提督をみつけたら   作:源治

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夏も、もうすぐ終わりですね。
無職さんの時間軸は二年くらい前からずっと夏ですけど。

※夏の恒例かもしれないソフト長編回、二万文字くらいあります。
 


『無職男』と『駆逐艦:天津風』

 

 ハロー無職。

 

 昨日意地でも職を見つけてやると決心した……のはいいが。

 あいにくと今日は職業紹介所が休日だと気がつき、速攻で膝を折ってしまった。

 

 そんな決意に水をダバダバ差された今日この頃。

 夏真っ盛りな日射しに耐えかねたので、冷房代惜しさにとある場所に向かうことにする。

 

「うーむ」

 

 と、いうわけで、目的地である磯風の家にやって来たわけだが。

 頼みの家主である磯風は、長方形の金属箱を見つめながら唸っていた。

 

 店に入っても気がつかないし、よっぽどな感じだな。

 

「なんだそれ?」

 

「て、提督ッ!? 昨日会ったばかりだというのにどうしたんだ? い、いや……別にいつ来てくれてもいいんだが……ああ、それよりこの金庫のことだったな。じつはこれはな―――」

 

 突然声をかけて驚かせてしまったせいか、妙に挙動不審気味な磯風の話を聞くに。どうも先代の店主の私物を整理していたところ、養母の名前が書かれたダイヤル式の小型金庫がみつかったらしい。

 

養母(はは)は無駄な私物を持つような人ではなかった。だというのに、大事に保管されていた以上、なにかしら意味があるものだとは思うのだが……いかんせん中身を確かめようにも暗証番号がわからないのだ。かといって中になにが入っているかわからない以上、無理にこじ開けて中のものを傷つけてしまう可能性もあるので、どうしたものかと悩んでいた」

 

 なるほど。

 

 捨てるに捨てられず、こじ開けるには問題があり、かといってそのままにしておくのは気になってしょうがない。

 そんな難物をどうしようか悩んでいたと。

 

 見たところ四桁の簡単なダイヤル式の鍵か、これならなんとかなるかもな。

 

「磯風、お前誕生日はいつだ?」

 

「む、6月19日だが……それが?」

 

「ほいほい。0、6、1、9……開いたぞ」

 

「な? どうしてわかったんだ!?」

 

「お約束というヤツがあるんだよ」

 

 大体この手の暗証番号は、自分か身内の誕生日という場合が多い。

 まあ、さすがに一発で開くとは思わなかったが。

 

 あと、そこはかとなく磯風が、とても大事にされていた名残を垣間見てしまった。

 

「さてさて、中身はなにかなっと……長方形の金属缶か。またそれっぽいのが出てきたな」

 

 金庫を開けて出てきたのは、薄いスポンジに包まれた金属の缶。

 金属の箱の中に金属の缶とは、えらい厳重だな。

 

「早く開けてみてくれ、提督」

 

「わかった、わかったから落ち着け」

 

 後ろから見ていた磯風が、背中に乗っかかって急かしてくる。

 なんだかんだで磯風も、陽炎姉妹の中では結構胸があるんだよな。

 

 なんて雑念を払いながら、特に留め具がついていない缶の蓋を開ける。

 

 中には除湿剤の小袋と、衝撃吸収材のぷちぷちというか、気泡緩衝材にくるまれたなにか。

 包んでいたシートを剥がすと、中から黒い四角形の物体があらわれた。

 

 結構でかいな、土産物のチョコレートの箱くらいある。

 

「それは……なんだ?」

 

「わからん……いや、まて。これたぶんなんかの映像記録媒体だわ、見たことないタイプだけど、ここの透明な部分から、中に巻かれたテープみたいなのが見えるだろ」

 

「むむう……この手のものには疎くてな。つまりてれびじょんに映る、動く写真のヤツだな」

 

「まあ、一応その認識で間違ってないが」

 

 やたら言い方が古風だなオイ。

 

 だけど思い返せば磯風の家にはテレビがなかったな。

 それに養父母もお年寄りだったみたいだし、しょうがないのか。

 

「しかし金庫に入ってるテープって、なんか厄ネタの気配しかしないんだが……」

 

「ふむ、なにも写ってない可能性はないのだろうか?」

 

「いや、俺もあんまり詳しくないんだが、ここのところが折れてるのわかるか?」

 

 外装の隅っこにある、謎の四角形のへこみを指さす。

 そこには、へこみにはまっていた部分を、折って取り除かれた痕跡があった。

 

「ああ、確かに」

 

「これたぶん、映像を撮って上書きしないようにするための、安全装置みたいなもんだと思うわ。つまりこれが折れてるってことは、消したくないなにかが写ってるはずだ、おそらくだけどな」

 

「ふむ……さすがに養母の持ち物だったのなら、そこまで変なものが写ってるとは思えないが。もしかしたら養父母の結婚式かなにかを写したテープなのかもしれない。養父は恥ずかしがり屋なところがあったからな、捨てられないように養母が隠した可能性がある」

 

 どうだろうな、大人は色々と秘密を持ちたがるもんだ。

 と、口に出しかけたが、グッと飲み込む。

 

 まぁいい人みたいだったから、確かにその通りの可能性も高い。

 もっともいくら恥ずかしくても、金庫にテープを隠すのはどうかと思うが。

 

「しかし、こうなると中身を確かめたくなってくるのが人のサガだよな」

 

「うぬ、同感だ」

 

 だが問題は、この見た事もない種類のテープを再生するための機材。

 当然それが必要になるわけだが、じゃあどこで探せばいいかというと……。

 

「まぁ、あそこにいくしかないか」

 

「ん?」

 

 磯風がなんのことだというふうに首をかしげる。

 そりゃまあ、あそこだよ、あそこ。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 はい、というわけでやって来ました。

 

 艦夢守市有数どころか、世界有数の電気街。

 電気機器やらその手のパーツは、ここに無いなら世界のどこにもないと誰もが口にする場所。

 

 そう、その街の名前はッ!!

 

「夏葉原にようこそだニャン!」

 

 そう、夏葉原だニャン。

 それがこの街の名前である。

 

「よかったらお店に寄っていってくださいニャン!」

 

「あ、どうも……」

 

 駅の出口でメイドに差し出されたチラシを、思わず受け取る。

 なんというか、まあ、なぜかもらった俺が恥ずかしい。

 

 あとあまり詳しくないが、音楽やら漫画やら映像やら芸能やらの文化も盛んらしい。

 さっきみたいにネコ耳付けてメイド服を着た、メイド喫茶とかいう店の客引きがあちこちにいるし、色々と盛んなんだろう、うん。

 

 ぶっちゃけ両方ともあまり興味が無いから、足を運ぶ機会もなかったんだが。

 じつは一回だけ秋雲の付き合いで、この街を回ったことがあったりする。

 

 なんでも欲しい特殊な本があるとかで、街のあちこちにある色んな古本屋?

