提督をみつけたら   作:源治

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さようなら。陽炎姉妹に愛された男。
就活デストロイヤー無職編:最終回
 


『無職男』と『駆逐艦:雪風』

 

 このまま目を覚まさない可能性が高い。

 

 燃えさかるバスの中から、子供たちを救出する際におった重度の火傷。

 それに伴う内臓へのダメージ、煙を吸いすぎたために肺は特にまずい。

 

 そのため酸素不足の状態が続き、脳へのダメージが深刻だ。

 他にも挙げればきりがないが、つまり意識不明の重体である。

 

 自らの提督の状態を、長女の陽炎に努めて冷静に伝える軍医。

 その言葉を傍で聞いて、陽炎型の艦娘『雪風』はどこか他人事のように感じた。

 

 だって現実味がない。

 

 だって先日、提督に抱きついた感触が残っているのに。

 だって明日、みんなで海に行くと約束していたのに。

 

 だって、提督は、だって

  だって、行くと、だって

   だって、約束を、だって

 

 世界がぐらりと傾くのを感じ、とっさにバランスをとる。

 なんとか倒れるのは回避できたが、姉妹の何人かは床にへたり込んでいた。

 

 落ち着け、まだ目を覚まさない可能性があるだけだ。

 なら、目を覚ますまで待ち続ければいい。

 

 

 ―――……待ち続ければ?

 

 

 それはいったい……いつまで?

 

 姉妹の中には、既に提督の倍近い時間を生きている者もいる。

 だが提督がいれば、その姉妹は除籍日*1が近い年齢だろうと、何十年でも寿命を伸ばすだろう。

 

 艦娘の寿命の増減は、身体的な劣化ではなく意志の劣化によるところのほうが大きい。

 

 しかし、ずっと目を覚まさず、どれだけ語りかけようと言葉を返さず。

 ただやせ衰えてゆく提督の姿を見続けて、いつまで姉妹たちは正気を保ち続けられるだろうか。

 

 そうなったなら、たとえ提督が生きていようと、その意志の強さを維持できるのか?

 

「そう、状況はわかったわ。ありがとう」

 

「はい、それでは今後のことなのですが……」

 

「その前に少しいいかしら?」

 

「なんでしょうか?」

 

 姉妹たちのほとんどが呆然とその会話を聞く中。

 長女の陽炎だけが、冷静に軍医と話を続ける。

 

「その辺のことは提督と話さないと決められないから、まずは話せる?」

 

「はい?」

 

「提督とまず()()()()()って言ってるの」

 

「……気を確かに持ってください、先ほども申し上げたように―――」

 

 ああ……長女、陽炎でも正気を保てていない。

 もっとも、それが一時的なものだというのは雪風にもわかる。

 

 だけど、それが一時的でなくなってしまう日がこないとも限らない。

 

 音や風景が遠のいていく。

 

 真っ暗になった世界で脳裏をかすめるのは、己の祖となった軍艦の記憶。

 姉妹艦が全て沈み、最後の一隻になったあの日の記憶。

 

 もしかして、また自分は一人になってしまうのだろうか。

 

 

 ―――……だけど。

 

 

 だからこそ、せめて自分だけは最後まで提督と共にいよう。

 自分なら大丈夫だ、『雪風』の記憶を持つ自分なら、きっと耐えられる。

 

 かつて幸運艦と呼ばれた艦娘は、一人静かに、そう心に誓った。

 

 

 

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 無職は滅びんッ!! 何度でも蘇るさ!!

