明けましておめでとう御座います。
この話は、夏ですけど。
無職の頃。
なんだか懐かしい夢を見たような気もするが、もう過去の記憶も消え始めた昨今。
夢で見る自分の過去のことが、他人の人生に思えることもしばしば。
そんな中、寝苦しさと、うるさい蝉の声で目を覚ます。
なんだか寝汗が凄い、本来起きる予定だった時間より少し早いが、もう一度寝直す気にもなれないので起きることにする。
体を起こすと、地味に腰が痛い。
先日、相談したいことがあったので、陽炎と話をしたのだが。
時津風とのことを話したら微妙に機嫌が悪くなって、何故か肩車を要求された次第。
無職には少女の心がわからぬ。
まあ意外と喜んでいたのでよしとしよう。
娯楽に飢えているのか、今度遊園地にでも連れていってやるのもいいかもしれない。
遊園地のトラウマあるけどな、俺。
シャワーを浴びて汗を洗い流し、汗が引くまでは服を着るのもあれなので、この前新品に替えたパンツだけ穿き、ベランダに出て一服。
夏の朝は陽が昇るのも早く、朝日が景色を照らしていた。
熱くて忌々しいだけだった、昨日までとは違う気がする朝日。
おっと、のんびりしすぎて遅刻するわけにもいかんな。
とっとと服を着て準備せねば。
さあいくか、今日は出勤最初の日だ。
「オーホッッホ!! 愚かな人間どもよ、我らビッグヘッドクォーターズの前にひれ伏すがいい! オーホッホ、オーホッホッホ!!」
目の前には黒いマントをたなびかせ、やたらひらひらしたレースや黒革でつくられた露出の多い衣装を着た黒髪の女。
目元を隠す仮面をつけたその女は、このクソ暑い中でも元気に高笑いをしている。
「出たぞ! 悪の組織の大幹部、ゴスロリクイーン!
「テレビに映った瞬間視聴率が二倍になる!
「某重巡の艦娘を元にイメージされたのに、まさかのご本人がやってるなんてマニアの間でも知られていない
「しかも今日来てくれてるのは、あらゆる役をこなす技巧派俳優、実際にテレビに出演してる
フェザーブラック?
普通はブラックフェザーじゃないのか?
その様子を観客席から、子供たちやいい歳したおっさんが、実況しながら熱心に見つめていた。
いい歳したおっさんといったが、かくいう俺もいい歳して全身黒タイツを着て、後ろでキーキーと威嚇声を上げているので大概だが。
正直クソ暑くてたまらないが、分厚いマントや、ゴテゴテした衣装を着たフェザーブラック様に比べれば大分マシか。
夏休み、艦夢守市にある駅ビルの屋上。
今俺はそこで開催されているヒーローショー、その悪役の下っ端戦闘員を演じていた。
ほんと、なんでこんなことやってるんだろうな、俺。
俺ってなにがやりたいんだっけ? そもそもなんでここに居るんだっけ?
