわんばかりの満足げな笑みを浮かべるリシュリュー。

 リシュリューは再び走り出した、その先にどんな困難があろうとも、自分と提督のステキな未来があると信じて。

 

 相手は百戦錬磨を通り越して母国のマフィア統一しちゃったほどヤバイ駆逐艦だけど、この燃えさかるような愛の前ではどんな敵もっていうか、そもそもリベッチオ敵じゃないけど!

 

 とばっちりをモロに受けた気配のリベッチオがどこかでくしゃみをする。

 

 頑張れリシュリュー!! 負けるなリシュリュー!!

 リシュリュー捜査官の戦いは始まったばかりだ!!

 

 あとジャージ返して!!

 




( ゚∀゚)o彡゜リシュリュー! リシュリュー!

mon bourreau(モン・ビューロー) の訳は愛しい人的な意味での「私の困った人♪」
 でも直訳すると「私の死刑執行人」になるらしい、さすがフランス。
 

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