提督をみつけたら   作:源治

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とても寒い、ゆえに焼き芋が食べたい。
つまり、お好み焼きも食べたい。

※数多のアツイ突っ込みを受け、一部不適切な表現を修正致しました。
 修正点「広島風お好み焼き」→「広島のお好み焼き」
 


『無職男』と『駆逐艦:浦風』

 

 季節が巡り、夏が来ようと未だ無職。

 

 そんな無職が日常となってしまったある日。

 

 目が覚めて、唐突にあるものが食いたくなった。

 寝床から身体を起こし、支度をする。

 

 外に出ると夏の日射しに全身を貫かれた。

 二秒で室内に戻りたくなったが、ぐっと我慢。

 

 途中で待ち合わせをしていた相手を回収し、とある店に向かう。

 行くのはずいぶんと久しぶりだが、まあ今日もやってるはずだ。

 

 脳裏に、あの雪の日に嗅いだ、焼けたソースの香りが蘇る。

 

 そう、これは俺が無職になって、まだ日が浅い頃。

 つまり去年の冬の話だ。(唐突な過去回想)

 

 

 

 冬になると、朝起きて自分の息が白く尾を引くことがある。

 四季が巡っている以上当然なんだが、割と突然来るから驚く。

 

 寒い時期は、起きがけに布団に入ったまま一服することがあるので、最初は煙草の煙と見間違えるんだが、どうもいつもより吐く煙が多いというか、もわっとしてる感じ。

 

 そこで、ああ、となって今度は息だけ吐く。

 そして立ち上る白い息を見て、もう冬だなって実感するわけだ。

 

 普段なら冬の訪れを感じて情緒深くなるのだろうが、いまの俺は二十五社連続でお祈りを食らい、それはもうメンタルダウンが著しい状態である。

 

 おまけに世間は年末ということもあってか、今年はもう面接の予定すら入れられなかった。

 つまり無職のまま年を越すことが確定したわけだ。

 

 そんなわけで、その白い息を見ていると、心だけでなく気温まで低下したんだなぁと実感し、それはもうひどい気分になった。

 

 なので布団にくるまって、もうなにもしたくない状態となった結果。

 三日ほどトイレに行く以外は布団から出ず、腹が減れば枕横に置いた水と食パンを適当に口に入れ、そして眠り続けるという、健康なのか不健康なのかよく分らない状況となったのがいま現在。

 

 さすがに三日もまともに食わなかったせいか、無性に温かいものが食べたくなった。

 

 温かいだけでなく、そう、鉄板の上で作られる独特のあれ。

 温かさと暖かさを併せ持つあの感じ、つまりは鉄板焼き。

 

 おっくうな気分をなんとか奮い立たせ、コートを着込んで外に出る。

 

 そしてあまりの寒さに、二秒で家に戻りたくなった。

 時間を確認してなかったんだが、外が地味に暗い、夕方だなこれ。

 

 というか、ちょっと、雪、降ってるし。

 

 だがここで戻るのも、なんだかしゃくだ。

 

 変な意地を無理矢理張って、なんとか気持ちを前に進ませようとする。

 自転車にまたがり、飲食店が並ぶ通りに向かうが、雪はどんどん強くなってきた。

 

 もうだめだぁ……おしまいだぁ…… 

 

 最悪な気分になりながらも、横殴りに近くなった雪を避けるため裏路地に避難。

 そうやってなんとか目的地に向かおうとするが、日も落ち始め、視界まで怪しくなってきた。

 

 日は沈むし、雪は降るし、もう最悪だわ。

 

 そもそも今日って何日だっけか、多分もう大晦日近かったはずだが。

 もしかしたらこの時期だし、早じまいしてる店も多いかもしれない。

 

 そんな中、下町の裏路地っぽい民家が建ち並ぶ間に、ぽつりと垂らされた赤提灯。

 赤提灯には雪がべっとりとついていて、なんの店かはわからないが、恐らくなにかの飲食店。

 

 一応のれんもたれてるし、営業はしているとは思う。

 なんの料理を出す店かは分らないが、この際なんだっていい。

 

 自転車を店の壁に立てかけ、雪を払って扉を開ける。

 のれんをくぐって中に入ると、石油ストーブのにおいと、焼けたソースのにおい。

 

 あー、暖かい。

 

 軽く石油ストーブにあたりながら店内を見回す。

 驚くべきことにスーパー狭い、テーブルが二つに、一畳ほどの座敷スペースに座卓が一つ。

 

 店自体は八畳もないんじゃないのか?

