提督をみつけたら   作:源治

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あの男、再び。

※この話には暴力描写と、偏った価値観の描写があります。
 不快感を感じる可能性があるのでご注意ください。
 


『意識高い男』と『重巡:鳥海』

 

 私はロリコン(児童性愛者)だ。

 

 「児童性愛者は大人の女性を愛することができない哀れな人間」

 

 そういう声を耳にしたことがある。

 確かに私はその性癖の都合上、大人の女性を愛せないかもしれない。

 だが、そもそも愛する必要もないのだということを……分かっていただきたい。

 

 ロリコンだということを恥じるあまり大人の女性と向き合えない、そんな記事を先日見かけた。

 

 別にロリコンは恥ずかしいものじゃないし、本当に恥ずかしいと思うのなら努力して大人の女性を好きになればいい。

 世界を変えるよりも、自分が変わってしまう方が遙かに楽だろうに。

 

 

 話は変わるが艦夢守市のオフィス街と高級住宅街の間の一角。

 そこにはとある紳士たち垂涎の店がある。

 

 メイド喫茶『Big Slope』

 

 この店、ただのメイド喫茶ではない。

 なんと店の店員のほとんどは艦娘なのである。

 

 おまけに一つの屋敷を丸ごと改装して作られたこの店は、オープンスペース的な場所だけでは無く、多数の個室なども用意されていて、どの部屋もかなり豪華な造りになっているとか。

 むしろ喫茶店というより高級サロンといったほうがいいだろう。

 

 当然値段は高い。

 

 前提としてまず会員にならなければならないのだが、他の会員からの紹介が必要で、紹介された後も年収や品性など多数のチェック項目がある。

 それに合格してようやく、会員になる資格が与えられる。

 

 あくまで『資格が与えられる』である。

 

 そして入会費は私の年収に匹敵する、三ヶ月というレベルでは無く年収だ。

 おまけに年会費も高く、私では払い続けられるか微妙なラインだ。

 

 正直、私の収入でここの会員になるのは無謀もいいところだろう。

 

 そもそも艦娘と特別な関係になれるという訳でも無く、ただ給仕してもらうだけだというのにそこまでの大金を払う人間が居るのだろうか?

 

 いるのである、結構沢山。

 

 提督の気持ちを味わえる、それだけで大金を払う酔狂な人間というのは多い。

 まあもっとも、高級サロンとしての役割の方が重要と思っている者も多いだろうが。

 

 話がそれたが、実は提督適性の免許保持者は紹介や審査が免除される。

 また、入会費さえ払えば年会費も九割近く割引きが適用される。

 

 愛宕や高雄の提督適性など必要ないと思っていたが、こういう時あってよかったと感じる。

 

 まや……ま……や……さま……(ノイズ)

 

 とにかく、こうして無事入会費を払い終えた私は、会員となりこのメイド喫茶に足を踏み入れることができるのである。

 

 ふふふ、いったいどんな駆逐艦の少女に給仕をして貰えるのだろうか?

 

 もっと私に頼ってといってくれる駆逐艦メイドの 『雷』

 ストレートに変化球、元気はつらつ駆逐艦メイド 『漣』

 ツンツンデレツンデレツンツン駆逐艦メイド 『天津風』

 

 ああ、想像しただけで胸がいっぱいで幸せになれる。

 さあ行こう、楽園は直ぐそこだ。

 

 目の前に建つ屋敷を見上げ、一歩踏み出す。

 

 会員証を守衛に見せて門をくぐり、美しく整えられた広い中庭を歩いていると、やがて館の大きな扉の前に到着した。

 私が門をくぐった連絡を受けていたのか、その扉がゆっくりと内側から開かれる。

 

 そして現れた、クラシックロングのメイド服姿の、長い黒髪の眼鏡を掛けた女性が丁寧にお辞儀をして出迎えてくれた。

 

「お帰りなさいませ、ご主人さ……あっ」

 

 だが出迎えの挨拶が途中で言葉が途切れ、雷にでも打たれたような様子で私を見て固まる。

 

 高雄、愛宕、まやさま。

 

 つまりはそういうことか、ああ、ええ、わかっていましたとも。

 ホールに設置された大きな時計が、十二時を告げる鐘の音を鳴らす。

 

「……私が鳥海です。よろしくです」

 

