提督をみつけたら   作:源治

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いつのまにやら春……ですね。
※この話の中の季節は夏です。
 


『無職男』と『駆逐艦:野分』

 

 我無職、故に我職無し。

 

 夏葉原騒動*1の翌日。

 朝っぱらから電話がかかってきた。

 

 出てみると、なんと相手は市警察。

 

 寝ぼけ頭に炭酸水をかけられた気分になり、思わず布団の上で正座する。

 

 はい、はい……と、かしこまりながら内容を聞くに、先日、例のベンガル虎捕獲に協力した件についての事っぽい。

 なんでも、もし可能なら今日、非公式に感謝状を渡したいとの旨と、そのついでに聞きたいことがあるとかなんとか。

 

 正式な感謝状に関して辞退したのは承知している。

 が、これは受け取って欲しいとかなんとかかんとか。

 

 感謝状に公式非公式があるのかは疑問だが、警察にそこまで言われたら行くしかあるまい。

 国家権力にはなるべく従順でありたいお年頃。

 

 まあついでだし、警察行く前に、職業紹介所にも行って求人を探すか。

 先日のこともあり、久しぶりに求職活動に前向きになっている。

 

 フレ~ フレ~ あっ! たっ! しッ!

 

 ってな感じでみてろよコンチクショウ。

 今度こそ内定を勝ち取ってやろうじゃないの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『無職男』と『駆逐艦:野分』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったな……」

 

 と、警察署のロビーで椅子に座りながら呟く。

 警察署という場所で傍から聞くと、思わずギョッとする台詞だが、実際似たようなもんだ。

 

 端的に言うと、内地での再就職が絶望的になった。

 

 どうにも面接した幾つかの企業が、職業紹介所にクレームを入れたらしい。

 いわく『面接をすっぽかした』『落ちるのが目的のような横柄な態度』等々。

 

 当然のことながら、全く身に覚えは無い。

 

 これはおそらく、いまだに怒りが収まっていない元上司の陰謀だろう。

 いい大人がよくもまあ、そこまでネチネチと根に持てるもんだ。

 

 いやまぁ、大人だからかもしれんが。

 

 なにはともあれその結果、職業紹介所から、あなたに紹介できる仕事はありません。

 と、バッサリ宣言されてしまった。

 

 色々と言いたいことはあったし、色々と頑張ればそれは間違いだと証明できるんだろうが。

 まあ、これも自業自得かと思って引き下がることにした。

 

 腹が立たないわけでもないが、因果応報というヤツだろう。

 いまさらだが、さすがに物理攻撃は不味かったよな。

 

 そう考えると、人は誰しも自分がやったことの報いをうけるものなのかもしれない。

 

 しかしこうなった以上、賃貸の更新待つまでもなく引っ越しだわ、とほほ。

 職業紹介所が使えんからには、内地での再就職は絶望的だし。

 

 ともかく、陽炎たちを海に連れて行ったら引っ越しの準備しないとなぁ。

 

 家具や食器その他諸々に関しては、全部処分しちまうか。

 外地に引っ越しとなると、持って行くより必要になったら買うほうが安上がりだろう。

 

 着替えと必要なあれこれまとめても、ダンボール数個とキャリーケース一個で事足りるだろう。

 立つ鳥跡を残さず、ダンボールを地元に郵送したあとに、夜逃げのようにささっと消えるか。

 

 グッバイ内地、アイウィルバック外地。

 そしてフォーエバー陽炎姉妹。

 

 明日から行く海水浴は、なんか変なおっさんと過ごした一年の思い出の締めくくりとして、美しいもの……は、無理だが。

 せめて楽しい思い出にしてやらんと。

 

 恩返しというわけじゃないが、最後だし。

 

 それに……ちょうどよかったのかもな。

 

 いまはまだ大丈夫だし、自覚もあるが。

 人間追い詰められると、自分を見失ってなにをするかわからん。

 

 むかし地元で、自分で掘った特大の墓穴に落ちそうになり、助かるためならなんでもするようになったやつらを何人か見たことがある。

 タチの悪いことに、大抵そういうやつらってのは、その行為がさらに墓穴を広げるってことに気がつかない。

 

 おまけにいざ落ちるときは、必ず周囲の誰かを道連れにするんだよな。

 つまり……俺がそうならない保証は無い。

 

 そんな感じで、俺がいま以上に追い詰められたとき。

 陽炎たちの側にいたらきっとすごい迷惑をかける。

 

 だからまだ余裕があるうちに、アイツらの側を離れるのが正解だろう。

 

 アイツらの側が日だまりみたいに心地よくて、ずるずるここまできちまった。

 だけど本来、そこはきっと別の誰かの場所で、いつまでも俺みたいなのが居ていい場所じゃない。

 

 だから―――

 

「あ、あの……お久しぶりです」

 

 そんなおセンチな気分におぼれかけた瞬間。

 よく通る綺麗な声で話しかけられる。

 

 声の主がいると思われる方を見ると、ちっこい銀髪の美少女がいつの間にか隣に座っていた。

 この暑い中、半袖の白シャツの上に黒いベストを着込み、きっちりとネクタイを締めた服装。

 

 だがそれを苦ともしないような鋭い雰囲気のせいか、不思議と暑そうに見えない。

 

 そしてなにより目を引くのがその綺麗な顔……だが、どこか表情が硬い。

 ツンとしている……に近いな、だから美人にみえるのかもしれないが。

 

 というか、この娘あれだ、あれ。

 

「おー、のわっちじゃん」

 

「……野分(のわき)です」

 

 しってる、が。

 

 先日、一部の陽炎姉妹と一緒に神社の縁日を回ったとき。

 嵐や舞風が、この娘のことを、のわっちのわっちと呼ぶのでうつってしまった。

 

「で、なんでこんなところ(警察署)にいるんだ?」

 

「あっ、いえ……ここは昔の古巣というか、いまの居場所(入国審査官)の関係で、こちらに少し用事がありまして……」

 

「いまの居場所?」

 

「はい、去年おにいさんにお会いした後に、定時で帰れる場所(しごと)に移ったんです。おかげでいまは、以前より自由に時間がとれるようになりました」

 

 古巣や居場所って、おそらく学校のことか。

 しかし、そういうことなら、なんか理由があって転校したんだよな?