 

 だがその座卓すべてが、鉄板付きのお好み焼台だ。

 ここに来て変な幸運を引き寄せてしまったか、ふふふ、まさに死中に活だな。

 

 無意味な自信でも、いまはありがたい。

 

 

「あ~、お客さんかの? ごめんやけどこの店は会員制なんじゃ……」

 

 

 そして店の奥から聞こえてくる声、死にたい。

 

 つーか、会員制ってマジかよ、ここに来て会員制とか、アリかよ。

 たぶん提灯かどっかに書いてあるのに、雪で見えなかったんだな、くそう。

 

「うちの系列店がもうちいと先に行ったところにあるけぇ、サービスするよう言っとくけんそっちに……い?」

 

 店の奥から顔を出した店員と目が合う。

 

 髪を蒼く染めた、派手な女子学生風の女。

 すっきりとした明るい顔立ちに、髪と同じ色の綺麗な蒼い目。(カラコンか?

 

 反面、地味な色の、薄いニットのセーターと、どこにでも売ってそうな青のジーンズ。

 そして使い込まれて色あせた、ピンク色のエプロンが醸し出す生活感のある服装。

 華やかで派手な顔立ちと、生活感しかない地味な服装のギャップがすごい。

 

 目をぱちくりとしてるが、あれか、家の手伝いしてる店の子供かね。

 

 というか、なんかどっかで見たことある顔だな。

 まぁいいけど。

 

「あ、すみません。すぐ出ますんで」

 

 じっと顔を見るのも気まずいので、さっさと店の外に出る。

 扉を開けた瞬間、雪交じりの横風が顔に直撃して泣きたくなった。

 

 あー、くそ、さっきより吹雪いてるな。

 

 俺の人生ろくなこと無いな、ははは。

 今日はもう家に帰ってねちまおう、それがいいわ。

 

 そう思って自転車にまたがろうとした瞬間。

 腕をなにかに掴まれ、店内に引きずり込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『無職男』と『駆逐艦:浦風』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんで帰るんじゃ!? ああもう、こんな雪だらけになってしもうて……いや、そもそもなんでここがわかったんじゃ!? って、つべた!? 風邪引いてしまうよもう……あっ、も、もしかしてこんな中でうちに会いに来てくれたん!? そ、そんなら陽炎姉さんに連絡をせんとぉ……で、でも、もしかして二人きりのほうがええん? もう……おにいさん……あ、食べたいものあるかの? うちがなんでもつくちゃるけん!」

 

 いちどに、そんなたくさん、いわれても、わからない。

 

「……お好み焼きが食べたい」

 

 脊髄がなんとか記憶に残った最後の単語に反応する。

 正直鉄板焼きな気分だったが、ソースの焼けた香りのせいでもうそれしか考えられない。

 

「ええよ! うちにまかせとき!」

 

 そう答えて店の奥に引っ込んだかと思ったら、すぐにタオルを手に戻ってくる少女。

 自分事ながら、展開が速くてついて行けない。

 

 というかこの子アレか、陽炎姉妹の一人だったか。

 確かに自己紹介の時に見た気がしなくもない。

 

 というか一瞬の出来事でわからなかったが、外にいたはずだよな、俺。

 なのにいつの間にか店内に引きずり込まれて椅子に座らされていたんだが。

 

 やっぱり君ら人の手を掴むの好きね、あとちから強い。

 

「すぐ準備するけん、これでしっかり拭きんさい」

 

 と、席に座った俺の頭を軽くタオルで拭く。

 乱暴そうに見えて、優しい手つき。

 

 謎の言葉遣いの効果も合わさって、冷えた身体から力が抜ける。

 言葉遣いはアレだろうな、アイデンティティを構築したい思春期のあれ。

 

