提督をみつけたら   作:源治

45 / 70
 
 特になにかの記念というわけではないですが、長い話です。

※長編回、約四万文字以上(通常の4話分)あります、ご注意ください。
 また、表題のサブタイトルは間違っていません、あしからず。
 


『芸術家』と『潜水艦:伊168』

 

「で、開催まで三年を切ったわけだけど。慰霊祭の計画は進んでるのかしら?」

 

 部屋に響く、気の強そうな女性の声。

 指先で机を叩きつつ、女は話を続ける。

 

「市長の私が言うまでもないけど、今回の慰霊祭は、戦後の節目として過去最大のものになるのよ。特に象徴になる『モニュメント』は生半可なものでは駄目、予算をいくらつぎ込んでも構わないけど、それにふさわしいものじゃないと絶対許さないわ」

 

 艦夢守市の市長である彼女の言葉に、会議室に集まった市の重鎮たちが頷く。

 問いかけられた担当者は、少し声を震わせながら進捗状況の報告を告げる。

 

「モニュメントに関しましては現在制作者の選定を進めていますが、その筋に詳しい誰に聞いても、同じ名前が出てきます。いまこの国で、それを作れるのは彼しかいないと」

 

「やはり……『ひまわり』か?」

 

 重鎮の一人が、会議室全員の言葉を代弁するように確認する。

 担当者はゴクリとつばを飲み込み、確信を持った表情で報告を続けた。

 

「はい、私も彼以外には考えられないと思っています」

 

「しかし、彼は引き受けるのかね。そもそも彼はああいう立場だ。それに聞くところによると、性格自体もとんでもなく……その、かなりクセの強い男なんだろ?」

 

 別の重鎮が、少し言葉を選ぶように疑問を口にする。

 

 なぜならひまわりの変人ぶりは有名だ。

 そしてなにより、その立場も。

 

「確かひまわりは貴方のところの基地にいたわよね……どうかしら?」

 

 市長の問いかけに、重鎮の一人である長い黒髪の女性が眼鏡を触りながら答える。

 

「幾つか、条件を呑んでもらえるのなら……やるでしょう、彼は」

 

「……わかった、彼の件は貴方にお願いするわ。説得や制作に必要なものなり許可なりがあれば、私がなんとかする。そのときは連絡しなさい」

 

 その言葉に、黒髪の女性は静かに頷く。

 

 これは戦後芸術の最高傑作とうたわれた壁像。

 『別れ』を制作した、芸術家ひまわり。

 

 そして彼を支え続けた一人の艦娘の話。

 

 

 

 ----------

 

 ---------

 

 -------

 

 -----

 

 ---

 

 --

 

 -

 

 

 

 

 

 ―――会議から七年前

 

 

「違う違う違う、彼女たちの美しさはこんなものではないはずだ」

 

 一人の男が作業台に向かいながら唸っていた。

 

 歳は二十代後半か三十代前半。

 ぼさぼさの長い髪に、伸ばされたままのヒゲ。

 

 衣服は汚れがついた白衣を羽織っていて、まくられた袖から伸びるのは、硬い素材を扱う彫刻家特有の太い腕だ。

 

 そんな男が血走った目で作業台の上にある、粘土の塊に向かって必死にヘラをふるう。

 

「違う違う違う違う……」

 

 何度も何度も、そう独り言を呟きながら、粘土の塊を削る。

 記憶の中にある、色あせた写真、それを必死に思い出しながら。

 

 かりかり、ごりごり、かりかり

 ごりごり、ぺたぺた、ごりごり

 

 日の光も届かない、とある屋敷の地下室で。

 誰の声も届かない、土の下にある部屋で。

 

 男は来る日も来る日も。

 毎日毎日、粘土や石を削り続ける。

 

 かりかり、ごりごり、かりかり

 ごりごり、ぺたぺた、ごりごり

 

 そして今日も粘土を削っていたときのこと。

 地下室が揺れた。

 

 続いて、複数の人間がこの地下室へと続く、階段を駆け下りてくる音。

 

 気晴らしに作った、似たようで違う、別のモチーフの像。

 その像をうれしそうに持って行く、欲にまみれた人間とは違う。

 

 鍛えられた兵士たちの足音。

 

 男はとある屋敷の地下に、閉じ込められていた。

 もっとも、本人は全くそう思ってはいなかったのだが。

 

 むしろ貴重な資料が手に入り、衣食住という余計なものに気を回さなくてすむ、作業に集中できる現状に不満は無かった。

 男にとってのただ一つの不満は、己の中にあるそれを、形にできないことだけだ。

 

 地下室の扉が開き、二人の少女が部屋に踏み込んで来る。

 二人一組の、特殊な訓練を受けた兵士の動きで。

 

「動くな!! 手を頭の上に置いて、床に伏せろ!!」

 

 二人の少女のうち、黒髪のお下げを垂らした少女が、拳銃を男に突きつける。

 もう一人の長い金髪の、赤い目の少女が油断なく室内を見回し、口を開く。

 

「時雨、他に誰もいないみたいだけど、どうやらここが密造の現場っぽい」

 

「了解だよ夕立。となるとこの男が下手人か……こっちを向いてくれるかな?」

 

 その警告を受けても、男はぶつぶつと呟き続けながら、粘土を削り続ける。

 全く反応が無い男の様子に、時雨、夕立と呼び合った二人の少女*1は、お互い顔を見合わせて、ゆっくりと男に近づいた。

 

「聞こえていないのかな? 言っておくけど僕たちは艦娘だよ、無駄な抵抗は―――」

 

「……艦娘?」

 

 艦娘という言葉に反応した男の血走った目が、ギロリと時雨をとらえる。

 服の下、魂の中までのぞかれるような恐怖を感じ、思わず後ずさってしまう時雨。

 

「今回はまたずいぶんと精巧なモチーフを用意したものだ。だが、素体が目の前にあるのであればどんな硬い石であろうと削り出すのは容易。どれ、こちらに、まずは服を脱ぐんだ」

 

「な、ななななな、なにを言ってるんだ君は!?」

 

「ちょ、なんかこのおじさんヤバイッぽい……」

 

 手を汚れた白衣で拭きながら、ゆっくりと時雨と夕立に向かってくる男。

 圧倒的な力の差があるというのに、その生理的な恐怖に思わず後ずさりする時雨と夕立。

 

「ふぬ、どこに行こうというのだね?」

 

「「きゃああああ!!」」

 

 じりじりと近づいてきた男に、思わず天下の艦連特殊部隊である猟犬部隊の隊員とは思えない、情けない悲鳴を上げ逃げ出す二人の艦娘、それを追いかける男。

 

「ちょ、なにやってるのよ時雨! 早く捕まえるっぽい!!」

 

「そ、そういう夕立こそ捕まえてよ! 突撃班一の狂犬の名前が泣くよ!!」

 

「血煙の時雨が言うことじゃないっぽい! そもそも生理的に無理っぽいぃいいいいい!!」

 

「僕だってそうさぁあああ!!」

 

 作りかけの像や、様々な彫刻用の素材、画材、キャンバス、資料写真などが置かれた室内。

 それなりの広さではあるが、物が多いその部屋の中をぐるぐると回る二人の少女と、男。

 

「やれやれ、物事が早く推移すればそれだけ怠惰が生まれるが、 私が君たちよりも速く動く時間に生きているわけではないのだから、そろそろ―――ぐべ!!」

 

 部屋に一つしかない出口、それを背に逃げ道をふさぎながら二人の艦娘に迫る男。

 絶体絶命(生理的に)と思われたその瞬間。

 

 ドアが開いたままの出入り口から、増援として駆けつけた水色の髪の少女が、背後から男の背中を蹴り倒し、動けないように踏みつける。

 

「アンタら……なに遊んでるのよ」

 

「遅いよぉおおおお! 叢雲隊長ぉおおおおお!!」

 

「うえええん! こわかったっぽいいいいいい!!」

 

 普段の凶暴で生意気なものとはかけ離れた、情けない部下の姿。

 その様子に、叱ろうとしていた『叢雲(むらくも)』と呼ばれた艦娘の部隊長も、思わず怯む。

 

「え、なんでアンタら涙目になってるのよ……」

 

「この人が服を脱げってええええ」

 

「はぁ? ったく、こんな時代に好きこのんで戦うことを選んだ“ろくでなし”が情けないこと言ってんじゃないの!」

 

 それを聞いて叢雲は部下を一喝し、腰まで届く長さの髪をかき上げ、踏みつけている男を見る。

 踏みつけて倒した拍子に頭でも打ったのか、気絶した様子。

 

「でも、あたしたちにそんなこと言えるなんて。ケチな贋作屋にしてはえらく度胸があるわね」

 

 念入りに動かないのを確認し、叢雲は足でうつぶせになっていた男をひっくり返す。

 瞬間、仰向けになった男の顔を見た叢雲の動きがぴたっと止まった。

 

「む、叢雲隊長?」

 

 様子のおかしい叢雲に、時雨が声をかける。

 なぜならその様子はまるで、雷に打たれたかのようで――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『芸術家』と『駆逐艦:叢雲』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、刑期はどれくらいになりそうなのよ」

 

「そうですねぇ。調べた限りどうも国外旅行中に誘拐されて、強制的に制作を強いられていただけのようですので、そこまで重い罪にはならないかと。裁判次第ですが禁固刑で一年から三年といったところでしょうか。うまくいけば執行猶予も考えられます」

 

(※禁固刑は懲役刑とは違い労働の義務などが無く、収容される環境にも違いがある刑罰)

 

 この場所は艦夢守市にある艦連拠点の一つである艦連軍基地。

 

 その作戦会議室で『大淀』と呼ばれる眼鏡をかけた艦娘の女性と、叢雲が完了した任務に関しての会話をしていた。

 今回の任務の主目的は、艦娘の彫像を密造している国外の現場に踏み込み制圧すること。

 

 というのも、艦娘に関係する物品の作成や販売は、基本的に艦連の許可を受けないと行えず、当然許可なしに行えば艦連法に抵触するからだ。

 

 理由はいくつかあるが、基本的には艦娘の権利などを含めた肖像権に関係するものが一つ。

 そして艦娘関係のグッズの売り上げが、わりと馬鹿にならないレベルで艦連の収入源となっていたりするからだ。(※例 島風のステッカー)

 

 特に今回のように美術品レベルの艦娘彫像などは、販売密造を含め放置できない問題なのである。

 ケチな犯罪行為に艦連軍特殊部隊が投入されたのは、そのあたりの見せしめも含めた理由があった。

 

 だがまさか、その投入された特殊部隊の隊長の提督が現場で見つかるとは、さすがに誰が予想できただろうか。

 

「それで、どうなんですか実際」

 

「なにがよ?」

 

 興味津々といった風な様子で、眼鏡を光らせながらすすすっと寄ってくる大淀。

 

「提督をみつけた気持ち、というやつですよ」

 

「……うるさい」

 

 赤くなる顔を手で押さえ、そっぽを向く叢雲。

 そんな叢雲を見て、ニヤニヤしながらクイッと眼鏡を持ち上げる大淀。

 

「ふふふ、ですがまぁどうされますか。今後のお仕事に関しては」

 

「……ちょっと考えさせてもらうけど、部隊長はどのみち続けられないかもしれないわね。なんというかその、ていと……ゴホンッ! て、提督次第って部分もあるけど、幸か不幸か刑期の間に訓練と引き継ぎはなんとかなると思うわ。夕立……はちょっと難しいわね、すこし経験が足りてない部分もあるけど、時雨なら問題ないはずよ」

 

 提督、そう呼ぶことに恥ずかしさを感じたのか、叢雲少し顔を赤らめながら言った。

 それを見て、大淀はクスリと笑う。

 

「ええ、ご希望に添えるようにさせていただきます」

 

「悪いわね」

 

「いえいえ、我々にとっては好ましいことですので」

 

 羽根ペンを揺らしながらニヤニヤと笑う大淀。

 憎たらしいと思う反面、いつだってその余裕と事務能力が心強いと叢雲は思う。

 

 思えば大淀とは、彼女が基地に着任して以来の付き合いだ。

 数え切れないほどの作戦と、日々の任務を共にしてきた。

 

 そう簡単に大淀との付き合いをやめられるとは思えないので、これからもなんらかの形での関係は続くだろう。

 

 そんな事後報告を含めた話を終え、ひとまずこの辺で……というとき。

 ドアをノックする音が部屋に響く。

 

 大淀が許可を出すと、憲兵がキビキビとした動きで部屋に入ってきた。

 

「失礼いたします。今回の作戦で捕らえた実行犯の贋作師……いえ、叢雲様の提督殿の件でご相談したいことが……」

 

 先ほどの入室の様子とは反対に、言いづらそうに言葉を濁す憲兵。

 訓練された憲兵らしからぬその様子に、大淀と叢雲は不思議そうに顔を見合わせた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「つまり、食事のスプーンを使って堂々と壁を掘っていると……」

 

「はい、どうも昨夜からずっと掘っていたようでして。そのままにしておくこともできず、やめるように言ったのですが聞こえた様子もなく。かといって、たとえ罪人であろうと、提督殿を力でおいさめするわけにも……」

 

 今回の件で捕らえられた罪人たちが収監されている、牢屋がある区画。

 到着した叢雲と大淀の目の前には、柵の向こうの部屋で、一心不乱にスプーンで壁を掘り続ける男の姿があった。

 

 この収容場所は鋼鉄のコンテナでできており、いざというときに区画ごと切り離して移送ができるように造られている。

 

 そのため内部の壁はコストと重量、また自傷行為防止を考慮し、厚い軟性の石膏ボードのような素材が使われていた。

 その為、スプーンなどで途中まで掘り抜くことはできるが、鋼鉄の壁に阻まれてそれ以上は掘ることは不可能だ。

 

「はぁ……開けなさい」

 

「は? え、いや、あ、了解です」

 

 叢雲の指示に一瞬戸惑うも、慌てて牢の扉を開ける憲兵。

 見た目はか弱い乙女だが、中身は屈強な兵士が何人いようと傷一つつけられない艦娘だ。

 

 そんな艦娘がこの場には二人。

 たとえ罪人が何人いようと、危険なのは罪人のほうである。

 

 そう納得した憲兵が鍵を開ける。

 

「ねえアンタ、こっち向きなさい。あ~~~、コホン。改めまして、て、提督。アンタの艦娘、特型駆逐艦、5番艦の叢雲よ……。ほら、こっち向きなさい」

 