 

「まあいま問題ないならそれに越したことはないんだが、なにか困ったことがあったら言うんだぞ」

 

「え? あっ……はい。お気遣いありがとうございます」

 

 つっても、なんとかしてくれるのは陽炎だろうけどな、多分。

 それにしても転職(転校)に成功とか、うらやましい限りだ。

 

 しかし野分……だったか。

 

 なんか夏祭りのときにちょっと絡んだけど、あんまり表情が変わらないせいか、いまいち感情が読めないんだよな、この娘。

 いまも変わらずツンとした感じなんだが、なんだろう、もしかしてなんか困ったことでもあるんだろうか。

 

「どうした、浮かない顔だな。悩み事か?」

 

「……これが地顔です。すみません、表情が乏しくて」

 

 おふ、どうやら地雷と言わないまでも、コンプレックス的ななにかを刺激してしまった気配。

 気持ち機嫌が悪くなったような……いや、かわらんか。

 

「あ、あの……それよりもおにいさんのほうこそ、随分と落ち込んでいらしたようですが……なにかあったんですか?」

 

「あー……見られてたか、恥ずかしいなオイ。……まぁ、のわっちと違って転職がうまくいかなくてな」

 

 というか、もう転職とかじゃないけど。

 無職期間も一年近いし。

 

「そ、そうだったんですか……。でも、いまさらですが、おかしいです。どうしておにいさんを採用しないのでしょうか?」

 

「そりゃまあ年齢やら経歴やら運やら資格やらだろうけど……そもそも世の中ってのはおかしなことが多い。だがまぁ……だいたいのところ説明がつく。結局はなんか理由があるんだよ」

 

「理由?」

 

「ラリアットとかな」

 

 俺がボソリと言ったその言葉を聞いて、野分の纏う空気がすっと鋭くなる。

 

 特に表情だったりの変化はなく、硬い表情のままなのだが。

 なんだろう、ちょっと鋭い感じとでもいうか、誰かになにか気がつかれたなってときに感じる瞬間の気配の切り替わりというか、そんな感じ。

 

「もしかして、おにいさんの元上司が原因ですか?」

 

「まあ、どうだろな」

 

 鋭い、というか当たってる。

 だがここで変に心配をかけるのも情けないので、大人の余裕っぽい感じではぐらかす。

 

 が、その答えを聞いて野分の纏う空気が、さらに鋭いものになった。

 決してびびってるわけではないが、とても怖い。

 

「……おにいさんは、そのセクハラ上司に落とし前を付けてやろうとは思わないのですか? なんでしたら私がお手伝いいたしますが」

 

「落とし前って物騒だな……。思わんわ、もう終わった事だし。つかバカな事を考えるんじゃない、あんなやつにお前の貴重な青春を浪費するなんざバカらしすぎるだろ」

 

「そうでしょうか……ですが―――」

 

「そうなんですよ、だ」

 

 そもそもラリアットが落とし前みたいなもんだし。

 

 微妙に不満そうな気配を漂わせている野分をなだめるように、頭を軽く撫でる。

 ふと、無表情だと思っていた野分の目尻が、わずかに下がっている事に気がついた。

 

 わかりにくいが、ちゃんと表情が変わってるんだな。

 

 それがなんだか興味深くて、野分の頬に軽く両手を添え、じっと目をのぞき込む。

 野分は嫌がる風でもなく、目をそらさず、その銀色の瞳でじっと見つめ返してきた。

 

 綺麗で、真っ直ぐな目だ。

 

 あまり話したことはなかったが、この目を見ているとなんとなく野分の性格が見えてくる。

 

 きっと真面目で、曲がったことが許せなくて、芯が強い娘なんだろうな。

 それゆえ融通が利かなくて、周りから反発を買いそうではあるが。

 

 そういえば転校したとか言ってたな。

 

 考えにくいが、もしかして周りから嫌がらせとかされてたんだろうか。

 いまはいい学校に移れたみたいだから、ひとまず安心だが。

 

 しかし……いつの時代、どんな場所だろうと、そういうのが好きなやつっているんだよな。

 弱かったり、孤立している人間はいつだってどこにでも存在するから、なくならん。

 

 おまけに一度やると、自分が勝者になったかのような優越感を味わえるからやめられない。

 

 思えば、俺の元上司も常に勝たないと気が済まないヤツだった。

 だから出世したんだろうけどな。

 

 しかもあの手の人間にとって、負けは存在意義の否定になるんだ、だから絶対認めない。

 まあ、一連のあれやこれやは、つまりそれが理由なんだろうが。

 

「あの……その……」

 

 困惑した様子の野分が口を開く。

 考え事をしていたせいで、随分と長いこと同じ体勢だったことに気づいた。

 

「ああ、わるいわるい」

 

 慌てて添えていた野分の頬から手を離すと、「あっ……」と、名残惜しそうな感じ。

 それがなぜか急に撫でるのをやめられて、世界の終わりみたいな顔になった犬のようにも見えて、謎の罪悪感が湧く。

 

 ちょっとばつが悪かったので、コホンと咳払いをし、なにか話題をひねり出すことにした。

 

「因果応報って言葉がある」

 

「それはしってますが……」

 

「まあ聞け。いまの俺の現状ってのは、因果応報……とは少し違うかもしれんが、俺が行動した結果に起こったことだ。起きたことにどう対応するかはおいといて、なんでそうなったかってのは、きちんと受け止めにゃならん」

 

 ラリアットの結果とか、なんか字面にすると大変マヌケっぽいが。

 

