たべりゅ?
その日、軽空母の艦娘である『
とある海運会社で働く瑞鳳だが、彼女だって艦娘。
人と似てるようで違い、人と違うようでどこか似ている。
つまりは人と同じように落ち込むのだ。
欲しかった服やアクセサリーが買えなくて、落ち込むなんてこともあるし。
野良猫を撫でようとしたら逃げられたりすることも大変多い。
そして今日は、備品として発注した消しゴムの桁が二つ間違っていた。
二つである、二つ。
何度もいうが、一つじゃなくて二つ。
百個のつもりが、一万個。
あわや地獄の釜の蓋が開き、瑞鳳が消しゴムの海に溺れる羽目になる一歩手前。
ギリギリ経理部主任の人が気づき、迅速に対応してくれたので大事にならずにすんだ。
桁が二つ間違っていようと、膨大な数の備品請求書の中のミスに気がつけるのはたぶんすごい。
おまけに消しゴムの数字に違和感を覚えるのは、さすが経理部主任というべきなのか。
ミスをみつけてくれた主任*1の人に謝りに行くと、その人はインテリヤクザみたいな人だった。
目が鋭いし眼鏡まで鋭い、雰囲気も立ち姿もスーツも鋭い。
きっと部内ではドライアイスの剃刀とか、そんな感じのあだ名で呼ばれてるに違いない。
その迫力に、プルプルと脅えながら必死に謝罪する瑞鳳。
だが主任の人は特に怒るでもなく、超ウルトラスーパーミラクルいい微笑みで慰めてくれた。
おそらく落として上げる手法、恐るべしインテリヤクザ。
もしこの人が自分の提督だったらコロッといってしまったかも知れない。
いや、たぶん自分の提督なら、なにをされてもコロッといってしまうのだろうが。
だが気になるのは、その主任の人にべったりと張り付く自分の同胞。
なんとその主任の人は提督で、その上司と部下は彼の艦娘である『愛宕』と『高雄』らしい。
インテリヤクザと一緒に仕事をする彼女たちは、とても幸せそうに見えた。
実際幸せなのだろう。
いいなぁ、と、素直に思ってしまった。
純粋に自分の提督と同じ職場で働けるなんて、なんてうらやましい。
いや、贅沢は言わないので、せめて一目だけでも会いたいものだ。
すぎてゆく時間と、増えてゆく年齢。
艦娘なので、見た目に関しては若いままなのでいいのだが、一緒にいられる時間が減るのはいかんともしがたい。
いや、それこそ捕らぬ狸のなんとやら。
それ以前に自分の提督と出会えるかだって怪しいのに。
そんなこんなで落ち込んでいた瑞鳳は、帰りにぶらっと立ち寄った居酒屋に入り、飲んで忘れることにした。
ちなみにお酒を頼むときに、艦娘証明書を提示するのも忘れない。
なにせ瑞鳳の見た目はどう頑張って見ても未成年。
おそらくランドセルを背負っていても、ギリギリ違和感ないんじゃないかってレベルだ。
ちなみに今の姿は、よれよれになった地味な色のレディースーツ。
そして靴底のすり減った、これまた地味な色のパンプス。
長い髪は邪魔にならないように、三つ編みにして後ろにたらしてある。
見た目は若いのに、醸し出す雰囲気は仕事帰りの疲れたOLの風格。
艦娘に詳しい人間が、この姿を見て艦娘の瑞鳳だと気がつけるか怪しい。
瑞鳳自身、もしいまこの瞬間に自らの提督に出会えてしまったら、逃げ出す自信がある。
こんな姿を見られるくらいなら、って意味で。
(なーんて、そんな奇跡を期待するような年齢はとっくにすぎてるんだけどねー)
使い込まれた机に肘をのせて、ははは、と自嘲気に笑う瑞鳳。
元気はつらつで、明るく軽快なイメージを持つ瑞鳳だが、いまの彼女からはそれを感じられない。
(いーもんねー、私には祥鳳ねえさんがいるもんねー)