 涙をこらえるように、口元を押さえながらメイドの女性はそう名乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『意識高いロリコン』と『重巡:鳥海』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だーかーらー、ここに書いてあるでしょうが。『当店に適合した艦娘が居た場合は、その艦娘が専属となります。』ほら、ここ」

 

 鳥海につれられて支配人室と札に書かれた場所に通された私は、支配人自ら規約書を指さされ、説明を受けていた。

 支配人は軽巡の『五十鈴』とよばれる艦娘らしく、黒いリボンで長い髪を左右に縛り、胸元の開いた豪奢な赤い夜会服を着て、キセルを片手に持っている。

 

 煙のにおいが付くからせめて火は消してほしいのだが……

 

 いやそれより、私が鳥海の適性者というのは億歩譲って仕方ないとしよう。

 だが、でも、それでもこの店を普通に利用し、駆逐艦に給仕して貰うのはできないのかと、遠回しに聞いてみたのだが……

 

 ご覧の有様である。

 

「香取メイド長? うんそう、悪いんだけど個室の用意をお願い、鳥海がおめでたみたい」

 

 机の上に置かれたアンティーク調の豪華な電話機で、どこかに連絡をつける支配人。

 感じ的に恐らく内線で他の従業員に指示を出しているのだろう。

 

 ……だがおめでたという表現はよくない。

 

 ただいい言葉が無いのでその言葉を使いましたというのでは駄目だ。

 おめでたの中にも、カースト制度があることを忘れないでほしい。

 

 因みに私の中では今のところ、そのおめでたはカースト最下位である。

 いやそんなことは今はいいとして……

 

「そういうわけで個室も用意させたから、そこで好きなだけいちゃつきなさい。あと鳥海、親御さんには一応連絡いれさせて貰うわよ。あのじいさんうるさそうだから。あー、そうそう……」

 

 先ほどまでやさぐれていた風だった支配人は急に真面目な表情になってキセルを置く。

 そして目を閉じて、両手を組み胸に手を当てると、厳かに言葉を紡ぎだした。

 

 

「私たち艦娘に神様がいるのなら、どうか今日、この出会いを果たしたふたりに満ちあふれる祝福を注いでください。ふたりの航海に幸多からんことを、そして幸せな生活を送れるように。どうか、どうか―――」

 

 

 その祈りの言葉にはいいしれぬ静かな力がこもっていて、私は思わず息をのんでしまう、が。

 

「んじゃ、いったいった」

 

 すぐに元の様子に戻ったせいで、祝福されているのか、ひがまれているのかよく解らない印象に変わってしまった。

 その後しっしと追い払われるように、やさぐれた様子の支配人に追い出されて、私たちは外に出る。

 

 部屋を出て、重い扉が閉まる音が聞こえた。

 

「あ、あの……」

 

「はい?」

 

 エプロンの裾をぎゅっと握りしめながら、鳥海が口を開く。

 

「どうか、よろしくお願いいたします。ていと……ご主人様」

 

「ああ、はい。よろしくお願いします」

 

 なにをよろしくなのだろうか、いやまあ……わかるんですが。

 

 彼女は私の返事を聞いて、少し照れくさそうに微笑んだ。

 私にとっては色々と思うところがあるのだが、とにかく突っ立っていてもしょうがないので、用意された個室に移動する。

 

 個室に入ると、鳥海は自然な動作で私の上着を預かり、ソファーに座るよう促してくれる。

 私が深く柔らかな黒革のソファーに身を沈めるのを確認すると、彼女は室内にあった器具で紅茶らしき飲み物を用意し始めた。

 

 しかしこうして改めて見ると、大人しそうな外見でありながら、理知的であり意志の強い瞳がどことなく他の姉妹たちに似ている気がしなくもない。

 また、豊かな体つきに締まったウエスト、美しく長い黒髪なども高雄に似ている。

 

 そして身に纏うメイド服。支配人の趣味なのか、かなり凝った作りだ。

 

 まずシンプルなデザインでありながらも、上質な生地を使っていると見受けられる。

 また、細かいところに入ったレースなどを見るに、主人に恥をかかさず、だが目立ちもせぬようという思いが感じられる突き詰められた装飾に、執念じみたこだわりを感じる。

 

 先ほどの支配人である五十鈴の夜会服も見事だったので、恐らく専属の衣装デザイナーがこの店にはいるのかも知れない。

 