 どの言葉に反応したのかは分らないが、叢雲の言葉を聞いて男がピクリと反応し、振り向く。

 そして叢雲のほうをじーっと見つめたあと、呟いた。

 

「……違う、君じゃない」

 

「はぁ!? いや、違わないわよ!?」

 

 思わぬ否定の言葉に、叢雲は驚く。

 焦った様子の叢雲を見ながら、男は視線をそらさず言葉を続ける。

 

「君は自分がどんな存在だと思う?」

 

「な、なに? 突然聞かれても……しいていうなら海の上を走って戦う存在かしら。これでも水上での戦闘能力なら世界でも有数の艦娘っていう自負があるわ」

 

 胸を張って、自信ありげな表情を浮かべる叢雲。

 その言葉に嘘偽りは無く、艦連の特殊部隊隊長という立場に、弱い艦娘がつけるわけがない。

 

 しかし男はそれに関して知らないのか、それとも全く興味が無いのか。

 表情一つ変えずに言葉を続ける。

 

「水上……潜水艦みたいに潜れないのか?」

 

「いや、私、水上艦だし。フロッグマンの訓練くらいは受けてるけど」

(※フロッグマン 軍事活動を行う水中工作員の通称)

 

「フロッグ……蛙? じゃあやっぱり違う、君のことは知らない」

 

「私を知らないって、アンタ、もぐりでしょ!」

 

 騒ぎ立てる叢雲、それを無視して男は再び壁を掘り始める。

 傍から見ると構ってほしい猫が、飼い主にじゃれついているようにも見えた。

 

 その様子を見ていた大淀が、お腹いっぱいといった表情で口を出す。

 

「ともかく、しばらくはここにいてもらいましょう、なんなら服役もこの基地でしてもらっても構いませんし。こう堂々と壁を掘られては他の施設に移すよりも、そのほうがいいでしょう。なにより……叢雲さんも面会が楽でしょうから」

 

 悪い笑みを浮かべながら、クイッと光る眼鏡を触る大淀。

 

「アンタ、さすがにそれは……」

 

「権力とは使うためにあるのですよ、ふふふ。まぁ司法取引の範疇です。いろいろと情報提供やら証人保護やらが使えないか考えてみますよ。そのかわりといってはなんですが……」

 

 大淀の言いたいことを察した叢雲が、ため息を吐く。

 

「はいはい、わかったわよ。時雨や他の部隊員たちをどこに出しても恥ずかしくないように、きちっと訓練するわ」

 

「ええ、よろしくお願いいたします」

 

 叢雲は複雑そうな表情で、黙々と壁を掘り続ける男を見る。

 それは離れたくない思いからか、それとも自分の提督にいつでも会えるようになる喜びからか。

 

「じゃあね、また来るわ」

 

 投げかけられた言葉に、男はなにも答えを返さなかった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「それで、どんな感じなんですか?」

 

「……なにがよ」

 

「当然、提督をみつけた気持ちっぽい!」

 

 部下の陸上戦闘訓練を終え、書類整理をしていた叢雲の士官室。

 そこに次期隊長候補の時雨と、夕立の姿があった。

 

「アンタら、他に聞くことないの……」

 

「ははは、ぼくたちにとって、それ以上聞きたいことなんてないさ。おっと、ないですよ」

 

「別に、いまは楽に話して構わないわよ」

 

「わるいね、そうさせてもらうよ」

 

「教えてほしいっぽい!」

 

 時雨も夕立も、甘えるようなくだけた様子で叢雲にすりよってくる。

 だが、ほんの僅か……その中には本人たちも気がつかない、切実さのようなものが交じってもいた。

 

「そんなの、艦娘によって違うってのはよく知ってるでしょ。アンタらも軍人なら誰かの気持ちなんて不確定なものを当てにしてんじゃないわよ。それよりも、この報告書に書いてある、意味のなさない妄言のようなものを呟きながらって部分だけど。なんて言ってたかちゃんと覚えてないの?」

 

「うーん、確かになにか言ってはいたんだけど……」

 

「えっとね、確か“素体が目の前にあればなんでも作れる”だったっぽい」

 

「あっ、ちょっと違った気もするけど、大体そんな感じだね」

 

「ふぅん……」

 

 叢雲の脳裏に、スプーンで壁を掘っていた男。

 自らの提督の姿が思い浮かぶ。

 

 あの男は、もしかして脱獄しようとしていたのではなく。

 なにかを作ろうとしていたのではないのだろうかと。

 

「まさかね」

 

 だがあんな状況でなにかを作れるはずがないと、すぐにその考えを打ち消す。

 

 それよりも、叢雲は明日から始まる長距離航海訓練で、しばらく基地には戻れない。

 

 だからというわけではないが、一応念のため。

 今夜もう一度だけ自分の提督の顔を見に行こう。

 

 そんな素直じゃない想いが、叢雲の中にふっと浮かんだ。

 

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 自らの提督と叢雲が出会って、ちょうど半月後。

 

 

「まずいことになりました」

 

「帰ってきて早々いやなこといわないでよ」

 

 

 不幸にも次代の部隊長に抜擢されてしまった時雨と、叢雲から見ればまだまだな部隊員たち。

 彼女らをみっちりしごくための長期外洋訓練から帰還した叢雲を待っていたのは、大淀の不吉な言葉だった。

 

 二人は、叢雲の提督が収監されている牢屋に向かって歩きながら、会話を続ける。

 

「叢雲さんの提督なんですが、どうも“ひまわり”だったようなのです」

 

「ひまわりって……え、あの“本物の贋作師”ひまわり?」

 

 

 本物の贋作師『ひまわり』

 

 艦娘をモチーフにした作品を手がける、正体不明のアーティストとして世界的に有名な存在。

 その作品には必ずひまわりのマークがあることからそう呼ばれるようになった。

 

 ひまわりの作る艦娘の絵や像は、当然艦連の許可を得ておらず、世間的には違法な贋作師だが、そのあまりの完成度や美しさ、そして胸を貫く印象を見るものに感じさせることから、いつしか『本物の贋作師』と呼ばれるようになった。

 

 一部好事家の間では、ひまわりの手がけたとされる作品は天井知らずの高値で取引され、ひまわりの名をかたった、贋作の贋作と呼べる偽物も数多く存在する。

 

 

「申し上げにくいのですが、彼の正体が正体だった為、刑期が大幅に伸びる可能性があります。隠蔽も間に合いませんでしたので」

 

「サラッととんでもないこと言ったわね……いや、でも、それよりそんなの証明できるの? それこそ自分がそうだって名乗ってるだけかもしれないでしょ」

 

「彼が名乗ったわけではなく……いえ、見ていただいたほうが早いです」

 

 牢屋の前に到着した二人。

 大淀が牢の鍵を開け中に入り、叢雲も後に続く。

 

 そして目の前に飛び込んできた光景に、叢雲は息をのんだ。

 

 牢屋の壁一面に彫られた壁像、それは艦娘と思われる複数の少女たちの姿。

 建築用資材の壁をスプーンで彫ったため、当然仕上がりは荒く、精細さなどはほとんどない。

 

 だというのに叢雲はその壁像を目にして、呼吸も、身じろぎも、瞬きも。

 生きるために取る行動、そのすべてを忘れた。

 

 

 なぜならそれは、冷たく孤独で寂しく。

 おおよそ人が経験する苦悩の感情を、強烈に発しているかのようだった。

 

 それはまるで生命であるように。

 それはまるで世界であるように。

 それはまるで全てであるように。

 

 その壁像は完全なようで、決定的ななにかが欠落しているように見えた。

 なにかがない、それ故にその壁像は完璧であり、見るものの感情を揺さぶった。

 

 

「……これを見た憲兵は、言葉を失い、涙を流しました。本物であろうとなかろうと関係ないんです。これは危険なほど素晴らしい、これを作った希代の彫刻家が貴方の提督なのですよ。言葉にするのが難しいですが、これは――」

 

「違う、私にとって彫刻は手段であって肩書きなどではない」

 

 牢屋に置かれた簡素なベッド、そこでシーツにくるまって眠っていた男があげた声に、大淀と叢雲は驚いて視線を向ける。

 もぞもぞとベッドから這い出してきた男は、自身が彫り上げた壁像を見ながら、心がどこにあるのか分らないような様子で、誰に向けるでもない言葉を続ける。 

 

「もっとも、最初は油絵がやりたかった。だができなかった……だからまずは空間を理解しようと、あらゆる角度からの視点が必要となる、彫るということを学んだ。こんなもの、駄作に過ぎん。木に完成がないように、これは未だ、いや……永遠に未完成なのだ、こんなものしか……こんなものしか……私には作れないんだ……」

 

 あとになるにつれ、苦悶の表情をにじませ、絞り出すように言葉を吐く男。

 最後は言葉すら紡げず、片手で顔を覆い、もう片方の手をベッドに叩き付ける。

 

 この壁像をもって駄作という底知れぬ恐ろしさ、その自分たちには理解できない苦しみを抱えた男のその姿に、大淀と叢雲は気圧される。

 

 だが、スプーンなどという本来の制作道具ではないもので彫り続けた結果か。

 ぼろぼろになって血がにじんだ男の指先。

 

 それを目にして叢雲の心の奥底に、このとき小さな種火が灯った。

 

 小さな小さな種火、だがそれは叢雲の中で徐々に燃え広がり、やがて地獄の業火のごとく燃え上がることを……このときの叢雲はまだ、知るよしもなかった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 禁固刑十年。

 

 それが男に下された判決。

 

 男は法廷でその判決を、心ここにあらずといった様子で聞いており。

 そして彼の艦娘である叢雲は、その様子をじっと見ていた。

 

「こんな結果になってしまって、申し訳ありません」

 

「別に、アンタが謝ることじゃないでしょ」

 

 裁判のあと、誰もいなくなった法廷の傍聴席に座り続けていた叢雲。

 その隣にどこからともなく現れた大淀が腰を下ろす。

 

「艦連軍基地の敷地内にある、使用していない倉庫の一つに手を加えて収容場所にすることを認めさせました。かなり異例のことですが、なんとか、それだけは」

 

「は? いいのそんなことして。そんなことしたら、アンタのキャリア台無しじゃない」

 

「これでも艦夢守市基地司令官ですので、この程度では傷すらつきませんよ。それに、いざとなっても私の代わりはいますので」

 

「そう、悪いわね」

 

 艦連の基地内に罪人の拘束場所をわざわざ用意する。

 そんなことをしてキャリアに傷がつかない、そんなわけはない。

 

 だが、それを表に出さない大淀。

 

 おそらく立場上の権限も、個人的なコネも使い、かなりの無茶を押し通したに違いない。

 どうでもいいときには借りや貸しを強調してくる彼女が、それを言わないのだから間違いない。

 

 そう知っている叢雲だったが、大淀の顔を潰さないよう、軽く感謝するだけにとどめる。

 

「倉庫の改装はあと一月ほどかかりますので、移送はそのあとになる予定です。ただ、引き継ぎ訓練が終了するまでは面会時間に制限がついてしまうのですが。ですが終了すればその場所に、刑務官のような肩書きで一緒に住んでいただけるよう手を回します」

 

「……そう、ほんと……悪いわね」

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「ほら、今日からここがアンタの収容場所……というか、まあ住居よ」

 

 裁判終了から一ヶ月。

 艦連基地の新設された収容場所。

 

 あらかた部隊の引き継ぎ訓練が完了し、そこの歩哨兼雑用諸々の任務を行う、ただの看守としてのスタートを切った叢雲。

 

 その隣には、叢雲の提督でもあり、囚人でもある男。形式上移送の扱いなので、その手には手錠がはめられている。

 二人は艦連基地の使われていない倉庫を改装して新たに作られた、男を収容する建物の前に立っていた。

 

 叢雲はなにも言わない男の手を引いて中に入り、手錠を外して、内部の鍵をかける。

 室内は元倉庫だけあってやたら広く、大型トラックを複数台並べて停められそうなほどの広さがあった。

 

「なんというか、ずいぶんと広いわね。他に使えそうな場所がなかったからしょうがないんでしょうけど」

 

 室内にはキッチンにトイレに浴室。

 最低限のベッドや棚などの家具がすみに置かれていた。

 

 ただ、倉庫の中央には、制作に必要な頑丈な台が置かれており。

 他にも幾つかの棚の中に、様々な道具が用意されていた。

 

 自分が用意した記憶が無かった叢雲は、それが大淀によって用意されたものだと察する。

 

「大淀ったら、気にしなくていいって言ったのに……ほら、あれ以外のも色々と道具もそろえてあげたわよ」

 

 叢雲は、積まれたダンボールの中から石粉粘土と呼ばれる、粘土の一種を取り出す。

 

 石粉粘土とは石を粒の均等な粉状に砕き、接着剤など薬品を混ぜて粘土状にしたものだ。

 これは固まると石像のようになり、加工も粘土のように容易なため、男が好んで作る人体像などの制作に適していた。

 

 これは最初に収容された場所で、男が壁を彫らなくてもいいように用意されたものであり、以来男のお気に入りらしかった。

 

 叢雲は男の手錠を外し、拘束を解く。

 男は相変わらずなにも言わず、なすがままだ。

 

「アンタ、いま自分がどういう状況なのかわかってるの?」

 

 自分が囚人で収容されているという自覚がないのか、あまりに反応が薄い男。

 叢雲はこれからここで十年間、男と生活を共にすることを思うと不安になり、疑問を口にする。

 

「別に脳がないわけじゃない。君が誰でなにを言ってるのかも、自分がどういう状況にいるかもわかっている。ただ、たいして意味のないことだから反応をしないだけだ」

 

 そう言って、男は黙々と石粉粘土をこね始める。

 そのあまりにあんまりな言葉に、叢雲は口をあんぐりと開けて固まった。

 

 これからの叢雲との収容生活、いや、叢雲自身にはたいして価値が無い。

 そう言われたに等しかったからだ。

 

 うすうす感じてはいたが、どうやら男は叢雲にこれっぽっちも興味を抱いていない。

 その言葉に叢雲は、怒りや哀しみなどが湧き上がるよりも、脱力感を感じてしまった。

 

 

 

 それから男の囚人と、叢雲の看守としての日々が始まった。

 

 朝、叢雲は男をたたき起こして食事をとらせる。

 一応仮にも受刑者なので、一日の行動はある程度規則正しくさせる必要があるのだ。

 