 聞き取れなくもないし、まぁそれもいいだろう。

 若いうちは大体のことが許される、はず、多分。

 

「あ、ああ、すまんな」

 

「ええよ~」

 

 俺の部屋より狭い店内、その一角にある調理場。

 そこにあるでかい家庭用の冷蔵庫から、材料を取り出す陽炎姉妹の一人。

 

 タオルを渡したときに既に点火していたのか。

 目の前の鉄板がじわりじわりと放熱し始める。

 

 前門の熱鉄板、後門に石油ストーブ。

 とても暖かい。

 

「よし、じゃあいまからうちが広島のお好み焼き作っちゃるけん、よう見とき!」

 

 広島ってどこだろうか。

 なんか歴史の授業で習った気もするが、戦史前のどっかの地名だったっけか。

 

「~♪」

 

 そんな俺の素朴な疑問もなんのその。

 機嫌良さそうに、薄い生地の上に千切りキャベツをのせる陽炎姉妹、の一人。

 

 というかキャベツめっちゃ多いな。

 だがそれが広島のお好み焼きというのならば、受け入れるべき。

 

 ぶっちゃけソースかけたら小麦粉とキャベツの分量がどうだろうと、味かわらんだろ。(暴論)

 

 そして今更だが、この目の前で機嫌良さそうにしている陽炎姉妹、の一人。

 の、名前がわからない。

 

「……なぁ、聞きたいことがあるんだが」

 

「ん~? なんなん、焼き上がるのはもうちょっとかかるよぉ?」

 

「いや、その、名前……なんだったっけ?」

 

 ガシャン、と、彼女の手から落ちた金属製のヘラが、鉄板に当たって跳ねる音。

 

 機嫌のよさそうな笑顔の状態で、表情が固まった。

 あ、やべ、地雷踏んだか?

 

「お、おにいさん? うち、自己紹介したよね? そ、そがいに印象薄かった? 怒らんけぇ言うてみ? ん? んー?」

 

 ぐぐっと笑顔のまま目と鼻の先まで顔を近づけてくる陽炎姉妹の一人。

 笑顔のままだが、恐らくメイビー怒ってる。

 

 そうはいうが、二十人近い自己紹介を一度で全部覚えられるほど、俺は頭がよくない。

 

 なんとなく風やら潮で終わるのが多かった気がするが。

 いまだ陽炎黒潮不知火、他数人くらいしか顔と名前が一致しない。

 

「物覚えが悪くてな……すまん」(素直)

 

 だが長々とした言訳は見苦しいので、さくっと謝罪。

 決して固まった状態の笑顔が怖いからではない、怖いけど。

 

「……もぅ、しょうがないのぉ……うち、浦風じゃ」

 

「ああ、浦風な、覚えた覚えた」

 

 と、口にした瞬間、ものすごい驚いた顔でこっちを見る浦風。

 え、なになに、もしかして一秒前に聞いた名前を間違えたのだろうか?

 

 だとすればそれはもう、いまの俺にはどうすることもできないので可及的速やかに脳をアンインストールするか土下座するしか理解できないと思うんだが。

 

「も、もっぺん」

 

「もっぺん?」

 

「名前、もっぺん、いいんさい」

 

「う、浦風?」

 

 なにがそんなに衝撃だったのか。

 

 もう一度名前を呼んだら、浦風が足の小指をタンスの角にぶつけたような感じになった。

 ピョンピョン跳ねながら何かを噛みしめてる感じとでもいえばいいのか、そんなやつ。

 

「っッゥ~~~!! もう、しょ、しょうがないねぇもうっ!!」

 

 なにがしょうがないのだろうか。

 無職には少女の心がわからない。 

 

「しょうがないけぇ、スペシャルなお好み焼きをやいちゃるけん!!」

 

「あ、おい」

 

 スペシャルなお好み焼きを焼いてくれるのはありがたいが、浦風が手を伸ばしたのは熱せられた鉄板の上に放置された金属製のヘラ。それに無防備に手を伸ばして掴む浦風。

 