 

 ……うるせえわ。

 

 全身にスゴイかゆみを感じて目が覚めた。

 とりあえず掻きたくなって手を動かそうとしたが、なぜか動かない。

 

「う゛ぉいごッ!? げっぉげふぉ!!」

 

 さらに声を出そうとすると、のどがメッチャかさかさしてて上手く発声できん。

 

 というか、のどの内部に違和感が。

 多分なんか管みたいなのがのど元に直接挿さってる。

 

 ぼやける視界であたりを確認すると、なんか仄かに発光する緑の液体。

 その怪しげななにかに満たされた風呂に入れられていた。

 

 さらに目をこらすと、なにやら両腕両足やら腰やらが器具で固定されている。

 ちなみに普段はシャワーで済ませることが多く、湯船には滅多に入らない。

 

 たまに磯風の家でチョイチョイ入るくらいだ。

 

 変な入浴剤だな、いったいどこの温泉の素だよ。

 まてよ、昔こんな感じの風呂に入ったような気が……って、まてまて。

 

 なんで俺は起きたら風呂に入っていたのか、そっちの方が問題だろ。

 しかもなんか、拘束されてるし。

 

 あと身体かゆい。

 って、これさっき言ったわ。

 

 なんとか動く首を動かして辺りを見回すが、なんか半透明のカーテンで360度囲まれてるせいでよくわからない。

 というか、さらによく見たら身体から色んな管が伸びてて、よくわからん計器やら点滴やらに繋がってる。

 

 とても不安になってきた。

 

 もしかして無職を拉致して怪人にでも改造する、悪の組織にでも捕まってしまったのだろうか。

 自分が正義のヒーローになれるとは到底思えないので、そっちよりはマシかも知れないが。

 

 かといって、何時ぞやのヒーローショーのバイトのときみたいに、キーキー叫びながら黒タイツで暴れ回る存在になるのはかんべんしていただきたい。

 

 あれ?

 

 でもそれって悪の組織に就職できるということなのか?

 そう考えたら、やはり悪くないかもしれん。

 

 福利厚生とかどうなんだろ、賞与とかでるといいんだが。

 

 ついでに次の上司は、なんだっけ、あのヒーローショーの悪の女幹部。

 あれくらい美人の女だと気持ち嬉しい。

 

 しかし腹が減った。

 

 

 かゆ、うま

 

 

 違う、そうじゃない。

 

 どうにも頭がボワボワするし、身体中はかゆいし、腹は減ってるが。

 取り急ぎここがどこで、いまはいつなのかを知ることが優先だろう。

 

 えっと、というか俺なんでこんなところにいるんだ?

 

 確か前島がなんだっけ、陽炎たちと海に行くから急遽参加って話を車の中でしたような。

 

 そうだ、海だよ海、陽炎たちを海につれて行く予定があったはずだ。

 とにもかくにも優先すべきは陽炎たち姉妹の―――

 

「はぇ?」

 

 そんな感じでじわじわ不明瞭な記憶を掘り起こしていたら、半透明のカーテンを開けて、茶色い髪色のショートカットで、どこか不思議な温かみを感じさせる美少女が現れた。

 幼い見た目に反して、どこか大人びた落ち着きがある雰囲気の娘だ

 

 丸っこい顔立ちの名残がそこはかとなく見えるが、恐らく年齢は12~15歳ってとこか?

 ランドセルから通学鞄に持ち替えてしばらくたったくらいな感じかね。 

 

 もっとも女ってのは早熟だから、見た目と年齢が合わないことはままあるが。

 つーか確かこの娘、陽炎姉妹の雪風だったか。

 

 えっと、あれ?

 ……もっと幼かった気がするんだが。

 

「げふぉ!! う゛ぁーっと、だじが……ゆぎがじぇ?」

 

 メッチャ喉がつまって変な発音になった。

 ちょっとはずかしい。

 

「い、い、い……」

 

「い?」

 

「いまは丹陽です。雪風、いまは、丹陽って……よろしく……お願いしま……ふっ、ふぇええええんん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『無職男』と『駆逐艦:丹陽』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あるぅええ???

 

 いや、確かに雪風って名前だったはずなんだが。

 おかしい、もしかして俺の知らない雪風の姉とかだろうか?

 

 まて、“いま”はっていったよな確か。

 

 親の関係で名前や名字が変わったのか?

 もしくは結婚でもして名字が変わったのか?