 その後は昼食まで自由時間、というより男の制作時間。

 そして、昼食をとらせたら、また自由時間。

 

 その間に叢雲は、食事の用意をしたり、洗濯物などの家事を行う。

 もっとも手際のいい叢雲は、それらにあまり時間を必要とせず、結果として男を眺めていることが日中の大半となった。

 

 そして夕食、その後男を風呂場にたたき込み、就寝させる。

 一応テレビや本などを読む時間もあるが、放っておくとすぐに粘土をこね始めるので、風呂に入ったあとはベッドに寝かしつける。

 

 男は最初こそ僅かに抵抗してはいたが、叢雲の力強さの前では為す術も無く。

 やがて生活に適応するように、早く寝て早く起き、朝から制作を始めるという習慣になった。

 

 

 

 倉庫は他の受刑者がいるわけでもなく、面会者もいないので基本的には静かだ。

 

 だが、それでも時々、猟犬部隊の隊員が顔を出すことがあり。時雨と夕立、そして時津風などの隊員が、おっかなびっくりという風に様子を見に来ては、叢雲の話し相手になっていた。

 

 そして意外だったのは、誰よりもこまめに顔を見せたのが、基地司令である大淀だったことだ。

 

 艦連軍基地の役割である軍事での日常任務や、国の内外で時折展開される軍事作戦。

 それだけに留まらず、市内行政への協力等々。

 

 基地で一番重要な立場にいるため、誰よりも多忙な毎日を送る大淀。

 常人を遙かに超える業務遂行能力を持つ大淀だが、それでも潤沢に空き時間が作れるほど暇でもない。

 

 だというのに、彼女は時折顔を出しては、ひまわりの作った作品を眺め、なにかを感じているようだった。

 

 また、ときにはひまわりの作った作品を合法的に譲り受け、それを誰かしらに送っては、なにやらコネや借りを各地に作っている動きもあった。

 だが、気に入った作品をこっそりと執務室に飾ったりもしていて、その行動は単なる利益の損得だけでもなかったようだ。

 

「大淀アンタ、今日も来たの?」

 

「正確には一週間ぶりですよ」

 

「いやまぁ、そうなんだけどさ」

 

 大淀は男が制作を終えた、比較的小型の作品を見つめる。

 

「それ、昨日完成したやつみたいよ」

 

「そうですか、今回の作品もいいですね……これこそ芸術です」

 

 大淀はじっと完成した作品を眺めながら、ややトリップぎみに早口小声でなにかを呟く。

 

「これは―――芸術とは感情―――それには生存本能を揺さぶるような恐怖―――情動を揺さぶる手法を使うのが効果的。だが私たちのような艦娘は、通常の人間とは―――生まれ持って戦うことができる我々は―――特に私のような―――だというのに彼の作品は孤独を―――ブツブツ」

 

 叢雲は、静かに作品を褒め称え続ける大淀のその様子に、少し引いてしまう。 

 

「なに? アンタそういうのに興味あったの?」

 

「おや、常に彼の側にいるというのに、叢雲さんはその手の事に関心がないのですか?」

 

「別にそういうわけでもないんだけどね。ただ私にはゲイジュツ? ってやつのことはわからないわ。まぁアイツの作ったものの前に立つとね、アイツの本気さっていうか、真剣さみたいなものはたまに伝わってくるけど。あれ? ……そう考えると、アイツの頑張りが作品を通して伝わったってことよね、それってすごいことなのかしら?」

 

「くだらん、別にそんなことを思われたって嬉しくもなんともない」

 

 少し離れた場所で作業をしていた男が、比較的強い口調でそう口にする。

 驚いた叢雲と大淀、だがそう言われた叢雲はすこし不機嫌そうな表情を浮かべる。

 

「なによ、せっかく褒めてあげたのに」

 

「芸術とは見る人間の問題だ、そこに自我以外のものが挟まる余地は無い。それは芸術ではない」

 

「はぁ? ならなんだったら芸術っていうのよ」

 

「君が私の作ったものを見て、私に対してなにか思うなんてのはどうでもいいことなんだ。芸術というものは、私が作ったなにかを見て、それを見た者の心が燃え、なにかを起こす。それこそが芸術なんだよ」

 

「私が……なにかを起こす?」

 

「そうだ。大事なのは火が生まれることだ。それに比べれば、私を評価したり批評したりなんてのはたいして意味のあることじゃない」

 

 叢雲はなにかを言い返してやろうと思ったが、特に言葉も浮かばず、なにも言えない。

 そんな叢雲を、大淀は少し愉快そうに眺めていた。

 

 

 

 その日以来、叢雲は少しずつ男の身の回りの世話以外にも、制作の補助のようなことを始めた。

 

 補助といっても、男が使った道具を洗ったり、男がブツブツと口にする資料を取り寄せたりする程度だったが。

 それは男を理解するための努力を、少しずつ始めたようにも見えた。

 

 ときには男のヒゲを剃ったり髪を切ったり、爪などの手入れもした。放っておくといつまでも伸ばしっぱなしになるため、危なっかしくてしょうがなかったからだ。

 

 そしてその日、散髪後の髪を洗っている最中。

 男は叢雲に、乱暴に頭皮を揉まれて思わず苦言を漏らす。

 

「いたい、もう少し力を抜いてくれ」

 

「なによ? 怒ったの? 小さな男ね」

 

「……君はずいぶんと好きに言葉を紡ぐんだな」

 

「ふん、アンタも災難だったわね。私みたいに口が悪くてずばずばものを言う艦娘の提督だったなんて」

 

「べつに、好きに物事を語るのは悪いことでは無いだろう」

 

「へ?」

 

「誰かに愉快なやつと思われる必要なんてない、誰かに好かれて自分を楽な立場に置くような必要もない。例え孤立しようと自分を貫く覚悟のある姿勢を持っているのは当然なんだ。だが、それを難しく感じる者もいるのだろう。君はそれができているだけだ、だからなにも恥じる必要はない」

 

「……そんなこと言われたの初めてよ」

 

 叢雲は男の髪の毛を洗い続ける。

 その手つきは先ほどよりもわずかに優しい。

 

「……私に芸術はわからないけど……作品を作ってる時のアンタを美しいなって思うことはあるわ。そう思うと、美は作業の中に宿るのかもね」

 

「……そうか」

 

 叢雲の心に秘めていた言葉を聞き、薄い反応を返す男。

 そんな男の世話を叢雲は続ける。

 

 そんな毎日。

 

 子供の時から夢見ていた、自分の提督との生活。

 代わり映えのない毎日だったが、叢雲はそれが嫌だとは思わなかった。

 

 だが、叢雲はそう思ってるのが自分だけだったと……まもなく思い知らされるのだった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「アンタって、時々変なの作るわよね?」

 

 ある日、なんとなく叢雲が口にした言葉。

 

 というのも、男が作るのは基本的に艦娘の石像が多く、稀に絵なども描いていたが、そのほとんどは写実的な作品だった。

 だが、時折抽象的、前衛的なものを作ることもあり、決まってその手の作品は男自身の手で破壊されていた。

 

 最初こそ突然破壊されるその様子を見て、驚いた叢雲だったが。

 男のような美術作品を作る者にはよくあることなのだろうと、次第になれていった。

 

 だからその日も叢雲は、その作品を見て疑問を口にした。

 

「これって、前衛芸術とか、抽象芸術っていうんだっけ?」

 

「私は写実作品しか作らない、それは前衛芸術でも抽象芸術でもない」

 

「え、この水道管に詰まったボクカワウソみたいなのが?」

 

「……」

 

 男は唐突に、自分の身長ほどの像を倒し、地面に叩き付ける。

 そして叢雲が止める間もなく、ハンマーでその像を破壊し始めた。

 

「ちょ、アンタ急に……え?」

 

 男は泣いていた、涙を流しながら像を破壊し続けていた。

 違う、違う、違うと、何度も何度も口にしながら。

 

 叢雲は危険を感じ、とっさに男を押さえつける。

 

「落ち着きなさい!」

 

 違う違うとうめきながら、男は涙を流す。

 叢雲には男がなぜ苦しんでいるのか、まったく見当もつかなかった。

 

 

 その日から徐々に男は不安定になり、叢雲は男が暴れる都度取り押さえる。

 たいていの場合は、押さえていれば大人しくなったのだが、それがいいことなのかは叢雲には判断がつかない。

 

 だが、それでもなにもせずに見ているわけにもいかず、叢雲は必死になって男を押さえる。

 

 艦娘である叢雲にとって、男を押さえ付けるのは肉体的には大した負担ではなかった。

 が、男がどうして暴れるのか、なにに苦しんでいるのかがわからず、叢雲の精神的な負担は増してゆく。

 

 何度も何度も自分が無力だと、何度も何度も突きつけられる。

 そんなある日、疲れから横になっていた叢雲が目を覚ますと、男が彫刻刀を自分の耳に向けていた。

 

 寝起きの叢雲は最初、それがどういうことなのかわからず、ただ見ていた。

 が、男が彫刻刀で自分の耳を突き刺した瞬間、なにをしているのかがわかり、血の気が引く。

 

「アンタなにしてるのよ!!」

 

「離してくれ! わからない、わからないんだ、形が、耳の形がわからないんだ!」

 

「耳なら私のを好きなだけ見せてあげるから落ち着きなさい!」

 

「違う、違う!! 君ではない、君じゃない!!」

 

「じゃあだれだっていうのよ!?」

 

 男から彫刻刀を取り上げ、叢雲は覆い被さるように男を押さえつける。

 男は違う、違うと叫びながら、身体を跳ね上げ暴れる。

 

「かつて世界を救った提督たちは艦娘を作った!! 命を作ったんだ!! だというのに私は、私はこんなものしか作れない!! こんなものしか!!」

 

「アンタの作品だって充分命を持ってるでしょ! 大淀を見なさいよ! アンタの作品が命を持ちすぎてるから、その毒にやられておかしなことになってるじゃない!!」

 

 叫ぶ男、それを押さえながら、必死になだめる叢雲。

 

 どれくらいの時間が流れたか、ようやく男は大人しくなった。

 それはただ、暴れる力が尽きただけだったのか。

 

 叢雲の乱れた長い髪が、男の顔にかかる。

 

 気がつけば、叢雲は男に馬乗りになって押し倒す体勢になっていた。

 

 男の荒い息が、叢雲の顔にあたる。

 そしてそれほどまでに近く、男と向き合ったのは初めてだったことに叢雲は気がついた。

 

 男の顔を、ゆっくりと指でなぞる。

 その瞳は叢雲を映しておらず、どこか遠くを見ているようだ。

 

 唐突に、叢雲の目から涙が流れる。

 そしてその涙が男の頬にかかった。

 

 叢雲は男の側にいられて嬉しかった。

 

 それは自分の提督だから、艦娘とはそういうものだと言ってしまえばそれまで。

 でも、それでも自分の提督の力になれて、満たされたと思えていたのだ。

 

 だが実際はどうだ。

 

 力になれていると思っていたのは自分だけだった。

 むしろ自分がいたから、男の苦悩が深まったように感じられた。

 

「私はアンタにはなにもしてあげられないの? 私はアンタに……苦しみしかあげられないの?」

 

「……それを持ってない人間の方がよっぽど悲劇だよ」

 

 叢雲の言葉に、ボソリと男が反応した。

 それがなぜか悔しくて、叢雲は湧き出た感情を口にする。

 

「ねぇ、教えてよ。アンタはなにに囚われてるの? アンタを苦しめてるものはなに、アンタはどうして作品を作るの、私にはわからないわ。どんな理由があって、そんなにもつらそうに作品を作り続けるのかがわからないの。だからねぇ、お願いだから教えてよ提督……それは私にはどうすることもできないものなの?」

 

「……私がまだ何者なのか分らず、漠然と生きていた頃のことだ」

 

 返ってくるとは思わなかった男からの返事に、叢雲は一瞬驚く。

 

 だがすぐに、うなずくように男を抱きしめる。

 男の言葉だけでなく、その全てを逃すまいとするかのように。

 

 そして男は、ポツリポツリと語り出した……

 

 

 

 ----------

 

 ---------

 

 -------

 

 -----

 

 ---

 

 --

 

 -

 

 

 

『ここにいたのですか、さすがこの国で有数の戦史博物館ですね。観るものが多い』

 

『前島……これはなんだ?』

 

 男は自らが前島*2と呼んだ男を見ず、壁に掛けられた一枚の写真を観続ける。

 前島と呼ばれた男は、男が観ているその写真に目をやった。

 

『これは……おそらく永遠の深青作戦(Operation Eternal deep blue)と呼ばれる、対深海棲艦戦争末期における特殊作戦に赴く、潜水艦の艦娘を写したとされている写真ではないでしょうか……生きて帰れないとされていた作戦だと伝えられています。実際彼女たちは戻ってこなかったとも』

 

『帰って……これなかったのか……?』

 

『はい、戦後の混乱期に様々な情報や物証は失われましたが、それだけは確かな事実だと、艦連の公式情報として存在しています』

 

 写真に写っているのは皆、水上艦とは違う艤装をまとった少女たち。

 その水着姿の少女たちは、潜水艦という艦種の艦娘だ。

 

『どうして、どうして彼女たちはこれから死ぬというのに……こんなに、まるでひまわりの咲くような美しい笑みを浮かべているんだ?』

 

 写真に写る、すべての艦娘たちの顔に浮かぶのは満面の笑みだった。

 まばゆいほどに、不安などかけらも無いというような、美しい笑顔だ。

 

『わかりません。ですが、もしかすると彼女たちには一種の確信があったのではないでしょうか』

 

『確信?』

 

『たとえ帰れないかもしれないひどく危険な旅路だったとしても、その先に自分たちの求めるものがあるという、そういうたぐいの確信です』

 

『危険な、危険の先にこそ、危険だからこそ求めるものが……』

 

 

 

 ----------

 

 ---------

 

 -------

 

 -----

 

 ---

 

 --

 

 -

 

 

 

「私はその写真に感動した、絶望的に感動した。いや、私はその写真に感動したんじゃない。そこに己の運命を見たんだ。絶望の中で、その運命を受け入れると決意した。あれこそが、私の誕生した瞬間だったんだ」

 

 まるで昨日のことのように鮮明に、男の脳裏にその写真が浮かぶ。

 男は涙を流す、それはいかなる感情によるものなのか。

 

「あのとき見た写真に、彼女たちに心をとらわれてしまった私は、あれ以来なにを描いても、なにを作っても、どこかで彼女たちの影が付きまとう。空っぽだった私の心に入り込み、自分を定義付ける原点となってしまったんだ……」

 

 それは例えるなら、恋だったのだろう。

 男はそのとき、笑顔で死地に向かう少女たちの姿を見て、どうしようもない恋に落ちた。

 そして自らの身を焼く地獄へと、望んで囚われたのだ。

 

「この身が、この心が、完全に彼女たちへの想いに染められ、殺されてしまう前に……放出しなくては、その想いを外に放出しなければ……だから……違う……違う……きみじゃないんだ、きみじゃ……」

 

 男は違う、違うと呪詛のように、苦しみながら呟き続ける。

 

「彼女に、彼女たちに会いたい……」

 

 そして、最後にそう呟き、意識を落とした。

 

 叢雲は気がついた、はっと、気がついた。

 

 自分の提督は、芸術家だ、芸術家だったのだ。

 そしていま、この瞬間も芸術家として血を流しているのだと。

 

 その日、男は地獄の炎を身のうちに宿したのだろう。

 

 そして己の内にある炎を、外に放出する為に、自らの体を引き裂き続けているのだと。

 それこそが男にとっての芸術なのだ。

 

 だがこのままでは男は、本当に命を落としかねない。

 苦悩の果てに、自ら命を絶ちかねない。

 

 彼に芸術家を辞めさせる?