揺らぐ人生の立場について、無限に思考のループ状態。
いや、まぁ、金が必要だから、急募の日雇いバイトに手を出したわけだが。
労働しているはずなのに、定職からは遠のいていく気がするこの状況のせいか、仕事中なのに思考が沈み始める。
「そこまでだぜ!!」
「でたわねぇ、海面ライダー、嵐!!」
そんなメンタルダウン状況の中で現れる、なにやら赤いヘルメットとアーマーをつけた、正義のヒーロー。
どういう台本なのだろうか、現場に到着した直後に着替えさせられたので、話の流れがまったくわからん。
えっとなんだったけか、海面ライダーとフェザーブラック様の掛け合いからするに、悪の組織にとらえられて改造手術を受けた海面ライダーが、組織から抜け出してうんたらかんたら。
なんか昔からその手のシリーズの話があるのは知ってるが、今何代目なんだろうか。
子供の頃は正座して、それらしい番組を見ていた気もする。
海面を走って戦う水上戦闘が、かっこよかったのは覚えているが。
「ほらおっさん、いくぞ」
隣の戦闘員の同僚に、肘でつつかれる。
なんだ、もう出番か。
前を見ると、戦闘員と海面ライダーによる壮絶な戦いが始まっていた。
なんでもあの海面ライダーの中の人間は、プロのスタントマンらしい。
アドリブで処理するので、戦闘員(日雇いバイト)は、とにかく本気で派手に殴りかかれというふざけた仕事内容だったはずだが、本当にいいのだろうか。
いや、というより海面ライダーはよくても、戦闘員は普通の人間だと思うのだが。
なんて心配を余所に、先に殴りかかった同僚たちは次々に投げ飛ばされて、観客席から見えない場所に設置されたマットの上に落ちてゆく。
ああなるほど、さすがプロだな。(思考停止)
こちらが全力で殴りかかっても、手加減しつつアドリブで捌ききる実力があるらしい。
隣にいた戦闘員も既に投げ飛ばされていて、今は竜巻にさらわれたかのように宙を舞っている。
まさに嵐のようだ。(思考後退)
さて、そういうことなら俺も給料分の仕事をしなければなるまい。
精々派手に投げ飛ばされて、観客を楽しませてやるとしよう。
そしてまぁなんだ。
別にあれ、倒してしまっても構わんのだろう?
■□■□■
午前の演目が終わり、昼休みの最中。
俺は喫煙所で敗北感にうちひしがれていた。
「なんなんだあれ、本気で殴りかかったのにかすりもしなかったぞ……」
「気にすんなよおっさん。こんなバイト腕に自信があるヤツぐらいしかこないんだけど、みんなあのスタントマンにボコボコにされて凹むんだわ。おかげで年中人手不足。何時もはもっと普通に募集したのでまわすんだけどよ。今日のイベント、あの中に入ってる人が人だから今日は特別さ。なんせ実際の番組で中に入ってるスタントマンと同一人物なんだぜ、強すぎて笑っちまうよ。まあだからこその高額日当なんだけどな」
隣にすわっている、目つきの悪い金髪の男が遠い目で煙草を吸いながら、俺の独り言に答えてくれる。
確か原とかいったっけか、学生のくせに堂々と喫煙して、まぁ自分で稼いだ金だろうからなにに使おうと自由だが。
かくいう俺も何時から煙草を吸い始めたかと聞かれたら、言葉を濁すほか無いのである。
実際、萩風に一度聞かれて目をそらした。
「ところでおっさん、いい歳してなんでこんなきついバイトしてんだ?」
「おっさんじゃ無い、まだ俺は……いや、まあそんな歳か。当然金がいるんだよ、面倒見てる(見てもらってる)じゃりんこたちを海に連れていってやりたくてな。だが数が多いんだわ、そいつら。だからいっそマイクロバスをレンタルしようと思ったんだが、思ったよりレンタル料が高くてな……」
「へー、何人くらい?」
「二十人くらい」
「は? 多すぎだろ……あんたそいつらのなんなんだ? センコーかなんかか?」
「あー……なんなんだろう、しいていうなら野球のコーチだと思うんだが」
「ああ、そういう」
プシュッとプルタブを開けて、缶についた水滴をたらし、冷えた缶コーヒーを飲み始める原。
俺も飲みたくなってきたな、だが我慢。
来る途中に時津風の家の駄菓子屋で買った、二リットル入りのお茶をがぶ飲みする。大変ぬるい、もはや水分補給でしかない。