「そして人ってのは自分の行動に責任をとる必要があってな。それは法律とか社会の仕組み的な理由もあるが……行動の結果起こった事実を素直に受け止められないと、自分が存在するって自覚が持てないからだ。事実を認めず、いつまでも否定したり、歪んだ受け止め方をしちまうと、永遠に自分の存在を感じられず心が不安定になったり、歪んだりするんだよ。ちょっとずつ、ちょっとずつな」

 

 さすがに百社にお祈りされた現実を受け止めるのは、骨が折れたが。

 つか、いっそ全部否定して、気楽になったほうがよかったまである。

 

 だけどまぁ、そうなるわけにもいかなかった。

 

「だから俺は辛い現実ものみ込んで、目をそらさず起きてしまったことも受け止めて、自分を見失わないようにしてきた、無意識に、注意深くな」

 

 ……いまなら、なんでそんなにがんばれたのかがわかる。

 それはこの娘らとの関係を失いたくなかったからだ。

 

 人生のどん底でみつけた、温かな光。

 それを、ずっと浴びていたかったんだろうな。

 

「それができたから、お前ら……野分ともこうやって仲良くもなれた。俺が馬鹿になってたら、陽炎がきっとお前ら姉妹に俺を近づけさせなかっただろうからな。つまりだ、俺にとってはお前ら巻き込んで馬鹿なことになるほうが、よっぽど不幸なんだよ。だから、俺のことはこれでいいんだ」

 

「…………提督、野分はいま、とても幸せです」

 

「どうした急に?」

 

「いえ、きちんと言っておいたほうがいいと思いまして」

 

「そうか……なら大事にしとけ。幸せってのは簡単には掴めないうえに、しがみついてないとすぐどっかに行くからな」

 

「はい……絶対離さないようにします」

 

「それがいい」

 

 そういえば昔、俺は絶対離してはいけなかったものを離してしまった気がする。

 その考えに連鎖するように、先日蘇った初恋の記憶が脳裏をよぎる。

 

 思えばあれ以来、俺の人生って……。

 

 と、開けたくない記憶の扉が開きかけた瞬間。

 野分は立ち上がって俺の正面にくると、そのまま俺の太ももの上に座って抱きついてきた。

 

 細い腕が背中にまわされ、胸に野分の頭が押しつけるように擦りつけられる感触。

 

 なんというか、傍から見ると対面座位のようにも見えて大変見た目がマズイ。

 さすがに警察署のホールでこの体勢は事案では?

 

「……なにやってるんだ?」

 

「いえ、離さないようにと」

 

 だがその体勢とは裏腹に、真剣な声色で、祈るようにそう口にする野分。

 野分の表情は見えないが、震える吐息が胸に当たり、どこか必死さが伝わってくる。

 

「……そうか」

 

 だから、引きはがそうとも思ったが、したいようにさせてやることにした。

 

 しかしなんだな、うぬぼれでもなく、陽炎姉妹たちには随分と好かれたものである。

 こう素直に好意を向けられると、例え駄目だとしても、叶うならずっとこいつらと一緒にいたいと思ってしまう。

 

 だってそうだろ。

 

 自分の人生を肯定してくれる、穏やかな感情。

 心配ない、大丈夫だと安心させてくれるなにか。

 

 それを求めるのは悪いことか?

 

 悪くない、はずだ。

 

 だけど、それを自分から壊すことに耐えられるのか?

 破滅に大切な恩人達を巻き込むなんて、できるのか?

 

 できないよなぁ……。

 

 職は無いが、誇りはあるし礼儀もしってるつもりだ。

 だからこそできない、だからこそ、もうこの街にはいられない。

 

 ……けど。

 

 野分の細い体を抱きしめる。

 嫌がるかと思ったが、野分は負けじと強く抱きしめ返してきたので、嫌がってはいないようだ。

 

『いえ、離さないようにと』

 

 ついさっきの野分の言葉が脳裏に浮かぶ。

 

 ……そうだな。

 俺も離したくないよ。

 

 形容できない感情と、野分の温もりに身をゆだねていると、ホールにアナウンスが響く。

 どうやら誰かの呼び出しらしいが、それを聞いた野分がぴくりと震えたのがわかった。

 

「あれ、のわっちのこと呼んでるんじゃないのか?」

 

「……野分です」

 

「わるいわるい……で、呼んでるぞ」

 

「……」

 

「呼んでるぞ野分」

 

「……はい」

 

 ゆっくりと、名残惜しそうに離れる野分。

 見ると随分としょぼくれた表情だ。

 

「そう暗い顔するな、明日は海にいけるぞ? だから元気出せ」

 

「……そうでした、また明日になれば……会えますよね」

 

「ああ、じゃあ、また明日な。集合時間に遅れんなよ」

 

「はい、了解です」

 

 そう返事をして、野分は軽く微笑む。

 

 一瞬見間違いかと思ったが、野分はいまこの瞬間も、確かに桜の花のように柔らかな笑みを浮かべている。

 

「なんだ、ちゃんと笑えるんだな」

 

「それはあなたが笑顔をくれるからですよ、私だけじゃなく、姉妹のみんなにですけど」

 

「そうかい……。それじゃあ、たまには俺も笑うことにするよ」

 

「はい、そうしてください」

 

 野分は微笑みを浮かべたまま軽く一礼し、去って行った。

 その背中を見送りながら、自分の顔を触る。

 

「笑顔、ねぇ……」

 

 そういえば、ここ最近ちゃんと笑った記憶がない。

 年のせいで記憶が薄れてるだけの説もあるが。

 

「うらやましいですね」

 

「ッ!?」

 

 気が緩んでいたところに、突然陰気な声を後ろからかけられビクッとなってしまう。

 慌てて振り向くと、殺し屋みたいな目をした眼鏡の男が、気配を殺して後ろに座っていた。

 

 おまけに進撃してくる巨人の漫画に出てきそうな、絶望的に影のある表情を浮かべている。

 唇を噛みしめながら、目尻に涙をためプルプルとしているその表情は、正直とても怖い。

 

 一瞬誰だかわからなかったが、よく見なくても前島*2だった。

 

