提督をみつけたら   作:源治

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不思議な博物館っていいよね……な、少し不思議な話の回。
あとグラーフは、戦闘時の威嚇っぽい笑い声がとても好き。
 


『僕』と『正規空母:Graf Zeppelin』

 

 この世界は一度滅びかけたらしい。

 

 しんかいせいかんという、怪物が現れて世界をめちゃくちゃにしたんだ。

 だけどどこからか現れた艦娘と、その辺にいた提督と、あと沢山の人たちが力を合わせてしんかいせいかんをやっつけて平和を取り戻したんだって。

 

 その後、艦娘たちは妖精さん―――

 

「なぁ、深海棲艦の模型があるところ先に行こうぜ」

 

「あ、うん。いいよ」

 

 話は変わるけど、今日は校外学習で艦夢守市の戦史時代博物館にきてる。

 

 この博物館は、深海棲艦と戦争をしていた時代の写真や資料、復元した模型や当時使ってた色々な物、そして関係がある美術品なんかが沢山展示されてたり貯蔵されてる、すごく広い博物館なんだ。

 

 行く前は退屈だと思ってる友達も多かったんだけど、最初に博物館の広い庭で上演された、戦史時代の劇がすごくて、みんな一目で夢中になった。

 

 当時の提督と艦娘たちが深海棲艦と戦う内容の劇で、役者さんで本物の艦娘でもあるお姉さんたちが、すごいアクションとはくしんの演技でみんなの心をつかんでしまったんだ。

 

 もちろん僕も、夢中で見てた。

 

 『川内』っていう艦娘のお姉さんが、何人かの艦娘を率いて庭にある大きな池の上を走るとこもすごかったし。

 提督役のおにいさんと、もう会えないかもしれない別れのシーンで抱きしめ合うところなんか、すごくかんどうした。

 

 ちょっとだけ提督役のおにいさんの演技がぎこちなかった気もしたけど、それでも当時とても大変な戦いがあったんだなって、そう思えた。

 

 劇が終わったあとは自由に博物館を見て回って、時間になったら集合してバスに乗って学校に帰るという流れ。

 放任主義って思ったけど、あとできちんと作文を書かなければいけないので、実はしっかり見て回らないととてもマズイ。

 

 なぜなら担任の先生は、艦娘関係となると本気と書いてマジになってしまうからだ。

 もし適当な内容を書いてしまうと、さらに十倍くらいの作文を書く羽目になってしまう。

 

 そんなわけで、友達の健太くんと一緒に博物館の一番大きな中央の入り口に向かう。

 

 博物館に入って最初に目についたのは、入り口のホールの真ん中に展示されてる、大きな絵……というか、壁像っていうのかな。

 海の中を泳ぎ回る女の子たちがたくさん彫られてて、みんなすごく楽しそう。

 

 海の中にいるし、戦史時代博物館に飾られてるので、これは潜水艦の艦娘さんなのかな。

 

「なんか、スゲーな」

 

「うん……」

 

 書いてある説明をみると、どうやらこの壁像は『ひまわり』という人が作った『別れ』というタイトルの作品らしい。

 戦争が終わってしばらくたった、区切りの年の慰霊祭のために作られたモニュメントというやつらしくて、それを会場から移設したんだとか。

 

 僕たちはしばらくその壁像を見てたけど、ふと、こっちを見ている誰かの視線を感じる。

 振り向くと、僕と同じくらいの背の女の子がこっちを見てた。

 

 すごく色の薄い肌と、長い金色の髪に、曇り空みたいな薄青色の目。

 

 最初は後ろの壁像を見てるんだと思ったけど、その女の子は僕に向かって手招きをする。

 なぜか僕は、その女の子がついてきて欲しいんだって感じた。

 

 後ろで壁像を見続けてる健太くんを置いて、僕はその女の子を追う。

 どうして友達を置いてって思うけど、そのときはなぜか頭から抜け落ちてたんだ。

 

 しばらく追いかけていると、順路の看板や標識が無い通路に出た。

 

 博物館には順路っていう、迷わないように順番に見て回れる道がある。

 でもこの博物館はとても広くて、そういうのがない区画もあるらしい。

 

 僕は女の子の後を追って、さらに入り口から離れた奥のほうに進む。

 奥のほう、奥のほう、まるで石炭の袋のような暗いほうに。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 ふと、先生が出発前に言っていたことを思い出す。

 この博物館には、迷子の子供を導いてくれる妖精と、迷子の子供を食べてしまうお化けがいるらしい。

 

 どっちも金色の髪だから判断が難しいので、もし迷子になったときは落ち着いて、近くの大人の人に助けて貰いなさいって。

 妖精やお化け相手に、妙に現実的な対応を言っていたような。

 

 ……。

 

 しまった、もしかしてこれはマズイのでは?

 そんなことが頭に浮かんだときには既に手遅れだったんだ。

 

 幾つもの階段に、幾つもの分かれ道、幾つもの扉。

 細い通路や、大きな絵の後ろにある隠してあった抜け穴。

 

 気がつけば僕は、完全に今どこにいるのかわからなくなってしまっていた。

 

 おまけに女の子ともはぐれてしまい、周りには誰もいない。

 しかも今いるのはほとんどなにも見えない、暗い通路。

 

 途方に暮れそうだけど、立ち止まっていても仕方がない。

 なので僕は、奥に見える赤い光のほうに向かう。

 

 近づくと、その赤い光は扉の上についているランプだった。

 

 赤城さんの病院の手術中になると、赤く光るランプに似てる気がする。

 どうしよう、いまさらだけど、勝手にドアを開けたり入ったりしていい部屋なのかな。

 

 僕は少し悩んでから、鉄で作られた重いスライド式の扉を頑張って開く。

 

「うわ……」

 