祥鳳とは、瑞鳳の姉妹艦である艦娘としての姉である。
もっとも実年齢は姉である祥鳳のほうが下なのだが、瑞鳳はよく相談にのってもらっていた。
艦娘としての立場と、実年齢や社会での立場の関係については色々と謎が多い。
しばらくそうしてふてくされていると、お目当ての芋焼酎と玉子焼きが運ばれてきた。
まずはクイッと芋焼酎を飲む瑞鳳。
「くぅ~、うまい」
嫌なことは飲んで忘れるに限るとはこれのこと、至言である。
そして、あまり期待はしていないが、おそらく焼置きと思われる玉子焼きにハシを通す。
安い居酒屋では料理には期待せずに、適当に引っかけて何軒かハシゴをして楽しむというのが瑞鳳の信条なのだ。
が、予想に反して出された玉子焼きは、フワッフワのホッカホカだった。
じつは瑞鳳、玉子焼きに関しては一家言ある艦娘である。
艦であった頃の名残なのか、艦娘である瑞鳳はとてつもなく玉子焼きがうまい。
隙あらば玉子を焼き、隙あらば提督に玉子焼きを振る舞おうとする。
それが瑞鳳という艦娘が背負った宿命だった。
いや、宿命というか衝動というか本能というか、なんかそんな感じだ。
そんな玉子焼きフリークである瑞鳳が驚くほどの、フワッフワな玉子焼き。
厚めに巻かれた玉子焼きは大きく、色もまばゆい黄金色。
焼き目はついておらず、焼きしめるよりもフワフワさを優先させた調理。
大根おろしが添えられ、醤油も机に常備されていたが、瑞鳳はなにもつけず、震える手で口元に運ぶ。
口の中に玉子を含み、噛みしめると玉子の優しい香りがひろがる。
二回、三回、そして……四回噛んだ瞬間、突然玉子の旨味がはじけた。
「ふぇゃぁあああ……ひゃにこれ……おいひぃぃぃ……」
口の中の玉子がとろけ、瑞鳳の顔もとろけた。
あり得ない、この瑞鳳をうならせる玉子焼き!?
あまりの多幸感に、思わず変な声を出してしまった。
「なにこれ……おいしい」
飲み込むのが惜しいほどのそれを飲み込み、改めて感想を口にする瑞鳳。
ただいい玉子を選ぶだけでも駄目。
ただ熟練の技でかき混ぜても駄目。
ただうまく焼いて巻くだけでも駄目。
そして、ただ極上の隠し味である、だし汁を入れるだけでも駄目。
あらゆる要素が高レベルでまとまっている。
いや、おそらく玉子に関してはそう珍しいものではないはずだ。
むしろ味や大きさにバラツキのある、まとめていくらの処分用の玉子。
それを格安で引き取って、使っている可能性すらある。
だというのに、ここまでの玉子焼きが作れるのは、玉子のすべてを見抜いているからだ。
おそらく手に取った瞬間に、この玉子焼きを作った人は、その玉子の全てを把握できるのだ。
そこからその玉子に合った調理を、その都度調整しているに違いない。
それはまさに神業と呼ばれる領域。
「あ、あの……すみません」
「はい? あっ、ご注文ですか?」
この玉子焼きを作ったのは誰だぁ!? と、厨房にカチ込むわけにはいかず。
良識のある瑞鳳は、店員にこの玉子焼きを作った料理人に関して聞いた。
瑞鳳の話を聞いて、店員は微妙な顔を浮かべる。
「ああ、そいつなら―――」
『うるせえ!! 俺は玉子料理以外作りたくねえんだ!! こんな店やめてやらぁ!!』
奥の厨房から聞こえてくる大声、なにか物が落ちたり壊れる音。
続いて裏口の扉から誰かが走り去る音が、しっかりと瑞鳳には聞こえた。
「えっと……今し方店を辞めました……」
言いづらそうに、店員はそう続けた。
■□■□■
あの日から、瑞鳳はあの玉子焼きが食べたくてしょうがなくなった。