「ま、前島……お、お前なんでこんなところにいるんだよ」

 

「いえ、先日巻き込まれた銀行強盗の犯人らしき人物をつかまえたので、その面通しをして欲しいということで呼ばれまして。そんなことよりも先輩、先ほどの彼女は……」

 

「あ、ああ。草野球のコーチというか審判のバイトの関係で、面倒見てる姉妹の一人だよ。なんでかしらんが姉妹全員が俺にやたら懐いててな、それもあって、まぁ、どこから見てたかしらんが、あんな感じだ……邪推すんなよ?」

 

「なんでかしらない? ……やはり、そうですか」

 

 そう呟きながら、目に炎を灯す前島。

 いや、実際炎が灯るわけじゃないんだけど、目に力が入るというか、そんな感じ。

 

 確か、昔こんな感じになった前島を何度か見たことがある。

 

 どんなにヤバイ状況だろうと、一秒で覚悟を決めて行動に移す瞬間。

 コイツはこんな目になった。

 

「やはりって、なにがだよ?」

 

「いえ、事情があるようなので私からなにか言うのは止めておきます。ところで先輩、折り入ってお話があるのですが」

 

「んぁ? なんだよ」

 

 なにか覚悟を決めたような、ただ事じゃない前島の様子に思わず身構える。

 

「ウチ……前島家の養子になりませんか?」

 

「はぁ!?」

 

 あ、覚悟決めたとかじゃなくて、コイツ単純に馬鹿になっただけだわ。

 なんか受け入れがたい現実から目をそらし続けたのだろうか?

 

 身構えて死ぬほど損したわ。

 

「なんで俺が、お前と、兄弟にならにゃいかんのだ」

 

「私の母親は艦娘です」

 

「しってるよ、散々世話になったからな。確かアシガラ様*3だっけか……つかいまさらだろ」

 

「はい、なので養子になれば行政関連の優遇含め、色々と恩恵があります。特にこの街で暮らすには」

 

「そりゃちょっと興味が引かれるが……話が唐突すぎるし訳がわからん、なにが目的だ?」

 

「純粋に先輩と兄弟になりたいだけですよ」(邪悪な笑み)

 

「純粋に兄弟になりたいとか意味わからんわ!? つか顔が怖ええよ!?」

 

「ああ、そういえば現在悲しいことに新居を建てている最中なんですが……どうでしょう、家族になればその家で一緒に住めますよ?」

 

「はぁ? お互いそれに、なんのメリットがあるんだよ」

 

「私には計りしれないほどのメリットがあるのですが。先輩にはそうですね……家賃光熱費食費その他諸々、食と住にかかる費用は全て私が持ちましょう」

 

「ちょっとぐらついたけど、よく考えたらお前もうすぐ結婚するだろ。新婚の新居に居候とかしようもんなら死ぬわ、精神的に」

 

「そんな些細なことを難しく考える必要はありませんよ……さぁ、私と家族になりましょう」

 

「OKOK、落ち着きたいから、とりあえず一発殴っていいか?」

 

 などと過去最強に意味のわからないやりとりをしていると、警官を引き連れたデカイ女が現われた。

 どこかで見たことが……って、着ぐるみ姿で虎に左ストレートぶっ放した、例の警察署長じゃねえか。

 

「すまない、待たせたな。警察署長の長門だ」

 

「どうもご丁寧に、火野です。お気になさらず」

 

 さすがに相手が相手なので、失礼のないようによっこらせっくすと言いながら慌てて立ち上がり、挨拶を交わす。

 ついでなのかはわからないが、前島も一緒に名乗りをして簡単な挨拶。

 

 なんでも警察署長の『長門』という名前は艦娘としての名前らしく、本名は別にあるらしいのだが、公職の関係でもあって艦名を名乗っているとかかんとか。

 確か艦娘ってそういうマナー的なのがあるんだっけか。

 

「それで感謝状を渡す前に君と……そこの彼、前島君にも用事があったんだが、知り合いか?」

 

「義理の兄弟です」(なにひとつよどみのない自然な受け答え)

 

「そうか、なら一緒でもかまわないだろう。来てくれ」

 

「え、は?」

 

 署長は前島のふざけた言葉を、特に突っ込むことなく受け入れて歩き出す。

 慌てて否定しようとしたが、謎に覚悟ガンギマリしている様子の前島の顔のせいで、タイミングを逃してしまった。

 

「お前、なんか既成事実化しようとしてないか?」

 

「さぁ……どうでしょう」

 

 手段など選んでられないという強い意志を感じる。

 多分、気のせいだと思うけど。

 

 ……気のせいだよな?

 

 

 

■□■□■

 

 

 

「ブラックたちじゃん、なにやってんだあいつら」

 

「お知り合いですか?」

 

 なんやかんやと説明を受けて、銀行強盗犯かもしれない相手の面通しに同席することになった……のだが。

 なぜかマジックミラー挟んだ向こう側には、ブラックとグリーンとブルー*4が立っていた。

 

 そしていまさらだけど、俺ブラックたちのちゃんとした名前しらんわ。

 

「時津風や親潮と遊んでたときに世話になったというか、そのときに助けてもらってな、命の恩人みたいなもんだわ。ああ、その二人は面倒見てる姉妹のことなんだが」

 

「なるほど、時津風に親潮ですか……」

 

 二人の名前を反芻するように何度か呟く前島に、署長が問いかける。

 

「それで、前島君は彼らに見覚えはあるか?」

 

「いえ……銀行強盗達は全員覆面をつけていましたので、正直なところ、彼らだったかどうかはわかりません」

 

「そうか……」

 

 その後、ブラックたちの声を前島に聞かせたり、俺との関係を聞かれたりしたが、とりあえず結論としては証拠不十分だとかなんとかかんとかみたいなことがチラッと聞こえた。

 まあ、ブラックたちが銀行強盗だとしても驚かんが、思えばなんかプロっぽかったし。

 