 を、渡り歩いたんだが。

 

 色々と口にできないものもあったが、それを探す途中に昔懐かしの初代海面ライダーのファンアートなんかを見られたり。

 目的の物を、意地でも見つけてやろうって気になって、宝探しをしているようで楽しかった。

 

 その時はそれ関係の店しか回れなかったが、機会があればまた来てみたかったんだよな。

 なので、目的のものが早々に見つかったなら、色々と見て回りたい。

 

 ……まあ、とにかくだ。

 

 パッと見渡すだけでも、幾つか目に入る家電量販店。

 そこに入って、片っ端から聞いて回れば手がかりが掴めるはずだ。

 

 ちなみに磯風はというと、午後から商談が入っていたらしく、一緒にはこれなかった。

 商談をキャンセルしてでもついてこようとしたんだが、責任を持って俺が探してくるということで、なんとか説得に成功。

 

 確かに世話になった養親の物だから、無理してでもってのはわかるが、さすがにな。

 

 後日改めて一緒に回るという手もあったが、俺もいつまでも暇とは限らない。

 そうとも、明日突然職が決まる可能性だってあるわけだ。

 

 ……あるわけなんだよ。

 

 というわけで、さっさと再生用の機材を見つけて手に入れなければ。

 なにが写ってるかも気になるが、こう、手がかりを探して街をまわるという行為そのものがどこか新鮮で楽しくも感じられる。

 

 どうせすぐ見つかるだろうが、ちょっと本気出して探してやろうじゃないの。

 

 そんなわけで、まずは一番手前の、あの店に入って聞いてみるか―――

 

 

 

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「な、なんの成果も得られなかった……だと?」

 

 数店舗どころか十店舗以上聞いて回ったわけだが。

 全ての店で、こんなテープは見たことがないと言われてしまった。

 

 どうやらこれは、相当な骨董品の可能性が出てきたな。

 実際骨董品屋にあったものだし。

 

 しかし、そうなるとどうしたものか。

 

 下手するとこの街で探すより、メーカーとかに問い合わせた方がいいのか?

 いやでも、一応それらしい“ロゴマーク”はあるが、これがどこのメーカーのロゴかもわからん。

 

 最悪既に潰れたメーカーのとかだったらお手上げだ。

 というか、ここに無いなら世界中どこ探したって無いって自分で言ったよオイ。

 

 途方に暮れた俺は、とにかく一服しようと喫煙所を見つけて、よっこらせっくすと口にしながら腰を落ち着ける。

 

 こりゃまいったな、どうしたもんか。

 家電量販店とはいえ、この街の店員でも見当が付かないようなものを、俺が特定できるのか?

 

「うーむ……む?」

 

 ライターを取り出すために、ポケットをまさぐったところ、クシャッとした感触が。

 取り出すと、さっき配ってもらったチラシと一緒に、磯風から渡されたメモが出てきた。

 

 ああ、そういえば困ったらこの場所に行くといいって、磯風に手渡されたんだった。

 なんでも磯風というか、陽炎姉妹の関係者が働いている場所があるとかなんとか。

 

 メモを開いてみると、簡単な地図と目的地と思われるビル名。

 

 まさかこんなに難航するとは思ってなかったってのもあるが。

 メモをもらったの、完全に頭から抜け落ちてたな。

 

 ワラにも縋る……とはちょっと違うが。

 なんの手がかりも無い以上、行ってみるか。

 

 そういうわけで、えっちらおっちらと徒歩で移動することしばらく。

 

 歩行者天国の通りにある、そこそこ大きな十階建てくらいのビルを見つけた。

 ここだと思うんだが、ビル看板を見るにどの階にもあれだ、いろんな喫茶店が入ってるな。

 

 一階は自称本格メイド喫茶。

 二階はアニマルメイド喫茶。

 三階はデレツンメイド喫茶。

 四階は連装砲ちゃんカフェ。

 五階は……って、なんだよ、連装砲ちゃんカフェって。

 

 まあともかく五階は多国籍コスプレ喫茶で、六階は普通の事務所みたいだ。

 一階から六階は一階層に一フロアの造りで、それより上は住居スペースっぽい。

 

 例のメモに書いてあるのは六階。

 なぜだか命拾いした気分。

 

 エレベーターもあるが、多少怖いもの見たさもあって、表階段を上ることにする。

 

 外から見る限り、どの店も結構賑わってる感じだった。

 四階に関してはどうも会員制らしく、外からはよく見えなかったが。

 

 思ったより息が切れていることに、己の加齢を感じて若干へこむも、ようやく六階に到着。

 一呼吸置いて息を整え、特になんの看板も掲げられていないフロアの扉の前に立つ。

 

 ガラス扉だが、中はよく見えない。

 おそらく四階と同じように、外から中が見えないようなフィルムが貼られてるな。

 

 うーむ、これ、呼び鈴も無いみたいだし、開けていいものなのだろうか。

 数秒ほど悩んだが、まあ、なんかあったら素直に謝ろう。

 

 そんなわけで、軽くノックをしてからゆっくりと扉を開く。

 瞬間、左右にずらっと並んだ、多種多様なメイドたちの視線が突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『無職男』と『駆逐艦:天津風』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お帰りなさいませ、ご主人様!!』

 

 我が輩は無職である。

 人を雇う余裕は当然無い。

 

 だというのに、ネコ耳やらメイド服やら学生服やら民族衣装っぽい格好をした女性たちに、ご主人様呼ばわりされて出迎えられてしまった。

 十人ほどだろうか、左右にわかれて入り口から平行にずらりと並んでいる。

 

「……すみません、店まちがえまし―――」

 

「遅かったじゃない!!」

 

 瞬時に防衛本能が働き、謝罪と同時に退散しようとしたところで、聞き覚えのある声。

 左右に並ぶメイドたちの正面中央から現われたのは、背が低くて長い銀髪の美少女。

 

 少女は、果たしてそれはメイド服なのか? と、問い詰めたくなるレベルの短いスカートをひらひらとさせながら、ドヤッとした表情でポーズを決める。

 

「お、お前は……アマツン!!」

 

「そう、わたしはアマツン……って、天津風(あまつかぜ)よ!?」

 

 知ってる知ってる。

 けど、なんとなく、お約束かなと。

 

「って、なんでこんなところにいるんだ?」

 

「なんでって、ここで働いてるからに決まってるじゃない。それよりいつまで突っ立てるつもり? ほら、こっちに来なさい」

 

 陽炎姉妹の一人である天津風は、そう言って俺の手を取り歩き出す。

 そして相変わらず君ら姉妹は力が強いな。

 

 ここで働いてると自称する、ちっこい天津風に引きずられる無職の俺。

 その後ろをぞろぞろとついてくるのは、多種多様のメイド服をきた従業員たち。

 

 いったいなんなんだろうか、この状況は。

 

 そのまま応接らしき場所に連れ込まれた俺は、二人がけのソファーに座らさせられた。

 

「それで、磯風から電話で大体の話は聞いたけど。なにを探してるの?」

 