しかし、店を辞めたその料理人は若い青年だという以外の情報はなく。
そもそも居酒屋の店長がめちゃくちゃ怒っていて、それ以上は詳しく聞けなかったのだ。
そんなもやもやしたものを抱えながら、日々を過ごしていた瑞鳳だったが。
「うん、いつまでもひっぱってても仕方ないわ! 気持ちを切り替えないと!」
とか言って、今日もランチは玉子料理を頼むのだった。
気持ちの切り替えが全然できてないと、はっきりわかる行動である。
あの日から既に一ヶ月。
ランチでは毎回違う店を巡って、玉子料理を求める日々。
だが、あの日食べた玉子焼きを越えるものには出会えない。
「これじゃないんだよねぇ……」
お皿の上にはフリッタータと呼ばれる、とある国の玉子を使った郷土料理。
ふわふわの玉子生地につつまれたベーコンなどの具材。
それらがオリーブオイルの風味と相まって、普段なら大満足の一品だ。
だが、求めていたものと違ったそれを一口食べた瑞鳳は、ため息をついてしまう。
運悪くその言葉とがっくりした様子の瑞鳳を見てしまった、その店を経営する某イタリア駆逐艦の店主さんは、ガーンという擬音が聞こえてきそうな表情を浮かべた。
そんな日々が続いたある日の夜。
瑞鳳はその日、疲れた足取りで家に帰ると、買ってきたお総菜を机の上に置く。
そして電気をつけて、鏡に映った自分を見て愕然とした。
肌の手入れや化粧など、普通の女性に比べれば融通が利くステキな艦娘。
だというのに、ぼさぼさになった髪や、よれたスーツ。
なにより身にまとう雰囲気が、教科書に載るレベルの疲れたOLそのもの。
そこには普段のうらぶれたOLの姿に磨きがかかった、瑞鳳の姿があった。
さすがにこのままでは、色々と不味いと感じた瑞鳳。
女としての自信を取り戻さなければ……という焦燥が生まれる。
そんなわけで瑞鳳は、ひいきのセレクトショップに行くことにした。
幸い、明日は休みである。
次の日。
早めに起きて、洗濯や掃除を終わらせた瑞鳳は、外に出るための服装に着替える。
だがその姿は、普段のスーツ姿ほどではないのものの、髪の毛は三つ編みで、地味な服装。
艦娘図鑑にのっている、凜々しい弓道着姿の瑞鳳とはえらい違いである。
「だ、大事なのは中身だもん!!」
瑞鳳自身、それはどうかと思う言葉を自分に言い聞かせて外に出る。
ちなみに、店に向かう途中にすれ違った人たちからは、近所を散歩する地味な学生にしか見られていなかった。
そんなことはつゆ知らず、ひいきの店である『ZUI5』に到着した瑞鳳。
この『ZUI5』は、学生~社会人になったくらいの年齢層を意識した衣服を取り扱っていて、オーナーである艦娘の『瑞鶴』は瑞鳳と同じ空母の艦娘でもある事から、よく利用している。
今日はステキな服やアクセに出会えるといいな……なんてウッキウッキの気分で店の扉をくぐった瑞鳳は、店に入った瞬間、こうつぶやいた。
「……店、間違えた」
なんということでしょう。
瑞鳳が訪れてしまった店は『ZUI5』ではなく『ZUKA』だったのです。
補足しておくと、落ち着きの出てきたお金のあるそこそこ若いおしゃれを意識する女性向け(長い)の商品を取り扱っているのが『ZUKA』であり、狙ってる立場や年代層に瑞鳳はどんぴしゃで当てはまるのだが、見た目的に当てはまっていない。
つまり店、間違えた。
目的地を間違えるなど、まるでベーイとこぼしながら涙を流す、別の国の軽空母*2ではないか。
店内には、お金を持ってそうな大人の女性ばかりで、肩身がとても狭い。
しかしすぐ出るわけにもいかず、瑞鳳は恐る恐る店内を軽く見てまわることに。