 そして現れたのは、ランプのような薄い光で照らされた、なんだかすごい部屋だった。

 

 部屋は図書室にあるような大きな棚で埋め尽くされてて、そこには沢山の紙の束や、書類をまとめた大きなバインダーとかが、無造作に並べられたり積まれてる。

 棚以外にも丸められた地図のような大きな紙が、沢山のかごの中に入ってて、その紙の筒には一つ一つなにを示すのかよくわからない数字や記号が書かれてた。

 

 あと別の棚には、なにが入ってるのかよくわからないガラスの入れ物も沢山並べられてる。

 理科室の標本で似たようなのを見たことがあるけど、なにが入ってるのか全くわからない。

 

 僕はもっと見たくなって、つい部屋の中に入ってしまう。

 

 部屋の中をゆっくりと進むと、なんとなく部屋の形がわかってきた。

 多分だけど、ほんとは教室くらいの広さの倉庫なんだと思う。

 

 壁はレンガで覆われてて、天井は木なんだけど、けっこう高さがある。

 

 天井には木製の大きな扇風機みたいなのがゆっくり回ってて、他にもクジラやシャチみたいな大きな動物の剥製みたいなのも吊してある。

 すごい迫力、これってもしかして深海棲艦の模型なのかな。

 

 部屋の中央には、僕の背よりも大きな地球儀が置いてある。

 表面にはすごく沢山の線が引かれてて、他にも色んな場所にメモのような紙が沢山貼られてる。

 

 なんだろう、もしかして世界にある、なにかを探してたのかな?

 

 さらに奥に進むと、社長さんが使うような大きな机や、なんだか手術室にありそうなステンレスの大きな台、水道やコンロのあるキッチンみたいな場所も。

 大きな台の近くのガラス扉のついた棚には、なにに使うのかよくわからない不思議な形の工具や刃物が沢山並んでる。

 

 たぶん、見たことないけど、物語に出てくる魔女だったり、それか学者さんの研究室ってこんな感じなんじゃないかなって思う、そんな部屋。

 

 そしてなにより、不思議な匂いがする部屋だなって思った。

 

 古い紙の匂いと、赤城さんの病院でたまに通りかかった部屋から香ってくるような薬の匂いの混じった感じで、えっと、なんだろう。

 でも薄い匂いじゃなくて、もっと生っぽい感じの匂いも、これは……血の、匂い?

 

 よく見ると部屋の奥のほうに、入り口とは別の扉がある。

 匂いはそのちょっとだけ開いた扉の向こうから流れてきてるみたいだった。

 

 僕は思わず、つばをゴクリと飲み込む。

 なんだか、あの扉の向こうには行ってはいけない気がした。

 

 でも、どうしてかその扉のほうに向かって足をすすめ―――

 

 

「おや……これはこれは、こんな所に珍しいお客さんだ」

 

 

 突然、入り口のほうから冷たい声が聞こえて、慌てて振り返る。

 そして心臓がバクンッ! って跳ねるくらい驚いてしまった。

 

 だってそこには……

 

 まるでお化けみたいな女の人が立っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『正規空母:Graf Zeppelin』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女の人をお化けみたいっていうのは、自分でも失礼だと思うんだけど。

 

 赤と黒のラインが入った真っ白な帽子と服。

 その軍人さんみたいな服の、白い部分と同じくらい白い肌。

 

 左右からたれてる長い白金色の髪。

 

 そしてすごく美人なのに、なんだか、美人すぎて怖いのか、怖すぎて美人なのか。

 どっちなのかわからない、作り物のような綺麗な顔。

 

 そんな綺麗な顔についてる灰色の目でじっと見つめられると、とても怖くて。

 本当にお化けみたいって、思ってしまったんだ。

 

「まぁこんな所にいる以上、望んでこの場所に来たか、迷い込んできたのかの二つに一つだろうが。さて……君はどちらかな?」

 

「す、すみません、部屋に勝手に入ってしまって。あの、僕、迷ってしまって……それに鍵が掛ってなかったので」

 

「ほう、それは不思議だな」

 

 お姉さんの灰色の目がすっと細くなる。

 

「え?」

 

「この部屋の出入り口はここだけで、おまけに扉には鍵が掛っていたはずなんだがな」

 

 そのお姉さんは、開いていた扉をゆっくりと閉めてポケットからとりだした鍵を掛ける。

 初めて見るけど、どうやら扉の内側からも外側からも鍵を使ってロックする扉みたいだ。

 

 そしてお姉さんはゆっくりと僕のほうに歩いてきた。

 ゆっくり、ゆっくり、コツンコツンって、固い床をならしながら。

 

 沢山あった棚の一つに背中がぶつかる。

 その衝撃で、棚から何枚かの書類がはらりと落ちた。

 

 目の前を舞い落ちる書類。

 それ見て、僕は思わず後ずさってたんだって気がついた。

 

 お姉さんは、落ちた書類には目もくれず、僕の目の前で立ち止まる。

 そして、とっても冷たい目で僕を見下ろした。

 

「あ、あの……」

 

「ん?」

 

「ぼ、僕は食べても美味しくないですよ……」

 

「……ふむ」

 

 先生が言っていたことを思いだして、自然に出てしまった僕の言葉に、白いお姉さんは片手を顎に当てて考えるような仕草をする。

 そしてゆっくりとかがんで僕と視線の高さを合わせると、こう言った。

 

「本当かどうか確かめるために、鼻か耳か……それとも目玉か。少し千切って食べてもいいか?」

 

「え!?」

 

 一理ある気がする。

 僕は確かに僕の味を知らない。

 

 でも、食べられるのは困ってしまう。

 

「冗談だ」

 

 冗談だってこれっぽっちも思えないような無表情。

 

