提督をみつけたら   作:源治

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今日も一日頑張るベイ 
 


『旅作家』と『軽空母:Gambier Bay』

 

「ココに昼間から入り浸って小説を書いてる、変な人がいると聞いたんですが!」

 

 平日の昼下がり。

 外国語訛りの言葉が、艦夢守市の喫茶店『frost』に響く。

 

 その声に反応した客たちの視線が、声の主に集まる。

 そこには、大きなリュックを背負った、金色の髪の女性が入り口に立っていた。 

 

 年は二十歳になるかならないかくらいだろうか。

 防水パーカーに短パン、厚いタイツで覆われた足には、頑丈そうなブーツ。

 

 その格好から、女性が長期の旅行者であるとわかった。

 

「はわわ……」

 

 女性は視線を感じて、ビクリと身体を震わせるも、恐る恐るといった様子で店内に入ってきたが、背負っていた大きなリュックが扉に引っかかり派手に転ぶ。

 

「あいたっ!」 

 

 顔を地面にぶつけ、女性のもさもさした金色のツインテールが派手に広がる。

 微妙に間があいた後、彼女は顔を赤くし『ベ~イ』と鳴き声を口にしながら顔をあげた。

 

 Gambier Bay(ガンビア・ベイ)

 

 それが店内にいる全員に、なんと鈍くさそうな子だろうと思われている彼女の名前である。

 そして彼女は、れっきとした軽空母の艦娘でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『旅作家』と『軽空母:Gambier Bay』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は~、それであんたは、はぐれた提督を探して旅を続けてると」

 

「は、ハイ……Admiral、いえ、先生(マスター)は旅作家なので。この店に昼間から入り浸ってずっとなにかを書いてる変な人がいるという噂を聞いて、もしかしたらと思い、やって来ました」

 

 ストローでアイスカフェオレを飲みながら、ベイがおどおどと説明をする。

 それを聞くのは喫茶店のマスターである朝霜と、彼女の提督である三文小説家。*1

 

 ちなみにいまは昼間なので、アルバイトである従業員の初風*2は学校に行っている。

 なので現在いる店員は朝霜だけだが、店内には他に客がいないのでワンオペ余裕だった。

 

 余談だが別口の賃貸収入が大きいので、経営的にはまったく問題ない。

 

「そりゃ残念、うちの提督は小説家じゃなくて脚本家だぜ、いまんとこな」

 

「ちがう、わたしは小説家だ……」

 

「そういうのは本の一冊も出版してから言うんだねぇ」

 

「ぐぬ……」

 

 痛いところを突かれて、ガクンと頭を垂れる三文小説家。

 ちなみに脚本業は好調だが、小説のほうは例のごとく、鳴かず飛ばず以前の問題だった。

 

「しかし旅作家ってのはあれかい、旅行の体験を書いて本にする仕事だっけ?」

 

「い、いえ、先生は文字通り自分で書いた本を売りながら、旅費を稼いで旅を続ける人です」

 

 気っ風のいい朝霜の迫力に未だ慣れず、おどおどと受け答えを頑張るベイ。

 彼女は床に置いたリュックから、一冊の本を取り出しカウンターに置く。

 

 タイトルは『怪傑ポッポ 消えた烈風編』

 出版社名は『ふかうみ出版』と記載されていた。

 

 聞いたことのないようなタイトルで出版社だったが、一応自費出版ではないようである。

 なにか興味が引かれるものがあったのか、三文小説家はその本を手に取り、黙々と読み始めた。

 

「旅をしながらこういう本を書いて。書き上がった原稿を出版社に送って。立ち寄った街の印刷所で製本されたのを受け取って、それを旅先で売る。それを繰り返しながら各地を回っていました……」

 

「へー、でも本なんてかさばるもんを抱えながら、旅なんて出来るもんなのかい?」

 

「それは、リアカーだったり、オンボロのバンだったり、あと、わたしが担ぎながらだったり、色々ガンバッテたんですぅ……」

 

 朝霜は馬鹿みたいに大きなベイのリュックをチラリと見て、成る程と納得する。

 住所不定のバックパッカーだろうと、艦娘は艦娘、パワーは常人より遙かに優れているのだ。

 

「旅の本売り作家ねぇ。いや、いくらなんでもそれ食ってけねえだろ」

 