店にあるのは、綺麗で落ち着いた服に、高いヒールの靴、輝くアクセサリー。
そしてお客さんや店員もそんな服に負けない、おしゃれで大人な女たち。
悲しくなってしまった瑞鳳は、もう限界と頭を下げてそそくさと店を出ようとする。
だが、その前を横切るアッラアラーな戦艦の影。
頭を下げて前がよく見えなかった瑞鳳は、ぼすんと、その大きな胸に激突してしまった。
「「きゃ!?」」
ぶつかった相手は軽くよろけただけだったが、質量(胸部装甲含め)に差があった瑞鳳は尻餅をついてしまう。
見上げると、とてもおしゃれな服装をした大人の女性が、瑞鳳を見下ろしていた。
この店のオーナーである戦艦の艦娘、陸奥*3である。
「あら、あらあら、大丈夫?」
「はい……ごめんなさい」
パンパンとお尻を払いながら立ち上がる瑞鳳。
そして、それでは私はこれで……と、立ち去ろうとして腕を掴まれる。
「……もしかしてアナタ、艦娘の瑞鳳?」
ドキッ!! っと、瑞鳳の鼓動が跳ね上がる。
別にばれたからどうというわけではないのだが、どうにもこの地味な服装で、圧倒的なおしゃれ力を持った陸奥を前にして萎縮してしまったのである。
陸奥は厳しい目つきで、てっぺんからつま先まで、瑞鳳の身体を凝視する。
そしてガバッと、瑞鳳の肩に両手を置き、鼻先がぶつかる距離まで顔を近づけた。
「っひ!? ご、ごめんなさ――」
もんのすごく綺麗なむっちゃんが、普段見せない険しい顔つき。
綺麗な人が怒ったときに発する圧に押され、瑞鳳は思わず謝罪の言葉を口にしようとする。
「……なんて格好してるのよ、アナタ」
「へ、え?」
確かに地味かもしれない、が、そこまでひどい格好でもないと思っていた瑞鳳。
だがそんな瑞鳳の価値観を粉々にする言葉を、むっちゃんは続ける。
「あのね、私たちみたいに好きになれる男がおもいいいいいいいいいいっ!! っきり、限られてる女はね、出会った瞬間相手に、百発百中で好きになってもらわないと話にならないのよ!? なのにアナタ、なにその格好は!?」
「へ、え、え? ず、瑞鳳の格好、そ、そんなにひどい?」
むっちゃんは無言でうなずく。
瑞鳳はとても泣きたくなった。
そして、今日新しい服を買いに行こうとしてたのだと言い訳したくなった。
だがむっちゃんはそんな瑞鳳の気持ちもなんのそのな勢いで、彼女の腕を掴んで歩き出す。
ちなみに脚が長いむっちゃんの一歩は、瑞鳳の二歩くらいなので、瑞鳳は引きずられるようにしてその後に続くしかない。そして二人は店の奥、そこにあった階段を上り、服飾工房のような部屋に入った。
そこには、マネキンに着せた白いドレスに刺繍を編み込む、陸奥のパートナーである服飾家。
そして絶世の美女でもある、アヤ*4の姿。
衣装に向き合う彼女の目つきは真剣そのもので、近寄りがたい空気を放っている、が。
「アヤ!! この子に一着素敵なドレスを……それでいいわ! そのドレスをこの子用に仕立て直して頂戴!!」
そんなの関係ねえといわんばかりの大声で、アヤに声をかけるむっちゃん。
アヤはくわえていた針を置き、なに言ってんだという表情でむっちゃんに言葉を返す。
「は? いや、これ次のセレクション用の―――」
大きなデザイナーズショー用に仕立てていた衣服。
かなり気合いを入れて作っていた衣装を、連れてきたどこの誰ともわからない少女の為に仕立て直せという無茶振りに、アヤは当然のように拒否しようとする、が。
「……なにそのひどい格好」
一目瑞鳳の姿をみて、ボソリと呟くアヤ。
多段コンボの追い打ちダメ出しが瑞鳳を襲う!