 

 見ればけっこう成長した感じだし。

 

 いやいや、それよりいまはこのガン泣きしているえっと、丹陽だっけか。

 この娘を落ち着かせるのが最優先だよな。

 

 しかしながら現在俺は手足を拘束されて風呂に入れられてる関係上、なにもできない。

 おまけになんだ、さっきから喉の様子がどうにもヤバイ。

 

 なんというか、何十年も使わずに野ざらしにしていた、自動車のエンジンみたいな感じだ。

 あんまり無理をして動かすとろくな事にはならないだろうが、そうにもいかない。

 

「おご、おぢづげゆぎがじ……あー、だんやん?」

 

「は、はい……ヒック、ヒック……ふぇええええんん!!」

 

 アカーン!!

 

 落ち着いたと思ったら、再び泣き出す丹陽。

 こうなった子供のあやし方は、御菓子あげるかP○ISONの曲を聴かせるか、頭を撫でてやるくらいしか知らん。

 

 状況がよくわからんが、このままだと俺が丹陽を泣かせたと思われてしまう。

 信用というのはコツコツと積み上げるのが大変なわりに、崩れるときは一瞬だ。

 

 しょうがないので、メチャ苦労して手足の拘束を力ずくで引きはがし(火事場の馬鹿力感)、身体中に挿さっていたチューブを引き抜く。

 

 手足の拘束は意外となんとかなったが、このチューブ抜いてもよかったのだろうか?

 あとから弁償しろとか言われないよな。

 

 まあいいか、そんときゃそんときだ。

 

 ある場所のチューブを引き抜いたときはさすがに痛くて泣きたくなったが、既に泣いてる丹陽の手前、泣くわけにもいかん。

 

「ぼら丹陽、大丈夫だがら泣くなずう゛ぇ!?」

 

 風呂から出て丹陽に触れようとして転けた。

 

「て、ていとくぅ……」

 

「あ、すまん」 

 

 おまけに巻き込んで押し倒してしまった、なんてこったい。

 まあ、泣き止んでくれたからヨシとしよう。

 

 すぐにどこうとしたが、腕に力が入らない。

 いま気がついたけど、なんかめっちゃ筋力落ちてないかこれ。

 

 つか、いまさらだけど、なんか髪の毛もめっちゃ伸びてるような。

 ……あれ、これって白髪か?

 

 うお、なんか下の毛まで全部白い!?

 

「あ……」

 

 俺につられて、俺の俺を見てしまう丹陽。

 

 ふぅ……やばいな、大変ヤバイ。

 このままでは前島の亜種になってしまう、色んな意味で死ぬ。

 

「す、すまん、力が上手く入らなくてな。すぐにどくから……」 

 

「だ、大丈夫です。丹陽こそ急に泣いてしまってごめんなさい。無理に身体を起こさなくても、しばらくこのままで平気ですから。落ち着いて、動かないでください」

 

 真っ赤な顔をしながら、俺の背中に手を回す丹陽。

 

 さすがにそれはと思う。

 だって俺、全裸だし。

 

 が、なぜだかガッチリホールドされてるせいか、身体がまったく動かない。

 

 なんか前にもこんなことあったな、あんときゃ陽炎がいきなり入ってきて大変だった。

 ……って、さすがにこの状況は言い逃れが難しすぎるぞ。

 

「お、おい。さすがにダメだって、こんなところ陽炎にでも見られたら」

 

「……」

 

「お、おい、どうした?」

 

 急に口ごもる丹陽。

 なんだなんだ、もしかしてアイツらになにかあったのか。

 

 

「そうだ、陽炎姉さんは、みんなは……」

 

 

 え……?

 

 まて、まてまてまて。

 なに深刻そうな顔してるんだ?

 

 落ち着け落ち着け。

 まて、そういえば他の奴らは?

 

 お前らはいつだってこう、みんな固まって行動してたりするんじゃないのか?

 なんでいまは丹陽しかいないんだ?

 

 

 

 いや、まて。

 そもそも、俺は“どれくらい”寝てたんだ?