今日も駄菓子屋の前のベンチで暇そうに座っていた時津風に、どこにいくのかと聞かれたが、海のことは秘密にしておきたかったのではぐらかした。
すまん時津風、だが男には譲れぬモノがあるんだ。
女子は好きだろ、サプライズ。
「それより原だったか、正直やられっぱなしというのは性に合わん。一発かましてやりたいんだが、協力してくれないか?」
「へぇ……あんだけボコられて、まだそんなこといえんなんて根性あるじゃんか。おもしれえ、聞かせろよ」
まぁ、なにか目的が無いとモチベーションが上がらないというのが、一番の理由だけどな。
■□■□■
そして始まった午後のイベント。
「オーホッッホ!! 愚昧で愚鈍で愚かな一般大衆どもよ、我らビッグヘッドクォーターズの前に汗水たらして許しを請いながら、ひれ伏しなさい! オーホッホ、オーホッホッホ!! オーホッホ、オーホッホッホ!!」
「
「
「おだまり!!」
若干台本と違う気がしなくも無いが、予定通りに話は進行していく。
というか、午前の部にもいた、いい歳したおっさんたちがまたいた。
追っかけというヤツなのだろうか、このクソ暑い中で根性あるな。
「そこまでだぜ!!」
「でたわねぇ、海面ライダー、嵐!!」
そして現れる海面ライダー。
午前のアクション含め、一番派手に動いてるはずなのに、それを感じさせない演技。
装備というか格好的に誰よりも暑いだろうに、役者の中で一番きびきび動いている。
さすがプロだな。
「ええい忌々しい!! おまえたち、やっておしまい!!」
フェザーブラック様の指示が飛び、戦闘員たちが飛びかかる。
「嵐巻き起こしてやるぜっ! 見てな!」
そして海面ライダーの技が炸裂し、五人一斉に仕掛けた先陣の戦闘員たちが宙を舞った。
人って飛ぶんだな。(思考迷子)
「おいおっさん、いくぞ!」
目の前の光景を見ても、ひるまない様子の原。
いうだけあってコイツも大概根性あるよな。
「おっさんじゃない!」
先行する原、そのすぐ後ろを追う俺。
接近に気がついた、海面ライダーが構えをとる。
原が「キッー!!」と大声を上げ、注意を向けさせる。
これでいい、これで海面ライダーの意識は完全に原に向いたはずだ。
接触まで数メートルというところで、急に原がかがむ。
俺は原の肩に足を乗せ、膝を曲げる。
その瞬間、勢いよく立ち上がる原、タイミングを合わせてジャンプする俺。
消防士が使用する技術の一つに、土台となる相手の手に足を乗せて、上に向かって投げるという技がある。相手と自分の力を使い、ハシゴが無い状態でも、素早く建物の高所に移動する為の跳躍技術だ。
これはそれと似たようなモノで、うまくやれば自分の身長より高く、飛び上がることができる。
空中からの奇襲、上に投げ飛ばすのは得意なんだろうが、上から来る攻撃にはどう対処する?
そんな思いつきの奇策ではあったが、正直いうと今は超ウルトラミラクル後悔してる。
何故かというと飛びすぎた。
原の立ち上がる勢いが強かったのか、俺のジャンプのタイミングがよすぎたのか。
俺は想定より遙かに高い、五メートル程の所まで飛び上がってしまった。
よぎる走馬燈。
なんで俺はこんなことをしたんだろうか。
暑さかな、そうだ、暑さのせいだ。
というか、ヤバイこれ死んだかも。
原が、観客が、フェザーブラック様や、海面ライダーすら驚いているのがわかる。
一番驚いてるのは飛んでる本人なんだが。
ええい、こうなりゃヤケだ。
俺はそのまま上昇の頂点をつかみ、落下が始まる停滞の一瞬、重力を利用しつつ体のひねりを加えて、海面ライダーに向けて滑空する体勢に入る。
必殺のフライングラリアット、お見舞いしてやろうじゃないの。
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『週刊 艦夢守タウン 今週号37ページ』
その日、私はうだるような暑さの中、駅ビルヘクセンの屋上で開催されていた、ヒーローショーの取材の為に、その場所に訪れた。
その理由は、フェザーブラック役と海面ライダー嵐役、両方の本物が出演するという情報が入ったからだ。
ご存じの方もいるとは思うが、両役とも艦娘が所属する芸能プロダクション『Big Slope』に所属する艦娘である。