「意外かもですが、traveling expenses(旅費)に困ったことはありませんでした……なぜなら先生は売る場所を見つけるのも、本を売るのも、とても上手でしたので。以前にも―――」

 

 

 

『ふぇぇん……Admiral、ココ学校ですよね? 本当にこんなところで販売なんてするんですかぁ?』

 

『当然だ、学生というのは娯楽と情報にとても飢えている者が多い、しかも一度人だかりを作ってしまえば砂糖に群がるアリのような状態になる、それが思春期というものなのだ。あとガンビーよ、わたしのことは先生と呼びなさいと言っているだろう。いいか、こういうのは威厳が大事なのだ。大物の空気を出していればいるほど、相手は勝手にこちらの価値を高く見積もる、いずれお前にもやってもらうから覚悟しておくんだぞ』

 

『え、えええ!? 無理です先生みたいに売れませんぇええん! わたしには無理ですうう!』

 

『落ち着きなさい。いいかガンビーよ、大事なのは間合い、そして引かぬ心だ……おっと、ほら客がきたぞ。よく見ていなさい』

 

『みてみて、なんか本売ってるー。表紙の絵の子もかわぃい↑』

 

『……でもちょっと高いねー』

 

『まて、マケる。マケるから買ってくれ。おもしろいから!』(威厳パージ)

 

『えー、でもこれ、ほんとにおもしろいの?』

 

『おおっと、もしかしていま都会、特に艦連指定都市で人気沸騰中のぽっぽチャンシリーズを知らない? それはそれは、いいですかい。これはそんじょそこらじゃ売られていない一品だぁ。この作品を出版しているふかうみ出版、かの有名な伊八書房から度々宿命のライバルと宣言したとかしてないとかというあの、ふかうみ出版! おまけになんとこの本、作者のサインまでしてあるってんだから、こりゃあその価値も天にも届くというものだ。花の都会艦連指定都市じゃあ品薄すぎて滅多に見られやしない! そんな稀少で貴重な本をこのお値段で、いや、さらにマケましょうってんだから驚きだ! ですがタダでとは言えない! なぜならタダにしちゃうとこの本の続きや、他の本がもう読めなくなっちまうんだ、つまりこの本を買うって事はこの作家先生のパトロンになるって話、いよっ、大淀様!! そしてこれを買ったもんなら文芸最前線を支える知性の徒ってことで、学校の成績内申恋愛成就まで思いのまま! あれ、だってのに買わない? それなら仕方ねえ、そのうちお宝出品番組でこの本に高値がついているのを指をくわえて―――』

 

『え、え、え? わ、まって! 買う、買うってば!』

 

 

 

「そ、それ本当かい?」

 

 無理もない、バナナの叩き売りならぬ、本の叩き売り。

 そんなものを朝霜は聞いたことがなかった。

 

「先生は相手によって、とても上手に話し方を変えていました……わたし、一緒にいたいっていう気持ちがMainでしたけど、人としゃべるのがどうしても苦手で。Admiralみたいに上手にしゃべりたいって、そう思って弟子扱いで先生について回ってたんですぅ……」

 

「そりゃまぁ、その一緒にいたいって気持ちはよくわかるけどねぇ……でも、ならなんであんたはそんな大事な提督と離ればなれになったのさ」

 

「それは……朝起きたら置き手紙があって先生がいなくなってたんです……」

 

 その手紙には、所用で別行動を取ることにする。

 本は全部置いていくから、それを売って路銀の足しにしろ。

 用事はたぶん本が全部売れた頃に終わる、終わったら迎えに行く。

 困ったらとりあえず艦連指定都市の艦夢守市に向かうこと。

 

 という内容の文章が、簡潔に書かれていたらしい。

 そしてベイの前から提督が忽然と消えたのが、約一年前。

 

「そりゃまた突然だったんだね。で、コレいままで何冊売れたのさ」

 

「実はまだ一冊も……」

 

「い、一年間も売り歩いてかい?」

 

「はいぃぃ……」

 

 自信なさげに愛想笑いを必死に浮かべながら、目に涙を浮かべるベイ。

 朝霜はあまりに気の毒なその様子になにも言えず、無言で高額紙幣を一枚手渡した。

 

 ベイは最初、その紙幣がなんなのかわからないといったふうに首をかしげる。

 朝霜はため息を一つ吐き、三文小説家が先ほどから読み続けている本を指さす。

 

「釣りはいらないから、取っときな」

 

