提督をみつけたら   作:源治

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お待たせしました。
なんとか、生きてます。

※夏の恒例かもしれないソフト長編回、二万文字くらいあります。
 


『無職男』と『駆逐艦:親潮』

 

 無職だが無収入ではない。

 

 ちなみに現在の収入は働いてた頃の月収、【自主規制】分の一くらい。

 週休六日(たまに七日)の仕事でこれは美味しすぎる気がする。

 

 ……これ以上は考えてはいけない。

 

 話は少し変わるが、先日、風邪をひいたせいで中止になった陽炎姉妹草野球。

 その埋め合わせが今日ある、っていうか真っ最中。

 

 そんなわけで勤勉な俺は、夏真っ盛りのクソみたいな日射しが降り注ぐ中、河川敷の球場で汗を流しながら審判の定位置についていた。

 

 カゲロウ揺らめく球場では二チームに分かれた姉妹たちが、お互いしのぎを削って戦っている。

 マウンドではちょうどピッチャーの不知火が振りかぶり、バッターボックスにはそれを迎え撃たんとする嵐。

 

 九回裏、ツーアウト、点差は一点。

 

 その髪の色ちょっと派手過ぎないかと、こっそり思っているピンクの髪を揺らして放たれた不知火の速球は、嵐のシャープなスイングに捉えられた。

 

 カキーンという甲高い金属音、打球はライト前に落ちる。

 

 普段は仲良しだが、それとこれとは別問題といわんばかりな俊敏な動きで、ライトを守っていた舞風がワンバウンドした球をグローブに収め、一塁を守る秋雲に放り投げる。

 

 人数の都合上、俺一人で本来複数人の審判が見る全部のポジションを見なければならない。

 誤審の可能性があろうと、そして誤審をしようと、審判であるこの俺の判断は絶対である。

 

 でも抗議は認める、その場合はジャンケンで決めろ。

 

 そんな融通と機転が利かせられる素晴らしい審判である俺は、別にそこまでよくない目を見開いて、秋雲のグローブに球が収まってるのを確認し、高らかに宣言をした。

 

「アウトゥッ!!」

 

 九回を投げ切ってテンションが上がっていたのか、珍しく感情を全身で表現するかのようなガッツポーズをする不知火。

 そしてマウンドに走ってきた秋雲とハイタッチ、さらにマウンドには内野だけでなく、キャッチャーの黒潮や外野を守っていた舞風たちも集まってきて、皆で完投投手である不知火の胴上げを始めた。

 

 青空まで届くように不知火を上げ、全員楽しそうに笑っている。

 

「ふぅ、接戦だったわね」

 

 気づけば負けチームのキャプテンである陽炎が隣に居た。

 

 手にはタオルが握られている。

 派手に一塁ベースに突っ込んで、土まみれになった嵐の顔を拭く為だろう。

 

「嵐にゃ悪いが俺はホッとしてるよ、この暑さで延長戦はかんべんしてほしいからな」

 

 打ち取られて戻ってきた嵐は、微妙に落ち込み気味の表情を浮かべていた。

 元気のない嵐にねぎらいの言葉をかけつつ、頭の土を払う為にガシガシと撫でる。

 

 不知火の球をあそこまで運べただけでも大したもんだ、俺なら空振りできるかも怪しい。

 

「ちくしょう、不知火ねえの速球と、黒潮ねえのやらしいリードの組み合わせはキツイんだよぉ」

 

 嵐が弱音を吐く。

 

 少し前に涙を見られたせいか、弱気なところを見せることが多くなった気がする。

 陽炎いわく、甘えてるようなもんだから特に気にせず接してやって欲しいとのこと。

 

「くよくよすんな、次がんばれ」

 

 なので、お仕置きと土汚れの拭き取りも兼ねて、汗で湿った自分のシャツをめくり、嵐の頭を腹の中に包み込む。

 

「きゃあああ! 汗臭いぃいいいいい!!」

 

 セクハラ全開どころか、下手したらおまわりさんこの人ですと言われる行為。

 でもこうすれば、まぁそんなことないとは思うが、負けたチームのメンバーたちが嵐に対してなにか思うところがあったとしても、罰扱いに見えて緩和されるだろう。

 

「ははははは、悔やむなら打てなかった自分を悔やむがいい!」

 

 必死に暴れるも、なぜか抜け出そうとしない嵐の顔と、キューティクルに包まれた癖毛の毛のツンツンした感触を地肌に感じながら、嵐の頭をシャツの上から撫で回す。

 が、途中ふと視線を感じて周りを見ると、なぜか陽炎姉妹たち全員がこっちを凝視していた。

 

 一部のやつは息も荒い気がする、あ、やばたにえん。

 

「……ま、まぁ、くよくよすんな、次がんばれ」 

 

「え、も、もう終わりなのか?」

 

 嵐を解放すると、なぜか名残惜しそうな表情を浮かべていた。

 終わりだよ、汚れも取れたし、これ以上するとなんかお前の姉妹から制裁されそうなんだよ。

 

 だから特に浜風と磯風、お前らそのネットリとした目つきを止めろ。

 

「トゥッ!」「そりゃ!」

 

 なんて不吉な視線から隠れるようにうやむやにしようとしたら、いきなり時津風と雪風だったっけかが左右から飛びついてきた。

 

「ぶへら!?」

 

 陽炎姉妹のちっこい組による左右からのタックル。

 左右からの圧力により肋骨がきしむ、耐えてくれ、俺の肋骨。

 

「きゃー、ほんとに汗臭いね!」

 

「あと煙草のクサイ匂いもします!」

 

「うるせえッ!!」

 

 大人の恐ろしさを教える為、へばりついてきた二人を脇に抱えて、プロレス技のようにくるくる回る。

 一瞬驚くも、すぐに適応して楽しそうにキャッキャと声を上げるちっこいズ。

 

 くそぅ、子供は順応するのが早いな、うらやましい。

 

「そういうッ!」「ことなら!」

 

 なんて一瞬へこみかけてたら、初風と秋雲が後ろと正面から飛びついてきた。

 ややちっこい組の重量がかかり、腰が労災申請。

 

 てか、回転中によく飛びつけたなオイ!?

 

 だが愛と勇気と煙草だけが友達の俺にも意地がある。

 

「なめるなぁああああ!!」

 

 気合いを入れ直して四人を支えながらグルグル回る。

 いや、むしろ遠心力が消えたら崩壊するぞこれ。

 

 そんな不安がよぎる中、次の刺客はじりじりと忍び寄る萩風と舞風。

 いや、それ以外の姉妹も隙あらば飛びかかろうとする気配。

 

 アカン、さすがに六人に飛びつかれたら腰が過労死ラインを越える。

 

 今日より明日より職が欲しい俺にだって意地はある。

 が、意地の量にも底がある、だから止めて、六人は壊れちゃうから!!

 

 いや、ほんとにやばいって、陽炎お前早く止めろ!!

