無職と更新料
わっちは無職でありんす。
……。
あと数日で陽炎たちと海に行くイベントを控えた昨今。
ポストに分厚い封筒が入っていた。
ついに採用通知が!?
と、震える手であけてみたところ。
入っていたのは、住んでいるアパートの賃貸契約更新の通知。
ざっくり説明すると、いま住んでいるアパートに住み続けるかの確認。
二ヶ月後に契約更新月がくるから、更新するならよろしくねって内容。
ああ、そういえば今年で二年目だったか。
そんな二年に一回の賃貸契約更新のお知らせ。
つまりイコール更新料(家賃二ヶ月分)の催促でもある。
さすがに更新料が家賃二ヶ月+事務手数料+その他保険料ってひどい出費だよな。
と、思う無職の今日この頃。
就職して会社の寮に入ったあとに何年かして、とにかく自由が欲しくなったので、いま住んでるところに引っ越したんだが。
あまり長く住む気がなかったから、立地やらなんやら優先でさっさと決めたため、その辺気にしなかったんだよな。
しかしながらどうしたもんか。
そもそもあと三ヶ月くらいで職が決まらなかったら、晴れて無職一周年。
なので無職状態で一年ということになり、市の在留許可が下りない可能性が。
その場合、更新しても無駄になるという、ひどい出費のコンボ。
一ヶ月住むためだけに、家賃二ヶ月分+α払うとか、さすがにひどすぎる。
就職できればいいんだが、そもそもの見通し暗すぎるんだよなぁ……。
引っ越し代を考えても、初期費用の安いなんか適当な賃貸探した方が無難かもしれん。
「うーむ……」
■□■□■
そんなわけでやって来たのは、とある古びた不動産屋。
実は先に、以前の住居探しで利用した、会社近くのピカピカした不動産屋に行ったんだが。
最初はニコニコしてたのに、条件と求職中であることを伝えたところ。
『まぁ、探してはみますが……』
と、困った様子の渋い顔で言われて、見つかったら連絡させてもらいますと門前払いされた。
まぁ、そんな対応になるのはしょうがないと思うが、数日ぶりにメンタルにきた。
くそ、俺は部屋もまともに借りられない男になってしまったのか……。
なので、磯風の家に行く途中の商店街にある、この古びた不動産屋に目を付けて来た次第。
なんか地元密着的な人情感あるし、その辺融通きかせてくれるかもしれん。
そんな一縷の希望に縋る気持ちで、店のドアを開ける。
「お、いらっしゃ……い?」
「おー、えっと谷……いや、山風だな」
「さては山あり谷ありで山の方を選んだねぇ!? 谷風さんだよちっくしょーめ!!」
心を読まれてしまった、恐るべし陽炎姉妹。
の、一人がなぜか不動産屋にいた。
外ハネしたショートカットの黒髪に、白いヘアバンド。
ちっこい身体に収まらない元気を、周囲三六〇度に放射してるタイプ。
いるよな、こういうムードメーカーな子。
まあいうて陽炎姉妹は八割以上ムードメーカーなところあるが。
この子は、その一種である谷風。
ちょいちょい浜風磯風浦風とつるんでたよな。
多分、あれ、自信なくなってきた。
ともかくその谷風がでかい机に座って、驚いた顔でこっちを見ていた。
ノースリーブの白いワイシャツに黒のサマーパンツ。
なにかの書類を持つ腕には、お洒落な銀色の腕時計が巻かれている。
なんつーか、子供のはずなのになぜか様になってるな。
やり手のキャリアウーマンみてーだわ。
「わるいわるい。で、なんだ、家の手伝いか?」
「ん、んー。ま、まあそんなとこだよ。おっと、谷風さんのことはどうでもいいのさ。それよりおにいさんは、なんでこんなところにきなすったんだい?」
「そりゃまあ話せば短いが、いま住んでるところの更新料が高いから、なんか初期費用安いアパートないか探しに来た感じだな」
「ほうほう、そりゃ訳ありのようだねぇ。とりまそこに座りなよ」