 もっとも私にはどんな素晴らしい衣装で着飾った大人の女性よりも、サイズの合わないぶかぶかのTシャツを着た少女の方が美しく見える。

 なにを着るかということよりも、誰が着るかの方に重点を置くことにイノベーションを感じるのだ。

 

 誰になんといわれようと、私の美的価値観が揺らぐことはないだろう。

 ポリシーに忠実に従った結果、今の私があるのだから。

 

 などということを考えていたら、鳥海が出来上がった紅茶を丁寧な動作で目の前に置いてくれる。

 立ち上る芳醇な香りに、茶葉もそうだが入れ方も見事なものだと感じられる。

 

「どうも、素晴らしい香りですね」

 

「あっ、ありがとう、ございます……」

 

 私のお礼を聞いて鳥海は真っ赤な顔になり、顔を伏せる。

 口に含んでみると、味も見事なものだった。

 

 さてしかし、なにを話したものだろうか。

 

 今まで出会った三人は、特になにするでもなくグイグイと迫ってくる感じだったのだが、鳥海はというと静かに側に侍っているだけだ。

 無論、私としてはその方が好ましくはあるのだが、それはそれでどうしたものかとなってしまう。

 

「ここでの仕事は大変ですか?」

 

 話題に困った時は、家族か天気か仕事の話という法則に従って取りあえず無難な質問を投げてみる。

 鳥海は最初それが自分に向けられた言葉だとは気づかなかったのか、しばらくしてハッとなり、慌ててしゃべり出した。

 

「え、あ、私はその、父が行儀見習いにということで、ここで働かさせて貰い始めたのですが、仕事はとてもやりがいがあって楽しいです。ただ、元々これといった特徴も無いのであまり人気が無くて……」

 

「人気……ですか?」

 

「はい、その、他にもこの館には凄い方たちが沢山いらして。一番人気があるのは羽黒さんという重巡の艦娘の方なんですが。凄くステキな特徴のある方で、バリエーションがあるというか、お客様に合った給仕を演じ分けられるんです。特にステキなのが闇染めの羽黒って呼ばれてるパターンで、こう『悠久の闇に呑まれよ!』ってポーズを決めながら給仕をしてくれる姿なんて凄くて!」

 

「なるほど」

 

 なるほど(無感情)

 

 しかし羽黒といえば母さんと同じ、妙高型の艦娘だったはずだ。

 確かにあの年齢の姿の女性がそのようなキャラクターを演じたならば、少なくともインパクトは大きいだろう。

 

 だが、そのキャラクターが一番似合うのは駆逐艦『菊月』、もしくは髪型的に駆逐艦『旗風』ではないだろうか?(異論は認める)

 

 身振り手振りでその様子を説明してくれていた鳥海が、急に声を落とす。

 

「ですが私はなにも特徴がないですし、器用なこともできないので……」

 

「そうでもありませんよ」

 

「え?」

 

「お茶を入れている時の貴方の動きは洗練されていて、端々に至るまで見事なものでしたし、入れていただいたお茶はとても美味しかった。一つ一つのことを丁寧にこなす姿は個人的にとても好感が持てます」

 

 無論性癖としての好みではない、あくまで仕事ぶりに対する好みである。

 

 褒められることになれていないのか、鳥海はそれを聞いて顔を赤くし、風が吹けば消えそうな声で「ありがとうございます」と呟く。

 

「そういえば先ほど、ご家族に連絡されると支配人がおっしゃっていましたが……」

 

「あっ、はい、あれは父のことです。その、わたしは父が年をとってからできた子供なのか、どうしても過保護になっているようで。年の離れた姉もいるのですが、父とは仲が悪くて七年以上前に家から飛び出していってしまって……あっ、別にそれっきりというわけじゃなくて、今はTAKARAというブランドの衣装デザイナーをやっていて、元気でやってるみたいです。ここの衣装も一部は姉が携わっているようで、この前支配人室で見かけて少し話を―――」

 

 さらりと家族構成を含めた色々な説明を始める鳥海。

 

 なるほど、過保護な親を持つ気持ちや苦労は分からなくもない。

 少し恥ずかしさと苦労をにじませた表情に、私は親近感を覚えた。

 

 落ち着いた声色でゆっくりと話をする鳥海の声にしばらく耳を傾ける。

 