『Big Slope』は喫茶店も運営しているとの都市伝説もあるが、それはまた別の機会にして、今回の記事に出演した役者に関して紹介していこう。
まずはフェザーブラック役の ~(中略)~
そして今期の主役である、海面ライダー嵐役の ~(中略)~
やはり本物の動きは素晴らしく、テレビ越しには味わえない迫力を感じることができた。
そんな中、午後の部で起きたアクシデント、いや、あれはむしろサプライズといえるだろう。
一人の悪の戦闘員が、なんと別の戦闘員を踏み台にして、空高く飛び上がり、海面ライダー嵐に滑空攻撃を行ったのである。
私はそれに感動を覚えた。
何故ならそれは、初代海面ライダーが使う必殺技。
ライダーラリアットそのものだったからだ。
高波を使って空高く飛び上がり、一回転をくわえ相手に滑空攻撃を行う、初代海面ライダーを象徴する技。
やや差異はあったが、まさか生で拝める日が来るとは夢にも思わなかった。
しかもそれを、敵である戦闘員が行ったのだ。
この展開に感動しない初代海面ライダーファンはいないだろう。
何故なら確かにバックストーリーとして存在する設定、初代海面ライダーは戦闘員から改造され~(中略)~つまりそれは、あり得たかも知れないIFストーリー。
かくいう私も、正直に述べるとそれを見て心が震えた。
そしてその後の展開は、更に驚くべきモノだった。
それは初代海面ライダーファンならば、予想できるが信じられないこと。
当然ながら攻撃を受けた、海面ライダー嵐も知っていたのだろう。
そう、ライダーラリアットには、返し技が存在するのである。
来週号につづく
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「おっさん、ほんと大丈夫か?」
「……まぁなんとか生きてるよ」
気がつくとヒーローショーは終わっていた。
正直、海面ライダーに滑空突撃したあとの記憶があやふやだ。
聞くところによると、なにかとんでもない返し技を食らったとか。
観客は大喜びだったみたいだが、運営にはさすがに危なすぎると怒られてしまった。
はい、おっしゃるとおりで御座います、いい歳してほんと、なにやってんだよ俺。
だが次があれば是非またこの仕事に応募して欲しいともいわれた。
よかったのやら悪かったのやら。
「結果はまぁアレだったけどよ、おもしろかったぜ」
「そりゃよかったな……くそ、首が痛い」
痛む首をさする、多分頭から落ちたなこれ。
日当をもらってさっさと着替え終えた俺たちは、喫煙室で一服していた。
喫煙室には俺と原以外の姿は無く、ゴウンゴウンと換気扇のまわる音が響いている。
「おっさん誘われてたけど、またこのバイトやるのか?」
「あー、多分今日の日当と蓄えでなんとかなるとは思うから、これっきりにしたいところだけどな」
「もったいねえ、おっさん絶対この仕事向いてるぜ」
「そりゃどうも……」
原からあんまり嬉しくない称賛を送られていると、喫煙室の扉が開き、清楚な白のワンピースを着た、育ちの良さそうな女が入ってきた。
喫煙所とはまるで縁のなさそうな、どこぞの令嬢のようなその黒髪の美人は、おどおどしながら俺たちの所まで来て一礼する。
「あ、あの、今日はお疲れ様でした。驚きましたけど、すごかったです」
「あっ、どうもっす」
原がすぐに立ち上がって、その女に一礼する。
だれだろう、オペレーターとかスタッフの人かな。
それにしちゃ原が、やけにかしこまった様子だけど。
「お疲れ様でした」
長いものに巻かれる流れで、俺も立ち上がって挨拶をする。
黒髪の美人は俺に軽く微笑みを返してくれたあと、喫煙所から出ていった。
「さっきの、だれだ?」
「あー、普通はわかんねえか。フェザーブラック様だよ。しかもテレビに出てるマジもんだぜ、たまにこういうイベントにも出演してくれるらしくて、何回かあったことあるんだけどさ。ファンサービスいいよなぁ、おまけに腰が低くて、俺らみたいなのにも挨拶してくれるし」
「へ?」
あれがフェザーブラック様?
驚くほど違和感なく高笑いしながら、テンション高いドSオーラ出してたあの?