 

 不可能だ、この男は芸術家そのものだ、つまりそれは、自分の提督を殺すということだ。

 この男が身のうちにある地獄の中で戦っているなら、自分にはなにもできない。

 

 外側からどんなに自分が寄り添っても、彼が芸術家である以上、この人は孤独なのだと。

 

 この人と、この男と、そして自分の提督と共に歩むには、同じものになるしかないのだ。

 生身の関係ではなく、芸術家としての彼と一つになるしか……。

 

 その為には、壮絶な覚悟が必要だ。

 なにもかもを犠牲にしても、この男に全てを捧げる覚悟が。

 

 それができるのは、いま、この世界でそれができるのは。

 自分だけだ、間違いなく、自分だけなのだ。

 

 それは、男の艦娘である自分にしかできないと、叢雲は気がついてしまったのだ。

 

「……安心しなさい。アンタを彼女たちに……いいえ、誰にだって殺させやしないわ」

 

 このとき、叢雲という艦娘は、本当の意味で心の底から。

 自分の提督のためにその身を捧げると、覚悟を決めた。

 

 

 

 以来、叢雲の行動に変化がおきた。

 

 その一つが、文字通り常に男に寄り添い、男の言葉、その全てを記録することだった。

 叢雲は常にメモを持ち歩き、メモが出来ない時は、あとから全て男が喋った言葉を記録した。

 

 男が眠りにつくと、あらゆる美術書や絵画、彫刻、映像、演劇、などの技法書を読みあさった。

 男を囚らえている彼女たち、それを放出する術がなにかないかと調べ、模索し続けた。

 

 つがいの鳥と例えることもできたが、それよりも深いものになろうとしているようだった。

 例えるなら男の思考の一部に、男の感覚器の一部に、そして自身もまた男の芸術そのものになろうとしているかのように。

 

 また、戦史博物館に問い合わせをして、その写真のことを聞いたが、どうやらその写真はなんらかの理由で撤去されたらしく、いまは博物館には無いとのことだった。

 ならいまはどこにあるのかと、食い下がる叢雲に、博物館の職員は言葉を濁し、自分には分らないと謝罪をした。

 

 当然ながら叢雲はあきらめず、文字通り不眠不休で男のことを考え、男が抱える問題を解決するあらゆる手立てを探し続けた。

 やがて月日が流れ、その日叢雲は、男の望みを本人よりも正確に理解し、その目的を果たすための方法に気づく。

 

『えっとね、確か“素体が目の前にあればなんでも作れる”だったっぽい』

 

 かつて部下だった、夕立が口にした言葉を思い出す。

 

 だが、その方法は叢雲が知る限り不可能だ。

 艦娘である叢雲は、それを誰よりもよくわかっていた。

 

 

 

「私に出来る事ならなんでもするわ。なにか心当たりがあったら教えてほしいし、どうにかなるなら力を貸してほしい」

 

「ん? いまなんでもって……」

 

「ええ、なんでもするわ」

 

「……」

 

 あまりにも真剣な叢雲の返事に、大淀は沈黙する。

 

 朝一番に叢雲が訪れたのは、艦連基地にある大淀の執務室。

 叢雲の願いに、大淀は一言「それは無理です」と言い放った。

 

「貴方も、それは無理だとよく知ってるのでは?」

 

「だからアンタを頼ってるのよ」

 

「それはまぁ、わかるのですが」

 

 困ったような笑みを浮かべる大淀。

 そしてしばらく思案した後、

 

「心当たりがないわけではないのですが、これに関しては正直、叢雲さんにいくら頑張っていただいても意味はないんです。というのも、その場所への許可は艦連元老院の承認が必須になるので……」

 

「どういうこと? 艦娘の功績は、その提督のものって扱いにはならないの?」

 

「その心当たりがある場所に足を踏み入れるには、提督や艦娘としての功績だけではなく、その個人としての功績が必要になると思って頂ければ。それこそ最高位勲章レベルの功績がです」

 

「……相当厄介な場所みたいね。で、その功績を積む方法はないの?」

 

「普通なら無理だと言いたいところですが、彼ならあるいは……。数日ほど、時間を頂けませんか。なにか方法を考えてみますので」

 

「……お願い」

 

 そう言って頭を下げ、叢雲は大淀の部屋を出て行った。

 その姿を見送った大淀は、椅子の背もたれに身体を預け、深くため息を吐き、考える。

 

 なぜ自分は叢雲の願いを一蹴にしなかったのか。

 

 ばかげた願いだ、叶えられるはずがない。

 それでなくても、既に自分は大きな代償を払って叢雲のために骨を折ったというのにだ。

 

 確かに、ひまわりの作品を合法的に扱える立場になって、得られるものは多かった。

 だとしても、これはそういうレベルの話ではない、それほど厄介な話なのだ。

 

 でもなぜか、叢雲の願いを叶えてやりたいという思いも湧く。

 いや、どちらかといえばあの男、ひまわりの作るものを、もっと見てみたいという思いの方が大きいかもしれない。

 

 大淀の目に入ったのは、ひまわりから譲り受けた作品。

 なにかを掴むように空、いや、海面に手を伸ばす艦娘の像。

 

「厄介なものですね、芸術というものは」

 

 ボソリと、言葉にして、大淀は謎の脱力感を感じる。

 

 ひまわりが彫った独房の壁の彫刻を見て以来、大淀の中でなにかがくすぶっていた。

 それがいったいなんであるのか、大淀はうまく言葉にできない。

 

「まぁ、やれるだけのことはやってみましょうか」

 

 だが、それが大淀を動かすなにかであるのは、間違いなかった。

 

 

 

■□■□■

 

 

 

 数日後、大淀の執務室。

 外に聞こえそうなほどの、大声が響き渡った。

 

「ふざけないで! 彼は芸術家であって職人じゃないのよ!? いや、そうだったとしても数百種類の艦娘をモデルにしたレリーフを作るなんて不可能よ!!」

 

「ですが、それより他に方法はありません。私に考えつく限りはですが」

 

 部屋にいるのは叢雲と大淀の二人。

 叢雲は噴火するように怒り、机向かいに対面している大淀は冷静な様子。

 

 机に両手を突きながら激高する叢雲に、大淀は淡々とその方法を伝える。

 

 レリーフとは、薄い木や石、金属等の板に彫刻を施して作成される、浮き彫り細工と呼ばれる技術で作られる美術品をさす。

 

 大淀が提示したのは、その小型レリーフの原型作成。 

 その原型から金型を作り、艦娘の小型像の大量生産を行うというもの。

 

 艦娘百科や写真、ステッカーのような紙媒体の大量生産は行ってきた艦連だが、様々な事情で立体物に関しては、一点ものなどの美術品を除き、ほとんど許可を出してこなかった。

 

 だが、かの『ひまわり』が作り、それを元に大淀がうまく立ち回れれば、恐らく許可が出る。

 

 そして、もしこれがうまくいけば、艦連が莫大な利益を得るのは明らか。

 さらに芸術性の高い作品なら、そのモデルである艦娘のイメージも大きく向上するはず。

 

 そうなれば艦連元老院もその功績を認めるだろう。

 それが大淀の考えた方法だった。

 

 だが、その為にはかなりの数の艦娘のレリーフ像を作らねばならない。

 一体どれだけの種類に上るのか、数百どころではすまない可能性もある。

 

「しかもあくまで可能性があるってだけでしょ!? そんなの……」

 

「本当に無理かどうか、彼に聞いてみてはいかがですか?」

 

「無理でもないし、それを引き受けるに決まってるから問題なのよ!!」

 

 そう叫びをあげ、叢雲は大淀をにらみつける。

 そして叢雲は気づく、自分が肩で息をしていることに。

 

 どんな激しい運動をしようと滅多に上がらない息が、恐ろしく感情が高ぶった影響で乱れたのだ。

 それを自覚して驚きながらも、叢雲は呼吸を落ち着け言葉を続ける。

 

「だから問題なのよ、手の皮が全部むけても、耳を千切ってでも、どんなものが立ちふさがろうと……例えそれがどれだけ危険だろうと、彼はその方向に求めるものがあるなら、そこに向かって進むのよ……」

 

 目を深く閉じ、しばらく考えにふけってから叢雲は目を開く。

 深く暗い闇を湛える瞳、だがその奥底には地獄の炎が燃えているのを、大淀は幻視する。

 

「……やるわ」

 

 そう呟いた叢雲の様子は、過去どんな困難な作戦に挑んだときよりも、鬼気迫るものだった。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 叢雲から事の経緯とその方法を聞いた男は、黙って石粉粘土をこね始めた。

 

 男は喜んだ、なぜなら彼女たちに会える方法が見つかったから。

 世界を旅しても見つからなかったその方法が。

 

 意志に道しるべが灯され、男はものすごい勢いで作り始める。

 

 最初に手がけたのは、大淀のレリーフ像。

 出来上がったレリーフ像の原型は艦連の上層部に届けられ、審議の末に決定が下された。

 

 それは艦娘のレリーフ像の制作と販売を許可するというもの。

 

 許可は下りた、だが次の問題が立ちふさがる。

 販売するとなった以上、それは市場を考えなければならない。

 

 つまり定期的に作り、供給し続ける必要があったのだ。

 最終的な目的のためには、巨大な利益を上げなければならない。

 

 まず、モデルとなる艦娘をひまわりと会わせる。

 ひまわりは呼ばれた艦娘をじっと観察し続け、叢雲がその艦娘と会話をする。

 

 鬼気迫る男の視線に、叢雲の会話相手の艦娘の内面をえぐり出すかのような会話。

 

 当然ながら、ときにはトラブルも起きた。

 

 その日来たのは、金剛連合会という組織の長、戦艦の艦娘である金剛*3

 国内でも有数の権力者で、艦娘に対しても発言力が強い相手だ。

 

 もし怒らせでもしたら、他の艦娘の協力にも影響を及ぼしかねない。

 

 男のえぐるような視線に不快感を示した金剛。

 彼女は立ち上がって男の胸ぐらを掴み、男の視線の無遠慮さを問うた。

 

 いわく観察するのならもう少し慎み深い視線でみたらどうかと。

 その言葉と雰囲気には、僅かながらも殺意が含まれていた。

 

 常人ならすくんでなにも言えなくなる、そんな状況。

 それに対して男は、平坦な声でこう答えた。

 

「目で感じてとらえる、一瞬でも視線をそらせば流れは途切れる、そうなれば全部最初からだ」

 

 男の言葉の意味を計りかね、軽く首をかしげる金剛。

 

「わからないか? 遠慮や配慮なんてものよりも、見たものを忘れないようにすることの方が重要なんだ。なぜなら我々は記憶をもちいて作品を作る。私にとって大事なことは、被写体との友好を築くことではなく、作品の被写体を本物にすることだ」

 

 それを聞いて金剛は男の胆力、いや、狂気を肌で感じ、愉快そうに口をゆがめて大笑いした。

 そしてその後、他の艦娘に会わせるために力を貸してくれたという。

 

 もっとも、だからといって男の作業が楽になったわけではない。

 

 なぜなら艦娘に会い、聞き、観察し、男の中に入れられた記憶を、その身を引きちぎりながら吐き出し、形にする。

 それは身体に入れたもので血肉を作り、そしてできた肉を引きちぎり、血を吐き出すのという行為に近い、想像を絶する苦痛。

 

 それが男の創作行為だったからだ。

 

 だが、それこそが男にとっての芸術だった。

 そして求められたのはその芸術によって作られる作品だったのだ。

 

 それを繰り返す、ただひたすらに繰り返す。

 

 

 

 そんな日々が繰り返されて……およそ六年が経った。

 

 

 

 男が作ったレリーフ像は百五十種類を超えていた。

 そしてその出来はどれもすばらしく、だれもが絶賛した。

 

 売れ行きもかなりのもので、作者であるひまわりの名は、世界中で知られるようになった。

 かつて裏のほうが有名だった名は、今では表だろうが裏だろうが関係なく知れ渡っている。

 

 だがその頃にはもう、ひまわりの手は石のように硬く、そしてボロボロになっていた。

 彫刻家特有の太かった腕も、脂肪がまったくといい程無くなり、ただ隆起する筋肉と皮だけ。

 ただでさえ怪しかった会話はさらに安定しなくなり、時折なにかを呟くだけの日も多くなった。

 

 そしてそれを支え続けた叢雲もまた、異質な雰囲気を纏うようになっていた。

 自らの提督が苦しみ続け、消耗し続ける姿を見続け。

 それでも目的を果せるよう男が死なない限界のところを見定めて休ませ、支え続ける。

 そんな、精神を摩耗し続ける役目に長い間晒され続けたのだ。

 

 だが、それでもなお、二人の目には地獄の炎が燃え続けていた。

 

 

 

「ほら、しっかり噛みなさい」

 

 叢雲は温かいシチューに浸したパンを、男の口にゆっくりといれて噛ませる。

 男は力なく噛みながらも、半分以上がその口元からこぼれた。

 

「もう、これ以上痩せたら道具も持てなくなるわよ……しょうがないわね」

 