「その子を早くこっちに連れてきてむっちゃん!! すぐに寸法測るわ!!」
女が外でする格好じゃないといわんばかりな瑞鳳の服装。(実際そこまでひどくない)
それを見たアヤのデザイナー魂に、火がついてしまった。
「お願いアヤ!! こっちはそのドレスに合わせたアクセや靴を用意するわ!!」
いともたやすく行われる、えげつない連携。
アヤに押しつけられた瑞鳳は、すぐに裸にひんむかれて採寸される。
「え? え? えええええええ!?」
なすがままにされる瑞鳳。
こうしてなぜか瑞鳳は、日が沈む頃には一流の女たちによって、最高に可愛い姿にドレスアップされてしまったのだった。
■□■□■
「いやー、いい仕事したわねむっちゃん。カンパーイ!」
「ええアヤ、また一人、迷える女を救ってしまったわ。カンパーイ!」
着飾るのが苦手な女たちの心強い味方。
正義のヒロインである二人が、BAR佐世保の薔薇で祝杯をあげていた。
そんなテンション↑↑な二人に挟まれるのは、白いドレスを着て、全身コーデを施された瑞鳳。
実際このまま結婚式にだって出られそうな程に、白く輝く美しいパーティードレスと、まばゆいアクセや靴で着飾り。果ては近所の美容院で髪を整えられた瑞鳳は、可愛く美しかった。
問題なのは、どう見ても結婚式とかの帰りとか、年齢詐称のキャバ嬢にしか見えない事だが。
そんな場違いな服装の瑞鳳は、恥ずかしさでプルプルと震えながら芋焼酎をチビチビすする。
「アンタも災難だったわね、この二人に目を付けられるなんて」
「いえ、そんな!」
パタパタと手を振って、そんなことないですアピールをする瑞鳳。
それを見てBARのマスターである、渋い美中年である上堂薗は、やれやれといったふうな温かい眼差しを向ける。
「でも、せっかく着飾っても、その……見せる相手も居ないので……」
「なーに言ってるのよ、いつか現われる提督が居るじゃない!」
「そーだそーだ、普通の男ならその服着て迫ればイチコロだぞ~?」
飲みまくって既にちょっと出来上がってる、自称イイ女(実際イイ女)の二人。
その二人に左右から挟まれ、あははと愛想笑いを浮かべるしかない瑞鳳。
「そう絡むんじゃないわよ。あんたもほら、いい物食べさせてあげるから元気出しなさい」
そう言ってマスターが出したのは、よく焼きしめられた玉子焼き。
「あ……どうも。いただきます」
玉子焼き大好きな瑞鳳は、BARという場所に似合わない料理である玉子焼きを、なんの迷いもなく箸を使って口に運ぶ。
焼きたてふわふわの玉子焼きが美味しいのは当然だが、焼きしめられて冷えた玉子焼きもまた別の美味さがある。
だが瑞鳳はそれを口に入れた瞬間、色んな意味でビクリと固まってしまった。
「へえ、どれどれ?」
「お、マスター粋なツマミじゃない」
ヌッとアヤとむっちゃんが瑞鳳の後に続くように、玉子焼きを手で掴んで口に運ぶ。
が、口にした瞬間、瑞鳳と同様にビクリと固まってしまった。
「やだ、なにこれ美味しい」
「確かに……玉子焼きってこんなに美味しかったんだ」
そう、その玉子焼きは明らかに普通の玉子焼きとは違う美味さ。
違いのわかるイイ女二人には、それがとてもよくわかってしまった。
「ふふ、そうでしょう。実はいい男を拾っちゃってね、その男の手作りなの」
なにかにつけて、男を拾ってくるマスター。
店内にいた客の一人である運転手*5は、身に覚えがあるのか一瞬顔を伏せる。
隣にいた駆逐艦の艦娘が弁柄色の髪をゆらし、その様子を微笑ましそうに見つめていた。
だがそんな空気とは裏腹に、瑞鳳はそれどころではなかった。
なぜならこの玉子焼きは、間違いなく、瑞鳳が追い求めていた玉子焼きと同じ人間が作ったものであると確信したからだ。