 なにも言えない僕をしばらく見ていた白いお姉さんは、ゆっくり立ち上がってキッチン? のような場所に移動する。

 そしてヤカンに水をくんで火に掛けると、コーヒーの豆を小さな機械に入れて挽き始めた。

 

 ゴリゴリゴリ

 

 電気で動くと思ったけど、どうやら手で動かすものだったらしく、白いお姉さんはなんというか、すごく正確な速度で機械に付いているハンドルをグルグルと回す。

 

「そう脅えるな。この場所に来られたのは、その資格があったということなんだろう。なら安心するといい、すぐにどうこうはしないさ。君が本当にただの迷い込んだ子供なら……だがな」

 

「あ、あの僕、本当に迷って……」

 

「ああ、それはさっき聞いた。だが私にも立場というものがあってな、幾つか君に聞かなければいけないことがある。心配するな、話をして問題がなければ、ちゃんと外まで連れて行ってあげよう。このグラーフ・ツェッペリンの名にかけて約束する。……君が本当に“ただの迷い込んだ子供”ならな」

 

 同じ言葉を、強調するようにもう一度口にする白いお姉さん。 

 

 あとどうやらこのお姉さんの名前は、グラーフさんというらしい。

 でも立場ってなんだろう、もしかしてとても偉い人なんだろうか?

 

「その、お姉さんはもしかしてここの館長さんだったりするんでしょうか?」

 

 ふとそんなことが浮かんだ。

 何故ならこの博物館で一番偉い人となると、それは館長さんだからだ。

 

「館長? それはどういう意味だ?」

 

 どういう意味って、改めて聞かれるととても難しい気がする。

 館長という言葉の意味は、国語辞典にはどう書いてあるんだろうか?

 

 わからないのでなんとか知っている内容で説明を考える。

 

「えっと、本や資料がいっぱいあったり、絵や物がいっぱいあったり……なんだろう、世界にとって忘れたくない大切な記憶や情報を保存する場所……その場所を守る人でしょうか?」

 

「……」

 

 僕がなにかおかしなことを言ってしまったせいなのか。

 グラーフさんはほんの少しだけ驚いたような表情をする。

 

 そして唐突に口元をゆがめた。

 

「くっ、くくく、くっくくくく、あはっ、あははははは、はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、あっは、あはははははっ、あはっ、あはははははっ、はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、あっは、あはははははははははっはっはっはっはっ!!」

 

 グラーフさんは口元だけで笑う、とても長い、何秒も、何分も。

 

 そしてピタリと笑いをとめた。

 

「君の分のコーヒーも淹れてやろうか、少年」

 

「え……あの、いいです。僕コーヒー飲めないので……」

 

「それは残念だ、毒でも混ぜてやろうと思ったんだがな」

 

「へ?」

 

「冗談だ」

 

 さっきと同じ、冗談だってこれっぽっちも思えないような無表情。

 

 もしかしてグラーフさんは怒ってるんだろうか。

 僕はなにか、言ってはいけないことを言ってしまったんだろうか。

 

 グラーフさんは機械で挽き終えた粉を、コーヒーを作る為のカップのようなのに、一杯ずつ、丁寧にゆっくりゆっくり、スプーンですくって振りかけるように移していく。

 

「さっきは驚かせたな、私だって館長の意味ぐらいは知っている。ただ、君の説明があまりにも的を射ていてつい笑ってしまった。―――……と、言うのもな、ここは一人の憐れな男の頭の中のような場所なんだよ」

 

 僕はぐるりと部屋を見渡す。

 

 あちこち無造作に並べられてる紙の束だけど、それぞれになんだか、不思議な規則性があるような気もする。

 なんでそう思ったかっていうと、棚やかご、ガラスの入れ物、色んなところに数字や記号が書かれていたからだ。

 

「頭の中……」

 

 ふと、さっき床に落ちた書類の一枚が目に入る。

 

『調査結果45:戦闘環境〔ストレス・疲労等による性能の変化状況〕』

 個体:観察対象1号 駆逐艦■■■

 状態:重度の疲労状態 分類名称『赤』

 コンディション値:推定 15

 補足:観察対象1号は■■■海域にて

 ■■■:■■■の攻撃により轟沈。

 

 難しい漢字が沢山あって意味はわからないけど、なんだか少し怖い。

 

「そこに座りたまえ、少年」

 

 コーヒーの粉を移し終わったグラーフさんは、大きな机の椅子を動かして僕に向かって座る。

 そして僕には近くにあった丸い椅子に座るようにすすめてきた。

 

 言われたとおりに、僕は椅子に座る。

 

「改めて名乗ろう。私は航空母艦グラーフ・ツェッペリン。“ここ”に所属する正規空母の艦娘だ」

 

「あっ、ご丁寧にありがとうございます。えっと、僕の名前は―――」

 

「ああ、いい、君は名乗らなくていいんだ少年。君が名乗るのは、私がそれを聞いたときだけだ」

 

 すっと人差し指を立てて、口元に当てるグラーフさん。

 

 なにか違和感がある、えっと、なんだろう。

 あれ? グラーフさんは僕に名乗った?

 

 大切な自分の名前であるはずの艦娘名を?