 叢雲は自らの口にパンとシチューの肉を含み、よく租借する。

 そして男の口に直接、叢雲自身の口を合わせ、食べ物を男の中に移す。

 

 それは異性間の愛情を示す行為というより、親鳥が雛の口に食べ物を運ぶような行為。

 

 それを幾度か繰り返し、食事を終えたあと、男の股下から液体が流れる。

 叢雲はそれに気がつき、なにも言わず男の衣類を脱がせた。

 

「今日はモチーフの艦娘に会う予定も無いし、制作中のレリーフも無いから、このままお風呂に入って休みにしましょうか」

 

 レリーフ像の制作を始めてから三年目ほどで、男は徐々に日常生活における行動を自分の意志で取れなくなっていた。

 病院で検査を受けたものの、異常は無く。おそらく生物的な本能を超え、男の身体が制作以外に使うリソースをカットしているからではないかと推測されたものの、治療方法はみつからなかった。

 

 だから叢雲は支えた、男の日常生活における行動を、文字通り肩代わりした。

 最初は涙を流したが、いまではただ無力感が僅かに湧き出すだけ。

 

 叢雲は男を両腕に抱きかかえて、浴室に運ぶ。

 

「……また、少し軽くなったわね」

 

 浴室についた叢雲は、男を浴槽に入れ、頭からぬるめの湯を優しくかけながら、男の痩せてゆく身体を洗う。

 

 初めて会った頃より、男の身体は小さくなった、そう叢雲は感じる。

 もともと小男といったふうな身長だったが、それでもがっしりとした体つきだったので、大きく感じた。

 

 だがいまはどうだ、余分な脂肪は身体からそげ落ち、制作に必要な筋肉と血管だけが浮き出ている。

 それよりも深刻なのが、男の思考能力だ。以前は多少なりとも意思疎通が取れていたのに、いまではもうほとんど意味のある会話を交わせない。

 

 叢雲の目から、枯れたと思っていた涙が溢れる。

 

 男が望み、男の望みを果たすため……いや、男の望みを果たす役にたちたいと、そう願ってしまった自分の欲望のせいで男はこんな姿になってしまった。

 

 男を……自分の提督をここまで追い詰めたのは自分だ。

 

 確かにあの日、自分は覚悟した。

 だけど、この覚悟はいつまで続ければいいんだ。

 

 提督の役に立てているという満たされた幸福と、提督を苦しませているという不幸。

 そんな出口のない、甘い毒に浸されるような日々に、叢雲は苦しんでいた。

 

「……かゆい」

 

 自責の念に囚われていた叢雲の意識が、男の声によって現実に引き戻される。

 それは久しぶりに発せられた、意味のある言葉。

 

 叢雲は乱暴に自分の目を拭い、明るい声で男に問いかける。

 

「そう、どこかしら、この辺?」

 

 叢雲は男の頭皮をガシガシと洗う。

 

「ああ、そこだ……ありがとう……叢雲」

 

 返事を期待したわけではなかったのに、男はその問いかけに反応した。

 そして名前を呼ばれたことに、気がついてしまう。

 

 男は、叢雲をちゃんと認識していた。

 それがわかった、わかってしまった。

 

 拭ったはずの目から再び涙があふれ出す。

 なんて残酷な、自分が悔やんで悔やんで、それでも止められない自分に自己嫌悪していたこのこんなタイミングで、どうして、どうしてそんなに優しい声で自分の名前を呼ぶんだと。

 

「なんで……なんで私なんかの名前を呼ぶのよ!! どうして!! アンタを、アンタをこんなにしたのは、したのは……」

 

 思わず叢雲は叫ぶ、怒り、哀しみ、悔しさ、無力感がごちゃ混ぜになった声で。

 

「わかってたはずでしょ、こうなることは。こんなことになるのは……わかってたはずなのよ……わかってた、はずで……」

 

 そして叢雲の中に、やりようのない感情が湧き、膝が崩れ落ちそうになる。

 そんな時、浴室の外から聞こえる大淀の声。

 

 大淀は二人が浴室にいるのを確認し、扉の前にたつと、浴室の扉越しに声をかけた。

 

「すみません、お伝えしたいことが」

 

「無粋ね、浴室で提督と二人っきりの時間を邪魔するなんて」

 

 多少なりとも虚勢を張らないと立っていられないと、叢雲は嫌味を口にする。

 

「それは申し訳ありません。ですが、一刻でも早くお伝えしたかったもので」

 

「……なによ」

 

 叢雲の返事を聞き、呼吸を一つおいて大淀は続けた。

 

「貴方の、いえ、貴方たちの求める方がいらっしゃる場所に行くための許可が……ようやく下りました」

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 西経157度 北緯21度付近

 旧名称『ハワイ諸島』

 

 複数の島々で構成されているが、各島が様々な役割を持ったメガフロートと呼ばれる巨大人工浮体によって拡張され続けた結果、現在は島と島の間はメガフロートによって連結され、結果的に一個の巨大な島の体をとっている。

 そしてこの地域は、現在世界中のどの国家の領土にも属さない艦娘連絡会の聖域。

 

 そこに艦連の本拠地は存在する。

 

 数多くの艦娘に、数百を超える艦艇、軍艦。

 そして万をゆうに超える憲兵軍兵士が日々守り続ける場所。

 

 その中でも特に厳重に守られた基地の一つにある滑走路。

 そこに一機の軍用飛行艇が降り立った。

 

「ようこそ艦連の暗部へ。歓迎するでありますよ、大淀殿、それと叢雲殿にその提督殿」

 

 男と叢雲、そして大淀が飛行艇のタラップを下りてすぐに現れたのは、黒い軍服を身にまとった、黒髪の女性。

 白粉によって白く塗られた顔に張り付くのは、意図して警戒心を煽るような、不安をかき立てる笑みだ。

 

 身にまとった服装と気配から、恐らく上位の階級を持つと思われる黒軍服の女性。

 その証拠に、後ろには憲兵とは違う軍服を着た、幾人もの手勢を引き連れている。

 

「わざわざお出迎え恐れ入ります、“あきつ丸”閣下。しかし今日はどうしてこちらに?」

 

「いやいや、艦夢守市の市長殿に、基地司令官殿が揃って無茶な申請を押し通されたとのことでしたので。気の小さい小官としては心配になってしまったのでありますよ、ククク。……して、そちらがうわさの贋作師殿ですかな?」

 

 気安い様子で、腰の軍刀の鍔をカチャカチャと鳴らしながら、あきつ丸と呼ばれた“艦娘”が男をのぞき込む。

 まるで笑いながら斬りかかりかねない雰囲気を放つその動きに、叢雲がぴくりと反応するも、それより先に男は暗い目つきであきつ丸に視線を合わせる。

 

「次は……彼女を作ればいいのか?」

 

「……クハッ! クククククク、クハッ! ククククク……いやはや、これは失礼しました。しかし成る程成る程、これはなかなか筋金入りの大物のようですなぁ、結構結構。ですが大淀殿、幾ら彼が大物であろうと、規則に関しては重々承知されているのでしょうな?」

 

 男から視線を外し、大淀に視線を移すあきつ丸。

 だが未だに害意を収めておらず、軍刀の鍔を鳴らし続ける。

 

「ええ、それは勿論。あきつ丸閣下のお手を煩わせるようなことはいたしませんわ」

 

 あきつ丸は大淀としばしにらみ合った後、ふっと力を抜いてストンと表情の抜け落ちた顔になり、男に視線を向ける。

 

「贋作師殿、これから貴殿が向かうのは、艦連の長い歴史の中でひた隠しにされ続けてきた、最重要機密がある場所であります。自分はそれを間接的に守る立場でありましてな。万が一漏れた場合は、それを隠すために街一つ灰にすることも辞さない覚悟であります。自分の身だけではなく、周りの者や、貴殿の艦娘のことを思うなら、ゆめゆめ……そのことをお忘れ無きよう、おねがいするでありますよ」

 

 感情の欠落した能面のような表情で、淡々と言葉を紡ぐあきつ丸。

 ねっとりとした重く、言いようのない恐怖が込められた言葉。

 

 その迫力に、歴戦の艦娘である大淀と叢雲、そしてあきつ丸を普段側で見続けている取り巻きですら、その例えようのない暗い圧力に硬直する。

 

 だが男だけは、ただなにも感じていないような顔で、あきつ丸をじっと見つめ、その言葉を聞いていた。

 

 最後まで言い終えたあきつ丸は「それでは」と、きびすを返していずこかに去って行く。

 あきつ丸が見えなくなったあたりで、ようやく叢雲が口を開いた。

 

「初めて見たけど、あれって太宰府長官のあきつ丸よね?」

(※太宰府 艦連の内部監査組織の別称、組織の長には常に陸軍の艦娘が就き、現在ではあきつ丸が就任している)

 

「はい。今回の申請を通すために色々と無茶をしたもので……おそらくはそのあたりを警戒して、釘を刺しに来たんでしょう。実際申請が通ったのは奇跡に近かったんですよ」

 

「あんなのが出てくるなんてね……六年前に覚悟は決めたつもりだったけど、今更ながらどういう場所に行くのかって実感が湧いてきたわ」

 

「正直、私もその場所に立ち入るのは初めてです。ふふふ、そう考えると私たちはまさに一蓮托生となったわけですね」

 

「冗談、でも、ないってことか……」

 

 それから、三人は基地の建物の一つに入り、幾つもの手続きを窓のない部屋で行う。

 

 これから見るもの、聞くもの、感じるもの。

 ありとあらゆる情報を、外部に漏らさないと約束する書類に署名を記入し。それらの書類の受理と、説明が行われる。

 

 何時間もかけてそれらの手続きを終え、ようやく三人は基地内にある巨大なエレベーターがある場所に案内された。

 それは基地の地下、そこからさらに奥深くの場所に下りるためのもの。

 

 エレベータ付近には完全武装の兵士と、セキュリティーが設置されていて、この先にあるものが艦連にとっていかに重要なものであるかが嫌でも伝わってくる。

 

「いよいよです」

 

 大淀がそう呟くと同時、重い音を立てて扉が開き、三人はエレベーターに乗り込んだ。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 ゆっくりと下降するエレベーター。

 下降を始めて何分か経った頃、男はボソリと口を開く。

 

「この先に……彼女たちがいるのか……」

 

「はい、正確にはそのお一人ですが。この先にいらっしゃるのは伊168“様”という御名前の……貴方が探し求めておられた、潜水艦の艦娘です」

 

 男はグッと目を閉じ、自らが求め続けた潜水艦の艦娘たちの名を呟く。

 その様子を、叢雲はただじっと見つめていた。

 

 長かった、いや、時間の問題ではない。

 時間とは垂直線上に立った、一瞬に内包された永遠の地獄。

 

 男は彼女たちに、支配されている。

 

 だから、男は彼女たちを殺さなければならない。

 そして、彼女たちに支配されている男を、叢雲は殺すのだ。

 

 やがて、リフトが最下層に到達し、重厚な扉が機械音を立てて左右に開く。

 そして目の前に広がったのは、ここが地下なのかと思うような広さの空間。

 

 深い青のライトで照らされ、静寂に満ちたその場所は、まるで深海の霊廟を思わせた。

 

 その霊廟のような場所の中央。

 そこにライトに照らされ、浮いている人影が見える。

 

 男はおぼつかない足取りで、その人影に向かってゆく。

 

 距離が近づくと、人影が浮いているのは、透明なシリンダーのようなもの。

 その透明な円筒の中に満たされた液体によって、浮かんでいるからだとわかる。

 

 浮かんでいるのは、水着姿の少女。

 水着の胸の部分には彼女の名称と思われる『イ168』という文字。

 

 少女は軽く膝を抱えるような姿勢で浮かんでおり、肌の色はみずみずしく、まるで生きているかのようで。見る角度によって色が変わる緋色の長い髪は、舞うように美しく広がっている。

 

「……ああ、あぁぁ……ああ、ああぁあ"あ"あ"あ"あ"!!」

 

 膝を折り、円筒に触れた男の慟哭が響く。

 

 それは、あの日、あの場所で、男の魂に刻まれた存在。

 ひまわりのように笑っていた、あの写真の少女の一人。

 

 

 いまはもう……この世界には存在しないはずの艦種の艦娘。

 

 

 ――― 潜水艦の艦娘の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『潜水艦:伊168』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対深海棲艦戦争、最終局面。

 

圧倒的に数で劣り、滅亡寸前まで追い込まれた人類。

当時の最高戦力であった、五人の提督たちは最後の賭けに出る。

 

その中で幾つか実行された作戦の一つが、とある提督の長年による調査で判明していた、深海に存在する敵の本拠地。

海上戦力の大半を使い陽動を仕掛けつつ、その隙をついて、そこに奇襲をかけるというもの。

 

その作戦のため、鎮守府を構築する上で核となる、妖精炉と呼ばれる設備を搭載した、移動型鎮守府ともいえる巨大な原子力潜水艦に、当時残存していた“全て”の潜水艦の艦娘と、五人の提督の内の一人が乗り込んだ。

 

詳しい経緯は不明だが、結果として深海棲艦は滅び、人類は生き延びた。

 

だが、戻ってはこれなかったのだ、その提督と潜水艦の艦娘である彼女たちは。

そしてその後の建造では、なぜか潜水艦の艦娘は現れなかったという。

 

その為、潜水艦の艦娘の血脈は絶たれ、現在では潜水艦の艦娘は存在していない。

 

また、その提督は『最終皇帝提督』、若しくは『黄金野獣提督』だったのではないかという説があるが、確かな証拠は未だ見つかってはいない。

 

ただ、発掘された五人の提督のものと思われる日記の切れ端に、その提督のあだ名ではないかと推測されているものが確認されている。

 

 

 

その名前は―――

 

 

 

「本来、終戦と定義された日は、深海棲艦と最後の戦闘があった日とされています。そしてその提督のあだ名も、とある日記の切れ端から見つかったと」

 

「でしょうね、私もそう習ったわ」

 

「ですが正確にはこちらの伊168様が、勝利を伝えられた日なんです。浜に打ち上げられたクジラの中からはい出てこられた彼女は、『ジョーは勝った……』そう、言い残されて機能を停止されたそうです」

 

「提督の王『キング・ジョー』……まさか実在してたなんてね。戦史博物館の設立に大きく携わっていて、戦史時代を経験した艦娘の中で三番目に長生きした、ドイツ空母のグラーフ*4って艦娘は、その存在を最後まで強く肯定してたっていうのは本で読んだけど」