 

 

 

「今日は実に野球日和の晴天ね丹陽! さぁ早く河原に行きま―――」

 

 なんて焦ってると、ガラガラと勢いよく扉を開いて部屋に入ってきた陽炎と目が合った。

 

 なんだ、普通に元気そうじゃねえか。

 滅茶苦茶心配しちまったぞちくしょう。

 

 しかしながら問題は、全裸で丹陽にのしかかる俺、真っ赤な顔の丹陽。

 

 あ、やべ。

 

「ま、待て、さすがにこれは誤解だ!」

 

 俺の姿を見て、まるで氷ででもできてるのかというくらい、完全に硬直してしまった陽炎。

 無駄だと思いつつ、必死に言訳を考えるが……これ、無理だろ。

 

 無言で見つめ合うしかない状況。

 永遠とも思えるような間だったが、ようやく陽炎がプルプルと震えはじめる。

 

 マズイ、これは恐らく怒りで噴火する直前のタメだ。

 ああ、せめてもう一度内定が欲しいだけの人生だったなぁ……。

 

「ふ、ふ、ふ……」

 

「ふ?」

 

 

「……ふっ、ふぇええええんん!!」

 

 

「って、お前も泣くんかーい!!」

 

 

 

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「てなわけで、バスに乗ってた人たちはみんな無事だったけど、提督は十ヶ月くらい意識不明の状態だったわけよ」

 

 あの後、病院中をひっくり返したような大騒ぎで、検査やらなんやら諸々無限にあれやこれやし、色々すったもんだした上で再び緑の風呂に戻された。

 なんでも色々と無理して引きちぎったせいで、なんか傷が開いたとかなんとか。

 

 つっても、あと2~3日で出られるから、身体は一部だけしか固定しなくていいみたい。

 長風呂ってレベルじゃないが、まあ、十ヶ月も入ってたなら誤差みたいなもんか。

 

 あとこの風呂の液体は、なんか軍用の特殊な治療用の溶液を長期使用用途に薄めたものらしく。

 普通なら副作用やら機密やら利権やらなんやら諸々あって、軍人以外使用できないところを、陽炎やら俺の知り合いとかいう関係者のコネでなんとか使わせてもらってるらしい。

 

 はて、軍人の知り合いなんていたっけか?

 

 まあ、そしてようやく落ち着いたところで、そのへん込みの簡単な顛末と、寝てた期間を陽炎に教えてもらったわけだが。

 

 え、なにそれ。

 

 朝起きたら楽しみにしていた、誕生日とクリスマスと正月が全部終わってたレベルじゃん。

 いや、実際終わってたわけだけど。

 

 思わずショックで白髪になったわ。(笑えないジョーク)

 まあ、実際は治療の副作用らしくて、いつか元に戻るらしいが。

 

「マジか……」

 

「マジよマジ!! ほんともう、どれだけ心配したと思ってるのよ……ICU(集中治療室)に297日いて、その間に七回も危ない状況になったのよ? その度に私たちがどれだけ心配したと思ってるのよ!?」

 

「いやほんと悪かった、なんつーか、色々悪かった。そういや海に行く約束とかもしてたよな……完全にブッチじゃねえか。いや、バスとかのレンタルどうなってんだろう……」

 

 他にも賃貸の更新とか、市の在住許可とか。

 つかICUに297日って、治療費いくらだろ……絶対家建つ額だよな?

 

 だめだ、無限に頭が痛くなってきた。

 

 前島に金借りるしかないだろうか。

 でもさすがにこれから家庭を持つヤツに、そんな余裕は無い気がする。

 

 そういやあいつ結婚式とか、どうなったんだろうか。

 金剛連合会のお偉いさんやらの顔に泥ぬってたり……って。

 

「あ……そういや前島、俺と一緒にいた殺し屋みたいな目つきしたヤツ。アイツはどうなった!?」

 

「あ、前島さん? あの人ならいっとき提督より危なくて、生死の境を彷徨ってたみたいだけど。事故から一週間後くらいに急に覚醒したらしいわよ。後遺症の関係でまだリハビリ中みたいだけど」