 

 でも、なんだか赤城さんや加賀さんや、翔鶴さんに瑞鶴さん、今まであってきた僕を提督だって言ってくれたお姉さんたちとはどこか、様子が違うような。

 

「さて、単刀直入に聞こう。君は艦連か例の残党どもか、もしくはそれ以外の組織、その他の個人に送り込まれた存在か?」

 

「えっと、違います」

 

「……次の質問だ、君がここに来た目的はこの部屋の破壊、もしくはなにかを盗む為か?」

 

「え、ち、違います」

 

 一瞬なにを聞かれたかわからなかったけど、なんとか答えられた。

 

 でも、グラーフさんは僕の言葉が信用できなかったのか、立ち上がって僕の目をのぞき込む。

 息が掛るような近い距離、グラーフさんは更に僕の手を取って、手首に指を当てて、なんだろ、わからないけど脈拍を数えてるように思う。

 

「……嘘ではない、か。いいだろう、もし君が嘘をついていたなら、その年で相当特殊な訓練を受けたか、運命によって授かった天性の才を持つ嘘つきということになるな……」

 

 なんだかとても物騒なことを聞かれてしまった。

 いまさらだけど、ここって本当にとんでもない場所だったのかな……。

 

「安心するがいい、質問は以上だ。ひとまずは、だがな……まあせっかくだ、コーヒーができるまで少しおしゃべりでもしないか?」

 

 安らいだように感じたけど、なんだろう。

 グラーフさんはまだどこか、緊張を解いてないような。

 

 でも考えても仕方がないので、僕はその言葉に頷く。

 

 それを確認してグラーフさんは椅子に戻る。

 そしてゆっくりと腰を下ろすと、手と足を組んだ。

 

「ではなにか話題を……そうだな、さっきの話の続きというわけではないが。少年、君は運命というものを信じるか?」

 

「え、はい」

 

「おや? 君は幼いのになかなかはっきりとした価値観があるようだな」 

 

 おばあちゃんが話していたことを思い出す。

 私たちはみんな、運命を生きているって。

 

 最初はどういう意味かわからなかったけど、艦娘であるおばあちゃんのお母さんのことを教えてくれるとき、必ずその言葉が出てくるので、いつの間にか僕もそう思うようになっていた。

 

「確かに、命あるものには誰しも、運命がある。生まれた命と等しい数、生まれた意味がある」

 

 グラーフさんは僕のほうをじっと見ながら、淡々と口にする。

 

「ところでこの部屋の主であるその男は、いったいどんな人間で、どんな運命を歩んだと思う?」

 

 それは答えなきゃいけない質問なんだろうか?

 でも、怖くてそれを聞く勇気がない。

 

 なので、僕はその質問の答えを考える為に、改めて部屋を見渡す。

 グラーフさんの話し方からして、おそらく、もういなくなってしまった人の部屋。

 

 沢山の書類、沢山の本、沢山の地図、沢山のビン。

 手術台のような設備、大きな机、深海棲艦の模型。

 

 なにかを隠すように割り振られた分類番号。

 そしてなにかを探していたような痕跡がある地球儀。

 

「えっと、学者さんみたいな頭のいい人だった気がします。でもその……どこか、怖い人だったんじゃないかなって。あとなんだろう、なにか隠すのが上手そうで、そんな感じも……学者さんはなにかを調べたり探したりする人のことですよね。ならその、なにかをみつけられたか、みつけられなかったか、そんな運命でしょうか?」

 

 僕の考えを聞いて、グラーフさんの揺れていた足がピタリと止まる。

 そして、ちょっとだけ、どこか驚いた表情をうかべた。

 

「―――君は幼いのに、実に観察力がある。そして考察力も……な」

 

 グラーフさんは組んでいた足を組み替えて、机を指で叩く。

 トン、トン、トンって。

 

 そしてなにかを思い出すように、眉間にしわをよせて目を閉じる。

 それはまるでなにか辛いことを思い出すようで―――

 

「だが、あまりわかったようなことを言うのは感心しないな?」

 

 すごく、すごく冷たい声、背筋が凍るようなグラーフさんの声。

 僕は驚いて思わずビクッてなり、グラーフさんは目を開いて僕を睨む。

 

「いや、わかっているからこそ忍び込んだのか? 確かにこの部屋の主であった男の正体を知っていたなら、ここにあるものの価値がわかるだろうな」

 

「ち、違います、僕は本当に―――」

 

「黙れ」

 

 怖い。

 

 言葉の意味ではなく、グラーフさんそのものが怖い。

 僕が子供でも大人でも、男でも女でも、弱くても強くても。

 

 どんな存在だったとしても平等に刺さるような、そんな鋭い怖さ。

 

 まずい、グラーフさんは確実に怒ってる。

 

「話を戻そうか……そうだ、そうは言ったものの、悔しいが君の考察は正しい。この部屋の主はな、難解な数式すら解明できる頭脳。無垢な子供のような残忍さ。どす黒いタールのような執念を抱えながら、それを微塵も感じさせないような仮面をかぶることができ。口がうまく、周りは元より自分すらだまし抜けるような精神の持ち主だったよ」

 

 その暗いなにかかが這い回るような言葉を聞いて、僕はまるで心臓が掴まれた気持ちになった。

 

 グラーフさんが、その人にどんな感情を持っているのかわからない。

 でも、たぶん僕には一生かかってもわからないような、複雑で恐ろしく重い感情だと思う。

 

 いつのまにか、グラーフさんの視線は僕ではなく、ここにはいない誰かを見てるように感じる。

 

「騙されてるとも知らず、誰もが男を立派で優秀な人間だと口にしていたな。ああ……だから世界は男を利用しようとした。他人など嫌い、見下し、己の優秀さを自覚して世界の隅で静かに暮らしながら優越感に浸っていられれば楽だったろう。そう男がそう望めば私たちだって共に……。だが運命が男を逃がさなかった……しかし男とてただで利用されてやるような可愛い存在ではない。いや、なかったはずなんだ、そうさせるものかと私たちも……その結果があれか? 何故だ、男は自らの運命を予測できたはずなのに、それを迎え撃つつもりだった? それともなにかに利用した? まさか愚かにも受け入れたのか? それとも男の望みは叶っていたのか? それを知りたい、だがもう知ることはできない、できない、できない、できない、できない。―――……ところで君は……あの結末を、その愚かで憐れな男にふさわしい運命だったと思うか?」