「ま、マスター! この玉子焼き作った人、どこにいるの!?」
白いドレスの裾をまくり、カウンターに乗り上げて、マスターを問い詰める瑞鳳。
マスターはその勢いに少し驚くも、その質問に答えようとする、が。
「世話になったなマスター、この恩は必ず返すぜ」
店の厨房からヌッと現われる、一人の若い男。
荷物を肩にかけ、爪楊枝を口にくわえた男は、マスターに別れを告げる。
「あら、別に行くとこないなら、もうしばらく居たら?」
「っけ、いつまでも軒下借りてられるかってんだ。行くところなんざなくても、なんとでもならぁ」
なんとなく、真っ白に燃え尽きたボクサーの見た目に似ている若い男。
彼はマスターに片手をあげて、格好良く立ち去る。
が、その男が店を出ようと出口に向かって歩き始めた瞬間。
彼の姿を見て、なぜか雷が落ちたように固まっていた瑞鳳は―――
「な、なにしやがる!」
なんということでしょう。
気がつけば瑞鳳は、後ろから猛追してその男にタックルをかましていたのです。
「提督! 提督! 提督!」
泣きべそをかきながら、男にスリスリと顔を擦りつける瑞鳳。
その様子を唖然とした顔で見つめる店内の客たち。
「な、なんなんだおめぇは!?」
「
「じゅ、じゅい? な、なんだか知らねえが、俺はおめぇさんみたいなべっぴんの知り合いに心当たりはねえ!」
自分を放そうとしない瑞鳳を、必死に引きはがそうとする男。
だが、手どころか足まで使ってガッツリ組み付いている瑞鳳はピクリともしない。
焦った男は、マスターに助けを求める視線を送る。
「あー、そうだったわ。彼がその玉子焼きを作った人よ……って聞いてないわね」
泣きながら男に顔を擦りつけ続け、離れようとしない瑞鳳。
なんとなく空気を察したむっちゃんが、瑞鳳に代わって男に説明する。
それを聞いて、男はぶすりとした様子で口を開いた。
「っけ、なんでい。艦娘がなんだかはちったあ知っちゃいるが、俺は俺より玉子を扱うのが下手な女と付き合う気はねえ!! 付き合いてえなら、せめてこの焼置きよりは美味い玉子焼きを作ってみろってんだ……つーかいい加減放しやがれ!?」
「え!! これより美味しい玉子焼きを!?」
ばっと顔をあげて、男の放しやがれ発言をスルーし、先ほど口にした玉子焼きを見る瑞鳳。
このレベルの、いや、これを越える玉子焼きを自分は作れるのかと震える。
「っへ、無理だ――」
「で、できるもん!!」
とっさに男の言葉を否定するように、声を上げる瑞鳳。
そこに先ほどまでの気弱そうな瑞鳳の姿はない。
その切り替わりは、高速軽空母の名に恥じないものだ。
というか、もはやスイッチが入ってしまった瑞鳳は、提督の傍にいる為に完全に「エンガノ岬のようには…いかないん…だから…!」状態に突入していた。
その大声に一瞬驚くも、男はブスッとした顔をさらに不機嫌そうに変える。
「ああ? 甘く見られたもんだな、焼置きだろうと俺の作った玉子焼きは―――」
「できるもん!!」
「い、いや」
「で き る も ん !!」
お目々ガンギマリアイな、とんでもない眼光と圧力を放つ瑞鳳。
まさに軽空母だって、頑張れば活躍できるのよ! 状態。
「なんなら勝負してもいいよ!! 瑞鳳の玉子焼き、すごく美味しいんだから!! 負けたらお嫁さんにでもなんでもなってあげる!!」
「そ、そこまで自信と覚悟があるなら、その勝負受けてやろうじゃねえか」
「じゃあ瑞鳳が勝ったら、お婿さんになってもらうからね!!」
そうね、追撃しちゃいますか! といわんばかりの畳みかけ。
提督をみつけた艦娘の、丁寧なゴリ押しが男を襲う!!