 朝霜のその言葉を聞いて、ようやくそれが三文小説家が手にしている本の代金だと察したベイ。

 彼女はプルプルと震えながら紙幣を手に取り、涙を流した。

 

「売れましたぁあああ!! 先生売れましたあああ!!」

 

 紙幣を両手で抱きしめて、泣くベイ。

 

 大げさに思うが、無理もない。

 なぜならベイにとって、この本を全て売れば自分の提督が戻ってきてくれる。

 そう心に刻みながら、提督のいない日々を旅してきたのだ。

 

 例え小さな一歩だったとしても、一冊売れた。

 その事実がベイにとって大きな希望となったのである。

 

 もっとも、他に客がいないからいいようなものだが、いたらドン引きレベルな泣きっぷりだったので、喫茶店的には軽い営業妨害である。

 

 が、朝霜はため息を吐きながらも、しょうがないという感じで、泣き終わるまで黙ってグラスを拭いて待ってあげることにした。(優しい)

 

 ちなみに三文小説家はガン無視で本を読み続けている。

 時折ぶつぶつとつぶやいて怖かったが、朝霜は慣れているし、ベイはそれどころではない。

 

 やがてベイが泣き止み、落ち着いたところで、朝霜が話を再開する。

 

「それにしても、あんたの提督は今頃どうしてるんだろうねぇ。本が手元にないんじゃ路銀を稼ごうにも稼げないんじゃねえのかい?」

 

「わたしが言うのもなんですが、先生は変な人でしたが、とってもモテたんですぅ。なぜか旅先旅先でよく女の人にご飯奢ってもらったり、宿を手配してもらったりしてましたぁ……」

 

「はー、聞いてる限りじゃアレな感じなんだけどねぇ……」

 

「もしかしてわたし、先生の邪魔になったから置いていかれたんでしょうか? 確かにいつまでたっても本を上手に売れないし、方向音痴だし、すぐ泣くから……あ、愛想を尽かされたんでしょうかぁあああ?」

 

 ブルブルと目に涙をためながら、カウンター越しに朝霜にすがりつくベイ。

 朝霜は少し引き気味になりながらも、ベイのフワフワ髪を優しく撫でる。

 

「あーもう、泣くんじゃないよ。大丈夫さね、あんたの提督は口が達者だから女引っかけるのがうまいだけなんだろ。なら女のほうもすぐに気がついて―――」

 

「農耕民と遊牧民、魅力的でミステリアスなのは遊牧民だ。なぜなら人の目には移動するものは魅力的に映る、それがなんであれ、な。見知らぬ土地を転々と旅する作家の男か……狭い村や町しか知らないものにとってはさぞかし心惹かれる存在だろう。どこかで腰を落ち着けて所帯でも築いても不思議ではない」

 

 本を読み終えたのか、突然会話に入ってくる三文小説家。

 その言葉を聞いて、ベイの目にたまっていた涙のダムが決壊した。

 

「うぇええん! やっぱりわたし先生に愛想を尽かされたんですねぇえええ!!」

 

「ちょ、提督あんた―――」

 

「それよりも、先ほど話していた手紙を見せてみろ。気になることがある」

 

 朝霜の言葉を遮り、珍しく強い口調で三文小説家がそう口にする。

 

 その迫力に、ベイは涙を引っ込め、慌ててリュックを漁り始めた。

 しばらくして、防水袋に入れて大事にしまわれていた手紙が、リュックの奥底から出てくる。

 

 その手紙を受け取り、本の文章と手紙を何度も見比べる三文小説家。

 

「……君の提督は口が軽くて達者だったようだが、文章はその限りでは無いな」

 

「へ?」

 

「重厚、いや、武骨といってもいい。内容もさることながら、文体に太い骨がある」

 

「え、えっとそれはどういう……」

 

 ベイが疑問を口にするも、三文小説家はそれに答えず、手紙と本の文章を見比べ続ける。

 そして手元の原稿用紙になにかを書き込み、ようやく顔をあげてベイのほうを見た。

 

「わたしも物書きの端くれだからわかるが、この手の人間が書く文章は、文字量が常人より多くなる傾向がある。なぜなら自分の内なる深淵より溢れ出た言葉、その全ては重要で意味があると、そんな信念に基づく確信があるからだ。自分が苦しんで苦しんで絞り出した言葉に愛着が湧く、そう言い換えてもいい」