 すとんとソファーの隣に座った天津風が、すすすっと距離を詰めて体を密着させてくる。

 近いな。というかスカートが短すぎて中が見えないか心配になる。

 

「お、おう、これなんだが……」

 

 心を落ち着け、鞄から金属缶に入ったテープを取りだし、テーブルの上に置く。

 天津風は「ふーん」とテープをひとしきり見た後、メイドの一人からカメラを受け取ると、パシャリと一枚写真をとった。

 

 しばらく待つと、カメラから一枚の写真が出てくる。

 

 おおう、まさかそれはインスタントカメラという、撮ったその場で写真として出てくる特殊なカメラじゃないのかね。

 なぜメイド喫茶にそんなものがあるのか、謎は尽きない。

 

(※一部のメイド喫茶にはメイドさんと世界で一枚だけの記念写真を撮るサービスがあり、備品としてインスタントカメラが置いてあります、たぶん)

 

 出来上がった写真を確認した後、天津風は周りのメイドたちに目配せをして頷く。

 するとメイドたちは、いっせいにテープの写真を撮り始めた。

 

 いや、どさくさに紛れてなんか俺と天津風の写真も撮られてないか?

 

 そんなこんなで、あっというまにテープを写した百枚ほどの写真が出来あがる。

 

「それじゃあ貴方たち。手分けして聞き込みしてきてくれる?」

 

『了解です社長!!』

 

 元気よく返事をして、外に出て行くメイドたち。

 え、なんなの、まったく展開について行けないんだが。

 

 いや、それより……社長?

 

「そういうわけで、もしこの街にあるなら、あの子たちが情報を持って帰ってきてくれるだろうから、”あなた“はここでゆっくり待ってなさい。じゃあちょっと着替えてくるわ、汗臭いのは嫌なの」

 

「あ、ああ」

 

 色々と聞きたいことがあるのだが、天津風は立ち上がって部屋を出て行く。

 もしかして俺の汗のにおいがうつったのか、確かに炎天下で歩き回ったからな。

 

 クンクンと自分の匂いを嗅いでみる、が、正直よくわからん。

 

 なんて馬鹿なことをしていると、どこからか視線を感じた。

 見ると部屋に残された数名のメイド服の従業員たちが、こっちをガン見している。

 

 そのなかでもウエーブのかかった長い茶色髪の女と、金色の髪を三つ編みにしてアップにまとめた女は、かなり興味津々という感じ。

 

 茶髪の方は、少女漫画の表紙にでも出てきそうな見た目だな、ゆるふわ系というヤツだろうか。

 対照的に金髪の方は、キリッとした感じというか、なんか、嫌な顔してなんかしてくれるのが似合いそうというか……なに考えてんだ俺は。

 

 しかし、なんとなく雰囲気でわかるが、この子ら外国人だよな。

 

 ……は、早く帰ってきてくれアマツン、俺を一人にしないでくれ。

 ぶっちゃけ空気がもたない。

 

「あの~、ちょっと聞いてもいいですかぁ~」

 

「その、貴方もしかして社長の特別な人なの?」

 

 なんて祈っていたら、その二人から矢継ぎ早に質問が。

 

「社長というのが、その、アマツンのことを言っているなら……どうなんだろうな、あいつの姉とは仲良くさせてもらってるが。あいつ自身にとって俺がどうなのかは正直よくわからん。なんでだ?」

 

「え~、だって~、ボスが私たちに使うのは『貴方』だけど、おにいさんを呼ぶときは『あなた』じゃないですかぁ~」

 

「そう! とても特別な感じがするわ!」

 

「わかるわかる~↑」

 

 悪いが俺にはわからない。

 

「待たせたかしら?」

 

 と、謎の女子トークの渦潮に呑まれかけていたところに救いの声。

 

「おう、やっと戻って……って、なんというか、す、すごい格好だな」

 

 戻ってきた天津風は、なんというか。

 肌が透けて見えるような薄い黒のワンピース姿だった。

 

 おまけになんだ、ガーターベルトというやつと、太ももから肩にかけて伸びた下着代わりっぽい紐が、服が僅かに透けていることも相まって見えてしまっている。

 

 一言で言ってその……破廉恥だな。

 

「そ、そう? これくらい普通よ!」

 

 普通、普通とはいったい。

 もしかして天津風は家族を人質とかに取られて、この格好を強要されてるのではないだろうか。

 

「社長! さすがにその戦装束は狙いすぎ! もしかしてこのまま……や、やっばーい!」

 

「さてはここで勝負を決める気!? 私たち外に出ていた方がいいかしら!?」

 

「な、なに言ってるのよ!? デロもパースも、こ、今月の給料減らすわよ!?」

 

「なっ、今月はマジカルキヨシーの小説版とコミック版、そしてオータム先生の新刊が四冊もでるんですよ!? 私とデロイテルがなんのために、はるばる国外からこの街にやってきたと思ってるんですか!」

 

「やっばーい! ただでさえコスプレ衣装に使いすぎてカツカツなのに、これ以上お給料へったら夏イベの那珂ちゃんとうーぴょんのライブチケ買えないじゃないですかー!?」

 

「この異文化デカルチャーコンビ! そもそもあんたらがもうちょっとやる気出してくれれば Big Slope やあの五十鈴なんかにでかい顔させないし、店も増やせて売り上げも上がって、給料も上げられるでしょ! せめてあんたらもっとシフトに入りなさいよ!」

 

「いや、さすがに業界のフィクサー五十鈴とやり合うのは無謀です。似たような髪型とキャラの社長でも、色々とサイズが違いますし」

 

「そうそう、社長は夏葉原の顔役兼マスコットキャラとして~、私たちとおもしろおかしくやってるほうがいいですよ~」

 

「だ、誰がマスコットキャラよ!!」

 

 すごい服装に着替えてきたかと思ったら、俺そっちのけで従業員のメイド二人とじゃれ合う? 天津風。なんだ、いったい、俺は、どうすれば、いいんだ。

 

「あ、あの……」

 

「ん? な、なんだ?」

 

 あんまり目立たなかったが、部屋に残っていたメイドの一人。

 少し地味目のメイド従業員が声をかけてきた。

 

 なんだろ、学生のバイトなのか、ずいぶんと若いような気がするが。

 まあ、それ言い出したら天津風はどうなんだという話だが。

 

「えっと、その。今日は来てくださってありがとうございます。社長、今日はご主人様が来るかもって、凄く機嫌がよくて……えっと、連絡があってからすぐ私たち集められて、その……」

 

 一生懸命なにかを伝えようと頑張るメイド。

 が、早口なうえ話の内容がまとまってなくて、なにが言いたいのか分らん。

 

 なんというか、色々と不器用そうで幸薄そうな子だな。

 

 というか、いまだにメイド姿の人間と話すという非日常に適応できない。

 