 

 グラーフさんがなにを言っているのか全然わからない。

 僕しかいないはずなのに、誰に向けて話してるのかも。

 

 すごく早口で、ずっと無表情で、口元だけが動いてて。

 

「え、えっと?」

 

 なにも感情なんてないような表情なんだけど、その、やっぱりすごく怒ってて、あと悲しそう。

 そして僕の答えを聞かず、グラーフさんは突然立ち上がって叫ぶ。

 

「ふさわしかったに決まっている! 何故なら誰も彼もが男を讃えたじゃないか! 男の犠牲で戦争に勝てたと、尊い犠牲だったと! だが……本当にそうか? 戦争が終わって、月日が流れた今となってはどうだ? あの愚かで憐れな提督のことを、そして一緒にいった彼女たちの本当の姿を、今、生きて覚えているのは何人だ?!」

 

 両手を高く広げて、まるで世界に問いかけるような。

 それまで見てたグラーフさんとは思えないような、悲痛な叫び声。

 

「考えても、悩んでも、笑っても無関心に時間は進む。だから辛かった過去を思い出にして、男がいなくなった現実も受け入れて、前を向く方が建設的……確かにそうだな!! だがそう簡単に割り切れるものではない!! 誰もが男を過去のものにして忘ることができるように、誰もが前に進めるわけじゃない、誰も、彼もが!!」

 

 火に掛けてあったヤカンの水が沸騰を始める。

 温度が上がるごとに大きくなるピーピーって音。

 

「ああそうだ、忘れられるものか、忘れてやるものか!! あの、愚かで憐れで、かわいそうな“私の提督”のことのなにもかもを!! だからここにあるものは渡さない!! ここにあるの、全て!! 誰にも渡してなるものか!!」

 

 限界まで大きくなったヤカンの音が、部屋に響き渡る。

 グラーフさんの大きな声と、ヤカンの大きな音が合わさって、頭の中が変になりそうになる。

 

 でも、それ以上に、グラーフさんの悲しい感情が伝わってきて……。

 

「そうさ、だから私はここを守るんだ……」

 

 すっと、グラーフさんの心の波が落ち着くように、静かな声に戻る。

 さっきまでの凍るような冷たい声でもなく、火山が噴火するような声でもなく。

 

 ただ、なにかを諦めたような、疲れた、静かな声に。

 

「全てを秘めて己と周りを騙し続け、なにかを探して探して探して探して、その果てに海の藻屑と散った、愚かで憐れでかわいそうな私の提督の……頭の中のようなこの場所をな」

 

 グラーフさんはコンロの火を止めて、やかんのお湯をコーヒーを作る機械に注いだ。

 ちょっとずつ、ちょっとずつ、ゆっくりとたらすように。

 

 まるでそれは、グラーフさんが泣いてるように見えた。

 

「……あ、あの、聞いてもいいですか?」

 

「なんだ少年、なにか疑問か? それともお得意の考察か? いいだろう、言いたいことがあるなら今のうちに言っておけ」

 

 グラーフさんの刺すような言葉に、僕は怯む。

 

 確かに今から僕が聞こうとすることや言いたいこと。

 それはグラーフさんにとっては、大きなお世話なのかもしれない。

 

 もしかしたらまた、グラーフさんを怒らせるかもしれない。

 

 でもやっぱり、これは聞いたほうがいい。

 そして言ったほうがいいことだって、思う。

 

「えっとですね、他の人はともかく、お姉さんもその男の人……いえ、グラーフさんの提督さんのことを……その、愚かで憐れで……かわいそうって、思ってるんですか?」

 

「何度もそう言ったはずだが?」

 

 僕が聞いたことに、グラーフさんはその通りだっていう答えを返す。

 でも、やっぱりそれは嘘じゃないかなって思う。

 

 なぜなら、僕たちがいる世界では運命の存在を証明することはできないけど、運命の存在を信じることはできる。そして運命なんて無いって必死に否定する人ほど、運命の存在を強く感じて、それが怖くて必死に否定してるように思う。

 

 だから、僕は思ったんだ。

 

「でも、グラーフさんは心のどこかで、そう思ってないから、そう思うのが怖いから……だから苦しそうで怒ってるように見えるんです」

 

「……ほぅ、なにを根拠にその不愉快極まりない考えに至ったのか、どうか教えてくれないか?」

 

 グラーフさんが険しい目で僕をにらみつけてくる。

 さっきみたいに背筋が冷たくなるような声で聞いてくる。

 

 そして、僕の襟を掴んで締め上げる。

 

 苦しい、とても苦しい。

 

 手加減してくれてるのか、なんとか喋ることは出来る。

 

 でも、もう黙ってしまいたい。

 でも、やっぱり言わなきゃいけない。

 

 昔おばあちゃんに、きらいだって言ってしまったことがある。

 僕は後で、そのことをとてもとても後悔した。

 

 だから、好きな人のことを悪く言ってしまうのは、とても悲しいことのはずだ。

 

「うっ、ぐぅ……こ、根拠とか、僕も上手く言えないんですが……僕にはグラーフさんが、その提督さんが愚かで憐れでかわいそうだったからって、同情の気持ちだけでこの場所を守ってらっしゃるようには見えないんです。……少なくともグラーフさんはその提督さんのことを、今でも大切に思っているように思えます」

 

 グラーフさんが何度も何度も、彼女の提督に向けて言ってる、憐れだって、愚かだって、かわいそうだって言葉は、そう思い込もうとするために言ってるんだと思う。

 

 でもグラーフさんは今でもその男の人のことを、とてもとても、すごい人だって、憐れなんかじゃないし、かわいそうでもないって、そう心のどこかで感じてるはずなんだ。

 