 と、陽炎に視線で助けを求め―――……

 

 

 

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「えー、俺が叫んでから、みなさんが静かになるまで三秒もかかりました」

 

 審判なのに、試合をしていた陽炎姉妹の誰よりも泥にまみれた男がいた。

 

 俺だった。 

 

 どうでもいいけどしがみつかれた人数の記録は八人。

 九人目の磯風で倒壊したが、その記録には自分でもびっくりである。

 

 おそらく陽炎姉妹たちの飛びかかるタイミングと場所が完璧すぎた。

 

 ちなみに五人目は顔にへばりついてきた陽炎。

 なんで率先して長女のお前が飛び込んでくるんだよ。

 

「三秒って普通に早くない?」

 

「うむ、早いな」

 

「そこ、私語するな」

 

 咳払いをして、地べたに座る陽炎姉妹に連絡事項を伝える。

 

「え~、青春真っ盛りのおまえらの夏休みに彩りを加える為、なんということでしょう、俺から君たちにサプライズプレゼントがあります」

 

 ざわざわ、ざわざわ

 

 ふふふ、戸惑っておるわ。

 

「なんと、来週の週末は俺が直々にバスをレンタルして、おまえらを海に連れて行ってやる!」

 

『お……おぉおおおおおお!!』

 

 よほど驚いたのか、微妙に反応が遅れたあとに歓声が上がる。

 ふふ、やはり女子は好きだな、サプライズ。

 

「おまえら、陽炎と相談してしっかり準備しとくように。あと宿題は終わらせとけよ」

 

 どいつもこいつも目をキラキラさせてうなずく。

 

 近くにいた時津風にうれしいかと聞くと、「うれしい!」と叫びながら顔にへばりついてきた。

 ギャー蒸し暑い! と叫ぶ間もなく、負けじと他の奴らも俺に飛びついてくる。

 

 どいつもこいつも、よほどうれしいのかテンションが高いな。

 まさに最高に夏って感じのテンションだ。

 

 でも頼むから飛びつくのは一人づつ順番にしてくれ、頼むんご。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 陽炎姉妹の夏まっさかりウェーブから抜け出した翌日。

 朝起きてポストを確認すると、結婚式の招待状が入っていた。

 

 無職の人間に結婚式の招待状を送るような、頭のおかしな知り合いを幾人か思い浮かべつつ、差出人を見たら見慣れた『前島』の名字。

 

 前島、結婚するってさ。

 

 おかげで強烈にメンタルが低下した。

 最高に鬱って感じのテンションだ。

 

 ついに前島も結婚かと思うと感慨深いものがあるが、どちらかといえば周りの知り合いたちから完全に置いていかれた悲しみというか、惨めさのほうがヤバイ。

 

 別にそこまで願望があるわけじゃないけど、結婚ってどうやったらできるんだろうな。

 少なくとも無職じゃ厳しいと思うけど。

 

 近年まれによくある低さのテンションに陥り、布団の上に体育座りをして人生について考える。

 目の前には壁、最近時間の流れが早い気もするし、俺はこうして一人で朽ちていくのだろうか。

 

 なんだか今日はもうなにもしたくなくなってしまった。

 

 ぼんやりと人生の終わりについて真面目に考えていたら、インターホンが鳴る音。

 やる気のない声で「どうぞ」と返事をすると、ゆっくりとドアが開けられ、長い黒髪の少女が背筋を伸ばして入ってきた。

 

「し、失礼します。あの、本日はよろしくお願いいたします……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『無職男』と『駆逐艦:親潮』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、この子が来たか。

 

 というのも、海に行くにあたって必要な物資をホームセンターで買おうかと思っていたのだが。

 俺ではわからない陽炎姉妹の好みや、食べる量、その他細かな部分を把握している、荷物持ちを兼ねた助っ人が一人必要だと思って、陽炎に一人回してくれるようお願いしたのだ。

 

 できるだけ数字に強くて、気配りができるのを頼むと言っておいたのだが。

 この子が来るとは、えっと、いい加減名前覚えてやりたいんだけど、えっと。

 

「よう、お前が来てくれたのか。えっと、お、お、親し、いや、親風?」

 

「どうして風にされてしまうんですか!? 潮です、親潮です!!」

 

 個性と属性豊かな陽炎姉妹。

 

 陽炎や不知火といった火属性、黒潮や秋雲なんかの潮とか雲で終わる水属性。

 だが最大数はやはり風属性、大体三択、迷ったら一番確率の高いのを選ぶ。

 

 外れたけどな。

 

 余談だが嵐や萩風や舞風と仲の良いのわっち(野分)は多分無属性。

(※『野分』は台風を指す言葉なので正確には風属性となります)

 

「コホン、えっと改めまして。本日の補佐は不肖、この親潮がお手伝いさせていただきます。万事お任せください」

 

 言動に滲み出る真面目オーラ。

 なるほど、確かに適任かもな。

 

「ああ、よろしくな。そんじゃあとっとと出発するか」

 

 メンタルは未だ降下を続けているが、情けないところを見せるわけにはいかん。

 透けたネコでもかぶっておきたい、男はみんな意地っ張り。

 

 よっこらせっくすといいながら立ち上ると、少しふらつく。

 倒れると思って慌てたのか、親潮が支えるように抱きついてきた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「わるい、ちょっと立ちくらみが」

 

 座ってて急に立ち上がると立ちくらみがするのは、年のせいなのだろうか。

 着実に積み重なる年齢を実感したくないけど実感する今日この頃。

 

 心配そうにこちらを見上げてくる親潮の頭に手を置いて、大丈夫だといいながら頭を撫でる。

 今更だが、いつの間にかナチュラルに陽炎姉妹の頭を撫でることに、抵抗がなくなってるな。

 

 黒潮によく似た、真っ直ぐな黒い髪。

 撫でるたびにさらりさらりと揺れる。

 

 髪もそうだが、顔つきも黒潮によく似てるな。

 

 ただ黒潮よりも真面目というか、クラスの委員長みたいな雰囲気をまとってるせいか、そのへんきちんと個性が別れてるなってわかる。

 

 半袖の白いカッターシャツに、黒のベストとスカート。

 制服のようにも見えなくはないが、おそらくは私服なのだろう。

 

 きちんとアイロンがけされて、ぱりっとした感じはまさに優等生。

 私服のアイロンがけなんざ、もう随分としてないけど、親潮は毎日してそうだな。

 

「あの、どうかなさいましたか?」

 

「いや、なんとなく黒潮に似てるなって思ってな」

 

「そ、そうですか? ですが黒潮さんは三女でわたしは四女なので、似ててもおかしくはないですが」

 

 なるほど、黒潮は三女だったのか。

 

 そういえば陽炎が長女だとは知ってるが、だれが何番目の姉妹なのかはあまり知らなかったな。

 だが、例のごとく難しい陽炎の家族問題、一つ上の姉である黒潮をさん付けで呼ぶあたり、これもまた根が深そうである。

 

 はい、この話おしまい!!

 

「なるほど、じゃあいくか」

 

「はい!」

 

 会話の流れぶった切り感がいなめなかったが、親潮はそんなことは気にしないというように元気に返事をすると、俺の手を引いて扉に向かう。

 

 子供の手を引くような感じだな、もう慣れたけど。

 陽炎姉妹の中では俺は方向音痴という認識でもあるのだろうか。

 

 あと、やっぱり力強いね、さすが四女。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 とても気まずい。

 

 郊外にある大型ショッピングモールというか、むしろ大型倉庫じゃないのかこれ? みたいなレイアウトの外国資本の店。

 確か店の名前はコスト……いや『コロラド』だったか。

 

 こういう店は、曜日にもよるが時間が経つごとに混み始めることが多い。

 なので、開店前には並んどいたほうがゆっくり見られるだろうから、前日にレンタルしていた軽トラを運転して早めに来てみたわけだが。

 

 夏休みというのもあり、既に開店前から人が並んでいた。

 

 それはまぁしょうがないんだが、問題はその列の中に前の会社の同僚がいたということだ。

 つまり、とても気まずい。

 

 もっとも、向こうはこっちに気がついてないみたいだけど。

 

 別の部署だったが、同期だったので辛うじて覚えてる。

 一緒に研修とか受けたし、懐かしいな、何年前だっけか。

 

 そいつは嫁さんと子供の家族連れで、楽しそうに話をしている。

 そういやもう夏休みだっけか、立派に家族サービスしてるんだな。

 

 かたや仕事も順調で、家族サービスにいそしみ、幸せな家庭を築いた男。

 かたや独身恋人無し、上司に暴力をふるってクビ、無職で求職活動も停滞中の男。

 

 同じ時期に入社したはずなのに、どうしてこうも差がついてしまったのか。

 家庭を持ち、命を育てる責任を背負っていたなら、俺は上司にラリアットなんざしなかったのだろうか?