 

 北海や地中海付近にある国では、必ずなにかしらの物語で登場する存在。

 欧州地域の提督の祖であると伝えられている提督、実在は怪しまれてはいるが、その名前が『ジョー』である。

 

 もし伊168が最後に語った言葉が事実として記録されているのであれば、その提督の存在を裏付ける貴重な証拠となるだろう。

 

「で、なんでその事実は伏せられて、彼女はこんな場所に?」

 

「色々と事情はあるのですが、大きな理由の一つとしては、大本営の残党どもに御輿にされる可能性があったからです」

 

「ああ……なるほどね。確かに物言わぬ英霊様のご遺体なんて都合の良いものを奴らが手に入れでもしたら、どういうことになるかなんてのは容易に想像できるわ」

 

「同様に艦娘百科事典やその他の書籍に、潜水艦の艦娘の写真や情報がほとんど記載されていないのは、大本営の残党によって、似た容姿の女性たちが利用されるのを防ぐ為でもあります。用心のしすぎと思われるかも知れませんが、昔は十二分にその可能性があったので」

 

「色々考えるもんなのね、アンタら“大淀”ってのは。本当のところ、世間一般で謎って事になってるあやふやな歴史、全部わかってるんじゃないの?」

 

「さぁ、それはご想像にお任せします」

 

 大淀はそう言って軽く肩をすくめたあと、壁にある大きなレバーの一つを引く。

 

 部屋が少し揺れたあと、周辺の床の一部分が上昇し、何十何百の大きなアクリルの板や本棚が現れた。

 その板の中や書物には、潜水艦の艦娘たちの等身大の写真や艤装の一部、そして当時を写す貴重な写真や情報が収められている。

 

 そしてその中には、戦史博物館から押収された、あの写真も含まれていた。

 

「艦連が保有する、潜水艦の艦娘に関係する情報のほとんどがここにあります。好きに見ていただいてかまいません……ですが、事前にご説明したとおり、貴方たちは今後、一生艦連の監視下に置かれますので覚悟してください。そして……」

 

「わかってるわ、慰霊祭のモニュメントを作るのが条件。わかってる、だからいまだけはあの人をそっとしておいてあげて」

 

 涙を流しながらも、決して瞬きをせず、伊168を見つめ続けるひまわり。

 その姿を、叢雲もまた、瞬きすらせずに見つめ続けていた。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

「作るんでしょ」

 

 一ヶ月ほど滞在した艦連の本拠地から、艦夢守市へと帰ってきた男と叢雲。

 収容所でありアトリエであり住居、その場所に戻ってきた叢雲は、男に向けてそう口にした。

 

 なにを、とも、言わず。なにが、とも言っていない。

 だが、叢雲には男がこれからなにをし、なにを作るのかがわかっていた。

 

 だからただ、確認の意味も兼ねてそう聞いたのだ。

 作るんでしょ、と。

 

「……反対しないのか?」

 

 伊168を目にして以来、男は徐々に出会った頃とかわらない様子を取り戻していた。

 むしろ叢雲にそう問う姿は、いままでみたことがないほどの不思議な生気に溢れている。

 

「だって、アンタこのままじゃ死んじゃうでしょ。いま自分がどんな状態なのか気づいてないの?」

 

 叢雲の言葉に、男は軽く首をかしげる。

 その様子が妙に可愛らしく、叢雲は笑みを浮かべながらそれを教える。

 

「まるで太陽みたいよ。内側から光が溢れて、爆発しちゃいそうだわ」

 

 叢雲の笑顔を見て、男は両手をこれでもかというほど広げ「ボンッ!!」っと、口にする。

 それがまたおかしくて、叢雲はさらに楽しそうに笑うのだった。

 

 

 

 やがて男は一枚の下書きのような、乱雑に描かれた設計図を描き上げた。

 

 叢雲はそれを見ながら、男に確認をとりつつ、寸法や必要な材料などを書き足してゆく。

 男の構想によると、その壁像はおよそ幅十メートル、高さ四メートル。

 

 さらに叢雲は、形状などを考慮して、作る上でなにが必要で、誰が必要で、どういう手順が必要なのかを調べ始めた。

 

 書物だけに拘わらず、巨大製造企業アカシや夕張重工、国内の美術作品を製造するアトリエ。

 不眠不休で勉強し、あちこちに頭を下げ、得られた内容を情報として書類にまとめる。

 

 大淀は叢雲から提出されたその書類を受領し、資材の発注を行う。

 これまでと違い、今回は市からの公式な要請による仕事だ、いままで以上に手配もスムーズであり、なにより資金も潤沢。

 

 すぐさま資材があつめられ、男のアトリエに運び込まれた。

 

 大量の資材は倉庫に並べられ、まずは壁像の骨組みとなる部分をくみ上げる作業を始める。

 このサイズになると全てを石粉粘土で作るわけにはいかず、ある程度の骨組みや形は木材や鉄材などで作り、そこに石粉粘土を足していく形になるからだ。

 

 作業には工兵課所属の兵士と、非番の猟犬部隊のメンバーが駆り出され、骨組みと足場の構築を手伝う。

 男はあとからその壁像に貼り付けるための造形物を制作しており、叢雲は大本となる骨組みの現場の指揮を、てきぱきととっていた。

 

 

「それにしても叢雲さん、よくこんなオブジェ? の制作指揮なんてできますね」

 

「別に最初からできたわけじゃないわよ、調べてシミュレートして、調べて、考えて、足りないところは頭を下げて聞いて。色々準備してきた結果よ。いっとくけど、これは優れた軍人にも共通することなんだからアンタらもしっかりがんばんなさいよ」

 

 非番だというのに嫌な顔をせず、自ら手伝いを買ってでた艦娘の問いかけに、叢雲はそう答え、さらに続ける。

 

「それと……アンタたちもよく覚えておきなさい。いつか会える自分の提督の側にいるためには、私たち自身の意志は当然として、その人を愛せるための能力が必要になる。それが身につけられないのなら、例えどんな努力をしたところで意味は無いわ」

 

 それは提督をみつけたあと。

 

「……まぁもっとも、それは私たち艦娘にとっては、ある意味なじみ深いものなのかもね」

 

 その生き方を決めた艦娘が持つ、重みのある言葉だった。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 そしてモニュメントの制作を開始して一年。

 慰霊祭まで一年半に迫った頃に、その艦娘は現われた。

 

 太宰府長官あきつ丸。

 

 巨大組織艦娘連絡会の内部監査組織の長。

 本来であれば、長官自ら動くようなことはあまりないが、今回はその長であるあきつ丸本人が、男のアトリエに訪れる。

 

 背後には、何人かの手勢を引き連れてはいるが、あくまでそれは雑事を行うための付き添い。

 いざ抵抗されたときには、あきつ丸本人が対象を拘束する心づもりなのだろう。

 

「さてさて、そこをどいていただけますかな、叢雲殿?」

 

「アンタにはこの場所に入る理由はないはずよ、帰りなさい」

 

 いち早くその気配を感じ取り、アトリエから飛び出してその前に立ちふさがったのは、男の、芸術家ひまわりの艦娘である、元猟犬部隊隊長、叢雲。

 

「これはこれは異なことを、自分がどこでなにを調べるかは、自分の立場と権限により保障されているでありますよ?」

 

 押し問答は無駄だ、すぐに叢雲は判断を下す。

 そして無言で艤装の一部である、接近戦用の鉄の槍をとりだした。

 

 展開した瞬間、槍の重量と缶に火を入れたことによる重量増加が発生、地面が僅かに陥没する。

 叢雲は片手で槍を持ち、もう片手を地面に突き、足と手で身体を固定。

 

 その姿勢は、限界まで出力を引き上げられた艦娘の脚力で、爆発的に加速し突撃する技。

 猟犬部隊員が陸上戦において好んで使う攻撃手段の構え。

 

 本気だ、本気でやるつもりなのだ。

 あきつ丸の取り巻きと、近くにいた基地の兵士たちに緊張が走る。

 

「……どうやら本気のようでありますなぁ叢雲殿。まあこれより自分は叢雲殿を文字通り“蹴散らして”中にいる貴方の提督を拘束し、中で制作されているものを破壊することになる可能性がありますので、そうせざるを得ないのはお察しするでありますが……あえて警告させていただくであります。そこをどいて中で制作されているものを確認させていただけますかな?」

 

「……断わる。この先は芸術の炎に身を焼かれ続ける男の聖域よ。アンタみたいなのが来る場所じゃない」

 

「そうでありますか……参考までにお聞かせ願いたいのですが。そこまでされるのはあの贋作師が、叢雲殿の提督だからでありますかな?」

 

「そうよ、そしてそれはきっかけ」

 

「きっかけ、で、ありますか?」

 

「……わからない? それも含めて、いまの私はアイツにゾッコンなの」

 

「まぁ、そのいい具合におどろおどろしく狂った眼をみれば、それはなんとなくわかるのでありますが……」

 

 なにもかもを捨てる覚悟で、武力を以て立ちふさがる叢雲の姿は、傍から見れば正気だとは思えないだろう。

 あきつ丸はやれやれといった風に帽子を取って、軽く頭をかき、かぶり直す。

 

「もう一つお聞きしたいのでありますが。提督以外の部分で、いったいどんな理由でそこまで入れ込まれるのでありますかな?」

 

 叢雲は体勢を持ち上げ、槍先をあきつ丸に向けるような構えに変える。

 それはどこか優雅さを含んだような構え。

 

 熱に浮かされたような笑みを浮かべ、叢雲は口を開く。

 

「それは彼が芸術家だからよ」

 

「はぁ、ゲイジュツカ、で、ありますか?」

 

「ええ、私もようやくわかってきたんだけど、芸術家っていうのは、生きて地獄を見る人間のことをさすのよ。どんな目に遭っても、どんな世界にいようとも、自分を貫く人たちの事。まぁ、周りから見たら変人かろくでなしにしか見えないけどね」

 

「……」

 

「そしてアイツはどうして芸術家になったんだろうって考えたら、それがわかってきたの。普通の人間は炎に近づけば、熱さを感じて身を引く。だけどあいつは違うのよ。そこに危険があるといわれても無邪気にそこに飛び込んでいって、その炎に焼かれ続けるの。そんなのだからアイツは、いまも地獄で戦ってるってわけ。……ね? とってもステキでしょ?」

 

 あきつ丸を含め、それを聞いた者は皆、そのどこか狂気めいた言葉と表情に気圧される。

 

「さようでありますか。残念ながら自分には理解できないみたいであります」

 

 が、それも一瞬。

 

 すぐに気を取り直したあきつ丸の周囲に、幾両もの『戦車』が突如として姿を現す。

 それは一部の艦娘のみが陸上で展開が可能な、陸上型深海棲艦に対抗するための特殊な兵装。

 

 一個基地並みの戦力を持つ、大型の深海棲艦に対抗しうる武器。

 

 祖となった戦車は決して性能が高いものではない。

 実際現代の戦車であっても、訓練を受けた艦娘であれば、容易ではないものの破壊は可能だ。

 

 だが、それは普通の戦車であれば、だ。

 

 これは艦娘の兵装なのだ、通常の戦車とは別次元の力を誇る、陸上兵器。

 さらにそれを扱うのは、その扱いに特化した本職の艦娘であるあきつ丸。

 

 戦車の砲塔が動き、全て叢雲に定められる。

 

「では。最後に言い残すことはありますかな? もしあれでしたらゲイジュツに対する恨み辛みなんかでもあれば遠慮無くどうぞであります」

 

 高まる緊張とは対局に、まるで愚痴でも聞くかのような軽さで、あきつ丸は叢雲に問いかける。

 それを聞いて、なにがおかしかったのか、叢雲は顔を伏せて声を押し殺すように笑う。

 

「く、くくくく」

 

「ん?」

 

「芸術っていうのは無邪気で残酷なものよ、そんなものに責任なんて無いわ」

 

 それは果たして本心からの言葉だったのか。

 言い終わった瞬間、顔をあげた叢雲の顔に張り付いたほほが裂けるような笑み。

 

 それをあきつ丸が視認するかしないかのタイミングで、叢雲の足が地面をけった。

 

 直後、爆発的な加速で先手をとった叢雲の攻撃があきつ丸に迫る。

 あきつ丸はすぐさま軍刀を抜き、それを受け止めた。

 

 だが、業物とはいえただの軍刀が、艦娘の兵装である接近戦武器を受け止めるのは不可能だ。

 

 艦娘の接近戦用“兵装”は、その艦娘が生まれ持って固有で持っているもの。

 それは軍艦と同様の強度を持つ、深海棲艦の装甲すら切り裂く切れ味と重量を持つ。

 

 あとから作ることはできず、それゆえ接近戦兵装を持ってうまれる一部の艦娘に接近戦を挑むのは相当の覚悟がいる。

 

 叢雲はその数少ない一人。

 

「ちょこざいな!!」

 

 受け止めたのは一瞬、圧倒的な重量差の前に、あきつ丸の軍刀がくだける。

 焦ったあきつ丸は、とっさに槍の攻撃を腕で防御するが、艦娘の防御力を貫きかねないその威力を前に、すぐに距離をとる。

 

 離れれば戦車による砲撃、それを避けたい叢雲があきつ丸に追撃をかける。

 接近戦において叢雲と対等に戦えるのは、国内でも少数だ。

 

 距離を詰め続ける限り、一対一での戦いであれば叢雲に大きく分がある。

 いや、あったはずだった。

 

 一対一であれば。

 

 あきつ丸が動かす、一台の戦車の砲塔。

 それが男のアトリエに向けられているのに、叢雲は気がついてしまった。

 

 とっさに、あきつ丸から離れ、砲塔の前に立つ叢雲。

 

「クッ!! ぐ、がぁあああああ!!」

 

 ちゅうちょなく発射された砲弾が、叢雲に迫る。

 迎え撃った叢雲はその砲弾に対して、あらん限りの重量を槍に乗せて上から斬撃をくわえ、地面に叩き付けた。

 

 爆発。

 

 空気が震え、基地内に爆音が響き渡る。

 やがて土煙が晴れると、そこには戦闘の構えを維持し続ける叢雲の姿があった。

 

 驚くべきことに、直撃ではなかったので戦闘継続は可能なレベルの損傷、が。

 既に勝敗は決している、叢雲は男のアトリエの前から動けない。

 