完全に別人だろ、あれ。
「プロだなぁ」
「ああ、プロだぜ」
役者の演技力に驚きつつ、ボケッと煙草を一本吸いきる。
そして二本目を吸い始めたところで、再び喫煙所の扉が開いた。
入ってきたのは外ハネした赤いくせっ毛が印象的な、女子学生の見た目の少女。
勝ち気な瞳に、無駄の無い引き締まった体つきのせいか、陸上競技が似合いそうなイメージだ。
ボーイッシュと少し違う、野性味も備えた雰囲気がある。
そんな健康そうな少女が、何故不健康の象徴であるこの場所に来るのか。
俺の疑問を余所に、少女は機嫌良さそうに笑みを浮かべて、片手をあげて近づいてくる。
はて、どっかで見たことあるような。
「よぉ! おまえら今日なかなかすごかったな!」
「あっ、アネサンおつかれースッ!!」
先ほどとは違い、バリバリの体育会系の挨拶を返す原。
なんだなんだ。
「ははっ、そんなに畏まるなよ。それよりそっちのがッ―――」
そういいかけたところで、俺を見たその少女が、笑顔のまま凍り付いたように固まる。
あ、コイツあれだ、陽炎姉妹の一人だ、確かえーっと。
「よぉ、嵐風」
「かっ、風はいらねえから!! 嵐だよ!!」
ああ、そうだったそうだった。
陽炎姉妹は名前の後ろに風がついてるのが多いせいか、ごっちゃになってたわ。
「なんでこんな所にいるか知らんが、駄目だぞ喫煙所なんかに入って来ちゃ。未成年のうちから煙草吸うなんて馬鹿がすることだからな」
「は? おっさんなにいってんだ、この人は―――イッデェ!!」
原がしゃべり終わるよりも早く、一瞬で距離を詰めてきた嵐。
途中で原の足でも踏んだのか、原が叫び声を上げた。
「そ、それにしても奇遇だなアニキ!! えっと、その……ひ、昼飯食ったか!?」
「ん、いや、暑さで吐くかもしれなかったから食ってないが……それより原が―――」
「な、なら食いにいこうぜ!! 丁度ヘクセンの飲食フロアも近いし、なっ、なっ!?」
「そりゃ構わんが、原がぁ!?」
よっぽど腹が減ってたのか、慌てるように俺の手を掴んで歩き出す嵐。
後ろでは原が足先を抱えて、ピョンピョン跳びはねている。
まぁ、縁があればまた会うこともあるだろうな
それにしても、相変わらず君ら姉妹は力強いな。
■□■□■
フードコートでホットドッグなんかを軽く食ったあと、何故か俺たちは水着売り場にいた。
話せば長い訳が……いや、短いな。
「うーん、色々あるんだな。あっ、こういうのはどうだ!?」
嵐が食い込みの激しいブーメランタイプの、男性水着を手に持ってすすめてくる。
なにその、ピッチピチしたやつ。
「いや、俺みたいな貧相な体でそんなの無理だって」
別の意味でも無理だって。
「そうかぁ? アニキ結構いい体してるって不知火ねえがいってたから、似合うと思うんだけどなぁ」
陽炎ネットワークに広まるデマ。
間違った情報が拡散することもあるようだ、というか俺の個人情報流れすぎだろ。
ぶつぶつといいながら、その水着を戻して別の水着を物色し始める嵐。
ふーむ、正直バミューダタイプで安けりゃなんでもいいんだが。
というのも、実は持っていた水着をこの前なくしてしまったのである。
正確には誰かに持っていかれたというべきか。
不知火のジムのプールから上がって着替え、荷物(水着だけ)を置いたままトイレにいき、不知火と駄弁ったあとに戻ってきたら、水着が無くなっていた。
盗まれたのかと思ったが、水着が入れてあったビニール袋の中には、万札が三枚。
多分大急ぎでバミューダタイプの水着(ジムには競泳用しか売ってない)が必要な誰かが、持っていったんだろう。
勝手に持っていかれたことには思うところがないでもないが、さすがに万札三枚も置いていかれては許さざるをえまい。
というか許す。
が、となると海にいくこともあって、新しい水着が必要になった。