 

「夏休みだからか、子供連れが多いですね」

 

 親潮が俺の視線の先を察してか、そんなことを言ってくる。

 しかしこの暑いのに、ぴったりと隣にひっついてるのは何故なのか。

 

「そうだな。まぁお前もいまは子供だけど、あと十年もすればいい男捕まえて、子供の一人や二人連れて大人側で並んでるだろ。時間はあっという間に過ぎるからな」

 

 学生のとき、一緒にバカをやっていた前島もいつの間にか結婚するし。

 

「えっ、あの、え、やだ、そんな……恥ずかしい……」

 

「どこに恥ずかしがる要素があったんだよ。まぁそのときまで俺が生きてたらベビーシッターで雇ってくれ、経験豊かなアドバイザーとしても役にたつと思うぞ」

 

「え……こ、子育ての経験がおありなんでしょうか?」

 

「なに言ってんだ、おまえらの面倒を立派に見てるだろ」

 

「あ、そう言うことだったのですね。……っは!? それはつまり姉妹の誰とでも、いつでもどこでも子供を作れるというアピールですか!? そんな……ま、まだほんのちょっとだけ早いですよ……」

 

「……なんでその愉快極まりない考えに至ったのか、どうか俺に説明してくれ。……いや、説明しなくていい、暑さのせいだな、そういうことにしとけ」

 

 思春期の女の子が考えてることは、男には一生わからん。

 

 しかし、親潮が言うように、いまからでも結婚して子供を作れば、現在進行形で終わってる俺の人生はマシになるんだろうか?

 このクソみたいな無職状態から好転してくれるのだろうか?

 

 いや、この状態なのは金無し職無し女無しの現状が招いたことだろ。

 その状態で結婚とか、あらゆる前提が破綻している……。

 

 改めてどうしようもない自分の現状を悟ってしまい、思わず膝をつく。

 前島の件も併せて、ついになけなしのメンタルが着底した。

 

「ど、どうされました!?」

 

 心配そうにかがんで、肩に手を乗せて聞いてくれる親潮。

 体調を心配してくれてるのか、軽く背中もさすってくれる。

 

「いや、大丈夫、じゃないけど、大丈夫、精神的な問題だ、心配するな」

 

「し、心配しますよ!? な、なんで急にそんなこと言ってるんですか!?」

 

「いや、なんか、急に色々、俺って駄目なヤツだなって実感してしまったというか……。かっこわるいし、無職だし」

 

「そんなこと絶対ありません! 絶対! ていと……お、おにいさんはステキです……それに定職に就いてるかどうかなんて、わたしたちはそんなの気にしません。確かにその、おにいさんが働いていた頃の姿をわたしは知りませんが……」

 

 必死になって慰めてくれる親潮。

 こいつ、いいやつだなぁ……、陽炎姉妹はみんないいやつだけど。

 

 でも、確かにこいつらの前であんまりアレな姿を見せるわけにもいくまい。

 今更だけど、ほんと、なにやってんだ、しっかりしろよ俺。

 

「おい、なにうずくまってやがる。並ぶ気が無いなら邪魔だからあっち行け」

 

 心の声を聞かれていたかのような、野太い声の叱責が聞こえて慌てて立ち上がる。

 いかんいかん、確かに綺麗に並んでるところでうずくまってちゃ邪魔だよな。

 

 ちょっと横柄な物言いだが、言ってることはまぁわからんでもない。

 見ると、サングラスをかけたゴツイ坊主頭の男。

 

 その後ろには柄の悪い……というか、なんだろ、ギラギラした雰囲気を放つ男たち。 

 

「あ、すみません」

 

 親潮が怖がるといけないので、無難に謝っておく。

 

「ッチ、まぎらわしいんだよ……しかしなんで俺が下っ端みたいにわざわざキャンプの準備をしなきゃならねえんだ、ったく」

 

「ショウが店の太客連れて山にキャンプに行くなんて企画しちゃったからでしょ」

 

「準備に手抜かりがあるとヤバイことになるからって。店長が自分でキャンプ道具を買いに行くって言っちゃったせいですね」

 

「そうそう、ショウに買いに行かせたら、ライターとロウソクくらいしか買ってこなそうだって、どうなるか冷静にわかっちゃったせいッスね」

 

「んなことわかってるよ!」

 

 引き連れている男たちに怒鳴る坊主の男。

 どうやら店長らしい、何の店かは知らんが。

 

 しかしでかい声だな。

 

 親潮が怖がってないか確認しようとしたら、恐ろしくキツイ目つきで坊主の大男をにらみつけていた。

 

 おいおい、なんて目をしてやがる……。

 

 あ、いやそうじゃなくて、おいバカ。

 こういう奴らをそんな目で見たらダメだって!

 

「……なんだ嬢ちゃん、なんか文句でもあんのか?」

 

 親潮がにらみつけていることに気がついた坊主の大男が、不機嫌そうな声を出す。

 言わんこっちゃない、言ってないけど。

 

「この方は少し体調を崩されてうずくまっていらっしゃったんです。列を崩してしまったのは謝りますが、そのような言い方をされる筋合いはありません」

 

「んあんだぁ? 威勢がいいじゃねえか、喧嘩売ってんのか?」

 

「買ってくれるんですか?」

 

「んだとっ!?」

 

 坊主の大男の迫力に一歩も引かず、一歩前に踏み出す親潮。

 俺のために怒ってくれてるのはありがたいけど、ダメだって。

 

 不味いことになった、ともかくまずは親潮の安全確保をしなければ。

 相手も子供相手にどうこうするほどバカじゃないとは思いたいが、なにかあってからじゃ遅い。

 

「……ん? 嬢ちゃんどこかで……あ、ふぇ?」

 

 親潮の前に立ってあとは流れでどうにかしようと覚悟を決めた瞬間。

 坊主の大男が間抜けな声をだした。

 

「お、おま、いや、あ、あんた、いや、あなたは……」

 

 続いて、みるみるうちに顔が青ざめてゆき、異常な量の汗をかき始める。

 なんだなんだ、どうしたどうした。

 

「あー、ゴメンゴメンお嬢ちゃん、この人ツンデレだから。そっちの人がうずくまってるの見て心配になって大きな声かけちゃったのさ。だから気にしないでYO☆」

 

「そうそう、普段は胃薬と友だちの苦労人なせいで、ちょっと心配性なんDA☆」

 

 さすがに大人げないと思ったのか、後ろの取り巻きたちがフォローに入る。

 ああ、確かに店を預かってるなら色々と苦労が多いだろうし、なめられないような振る舞いをするのも大事だよな。

 

 てか取り巻き、ノリがチャラいな。

 

 だがいまはそのほうがありがたい。

 こっちもさっさと謝って、方をつけてしまおう。

 

「いえ、こっちこそほんと、すみません。ほら、相手さんもこう言ってくれてるし、な?」

 

「……はい」

 

 渋々といった様子の親潮。

 これで手打ち、といきたかったのだが、坊主の大男はいきなり腰を落とす。

 

 不思議に思ったのもつかの間。

 流れにのって後ろの取り巻きたちも、その動きにならう。

 

「し、失礼しました!!」

 

『失礼しましたッー!! ……?』

 

 なんか任侠映画の謝罪ポーズみたいな格好で謝る坊主の大男、もとい店長。

 後ろの取り巻きたちはなんでこんな派手に謝ってるのかいまいちわかってないのか、ちょっと不思議そうにしつつも、同じように謝る。

 

 つか無駄にコンビネーションいいな。

 あと、声でかいよ。

 

「そ、その、本部付の若頭さんから盃もらってらっしゃる会計士さんとは知らず。と、とんだご無礼を……」

 

「いまはプライベートなのでそのことは……」

 

 店長に近寄ってなにか会話をしている親潮。

 なんかぼそぼそと喋ってるけど、よく聞き取れん、知り合いか?