「な!? お、おう、じゃあ俺が勝ったら、いつか店持ったときに一生……さ、三年間タダで下働きして貰うからな!」
一生はさすがにかわいそうと思って、とっさに三年に言い換える男。
やさしいのか、実は気が小さいのか、それともマズイ予感を感じたのかはわからない。
「ナニそれ!? 瑞鳳に得しかない!! いいよ!!」
だが、どっちに転んでも提督と一緒に居られるじゃん! と、判断した瑞鳳は満面の笑みで快諾。というか負けたら速攻でいまの仕事を辞めて、貯金はたいて男の店作りの為に全力を尽くす所存である。
「ちょっと勝手に……でもまあ、面白そうじゃない。いいわよ、うちの店使いなさいな。ちょうど玉子も仕入れたところだわ」
あっさり店のオーナーでマスターの許可が下りる。
こうして、BAR佐世保の薔薇で、突如料理勝負が始まった。
「ねえむっちゃん、ちょっと話について行けないんだけど。これって私が変なのかしら?」
「奇遇ねアヤ、私もよ……」
置いてけぼりにされる店内の客たち。
だがいざ勝負が始まると、徐々にその空気が変り始める。
なにせ対戦するのは、脅威の玉子焼き技術を魂レベルで継承した、ガチで辞書にもそう書いてある伝説の玉子焼き能力をその身に宿す艦娘、瑞鳳。
そしてその相手は、あらゆる玉子の声を聞き、その調理法を身につけたけどなぜか辞めた店は星の数、玉子を愛し、玉子に愛された放浪の玉子職人。
やがて調理タイムが終わり、いよいよ双方の玉子焼きが出そろう。
それはふんわりとして、いい香りを放つ世界最高レベルの玉子焼き。
金色に輝く玉子焼きに、観客たちの期待値は否応なくヒートアップ!!
そして双方の玉子焼きを口にした審査員たちに激震が走る!
ある服飾家と戦艦艦娘の脳内には舞い散る黄色い薔薇、白い王子と黄色い令嬢が黄金の宮殿でダンスをする情景が繰り広げられ。
またある運転手と神風型艦娘の深層心理には、爆発する火山、力強く脈動するマグマ、それらが合わさった噴火の勢いに乗って、宇宙に到達する自らの姿。
そしてあるマスターからは、口から怪獣の光線のようなまばゆい光が放射され、実際に服がはじけ飛び、思わず「うーまーいーぞー!」と言う叫びがこだまする。
引き分けに次ぐ引き分け、何度も繰り返されるジャッジ。
究極と至高のせめぎ合いに、答えは出るのか!?
そしてなにより、瑞鳳と玉子職人の決着は!?
果たしてこの勝負の行方はどうなってしまうのか!?
次回『はい、瑞鳳もご一緒します。勿論!』
来週も絶対見てく―――
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玉子料理専門店『
とあるBARのマスターがオーナーである、スナックビルの中にその店はあった。
というかそのBARの上の階にあった。
余談だが、その店で働いているとある軽空母の艦娘は、店の名前に使われているのが『鳳』ではなく『龍』である事に若干のもやもやを抱えていた。が、店主は頑固だったので、店の名前を決めるときに口にした彼女の進言は却下された、悲しい。
「なあ黒潮、言っとくがこんな時間にこんな店に入るのはだな……」
「なに言ってはるん提督はん~、どこでも連れて行ってくれるって約束したやん~」
その店の前に立つ、一組の男女。
一人は市内でも有数の料亭を取り仕切るとある艦娘*6。
そしてもう一人は絶賛求職中の無職の男。
その艦娘におしきられ、男はやれやれと思いながら店の扉を開ける。
「あ、いらっしゃいませー」
扉を開けると、狭いながらも暖かみのあるレイアウトの店内。
そして、可愛い声が迎えてくれた。
近くに居た声の主である店員が、二人をカウンター席に案内する。
愛想のない店主に代わり、この店員が店の顔となっていた。
席に座った二人に、卵料理ばかりがずらりと並んだメニューを差し出す看板娘。
「へー、ほんとに玉子料理ばっかだな」
「店員はん、なんかオススメあるん?」
「そうですね、どれも美味しいですけど。やっぱり玉子焼きが一番です!」
看板娘は素敵な微笑みを浮かべ、そう答える。
そして幸せそうな顔で、こう続けた。
「瑞鳳の提督が作った玉子焼き……たべりゅ?」
感想のお返しで延々と焼き芋配っているのは、どうせこのタイトルは三ヶ月も続かないだろうから、恥のかきすてでなんか可愛い台詞使おうと思って、なんとなくやり始めたからです。
おかげさまで続いてしまったので、いまでも普通に恥ずかしいです。
※追記
ブログやTwitterなんかもやってますので、もし興味が湧かれましたら下記活動報告のほう覗いていってください。(こちらには投稿してない物語なんかもあります)
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=234185&uid=34287