 だけど、きっとそう思えなくなるようなことが、グラーフさんに起きたんだと思う。

 それがなにかはわらないけど。

 

「それにこの部屋を見ても、グラーフさんの話を聞いても、その提督さんがどんな最期を迎えられたにしても、とってもすごい人だったんだなって、そう思います。確かに僕はその提督さんの運命の終わりが、どうなったのかは知りません。でもやっぱり、グラーフさんの提督さんはきっとすごい人だったはずです」

 

 グラーフさんが言うには、僕には観察力と考察力があるらしい。

 なら、僕がそう思ったなら、それはグラーフさんにとっての根拠になるはずだ。

 

「そして……もしグラーフさんにそう思ってもらえてたなら、その提督さんは誰がなんと言おうと、愚かでも、憐れでも、かわいそうでもないはずなんです」

 

「……」

 

 あ、しまった。

 

 つい勢いで、色々と言ってしまった。

 わかったようなことを言うなって、さっき怒られたばかりなのに。

 

 僕の言葉に呆れてしまったのか、グラーフさんはゆっくりと手を離してくれた。

 

「……あの、注意してもらったのに、またなまいきなことを言ってしまってすみません。あと、その、そんな大切な場所に勝手に入ってしまって、本当にごめんなさい」

 

 なので僕は改めて頭を下げる、グラーフさんの大切な人の、その思い出の場所に無断で入ってしまったことに。

 グラーフさんはそんな僕をしばらくじっと見ていたけど、ふっと視線を外した。

 

「はっはっ」

 

 そしてグラーフさんは天井を見上げて、ほんの一瞬、煙を吐くように笑う。

 ちょっとだけ目に涙をためて、さっきよりすごく短い笑い声で。

 

 でも、さっきよりすごく自然な笑い。

 

 しばらく天井を見上げていたグラーフさん。

 やがて、さっきの姿が幻だったように、無表情の顔に戻る。

 

「君は幼いのに、実に観察力がある。そして考察力もな。素直に謝ったことに免じて、失言と部屋に入ったことは大目に見てやろう」

 

「……ありがとうございます」

 

「そうだ、君の分のコーヒーも淹れてやろうか?」

 

「……僕コーヒー飲めないので」

 

「それは残念だ、次までにミルクと甘い御菓子を用意しておくとしよう」

 

 ほんの少し、ほんの少しだけど、さっきまでと違う、どこかトゲがとれたような雰囲気。

 そしてグラーフさんは壁に掛っていた電話を取って、ダイヤルを回す。

 

「プリンツか? 時間が無いから手短に話す。迷子の子供をみつけてな、悪いがこちらに誰か適当な……いや、口が堅くて信用できる者をよこしてくれないか。―――……大丈夫だ、ただ迷い込んでしまった子供だ、私が保証する。―――……ああ、わかってる。だがもう“提督”は必要ないだろう? ―――……ああ、事が大きくなる前に逃がしてやりたい、頼む」

 

 それから色々と話してたけど、内容的にすごく頑張ってお願いしてくれてる感じ。

 改めてなんというか、本当にとんでもない場所に僕は迷い込んでしまったらしかった。

 

「運がよかったな少年、君はここを生きて出られる」

 

 電話を切ったグラーフさんは、恐ろしいことをさらりと言う。

 

「……あの、もしかして生きて出られない可能性があったんでしょうか?」

 

「ああ、そうだ」

 

「じょ、冗談ですよね?」

 

「……ふふっ、ああ、冗談だ」

 

 不思議な笑みを浮かべ、グラーフさんは扉まで歩いて行って鍵を開ける。

 そして重い扉を軽々と開いて僕のほうを見た。

 

「ここ出てまっすぐあちらに行け、迎えを呼んだから誰かかがいるはずだ。あと、この部屋に入ったことは絶対誰にも話しては駄目だ……わかったか?」

 

「はっ、はい」

 

「よろしい」

 

「あの、その……ありがとうございます、お姉さん」

 

「いいさ。あと名前も今更だな、グラーフと呼べばいい」

 

「えっと、ありがとうございます、グラーフさん」

 

「うん」

 

 僕がお礼をいうと、グラーフさんは寂しそうに。

 でも、確かにちょっとだけ微笑んでくれた。

 

 色々と聞きたいことがある気がしたんだけど、急いだほうがいいんだと思う。

 グラーフさんが苦労してくれたんだから、それは無駄にしてはいけないはずなんだ。

 

「ああ、そうだ言い忘れてた」

 

 急いで扉をくぐろうとしたら、そっと首を抱くようにして背後から絡みつかれた。

 耳にグラーフさんの温かい息がかかる。

 

 驚いた僕が思わずビクリってすると、グラーフさんは囁くように笑った。

 そして僕の髪の毛に、整えるというよりも乱すように指を入れてくる。

 

Danke(ありがとう). 君のおかげでなにかわかった気がする、なにか……。これはお礼だよ」

 

 チュッっていう音と、僕のほっぺたに柔らかい感触があった。

 

「……―――じゃあな少年。いつか、ここではないどこかでまたあおう」

 

 そう囁いたグラーフさんが、どんな顔をしていたのかわからないけど。

 どこか、ずっと背負っていたものが下りたような優しい声に聞こえた。

 

 そしてグラーフさんは振り返ろうとする僕の背中を押して、ドアを閉めた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 暗い廊下、扉の上の赤いランプ。

 僅かな灯りしかない暗い廊下。

 

 ちょっと前に通ったばかりなのに、ずいぶんと久しぶりにも感じる。

 

 僕は少し怖かったけど、やっぱりここにずっと立ってても仕方が無いので前に進むことにする。

 

「恐い?」

 

 少し歩いて進んだ廊下の先に、僕が追いかけていた女の子が立っていた。

 いや、突然現れたっていうほうがしっくりくるというか、思わずドキッとする。

 

 この子がグラーフさんが言っていた迎えなのかな?