立ち話もなんだからという流れで、店内にある応接用ソファーに座るように促される。
……このソファー、多分なんかの本革っぽいな。
恐ろしいほどに柔らかなソファーに、よっこらせっくすと口にしながら身を預け、改めて店内を見回す。
そこまで広くないにしろ、奥には天井まで届く本棚に、びっしりと並べられた資料。
そして空いた壁に掛けられた、幾つもの資格やら許可関係の証明書。
なんか、歴戦の不動産屋を感じさせる内装だな。
「ほい、お茶でも飲んで落ち着きなって」
「落ち着いてるけどな。お、美味いなこのお茶……」
店内に見とれてる間に用意したと思われる、お茶を出してもらった。
一口すすると、馬鹿嗅覚の俺でもわかるほどの豊かな香りが口の中に広がる。
おいおい、これ絶対高いヤツだぞおい。
思わず突っ込もうと顔をあげると、足を組んでソファーに座る谷風の姿。
なんだその堂に入ったポーズ、谷風自身からも歴戦の不動産屋の気配を感じるぞ。
何者だ谷風。
「しっかし、初期費用安くて更新料無しねぇ。うちは基本戸建てやら土地をメインで扱ってるから、賃貸はあんまり紹介できないかもだけどさぁ……」
そしてそんな谷風に対する驚きを吹き飛ばす、衝撃的な言葉。
ガーンだな、速攻で出鼻をくじかれた。
「マジか、スマン。そう言うことなら邪魔したな」
だが確かに、不動産屋だからって賃貸斡旋だけが仕事じゃないよな。
望みは絶たれた、今日はもう駄目だ。
いや、明日も明後日も多分駄目だ、チキショウ。
「い、いや! だけど全く無いって訳じゃないんだよ!?」
退散しようとしたら、必死な谷風に服の袖を掴まれる。
なんか一気に歴戦の不動産屋感が消えたな。
というかやっぱ力強いな、陽炎姉妹。
しかし不動産屋ってノルマとか大変と聞くが、これはそういうことなのだろうか。
いや。さすがに谷風には関係ない、はず。
「そ、それに外ならぬおにいさんが困ってるんだ、この谷風さんが一肌脱ごうじゃないの! なんなら全部脱いでもいいんだよぉ!?」
なんかものすごい脅えた様子で、プルプルと震えた表情。
おまけに、実際服のボタンを一つ二つと外しだした。
おいその目やめろ、なんか、俺が犯罪者みたいだろ。
「お、おちつけ! そ、そこまで言ってくれるならお願いできるか?」
「任せときなよ! だから帰っちゃ駄目だよ、絶対だよぉ!?」
「お、おう……」
というかそもそも、このまま普通に谷風に相談を続けていいのか?
だがまあ、どうせ当てもないことだし、頼んでみるか。
「えっと、改めて言うとだな。まず条件は敷金礼金ゼロ、難しいならせめて礼金はゼロの賃貸を探して欲しいんだが」
「ふぬふぬ、間取りとか希望はあるかい?」
「あんまこだわらんが、風呂とトイレとキッチン、あと冷暖房は最低欲しい」
特に夏場はその辺無いと地獄だからなぁ。
ベランダやら水回りの位置やら、部屋の形やら広さやら色々こだわりだしたら切りが無いので、ひとまずその辺で絞ってもらう。
「立地にこだわりはあるかい?」
「あー、おまえらの件もあるからな。河川敷のグランドから自転車で三〇分以内だと助かる」
「あいあい、そりゃ大事なポイントだねぇ。よし、探してみるさね」
谷風はそういって立ち上がると、棚の一角からでかいバインダーを引きずり出し、すごい速度でめくり始めた。
おいおい、それちゃんと見えてるのかよ。
「うーん、ちょっとクセがあるけど、こんなのはどうだい? 初期費用ゼロで風呂トイレ別。駅からも近くて部屋数も多いさね」
「ほほう、どれどれ……」
「いや形おかしいだろ。というか入り口どこだよ」
「部屋の真ん中だねぇ、ハシゴを使って出入りするのさ」
「なんで毎日帰宅のたびに、召喚される気分味わわにゃならんのだ……」
「いや、地下だから天井からの出入りなんで、どっちかってーと降臨だよ?」
「おま、ちょっとマシな感じに聞こえるが、地下って条件的にはひどくなってるからな!?」