「あの二人みたいな人たちもいますが。その、社長は行く当てのない私みたいなのが働ける場所を作ってくれて……あ、このビルに入ってる喫茶店は全部社長が考えた店で、えっと、すごく感謝してるんです。私も空いた時間に勉強見てもらって、えっと、住むところとかも用意してくれたり……私、社長には返しきれない恩があって、そんな子がここには、いっぱいいるんです。だからその、社長が今日みんなを呼んで、力を貸して欲しいって、もてなしたい人がいるって言ってくれて。みんなすごく張り切っててですね。だから、今日来てくれてありがとうございます」

 

 早口でちゃんと聞きとれなかったが、なんか重いことを聞いてしまった気が。

 というかたぶんこの子、感情が溢れてテンパッてる気配がする。

 

 あれか、推測するに天津風は、昨今流行の学生経営者ということなのだろうか。

 そしてこの子は天津風への感謝というか、すごさを伝えようとしてくれているのはわかった。

 

 大丈夫だ、知ってるよ。

 

 だって陽炎の妹だからな。

 そもそも、ちゃんと働いてる時点で、君も俺よりすごいぞ。(無職的思考)

 

「まあ、お礼をいわれるようなことでもないが……アイツはその大事なゲストを放置してなにをやってるんだ……」

 

 視線を戻すと、なぜかとっくみあいに発展している天津風と二人のメイド。

 というかおいおい、そんな服で暴れたらその、あれだ、色々見えすぎてアカンだろ。

 

「おい……おいっ! 天津風!」

 

「ッ!? な、なにかしら?」

 

 さすがに見てられなかったので、驚かせて悪いが大きい声で名前を呼ぶ。

 と、天津風はやけに驚いた表情を浮かべた。

 

 あれ、そこまでデカイ声出したっけか。

 いや、それよりもだ。

 

「えーっとだな、その格好も悪くないんだが、なんだ、よかったらこの子みたいな服も見たいなと……」

 

 着替えてもらう為の理由が思い浮かばなかったので、とっさにさっきまで話しかけてくれてた地味目のメイドの服装を指さす。

 正直、現状の服装で動かれるとその、目のやり場に困りすぎる。

 

「えっ……そ、そう? というか、そっち系の衣装が好みだったのね……そ、そんなにお願いされたらその、着替えてあげようかしら。って、べ、別にあんたのために着替えてあげるわけじゃないんだからね!!」

 

 そうだよ、お前のために言ってんだよ。(素)

 

「で、でました。数多のご主人様たちが家を抵当に入れてでも見たいと願いながらも、去年を境に店には滅多にでなくなったが故に幻となった社長のツンデレ対応!!」

 

「ふぅん、そしてこのご主人様は正統派メイド服が好みと、なるほど、悪くないわね」

 

「そしてほうほう、その名前で呼んじゃってもオッケーか~、なるほどやっばーい!」

 

 なんか後ろの方で他のメイドたちがなんか言ってるが、まあ。

 その服はせめて海に行ったときとかにしてくれ、うん。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「でだ。あの子に聞いたけど、この下? の店を経営してるんだってな」

 

「えっと、まあね。別に大したことじゃないわよ」

 

 落ち着いた黒のロングスカートと、レースの入った白いエプロンを組み合わせたメイド服に着替えた天津風が、ふふんと得意げな表情を浮かべながら答える。

 まあ、珍しい格好には違いないが、さっきの服装よりは色々と目に優しい。

 

 少なくともこうして落ち着いてしゃべれるからな。

 

 あと余談だが、残っていたメイドたちは、天津風によって外に追い出された。

 追い出される間際の、メイドたちのごゆっくりーという言葉がなぜか耳に残ったが、まあ。

 言われんでも疲れたから、ゆっくりさせてもらうことにする。

 

「いや、大したことだろ、学生で経営者とかどんだけすごいんだよ。だけどなんだ、大丈夫なのか色々と。普通の経営はともかく、子供が社長とかやってたらなめられて、食い物にしようとって変なヤツとかやって来たりするんじゃないのか?」

 

「大丈夫よ、男手がいないわけじゃないし。そもそもこの店……というかこの会社、霧島組の傘下だから」

 

 ……とんでもない名前が出てきたなオイ。

 

 確かに『霧島組』は一応表向きは普通の会社だ。

 が、ぶっちゃけ金剛連合会という裏社会組織の一角でもある。

 

 この街に住むにあたって、最初に覚えておくべき重要事項。

 その中に『金剛連合会の関係者には絶対喧嘩を売るな』というのがあったな。

 

 普通にそれを、入社後の研修で教わったわ。

 

 おまけに外地と違って、この街の裏社会組織というか金剛連合会は、表の行政や司法組織とガッツリ協力関係にある。

 公認のズブズブ関係である、新聞とかテレビで普通に触れられるレベルで。

 

 まぁ、だからこそ外地より治安が良い部分もあるわけだが。

 その霧島組がバックいるとかなら、そりゃ二周回って安心だろうけどさ。

 

 しかし、そんな店を天津風が経営してるってのはなんというか。

 色々あるってレベルじゃなく色々ありそうなわけだが。

 

「……そうか。なら安心なんだろうが、まあ、なんか困ったことがあったら言ってくれ。今回のこともあるし、なんかできることは手伝うわ」

 

「えっ!? そ、そんなの、まあ、うん……ありがとう」

 

 そう言うとなぜか顔を真っ赤にして、顔を背ける天津風。

 あれ、今頭のとこからハート型の煙が出なかったか?

 

 いや、さすがに気のせいか。

 

「……あの、ね、提督もその……なにかして欲しいこととか、あるかしら?」

 

「は? して欲しいこと?」

 

「ほら、えっと、今の私はメイドなわけで、その……ご、ご主人様にご奉仕するのが使命なわけ、なのよね……」

 

 ご奉仕、ご奉仕とな。

 

「い、いや別に―――」

 

「そうだ浜風! 浜風は膝枕してあげたって自慢してたわね! うん、ならこの天津風がしない訳にはいかないわ!」

 

「は?」

 

 なぜその情報が漏れているのかも、なぜその結論にいたったのかも、俺には一ミリもわからないわけだが。

 それが正義と疑わない様子で断言した天津風は、こっちを見ながら照れくさそうに自分の膝をポンポンと叩く。

 

 ……これはいったいどういう流れなんだろうか。

 

「ええい、じれったいわね!」

 

 アホみたいに停止していた俺にしびれを切らしたのか。

 天津風は俺の首根っこを両手で掴み、自分の太ももに押しつける。

 

 ゴツンと、鼻を天津風の太もも部分の骨っぽいのにぶつけて、痛みが走る。

 

「んごふぅ!?」

 

「ど、どうかしら?」

 

 とりあえず鼻が痛い、のと、息ができない。

 だがメイド服のロングスカートの生地がいいためか、顔を擦る感触は悪くないような。

 

 が、息をするたびになんだ、密着してるせいで色々と吸い込んでしまっている気が。

 

「そ、そうだついでに耳掃除もしてあげるわ!」

 

 先ほどからこちらの返事を一切聞かず、流れるように次から次へと行動を起こす天津風。

 まって、せめて鼻の痛みが引くまで落ち着かせてくれ。

 