 

「君は……誰なの?」

 

 僕の問いに答えず、女の子は歩き出す。

 しょうがなく僕は彼女の後を追う。

 

 どれだけ歩いたのかわからないけど、ようやく一つの扉の前にたどり着いた。

 

「ここ」

 

 女の子は、案内はここまでって感じで足を止めて僕のほうを見つめる。

 この女の子にも色々と聞きたいことがあった気がするんだけど、きっと聞いてもなにも答えてくれないのはわかってたので、僕はその扉を開ける。

 

 すごく眩しい、咄嗟に目をそらしたら、袖をクイクイって女の子に引かれた。

 

「まって……。ユーの提督から、貴方に伝言がある」

 

 自分の提督。その言葉を使うのは艦娘の場合がほとんどだ。

 この女の子も艦娘なのかな?

 

「例え妖精の気まぐれだったとしても、また、君のその姿を見ることができて嬉しい。どうか息災で。空の守護者、我らのスカイキャプテン…………ウッシッシ」

 

「え?」

 

「ごめんなさい、ウッシッシはいらなかったみたい」

 

「いや、そうじゃなくてですね」

 

「じゃあ」

 

「あ、あのっ!」

 

 彼女はトンッって、僕を押して扉の向こうに突き飛ばす。

 瞬間、周りの景色が不思議な光に包まれて、なにも見えなくなった。

 

 

 

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 -

 

 

 

 気がつくと、僕は博物館の中にある小さな展示室の、古い写真の前に立っていた。

 所々やぶれて欠けてたり、色も薄くなってるし、なにも説明が見当たらないんだけど、沢山の水着の女の子たちが笑いながら歩いてる、なんだかとても優しい感じの写真。

 

 たぶん、戦史時代の潜水艦の艦娘さんたちの写真なんだと思う。

 

 そして気がついた、その中に写ってる女の子の一人。

 一瞬見間違いかと思ったんだけど、それはあの金色の髪の女の子だって。

 

 どうして見間違いって思ったかっていうと、その写真の中の女の子は陽に焼けててまるで別人みたいで、なによりさっきまで見ていた感じと違って、とっても楽しそうに笑ってたから。

 

 僕はもっとその写真を見てたかったんだけど、僕を呼ぶ健太くんの声が聞こえてきたから、慌ててそっちに行くことにする。

 

「おま、どこいってたんだよ」

 

 その言葉に答えようとしてちょっとつまる。

 

 妖精みたいな女の子を追いかけて。

 不思議な部屋に迷い込んでしまい。

 お化けみたいな女の人と話をした。

 

 改めて思い返してみると、なんだか夢を見ていたような気分になる。

 それにグラーフさんは言っていた、部屋に入ったことは誰にも言うなって。

 

 だから僕は……

 

「えっと、ごめん、迷ってた」

 

 そう答えた。

 

「はぁ? まあいいけどさ、もうすぐ集合時間だからひとまず表に行こうぜ」

 

「うん」

 

 深いことは聞かず、僕を許してくれる健太くん。

 普段は空気読まないのに、大事なときだけ空気を読んでくれる僕の友達。

 

 僕は健太くんと入り口に向かって歩く。

 途中、庭で誰かに怒られてるびしょ濡れの女の子が見えた。

 

「ねえ、あれ」

 

「ん? ああ、あの子あれだよ、“大鳳”って艦娘の。なんか庭の池に立ってなんだっけ、偵察機っていうのを飛ばそうとして失敗したらしいぜ」

 

「なんで偵察機?」

 

「さぁ、捜し物でもあったんじゃないの? なんか艦娘変わりの最中だったせいだったのか、うまくいかなかったみたいだけど。池の水が半分くらい舞い上がって、けっこう騒ぎになってたぜ」

 

「なんだか大変だったんだね」

 

 詳しく聞くと、そのあと博物館の館長さんが慌てて飛んできて、お説教を始めたんだとか。

 袖のない白いワンピース姿を着た茶色い髪のお姉さん、あの人が館長さんなのかな。

 

「あの人が館長さん?」

 

「そうみたいだぜ、あの人も艦娘なんだってさ」

 

 そっか、やっぱりグラーフさんは館長さんじゃなかったみたいだ。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 あのあと、集合時間には間に合ったんだけど、ほとんど時間が無くてなにも見て回れなかった、とてもマズイ。

 

 作文の提出は休み明けなので、もう一回あの博物館に行くしかない。

 でもなんとかお土産は買えたので、おばあちゃんに報告してからにしよう。

 

 僕は休みの日にもう一回この博物館に行けるだけのお金が残っているか確認しようと、ポケットにある財布をとろうとした。

 

 すると、ポケットに入れた覚えのないなにかの冷たい感触。

 

 不思議に思って取り出すと、鈍い金色で薄い円の金属のようなものが出てくる。

 なんだろ、懐中時計に似てるけど。

 

 調べようといじっていたら、カチッと蓋が開いて赤と白の針が浮いてるのが見えた。

 

 コンパス?

 

『……これはお礼だよ』

 

 グラーフさんの言葉を思い出す。

 これはグラーフさんが僕のポケットに入れた物なのかな?

 

 ふと、乗っていたバスが街を見渡せる道に出る。

 

 

 ここは『艦夢守市(かんむすし)』

 

 

 大きな港があり、その港と街の周りをぐるっと山に囲まれている、そんな立地の場所。

 都会とまではいかないけれど、それなりに騒がしくてそれなりに穏やかな大きさの街。

 

 そしてこの街には一つの噂がある。

 それは提督適性者が集まるという噂だ。

 

 この街には沢山の人間と、いるかもしれない提督適性者たちと、その噂を聞いてやってきた割と多くの艦娘たちが平和に暮らしている。

 

 つまり、ここが僕の住んでいると―――あれ?