そのことを飯を食いながら話していたら、なんとなく水着を買いにいく流れに。
「まぁ別に男の水着なんてなんでもいいんだよ、それよりおまえは水着持ってるのか?」
「へ、オレ? あー、どうだったかな……多分五年位前に萩や舞やのわっちと一緒に買った、昔のヤツがあると思うけど……」
(※嵐は萩風のことを萩、舞風のことを舞と呼びます、のわっちは野分のこと)
五年て、五年て。
「おまえぐらいの歳で五年前とか、どう考えても成長期挟んでるだろ。そんな昔の水着なら、今とサイズ全然違ってるんじゃ無いのか?」
最近の学生は、授業で水泳とかやらないのだろうか。
いや、内地と外地でカリキュラムが違うのかも知れん。
しかしそうなると、水着を持ってない子もいるかもな。
一応陽炎に相談しとくか、場合によってはその費用も必要になる。
やはりもう一回位バイトするべきだろうか。
そして何故か気まずそうに、目をそらしている嵐。
どうしたどうした。
「じゃ、じゃあせっかくだし、新しいの買うかな!」
「それがいいとおもうけどな、ああそうだ、ついでだし一緒に買っちまうか」
「えええ! いやいやいや、さすがに悪いって!!」
「気にするな、ついでだ、ついで」
恐縮してる嵐の手を引き、女性用水着売り場に移動する。
俺一人なら冷たい目で見られる場所だが、嵐と一緒なら大丈夫だろう。
「さあ、好きなの選ぶといい」
「い、いいのかよ……じゃ、じゃあこういうの」
そういって遠慮がちに嵐が手に取ったのは、変哲もない紺の競泳水着。
ええんか、それで。
「おまえらの年頃なら、もっとおしゃれなヤツとかの方がいいんじゃないのか? こういうのとか」
マネキンに着せられた、赤いビキニタイプの水着を指さす。
さすがに過激すぎるだろうかと思わなくもないが、まぁ、夏だしな。
「ばっ! こ、こんな派手なヤツ着られるか! 浜風(風評被害)や親潮(審議中)や天津風(満場一致)じゃあるまいし!! そ、それにオレ、萩みたいにかわいくないし、こんなの着てもにあわねえって……」
真っ赤になって拒否の声を上げる嵐。
まあ確かに派手だが。
「似合うと思うんだけどなぁ。ほら、嵐の髪と色がいっしょだし」
「ふぇ!?」
今なら顔の色とも一緒だけどな。
というか、さすがにデリカシーが足らなさすぎただろうか。
真っ赤になってうつむく嵐を見ていると、微妙に罪悪感が。
「あ、あのさ提督。ほ、ほんとにそれオレに似合うかな?」
「ん、ああ、正直直感で選んだけど、実際悪くないと思うぞ」
短いアニキ期間が終わり、提督呼びになってしまった。
陽炎たちのこの呼び方変化のスイッチはなんなんだろう、謎が深まる。
「そ、そうか? えへ、えへへへへ」
照れた表情を浮かべながら頬をかく嵐。
かわいいなオイ。
萩風なんかと比べると、確かに女の子らしくないのかも知れんが、はねっ毛を揺らしながら照れるその様子には、年相応の可愛さがあるような気がする。
あと男勝りな普段との様子と、今みたいな恥ずかしがってもじもじする感じのギャップというのも、これまた男心をくすぐるような……なんだかオヤジっぽいな、俺。
しかしなんだな、女の子と水着を買いに来て一緒に選ぶとか、学生時代にやりたかったイベントだな、ほんと。
なんてことを考えていたら、嵐は「じゃあ買ってくる!!」と、マネキンごと抱えて走り出そうとしたので、慌てて止める。
おちつけ、それは展示用だ。
それにサイズとかあるだろうし、ちゃんと試着しろ。
■□■□■
夕焼けに染まった駅ビル前の通りを、嵐と並んで歩く。
あれから色々とあったが、なんとかお互い無事に水着を買うことができた。
昼飯が軽すぎたので、帰りにラーメンでも食って帰るかなとこぼしたら、嵐が遠慮がちに一緒にいきたいとせがんできたので、今はラーメン屋に向かってるところである。