くそ、俺としたことが真面目に突っ込んでしまった。
つーかマジでなんの目的で作られたんだよ……。
「次だ次、さすがに精神的に良くなさそうだからな」
「ははは、ごめんねぇ。じゃあ……これはどうだい? なんと予算内なのに六〇畳の広々とした物件だよ!」
「冷暖房の心配はあるけど六〇畳ってのはすごいな、元は倉庫かなんかか? どれどれ……」
「……わからん。どこから突っ込めばいいのか、もう、わからん」
「迷路マニアのオーナーが趣味で作ったらしいよ。意味が分かんねぇけど、粋だねぇ!」
「意味分からん粋ってなんだよ。つかこれ、トイレの場所どう考えても確信犯だろ」
「ははは、高度な便意のコントロールがもとめられるねぇ」
「いや、まてよ。壁をいくつか取っ払っちまえばワンチャン……」
「月末に一回リフォームして新しい迷路に作り替えることが条件みたいだから、それはむずかしそうさねぇ。でもリフォーム中は隣の部屋を貸してくれるらしいから安心だよ!」
「そこ本来なら必要のない安心要素だからな!? どんだけ住人に迷路を強要したいんだよ!!」
月一でリフォームって、明らかに毎月の家賃収入より高くつくだろうが。
マジで金持ちの考えることはよくわからん。
「次、次だ!! 贅沢いえる立場じゃないが、まともな間取りのな!!」
「ちょっとハードル上がったねぇ……よし、これならどうだい? 入り口すぐにキッチンとトイレバス、その先は使い勝手のいい正方形の八畳間だからお得だよ!」
「おお、それは期待できそうだ……な……」
「確かにまともな間取りだな、まあ、うん」
「でしょぉ?」
「ただなんだ、部屋より遙かにでかいもんが隣にあるが……これ、なんだ?」
「そ、その部屋専用の室内プールだねぇ……」
「なーんで、そんなもんがアパートについてんだよ」
「いやなんというか、定期的に水に浮かびたいって欲求がある層が、一定数いてね……その需要を満たすために作られたっていうか」
「でもまぁ、別にプールが付いてるだけで家賃は安いし、考えようによっては普通に良い物件なの……か?」
「ちなみに稼働させてないと設備が痛むから、その、強制的に普通の部屋に住む百倍くらいの電気代と水道代を請求されるけどね……」
「そんなこったろうと思ったよチクショウ!! つか家賃より高い光熱費ってなんだよ!? そんだけ費用かかったら引っ越す意味なくなるわ!!」
「あはは、だよねぇ……じゃ、じゃあこういうのは―――」
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その後、いくつか物件を紹介してもらったが、どれもこれも一癖も二癖もあるヤバイヤツばっかりだった。
あることにうすうす感じ始めていた俺は、思い切ってそれを聞くことにする。
「なぁ……俺に紹介できるような、まともなのが無いなら、はっきりといってくれると助かるんだが……」
「あ、あはははは。実はえっとその……ごめんよぉ……」
「うぐ、やっぱりか……」
どうやら谷風の力を以てしても、無職の俺に紹介できるまともな物件はないらしい。
谷風の力がどれくらいなのか、知らんけど。
「あっ、そうだ。おにいさん、ここは一つ発想を変えてみちゃどうだい?」
「ん、発想?」
「そうさ、賃貸のアパートとかじゃなくて、一軒家の間借り先を探せばいいんだよ」
「間借り先?」
「うん、いま風に言うとルームシェアってヤツだね」
「あーっと、つまりなんだ。家持ってて部屋が余ってる人のとこに、居候させてもらうってことか?」
確か子供が家を出たり、事情があって部屋が空いたりした家庭が、収入を得るためにそういうのをするって話は聞いたことあるけど。
内地じゃまったく聞かなかったけど、そういや外地じゃ珍しくなかったな。