 

「……おい」

 

 詳しく聞こうと近くに寄ろうとしたら、またしても野太い声をかけられた。

 振り向くと、先日、時津風と山に入ったときに、一緒に野山を駆け抜けたプロの男たち。

 

「ブラックのおっさん!? 生きてたのかよオイ!!」

 

 迷彩服じゃないけどゴツイ身体を見せつけるような半袖黒シャツ姿のブラックのおっさん。

 

 後ろにいるブルーとグリーンも変わらず健在の様子。

 謎の外人センスにありがちな、『さんま』と書かれたTシャツは微妙に気になるけど。

 

「そう簡単にくたばるか、そっちも無事だったようだな」

 

 ニヤリと笑って互いの拳をぶつけ合う。

 共に死地(大げさ?)をくぐり抜けた絆のせいか、お互いの無事を自然に喜びあえてしまった。

 

「あの……こちらの方たちは?」

 

 頭を下げ続ける店長たちを背後に、警戒するように恐る恐る聞いてくる親潮。

 

「ああ、えっと、なんだ。俺と時津風が雇ったプロの人というか、恩人というか。まぁ、ダチみたいなもんだな」

 

「なれ合いは……いや、今更か」

 

 今更だな、そして今更だけど、プロってなんのプロなんだろう。

 なんとなくプロ意識的なものを持ってる人のイメージで使ってるけど。

 

「あっ、そういうご関係だったのですか。妹から話は聞いています、その節は危ないところを助けていただいたようで、本当にありがとうございました」

 

 礼には礼を返すのスタイルなのか、親潮が丁寧に礼を述べる。

 危ないところというか、ただのポルノガイジン現象だった気もするけど。

 

 まぁ、もしかしたら大事になってた可能性もあるからな。

 

「いや、仕事だ。というかアレの姉なのか……」

 

 なぜか親潮をおっかないものでも見るような感じで、気持ち後ずさるブラックのおっさんたち。

 いま思い返せば時津風にもなんかそういう感じだったな。なんだろう、そういう設定なのか、もしくは子供になんかトラウマでもあるのだろうか。

 

 そして、ふと気がつく。

 

 大声を出すゴツイ坊主とその取り巻き。

 インパクト抜群な、プロっぽい外国人の男たち。

 そんなのに頭下げられたり、親しげに話してたりする俺たち。

 

 あれ、これ目立ってるよな?

 

 恐る恐る元同僚のほうを見ると、目が合った。

 そして気まずそうというか、関わりたくないような感じで目をそらされる。

 

 母親のほうなんか、子供に見ちゃいけませんって感じになってる。

 

 やばい、絶対なんか誤解を生んだ気がする。

 少なくともまともな人間には見えてないだろう。

 

 同僚が俺のことをなんて口にするのか不安になる。

 が、そんなことは関係ないといわんばかりに、勢いよく店のシャッターが開いた。

 

 開店を告げる店員の声。

 

 タイミングが悪いのやらいいのやら。

 まぁ、元々ろくでもない評判だったろうし。

 

 今更、気にすることもないよな。(諦め)

 

 

 

■□■□■

 

 

 

「そういやブラック、今日は山に行かないんだな」

 

「……あまり街には出たくなかったが、必要な装備の調達があってな」

 

 名前も知らぬ店長たちとは別れ、ブラックとアウトドア用品売り場を目指す。

 

 ちなみに親潮とブルーとグリーンは、別行動中。

 時間が惜しいので、先に買うのが決まってるものを確保しに行ってもらってる。

 

 ブラックのおっさんと行動を共にしてるのは、今日買うのはシートと日よけテント、あとは飲み物とそれを入れるクーラーボックスくらいの予定だったんだが、便利なアウトドアグッズとかあったら教えてもらおうという淡い期待。

 

 頼りになりそうだからな、プロだし。

 

 途中でかい十人用のテントとかも売ってて、無駄にテンションが上がったけどスルー。

 陽炎が言うには、宿泊場所はビーチのすぐ近くにある、ボロイコテージを予約してあるらしい。

 

 男だけならともかく、子供が多いからそのほうが安全だよな。

 

「で、なにが必要なんだ?」

 

「えーっと、うきわやらなんやらは陽炎が用意するって言ってたから、日よけテントとシート、あと飲み物とそれを入れるクーラーボックス……は、いま親潮が取りに行ってくれてるな。いまのところ決まってないのは、飯をどうするかで悩んでる感じだわ。バーベキューとかがいいかなとは思うんだが」

 

 初日の飯に関しては、弁当作ったり外食にしたりという案も出てる。

 

 だが、なんせ人数が人数だからな、外食は金がかかるだろうし、弁当は夜更かしや早起きして作る必要がある。

 そのせいで行く前から疲れてもかわいそうだし、出来れば普通に海を楽しんで欲しい。

 

「飯か……人数は?」

 

「二十人くらい」

 

「その人数なら専用の大型グリルがいるな……ドラム缶を半分に切って網か鉄板敷くか、石やブロック積んで作ってもいいんだが、その数でバーベキューをしたいならフタや密閉機能がついた、バーベキュー専用の調理器を使ったほうがいい」

 

「フタがつくってことは、蒸し焼きみたいな感じにするのか?」

 

「そうだ、特に厚い肉を焼くには火力がいる、あれは普通に焼いても中まで火が通らん。普通の食材を調理するにしても、単純に調理時間が短縮できる利点もある。あと専用の大型グリルには格納式の台や机が付属してたり、吸気調節をして炭を長持ちさせる構造になってるものが多い。これが意外と馬鹿にできなくてな。経験則だが、少人数ならともかく大人数の飯をまかなうなら、多少重くても専用の調理器を持ち運ぶほうが結果的に得することが多い。だがこれは調理器とは別に机を用意してもいいし、燃料は現地でいくらでも調達できる場合もある。そのへんは場所と予算との兼ね合いだ」

 

「なるほど」

 

 バーベキュー専用の調理器か。

 予定外の出費になるかも知れんが、あったらあったでテンションは上がりそうである。

 

 少人数での野宿やらキャンプの経験はあるが、確かに大人数となると条件が大きく変わるか。

 正直甘く考えてた、やっぱプロは頼りになるな。

 

 しかし、そういうのを扱うとなると大人がもう一人欲しいところではある。

 結婚の準備で忙しいかもだが、前島でも誘ってみるか。

 

 ロリコンゆえに色んな意味で不安だが、色んな意味ゆえに信頼できるし。

 なにより参加してくれるのが確実なんだよなぁ。

 

 そんなこんなでアウトドアグッズ売り場をさまよってたら、噂のバーベキューコンロが置いてある場所に到着。

 

 鉄で作られた、四角いのやら丸いのやら円柱やらのでかい鉄の塊がずらりと並んでる。

 マジででかいな、薪ストーブかよってレベルの大きさだ、テンション上がるわ。

 

 ブラックのおっさんの、あーでもないこーでもないという説明を聞きながら色々と勉強。

 個人的に正しかろうが間違っていようが、専門知識を持った人間の話はおもしろく感じる。

 

 しばらくそんな感じでブラックのおっさんと駄弁ってたら、別行動で飲み物の確保に向かっていた、親潮とブルーとグリーンの姿。

 

 グリーンが押すどでかい外国規格のカートには、数十本入りのペットボトル飲料が四種類ほど積み込まれていた。

 カートの上のカゴにはクーラーボックスが二つ、下の荷台部分にはペットボトル飲料。

 

 二十キロ近くありそうだな、軽トラで来てよかった。

 

「わるいな、グリーン、ブルー」

 

 いいってことよ、みたいな感じでうなずく二人。

 無口だがこいつらもいい奴らである。

 

「バーベキューコンロをお探しなんですか?」

 

 コテンと首をかしげるようにして親潮が聞いてくる。

 陽炎姉妹はいちいちこういう仕草が可愛いいんだが、それは四女も同様らしい。

 

「うぬ、現地で獲ったり買ったりした食材も焼けるし、なにより楽しそうだろ?」

 

「でしたら、泊まるコテージにレンガ造りのバーベキュー設備が備え付けられてますよ? あと無粋かも知れませんがそれなりの広さのキッチンや大型冷蔵庫も備わってるので、食材さえ確保しておけば食事については問題ないかと」

 

「なんだ……と……」

 