よきかなよきかな。
黒潮にラーメンを初めて奢ったあの頃は、もう過去のこと。
今ではすっかり陽炎姉妹に飯を奢ってやることに、色んな意味で抵抗がなくなってしまった。
むしろダラダラと草野球の審判してるだけで入ってくる収入を、少しでも陽炎姉妹に還元しなければという使命感のようなものが芽生えつつある。
「そういや今日のヒーローショーで飛んでた戦闘員、あれ提督だろ? あんな技どこで覚えたんだ?」
「見てたのか……しかしどこだったっけかな。昔見たなんかの番組だったか……いや、ああいうのが得意な知り合いに教えて貰ったような記憶も……」
もはや内地に来て幾星霜、過去の記憶がとてもおぼろげである。
ほんと、歳はとりたくないものだ。
なんて考えながら歩いていると、突然嵐が足を止めて、沈む夕日を見つめはじめた。
「夕焼け綺麗だよな……あれ、夕焼けボケっとみてたら、なんか、泣けてきた。あ、あれ?」
「おいおい、大丈夫か?」
ああそうか、コイツもなんだかんだで色んな物を背負ってそうな、陽炎姉妹の一人だったな。
きっと夕日を見て色々とあふれ出してしまったのか。
目を擦る嵐の頭に後ろから手をやって、ゴシゴシと撫でてやる。
くせっ毛の手触りが妙に気持ちいい。
「……わりい提督、なんか今までのこととか今日のこととか、色々思い出しちまって」
「いいんだよ」
今は色々も辛いこともあるだろうけどな、時がたてば色々と変わるさ。
悩めよ若人、これから辛いことも沢山あるだろうが、いいことだって沢山ある。
夕焼けを眺めながら、俺は嵐が泣き止むまで頭を撫で続けた。
オマケ - 陽炎会議録NO.4 -
(※NO.は掲載順の番号となり、時系列とは一致しません)
薄暗い部屋、円卓を囲む二十人近い少女らしい者たちがいた。
らしいというのは、何故か全員顔を隠すための尖った白い被り物をかぶっていて、その顔がよくわからないからだ。
そして被り物の額部分にはそれぞれ番号が振ってある。
あと因みに時間軸的には今回の話の翌日である。
「はい、というわけで、今回集まって貰ったのは緊急の議題、提督の水着が何者かに盗まれました事件についてになりまーす」
その中で『1』と額に書かれた数字の被り物をかぶった少女が、被り物の上からでも感じることのできる、やさぐれ不機嫌オーラを放出しながら議題を提示する。
「16番の報告によると、2番のジムで提督の水着が盗まれたらしいわ。ちゃんと対価は払われていたみたいだけど、だからといって私たちの提督の物を私物化するなんてうらやま……じゃなくて、勝手に私物化するなんていうのは許されないことよねぇ」
神妙な顔(被り物で見えない)で頷くメンバーたち。
あ、でもなんだか気配が怪しいのが何人かいる気がしなくもない。
「当然そんなことはないと思うけど、私たちの中に犯人がいる可能性はあると思うかしら?」
『1』の少女ががちらりと、『2』の少女を見る。
「待ってください、不知火にはその時、提督と話をしていたという完璧なアリバイがあります!」
「いや2番、隠して隠して、名前出しちゃってるから」
勢いよく立ち上がった『2』の少女の袖を、『1』の少女が慌てて掴んで座らせる。
「そうはいうてもなぁ、複数犯という可能性もあらへん? そもそも2番はんは自分のテリトリーで起きた失態に関して、思うことはないん?」
「どういうことですか黒潮、不知火になにか落ち度でも?」
「だから名前ー!」
ニヤニヤした顔(だから被り物で見えないってば)で、『3』の少女が『2』の少女を見る。
再び立ち上がろうとした『2』の少女の袖を、『1』の少女がこれまた慌てて掴んで座らせる。
上の姉二人の様子に、思ったより大事になったやべえと汗を流す誰かたち。