 彼女と話していると、どこか安らぎを覚える。

 持つつもりも持てるとも思わないが、もし伴侶をもつのならこのような気持ちになれる女性がいいのかも知れない。

 

 もっとも、憎まれ口が多かったり罵倒や罵声を浴びせられたり、落ち着きがなく元気いっぱいの伴侶だったとしても、駆逐艦の艦娘、ただそれだけで全ての希望を超越するのだが。

 

 ゆったりとした時間の流れに身を任せながら、鳥海と会話を続ける。

 時に無言になることもあるのだが、無理をして会話を続けるという空気にもなることはない。

 また、静かに紅茶を継ぎ足してくれたり、茶菓子を用意してくれるのもありがたい。

 

 駆逐艦の艦娘には会えなかったが、これはこれで悪くないかもしれない。

 

 などと思いながらしばらく時を過ごしていると、静かにドアをノックする音が部屋に響く。

 鳥海は私に向かって軽く一礼し、慌てず、だが相手を待たせることのない早さでドアを開いた。

 

 軽く開いた扉の隙間から、眼鏡をかけた鈍い金色の髪の女性の姿が見える。

 

「香取メイド長、なにか?」

 

「鳥海さん、お父様がいらしてるわ。あなたと、その、あなたの提督に話があるみたいなんだけど、お通ししていいかしら?」 

 

 鳥海が私に目配せをする。

 

「構いませんよ」

 

 そう答えた後、鳥海の目配せだけで彼女がなにを言いたいのか、わかってしまったことに少し驚く。

 鳥海が香取と呼ばれたメイド長にその旨を伝えてしばらくしてから、扉の向こうの廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。

 

 そして足音が部屋の前で止まり、扉が開かれる。

 現れたのは三人。

 

 一人は黒いスーツにサングラスをかけた大柄で筋肉質の男、手になにも持たずなにかあればすぐに対応できるような気配を漂わせている。

 二人目はきっちりとしたスーツ姿で、重厚な革の鞄を抱えている、鞄持ちというか秘書といった感じの若い男。

 そして三人目、おそらく鳥海の父親と思われる着物姿で白髪の老人、厳しい目つきで部屋を見回し、すぐに私も見つけにらみつけてくる。

 

「貴様が娘の提督か……」

 

 すっと、控えていた秘書らしき人物が私に名刺を差し出してくる。

 サラリーマンの性か、私も立ち上がって懐から名刺を出し、一般的なビジネスマナーで名刺の交換を行った。

 

 見るとこの街で有数の銀行の名前と、その頭取の肩書きが目に入る。

 おそらく老人の名刺なのだろう、身分のある人間が付き人に名刺を差し出させるのは希にある。

 

「ほう、Pentagon海運の経理部主任か、大学はどこを出ている?」

 

 老人は誰に許可をとるでもなくドサリと部屋のソファーに腰を下ろし、秘書から受け取った私の名刺を確認すると、そう聞いてきた。

 私は老人の前のソファーに腰を下ろし、出身地域にあった外地の大学名を口にする。

 

 余談だが先輩(一浪)も同じ大学を出ている。

 

「ふん、率直にいうと外地の大卒という最低限の学歴にしては悪い会社では無いが、それにしたって貴様が娘を一生幸せにできるとは思えんな」

 

 いきなりの喧嘩腰、まず前提を間違えていることを指摘したい。

 なぜに私があなたの娘を幸せにしなければならないのかと。

 

「知っての通りこの娘は艦娘だ、普通の女を養うのとは訳が違う。貴様は娘がどういう存在なのか詳しいか?」

 

 母親が艦娘であり、他の重巡洋艦の艦娘のことも含め知っていることはあると思いますが、取り立てて興味も無いですしマイフェアエンジェル駆逐艦の艦娘に比べたら―――

 

「あまり詳しくは知りませんね」

 

「ふん、外地育ちならそんなものか。ならこの子が背負った艦娘についての歴史は?」

 

 重巡洋艦:鳥海、かつて深海棲艦との戦争において重巡、高雄型の艦娘として活躍。性格は冷静で温厚、数字に強く計算能力や解析力に優れる。また艦の性能として他の重巡洋艦より僅かに火力が高く、決戦において武勲をあげることが多かった。程度しか―――

 

「あまり詳しくは知りませんね」

 

「それでよくこの娘の提督が務まると思ったモノだなッ!」

 