 確かに、海の近くのコテージならそういうのがあってもおかしくはないのだろうか。

 親潮に来てもらっててよかった、危うく最高に無駄な買い物をするところだったぞ。

 

 

 そしてさらば前島、フォーエバー前島、お幸せに。

 

 

 しかし最近のボロイコテージは設備が整ってるんだな。

 ボロイの定義が壊れそうだ、それとも陽炎の基準が俺と違うのか。

 

 内地の一般的な基準と、外地の基準は時々違うからな。

 

「なんだ、結構しっかりとしたところなんだな」

 

「はい、組の幹部(みうち)が使う保養所というのもありますし。税金対策も兼ねてそれなりの予算が組まれましたので」

 

 なるほど、身内、税金対策、予算を組む。

 陽炎姉妹の謎は広く深い。

 

「ならあとはシートとテント買って、昼飯でも食いに行くか。たしかあっちにフードコートあっただろ、ブラックたちもどうだ? なんなら今日とこの前の礼もかねて、奢らせてもらうけど」

 

「悪いがこっちはこっちで用事がある、一緒に行動できるのはここまでだ」

 

 プロはプロで色々忙しいらしい。

 

「そっか。じゃあまたどっかで会えたら、カレーでも食うか」

 

「ふっ、そういえばそんな約束もしていたな」

 

 ニヒルな笑みを浮かべるブラック。

 

 なんだかんだで狭くはないが広くもない島だ。

 機会があれば、また会えるだろう。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「ほんとにそれ食べきれるのか?」

 

「はい!」

 

 外国サイズのカップに山と盛られたチョコレートアイス。

 親潮はそれをモキュモキュと、幸せそうに口に運ぶ。

 

 女子は好きだな、甘いもの。

 

 一方の俺は馬鹿でかいホットドッグと飲み放題のジュース。

 食い物と飲み物を合わせて値段が煙草一箱の半分以下なのはありがたいが、これどうやって元をとってるんだろうか。

 

「しかし、なんだかんだで結構長いこと見て回っちまったな」

 

「あはは……すみません、楽しくってつい」

 

 ブラックたちと別れたあと、日よけテントとシートの他にも、バーベキュー用の炭、でかい寸胴鍋に大量のカレールー、さらに米を二十キロ。

 そしてバケツ一杯に入ったグミやら、箱に入った芋菓子やらの菓子類を大量に買ってしまった。

 

 さすがに生鮮食は無理だけど、まぁ腐るもんでもないしな、買っといても問題ないだろ。

 

 しかし凄い量の荷物だったな、ほんと。

 軽トラに積み込むのも一苦労だったわ。

 

「いいよ、二十人分の食いもんだ。沢山あるに越したことはないだろ」

 

「だったらいいんですが。でも姉さんたちや妹たち、今回のことはすごく楽しみにしてたので……きっと喜んでくれると思います」

 

「だったら俺も骨折ったかいがあったってもんだ」

 

 周りにはこれまた家族連れが多い。

 

 ガキが走り回ったり、うまそうにピザ食ってたり。

 なんというか、妙に居心地が悪い。

 

 そんな居心地の悪さから、今回の買い物の代金を全額親潮が出したのを思い出す。

 

 さすがに俺が出すと言ったんだが、なんでも全部経費で落とすから大丈夫らしい。

 なんの経費かは知らんが。

 

 あとレジで並んでるときに、既に財布から金を出していて気が早いと思ったんだが。

 精算が終わる前にぴったりと料金を計算し終えてた。

 

 あれだけの商品全部の値段を覚えていて、なおかつその合計を暗算してたという事実。

 

「陽炎には数字に強くて気配りが出来る子をよこしてくれと言ってたんだが、予想の十倍くらい優秀だったな。助かったよ、ありがとな」

 

「……っ、喜んでいいただけて、よかったです。頑張った甲斐がありました。……その、お金の計算は得意なので」

 

 そう言って、恥ずかしそうに頬を両手で挟む親潮。

 

 数字じゃなく、お金の計算が得意、ね……。

 ちょっとだけ踏み込んでみるか。

 

「なぁ、陽炎の……おまえらの家ってのはやっぱ金持ちなのか? 今回の買い物もだけど、正直俺に払ってる金だって、もらいすぎてるとは思ってる。そりゃまぁ、大人一人を一日拘束する代金としては妥当かも知れんが、それにしてもだ」

 

「そうですね……姉妹によりますが、皆ある程度裕福ではあると思います。もっとも、だからといって皆がそれを喜んでいたかといえば……」

 

 親潮の声のトーンと雰囲気が変わったのがわかった。

 視線を落とし、どこか影を帯びた表情を浮かべる。

 

「確かにお金というものは価値があるものです、ですが正確にはそれ自体は大切なものではない。なら何故お金には価値があるのか、それは大切なものを手に入れる手段になり得るからです。……ですが、やはりそう言い切れる人ばかりでもありませんし、そう言い切れるものでもありません。わたしは……組織(ウチ)の仕事のこともあって、良くも悪くもお金に関わる沢山のことを見てきましたし、関わってきました。その中で学んだのは、裕福だからといって、必ずしも大切なものを手にできるわけではない……ということです」

 

 まるで裕福ではあるが、幸福ではないと、そんな表情。

 

「……そうか、若いのに賢いし偉いんだな。俺とは大違いだ」

 

「そんなことありません、おにいさんはステキでかっこいいですよ」

 

「んな訳ないだろ」

 

「いいえ、そんな訳あります。だってその……仕事を辞められた理由は……聞いています」

 

 ビクッとなる。

 周知の事実でも、女にいいとこみせたくて上司にラリアットした黒歴史。

 

 黙ってる俺を見つめながら、親潮は話を続ける。

 

「例の行動は、前もって周りに迷惑をかけないように準備して、そして実行されたんですよね。つまりそれは一度、時間を置いて冷静に考えてそうされたということ。その行動の結果解雇され、困窮状態になる可能性があったのは十分に承知されてたはずです。にもかかわらず実行されたとすれば、それが、お金より大切なものだと見極め、判断し。そしてそれを手に入れるために、自分が犠牲になるというリスクを払うことになっても、手に入れるためにその方法を選択できた……ということです。色眼鏡を抜きにしても、そういう決断ができる人はなかなか居ません」

 

「なんだかよくわからんな、褒めてるのかそれ?」

 

「褒めてますよ、ものすごく褒めてます」

 

「……そうかい。だがたいそう難しい言い回しで褒めてもらってあれだけどな。カッとなって感情的に動くんじゃなく、冷静になってやった結果なだけタチが悪いだろ。そりゃ後悔はしてないが、我ながらなんであんな行動を取ったのかは意味不明だよ。知ってるか、人は俺みたいなやつをアホって言うんだ」

 

「まぁ、確かにそういう人は会社組織の中で偉くなるのは難しいかもしれません……でも、だからこそ、それができるおにいさんはかっこいいんです。それに知ってますか? 黒潮さんが言うには、アホは褒め言葉だそうですよ」

 

 困ったように優しく微笑みながら、そう断言してくれる親潮。

 

 ずいぶんと買ってくれてるじゃないか、こんな無職のおっさんのことを。

 そしてそんな自虐入り交じった愚痴をこぼしてしまったことが、いまはとても恥ずかしい。

 

「そりゃどうも。ほら、口にクリーム付いてるぞ」

 

 別にはっきりとわかるほど付いてるわけじゃないけどな。

 恥ずかしくなったので、会話を終わらせる為に親潮の口を紙ナプキンで拭ってやる。

 

「その、ありがとうございます。あ、おにいさんも口にケチャップ付いてますよ?」

 

 親潮は身を乗り出して、俺の口元を拭ってくれた。

 

 そして何故か拭い終えた紙ナプキンを丁寧にたたんでポケットにしまう。

 そこのゴミ箱に捨てりゃいいのに、律儀な性格だな。

 

「……なに? 猫かしら……この感じ、違う!」

 

 と、唐突に親潮が変なことを口にしながら立ち上がる。

 