「ほら! 暴れないで!」

 

 頭をもってぐるっと向きを変えられる。

 と、今度は天津風の太ももから腹に顔が押し当てられた。

 

 さすがに色々急すぎるので、文句の一つでも言ってやろうと思ったんだが。

 呼吸するたびに、へこんだり膨らんだりする、天津風の腹の動きを感じていると、気分と鼻の痛みが落ち着いてきた。

 

 まあ、なんか楽しそうだし、したいようにさせてやるか。

 

 それに、あー、その、なんだ。

 落ち着いてみると、そう悪くないな。

 

 天津風の体温を感じながら、身を任せて、耳を掃除してもらう、か。

 なんというか、体験できなかった青春のイベントをまたしても回収してしまったような。

 

 そもそも、誰かに耳かきしてもらうなんざ……あれ。

 もしかして生まれて初めてかもしれん。

 

「どう? 気持ちいいかしら?」

 

「ああ……思ったより悪くな―――」

 

「社長! 写真のやつを知ってるって人、見つけました!」

 

 と、言いかけたところで飛び込んできたのは、先ほどの地味なメイド姿の従業員。

 それに驚いた天津風が、ブスリと俺の耳の奥に耳かきを差し込む。

 

 ひぎゃあ。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 飛び込んできたメイドに詳しい情報を聞き、地味に痛む耳を押さえながら外に出た後。

 なぜか機嫌の悪い天津風に手を引かれ、とあるビルに連れてこられた。

 

「ここは?」

 

「このビルの地下にある店に、映像機器関連に詳しい店主がいるらしわ。そこの店主に写真を見せたら、すぐに現物を持ってくるようにって言われたみたい」

 

「なるほど」

 

 ビルの横にあった階段を使って地下に降りると、「ニシウラ電気」と書かれた店の入り口らしき鉄のドアが。

 

 その扉を開けると、中は倉庫なんだか店なんだかよくわからない感じの場所だった。

 店内には頑丈そうな棚がずらっとならび、値札のない機械が山と並べられている。

 

 なんだろ、この最高に「Welcome to Underground」って感じの場所は。

 

 さらにそのアンダーグラウンドな店の奥に進むと、カウンターなのか生息地なのかよくわからないごちゃっとした場所に、仙人かよとつっこみたくなるような、白い髭と髪の毛を伸ばした小さいじいさんがいた。

 

「遅いぞ! は、早く見せてくれ!」

 

 俺たちを見るや、くわっと目を開いて、しゃがれた声で叫ぶじいさん。

 

 おいおい、すごくそれっぽいけど、ホントに大丈夫か?

 

 一緒に来ていた天津風に視線を送ると、こくりと頷く。

 どうやらこのじいさんで間違いないようである。

 

 鞄から取りだしたテープをじいさんの前に置く。

 じいさんはそれをじっと見つめた後、プルプルと手をふるわせながらテープを持ち上げた。

 

「写真を見たときはまさかと思ったが……間違いない。こりゃ百年前に夕張重工が開発した映像記録媒体のテープじゃ。まさか、生きて本物を見られる日が来るとは……」

 

「ひゃ、百!?」

 

「その昔……夕張重工は、千年保存できる記録媒体の開発に挑戦したことがあったんじゃよ」

 

「せ、千年!?」

 

 とんでもないワードが飛び出したな。

 百年前ってワードだけでもやばいのに、まさか千年とは。

 

 マジで骨董品じゃねえか。

 

「うむ……かつての対深海棲艦戦争で、戦史時代前の映像記録がごっそりと失われた教訓もあってな。艦連は長期間保存できる強靱な記録媒体の開発を、夕張重工とアカシに依頼したんじゃ。最終的にはアカシが鉱石を使った記録媒体を開発して採用されたんじゃが。このテープはその開発競争で夕張重工側が開発した映像記録媒体じゃよ……このマークはそのプロジェクトのマークじゃな」

 

 見たこともないロゴマークは、企業ロゴじゃなくて開発ロゴだったわけか。

 

「マジか……いや、それよりもだ、これを再生する機器とかってここで手に入るか?」

 

「馬鹿言え、ワシですらこのテープを初めて見るというのに、再生機器なんぞあるわけないじゃろ!」

 

「おいおい、じゃあどこに行けば手に入るんだよ……」

 

「うーむ、一般に出回ったものでもないし、そこらを探したところで見つけることは不可能じゃろうな。出資者なんぞにサンプルを提供した可能性もあるじゃろうが……百年も前となると、世代も変わるじゃろうし、それがなにかを知らない人間にとってはがらくたじゃ。まともに動くものが残ってたら、そりゃもう奇跡じゃよ……」

 

「つまりなんだ、このテープの中の映像を見るのは難しいってことか」

 

「北の艦連指定都市にある、夕張重工の本社にでも行けばあるかもしれんが……艦連との契約があるかもしれんし、そこまで行っても機材を売ってくれる、いや、使わせてもらえる可能性すら低いじゃろうな……」

 

 おうふ、ナンテコッタイ。

 すまん磯風、今日のところ、俺にできるのはどうやらここまでみたいだわ。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「ごめんなさい、私、役に立てなかったわね……」

 

 いつまでもテープを手放さないじいさんにラリアット決めて、外に出て歩くことしばらく。

 前を歩いていた天津風が、申し訳なさそうにそう呟いた。

 

「ん、ああ、気にすることないぞ。というか、俺一人だったらこのテープがなんなのかすらわからなかったんだ。それだけでも十分すぎるほどだって」

 

「でも、私……せっかくあなたが頼ってくれたのに……」

 

「らしくないな、そんなんじゃあれだろ、えっと、あの地味なメイドの子が言ってたなんだ、伝説のツンデレの面目丸つぶれだろ」

 

「だ、誰がツンデレよ! 大体あなた来るの遅すぎなのよ! いっとくけど私もあの子たちもそんなに安い女じゃないんだからね! それこそあなたの生涯賃金何十回分の―――」

 

 顔を真っ赤にして、流れるように罵倒してくる天津風。

 うむうむ、元気が出てきたようでなによりだ。

 

 まあ、実際生涯賃金何回分だろうな。(地味にダメージ)

 

 それに、今日この街に来てわかったことも多い。

 例えば、この街では天津風が人気者だってことがわかったこととかな。

 

「あっ、社長! おつかれさまでーっす!」

「はいはい、お疲れ様。暑いんだからちゃんと水分とるのよ」

 

「あ、社長さんがデートしてる!?」

「でででででで、デートじゃないわよ! ほ、ホントよ!?」

 

「シャチョー、イイブツ、ハイッテルヨー」

「あー、秋雲が欲しがってた戦史時代前のアニメデータ、ホントに復元できたんだ……あとでうちに持ってきて」

 

「あたらしいデッキ組んだから相手してくれよ社長!」

「そういうのはまず、うちの下っ端たちに勝ってから言いなさい!」

 