 案の定「あつぅ!?」っと、握った瞬間、浦風の手を離れて放り投げられるヘラ。

 運の悪いことに、そいつは放物線を描きながら、俺の顔にベチャリと張り付いた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「ごめんねぇ……」

 

「いや、別にそんなに気にしなくてもいいぞ、ほんと」

 

 ひどくみっともない悲鳴を上げといて説得力ないけど。

 

 あまりに驚いて大げさな叫び声を上げてしまったが、別に大したことはなかった。

 が、慌てた浦風に俺は店の奥にある居間に移動させられ、そこに無理矢理寝かされた。

 

 そんな俺に氷袋を当てつつ、のぞき込むような姿勢で泣きそうな顔をしている浦風。

 

 こんな雪の日に突然店に来た、名前を忘れていた何度かあっただけの男を部屋に上げるとは。

 さすがに少し心配ではある、が、まあよく考えたら親御さんとかいるか、多分。

 

「げにごめんね……こがいな失敗いままでしたことなかったんじゃけど」

 

「それはいいけど、なんか焦げ臭いんだが……」

 

 そういえば、あのお好み焼きは未だ加熱されてる最中だったのを思い出す。

 メチャ慌ててたから火も切ってなかったよな、確か。

 

「いけん焼きっぱなしじゃった! まっとって、すぐ作って持ってくるけん!」

 

「あ、ああ、わかった。焦らなくていいぞ」

 

 氷袋を押しつけるように渡し、慌てて店の方に戻る浦風。

 ぽつんと居間に一人残される俺。

 

 身体を起こして、六畳ほどの部屋をぐるりと見渡す。

 

 中央のコタツに渋い色合いの桐箪笥、ミカン、急須に電気ポット、小型の石油ストーブに、上に載ったタライと張られた水、小さなテレビ、ゴミ箱等々。

 なんというか生活に必要な全部を、ここにぎゅっと詰め込んだかのような空間だな。

 

 ワンルームに住んでる俺がいうのもなんだが、なんというかおばあちゃんの部屋っぽい。

 

 手持ち無沙汰になり、少し冷えてきたこともあってコタツに足を突っ込む。

 と、中に積まれたなにかに当たった変な感触が、足裏に伝わってきた。

 

 反射的にコタツの中に手を入れて、中に積まれていたものを引っ張り出す。

 

「……」

 

 まぁなんだ、あれだ、半乾きの洗濯物だ。

 が、問題はなんというかその、あれだ。

 

 さすがに絵面がヤバイので、手に取ってしまった水色の肌着。(遠回しな表現)

 その薄い布の洗濯物をそっと中に戻し、コタツから出る。

 

 極めて気まずい、あと煙草が吸いたい。

 

「おまちどうさん……って、なんねーそがいなとこに座って、コタツに入ったらええのに」

 

「ああ、まあ、その、なんだ、コタツの中にな、そのな……」

 

「うん?」

 

 俺の気まずそうな様子を不思議に思った浦風は、焼き上がったお好み焼きをコタツに置き、布団をめくって中をのぞき込んだところで……固まった。

 

「あは、あははは、その、ごめんねぇ……す、すぐかたづけるけん!」

 

「いや、なんだ、店の方に戻って」

 

「いや、ええから! ちょっとまっててえ!」

 

 慌ててコタツの中から洗濯物をかき出し、抱えて別の部屋に持って行く浦風。

 ほんと、いったりきたりで大変だな。

 

 俺のせいだけど。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「はぁ、なんやせっかく提督が来てくれたのに……今日はええとこなしやわ」

 

「まあ気にするな、俺なんざここ数ヶ月ずっといいとこなしだぞ」

 

 広島風(不適切表現)なるお好み焼きを食べ終わり、コタツを囲みながら食後の一服。

 普通にうまかったな、食後のコーヒーもいい香りだった。

 

「あと今更だが、この店に来たのはたまたまだからな」

 

「あはは、やっぱり? うちも改めて考えたらそうじゃないか思う……あ、灰皿」

 

「お、悪いな」

 