「おや、防がれてしまいましたな」

 

 先ほどまでの焦りの表情が嘘だったかのような、あきつ丸の笑み。

 

 叢雲は気がつく。最初からあきつ丸がその気で行動し、演技していたことに。

 そして、戦闘の組み立てうんぬんより、その目的の遂行手段を見誤っていたことに。

 

「終わりであります、叢雲殿」

 

 あきつ丸は静かにそう告げ、全ての戦車の砲塔を叢雲に向けた。

 

 叢雲はゆっくりと世界が流れるのを感じた。

 そして様々なことが頭を駆け巡る。

 

 

 戦車の一斉射撃が来る。

 

 

 六年間以上実戦から遠ざかっていて、ずいぶんとなまったという思い。

 昨日男に作った夕食のこと。今日の朝に男のヒゲを切ったこと。

 

 

 全ては切り払えない。

 

 

 あきつ丸の戦車の攻撃を何発しのげるか、耐えられるか。

 男が抜け殻になる少し前に、気晴らしに行った丘で見た風景。

 

 

 受け止める、アトリエにあてさせはしない。

 

 

 時間を稼げば、恐らく大淀がなんとかしてくれるかもしれない。

 暴れる男を押さえつけて、初めて近くで見た、あの泣き顔。

 

 

 守る、だってあそこには、彼がいるから。

 

 

 当たり所がわるければ、艦娘といえど、耐えられな

 

 独房の壁を彫って、男の、手に、にじんだ血を

 

 

 

 アイツの 死ぬのは 芸術家は

 

 

 

 あの人の でも私は 生け贄だ

 

 

 

 彼の 果たす 誰かになにかを

 

 

 

 

 提督の 役目 気づかせる――

 

 

 

 

 願い 終わってな ための――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからまだ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんのつもりでありますか?」

 

 

 砲撃の一斉射撃が始まるその直前。

 突如あきつ丸が、叢雲に向けてではない、疑念の声を上げる。

 

 なぜなら、あきつ丸の周囲を複数の艦娘たちが取り囲んでいたのだ。

 

 周囲を包囲するのは、基地所属の特殊部隊である猟犬部隊。

 

「なんのつもりもどうも、うちの庭でずいぶん好きかってしてくれるじゃないのさ」

 

 音もなくあきつ丸の後ろに現われたのは、現猟犬部隊隊長である、駆逐艦『時雨』

 ピリピリと放たれる重いプレッシャー。

 

 群をなして戦うことが本分である駆逐艦の艦娘が複数人、しかもそれは数多の実戦を経験した専門の特殊部隊。

 そんな相手が敵にまわっている状態に、さすがのあきつ丸も警戒を強める。

 

「貴殿ら、自分たちがなにをしているのか―――」

 

「私の命令です」

 

 あきつ丸の言葉をさえぎり、その場に現われたのは、艦夢守市の基地司令官であり、最高責任者の大淀。

 彼女はいらだちを隠しもせず、いや……明らかに激怒している様子であきつ丸のすぐ前に立つ。

 

「こまりますね、あきつ丸閣下。連絡もせずこのようなことをされては」

 

 その基地司令官の大淀が放つ圧力を前に、あきつ丸は兵装を収め、武力による闘いから舌戦による闘いへとすぐさま切り替える。

 

「これはこれは……ですが大淀殿、自分が太宰府の長官であると、うっかり忘れておられるほど耄碌されておりませんかな? それらに伴う捜査権と規則に関しては、重々承知されているはずでありますがぁ?」

 

「ええ、それは勿論。ですがお忙しいところわざわざこんなところにまで足を運ばれるような、時間が潤沢にあってうらやましいあきつ丸閣下のお手を煩わせるようなことは致しませんわ。うふふふ」

 

 人を食った笑みでケタケタと笑うあきつ丸。

 一歩も引かずにメガネを光らせながら、暗い笑みを浮かべる大淀。

 

 お互い一歩も引かない、凄まじい嫌味の舌戦が続く。

 正直常人であれば近寄りたくない光景。

 

「……腹黒の毒蛇と腹黒のマングースが煽り合ってるね」

 

 猟犬部隊の隊長である時雨がこぼした一言が、周囲の心情を代弁していた。

(大淀にバッチリ聞こえていたので、後日減俸された)

 

 そしてそんな光景を、緊張が解けてしまった顔で、ポカンと見つめる叢雲。

 

 あまりに唐突に展開される、別種の闘い。

 おかげで先ほどの、刹那の時間に流れた思いが全部吹っ飛んでしまったのだ。

 

「……たすかった……の?」

 

「彼女のアイデンティティーと、彼女のエゴイスティックがぶつかり合っている……いや、違うな……もはやあれは調和だ」

 

「あれが調和って……ちょ!? アンタなんで出てきてるのよ!?」

 

 外に出る前、叢雲は男に、決して外に出てくるなと念押ししたはずだった。

 男は空返事ではあったが、確かにうなずいた。

 

 だというのにアトリエから出てきてしまった。

 よりによって、一番出てきては不味いタイミングでだ。

 

「表でこれだけ騒がれれば文句も言いたくなる。で、騒動の原因はきみか。夢か現実で一度会った記憶があるな」

 

 男は、叢雲の静止も聞かず大淀を押しのけて、あきつ丸の前に立つ。

 突然のことに気勢が乱れるも、あきつ丸は軍刀のつかに手を置いて、いつでも斬るといった雰囲気を放つ。

 

「私がいま作っている作品についての話だろう、なら判断はその作品が出来上がってからにしろ。そのあとに問題が出たなら私を好きにすればいいし、その作品も好きにすればいい」

 

 男は以前より強く意志の感じられる眼で、あきつ丸をにらみつける。

 

「だが、作品が生まれるのを邪魔することはばかげている。作品を破壊するなら、それは完成した作品を見てからにしろ。見て、君の中に灯された火によって破壊しろ。その方がずっと強烈で鮮烈だ!!」

 

「なにをふざけたこと――」

 

 その言葉に反応したあきつ丸は軍刀を抜き……かけ、先ほどそれが叢雲に砕かれたことを思い出し、動きを止める。

 男は胸元から、くしゃくしゃになってたたまれた紙を一枚とりだし、あきつ丸に渡す。

 

 あきつ丸は不審そうにその紙を受け取り、開く。

 

 そして……その動きを止めた。

 

「いま作っているのは、恐らく君の考えているとおりのものだ。だが、だから、破壊するなら……完成してから、君の手によって破壊しろ」

 

 あきつ丸は黙って、紙に描かれた絵をしばらく見続けていた。

 

「あ、あの……長官?」

 

 引き連れてきた太宰府の部下が、恐る恐るといった様子であきつ丸に声をかける。

 その声に反応したあきつ丸は、ハッとなって、らしくない焦った様子で手元の紙を幾度も幾度も引き裂き、破り捨てた。

 

「作品が外に運び出されないよう、監視は付けさせていただくでありますよ」

 

 捨て台詞のようなものを残し、あきつ丸は大淀にそう告げてその場を去る。

 それを見送ることもなく、男はきびすを返してアトリエに戻った。

 

 残ったのはポカンと一連の経緯を眺めていた、大淀と猟犬部隊と基地の兵士たち。

 

 

「ま、芸術家は人を驚かせてなんぼってことかしらね」

 

 

 そしてそう言いながら、どこか嬉しそうに笑みを浮かべる叢雲だった。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 そうして月日はさらに流れ、慰霊祭の開催まであと半年に迫ったとき、それは形となった。

 

 出来上がった壁像の前に、男と叢雲は立つ。

 男はらしくない様子で、どこかそわそわしている。

 

「創作に虚無は無用だ、先入観を捨てたい、思ったことを言ってくれ」

 

「感想ならもう大淀が言ったじゃない。魂が抜けたみたいな顔で『素晴らしい……』って。それにアンタは自分の作品を最初に認めるのは自分って人だし、人の評価に身をゆだねるような人間でも無いでしょ」

 

 男の叢雲に対する問いかけに、叢雲は素っ気なく返す。

 

「それでもだ、君の言葉が聞きたい」

 

 だが男は、食い下がりもう一度問いかける。

 

「そうね……驚いたわ」

 

 叢雲はやれやれといった様子で、苦笑しながらそう返し、続ける。

 

「純粋に、ただ驚いた……やりやがったこの野郎、なんてものを作ったんだ!! っていう驚きかしらね」

 

「そうか!!」

 

「なによ嬉しそうね。アンタに対してどう思ってるかなんて、どうでもいいんじゃなかったの?」

 

「それはいいんだよ! 誰がどうして作ったかなんてものを差し置いても、それは君の中に純粋な驚きがうまれたということだ!」

 

「それは……よかったわね?」

 

 男が喜び、その姿を見て叢雲にも笑みが浮かぶ。

 そして嬉しそうにはしゃいでいた男は、突然叢雲に向かって振り向く。

 

「そうだ叢雲! あの丘に行きたい!」

 

「……あの丘って、アンタが抜け殻みたいになるちょっと前に、気晴らしに行って絵を描いた、あの丘?」

 

「そうだ、きっとあそこは今頃ひまわりで満開になっているはずだ、原っぱだったあそこにひまわりの種を蒔いておいた!!」

 

「アンタそんなことしてたの……言っとくけどあのとき大変だったのよ? アンタいつまでたっても帰ろうとしないし、雨はふるしで、私がずーっとアンタの為に傘を持ってたの覚えてる?」

 

「私に過去はない! だが夜までかかっても描き上がらなかったのは覚えている」

 

「ああハイハイ。わかった、わかった、付き合ってあげるわ。たく。でもまずはなにか食べましょう。なにか食べたいものある?」

 

 よほど気分がいいのか、男は叢雲を抱き上げてくるくると回りだす。

 

「君の作る卵料理なら何時でも食えるぞ!」

 

「……あぁもう! わかった、わかったから! 作ってあげるから下ろしなさい! でも外出の許可は高くつくわよ? それはちゃんと覚えておきなさいよ。貸しにしといてあげるから!」

 

 叢雲と男は、楽しそうに笑みを浮かべ、しばらく回り続けていた。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 モニュメントの原型が完成した。

 

 その知らせを聞いて、艦夢守市の市長である『ビスマルク』は、一人で基地を訪れた。

 

 長く輝く金色の髪に、手足の長い、美しい西洋人女性の体型。

 高いスーツを身にまとい、自信に溢れた歩みでビスマルクは、出迎えた基地司令官である大淀の前に立つ。

 

「来たわよ大淀。あの許可を出すために、ずいぶんと骨を折ったわ。ろくでもないものを見せたら、本当に許さないから」

 

 国内最大の艦連指定都市である艦夢守市の市長。

 それはただの市長よりも遙かに強力な力を持つ。

 

 その証拠に、艦夢守市の艦連軍基地に駐屯する戦力は、市長の要請があれば市内での作戦行動が可能だ。

 

 そしてまた、自身も艦娘、しかも戦艦の艦娘であるビスマルク。

 その強い口調には、その立場が持つ力とは別種の、艦娘としての強い力もこもっていた。

 

 大淀はメガネを光らせ、軽くうなずき、ひまわりのアトリエに案内する。

 中に入り、大淀はビスマルクに指定の場所に立つように伝えた。

 

 倉庫内は暗く、ビスマルクの目の前には、なにか大きなものがあるのはわかるが、その詳細まではわからない。

 大淀に向かって、ビスマルクがなにか不満を口にしかけた瞬間、大淀が電気のスイッチを押し、倉庫内に光が灯る。

 

 一瞬まぶしさに目を閉じたビスマルクは、ゆっくりとまぶたを開いた。

 

 そこに現われたのは、とても大きな緩い半円の形をした壁像。

 その大きさは幅約十メートル、高さ約四メートルの巨大なもの。

 

 壁像には、水着を着た少女たちが笑顔で泳ぎ回る姿が彫られていた。

 そしてその全ては、潜水艦の艦娘たち。

 

 壁像の中央に立つと、自分が海の中にいて、彼女たちに守られているように感じる。

 だが同時に、海の底を連想させることから、艦娘にとっては恐怖をかき立てられる。

 

 そう感じられるような、優しさと同時に恐ろしさを感じる、不思議な作り。

 

 ビスマルクはそれを見て、様々な理由から息を呑む。

 

 その壁像が優しかったから。

 その壁像が恐ろしかったから。

 

 そしてその壁像に彫られた艦娘の一人。

 そこにもう二度と見ることができない、同胞の姿があったからだ。

 

「……ゆーちゃん」

 

 それは、会ったこともなく、会うこともできない、記憶の中にのみ存在する戦友の姿。

 過去大戦において、海の狼と怖れられた、冷たい無表情の優しい同胞。

 

 ビスマルクの艦娘としての記憶が叫ぶ、これは紛れもなくあの子だと。

 

「例の騒動の話は聞いてるわ。でもいいの? 潜水艦の艦娘の像なんて作って……太宰府のあきつ丸になにをされるかわからないわよ?」

 

「……いえ、あきつ丸閣下にも見ていただきました。閣下はこの壁像を出すことによって起きる問題、その全ての対処に関して、無条件で協力することを約束されています」

 

 呼んでもいないのに、この壁像の完成を嗅ぎつけ真っ先に現れたあきつ丸。

 

 この壁像が世に出ることを妨害、いや、破壊するつもりであったであろうあきつ丸は、この壁像を見て、彼女らしくない表情で固まった。

 それはまるで、いままで強固に構築した価値観が崩れてゆくかのような、そんな表情。

 

 長い時間、壁像を見続けていたあきつ丸は軍帽を深くかぶり直し、表情を隠す。

 

『この壁像が世に出て起きる問題の対処と、これを出すための元老院への説得には自分も協力させていただくであります』

 

 そして、壁像にはなにもせず、そう言い残しただけで倉庫から去った。

 

 ビスマルクは壁像に彫られた、かの国の陸軍所属だった、とある潜水艦の艦娘の一人を見る。

 その少女の水着の胸元には、『ゆ』と大きく書かれていた。

 

「まぁそう……でしょうね。それで、私をわざわざ呼んで貴方と二人っきりにしたのには、なにか口にしにくい頼みがあるからでしょ? なにが必要なのよ」

 

 察しのいいビスマルクの言葉に、大淀は軽く微笑みながら答える。

 

「これを世に出すための協力と、鋳造する為の金属です」

 