 こんな感じで、街を歩いてると、沢山のやつらが天津風に話しかけてくる。

 特に部下らしき客引きのメイドと話している様子は、とても堂々としたもんだ。

 

 まぶしいね、まったく。

 

「なあ、また今度この街に来るからさ。そんときゃ色々案内してくれないか?」

 

「え? あっ、そうね。あなた一人じゃすぐに迷子になるだろうから、しかたないわね……もぅ! しょうがないから、わ、私がいつでも案内してあげてもいいんだからね!!」

 

 おお、まるで流れるようなツンとデレだな。

 美少女のツンデレってヤツはほんと、絵になるもんだ。

 

 

 しかし、やはりテープの件に関しては、悔しいものがある。

 

 百年前の映像が写っているかもしれないテープ。

 磯風の養親がなんの目的で、しかもどうやって撮ったのかすらわからない、謎だらけのテープ。

 

 こんなん普通誰でも興味がわくだろ。

 

 まあ、宝箱を開けて中身がしょぼかった、なんてこともあるし。

 それならどんなものが写ってるのか、ずっと想像し続けるといった楽しみ方もある。

 

 ……と、言ってはみるものの、やっぱなにが写ってるのか見てみたかったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 - エピローグ -

 

 

 

「スマン磯風、再生に使う機器の名前はわかったんだが、機器そのものが手に入らなかった」

 

「ああ、気にしてくれるな提督」

 

「あ、提督お帰りー」

 

 磯風の家に戻ると、なぜか陽炎もいた。

 いや、まあ、よく考えたらいても全然おかしくないんだが。

 

「へー、それが例のテープ?」

 

「ああ、どこまで聞いてるか知らんが、磯風から聞いたならそのテープだ」

 

 俺が手に持っているテープを、陽炎は興味深そうにじっと見つめる。

 

「なんだなんだ、もしかしてこういうの好きなのか?」

 

「いや、ここにあるロゴマーク、どっかで見たことあるような……って、あ、これ知り合いの屋敷にあるテレビに付いてたヤツだ」

 

「は?」

 

 なにその情報、聞いてない。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「で、それが言ってたテープかしら?」

 

「……本当に金剛さんも一緒に見るんですか?」

 

 豪華な洋室で、なんだかとんでもなくえらそうな女と陽炎が話している。

 というかたぶんこの女、金剛連合会の組長の艦娘だよな。

 

 新聞なんかで見たことはあるが、さすがに実物にお目にかかるのははじめてだ。

 外地のとはかなり毛色が違うとはいえ、その筋の人間には変わりないので、さすがに緊張する。

 

 おまけに陽炎には、なにか聞かれない限り極力言葉を発しないで欲しいと、何度も念押しされたからな。

 

 今ならそう念押しされた理由がわかるわ。

 下手なこと言えんオーラすごい、組長やっばーい。(デロイテル語)

 

 そもそも、なんでその筋の、さらにその親分の屋敷に俺はいるんだ?

 

 確かあの後、陽炎はどこかに電話をかけて

 

『あ、霧島さん……はい、はい……じつは折り入ってお願いが……はい。いえ、個人的なお願いです、はい。実は金剛さんにお願いがありまして……いえ、金剛さんのお屋敷の一室にあったテレビのことで、はい……』

 

 という感じの会話をしてたのは覚えているが。

 そこからトントン拍子で話が進み、なぜかこんなところに。

 

 いや、この女が陽炎の親の親類で、テープを再生できる機器がこの屋敷にあるからだというのは、陽炎にちゃんと説明してもらったわけだが。

 ただ磯風はともかく、まさか俺も一緒に来ることになるとは思わなかったわけで。

 

 チラリと組長の女を見る。

 

 雰囲気はおっかないが、まあ、普通に美人の女にしか見えん。

 が、確か見た目通りの年齢じゃないんだよな、艦娘って。

 

 そもそも艦娘とか人間とか以前に、相手の立場がでかすぎる。

 怖いもの知らずの十代だった頃ならともかく、さすがに分別がついてしまうと、おっかなくて金玉ちぢむわ。

 

 つまり俺にできるのは、陽炎が言ってくれたように置物に徹することだけだ、が。

 

 身内、金剛連合会の関係者の身内、か……。

 

 余計なお世話かも知れんし、俺が出る幕じゃないかも知れんが……クソ。

 もしこいつら姉妹がなにか事情を抱えてるってんなら、なんとかしてやらないと。

 

「貴方も知ってるでしょ、あまり私……金剛の立場っていうのはね、貸しや借りを作るわけにはいかないの。だから、あくまで百年近く前の映像に興味が出たから、機器を貸すことを許したってことにする必要があるのよ。いいから、さっさとそのテープを貸しなさい」

 

「はい、ご迷惑おかけします……」

 

 などと俺が自問自答を繰り返してる間に話がまとまったらしく。

 テープを受け取った組長の女は、テレビと再生機器がセットになった機材にテープを入れ、再生ボタンを押す。

 

 テープを飲み込む機械音がした後、画面には『再生』の文字が表示された。

 

 しかし、本当に百年前のテレビなのか、これ。

 まったくよどみなく動いてるし、外装も綺麗で新品みたいだわ。

 

 さすが、千年を想定されて造られただけあるな。

 

 なんて感動していると、画面に青空が映った。

 真っ青な、雲一つない青空。

 

 おそらく、百年前の空なのだろう。

 

 映像は大昔のものであるにもかかわらず、とても鮮明だ。

 

 画面が切り替わる。

 

 映ったのはどこかの港の風景。

 行き交う船に、カモメ、そして道行く誰かたちの姿。

 

「これ艦夢守市の港じゃない?」

「む、確かにどこか面影がある」

「しっ、黙ってみていなさい」

「あ、はい」

 

 なぜか親分の女は余裕の無い声色で陽炎たちを叱り、その映像を食い入るように見つめる。

 何度か画面が切り替わり、似たような街の色々な風景が映し出された。

 

 やがて、画面に海を背景にして、三人の巫女服のような姿の女たちが映る。

 

「え?」

 

 陽炎か磯風か、それとも組長の女かはわからないが、誰かが驚きの声を発した。

 当然だが機械はそれに構うことなく、映像を流し続ける。

 

『あ~、テストテスト、これ、ちゃんと撮れてるんデスカ? えっと、み、皆サーンって、ちょ、笑わないでクダサーイ!』

 

『なに言ってるんですか、貴方はもう私たちのお姉さまなんですから。しっかり私たちの名前を呼んでくれないと、おかしくて笑ってしまいます』

 

『そうですよ、金剛お姉さま♪ 呼び捨てにしていただいても榛名は大丈夫です』 

 

『う~、やっぱり恥ずかしいデース!』

 

『はいはい、マイクチェックはもう大丈夫ですから、そろそろ始めましょう』

 

『それではこれから、私たちのお姉さまが、未来のお姉さまに向けてメッセージを送ります』

 

『未来のお姉さま、気合い、入れて、見てくださいね!』

 