「だが見ず知らずの、しかも無職の男と同じ屋根の下で暮らしてもいいってヤツなんざいるのか?」
いたとしても、よほど特殊な事情があるヤツだろ。
例えば経済的にめちゃくちゃ困窮してるとか、そういうの。
「まぁ確かにその辺の信用問題はあるんだけどさ。そこはほら、あたしや陽炎姉さんが保証するからハードルはかなり下がると思うよ?」
「う、うーむ……。まぁ、他に方法があるわけでもないし……ワラにも縋る思いといっちゃなんだが、頼めるか?」
「まっかせときなよ!」
ちっこい身体で力こぶを作って、笑みを浮かべる谷風。
そしてすぐに電話を手に取り、どこぞに連絡をいれ始めた。
なんか一瞬『計画通り!!』みたいな表情を浮かべた気もするが……。
まぁ、気のせいだろ、多分。
■□■□■
「戸締まりできたかー?」
「ばっちりさ!!」
谷風は店の扉に『外出中』の札をかけると、自転車の荷台に勢いよく飛び乗った。
「そんなカッコでよく動けるな」
「えへへー。こー見えて、この谷風はすばしっこいんだよ?」
ふむ、思い返せば草野球の試合でやたら盗塁決めてる子がいたような。
草野球のときの服装とギャップがありすぎて気がつかなかったが、あれ谷風だったわ。
「これが磯風や浜風が自慢してたおにいさんとの自転車二人乗り! かぁー! だいぶいいよこれは、粋だねぇ。これで勝つる!」
「自慢するようなもんじゃないと思うんだが……」
いったいなにが楽しいのやら。
無駄にテンションが高い谷風。
「じゃあその、会ってもいいって言ってくれた人の家に向かうか。しっかり案内してくれよ」
「がってん!」
驚くことに、無職の男に部屋を貸してもいいという家が三軒もあったらしい。
なんだろ、実は意外とそういうの多いのだろうか?
もしくは陽炎と谷風の信用がすごいとか。
どっちにしろ、まずは顔合わせの必要があるわけなんだが。
まさかのタイミング良く、その三軒とも今日会えるらしい。
さすがにいきなり過ぎるのではと思わんでもない、準備とか一切してないぞ。
だがまあ、むしろこの手の事は、変に飾らない方がいいのかもしれないな。
なんかこう、お互い最初から相手のあるがままの姿を見せた方が、信用できるみたいな。
知らんけど。
そんなわけで、えっちらおっちらと谷風が指示する方向に向けてペダルをこぐ。
しかし暑い。
夏の日射しを受けながら自転車に乗るのは、覚悟していても暑い。
こりゃどっかで水分補給でもしないと辛そうだ。
「~♪」
そんなヒイヒイいってる俺とは反対に、谷風は鼻歌なんざ歌い始める。
この暑さだってのに、マジで元気だな……子供かよ。
……そうだよ、子供だったわ。
すっかり不動産屋の相手してる気分になって、忘れてたけど。
「しかしなんだ、家の手伝いするのはえらいと思うんだが……そんなに楽しいもんなのか?」
「うーん、楽しいかって聞かれたら、そりゃまあ色々あるわけよ。やっぱり仕事だからさぁ」
まあ仕事だからな。
俺も学生時代は散々バイトしたが、まぁ色々あった。
「でもほら、衣食住ってくらいだから、どんなときでも住むところってのは、やっぱ必要なわけさ。だからもし姉妹や仲間が困ったときにさ……この谷風さんにそういう経験やツテがあればさ、助けられる。そう思ったら、やりがいがあるってもんなのよ。現にこうしておにいさんの力になれてるしね♪」
「……なるほどな」
……驚いたな、ほんと、驚いた。
俺がバイトしてたのは、金って目的が全てだったわけだが。
どうやら谷風は、俺が思うよりも遙かに立派な志を持っていたらしい。
なんか、谷風って結構ぶっきらぼうな口調だがアレだな。
優しくて面倒見が良い、姉妹思いの人情味が溢れるヤツなんだろうな。
しかしそんなこと聞くと、俺も次の仕事はこいつら姉妹にとって、なにか助けになれるような仕事をしてみたいなと思うわ。
……まぁ、それ以前の問題でずっとつまずいてるけどな!!