「ど、どうした?」

 

 俺の問いに答えず、真剣な表情を浮かべ、周りをせわしなく見渡す親潮。

 そしてしばらく見回した後「あれは……」と、なにかを見つけたように視線を固定する。

 

「おいおい、いったいどうしたって―――」

 

 親潮が見つめる先、そっちに視線をやると少し離れたところに“虎”が居るのが見えた。

 自分でもなに言ってるかわからんが、しましま模様のデカイ虎が実際居た。

 

 確かにネコじゃないな、ネコ科だけど。

 

「おいヤス、あれはなんや」

 

「ベンガルトラ……ですね。……って、あの、ヤスって誰ですか?」

 

 さすが優等生というべきなのか、種類までわかるとは、やるな親潮。

 だが違う、俺が聞きたいのはそういうんじゃない。

 

 あとヤスは学生時代のバイト先の上司、どうでもいいけど社長はマサ。

 素でその社長のモノマネをしてしまったくらい驚いている。

 

「なんで虎がホームセンターにいるんだよ」

 

「……可能性としては動物園から逃げ出したとかでしょうか」

 

 親潮は何故か不機嫌そうに答える。

 

 この状況で混乱するのはわかるが落ち着け、まだ距離はある。

 だが遠目にも虎の目は血走ってて、牙むいてヨダレぼたぼたたらしてるし、ヤバそうだな。

 

 すぐにでも逃げねば。

 

「きゃ!? あ、あのあのあの!?」

 

「怖いのはわかるが落ち着け、危ないから静かにしてろ」

 

 抱き上げた親潮が焦ったような声を出す。

 悪いとは思ったが、いまは一秒でも時間が惜しい。

 

 なぜならいまは誰もが気づいてないか傍観してるが、きっかけがあればパニックが起きる。

 そうなれば、客たちが一斉に出口に向かって逃げ出し始めるだろうからだ。

 

 それまでに急いで出口まで走らないと。

 

 手を繋いでもいいが人波に揉まれたら万が一もある。

 最悪、俺を餌にしてでもコイツはまもらにゃならん。

 

 

『グォォオオォオォンンン!!』

 

 

 覚悟を決めた瞬間、凍っていた周囲をぶちこわすような咆吼。

 振動する空気、それが否応なく危機感を刺激する。

 

「きゃあああああああああ!!」

 

 わかりやすい女の悲鳴、クソ、遅かったか、やばいなこりゃ。

 悲鳴が伝播するように、一斉に客たちが我先にと出口に向かって走り始める。

 

 一目散に逃げ出す大人、子供を抱えて走る親、親とはぐれ泣く子供。

 飯時だったことも有り、フードコートは一斉にパニックになった。

 

 逃げるものを追おうとする習性からか、虎がゆっくりと出口に向かって歩き出す。

 出口付近は既に混乱状態で、まともに外に出られそうにない。

 

 この様子じゃ逆にこの場所に居たほうが安全か?

 虎から目を離さないように、親潮を抱えながら少しづつ距離をとる。

 

 が、虎の進行方向の正面、その通路に合流する棚の間から出てくる誰かの姿。

 完全に死角だったためか、虎に気づけなかった誰かの正体は……ブラックたちだった。

 

 あいつら!! 運!! 悪すぎだろ!!

 

 意図せず虎の真正面に立ちはだかってしまった、プロの三人。

 虎とご対面し、一瞬硬直したものの、三人はすぐさま散開。

 

 だが虎は狙いを絞っていたのか、ブラックに向かって真っ直ぐに飛びかかる。

 

 しかしさすがプロというべきか、ブルーとグリーンが虎の後ろ足に一本づつロープを絡ませる。

 多分購入予定品なのだろう、当然精算は終わっていない。

 

 なんてそれどころじゃない思考が一瞬よぎったのもつかの間。

 虎の正面にいたブラックも、虎の左右の前足に一本づつロープを絡ませて踏ん張る。

 

 なんかすげえ!?

 

 素人目に見ても、とんでもなく特殊な捕縛術っぽい技術なのはわかる。

 でもなんで土壇場でそれが出来るんだよ。趣味の力ってマジすごいな。

 

 だが、そのあとどうするのかを考えていなかったのか。

 ブラックと、ブルー、グリーンは顔を真っ赤にしながら踏ん張り続けている。

 

 多分咄嗟に身体が動いたのはいいけど、そのあとの想定した状況に持って行くには色々たりなかったり想定外だったりしたんだろう。だって虎だし。

 

 ああもう、しょうがない。

 

 一歩、ブラックたちの方向に踏み出して気がつく。

 自分の腕の中にいる、守らなければいけないものの存在の重さに。

 

 ……。

 

 すまん、陽炎。

 

 親潮をおろし、落ち着かせるようにゆっくりと頬を撫でる。

 最初は顔を赤くして怖がっていた親潮だが、じっと目を見つめると、すっと落ち着いた表情になった。

 

「悪いが……俺はあいつらのところに行かにゃならん。車の鍵を渡しとく。ひとまずトイレの個室に逃げ込むか、それとも出口から出るか、様子見てどうするか判断しろ……できるか?」

 

 怖がらせないよう精一杯、ゆっくりと言い聞かせる。

 

「……はい、大丈夫です。わたし、頑張ります、平気です!」

 

 そんな無茶な俺の言葉に、凜々しい顔で胸を張って敬礼し、答えてくれる親潮。

 許してくれてる気がした、俺がいまからやろうとすることを。

 

 心の中で陽炎にわびつつ、親潮の肩を軽く叩き、あいつらのところに向かう。

 

 俺は……やっぱり人の親にはなれないな。

 

 守るべき子供を放って、別のことをしようとしてる。

 おまけにアホだし、気分にムラがあるし、あとアホだし。

 

 そりゃ無職になるわ。

 

 だけど……腰抜けじゃない。

 借りのある男たちを見捨てるなんてことは、できないんだよ、くそッ!

 

「ブラック!! 一本渡せ!!」

 

「おまえら!? っく、頼む!!」

 

 踏ん張り続けるブラックから、一本ロープを受け取り、ブラックと反対の方向に引っ張る。

 これでうまく力が分散……ンがッ!? すげえ重てえ!?

 

『グォオオオオオ!!』

 

 拘束を解こうと、暴れる虎が吠える。

 クソッ、ブラックはこんなの二本も支えてたのかよ!!

 

「な、なんかおまえらと一緒にいると、こんなのばっかりだなオイ!!」

 

「それはこっちの台詞だ。インビジブルに比べれば可愛いものだが……あいにく今日はろくな武器の持ち合わせも『機械式AM戦(スーツ)闘服』も装備していない。確かに危機レベルはあのときと似たようなものだな」

 

 なんで(ビジネス)スーツがないと弱気になるか知らんが、似たようなものなのは同意だわ。

 インキンブルやらポルノガイジン現象より、ずっと現実的な危機だけど。

 

「んぎぎぎぎ、なあ、この虎、腹減ってると思うか?」

 

「っぐ、じゃなきゃそもそも襲われてないだろうな」 

 

「だよな、つまり四人のウチ誰かが食われてる隙に逃げるしかないと」

 

「名案とは言えんな、このでかさなら四人分の肉くらい入りそうだ」

 

「じゃあどうすんだ、なんだっけか、あのエロイナルブルマクラッシュとかいう長い技名のアレでなんとかできないのか」

 

「何の装備も無しに使える手じゃない、それよりお前の後ろにいるのに相手をしてもら―――」

 

「アホか、くだらねえこといってんじゃねえ。もっとマシな方法考えろ、そう長く持ちそうにぃんぎぎぎ……ん? 俺の後ろ?」

 

 後ろをチラリと見ると、親潮がいつの間にか俺の腰にしがみついて踏ん張っていた。

 

 何故気づけなかったのよ、俺。

 

「うぉおい!? なんでここにいるんだよぉおおおお!?」

 

「一人よりも二人で支えたほうが、気持ちと重量的に加算されます!!」

 

「そういう根性論入り交じった数字の強さは求めてないよッ!?」

 

 驚きと、焦り、色んな感情がごっちゃになって、ロープを握っていた手が緩む。

 あっ……と、なった瞬間、滑るように手からロープが離れた。

 

「だめっ!」

 

 が、親潮がすぐに俺の手から離れたロープを掴む。

 

 その瞬間、ズシン、と。

 まるで腰にでかい鋼鉄の塊のような重さが加わった気がした。

 

「は?」

 

 親潮のはずが、親潮ではない錯覚に襲われた、そのとき。

 

 

「よくぞ持ちこたえてくれた!!」

 

 

 状況にそぐわない、気っ風のいい女の声があたりに響く。

 

「なっ!?」 

 

 プロであるブラックすら、驚きの声を上げる。

 俺もとっさに周りを見渡すが、声の主の姿はどこにもない。

 

 ズシン!!