 だが、それが本当かどうかわからないなら、少なくとも俺とはいままで通りの関係でいいだろう。

 色々あったけど、一応命の恩人であるわけだし、それくらいはな。

 

 

 

■□■□■

 

 

 

「なんかいろいろありすぎて、腹が減ったな」

 

「以前行き損ねた料理店に予約を入れてあるんですが、一緒にいきますか? 車で来てますので足もありますし」

 

「ああ、例のイタ飯屋ね。そうだな、行くか」

 

 面通しの後、署長室に移動して感謝状をもらってから、先に用事を終わらせた前島と合流した。

 ブラックたちと話したかったが、まだ容疑が晴れたわけじゃないらしく、さすがに会わせてもらえなかったけど。

 

 一応また会えたら会おうと、俺が言っていた旨の伝言を頼んでおいたので、機会があればまた会えるだろう。

 

「ところで先輩、先ほどの養子の話ですが……」

 

 そんなわけで、飯屋に行くために前島の車に乗り込んで走り出すことしばらく。

 終わったと思っていた話をほじくり返された。

 

「本気だったのかよ……とりあえずその話は今度おばさん(足柄)と一緒のときにでもにしてくれ。さすがに、よくわからなすぎる」

 

「そうですか、まぁ母なら喜んで許可しそうですが、考えておいてください。ふふふ、はっきりと拒否されないということは、可能性はゼロではなさそうですね」(愉悦顔)

 

「こっちも色々事情があってな……しかし、こんなよくわからんことを考えなきゃならん日が来るとは……」

 

 まあ、前島家の養子になれば市の在留許可がおりるかもしれん。

 もっとも、死ぬほど面倒なあれこれして養子になったところで、蜘蛛の糸程度の希望だ。

 

 陽炎たちと一緒にいたいって欲が出なきゃ、こんなアホなことで悩まなくてすむんだろうが。

 それもこれも全部、職が見つからないのが悪いんだけど。

 

「そういえば、明日海に行くとか言ってましたね」

 

「お前どこから聞いてたんだよ……まぁ、バス借りてアイツら姉妹全員を海に連れてくことになってな。でもなんせ二十人近いから、男手や用心棒や保護者の意味も兼ねてお前も誘おうと思ったんだが、なんか結婚の準備とかで忙しそうだし―――」

 

「行きます、やはりあなたは私の兄だ」

 

「ギャーッ!? ハンドルから手を放すなぁああ!!」

 

 急にハンドルから手を放して、俺の腕を握ってくる前島。

 とっさにショートアッパーを打ち込み、ハンドルを握らせる。

 

「な、なに考えてんだ馬鹿野郎この野郎!?」

 

「すみません、少し感極まってしまって……」

 

「ったく……ともかく、ついてきてくれるなら助かる。でもお前の性癖とモラルの高さもしってるが、一応言っとくと、指一本でもアイツらに触れたらぶっ殺すからな」

 

「誓います、少女達が怖がるようなことはいたしません」(鋼の意志)

 

 ならいいんだけど。

 ただ、よく考えたらコイツ仕事やら用事やらどうすんだ。

 

「つかほんとにいいのかよ。勤め人がいくらなんでも急すぎるし、婚約者? も、いい顔しねえだろ」

 

「問題ありません、優秀な上司や部下がいますし。それにまあ、婚約者もよく出来た人なので」

 

 おうおう、良い会社に勤めてるやつは言うことが違うな。

 そしてサラッとのろけられた。

 

 ははは、コイツの頭に隕石とかおちないかな……。

 

 などと、大人として当然のジェラシーを感じていると、けっこう前のほうを走っていたバスから、煙が上がっているのが見えた。

 

「……おい、あのバスなんか変じゃないか?」

 

「エンジントラブルでしょうか? 後ろのエンジン部分から煙が上がってますが……」

 

 その瞬間、ハンドル操作を誤ったのか利かなくなったのかはわからないが。

 バスが左右に揺れたかと思うと、バランスを崩して派手に音を立てながら横転した。

 

「まずい!?」

 

 追突しないように、慌てて前島がブレーキをかける。

 シートベルトで胸が圧迫されるが、後続車も近くになく、乗っていた車は無傷で停車。

 

 痛む胸をさすりながら顔をあげると、横転したバスが火花を上げて道路を削りながら、20メートルほど滑ったところで停止したのが見えた。

 

 農業地帯の道路を走っていたのが幸いしたな。

 人気も少ないし、道路も広いからひとまず通行人やらのけが人はいなそうだ。

 

 前島が冷静に路肩に車を移動させ、俺も周囲を確認して車から降りる。

 バスは停止したはいいものの、後ろから小さな炎が上がっていて、消える様子がない。

 

 まずいな、消火器もないから下手に消せん。

 

「おいおいおい、えらいこっちゃなおい」

 

「これは……すぐに助けを呼ばないと」

 

「だな。俺は前で発炎筒を焚いてくる。お前は警察への連絡と、後ろに三角置いてこい」

(※三角=三角表示板:追突を防ぐために設置する視認性に優れた三角形の赤い表示板のこと)

 

 警察への連絡を前島に任せ、二次災害を防ぐために発炎筒を焚き、バスの10メートルほど前方に置く。

 

 続いて、横転したバスの乗客を確認するため、フロントガラスの方に移動する。

 中では運転手が血を流して気を失っており、バスガイドと思われる女も動かない。

 

 まずいな、早く中から助け出さないと……って、おいおいおいおい!