 

「おふ、ならよかった……」

 

 前島のことだから、急に起きたのは近くで子供が泣いてたとかが理由だろうけど。

 正直、もしもがあったらアイツのお袋さんや婚約者にマジで申し訳が立たなかった。

 

 お互い自分の意志で、覚悟してやったこととはいえ、それはそれだからな。

 

 それからしばらく、俺が寝てた間に起きた出来事やらなんやらをざっと説明してもらう。

 とりあえずなぜかバス会社に訴えられそうになったらしいが、なんか前島の義父(予定)が雇った凄腕弁護士が上手いことやったとかなんとかで、治療費の件は心配しなくていいとかなんとか。

 

 ついでに前島の結婚式は延期になったとか、もしかしたら市やらなんやらから表彰されるかもとか。

 表彰ってなんだよと思ったが、なんかあの時の救助の様子がテレビで流れて、色々と大変なことになったらしい。

 

 そういや医者や看護婦から握手を求められたな。

 特に院長とか言ってた女医は、めっちゃ泣いてた気が。

 

 まあその手の話はみんな好きだからな、そういうこともあるか。

 

 それはともかく、賃貸の更新はできなかったので、俺の荷物は谷風の不動産屋が所有してる倉庫に、全部保管してあるとか。

 

 ……ナンテコッタイ。

 

 治療費はなんとかなったものの、いよいよ無職でホームレスという、過去一マズイ状態に突入したぞオイ。

 やばい、なんか色々、浦島タロー状態だわこれ。

 

 実際白髪になっちまってるし。

 

 これマジで磯風とかに土下座して、居候させてもらわにゃならんかもしれん。

 もしくは退院したら、速攻で市外に夜逃げするか。

 

 ああでも、なんか何ヶ月かはリハビリあるみたいだから、すぐには無理か。

 やたら筋力が落ちてたこと含め、日常生活に戻るのはまだかかるみたいだ。

 

 正直辛い。

 肉体的にも、精神的にも。

 

「あー、そういえばさ。提督がラリアットした元上司いたじゃない」

 

「ん? ああ、それがどうした?」

 

 色々情報が多すぎて頭パーになりかけていたところで、割とどうでもいい情報の気配。

 情報の箸休めにちょうどいいけど、懐かしいな、もう顔も思い出せんが。

 

 ただ、結果的にあの上司がいなければ、陽炎たちと出会えなかったとも言える。

 なのでプラマイゼロでギリギリ感謝してやらんでもない気もするが、やっぱりもう一発くらいは入れときゃよかったな。

 

「なんか知り合いから聞いた話だと、クビになったみたいよ」

 

「え? あー、まあセクハラ癖が治らん以上、いつかはそうなるとは思ってたが……」

 

「いやさ、今回のニュースを見た職業斡旋所の職員が提督のこと覚えてたみたいでね。色々思うところがあったのか調べてみたらしいのよ。そしたらなんか提督を面接した企業の面接官に圧力がかかって、虚偽のあれこれをさせられたってあっさりゲロったみたい。そこから芋づる式に調べていったら、会社の看板使って好き勝手やってたみたいでさ。色々あってクビになったんだって」

 

「そりゃお気の毒なこった。俺の事なんざほっときゃよかったのになぁ」

 

「私に言わせれば当然だし、ぬるすぎるくらいだけどねー。でもコケにされた就職斡旋所が随分おかんむりみたいでさ。再就職は大変そうよ~」

 

 因果応報という言葉が頭をよぎる。

 てっきり俺限定の概念と思っていたが、そうでもなかったようだ。

 

 恐らくこれからは就職斡旋所に足繁く通うことになるだろう上司に、祈りを捧げる。

 

 俺はもう出禁になったから、バッタリ会うこともないだろうが。

 まあ、あそこ夏場はクーラーが効いてるからお奨めだぞ。 

 