 画面に映る三人の女たちは、幸せそうに笑っている。

 恐らくその笑顔は、撮影をしている相手に向けられているのだろう。

 

 

 画面が切り替わる。

 

 

 映ったのは先ほどより海に近い場所の風景。

 そこに立っているのは、どこかで見たことのある女。

 

 ああ、これは……。

 

 チラリと横を見ると、画面に映っている女と同じ顔の女が、食い入るように画面を見ている。

 

『えっと、未来のワタシ、お久しぶり? 今のワタシデース』

 

 先ほどの女たちが着ていたのと似た服装の女が、くるりと回る。

 着慣れていない服を着て戸惑っているようにも見えた。

 

『……これ、やっぱり照れマース』

 

 女たちの笑い声が響いた。

 画面には映っていないが、恐らく先ほどの女たちの笑い声だろう。

 

 

 画面が切り替わる。

 

 

 映ったのは、品のある内装の寝室。

 ベッドで寝ていた女が起き上がる。

 

 そしてカメラの方向に顔を向け、しゃべりはじめる。

 

『おはようございます、未来のワタシ。よく眠れましたか? アナタが見てるのは、アナタから見て何日前の……今日デスカ?』

 

 画面が切り替わる。

 室内をゆっくりと写しながら、女が喋る。

 

『未来のワタシなら知ってると思いますが、今のワタシはアナタに聞きたいことがありマース……ワタシは今……一人ですか?』

 

 その言葉を聞いて、陽炎に磯風、そして組長の女がぴくりと震えたのがわかった。

 おそらくだが、その質問は彼女たちにとって、とても意味のあるもの……なぜかそう感じた。

 

『それとも貴方の隣にはステキなヒト(ていとく)がいますか? まぁ、ワタシのことですから、例え見つけられてなくても、きっと楽しくやってるに決まってるデース!』

 

 画面が切り替わる。

 映し出されるのは、変わらず寝室の風景。

 

『でも、きっと、もしかしたら。未来のワタシはそのことで落ち込んでいるかも知れませんネ……でも安心するデス、そんなアナタを、ワタシが応援してあげマース』

 

 

 画面が切り替わる。

 

 

 映っているのは、草原に立つチアガール姿の女。

 手にはチアガールがよく使用する、フサフサの玉。

 

『では、未来のアタシに向けて、エールを送りマース!』

 

 女ははつらつとした表情を浮かべ、動き出す。

 

 

『フレ~ フレ~ あっ! たっ! しッ!

 頑張れ! 頑張れ! あっ! たっ! しッ! 

 負けるな! 負けるな! あっ! たっ! しッ!』

 

 

 ダイヤモンドのような輝きを放つ笑顔で、未来の自分を応援する女。

 

 

 わからない。

 

 

 その姿を見てわき上がってくる感情の正体が。

 だがそれは、いまの俺にはとても眩しく映った。

 

 まず脳裏に浮かんだのは、若かりし頃の自分への申し訳なさ。

 

 少年時代の夏休み、太陽に照らされ肌が焼かれるのを感じながら、虫網片手に街や山を走り回ったあの頃。

 前島と出会って、年がら年中売られた喧嘩を買っては馬鹿やって、怖いものなんか何もなかったあの日々。

 そしてとにかく金が必要でがむしゃらにバイトをしまくった日々の中で見た、あの美しい庭園に一人で立つ、初恋の人の儚い微笑み。

 

 おかしい、と、気がついてしまった。

 

 俺はあの頃思い描いた未来の自分とは……かけ離れた自分になってしまったんじゃないかと。

 そんな大人になってしまった自分を、鏡に囲まれた場所に立って見せられるような。

 

 ……なにを考えてるんだろうな、俺は。

 

 女が応援を終えると、映像はそこで終了した。

 やがて画面は、なにも録画されてないことを示す灰色の砂嵐に切り替わる。

 

 

 

「……ヘーイ、陽炎。なにか言うことはありますかぁ? まさかこれをネタに、この金剛を揺すろうって腹なら容赦しませんが?」

 

「まっ、待ってください金剛さん!? え、やっぱり映ってた人って金剛さんご本人だったんですか!? このチアガール姿のポンポン持ってた人がぁ!? あああ! 金剛さん痛い! 痛い! アイアンクローは痛いですってぇえええ!?」

 

「っは! そういえば確か養母は、定年まで金剛組の女中をしていたと言っていたな……まさかその時のものなのか? そう考えると、なるほど。だから養母はこれを金庫に保管したのか……」

 

「ちょっと磯風ぇえええ!? そういう大事な情報はもっと早く言ってよぉ!! ああっ!金剛さん指が! 指が経験したことのないめり込み方を!? 誤解、誤解ですって!!」

 

「思い出した……確かに女中の一人にこのテープを捨てておけって言った気がするわ。……あの女中が側にいるときに、一度これを見た記憶があるわね……内容を知ってたから捨てるに忍びなかったのかもしれないけど、まさかとってあったとは」

 

「あああ! 考え事しながらも指が、指が!? 金剛さんお願いです! 誤解が解けたならはなしぶふぇ!? ッつ、いたたたた……で、あ、あの。それで、このテープはどうしましょう……」

 

「さすがに引き取るわ。こんなの世に出たら、金剛連合会の看板に傷が付くからね。少し癪だけど、タダでとは言わない。このフィルムと引き替えに、なにか欲しいものがあれば言いなさい」

 

「い、いえいえいえ! 私はもう十分よくしてもらってますので!!」

 

「私もだ。本を正せばこれは金剛さんの物、持ち主に返すのは当然のことかと」

 

「そう言うわけにもいかないわ。捨てたとはいえ、懐かしい物が手元に戻ってきたんだから。じゃあ貴方、この子たちの提督ってことなら問題ないし、それにこの件に関しても色々骨を折ってくれたみたいだから、口止めも兼ねてなにか欲しい物が……貴方、どうして泣いてるの?」

 

「へ?」

 

 話しかけられて、はじめて気がつく。

 どうやら俺は馬鹿みたいに涙を流していたらしい。

 

 あかんな、年をとるとどうも涙腺が。

 

 おまけに三人がなにか言っていた気がするが、よく聞いていなかった。

 ので、涙を拭いながら申し訳ない気持ちで聞き返す。

 

「あ、すみません、見てたらちょっと色々思い出してしまって……えっと、ちゃんと聞いてなくて、すみません、なんでしょうか?」

 

「……これを持ってきてくれたお礼がしたいって話をしてたのよ。だから、欲しいものを言いなさい。私に可能な範囲ならなんでも用意してあげるわ。お金でも、地位でも、女……は、必要ないでしょうけど。なんでもよ、ほら」

 

 えっと、なんだろ。

 急にそんなことを言われても、色々と現実感が無くて思いつかないな。

 

 うむむ。

 

「あ、あー。えっと、それなら……余計なお世話かもですが、陽炎の姉妹のですね、面倒というか、こいつらになにかあったら助けてやって欲しいなと」

 