 そう、これはあくまで『原型』であり、完成ではない。

 ひまわりの仕事は確かに終わった、だが次はこれを元に鋳造する作業があるのだ。

 

「協力はともかく、これを鋳造するための金属? ブロンズ……それとも銀や金でも用意しろっていうの? そりゃプリンツに頼めばできなくはないけれど……」

 

「いえ、必要なのは貴方たちの財団が保有している、旧時代の名称である若狭湾に海没していた、呂500潜水艦の残骸です。無論全てではなく、ほんの一部でかまいません」

 

「はぁ!? ……あれが私たちにとってどれだけ大切なものか、貴方理解して言っているの? もう二度と会えないあの子……その祖となった潜水艦なのよ? それにあれを引き揚げる為にうちの市と財団がどれだけ出資したのかも。たとえもう原形を保っていない鉄の残骸だったとしても。そんな大事なものを溶かしてこの壁像の素材にしろっていうの?」

 

「不快感が湧かれるのはごもっともです。ですがそんな大切なものだからこそ必要なんですよ。この壁像に命を与えるためには、生半可な素材ではいけない、絶対に、なにか意味を持たせる必要があるんです。当然ですが、艦夢守市議会やDKD財団(ドイツ艦娘大好き財団)への根回しには私も協力いたしますよ、たとえ私の立場がどれだけ危うくなろうとも」

 

「正気じゃないわね、あなた。ひまわりと叢雲の近くにいすぎて狂ったんじゃないの?」

 

「……否定はしません。それで、やらないんですか? それとも……できませんか?」

 

 どこか挑発的にそう問いかける大淀。

 ビスマルクは、壁像をもう一度見て、僅かに震えながら呟く。

 

「……わよ」

 

 大淀は小声で呟かれたビスマルクの言葉が聞き取れない、というような様子で首をかしげる。

 だが、その表情はどこか愉快げだ。

 

 その顔を見てビスマルクは怒りの表情を浮かべ、声を荒げながら叫ぶ。

 

「やるって言ってるのよ! 私の市長生命やその他諸々にかけて必ず用意してやるわよ! やるにきまってるでしょ! やってやろうじゃないの!!」

 

「それを聞きたかった!」

 

「その顔むかつくぅううう!!」

 

 そしてビスマルクと大淀、そしてあきつ丸。

 三人の立場のある艦娘たちの闘いが静かに始まった。

 

 

「もしもしプリンツ!? そう私よ私!! いいから聞きなさい―――え、む……り? 無理っていうのは嘘つきの言葉よ、いいから、やるの!!」

 

 

 いや、正確にはビスマルクはどうしても議会の認可を得られなかったため、残骸を積んだトラックを自ら運転し「責任は全部私がとるから! 早くこれを溶かして!」と、力業すぎる行動をとったので、とても大変なこととなったのだが。

 

 そして、三人以外にも壁像を見た多くの人々が、その心に火を灯し、行動を起こした。

 

 結果、ひまわりの手がけた壁像は、艦連元老院、いや、艦連全体を動かす力となり。

 無事、慰霊祭のモニュメントとして世に出すことを、艦連に認めさせたのだった。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

『―――この行動に対しビスマルク市長は答弁で「カッとなってやった、次はもっとうまくやるわ」と述べており、議会は市長の十時と三時のおやつと、給与を三ヶ月99%カットすることを、全会一致で議決しました。この決定に関して、そこは辞任だろ、という記者団の正論に対して議会は「どうせ辞任してもすぐ再選するからこの方が効果がある」と反論し、記者団もそりゃそうか、と納得したような様子で――』

 

 

「おや、そこにおられるのは、いままさにそこのテレビに映っている、ビスマルク市長殿ご本人ではありませんか?」

 

「げっ……」

 

「そんな嫌な顔をされると傷つきますなぁ」

 

 とある喫茶店で出くわした、ビスマルクとあきつ丸。

 あきつ丸は無遠慮にビスマルクの隣に腰を下ろす。

 

「なによ、太宰府にどうこう言われる心当たりなんて……いやまぁ、あるっちゃあるけど」

 

 呂500の残骸騒動とは別に、あの壁像を世に出すために、ずいぶんと艦連に対して働きかけたことを思い出すビスマルク。

 あきつ丸はその様子を見て、軽く肩をすくめる。

 

「でしたらいらぬ心配でありますよ。自分は太宰府の長官を解任されてしまったでありますので。いまの自分はただのしがない憲兵軍の一兵卒であります。まあ形式上は辞任でありますが。なのであまりそう邪険にしてほしくないでありますなぁ」

 

「はぁ? 長官をクビって……それに元太宰府だったとしても、艦娘軍ですらない憲兵軍の一兵卒に? なにしでかしたのよ……」

 

「まあさすがに職務と関係ないことに権力を使いすぎてしまったといいますか、まさか自分が告発される側になるとは思いませんでしたなぁ……あと再就職先の方は、陸との関わりが多い憲兵軍の方が水が合うと思いまして。しっかし……せっかく権力の頂点に上り詰めたのに、我ながら景気よく棒に振ってしまったであります。ちなみに後任には姉上が就任予定ですので、自分のように甘くはないでありますよ。あ、マスター、ブレンドを一つお願いするであります」

 

 喫茶店のマスターに注文すると、あきつ丸はふところから煙草を取り出す。

 それを見てビスマルクは嫌そうに顔をしかめる。

 

「ちょ、隣で煙草吸わないでよ……万が一このあと提督に巡り会えたときに、第一印象でたばこ臭い女だって思われちゃうじゃない」

 

「はぁ、面倒なものでありますなぁ“人造”の艦娘というのは」

 

「うっるさいわね……自由に提督を選べる“建造”のあんたらとは違うのよ」

 

「おっと、その発言は艦連機密の漏洩でありますぞ、ビスマルク殿」

 

「話を振ってきたのは貴方でしょうが、あとその人造って表現は不快でだいッ嫌いだから。今度からは戦史時代の提督と艦娘の愛の結晶である子孫とかそんな感じで呼びなさいよね」

 

「それ語呂が悪い上に長すぎでありますなぁ……」

 

 やれやれといったふうに、煙草をしまってテレビのニュースに目をやるあきつ丸。

 そこには、潜水艦の艦娘に関する、いままで公開されることのなかった写真や映像などの情報が流れていた。

 

「艦連も先手をとって情報を出し始めたようですな。いやはや、それにしても、艦連が百年以上ひた隠してきた最重要機密の一つをおおっぴらにするとは、我ながらよく頑張ったであります」

 

「貴方だけじゃないでしょ……あの壁像を世に出すために、大淀やら私やら、色んなところが手を尽くした結果よ」

 

 あきつ丸はマスターに出されたコーヒーをすすりながら、「まぁ、そうですな」と、一言呟いてテレビに視線を戻す。

 

「しかし、これからのことを考えると、我々は、歴史の転換点にいるのかも知れませんな」

 

「そうね……でも今回の慰霊祭と今回のことが重なるのは、きっと大事な意味を持つと思うわ。それにさっきはああ言ったけど、貴方もよく頑張ったわね」

 

「なんだか、改めてそう言われると気持ち悪いでありますなぁ」

 

「うっさいわよ! それよりも聞きたいんだけど、貴方はどうして地位を捨ててまで、今回動いたの? いままで散々大物悪役ムーブ(メタ発言)しといて、あっさり変わったから、そっちの方が気持ち悪いんだけど。なんか裏とかあるの?」

 

「心外ですなぁ……自分は職務に忠実であっただけでありますのに。……まぁ、しいて理由をあげるなら、いい加減、堂々と弔ってもいいのではと思いまして、で、ありますかな……もっともその代償として、自分はこうして一兵卒からのやり直しとなったわけでありますが」

 

「あら、貴方も案外まっとうな感情があったのね。いいじゃない、それも。あ、マスター例のやつお願い」

 

 喫茶店のマスターは、うちは酒屋じゃないんだけどね、とぶつぶつといいながら、奥からウイスキーのボトルを持ってくる。

 そして、その酒瓶と、よく磨かれた二つのグラスを二人の目の前に置いた。

 

「おごりよ、飲みなさい」

 

「これはこれは、ですが自分はまだ職務中……」

 

「私のお酒を断わるなんて、貴方も相当偉くなったものね!」

 

「そ、それは嫌味でありますかぁ!?」

 

 実際相当偉かったあきつ丸は、その言葉に思わず声を上げる。

 

「はぁ~もう、今日くらいはつきあいなさいよ」

 

 ビスマルクは二つのグラスに、小麦色のウイスキーを注ぎ、片方をあきつ丸に手渡す。

 少し悩んだ末、あきつ丸は「まぁ、確かにもうそういう立場でも……」と、呟きそのグラスを受け取った。

 

「そうですな……では」

 

 コホンと咳払いをし、一拍置いてあきつ丸はグラスを掲げる。

 

「究極の犠牲を遂げた同胞たちと、彼女らの提督の幸せな来世を願って」

 

 それを聞いて、ビスマルクは微笑み、自らもグラスを掲げる。

 

「その犠牲の先に紡がれる、私たちとまだ見ぬ提督たちとの幸せな未来に」

 

 乾杯。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 二人の艦娘が祝杯をあげている頃。

 市内の鋳造所に、男と叢雲の姿があった。

 

 鋳造と最終工程の研磨が終わり、ついに完成した壁像。

 全ての足場が取り払われた、壁像の前に立つ二人。

 

 現在はこの鋳造所にあるが、明日にはこの像は慰霊祭の会場に移送される。

 そのため、ゆっくり観れるのは今日が最後。

 

 その後は、制作者といえども、刑期を終えるまで見ることは叶わない。

 色々と特例が飛び交ってるせいで忘れがちなのだが、男は服役中なのだ。

 

 二人は並んで、壁像の中央、緩やかな半円状の中心となる前に立つ。

 

 離れて観る場合の印象とはまた違い、その場所に立つと違う印象をうける。

 それは潜水艦の艦娘たちに包まれているかのような温かさ、同時に彼女たちに置いていかれるような寂しさ孤独感。

 だけどなぜか燃え上がるなにかを感じるような、不思議な気分になる。

 

 しばらくその気分を味わっていると、男が口を開いた。

 

「ずっと彼女たちがいたんだ、私の中に……」

 

「そりゃこんなに沢山いたんじゃ、爆発しそうにもなるわね」

 

 そう言って、叢雲は呆れたように笑う。

 

 そして二人はしばらく沈黙し、静寂が工房に満ちた。

 やがて一つの疑問が湧いた叢雲が口を開く。

 

「そういえばこの作品、なんて名前を付けるの?」

 

「……この作品の名前は『別れ』だよ」

 

「別れ、ね……」

 

 世界を救った潜水艦の艦娘たちに対して、本当の意味での別れを告げるという意味なのか。

 それとも誰かにとっての、誰かへの別れなのか。

 

 それはきっと、これを見たもの自身に託される問いなのだろう。

 

 

「君たちが好きだった…――さようなら」

 

 

 男は『別れ』に背中を向けて歩き出す。

 半歩退いて、叢雲は男の後に続いた。

 

「で、これからどうするのかしら」

 

「ずっと彼女たちの奴隷だった、いまは自由でいたい」

 

「あら、じゃあもう作品は作らないの?」

 

「何を言う、私に引退はない。また作る」

 

「ふふ、だと思った」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慰霊祭の会場中央に設置された『別れ』

 それが世間でどういう評価を受けたのかは、二人には重要ではない。

 

 だが、その制作過程に関わった者。

 作品を世に出すために尽力した者。

 

 そして完成した作品を見た者たちの胸には、確かになにかが灯った。

 

 それこそが二人には、なによりの喜び。

 

 その後、ひまわりは生涯を終える、最後の瞬間まで作品を作り続けた。

 また、彼にはその最後の一瞬まで、一人の艦娘が寄り添っていたという。

 

 ひまわりの死後、膨大な数の作品は一部を市内の戦史博物館に寄贈。

 そして残りは、その艦娘が作った『ひまわり美術館』に展示された。

 

 艦夢守市の人気スポットとなった美術館にはいまなお、大勢の人々が訪れている。

 

 余談だが、ひまわりは『本物の贋作師』と呼ばれたが、他にも幾つかの肩書きで呼ばれていた。

 

 妖精の手を持つ彫刻師

 面会者名簿が豪華すぎる受刑者

 贋作屋から成り上がった男

 独房暮らしのクリエイター

 艦連に魂と喧嘩を売った芸術家

 

 と、いったように敬意や尊敬が込められたもの。

 揶揄や皮肉を含むユーモアがあるもの等、様々。

 

 

 だが、その中でも有名なものがある。

 

 

 それが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――世界で一番、艦娘を作った提督

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『芸術家』と『駆逐艦:叢雲』

そして

『潜水艦:伊168たち』

 

おわり

 

 

 

 

 

*1
・登場『あるじ』と『駆逐艦:夕立』

*2
・登場『絵描き』と『重巡:足柄』(高雄型適性の前島の父親)

*3
・登場『ホスト』と『戦艦:金剛』

*4
・登場『僕』と『正規空母:Graf Zeppelin』




 
ばればれなのにずっとすっとぼけていましたが、いい加減白状すると、本作は別の投稿作である
『豚と呼ばれた提督』という話の遠い未来が舞台のつもりで書いてます。
(整合性のガバはあると思いますので、つもり、です)

本作はそちらを読まなくても、一応楽しめるようには書いているつもりなのですが、今回はその話と絡んでいる話となりました。

その辺知ってても知らなくても、おもしろかったと思ってくださった方もいらっしゃったと思いますし。なにがなんだかわからなかったと思われた方もいらっしゃったと思います。
さらに謎が解けた部分もあれば、謎が増えた部分もあったりで色々とあったかと思います。

ですが、それでもここまで読んでいただきありがとうございました。


なんだか最終回みたいな、やたら長い後書き書いてますが、特にそういうわけではないです。

あと、二年以上黙っていた、とんでもない情報も色々ボロボロ出してしまったので、そのあたりふくめ、補足説明をしたほうがいいのかもしれないのですが。
ここや感想のお返しで色々と書くよりも、今後書く話でそのへん織り交ぜて書ければと思いますし。今後書けなかったとしても、読んでくれた方の無限の想像にお任せしておきたい気もします。

つまり結局のところ、これからも書きたいものを好きなように書く感じです。
そんなわけで、よかったらまた覗いていってください。


でも四万文字ぶっぱは正直スマンかった。
 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。