 

 三文小説家は手紙の文章、そして本の文章を順に指さす。

 そして最後に、それらが共通する箇所を書き出したと思われる、原稿用紙の文章を指さした。

 

「なのに、この手紙は驚くほど簡潔で厳選された言葉が使用されている。しかし文章のクセをみるに書いた人物は間違いなく同じだ。つまりどういうことか……これを書いた人物は、この手紙を読む相手を想っていた。だから自分を律して、信念を曲げてなお、なにかを伝える為にこの手紙を書いたのだ」

 

 手紙を返され、手にするベイ。

 ベイはじっと、何度も読み返したはずの手紙にもう一度目を通す。

 

「一度しか読んでいないわたしにわかったんだ、君もわかってたんじゃないか? この小説と手紙を書いた人物が同じと知っていたなら、どこかでそれを感じたはずだからな」

 

「え、じゃあ先生はどうして……」

 

「それはわたしにはわからん。だが、先ほども言ったように、この手紙は相手を想って書かれている。君の身を案じてか、それとも別の理由があるかはわからんが、誤解無く、簡潔に、君に言葉を伝える必要に迫られてペンを握ったんだろう。うっすらとだが、下に引いていただろう便せんに、複数の下書きのあとがあった。恐らくこれを書く為に何度も何度も書きなおしたんだろうな」

 

「わたしの……ため、に?」

 

 ベイは思い出す。

 

 初めて会った日、強引について行くと言って泣き、提督を困らせたこと。

 迷子にならないように、手を引いて歩いてくれた、提督の手の温かさを。

 

 提督に会う前は、艦娘として生まれ持ってしまった方向音痴のせいで、いつも道に迷い、一人になることが多くて心細かった。

 

 だが、提督と出会ってからは、ずっと一緒にいてくれた。

 怖いことも驚くことも逃げたくなることも沢山あった。

 

 でも寂しくは、心細くは無かった……そんな、日々のことを。

 

「……Admiral……テイ・トク……会いたいよぉ」

 

 大声ではなく、静かに、悲しみにくれて泣き始めたベイ。

 朝霜と三文小説家は、その様子を黙って見ていることしかできなかった。

 

「お疲れ様でーす、シフト入りまーす」

 

 と、そんな空気の店内に入ってくる水色の髪の少女。

 それは学校が終わってバイトに来た初風だった。

 

 初風は店内の空気に気がつかず、手に本のようなものを持ちながら話し始める。

 

「いやー、聞いてくださいよ朝霜さん。わたし生まれて初めて本の叩き売りっての見ちゃいました。ほらこれ、学校の前で売ってたからつい買っちゃって……って、あれ? なにこの空気?」

 

 店内の視線が、初風が手にする本に集中する。

 

 タイトルは『怪傑ポッポ 秋刀魚争奪編』

 出版社名は『ふかうみ出版』と記載されていた。

 

 それは、ベイには見覚えのないタイトル。

 つまり彼女の提督が書いた新作、そうとしか見えなかった。

 

「ッ!? Where did you buy it !?(それどこで買ったんですか!?) Who did you buy it from !?(だれから買ったんですか!?)

 

 先ほどまでべそをかいていたとは思えない、真剣で切羽詰まった表情。

 そんな顔で、初風に詰め寄り、肩を掴んで揺するベイ。

 

 初風は突然の外国語と、海外艦と思われる艦娘の登場に混乱する。

 だが、なんとか言葉を聞き取り「あ、あっち……」と、方向を指さした。

 

 それを確認して、ベイは喫茶店を飛び出す。

 

「うあああぁ——! Admiral!! Admiral!! Admiral!!」

 

 ベイは走った。

 提督を求める声を上げながら。

 

 提督と別れてからの日々。

 

 今日は売れるだろうか。

 今日は見つかるだろうか。

 

 そんな不安を抱えて、旅をする毎日。

 

 自らの提督と出会ってからは、感じなかった寂しいという気持ち。

 そんな感情にこの一年間毎日晒され続けた。

 

 だからなのか、ベイはもうためらわない。

 チャンスがあれば例え怖くても走り出す。

 

 普通なら初対面の相手に詰め寄って、肩を掴み。

 言葉を叩き付けてなにかを聞くなんて真似は、できなかったはずなのだ。

 

 だが、彼女はそれができた。

 