「他にも色々と心配だろうけど、全部なんとかしとくから、大人しく療養しといて。まぁ、ほんとならいますぐにでも、みんなを呼びたいけど、今日はゆっくり休ませてあげる。ただし明日は覚悟しといてよね」

 

「なんかいろいろスマンかったな、お前らの貴重な時間をその……海のこととかも、約束破っちまったし……」

 

 実際、姉妹全員途切れることなく様子を見に来てくれたり、時にはつきっきりで看病もしてくれてたとかなんとか医者から聞いたけど。

 家族でもなんでもないのにそこまでしてくれた、この娘らの優しさが無限大すぎて泣きたくなる。

 

「そう思うならしっかり身体を治して。そしてその分たっくさん、私たちのために時間を使ってもらうから。じゃあ丹陽、あとはお願いね」

 

「はいっ!」

 

 ヒョコッと、いつの間にやら風呂の横に座っていた丹陽が返事をする。

 うお、いつの間に、気がつかなかった。

 

 陽炎がぴらぴらと手を振って部屋から出て行く。

 いや、一緒に連れて帰ってやってくれ。

 

「えっと丹陽、お前ももう帰ってもいいんだぞ?」

 

「いえ、これからは常に私たち姉妹の誰かが提督のおそばにいます!」

 

「は? なんで?」

 

「もう二度とあんなことがないよう、ずっとずっとお守りするためです!」

 

「あ……ああ、うん」

 

 覚悟ガンギマリしてるような目だなオイ。

 多分心配をかけすぎてしまったせいか。

 

 色々迷惑かけた手前、しばらくはコイツらのしたいようにさせてやるべきか。

 

「本当に……目がさめてよかったです……てぃとくぅ」

 

 しばらくボケッとしてると、目尻に涙を溜めながら、丹陽が震える声で呟く。

 かける言葉が見つからず、頭を撫でてやる。

 

 なにやってるんだろうな、俺は。

 

 こんな良い娘達に、こんなに心配かけて。

 俺にそんな価値なんざないってのに。

 

「姉妹のみんな、もうずっと元気がなくて。暗い気持ちをなんとか明るくしようって、陽炎姉さんは無理して明るく振る舞って。でも、そうしてるうちに陽炎姉さんはどんどん……」

 

 なるほど、陽炎が部屋に入ってきたときに、やたらハイテンションだったのは、そういうことか。

 

「悪かったな、心配かけて」

 

「帰ってきてくれたから、許してあげます、でも、明日みんながお見舞いに来たら、いっぱいいっぱい優しくしてあげてください」

 

「ああ、頑張るよ……」

 

 見舞いに来てくれる人がいるって、よく考えると凄いわ。

 俺みたいな人間は特に、人間性がチョットねじれてるからな。

 

 そのことに気がついてからは、なんとか普通になろうと頑張ったもんだ。

 まあ、結局ラリアットで全部台無しになったわけだが。

 

 おまけに今はこのザマだ。

 これからの人生、いろいろと見通しが暗すぎるな。

 

「そうだ、忘れてました」

 

「ん、なんだ?」

 

 丹陽が浴槽の縁に腰掛け、そっとこちらに手を伸ばす。

 そして顔を近づけ……丹陽の唇が俺の頬に触れた。

 

「……毎日、提督の頬にキスしてました。どうか目を覚ましてくれますようにって祈りながら。丹陽は他の姉妹の誰よりも運があるので、ちょっとでも足しになるならって、毎日、欠かさず……効果あったみたいです、えへへ」

 

 とても深い悲しみを湛えた瞳。

 年頃の娘がしていい目じゃない。

 

 おそらくこの娘も、そして陽炎たちも。

 俺が想像する何倍も心配してくれていたのだろう。

 

 ヤバイ、涙が止まらなくなりそうだ。

 

 申し訳なさも勿論あるが、なぜかそれ以上にそう想って貰えたことが嬉しい。

 ったく、昔はちゃんと感情を抑えられたきがするが、もうそんなに強くなれん。

 

 なんでかな?