 

 と、突然上から降ってきたなにか馬鹿でかいものが、音をたてて虎の真正面に着地した。

 揺れる地面、その場にいた全ての人間と虎の視線がその物体に釘付けになる。

 

 

「あとは私に任せておけ!!」

 

 

 突如として現れた、謎の物体の正体。

 それは茶色と白の毛皮をまとった、巨大なイタチのような見た目の存在だった。

 

 だが感情のこもってない丸い目に、クソ短い手足はどんな生物にも似ていない。

 その姿はまるで着ぐるみのような……いや、着ぐるみだろコイツ。

 

「おいヤス、あれはなんや」

 

「艦夢守市のマスコットにして守護者の一柱、ボクカワウソです!!」

 

 目をキラキラと輝かせ、うれしそうに言う親潮。

 いや、なんで興奮気味なんだよ。

 

 そもそもなんでそんなのがこんな所に居るんだよ。

 

『グ、グォオオオオオ!?』

 

 カワウソの登場によほど驚いたのか、恐慌状態になった虎がロープを引きちぎる。

 

「やばッ!?」

 

 背筋が冷える、不味い、せめて親潮だけでも。

 そんな俺の心配を余所に、虎は最大の脅威と判断したカワウソに真っ先に襲いかかった、が。

 

「甘い!! 長門パンチ!!」

 

 謎の技名の叫びと共に、着ぐるみの腹部を突き破って飛び出した拳。

 その拳先が正確に虎の顎を捉え、打ち抜く。

 

 は? いま、このカワウソ、素手で虎を殴ったぞ!?

 グーで!! しかもサウスポー(ひだり)で殴ったぞ!?

 

 そして一瞬動きが止まったあと、虎はゆっくりと崩れ落ちた。

 おそらく脳がシェイクされたんだろう、自分で言ってて嘘みたいだけど。

 

 つかマジか、一撃かよ。

 

 というか、いまコイツ長門って言わなかったか?

 カワウソじゃないのかよ。

 

 駄目だ、突っ込みが追いつかない。

 

 力が抜けて、腰にひっついた親潮と一緒に床に座り込む。

 今更ながら目の前で倒れているデカイ虎をみて、足が震えてきた。

 

 よくもまぁ、こんなの相手に踏ん張れたもんだ……。

 

 そして、それをワンパンでぶっ飛ばしたカワウソの存在がマジで意味がわからん。

 あと腹から飛び出した無駄にシャープで筋肉質の腕とか、もっと意味がわからん。

 

 

 

 

 もうなんなんだよこの状況は。

 誰でもいいから説明してくれ……。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「よし、これで最後だな」

 

「はい、お疲れ様でした」

 

 レンタル予定のバスの荷物格納スペースに、荷物を運び終える。

 

 なんでもこのバス、当日まで他にレンタルの予定が入ってないらしい。

 なので荷物は積み込んどいてもかまわないとのこと、サービスいいな。

 

 計算やアドバイスだけでなく、荷運びの手伝いもしっかりしてくれた親潮。

 

 結構重い物もあったのに、まったく疲れた様子を見せない。

 おまけにあんなことがあったのに、普通に平常心だ。

 

 さすが陽炎姉妹、力強い。

 

 しかし、こんなちっこい身体のどこにそんな力があるのか。

 そういえば、一緒にロープを持ってたときに、一瞬コイツの重量が増えたような気がしたが、アレはなんだったんだろうな。

 

「え? あ、あの!?」

 

 ひょいと、親潮の脇に手を入れて持ち上げる。

 サラサラと夏の日射しに照らされた黒髪が揺れた。

 

 細い手足に、細い腰。

 その見た目通りとても軽く、ちっこい。

 

 やはりアレは勘違いだったんだろうか。

 

 

 あのあと、駆けつけた警察と憲兵によって虎は檻に入れられ、どこかに運ばれていった。

 なんでもどこぞの国で密猟された虎が艦夢守市に運び込まれ、逃げだし、様々な偶然の結果『コロラド』の食糧倉庫に気づかれずに忍び込んだらしい。

 

 そして運悪く、俺たちと出くわした、と。

 

 ちなみにあのカワウソはその捜索のために、郊外の食料が豊富で人が集まりそうな場所を、目立たない姿に変装して見回っていた最中だったとか。

 つっても駆けつけた警官にめっちゃ「長門署長殿」とか呼ばれて敬礼されてたけど。

 

 長門って、まさかあの戦艦の艦娘『長門』か?

 有名な艦夢守市警察署の署長じゃねえか。

 

 正体バレバレやんけ。

 あと署長のくせにフットワーク軽すぎだろ。

 

 俺と親潮は、改めて署の方で表彰させて欲しいと言われたが、丁重に断った。

 万が一、無職の男が虎から市民を守ったとか新聞に載ったら、載った方も読む方も反応に困るだろ。

 

 そして何故かブラックたちは、そのカワウソ率いる警察官たちに連れて行かれた。

 なんでも別件で話を聞きたいことがあるとかなんとか。

 

 そんな感じでゆっくり話もできなかったが、ブラックのやつが一言だけ「借りが出来た、この恩は必ず返す」と言ってたな。

 アホか、借りがあるのはこっちだったっつーの、もうごっちゃだわ。

 

 

「あ、あの……やはり怒ってらっしゃいますか?」

 

 いつまで経っても下ろそうとしない俺を不安に思ってか、心細そうに親潮が言う。

 

「怒ってるけど、あのときお前に、自分でどうするか判断しろって言ったのは俺だし、考えた上での行動だったのもわかってはいるから、怒ってないよ。……怒ってるけどな」

 

 親潮を地面におろし、ちょっと煙草を吸ってくると言って背を向ける。

 

 レンタカー屋の車置き場には、喫煙所らしい場所がなかったので、軽トラの荷台に上がって腰を落ち着ける。

 まだ夕方まで何時間もあるというのに、今日はずいぶん色んなことがあった気がするな。

 

 ボケッと空を見上げながら煙を吸い込む。

 

 暑いな、ほんと、焼けそうだわ。

 肌と煙草を焼きながら、気持ちを落ち着ける。

 

 そして考える。

 このまま陽炎たちと一緒に、いつまでもつるんでていいものかと。

 

 陽炎たちが色々難しいもん抱えてるのはわかるし、助けになってやりたいという気持ちはある。

 実際、あいつらには返しきれんほどの恩があるからな。

 

 でも、このままいつまでも無職のおっさんと一緒にいるのも、よくはないだろう。

 今回のことで痛感したわ。

 

 なにかあってからじゃ、陽炎にも、そして彼女たちの本当の親にも申し訳が立たない。

 

 どーっすかな、ほんと。

 

 なんてことを頭の中でグルグルと考えていたら、物音がした。

 見ると、どこか不安そうな様子で、荷台のフチから顔を半分出してこちらを見ている親潮の姿。

 

 隠れてるつもりじゃないよな、多分。

 突っ込み待ちだよな、さすがに?