 

「嘘だろ……」

 

 そしてなにより最悪なのは、バスの乗客は殆どが小学生くらいの子供だった。

 夏合宿か校外学習かはわからんが、かなりの数の子供がバスの中で倒れている。

 

「後ろから来ていた車に乗っていた方に、警察への連絡をお願いして、三角表示板を設置してきました。それで中の乗客は―――」

 

 手際よく事故処理を終えた前島が、バスの車内を見て言葉をのみ込む。

 

 バスの後ろから出火、中の乗客は子供が多数のうえ意識がない、おまけに横転しているせいで通常の出入り口も非常口も使えない。

 恐らく俺と同じく、早く中から助け出さないと最悪の事態になると確信したのだろう。

 

 だが一刻を争うからには、横転したバスをよじ登り、横の窓を割って、さらに上からこの数の子供やらけが人を一人一人引っ張り出してたら、色んな意味で間に合わん可能性が高い。

 

「……このバス、屋根か床に非常口があるタイプか?」

 

「天井側にはありませんでした。床側ならあるかもしれませんが……いえ、探す時間も外から開ける手段を確認する時間も……」

 

「……フロントガラスを破るしかないな」

 

 後ろから出火してるので、そうするしかないわけだが。

 でもこの手のバスのフロントガラスって、かなり頑丈に作られてるんだよな。

 

 ダメ元で拳に上着を巻き付けて殴ってみるが、やはりビクともしない。

 事故の衝撃で割れてないあたり、わかってたんだが。

 

 おそらく、複層構造で中に樹脂なんかが挟まってる強化ガラスなんだろう。

 

「前島、車こっちに回してこい。ジャッキと手持ちの工具でこじ開けられないようなら、最悪、俺が車をぶつけてでもブチ破る」

 

「……いいんですか先輩、万が一があれば破滅しますよ?」

 

 無駄を省いた短い言葉での確認。

 だが言いたいことはわかる。

 

 救急隊やらが来る前に、素人が下手に救助活動して、もしなにかあればどう責任をとるつもりなんだという意味。

 そしてその結果、事態がさらに悪化したなら、当然罪に問われることを、罪を背負うことになること。

 

 もしかしたら、いまの無職の状況なんざ比にならないくらい最悪なことになるだろう。

 

 わかってるさ。

 

「そうだな、だがこの状況でなにもしないわけにもいかん。俺も人生棒に振りたいわけじゃないが、そこは譲れないところなんでな」

 

「そうですか」

 

 だけどな、やるにしろやらないにしろ、決断をする必要がある。

 そしてその決断が例え間違ってたとしても、責任はとるさ。

 

 後悔はしない……とは、言い切れないのが情けないが。

 

 だけどいまの状況だと、遅くなればそれだけ事態が悪くなるからな、のみ込むよ。

 

「それに人生の破滅は既に経験済みだ。二度目が来たからってどうってことないとは言わんが……まぁ、慣れてる。お前に迷惑……は、かけちまうが、責任は全部俺がとるから安心しろ」

 

「……馬鹿言わないでください、当然私も一緒ですよ。ここで死力を尽くし、少女らの命を背負えないようなら児童性愛者の名折れです」

 

「アホ。もうすぐ結婚するヤツがなにいってんだ。大人しく―――」

 

 悔しいが結婚を控え、伴侶と前途のある前島がわざわざ貧乏くじを引く必要はない。

 そう思って俺が思い直すようにと説得する前に、前島は車に向かって走り出す。

 

 ……そうだったな、お前はいつだって俺より決断が早い。

 いつだって、人生や命をかける決断を一瞬でやる。

 

 確かに、これ以上モタモタしてられん。

 

 ふと、わずかに手が震えている事に気がついた。

 

 ガラスを殴ったせいかとも思ったが、どうにも違う。

 こりゃ多分……びびってるんだろうな。

 

 でもなににだ?

 

『……いいんですか先輩、万が一があれば破滅しますよ?』

 

 破滅、破滅か。

 

「……アホか、俺は」

 

 昔に比べて随分と臆病になった自分に対して、思わず舌打ちする。

 わかっている、わかってるよ。

 

 例え、次の破滅が『アイツら』との別れになるかもしれなくても。

 

 いまこの場には、俺と前島くらいしかいない。

 だから、やるんだ、俺が、前島が。

 

「頑張れよ、俺。頑張ってくれ」

 

 自分が不甲斐なく泣きたくなるが、そうもしてられない。

 目の前には助けを必要としてる、アイツらとそう変わらない年の子供たちがいる。

 

 だから、頑張れよ、俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 - エピローグ? -

 

 

 

 野分は警察署での用事を済ませた後、遅い昼食をとるために、陽炎型の姉妹達がよく顔を出す飲食店に向かって歩いていた。

 だがその表情はどこかさえない。

 

 というのも、もっと提督と一緒にいたい、可能なら一緒に昼食をという当然の気持ちがあったので、自分の用事を早めに済ませた後、警察署前で提督が出てくるのを待っていたのだが。

 知り合いらしき男と連れ立ってどこかに行く提督の様子が見えて、そうできなくなったからだ。

 

 車に乗り込む提督の後ろ姿を見て、出来るなら一緒について行きたい、だけど迷惑になるかもしれない、そんな考えが渦を巻く。

 そうしている間に、提督を乗せた車はどこかに去って行った。

 

 野分は明日になればしばらくはずっと一緒にいられる、だから今日はいいんだ。

 

 そう、自分に強く言い聞かせた。

 もっとも、そう言い聞かせるために、ずいぶんと時間がかかったが。

 

 さらに心を落ち着かせるため、ゆっくりと時間をかけて歩く。

 

 そうしてラーメン屋『大湊』に到着すると、店内には十人ほどの陽炎姉妹達が食事中だった。

 あまり大きくない店なので、ほぼ貸し切り状態である。

 

 たまにこの店で複数の姉妹と出くわすことはあったが、今日の人数は最多記録かもしれない。

 

「あら、野分じゃない。今日は随分と妹たちに出くわす日ね」

 

 そしてその中には、長女の陽炎の姿もあった。

 陽炎は野分を見て片手をあげる。

 

 霧島組の仕事中なのか、黒服姿でラーメンをすする陽炎。

 その隣には、陽炎の妹で部下でもある、同じ服装の親潮がいた。

 

 野分は軽く挨拶をし、陽炎の近くの席に腰を下ろす。

 