 淡々とした私の受け答えにいらだったのか、声を上げる老人。

 

 思ってないですから、務める気もないですから、そもそも今日会ったばかりですから。

 などと言ってしまいたい気持ちをぐっとこらえ、とにかく穏便にお引き取り願う方法が無いか思案する。

 

 権力がある人間を怒らせたところでろくなことにはならない。

 まぁ正直放っておいても、このまま勝手に失望して鳥海を連れて帰ってくれそうなものだが。

 

「お父さま、そういう言い方は……」

 

「いいから、私に任せておきなさい」

 

 強い口調でありながら優しげな表情を浮かべ、鳥海に伝える老人。

 鳥海のいったように確かに大事に、ともすれば過保護と呼ばれるような様子だ。

 

 鳥海はそれを聞いて「はい……」と返すも、ぐっとこらえるような表情を浮かべている。

 老人は鋭い目つきで再び私をにらみつけた。

 

「言っちゃなんだが、その年で主任なんてのは遅すぎる。少し才能や人脈があればその年なら係長……いや、課長補佐くらいにはなってるはずだ。その程度で甘んじているのは何故だ? それは現状に満足しているか人生を諦めているかだ! 正直野心の無い男など信用にあたいせんわ、そんな人間に可愛い娘を任せられるはずが無いだろ!」

 

 私に野心が無い、ねぇ……

 

「なんといいますか、大した情報も無しに会って間もない人間をよくそこまで判断できるものですね」

 

「会って間もない人間を直ぐに見極められずに、人の上には立てん」

 

 尊大な態度で、私を見下すように言い放つご老人。

 まぁ実際の所、老人の名字はこの街でも有数の名家のものですし、忠誠心が高そうな護衛に付き人などを見ても、自身の才覚や人望もあるようですし、実績がある以上間違いでは無いのでしょうが。

 

 私はちらりと鳥海の方を見る。

 目を伏せて震えているようで、なにかをぐっと我慢しているようにも見えた。

 

「まぁいい、貴様が提督である以上、これは仕方のないことなんだろう。だがあくまで提督適性者免許を取らせるだけだ、その後は娘には近寄るな」

 

「え?」

 

 驚く鳥海をよそに老人はそう一方的に言い放つと、秘書に目配せをする。

 秘書はすぐに鞄から小切手とペンを取り出してテーブルの上に置いた。

 

「すきな額を書け、それで娘からは手を引いてもらおう」

 

 正直私としては願ったり叶ったりなのだが、この老人は正気なのだろうか?

 

 私が言うのもなんだが、艦娘にとっての提督がどういう存在なのか分かっているか怪しい。

 艦娘というより実の娘という部分を強く見過ぎているためなのか、正常に見ることができていないように思える。

 

 彼女たちが提督という存在を求める感情は、私が駆逐艦の少女と結ばれたいと願う気持ちと同じか、それ以上だろうに。

 

 と、私自身も確かに艦娘の想いを正しく理解できていなかったことに気がつく。

 なるほど、ああ、なるほど、そういう気持ちだったのか、彼女たちは。

 

 ……どうしたものか、これを言って私が得になるようなことはないし、むしろ色々と被害を被ることになるだろう。

 

 だが、それでもこの老人に言わなければならないことがある気がする。

 しかたない、まあ提督である以上最悪の事態は避けられるだろうという、我ながら姑息な考えが湧き、心の中で苦笑する。

 

「あの、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 

「なんだ」

 

 不機嫌そうに返事をする老人。

 

「いえ、貴方ではなく娘さんに」

 

 私は老人には目を向けず、鳥海の方を見る。

 

「え、あの、私でしょうか?」

 

「はい、あなたはどう思ってらっしゃるんですか?」

 

 私の言葉を聞いて、鳥海はぐっとこらえるようにしばらくエプロンを握りしめていたが、やがてぽつりぽつりとしゃべり出す。

 

「私は……その、できればごしゅじ……前島様のおそばにいられればなと……それからどうなるかはまだよく分からないのですが。でも今は少しだけでもおそばにいたいと、思います……提督と艦娘としてどう関係を作ってゆくかは、その後かなと」

 

 一歩身を引き相手を気遣う、なによりまず相手にあった付き合いを考えたい。

 重巡洋艦の艦娘というのはこんな気遣いができる艦娘ばかりなのでしょうかね(好感度+0)