「……なに言ってるの、陽炎は私の身内よ。その辺は言われるまでもない。他にしなさい」

 

「え、あー」

 

 なんとか脊髄から絞り出した要望を速攻で拒否される。

 

 まいった、その筋の人だろうから、貸し借りを残したくないのはなんとなくわかるんだが。

 なんでもいいとはいっても、こういうのって貸しと借りのバランスがあるからなぁ。

 

 要は釣り合ってない要求をすると、別の機会にその越えた分の帳尻を合わせる要求をされる可能性があるので、おいそれとでかい要求をするのは色々とよくない。

 

 うーむ。

 

「じゃあ、えっとですね。自分の後輩が今度結婚するんですけど。その、どうも相手の家の格がでかすぎて、出席者がその、足りてないみたいなんですよ。一応陽炎たちにもお願いするつもりだったんですけど、まだまだ足りないみたいで。そんなわけで、よければ出席してくれそうな人を紹介欲しいなーとか……ってのは、駄目ですかね?」

 

 形に残るものをもらうのは、それはそれで困る気がしたので、昨日のこともあって思い浮かんだ前島の件をお願いすることにする。

 まあ、いうてこの街の顔みたいなもんだし、それくらいなら大丈夫だろ。

 

 と、思ったんだが。

 

 組長の女は、それを聞いて少し驚いたような顔になった。

 あれ、もしかしてなにか不味いことを頼んでしまったのだろうか。

 

「……とっさに出た願いの両方が、自分ではなく親しい誰かのためのもの、か。陽炎、あなたずいぶんといいオトコ(ていとく)をみつけたようですネ」

 

「へへー、そうでしょそうでしょー」

 

 なぜかどや顔で答える陽炎。

 と、同じくどや顔で頷いている磯風。

 

 なんだかいわれのない評価を受けている気が、する。

 

「結婚式なんて、先代の妹たちのに出たきりかしらね。……いいわ、妹たちもあわせて、私たち金剛姉妹全員で出席させてもらう。あとはまあ、私のツテで艦連軍基地司令官の大淀と、市長のビスマルクにも声をかけてあげる。その二人が出てくれる可能性はあまり高くないけど。私たち姉妹の出席に関しては、この金剛の名において約束させてもらうわ。それでいい?」

 

「あ、いえ、その、充分です。ありがとうございます」

 

 まさかの本人出席がいつの間にか決まってしまった。

 

 おまけに、なんかとんでもない名前も出たような気がするが、まぁ、たぶん大丈夫だろ。

 よかったな前島、立派な結婚式になるぞ。(思考放棄)

 

「じゃあ詳しいことが決まったら陽炎に伝えておいて。……さあ、私はこれでも忙しいの、用事が済んだならさっさと帰りなさい」

 

「あー、もしかして金剛さん例のホストクラ……いえ、ナンデモナイデス」

 

 そんなわけで、俺たち三人はさっさと屋敷から失礼することに。

 

 まあ、偉い人間は分刻みのスケジュールで動くからな。

 むしろよくこれだけの時間割いてくれたもんだわ。

 

 しかしホストクラブって、なんのことだ?

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 屋敷から追い出され、磯風を家まで送り届けた後。

 陽炎と二人で、夜の街を歩く。

 

「あー、ほんと、ヒヤヒヤしたわ」

 

「だな、さすがにもうあの手の経験はご遠慮願いたい」

 

 裏社会組織の大親分と会話するのは、貴重な経験だったけどな。

 だが失言したら人生終わる可能性がある相手との会話は、できればもうやりたくない。

 

 なんて思いながら、楽しそうに前を歩く陽炎に、気になっていたことを聞いてみる。

 

「なあ、陽炎」

 

「ん? なーに提督?」

 

「おまえ……いや、おまえら姉妹って……」

 

 どういう繋がり、どういう親、どういう生まれ。

 などと色々な言葉が浮かぶが、どう聞いていいのかわからず言いよどんでしまう。

 

 なので、言っておかなければならないことを先に言っとくことにする。

 

「俺だって馬鹿じゃない、いや馬鹿だけど。でもな、さすがに金剛連合会の親分が『身内』っていった意味くらいはわかってるつもりだ。けど、そのあたりの踏み込んだ事情を、俺は聞くべきなのかどうか、それがわからん」

 

 恐らく事情のあるスジモンの親、それともあの親分に育てられた同世代の子供たち。

 色々と難しい事情なんだろうな、下手したらそれよりも遙かに複雑な。

 

「……うん」

 

「こんな言い方は卑怯かも知れんが、話したくなけりゃ話さなくてもいい。けど、話したいならちゃんと聞く。それがどんな厄介なことでもな。……それくらいは恩を感じてる……んだよ」

 

 自分で言ってて情けなくなってきた。

 

 ここでガツンと、お前らが困ってるならなんでもしてやるから話してみろ。

 って、そう言えりゃいいんだが。

 

 泣けてくるな、ったく。

 

「……海にさ」

 

「ん?」

 

「海に行って帰ってきたら、全部話してあげ……ううん、全部話させて。だから……だからね。それまでは今まで通り私たちと接して欲しいな……っていうのはわがままかしら?」

 

 陽炎は泣きそう、というより。

 本当に惜しい時間が終わることが寂しい、そんな表情を浮かべる。

 

「別にわがままじゃないさ……わかったよ」

 

 だがその表情がどうにも気にくわなかったので、ご要望通りにしてやることにした。

 

「へっ? ちょ、提督!?」

 

「おらっ、これもいつもどおりだろ?」

 

 陽炎を持ち上げて肩に背負い、肩車の状態にもっていく。

 最初は驚いていた陽炎だったが、やがて楽しそうに笑い声をあげはじめた。

 

「あはははは! ちょ、提督も若くないんだからそんなに動くと、身体に悪いわよ!」

 

「うるせー! 俺はまだおじさんって年じゃねえ!」

 

 いや、まあ、そういう年かもしれんが。

 

 だが心はいつだって若々しくいたいと思っている。

 ゆえに、あと十年はおじさんだとは認めない所存。

 

 しばらくそうやって陽炎を肩に乗せてはしゃぐ。

 が、さすがに今日の疲れが出て、ばててしまう。

 

 なので冷静さを取り戻した後は、早々に帰路につくことにした。

 

 だがせめてもの意地として、陽炎に肩車は継続中である。

 

「ねえ提督。海、楽しみだね」

 

「……ああ、そうだな」

 

 そう耳元で囁いた陽炎の言葉は、地平線を照らす暮れかけた陽光のようなあたたかさで。

 その夜眠りにつくまで、耳の中で優しく響き続けた。

 

 

 




 
メイド天津風にご奉仕してもらいたいだけの人生だった。


※お気づきになった人もいらっしゃると思うのですが
今回の話は『カウボーイビバップ』の第18話が元ネタです。


※追記
別サイトになりますが、天津風の後日談を下記URL先に掲載しております。
よかったら覗いていってください。

https://genji.fanbox.cc/posts/1832083

 

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