「あ、朝霜さんだ!」
「ん?」
なんてサイレントに落ち込んでいると、谷風の口からどっかで聞いた名前が飛び出す。
見ると、よく行く喫茶店のマスター*1が反対側の歩道を歩いていた。
「ねえおにいさん。実はあの人、お得意さんでさ。ちょっと挨拶してきていいかい?」
ああ、そういや秋雲が住んでる喫茶店の後ろのビル。
あれ確かマスターの持ちビルだって話だったな。
不動産屋の関係で、谷風と縁があるのかもしれん。
「うむ、人間関係は大事だからな。しっかり挨拶してこい」
「わるいね、すぐ戻ってくるからさ!」
「ゆっくりでいいぞ、俺はそこの公園のベンチで休憩してるわ」
「がってん!」
荷台から飛び降りて、マスターの方に駆けてゆく谷風。
その姿を見送り、近くの公園に入って自転車をその辺に止める。
しっかし暑いな……。
こう暑くちゃ、まめに水分補給しないと身がもたんわ。
そんなわけで、谷風の分もあわせて、自販機でジュースを二本買う。
購入した冷たいスポーツドリンクを持ってベンチに向かうと、先客がいた。
座っているのは、痩身のオールバックに眼鏡の、殺し屋みたいな男。
なんか見覚えあるな……って、前島*2じゃねえか。
「おい、このクソ暑い中でなにやってんだよ……」
「え、は? ……先輩?」
隣に腰を下ろし、谷風にやる予定だったスポーツドリンクの一本を前島に渡す。
少し癪だったが、なんか妙に憔悴してる感じで、ほっときゃ干からびそうだったからな。
前島は素直に礼を言って、それを受け取ると、ゴクゴクと一気に飲み干した。
なんか、久しぶりな気もするが、少しやつれたような気がする。
結婚式の準備とか色々大変なのかねぇ。
「って、そういや招待状届いたわ。つかまさかお前が結婚とはなぁ……色々複雑だが、まあ素直に祝福してやるよ。おめでとさん」
「はい……ありがとうございます」
複雑な心境を脇に置いて、素直に祝福したってのに、どこか辛気くさい様子の前島。
「おいおい、ありがとうってツラには見えんぞ」
「その、まあ、色々ありまして……」
「色々ねぇ……」
なんとなく想像つくけどな、主にロリコンの絡みで。
だがまぁ、お互いもう子供じゃないんだ。
いい加減折り合い付けるべきだし、これもいい機会なんだろう。
「そう言えば先輩、前の職場の方たちと、辞めたあとも連絡は取られていますか?」
「辞め方が辞め方だったからな、バッサリだよ。……なんでそんなこと聞くんだ?」
「いえ、実はですね……」
聞くとどうにも、結婚相手の家がでかすぎて、圧倒的に前島側の招待客が足りていないらしい。
前島のお袋さんの関係者や、会社の同僚ほとんどを招待しても、相手側の四分の一にも届かないんだとか。
なんつーか、俺には一生縁の無いことだとは思うが、やっぱ大変なんだな、結婚式って。
「あの、そういうわけでして先輩。心苦しいのですがその、当てはありませんでしょうか?」
「あー、そうだな……ご祝儀まけてもらえるなら、あと二十人ほど当てがないでもないんだが」
陽炎姉妹の面々が真っ先に思い浮かぶ。
なんかでかい結婚式場でやるみたいだし、うまいもん食わしてやれるなら、連れて行ってやってもいいかもしれん。
が、さすがに子供にご祝儀出させるわけにもいかん。
かといって、二十人近い数のご祝儀を俺一人で払うのは……正直辛い。
「いえ、ご祝儀に関してはまったく気になさらないでください。その、相手の家が相手の家でして、予算に関しては恐ろしいことに底がなくてですね……」
「予算に底がないって、言葉にするとヤバイなオイ」
「ええ、まぁ、ヤバイですね……」
こっちは更新料のためにヒイヒイ言ってるっつーのに。
なんか、スゲー惨めになってきたわ。
つか、今更だが俺はいつまで無職なんだろうな。
思わずため息を吐くと、同時に前島もため息を吐き、微妙に会話が途切れる。
多分傍から見たら、陰気な男が二人してこのクソ暑い中座ってるように映るだろう。
「あの、かくいう先輩もずいぶんひどい顔をされてますが……大丈夫ですか?」
「生憎と顔で食っていく仕事に就く予定は無い、いまのところはな」
「なるほど、いまのところは……ところでその、求職活動の方は……」
「聞くな」
「……はい」
片や結婚式を控えた、マリッジブルーの男。
片や住居と職を探す、お先真っ暗な独身男。
同じ陰のベクトルなのに、なぜか正反対のネガティブベクトル。
「なーんでこんなに悩まにゃならんのか……馬鹿みたいだわ」
「正直……私も自分のことでそう思ってます」
なんだろ。
よくわからんが、お互い、いま最高に無駄な会話してる気がしてきた。
そんなどうしようもない空気が漂う中。
挨拶が終わったのか、公園の入り口できょろきょろしている谷風の姿が目に入る。
「おーい谷風!! こっちだこっち!!」
これ幸いと、陰気な空気を吹き飛ばす気持ちを込め、谷風の名前を大声で呼ぶ。
すると一瞬驚いた様子を見せた谷風が、嬉しそうにこっちに向かって走ってきた。
つか、速いっておい。
「おーまーたーせー……提督ぅうう!!」
谷風はそう叫びながらドカンと勢いよく、俺の胸に飛び込んでくる。
んが、重い!!