 

「馬鹿を言わないでおくれ、このなにも分かっていない男にお前をまかせ―――」

 

「私には貴方が、娘さんが艦娘だから特別なんだと決めつけて、結果として娘さんの気持ちをないがしろにしているように見えますがね」

 

 意識して重い声を出し、老人の言葉を遮る。

 あと、特別扱いしていいのは駆逐艦の艦娘と龍驤(幼女認定)だけでしょうに。

 

「艦娘に対して理解が薄い、外地出身の貴様がなにを偉そうに」

 

 憤怒の表情を浮かべる老人、後ろの付き人二人ががぴくりと動く。

 老人は片手をあげてそれを制し、私をにらみつける。

 

「君はこの娘ら艦娘がなにを思って生きて、どのように成長してゆくのか見てきたわけでは無いだろうが。この娘たちがワシたちと、どんな違いがあるのか正確に理解しているのか?」

 

「勿論正確に理解しているとは申しませんが、かくいう貴方こそ本当にお嬢さんを理解していらっしゃるのか怪しいものですね」

 

「なんだとッ!?」

 

「私は艦娘ではありませんが、身が焦げ付くほどに焦がれるものならあります」

 

 こんなふうに熱くなる人間ではないという自覚はあるが、何故か止められない。

 私はいったいなにに苛立っているのだろうか。

 

「血を吐くほどに努力をしたわけではありませんし(血を流すほど努力はした)、なにを犠牲にしてでも手に入れる覚悟があるともいえません(ただ見ているだけでも幸せだし)。なんとか手に入れようと頑張ってみても、そもそも後天的に手に入るものでは無いですし……でも、それでも、今でも欲しいと願い続けています」

 

「なにが言いたい?」

 

「貴方は本当に飢えた経験はありますか? 自らのことをよく知らない相手に、異常者だと忌諱されたことは? 自分の夢を誰かに笑われたことは?」

 

 まあ、無いでしょうがね。

 

「大多数の人間は上質な食べ物、豪華な服装、高価な装飾品、ありとあらゆる娯楽、そして社会的、肉体的にも性格的にも優れた伴侶、それらを手に入れられれば幸せになれるのかもしれません。ですが、それらどんなものでも満たすことができない望みを抱えた存在がいます」

 

 老人が手に持った杖を握りしめる音がする、よほど怒っているらしい。

 

「例えば貴方の娘さんとか……貴方が考える幸せと、貴方の娘さんが考える幸せは違っているんじゃないでしょうか?」

 

「言わせておけばッ!」

 

 老人は急に立ち上がり、持っていた杖で横から私の顔を叩きつける。

 痛みはあるが、それよりも飛んでいった眼鏡の方が痛い、新調したばかりだというのに。

 

 が、それよりも。

 

「っ…! なにをするんですかッ!」

 

 憎いものを見る表情で、自分の父親につかみかかろうとする鳥海。

 老人は鳥海の言葉に反応して振り返り、その顔を見てしまって衝撃を受けている。

 

 大事に育ててきたはずの娘が、自分を敵としてみるような顔をしていることに。

 

 鳥海が拳を振り上げる。

 艦娘ではあるが、それでも、自分の父親を大事に思っていたであろうことは、紅茶を飲んでる時にした短い話からでも分かった。

 

 父の日になにをプレゼントするか、そんなことをいっていたのを思い出す。

 

 その父親に拳を振り上げている。

 その鳥海の姿を見て、老人はどう感じているのだろうか。

 

 

「―――やめなさい鳥海」

 

 

 だが、それはいけない。

 それはいけないのだ。

 

「え、あ……て、提督?」

 

 床に落ちた眼鏡を拾ってかける、レンズが割れて外れているので、フレームだけだが。

 

「私のことはどうだっていい、娘さんを私に近づけたくないのであれば、それはそれで構いませんし受け入れます(混じりっけなしの本音)。ですが、その前に一度腰を据えて娘さんとお話しされたらどうですか、家族がすれ違う状態というのは好ましくないでしょうから」

 

「わ、わしは……娘の幸せを……」

 

 ドサリとソファーに腰を下ろし、呆然とする老人を横目に私は部屋を出る。

 好き放題に言いたいことを言ってすっきりはしたが、少し疲れた。

 