「まぁ、そう波風を立てることもないだろう、この中には長く提督に会えず色々と溜まってしまってる者もいるだろうからな。そうだろ……13番?」
「きっ、聞き捨てなりませんね12番! 9番じゃあるまいし、そもそも貴方だって同じでしょう!」
「ちょっと13番、なんで私が―――」
「ふっ、提督はこの12番の家に来てちょくちょく休んでいく、当然風呂もつかう。なぁ13番、風呂場では服を脱ぐ、この意味がわかるか?」
「なっ!? 貴方もしかして提督の下着を……」(鼻血がたれてますよ)
「洗った!! つまりこの磯風には今更水着など、どうというものではない!!」
ドドーン!! という擬音がバックに出てきそうなどや顔を決める、名前を隠し忘れた12番。
衝撃を受ける13番と、幾人か。
衝撃を受けていない幾人かの内の一人は、泊まりで手伝って貰ったときに、提督が仮眠をとったベッドで残り香を嗅ぎながら、毎日幸せに包まれている19番。
しかも妄想具現化(漫画化)で色々と補完ができることから、余裕の表情を崩していない!!
さすが修羅場を抜けた先生は強い、新刊二部下さい。
「ねぇ17番、そういえばこの前カレー作ってくれたとき、やけに古ぼけたスプーン使ってたけど、もしかしてアレって……」
「今度使わせて上げるから今はちょっと静かにしてて18番」(ワンブレス早口)
「ねぇ13番、もう一回聞くけどなんで私が―――」
「提督今度は何時、未確認生物探しに連れていってくれるんだろ……」
「あっ、今度は10番も一緒にいくからね―!」
一気にガヤガヤと騒がしくなる室内。
「静かにしなさい」
ぴしゃりと響き渡る『1』の少女の声。
一瞬でしんと静かになる室内、さすが長姉。
「まぁ今回のことは大目に見ましょう、但し今後は提督に不安を与えるような行動は慎むように。それよりも、よ」
どこぞのグラサン基地司令のポーズをとる、『1』の少女。
ただならぬその気配に、注目が集まる。
「あんたたち……提督が好きそうな水着……ちゃんと用意してあるの?」
その言葉に、先ほどとは比にならない衝撃が室内に走った。
発言者の長姉以外で衝撃を受けていないのは、普段から水着姿を晒している『2』の少女と、今回提督直々に水着を選んで貰った『16』の少女だけだ。
「わかってると思うけど、提督が海に連れていってくれるイベントが迫ってるわ。この機会を逃さずしっかりと私たちの魅力を伝える為には、各自本気で勝負水着を用意しなさい。大丈夫、私のプライベートビーチを準備したから、他人の目を気にする必要はないわ」
先ほどまでの争いはどこへやら、一瞬にして誰もがどんな水着を着ればいいだろうと、お互いの長所を出し合い、相談を始める。
特に『2』の少女と、『16』の少女の周りには、メンバーが集まりあーでもないこーでもないと盛んに意見が交わされた。
さすが姉妹駆逐艦、不測の事態には気持ちを切り替え、瞬時に連携をとれる。
「夏だろうと冬だろうと、海は私たちの独壇場よ。ふふふ、楽しみじゃない……あんたたち、気合い入れていくわよ!!」
「「「了解!!」」」
誰もが一夏のアバンチュールを妄想しながら、ヨダレを拭いつつ返事をする。
薄暗い室内にその声はとてもよく響いた。
嵐に可愛い水着を選んであげて、照れさせたいだけの人生だった。
今年もよろしくお願いいたします。
※フェザーブラック様とメイド喫茶『Big Slope』のナンバーワンメイドは同一人物。
※2019/01/12 追記 メイド喫茶『Big Slope』は芸能プロダクションも兼ねている。(あとから思いついた設定)
※2021/10/11 追記
パテヌス様からとてもステキな嵐のイラストをいただきました。
詳細はこちら
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=234013&uid=34287