 子供の前で煙草はと思い、外で煙草を吸おうとしたら未だ吹雪。

 十秒くらい扉を開けて悩んでいたら、浦風に怒られた。

 

 そして結局、先ほどの居間で一服させてもらうことに。

 

「なんかすまんな、一本だけにしとくから」

 

「べつにええんよ、気にせんでも。お客さんにも吸う人はおったし」

 

 過去形、そういや今更だけど、この店って会員制だったよな。

 

「会員制の店ってはじめてだけど、どんな客が来るんだ?」

 

「ここに来るなぁ姉妹や、知り合いの人らばっかりじゃ。大通りの方に普通にやっとる、それなりに大きい店もあるんじゃけど、うちはもうそこで働いとらんけえ。いまは一人でこの店切り盛りしちょるんよ」 

 

「あー、昔はそっちで手伝いもしてたけどってことか。んでいまはこの店を切り盛りしてると……若いのに店一つ任されるってすげえなおい」

 

 そして親が本店? のでかい店でがんばってて、この店は娘に任せてるって感じかな。

 つか姉妹って、多分陽炎姉妹のことだよな?

 

「任されるいうか任せてるちゅうかやけど……そげなことないよぉ、ただなんのために頑張っとるんじゃろってなってしもうて、働くのに疲れてこっちの店でほそぼそやる事にしたただけじゃけぇ」

 

 働くのに疲れたって、ガキがなにいってんだ……と一瞬口に出しかけたがゴクリと呑み込む。

 というのも、そう口にした浦風の顔が、年不相応な寂しげなものに見えてしまったからだ。

 

 まあそうだよな、何歳だろうとそう思うことはあるよな、確かに。

 

「だよなぁ、わかるわ。なんで働いてんだろなぁって……思ったことは俺もある……まぁ、いまとなってはほど遠い悩みだけどな」

 

 ぽろり、共感してこぼしてしまった弱音のような言葉。

 

 それを聞いて、浦風はきょとんとした顔をして、一瞬固まる。 

 そしてゆっくりと机に両肘をついて、組んだ両手に顎を乗せるポーズを取ると、首を傾けながらニヤニヤとした表情でこっちを見つめてきた。

 

「……なんだよ」

 

「別にぃ、ちぃと……ふふっ」

 

 年齢に見合わない寂しげな表情を見せたかと思えば、年相応の笑みを浮かべる浦風。

 

 この年頃の若い子は感情の起伏が激しいな、まあそれもまた若者の特権か。

 うらやましくなんざねえぞ、ちきしょう。

 

「まあ若いうちは色々とあるもんだが、同じくらい色々なんとかなるもんだから、あんまり深刻に考えなくてもいいぞ、ほんと、マジで、若いってうらやましいわ……ほんと、俺もあともうちょっと若けりゃ履歴書の段階でお祈りされることも無かったかもな、ほんと」

 

 そして慰めようとして、ブーメランが刺さる。

 ああ、だめ、俺ってまじ駄目なヤツ……

 

「しゃきっとしんさい! めそめそ泣き言こぼしちょってもしょうがないけん!」

 

 俺のほうに身体を寄せて、パチンと背中を叩いてくる浦風。

 その衝撃で煙草の灰が落ちかけたので、慌てて灰皿にねじ込む。 

 

「うるせえ、俺は無職だ。泣き言が増えるのは職業病だよ!」

 

 実際この数日の泣き言で作文が書ける。

 

「まぁ今年は色々あったじゃろうけど、来年はきっとええ年になるよ。当然再来年もその次の年もじゃ、うちが保証しちゃる」

 

「でたよ、根拠の無い若いやつのポジティブ思考……まぁ嫌いじゃないけどな、って、ああそうか、もう今年もあと……二日でおわりか?」

 

「ふふっ、この店も今年はもう店じまいじゃけえ、今日来てくれてよかったわ。うちも明日から陽炎姉さんの屋敷に行くけん」

 

 屋敷、屋敷ときましたか。

 うすうす感じてたが、長女である陽炎もまた、いいとこのお嬢な気配。

 

「そうや、提督も一緒に陽炎姉さんとこに行かん?」

 