質量はないがスピードがキツイ!!
が、さすがに大人としてのプライドがあったので、ギリギリ耐える。
マジでギリギリだったけどな!!
「ゲホゲホ……悪いが前島。そんなわけで、ツレが来たからもう行くわ。自分で言ってて情けないが、こっちは大体暇してるからな。その追加の参加者の話もあるし、都合ついたらまたいつでも連絡くれ」
「え?? は?? え?? あ?? え??」
前島はなぜか壊れたロボットみたいになってるが、まあ暑さのせいだろ、多分。
そんな前島を尻目に、飛びついてきた谷風を抱き留めて脇に抱える。
すると谷風は脇から抜け出して背中をよじ登り、肩に乗って俺の頭を抱え込むと、なにが楽しいのか提督♪提督♪と連呼しはじめた。
「ああくそ、なんでお前ら姉妹は頭に上りたがる!」
「えへへ~、いいじゃないのさ!」
まあ、いいけど。
つか、先方さんの都合もあるだろうからな。
とっとと向かうとしよう。
■□■□■
「ここさね!」
「ここさねか」
再び谷風を自転車の後ろに乗せて、えっちらおっちらと移動すること十数分。
ようやくたどり着いたのは、渋い見た目の一軒家。
いや、というかここは……。
「磯風の家じゃねえか」*3
「話は(電話で)聞かせてもらった! この磯風に任せておけ!」
呼び鈴押すより早く、ババーンと玄関を開けて登場する磯風。
まさかずっと待機してたんじゃないだろうな?
「……つーかあれか。もしや磯風の家が、間借りを快諾してくれてる三軒のうちの一軒なのか?」
「「そのとおり!」」
ハモって答える、どや顔の谷風と磯風。
まぁ、確かに磯風の家なら勝手知ったる部分もあるんだが。
だからといって、さすがに若い身空の子供と二人暮らしというのは、色々あれではなかろうか。
いやでも、確か磯風一人暮らしだったよな。
うーむ。
「水くさいことは言ってくれるなよ? この磯風、提督の危機を黙ってみているような女ではない!」
「うんうん。そりゃ色々と思うところもあるだろうけどさ。その辺ひっくるめて、ややこしいことはぜーんぶ、この谷風さんに任せときな♪」
そう言って磯風と谷風は、二人して俺の手を握る。
……。
あ、駄目だ。
なんかわからんが、急に来た。
涙が出てきそうになる。
「おぉーっ!? なーにー? よしよしされたいの?」
「どうした? ふふふ、この磯風がいる、心配はいらない」
ちょっと泣きそうになってるのを見られたくなかったのもあって、思わず二人をまとめて抱きしめてしまった。
嫌がるか怒るものかと思ったが、二人は力を抜いて身体を俺に預けるように傾ける。
あー駄目だ、ほんと、駄目だわ。
こいつらはホントもう。
こんな無職の男に、どこまでも優しくしてくれるんだろうな、ほんと。
……ホントもう、こんなに優しくされちまったら。
駄目だ駄目だと言ってるのがバカらしくなってきたわ。
「……よしっ! すまんが谷風、今回の話は無かったことにしてくれ」
「えー!? どうしたのさ突然?」
「なんかあれだ、ちょっとした心境の変化ってヤツだ」
「そりゃ心変わりがあったならしょうがないけどさ……いいのかい?」
「ああ、悪いがもうちょっと、根本的なとこで頑張ってみることにするわ」
そうだよな、そもそもとっとと就職決めりゃあすむ話だ。
更新料がなんぼのもんじゃいクソッタレ。
「ただまあ、そうだな。ほんと、悪いけどさ。やっぱどうしようもなくなったら、そんときゃまた頼めるかな谷風。その……磯風も」
だがやっぱり保険はかけておきたいお年頃。
だって大人なんだもん。
我ながら情けないけどな。