 せめてもの癒やしを求め、駆逐艦の少女を一目見られないものかと僅かに期待していたが、ホールに向かう廊下の途中では誰ともすれ違うことはなかった。

 

 全く、今日はろくなことがない。

 

 

「あ、あの!」

 

 館の正面ホールの扉に手をかけたとき、鳥海の声が後ろから聞こえてくる。

 私は振り向いて軽く一礼し、続く鳥海の言葉を待つ。

 

 だが鳥海は、思わず追いかけてきたようでなにを言ったらいいのかわからない様子。

 仕方が無いので、私は彼女を落ち着かせるように言葉を選ぶ。

 

「お父さんと仲良く、ああ、それとまたここに来ます。そのときはもう一度紅茶をごちそうしてください」

 

「あ……は、はい! お帰りをお待ちしております提督。それでは行ってらっしゃいませ……ご主人様」

 

 鳥海は目尻に涙をためてほほえみながら、深く礼をして送り出してくれた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 眼鏡を修理に出し、繁華街で目についたBARに入って酒を飲む。

 私だって酒を飲んで憂さを晴らしたくなることもある。

 

 高い金額を払って手に入れた、現状最後の希望だった合法的に駆逐艦と触れあう機会を奪われ、そして眼鏡は割れるし、権力者には恨まれる。

 

 世の中うまくいかないことだらけだ。

 

 さすがに歩行に支障が出たり酔いつぶれるまでは飲まなかったが、それでも少し思考に影響が出る程度飲んだところで帰路につく。

 

 それなりに長い時間たっていたのか、家に着く頃にはすでに夜の九時を超えていた。

 

 

 家に戻り、鍵を開けて中に入る。

 

「あっ、お帰りなさい前島君」

 

「お帰りなさいませ、前島主任」

 

 ……何故か愛宕と高雄が部屋にいた。

 

「どうしてここに?」

 

 努めて冷静に聞く、ほんと、何故ここにいるのだろうか。

 

「ほら前島君、まやちゃんになにかあっても無くても、いつでもうちに来てくださいっていって合い鍵渡したじゃない」

 

「その、まやちゃんが前島主任と遊ぶんだって私たちのところに来てね、その、ご一緒させていただくことに」

 

 言い辛そうに説明をする、愛宕と高雄。

 ああ、そういえばまやさまに無意識に合い鍵を渡してそんなことをいってしまった記憶が……

 

「なるほど」(納得)

 

「まやちゃんは夜も遅いし、また今度ということになって、少し前にまやちゃんのお母さんに迎えに来てもらったのだけど……その、私たちは勝手に上がらさせていただいた謝罪とそのご説明のために残らせていただいていました」

 

「あっ、もちろん部屋を荒らしたりはしてないわ、ほんとよ。ただその、まやちゃんが色々と……」

 

 喜々として部屋の中を走り回るまやさまの姿が、ありありと思い浮かんでしまう。

 

「いえ、そういうことであれば構いません。わざわざありがとうございます」

 

 部屋に戻り上着を脱ぐと、すかさず高雄が受け取ってハンガーに掛けてくれる。

 あの、もう帰ってくれませんか……と口にする前に、愛宕が遠慮がちに聞いてくる。

 

「その、前島くんその怪我は……」

 

「なにかあったんですか?」

 

「いえ、大したことはありません。ちょっと棒で殴られただけです」

 

 驚く愛宕と高雄。

 

「あ、あの、もしかして前に町でお会いした、あの先輩さんに?」

 

「は? 何故そこで先輩が?」

 

 私の視線を受けてビクリとした愛宕。

 少し迷った素振りを見せたあと、話し出した。

 

 なんでも用事で人事部に行った時、丁度中途面接を受け持っている担当者と話をしたそうで、曰く表向きは会社の事情による解雇扱いとなっているが、実際は暴力事件を起こしてクビになった男の情報が回ってきていたそうだ。

 

 そこに貼られていた写真が先輩だったようで、この前私と一緒にいたのを思い出して不安になったらしい。

 高雄も愛宕と同じ気持ちだというように頷いている。

 

「だからその、あまり素行のいい人とはいえないみたいだし、もしかして前島君になにか―――」

 

「確かに、先輩はあまり素行がいい人ではありませんね」

 