「え、やだよ。なんでおまえら姉妹の女子会に俺がまじらにゃならんのだ。気まずいってレベルじゃねえぞ」

 

 できれば大晦日正月は一人でゆっくり過ごしたい派。

 まぁ、ここ数年は望まなくてもずっと一人だったが。

 

「そんなん言わんで、な?」

 

 コタツから半分足を出し、俺の腕に絡みつくように身体を預けてくる浦風。

 腕に伝わる柔らかな感触、コイツ子供のくせに結構オッパイあるな。

 

 子供相手にクソみたいな思考がよぎったので、慌てて振り払う。

 

「まあ来年、気が向いたらな。今年は予定がある」

 

 一人で過ごすという予定が。

 

「本当? 約束じゃよ、やぶったらいけんけぇね!」

 

「気が向いたらゆうとろうが」(広島弁汚染レベル1)

 

 というか、あんまり長居しすぎるのもあれだよな。

 さすがにそろそろ帰るかと、コタツを抜け出してよっこらせっくすと口にしながら立ち上がる。

 

 ぐぬ、この温もりから離れるのはちょっとつらい。

 

「まぁごっそうさん、そろそろ帰るわ」

 

「え、もう帰るん? 雪もふっちょるけん、なんなら泊っていってもええんよ?」

 

「いや、さすがにそこまで甘えられんわ」

 

 というか、親御さんとか帰ってきたら気まずいってレベルじゃない。

 

 なおも引き留めてくる浦風を軽くあしらい、雪で濡れた靴を履く。

 なぜかわからんが靴を履くあいだ、浦風はずっと俺の肩に手を置いていた。

 

 靴を履き終えて立ち上がると、浦風が寂しそうな表情で話しかけてくる。

 

「のぉ、提督さん」

 

「なんじゃい」(広島弁汚染レベル2)

 

「提督さんは、もううちの店の会員じゃけえ、いつでも来てね?」

 

「ああ、まぁ気が向いたらな」

 

「うん、うち……待っとるけん」

 

 見送りのため、俺の服を軽くつまみながら、とことこと後ろからついてくる浦風。

 なんか映画でこういうシーンあったな、この後ヤクザが撃たれるかんじのやつ。

 

 止めてくれるなおっかさん、みたいななんかそういうシーンだったな。

 

「じゃあな」

 

 せめて別れが惜しくないように、笑顔を作る。

 

「……気ぃつけてね。こけたりしたらいけんよ?」

 

「はは、雪も止みかけだし、さすがに―――」

 

 などと口にしながら扉を開けたとたん。

 先ほどまで小ぶりになっていた雪が、急にものすごい吹雪に変わった。

 

 あれだ、なんだ、ホワイトアウトて感じのレベル。

 

「……」

 

「えっと、もうちょっと休んでってもええんよ?」

 

 さすがにお言葉に甘えた。

 くそぅ、カッコつかねぇ。

 

 

 

 

 

 

 ――― 現在

 

 

 

「のぉ、提督さん?」

 

「なんだ?」

 

「ふふふ、なんでもないけん、呼んでみただけじゃ」

 

「……」

 

「わ、わ、わ、無言でデコピンするのやめえや! ふふ、今日も元気じゃねえ」

 

 クソ暑い中、久しぶりにきてやったというのにおちょくられた。

 大人の威厳を保つために浦風にデコピンをお見舞いする、が、かわされる。

 

 くそう。

 

「……なんなんですか、この甘酸っぱい空気は」

 

 そんなじゃれあいを、冷めた目で見ている浜風。*1

 

 看病してもらったお礼にと、飯をおごると言ったらすごい勢いで食いついてきたので、ならばと連れてきたのだが、なぜか機嫌が悪い。

 自転車の荷台に乗せて向かう道中は、鼻歌歌うほどに機嫌がよかったんだが、もっといい店に連れて行くべきだったのだろうか。

 

 しかしながら、今日は無性にお好み焼きが食いたい気分だったんだ。

 許しんさい。(広島弁汚染レベル3 ※なお誤表現)

 

「まあ食ってみろって、うまいから」

 