 一度、手に入れたものを失ったガンビア・ベイ。

 図らずも、彼女は失った故にある種のたくましさを手に入れていた。

 

 だからといって、提督がいなくて平気かといえばそうではない。

 

「あ~もう! 無理だもん、こんなの!」

 

『泣くなベイ。わたしは必ず戻ってくる、だからもう少し待っていなさい』

 

 突然、空にベイの提督の幻が浮かぶ。(演出)

 恐らく会いたいと願うあまり、ベイの思いが空に浮かび上がったに違いない。

 

 あと見た目が気持ち美化されているが、その辺は許して欲しい。

 なにせ一年以上も会っていないのだ。

 

「むーりーでーすー! もう無理無理無理!!」

 

 ベイは幻に向かって叫ぶ。

 もう無理だと、あなたと離れて過ごす日々にはもう耐えられないと。

 

『まったく、しょうがない弟子だな……』

 

 その言葉に、彼女の提督は困ったように笑みを浮かべる。(幻だってば)

 

『だがまだだ、まだ迎えには行けない。許せ我が弟子、ガンビア・ベイよ』

 

「やだ~~! そんなの……絶対無理!!」

 

 薄れゆく提督の幻の言葉を拒否し、ベイは走る。

 その先に、自らの提督がいると信じて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子、反対の方向に走っていったね……」

 

 初風が示した方向とは完全に逆方向に向かって駆けていったベイ。

 その様子を見ていた朝霜は、店内全員の心の声を代弁するように、ボソリとつぶやいた。

 

 

 

■□■□■

 

 

 

「で、昨日も見つからなかったと」

 

「はいぃ……無理でしたぁ」

 

 一週間後、喫茶店にはメイド服を着たベイの姿があった。

 

「まぁこの街にいるかもしれないってのはわかったんだ、のんびり探したらいいさね。今日も仕事終わったら探しに行くんだろ? なら勤務時間の間はきりきり働きな、サボったらあの本片付けるかんね」

 

「ひぇぇ、がんばりますう」

 

 住む場所も路銀もなかったベイを気の毒に思った朝霜は、ベイを住み込みの従業員として雇うことにした。あと、たまに隣の部屋に住む秋雲*3のアシスタントとしても駆り出されているらしい。

 数日ではあったが働きぶりは悪くなく、そのかいあってか、ベイは本を喫茶店のレジ横に並べて売ることを許可されていた。

 

 余談だが、三文小説家も自費出版して同じことをやろうと考えた。

 が、プライドもあったのか、葛藤の末あきらめたとかなんとか。

 

「うぅぅ、Admiral……テイ・トク、わたしがんばるから……それにいまのわたしなら、頑張れば本を全部売って、先生に……喜んでもらえ……る?」

 

 ベイはレジ横にある、綺麗に並べられた本をチラリと見る。

 ぱっと見なんとなく売れそうに見えてくるから不思議だ。

 

 が、貸してもらった部屋に高く積まれた本の在庫を思い出して、首をぶんぶんと振る。 

 

「いやいや、無理無理無理! やっぱり無理ですよぉ……先生、早く迎えにきてぇ……」 

 

 モップにしがみつきながら、ベイは弱音を吐く。

 結局本はあれ以来一冊も売れていなかった、悲しい。

 

 ベイが落ち込んでいると、店のドアベルが鳴り、客がやって来た。

 

「あ、いらっしゃいませぇ……」

 

 蚊の鳴くようなベイの声。

 

 入ってきたのはスーツ姿なのに、なぜか無職っぽい男。*4

 男はベイの存在には気がつかず、不思議そうにレジ横に並べられた本を手に取る。

 

「なんで喫茶店で本が売ってるんだよ……しかも高い」

 

「まってぇ! マケます、マケますから買ってくださぃいい。お、おもしろいですからぁ!」

 

 

 

 

*1
・登場『三文小説家』と『駆逐艦:朝霜』

*2
・登場『無職男』と『駆逐艦:初風』

*3
・登場『無職男』と『駆逐艦:秋雲』

*4
・登場『無職男』と『駆逐艦:陽炎』他




明日もめげずに頑張れベイ
 

 
別件ですが『五十鈴生誕祭 リボン合同短編集』という企画に参加させていただきました。
下記URLがハーメルン内にあるそちらの作品ページです。良かったら覗いていってください。

https://syosetu.org/novel/205458/
 

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