 愛宕の言葉を自分でも驚くほどの硬い口調で遮る、愛宕と高雄がビクリとしたのが分かった。

 子供時代を思い出す、父の故郷で過ごした日々を。

 

「ところで私の母が重巡の足柄だという話を以前させていただいたかと思うのですが、まあ外地の常と申しますか、一部の地域では艦娘や艦連に対して丁寧に教育されていない場所もありまして。私が学生時代を過ごした地域では子供の頃、『鉄の腹から生まれた子供』などと私のことを呼ぶ人たちがいました。そのせいかよく絡まれましてね、まあ幸い頑丈だったものですから我慢していればどうということは無かったのですが、それでもあまり気分の良いものではありませんでした」

 

 アルコールのせいなのか、頭に血が上っているのが分かるのに、言葉が止められない。

 私は冷蔵庫から水を取りだし、一口飲んでから話を続ける。

 

「そんなある日、絡んできた三人組に飲料水の入った缶を投げられまして、とっさにかわしたのですが、それが近くを歩いていた先輩にあたりまして。ええ、中身を頭からかぶった先輩は、静かに私たちの方に歩いてきて「これを投げたのは誰だ?」と恐ろしい声色で聞いてきました。その時私に絡んできた相手の三人は、先輩のその様子が相当怖かったのか、すぐに私を指さしました。私は違うと必死に否定しましたが、真偽はどうあれ、人数を考えたらどちらを信じるかは明白な状況でした」

 

 あの時、頭から飲料水をかぶってびしょ濡れになった先輩の姿を思い出す。

 母以外に誰かが怖いと思ったのは、あれが初めてだった、だが……

 

 

「ですが先輩はその様子を見て、私のことをなにも知らないのに私の話を……信じてくれました」

 

 

 何故先輩はあの時私を信じてくれたのか、それは今でも分からない。

 でもあの時から私にとって先輩は信じられる人になった。

 

「まあその後、相手の三人に殴りかかっていって、それを止めようとした私まで巻き込まれてラリアットされたりと大変でしたが。なんだかんだとそのままズルズルとつるむようになって……学生時代はずっと先輩と一緒に行動して、あの人の長所も短所も見てきました。ご存じの通り私はこんな性格ですので、知り合いと呼べる人間はいますが友人は少ない、いや、私にとって友人と呼べるのは今も昔もあの人だけですよ」

 

 あの人のことだ、その暴力事件も自業自得なんだろう。

 でもきっと理由はあるんだろう、あの時のように。

 

「そうです、先輩はまっとうな人間ではありません。粗暴で親切で苛烈で義理堅く、短慮で心優しい―――世間の物差しでは測れない男です」

 

 人生の知恵の多くを私は先輩から学んだ。

 父の居なかった私に、先輩は悪い意味でも良い意味でも男らしい生き方を見せてくれた。

 

 もっとも、それをかき消すほどさんざんな目にも、先輩のせいで巻き込まれたものだが。

 良い思い出もあるが、その百倍くらいひどい目に遭ったようにも思う。

 

 ―――はて、何故私はこんなに必死にあの人のことを擁護しているのだろうか?

 

「あ、あの、ごめんなさい提督……」

 

「なにも知らず、私も同意してしまって……」

 

「いえ、すみません。私も少し熱くなっていたようで」

 

 少し気まずい空気が室内に流れる。

 その時、部屋の電話の音が鳴る。

 

 電話に出ると、相手はよく知った声だった。

 

「なんでしょう母さん、こんな夜中に」

 

『夜は私の時間よ……じゃなくて。結婚するんだってね、おめでとう』

 

「はぁ、誰がですか?」

 

『いや、あんたよあんた。さっき私のところに鳥海と鳥海の父親? みたいな人がやって来て、なんか息子さんをいただくために結婚の挨拶に来ましたって、すんごい腰を低くして丁寧に。話してみたら私が重巡の足柄だって知らなかったらしくて驚いてたみたいだけど』

 

 

 

 ―――は?

 

 

 




前島くんハァッピィィィー、ウェディィィングゥウ(笑顔)
 

三万文字を超える長編の投稿に関しては、分割した方が読みやすいですか?

  • 何文字になろうとも一話にまとめて欲しい
  • そこまで長くなるなら、二分割にして
  • 一万文字ずつくらいで、三分割にして
  • 実は七千文字くらいがいいので、四分割
  • 正直五千文字がベスト、五分割がいいな
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