「ホントかい? いざってときは遠慮なんかせずに頼っておくれよ? その、絶対だよ?」
「そうだ、絶対だからな?」
「あーはいはい、絶対絶対」
やたら絶対を推してくる二人。
まぁ、こっちの都合で振り回すわけだからな。
絶対くらい安いもんだ、多分。
「それよりあれだ。せっかくだし飯でも食いに行くか。浦風の店で飯奢ってやる。ほら、磯風は後ろ、谷風は前、ここ、棒のところに横向きになって座れ」
「任せろ!」
「がってん!」
自転車にまたがって手招きすると、一瞬戸惑ったものの、二人とも勢いよく飛び乗ってきた。
ちょっとバランスが悪いが、まあ子供二人くらい軽いもんだ。
だが二人とも強く掴まりすぎだ、暑い、暑いって。
はしゃぐ二人を落ち着かせながら、再び夏の日射しの中を走り始める。
「あー、しかし時間的にちょっと早いか。浦風のやつ店開けてるか?」
「それなら心配ないさ。浦風にも提督の件で連絡してあるからねぇ、きっと今頃、色々準備して待ってると思うよ?」
「なるほど……って。もう一軒は浦風の家だったのかよ!?」
「ちなみに両方駄目だったら、この谷風さんの家を紹介する予定だったさ!」
「なんだよ、結局全員陽炎の身内だったってことか……」
「えへへー。もしどの間借り先にするかで迷ってるってなったらさ。週替わりや、月替わりであたしら三人の家を泊まり歩いてもいいんだよぉ?」
「ほほう、それは名案だな!」
「それは名案……なのか?」
しかしまあ、そう言ってもらえて、改めて色々と気が楽になったな。
二人はなにが楽しいのか、名案名案と口に出しながら、お互いの手を叩いてはしゃぐ。
おいバカやめろ、バランスが崩れるだろうが。
まったく、若いってのはうらやましい。
いまが楽しくてしょうがないって感じだ。
こっちは職どころか、住むところも無くなるかもしれんのに。
だがまぁ、そんときゃそんときだ。
過去には戻れないし、未来はまだ先のこと。
いまをめいっぱい楽しむってのは、大事なことだよな。
だから、まぁ。
もうちょっとだけ頑張ってみようかね。
オマケ - 陽炎会議録NO.8 -
(※NO.は掲載順の番号となり、時系列とは一致しません)
薄暗い部屋、円卓を囲む二十人近い少女らしい者たちがいた。
らしいというのは、なぜか全員が顔を隠すための先の尖った白い被り物をかぶっていて、その顔がよくわからないからだ。
そして被り物の額部分にはそれぞれ番号が振ってある。
あと因みに時間軸的には、無職が谷風の店に訪れた日の深夜である。(緊急招集)
「……最近緊急招集が多いけれど、今回もこうして全員が集まってくれて嬉しく思うわ。ええ」
淡々と、そして静かに『1』と額に書かれた数字の被り物をかぶった少女が口を開く。
「さて、時間も時間だしばっさり聞くわ。14番、提督が住むところを探しているから、姉妹の家に住んでもらおうという計画。結果的に保留になったとはいえ、とっさに考えたにしては素晴らしいわ。お世辞でもなんでもなく、純粋に称賛に値する」
「えへへー」
1番の少女の言葉に、うんうんと頷く一同。
称賛を受けて、まんざらでもない様子の14番。
「ただ、聞きたいんだけど……ええ、あくまでこれは純粋な興味からよ、他意はないわ、ええ。どうして……11番や12番や、さらには14番本人の家を勧めたのかしら? ほら、他にあったでしょ、例えばほら、長姉たるこの私の屋敷とか、ほら」
「いや、さすがに陽炎姉さんの屋敷に居候なんてしたら、提督が食客の用心棒みたいになっちまうよ」
「……普通にあり得そうですね」
「むしろ違和感ゼロや」
「組幹部の陽炎姉さんがかいがいしく世話をする、謎の男」