 先ほど提督と会ったことを話すべきかとも思ったが、そう口にした瞬間、この場が陽炎会議の会場になり、会議が始まるのは確定的あきらか。

 なので報告はするつもりだが、せめて昼食を終えてからにしようと、野分はラーメン・チャーハン定食を注文する。

 

 注文を終えた野分は、先ほどの出来事を思い出す。

 

 それは自分の、自分たち姉妹の提督とのこと。

 提督と出会う前、野分は姉妹達と一緒にいるだけで、自分はじゅうぶん満たされていると思っていた。

 

 だけど―――

 

「離すものですか……」

 

 満たされてなんていなかった。

 提督をみつけたあの日、自分の中にはずっと空っぽだった場所があったことに気づいてしまった。

 

 そしていまでは、様々なものがその空っぽだった部分に流れ込んでくる。

 あの人に求められる自分になりたい、もっと触れたい、能力が欲しい、思い出が、共に過ごす時間が……。

 

 野分は慌てて胸を強く押さえ、強く湧き上がった情動を抑え込む。

 

 前はこんなに強く、感情が動くことはなかった。

 だというのに、いまではほんの些細なきっかけでこういう事が起こる。

 

 とくに今日のようなことがあった場合はなおさらだ。

 どうしてこうなってしまったのか、それはわかる。

 

 野分は刑事だった頃、そしていまの入国審査官の仕事でも、沢山の人間を見てきた。

 

 目に見えるものから目に見えないものまで、人は全て違う。

 多種多様な、本当に数多くの人間と関わり、見てきた。

 

 そして、気がついた。

 

 その違いは、『なに』を持っているかどうかだと。

 

 国籍、信仰、資産、知識、家族や仲間、価値観、心に身体。

 なにを持っていてなにを持っていないかが、人の違いなのだ。

 

 だが仕事上、どんな相手だろうと、野分は一切の情を挟まずに対応した。

 そうである事を求められ、必要とされたからだ。

 

 感情を制御できなければ、正確な行動を取れないのだから当然だ。

 それは姉妹の磯風が、骨董品の鑑定をするときに求められる類いの能力なのかもしれない。

 

 感情が薄い、そう思われるかもしれないし、実際そう言われもした。

 だけど、仕事にはそれが必要だったし、そうであることは苦ではなかった。

 

 そして、それはいまも変わらない。

 

 変わったのは……いや、自分が手に入れたものは―――

 

「あっ、のわっちやっほー」

 

「舞風 *5ですか」

 

 思考の海に深く潜っていたところに声をかけられ、意識を現実に戻す。

 見ると、新たに店に入ってきた同じ四駆の舞風がそこにいた。

 

 隣に座った舞風と世間話をしていると、昼ドラを流していたテレビ画面が急に切り替わる。

 映ったのは、どこか余裕の無さそうなニュースキャスターの姿。

 

『緊急速報です。きょう昼頃、艦夢守市第二農地区画で、多数の小学生児童を乗せた大型バスの事故が発生しました。バスは校外学習から戻る道中、エンジントラブルと思われる出火が原因で横転。横転後バスからは火の手が上がり、車体は炎に包まれ現在も炎上中です。また、消防隊や救急隊はいまだ現場に到着しておらず~』

 

 緊張したニュースキャスターの声と、語られる内容。

 そのただ事ではない様子に、店内の視線がテレビに集中する。

 

『けが人などの詳しい状況は不明ですが、事故発生時、現場に居合わせた男性二人が現在も救助活動を行っており、バスが炎に包まれる前に、多数の児童が車外に運び出され救出された模様です……あっ、はい、いま現場と中継が繋がりました!』

 

「マスコミが救急隊より早く現場に着いてるのって、どういうことっすかね?」

 

「あー、この現場さっきやってた昼の生中継の番組、『ひるどき艦夢守市』だったか……あれのすぐ近くじゃねえか。多分事故が起こってすぐに駆けつけたんじゃろ」

 

 店主と、従業員の会話が聞こえてくる。

 彼らも厨房から身を乗り出して、テレビを見ていた。

 

 

 画面が切り替わり、慌ただしい現場の様子が映し出される。

 道路に寝かされた多数の子供たち、その間を走り回る人々。

 

 そして、炎に包まれているバス。

 

 どうやら救助にはテレビクルーたちも加わっており、カメラマン以外はみな走り回っている。

 スタジオからの声に気がついた現場のレポーターが、とっさに状況説明を開始しようとした瞬間、炎に包まれるバスから一人の男が飛び出してきた。

 

 男は両脇に児童を二人抱えており、何故か上半身は裸だ。

 その為か男の身体には生々しい火傷があちこちに見える。

 

 その男に、これまた同じようにボロボロになった男が近づいて声をかける。

 

『先輩! その子らで最後ですか!?』

 

『ゲボフォゲホッ……いや、あと一人残ってるッ! 足が引っかかってて引っ張り出せん!』

 

『わかりました、ジャッキを使いましょう』

 

『よし、もってこい!』

 

 片方の男が脇に抱えた子供を近くにいたクルーに預ける間に、もう一人の男が道路に転がっていた工具を手に持つ。

 そして準備を終えると、その男二人は燃え上がるバスの中に躊躇無く飛び込んでいった。

 

 

「すげえっすね……あの炎の中に生身で突っ込んでいくなんて」

 

「大した男どもだ、ありゃ憲兵軍の強襲陸戦隊並みのクソ度胸だぞ」

 

 ラーメン屋の店主と従業員が、そう口にする。

 だが、それを見ていた陽炎型の姉妹たちは、信じられないものを見ている気分だった。

 

 なぜなら―――

 

「嘘だ……」

 

 魂が抜けた声で、そうこぼしたのは、どの姉妹だったのか。

 だけど、野分にはその気持ちがわかった。

 

 なぜなら炎の中に飛び込んでいった男の一人、それが彼女たちの『提督』だったから。

 

 嘘、なぜ、どうして、あれ、でも提督なら、でも、やめて。

 その場にいた陽炎姉妹たち全員の頭のなかで、ぐるぐると同じ言葉が浮かんでは消える。

 