「いえ、浦風の作るお好み焼きが美味しいのはよく知っていますが……」

 

 焼けたお好み焼きを、もしゃもしゃと一定のペースを維持しながら食べる浜風。

 

 そして一枚食べ終わったかと思ったら、すぐに追加注文。

 しかも海鮮ミックスと豚肉の二枚。

 

 連れてきといてなんだが、よく食うなコイツ。

 

「のぉ提督さん、そういえば今年はどうじゃ? ええ年になっちょる?」

 

 なにがそういえばなんだよ、と、口に出しかけたが。

 そういや去年の末にそんなことをいってたような、いってなかったような記憶が蘇る。

 

 いい年、と聞かれれば間違いなくろくな年じゃないのは確かだ。

 なんせ先日ついに、新記録の九十五社連続お祈りを達成してしまった。

 

 まぁずっと新記録だけどな。

 

「どうもこうもねえよ、森で変なのに遭遇するし、風邪は引くし、煙草は値上がりするし、前島は結婚するらしいし、職は見つからんし、虎には襲われるし、相変わらず俺の人生ろくなことねえわ」

 

「なんねぇ、こがいな美人に囲まれとるのに、なにを言いよるんか」

 

「そうです、提督はもっと私たちと一緒にいる幸せを実感すべきです、もぐもぐ」

 

「おっ、そうだな」(生温かい笑み)

 

 実際美人だけどな、君ら姉妹。

 しかしながら大人の俺には、絵に描いた餅(美人)なので、君らが美人でも大して意味は無い。

 

 そんな感じでよく食う浜風と、せっせとお好み焼きを焼きながら絡んでくる浦風との時間を過ごしていると、なにやら祭り囃子の太鼓の音が聞こえてきた。

 

「ああ、夏だから神社でお祭りでもやってるのか……あれ、よく考えたら俺、今年一回も神社に行ってない、初詣すら行ってないぞ……というか、もしや今年の九十五社連続お祈りはそのせいなのか? ……まぁそんなこと無いとは思うが、ものは試しで帰りにでも寄ってくか」

 

「「!?」」

 

 なんてことをボソリとつぶやいたら、浜風と浦風はすごい勢いでこちらを見たあと、同時になにやら考え込んだかと思うと、ばっと顔をあげてお互い数秒間見つめ合い、がしっと固い握手を交わす。

 

 なんなの君ら、テレパシーか?

 

「提督、提案があります」

 

 ググッと身体を寄せてくる浜風。

 近い、近いって。

 

「な、なんねぇ」(広島弁汚染レベル4)

 

「お祭りに連れて行ってください、私と、浦風を! それはきっとすごくイイと思います!」

 

「そうじゃそうじゃ! な、なんならうちらの浴衣姿もサービスするけえ!」

 

「べ、別にかまわんが」

 

 なにがイイで、なにがサービスなのかは置いておいて。

 どうせ帰りによるついでだし、まぁいいかと承諾。

 

 決して勢いに圧されたわけではない、はず。

 

 俺の返事を聞いて、ガッツポーズとハイタッチをする浦風と浜風。

 そのあと二人は嬉しそうに店の奥に引っ込んでいった。

 

 なんでも、マジで浴衣に着替えるそうな。

 つか浦風、店番はいいのか。

 

 まぁ、お祭りなんざずいぶん長いこといってなかったし。

 

 たまにはそがいなのもええかもね。(広島弁汚染完了)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オマケ - 陽炎会議録NO.7 -

(※NO.は掲載順の番号となり、時系列とは一致しません)

 

 

 薄暗い部屋、円卓を囲む二十人近い少女らしい者たちがいた。

 

 

 らしいというのは、なぜか全員が顔を隠すための先の尖った白い被り物をかぶっていて、その顔がよくわからないからだ。

 

 そして被り物の額部分にはそれぞれ番号が振ってある。

 

 

 あと因みに時間軸的には浦風と浜風が、自分たちの提督と一緒にキャッキャうふふと神社のお祭りを楽しんだ日の真夜中である。(緊急招集)

 