「確かに事情を知らない人が見たら」
「そうにしか見えませんね……」
「……っく、確かに組員も出入りするし……自分で言っといて無理があったか……」
1番の家(屋敷)は部屋は腐るほどあるが、姉妹のみならず、部屋住みの組員や女中など。
言訳しようのないくらい、その関係の人たちが常駐しているところでもあった。
項垂れる1番を尻目に、14番は話を続ける。
「ま、あとは場所だったり、宿舎や寮住まいに、アパート住まい。それに部屋が余ってないメンバーとかは除外になるからさ。つまりいざってときは、谷風さんたちの家に来てもらうってのは、しかたないよねぇ~」
それを聞いて『こんなことなら市内の中心部に、でっかい一軒家建てておけば良かったぁああ!』と、心の中で叫びを上げるメンバーが続出。
その様子を見て、勝ち誇る第十七駆逐隊の面々。
(※第十七駆逐隊=浦風、磯風、浜風、谷風)
なお、どさくさに紛れ込む軍の宿舎住みの13番。
彼女は自らの提督が間借りを決めた家に引っ越す気満々だった。
彼女たち(第十七駆逐隊)の表情は、カーッつれーわー! 提督と同居とかつれーわー!
毎日一緒にご飯食べたり、おはようからお休みまで挨拶しなきゃならなくて忙しいわー!
とでも言わんばかりの顔である。
敗北にうちひしがれる他の面々。
だが、ここで誰かが放った、何気ない一言が空気を激変させた。
「……あれ? でも待って。提督が住んでるところの更新が再来月ならさ、もういっそ、それまでに家を建てちゃえばいいんじゃないの?」
衝撃、走る。
そして波紋が広がるように、姉妹たちが次々と口を開く。
「あれ、もしかしてそれアリなんじゃ?」
「いいかも、だっていつかは皆で一緒に住む場所が必要になるよね?」
「でもいま住んでる場所から離れられない子もいるんじゃないの?」
「いや、必ずしも引っ越す必要はないでしょ。ただそっちにも自分の部屋があるって感じで」
「そうなると一九部屋以上必要よね。……さすがに多くない?」
「まぁ、広い土地ならいくらか当てがあるけどさ……」
「ぶっちゃけ予算とか姉妹で出し合えば幾らでも用意できるよね?」
「幾ら必要ですかぁ~?」(本気の眼)
「ステイ、8番はお願いだからステイ」
「でもまぁ無理に一九部屋以上造らなくても、四人で一部屋とかでもいっか」
「そう考えると戦史時代みたいでなんかワクワクするね」
「でも待って。さらに将来を見据えるなら、やっぱり一九部屋以上必要じゃない?」
「え? ……あっ」(察し)
『……』(何名かが無言で鼻血を拭う)
「その、さすがにそれはほんのちょっと早いかなーって?」
「そ、そうですね。まあ、ひとまずその計画は保留にするのがいいかと」
「……そうね、まあ、いざとなったら部屋や家なんて幾らでも用意できるわけだし」
「提督もまだ先のことはわからないって言ってるわけだし」
「その時になったらまた皆で話し合ったらいいよね、ね」
『ねー……』
そんなわけで、めずらしく陽炎会議は今日も平和だった。
谷風と色んな賃貸の間取り見ながら、キャッキャと楽しく会話したいだけの人生だった。
おかげさまで陽炎姉妹もあと三人、ファイトー。
2020年07月15日 追記
パテヌス様からとてもステキなイラストをいただきました。
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https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=234013&uid=34287