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 艦夢守市にある、とある提督が住む家。

 

 その家の一室に正座をしている正規空母の艦娘たちがいた。

 もちろんみんな大好き正規空母の、赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴だった。

 

「さて、一航戦と五航戦の皆様方。初めまして、あの子……いえ、皆様方の提督の『姉』である蒼龍です。姉といっても血縁的な意味ではありませんが、おばあさまからはなにかあったときの後見人としてご指名いただいている弁護士でもありますし、生まれたときから面倒を見てきたという自負もありますので、まぁ、姉といわせていただいても問題ないかと。あの子も私のことはおねえちゃんと呼んでくれていますので」

 

 彼女たちの前に立つのは、ニッコリスマイルを浮かべる艦娘。

 彼女の正体は、二航戦のやばいほうと呼ばれる、蒼龍。

 

 彼女もまた、正規空母の艦娘である。

 

「皆様のことは弟から色々と聞かせていただきました、ええ、色々」

 

 そう言ってニッコリスマイルを、より深く重く浮かべる蒼龍。

 その迫力は常人が見たら冷却水を放水するレベル、バラスト全開である。

 

 その証拠に加賀、翔鶴、瑞鶴の三人は、プルプルと震えている。

 

 でも赤城さんだけは申し訳なさそうな顔で平常心、さすが一航戦のやばいほう。

 あと改二実装おめでとうございます。

 

「まぁ、皆様と同じあの子を提督に持つ身なので、色々と気持ちはわからなくもないんですけど。あの子が提督であることを受け止められる年齢だって……本当に思われたんですか?」

 

 自らもまた、弟が提督である蒼龍は、そのことを弟には黙っていた。

 

 まだ幼い弟が、艦娘と提督という難しい問題について、ちゃんと考えられる年になるまでは、姉と弟という関係でいたほうがいいだろうという配慮からだ。

 もっとも、その配慮は完全に無駄になってしまった訳なのだが。

 

 

「あ、あのですね、蒼龍さん……」

 

 恐る恐るといった感じで、トップバッターを飾った百万石の加賀が口を開く。

 

「お聞きしましょう、隠し撮りの写真を弟に見られて防犯笛を鳴らされた加賀さん」

 

 蒼龍航空隊の急降下爆撃。

 

 着弾、加賀さん大破。

 加賀「飛行甲板に直撃。そんな……馬鹿な」

 

 

「えっと、それには理由がありまして……」

 

 続いて銀翼の姉鶴、翔鶴が口を開く。

 

「どんな理由でしょうか、なにもわからない弟を抱きかかえてどこかに連れて行こうとして、防犯アラームを鳴らされた翔鶴さん」

 

 蒼龍航空隊の急降下爆撃。

 

 着弾、翔鶴ねえ大破。

 翔鶴「やられました! 艦載機発着艦困難です!」

 

 

「ちょ、そんな言いかたって……」

 

 その言葉に幸運の妹鶴である瑞鶴が姉の援護を開始。

 瑞鶴航空隊全機発艦する。

 

 瑞鶴「これが私の、決戦だから!」

 

「あら、初対面の提督に爆撃されたいのと言った方のお言葉を聞かせて貰いましょうか。デパートの中で提督を脇に抱えて暴走した瑞鶴さん」

 

 蒼龍の防空ターン、対空見張りも厳として。よろしくねっ!

 

 瑞鶴航空隊、だめです、艦載機全機、撃墜されました!

 瑞鶴「か、艦載機がある限り、ま、負けないわ……」

 

 

「そしてなんでしょう、提督のベッドに潜り込んだ赤城さん。それと、おばあさまの手術の件は本当にありがとうございます、心からお礼を」

 

「あの、私はまだなにも……あと、その件については医師として当然のことをしたまでですので」

 

 ちょっと困り顔の赤城さん、とてもかわいい。

 

 あと改めて改二実装おめでとうございます。

 気分がとても高揚します。

 

 

「……はぁ、ですがもう過ぎたことですし、皆さんこれからどうするか話し合われたとお聞きしてます。私もそれに加わりますので、改めて話し合いましょう……。正規空母の艦種適性なんて前代未聞なので……正直、私も皆さんが力になってくれるならすごく心強い部分があります……飛龍はまぁ、おいといて」

 

 蒼龍的に真っ先に頼りにしたい艦娘的な相棒である飛龍だが、残念なことに彼女はまだ学生。

 艦娘的にはともかく、社会的な力はほとんど持っていない。

 

 いまは少しでも提督の艦娘全員の立ち位置を明確にして、結束と立場を強めたい。

 

 戦後から長らく、艦種適性の提督は数例しか確認されていない、それほどまでに希少。

 全体的に総数の少ない正規空母とはいえだ。

 

 いや、正規空母の艦種適性だからこその貴重さがある。

 

 それこそ少し考えれば、それがどういう価値を持つのか“子供”だってわかるはずだ。

 

「ともかく、まずはあの子になんて説明するか―――」

 

 蒼龍の声を電話の音が遮る。

 

 話の腰を折られた蒼龍は、少し不機嫌な表情を浮かべて電話を取る。

 電話は、赤城が院長を務める南雲病院からだった。

 

 

 




 
じつは一歩間違うと、大好きな絵の中に閉じ込められたレベルの結末になってたとかなんとか。
好感度が高くても低くてもアウトだった、激ムズの生還ルートをつかみ取った僕に拍手。

あと不思議な話が書きたくて、本編に関係ない怪しい謎を更にばらまいてしまった気が。
反省はしてる気がするので、いつかどこかで回収したい、気が、します。
 

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