「……いやー、びっくりしたわー。比叡姐さんとこの組の仕事のヘルプに入ってたら、提督と並んで歩く十一番と十三番がいたんだもん」

 

 淡々と、そして静かに『1』と額に書かれた数字の被り物をかぶった少女が、平坦な声で話し続ける。

 他のメンバーも皆、無表情(かぶり物で見えない)でその話を聞いている。

 

 ただ十一番と十三番の少女は、なぜかプルプルと震えていた。

 なんでですかねぇ……

 

「いやそりゃまぁ、聞いた限り見た限りでは? 別に規約違反らしい違反は? 無かったとは思うわよ、グレーなところもありそうだけど。でもさ、浴衣よ浴衣、二人で楽しそうに浴衣姿で提督と腕組みながら、浴衣姿で」

 

 余談だが、ゲーム内で浴衣グラが実装されている陽炎型は、多分いまのところ浦風と浜風だけである。(投稿日現在)

 ※ただしグッズ用の書き下ろしイラストでは、嵐、野分、舞風、萩風などの浴衣姿もある模様

 

 長姉である一番の言葉に、うなずきあうメンバーたち。

 そして震え続ける十一番と十三番。

 

「確かにぃ、抜け駆けの行為の判定的にはセーフだったかもだけどさー。決してネジリはちまきに、はっぴ姿を提督に見られちゃったっていうか、なんで私には浴衣グラがないのかとかそういう話じゃないけどさ(私怨)。これは決議案件にすべきかしらねぇ……」

 

「ま、待ってください! それなら途中で合流した四駆(嵐、野分、舞風、萩風)のメンバーも同罪では!?」

 

 とっさに立ち上がって発言する十三番。

 

 そう、実はたまたま浴衣姿でお祭りに来ていた四駆のメンバーたちは、浦風浜風と合流してなんだかんだで一緒にお祭りを楽しんだのだ!

 

 流れ弾が壮絶に命中して、ビクリと震える四駆メンバーたち。

 

「ま、待ってくれ陽炎の姉貴! 他の三人はともかくオレはただ後ろからついて行ってただけでなにもしてねえよ!」(早口)

 

「ちょ、嵐あんた提督のチョコバナナ(意味浅、普通のチョコバナナ)を横から咥えてたじゃない!!」

 

「そ、そういうマイだって、提督に(金魚すくいの水を)かけられて、そのあと丁寧に拭いてもらったのを喜んでたじゃねえか!?」

 

「えっと、私は別に……」(目そらし)

 

「萩は提督がちょっとかじって飽きたっていうリンゴアメをもらって、ずっと舐めていましたね。あとそのアメは他のだれにも舐めさせませんでした」(平坦な声)

 

「う、裏切ったわね野分!? あなただって、げたの鼻緒がキレたからって、少しだけ提督にお姫様だっこされてたじゃない!!」

 

「そ、それは!?」

 

 そして、四駆の各々が口にする自慢にも似た告発。

 その報告されてない事実を初めて聞いた他のメンバー達の目の色が変わる。

 

 その結果、この後、仁義無き法廷バトルの幕が開くのだ……が、その詳細は省く、

 

 

 

 結局つまり陽炎会議は今日も平和だったということなので。

 

 

 

 

*1
・登場『無職男』と『駆逐艦:浜風』




浦風と二人でお好み焼きを食べながら、冬を感じたいだけの人生だった。
あと広島弁がガバガバなのは許しんさい。(土下寝)


そして明けましておめでとうございます。
去年に輪をかけてのんびり更新になると思いますが、今年もよろしくお願いいたします。

ちなみに聞いてないよと思われるかもですが、今年は本を作って売ってみたいです。

即売会とか製本はちょっとハードル高いのですが、やれるならDL販売とかはやってみたい。
なんといいますか、体験したことがないような、そういう経験を今年はつんでみたいなと。

さらに今年一番どうでもいい情報ですが、わたしも初詣はまだ行ってないです。
取りあえずそんな感じで、改めて今年もどうぞよろしくお願いいたします。
 

2020年07月15日 追記
パテヌス様からとてもステキなイラストをいただきました。

詳細はこちら
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=234013&uid=34287
 

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