 

 彼女たちの心配を余所に、テレビにはようやく消防車と救急隊が到着するところが映っていた。

 だが、消火作業に入る前に、先ほど炎の中に飛び込んだ二人の男が、少年を抱えてバスから飛び出してくる。

 

 少年の口には布がまかれており、よく見るとシャツかなにかだとわかる。

 それが男の一人が裸だった理由だと、テレビを見ていた一部の人間は気がついた。

 

 飛び出してきた二人の男のうち、一人は意識を失い倒れる。

 一瞬だったが、倒れた男の服は背中側が焼け落ち、赤黒く焼けただれているのが見えた。

 

 慌ててカメラは少年を抱えた男に駆け寄る。

 男は少年を道路に寝かせ、呼吸を確認し、心臓に耳をあてるが、その表情が厳しいものに変わった。

 

『……まずい、息も心臓も止まってる』

 

 その場にいる、誰よりも深い火傷を負っているだろうに。

 その場にいる、誰よりも疲れ果てているだろうに。

 

『頑張れ! 頑張れ! 頑張れ!』

 

 男は、必死で少年に頑張れ、頑張れと叫びながら、心肺蘇生を繰り返す。

 そのかいあってか、何度目かの人工呼吸の直後、少年は咳き込み、息を吹き返した。

 

『よかった……よかった……』

 

 男はそうこぼしながら、ボロボロになった手を挙げて救急隊員を呼ぶ。

 

 そしてフラフラと立ち上がると、倒れたもう一人の男を担ぎ上げ、バンパーの凹んだ緑の乗用車に向かって歩き出す。

 慌てて別の救急隊員が男たちに駆け寄ったが、男はそれを制して口を開く。

 

『俺らはいいから、子供を、子供を優先しろ……コイツは俺が病院に運ぶから……』

 

 その言葉に、救急隊員はどうすべきか難しい判断を求められた。

 

 確かに、バスからは助け出されたものの、いまだ多くの子供たちには手当が必要だ。

 現状では救急車の数も、人手も限りがある、優先順位を決めなければならない。

 

 しかし、二人の男の傷も軽いものではない。

 むしろけが人の中では一番ひどいかもしれない。

 

 一人でも多くの命を救うのであれば、この二人を優先すべきなのは確か。

 

 だがその傷を負ってなお、仲間を担ぐ、力強いその姿。

 それを見ると、もしかしてこの二人なら……という考えが湧いてしまったのだろう。

 

 しかしその男は、仲間の男を担いで歩き出そうとしたところで、力尽き地面に倒れ込む。

 慌ててカメラが倒れた二人に寄ったところで、画面がスタジオに戻った。

 

 そのことに気がついたキャスターが、ハッとなって現場の混乱を伝える。

 だが、その顔は真っ青だ。

 

 なぜなら最後に映ったあの二人の男、その傷は素人目に見ても、かなり危険な状態だと……。

 

 野分は足下が崩れるような感覚に襲われそうになる。

 いま、この瞬間、おおきな傷を負って命の危機にある提督がどこかにいる。

 

 助けに行かないとと、まず頭に浮かぶが、身体が言う事を聞かない。

 頭も、あしも、動いてくれない。

 

(え、あ……え?)

 

「野分ッ! あんたは途中で時津風拾って、一緒に現場、第二農地区画に向かいなさい! (おか)ならあんたらの脚が姉妹で一番速いし、現場なれもしてる! 提督が搬送前なら二人で最善の判断を下して! どこかの病院に搬送後で、協力を求められたら野分が残って、時津風は提督最優先で動くように! ともかく到着したらすぐ連絡!」

 

 姉妹の殆ど誰も、頭が真っ白になってしまっていた中。

 長女が叫んだその力強い言葉で、姉妹たちがハッと意識を取り戻す。

 

「野分ッ! 返事は!?」

 

「りょ、了解です!!」

 

「よしッ! 磯風は浜風に連絡して、軍の医療設備が使用出来ないか確認、繋がらないなら基地に直接行ってきなさい! 不知火ッ、アンタは役所に行って萩風に例の手続きを進めるように伝えて! 最悪治療に提督適性者免許がいる!」

 

「任せろ!」

 

「わかりました!」

 

「黒潮は残った姉妹とで手分けして、ここにいない姉妹に連絡、そのあと提督が運ばれそうな病院に散らばって! 電探つかってもいいから、連絡は密に! 私と親潮はここで指揮をとる! さぁ、行きなさいッ!!」

 

 冷静な陽炎の判断、陽炎姉妹達の長女に対する信頼はとても強いが、いまほど陽炎の存在を強く感謝したことはない。

 だがその一方で、野分の頭に一瞬『どうしてこの状況でそんなに冷静でいられるんだ……』と、何度も誰かに言われた言葉が浮かぶ、が。

 

「お願い、私たちからとらないで、お願い、死なないで、生きてて、お願い、死なないで、お願い、生きてて、お願い、お願い、お願い……」

 

 そうブツブツと小声で、凄い速さで呟き続ける陽炎、彼女の震える手。

 それを見て、野分は姉妹の誰よりも早く店から飛び出した。

 

 そうだ、この状況で動揺していない姉妹なんていない。

 だけど、私たちは艦娘だ。

 

 どんな状況だろうと、動くことができる……いや、動けなければならない。

 

「離す……ものですかッ!!」

 

 野分は歯を食いしばり、機関に火を入れ、時津風の元へと駆けだす。

 ようやくみつけた大切なものを、けっして離さないために。

 

 

 

*1
・参照『無職男』と『駆逐艦:天津風』

*2
・登場『意識高い男』と『重巡:愛宕』他

*3
・登場『絵描き』と『重巡:足柄』他

*4
・登場『無職男』と『駆逐艦:時津風』他

*5
・登場『無職男』と『駆逐艦:舞風』




野分の細っこい身体をハグしたいだけの人生だった。
そして次の無職男回が、無職男編の最終回。(多分、恐らく)
 
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