 

「なにしてんだ、そんなとこで」

 

「……隣、座ってもよろしいでしょうか?」

 

 携帯灰皿に煙草をねじ込み、少し考えてから「ああ」と、返事をする。

 

 親潮は少しホッとした表情を浮かべて、軽トラの荷台に足をかけて上がってきた。

 不可抗力だが、一瞬親潮の下着がちらりと見える。

 

 黒か、最近の子はませてるんだな。

 

「……その、大変申し訳ありませんでした。おにいさんにご心配をおかけしてしまって。……次は、こんな失敗は絶対にしません! ……絶対に」

 

 ちょこんと俺の隣に座り、申し訳なさそうにこっちを見ながら。

 でも、どこか気まずそうに必死に謝る親潮。

 

 まずった、変に落ち込ませてしまった。

 少し悩ましいが、ここははっきりと俺の問題だと言うべきだよな……。

 

「……ほんとは、そこまで怒ってはいないんだ、いや、まぁ怒ってはいるんだが。ただ、な。それ以上にお前を放り出して自分のことを優先した、俺自身に腹が立つやら情けないやらっつーのと、なによりも信じてお前を任せてくれた陽炎に申し訳なくてな……。なんというか、俺のほうこそ、ほんと、あの状況でお前を放りだしてすまなかった」

 

 正直気まずさレベルなら、親潮より遙かに上である。

 

 信じて預けてもらった親潮の面倒を、ちゃんと見れず、おまけに危険にさらしてしまった。

 本気で、もう二度と合わせる顔がないレベルだ。

 

「え? ……あ、そういうことだったんですか。……安心して下さい。陽炎姉さんならあのときの、おにいさんの判断に絶対納得してくれます。そして、わたしがおにいさんの後を追わなかったら、わたしを絶対怒ります。だから、大丈夫ですよ」

 

「でもな―――」

 

「あそこで、おにいさんの後を追わなかったら、おにいさんが怪我をしていた可能性もあります。だからアレでよかったんですよ。それにあのとき、わたしはいないほうがよかったですか?」

 

「……いや、正直一人じゃ、あのロープを支えきれなかったと思う。そうなってたら俺も、あいつらも、下手したら今頃あの虎の腹の中だったかもしれん」

 

 あのとき、とっさに俺が離したロープを掴んでくれた親潮。

 その前だって、一人だったら虎の力に引きずられてたかもしれない。

 

 なんだ、つまるところ、親潮は俺たちの命の恩人だったのか。

 

「なら、本当に良かったです。頑張った甲斐がありました♪」

 

 心底うれしそうに、そう言ってくれる親潮。

 まったく、陽炎姉妹には敵わないな、ほんと。

 

「そうか、なら俺もよかったよ」

 

 これまでとは別の意味でまいってしまい、夏の空を見上げる。

 しばらくそうやってると、ぴたりと、親潮が身体を寄せてきた。

 

 なんでこいつらはほんと、俺なんかにこんなにかまってくれるんだろなぁ。

 

「そういや、さ。今度ダチが結婚するらしいんだ」

 

 今日のメンタルダウン、最大の要因をぼそりと告白する。

 

「そうなんですか。それはおめでたいことですね」

 

「はは、まあそうなんだけど、な。……まぁそれを知って、急に色々とクルものがあったというか、このまま俺は一生無職で、死ぬまで孤独なのかって不安になってな。……なぁ、こんな俺でも、いつかは結婚できると思うか?」

 

 子供に、なに聞いてるんだろうな、俺は。

 そんなスーパー情けない男の吐露を聞いて、少し驚いたような様子の親潮。

 

 だが、すぐにしょうがないな、といった風な。

 どこか困った微笑みを浮かべる。

 

 そして軽く腰を上げて、俺の耳元に口を寄せてきた。

 

 

「……できます、絶対、必ずです、保証します。なんでしたらこの親潮の残りの人生全てを賭けてもかまいません。それくらい……絶対ですよ」

 

 

 やけに小声で、だがはっきりと聞こえる優しい囁き声。

 

 耳元で囁かれたその言葉は、その声の優しさも相まって脳をふるわせる。

 くそ、俺としたことが。

 

 励まされているのか、それともからかわれてるのかはわからんが……それでも、そんなこと言って貰えたら、うれしいじゃねえか……クソぅ。

 

「……なぁ親潮。この車まだ返却するまで時間あるし、ドライブにでも行くか?」

 

「ッ!? ……いえ、この親潮、うれしっ…! いえ、光栄です! お供します提督!!」

 

 軽トラでドライブに行くのの、なにがそんなにうれしいのか。

 目尻に涙を浮かべ、俺の手を握ってくる親潮。

 

 いや、喜びすぎだろ。

 

 まぁでも、この程度でこんだけ喜んでもらえるなら。

 無職の俺でも、そんなに捨てたもんじゃないってことかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オマケ - 陽炎会議録NO.6 -

(※NO.は掲載順の番号となり、時系列とは一致しません)

 

 

 薄暗い部屋、円卓を囲む二十人近い少女らしい者たちがいた。

 

 

 らしいというのは、なぜか全員が顔を隠すための先の尖った白い被り物をかぶっていて、その顔がよくわからないからだ。

 

 そして被り物の額部分にはそれぞれ番号が振ってある。

 

 

 あと因みに時間軸的には彼女たちの提督が、虎がらみでドッタンバッタンなイベントに遭遇した日の真夜中である。(緊急招集)

 

「そして……提督はただ一人、仲間を救うために出口に向かう人波とは真逆の方向に向かって走り出しました! その姿はまるで波をかき分け敵中に突撃する二水戦のような勇壮さで、わたしはその後ろに続けることが心から誇らしかったです!」

 

 その中で『4』と額に書かれた数字の被り物をかぶった少女が、被り物の上からでも感じることのできる、興奮した様子で語っている。

 そして周りのメンバーたち誰もが、同じように興奮した様子でそれを聞いていた。

 

 やがて話が終わり、四番の少女に向けて惜しみない拍手が送られる。

 

「貴重な報告をありがとう。とても有意義な情報だったわね。あ、四番はあとで詳細な報告書を出すように、今回のことも当然ファイルにまとめるわ」

 

 長姉である一番の言葉に、うなずきあうメンバーたち。

 

 なんということでしょう。彼女たちは定期的にこうやってこっそりと、各メンバーたちが仕入れた提督の情報を、互いに共有していたのである。(驚きの効果音)

 

「さて、と。では……では次の議題……の前に、四番の行動に対する決議をとります」

 

「は?」

 

 驚く四番、うなずく残りのメンバー。

 

「四番がさらりと提督にプロポーズまがいのことをして、規約①の抜け駆け禁止、ただし偶然の出会いはOK……に、抵触したかの決議。いえ、はっきりと言うわ、四番は……有罪か無罪かの決を採るわ」

 

 ひどく平坦な一番の声。

 だがそれにはヒシヒシと伝わる圧力がこもっている。

 

「ッ!?」

 

 しまった、といわんばかりに衝撃を隠せない四番。

 助けを求めるように、四番は三番に視線を飛ばす。

 

「貴方たち、有罪なら右手、無罪なら左手を挙げなさい」

 

 一番に判断を促され、そして四番からの助けを求められた三番。

 三番である彼女は、四番に向かってニッコリと微笑み。

 

有罪(ギルティー)やでー」

 

 と、無慈悲に宣言しながら右手を挙げた。

 そして他のメンバーも一糸乱れぬ動きで、有罪を示す右手を挙げる。

 

「そんな、黒潮さん!? い、いやああああっ!?」

 

 叫ぶ四番、ああ、無情。

 

 このあと四番には

 

・提督接触優先権を最下層に降格、つまり順番は最後。

・一週間、姉妹たち共有の提督写真集の閲覧禁止。

・今回集めた提督の私物これくしょんの没収。

 

 という、大変残酷な処罰が下されることとなる。

 

 

 つまり陽炎会議は今日も平和だった。

 

 

 




親潮と買い物に行ったり、耳元で囁かれたいだけの人生だった。
(親潮のマルサンマルマル時報ボイスは脳が溶ける)
 
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