 

「ああ、ありがとな丹陽。……そしてすまん、そろそろ寝るわ」

 

 男は涙を見せぬもの、という以前に泣いてるところを見られるの恥ずかしいので、適当ないいわけをして目をつむる。

 

 起きたら色々ありすぎたせいか、実際疲れた気もするし。

 十ヶ月も寝てたってのに、情けない話だ。

 

「はい。目が覚めたら……また、みんなと―――」

 

 そうだな。

 

 目が覚めたら、またお前らと一緒に。

 もう少しだけ、一緒にいさせてくれ。

 

 

 

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「んが?」

 

 なんだか全身に生温い感触を感じながら目を覚ます。

 

 ああそうか、俺風呂に入ったままなんだっけか。

 そんな状態での目覚めというのは、何度味わっても慣れないものだ。

 

 目がぼやけてるので擦ろうとしたが、それより早く、なにかに視界を塞がれた。

 

「あ、起きた?」

 

 陽炎の声が聞こえ、濡れたタオルかなにかで顔を優しく拭かれる。

 

「おう、なんだもう来てたのか」

 

「当然よ当然。散々心配かけといてまた起きなかったら、姉妹全員でたたき起こしてあげようと思って昨日の晩……あ、朝一で集合したわ!」

 

「そりゃ豪勢なこって……って、うえぇ!?」

 

 顔を拭い終わった陽炎がタオルをはなしたので、よっこらセックスと言いながら上半身を起こして目を開ける。

 と、マジで狭い室内に陽炎姉妹があちらこちらにひしめいていた。

 

 が、驚いたのはそれが理由じゃなくて。

 

「なんでおまえら全員水着なんだよ」

 

 黒、白、赤、青、ピンク、紺、黄、緑、etc.。

 様々な原色や模様の水着を身につけた陽炎姉妹ズ。

 

 なんというか、あれだ。

 

 この娘らの容姿が良いのは知ってるし、見慣れたつもりだったが。

 それ以上に肌色の露出の多さも相まって、ちょっと心臓に悪いな。

 

 立場上認めたくないが……。

 ぶっちゃけコイツら可愛すぎじゃなかろうか?

 

 おかしい、俺はロリコンじゃないはずなんだが。

 

「理由は色々あるけど……提督と海に行けずに埃をかぶってた水着を一刻も早く披露したかったからとか?」

 

「なんで疑問系なんだよ……」

 

「しょうがないじゃない。会議でそう決まったんだから」

 

 会議、会議で決まったのなら仕方ない、のか?

 つか会議ってなんぞや。

 

 あとパラソルやら浮き輪やらまで、なんで病室に持ち込まれてるんだよ。

 

「で、どうかしら。私たちの水着姿は?」

 

 そう言って、白いビキニ姿の陽炎が両手を天に伸ばし、扇情的なポーズをとる。

 続いて他の姉妹も各々、何ヶ月も練習したんじゃなかろうかってくらい見事なポージングを披露。

 

 おおう、なんというか、あれだ。

 

 見た目もさることながら、俺はこの娘たちの性格がどれだけ良いのかもよく知ってる。

 ただの知り合いの男を297日もつきっきりで看病してくれて、俺を想って泣いてくれる娘たち。

 

 おまけに自意識過剰ってのを加味しても、多分全員俺のことが好きだ。

 そんな娘たちの水着姿を見てどんな感想が湧くかっていったらそりゃ―――

 

「……全員、最高に可愛いな。歳が近けりゃ嫁さんにしたいくらいだよ」

 

 と、寝起きでこんなに情報量が多い光景を見てしまったせいもあったのか。

 なんか、煩悩モロ出しのイカレタ感想がポロリとこぼれてしまった。

 

「へ?」

 

「あ、いや、いまのナシ」

 

 バカか俺は、前島か俺は。

 失言に血の気が引くが、それ以上に自分の顔が赤くなってるのもわかる。

 

 が、陽炎姉妹たち全員の顔は、多分それを超えるレベルで真っ赤だった。

 

「なっ、ナシ無理でーす!! はい言質とったー!! ケッコンしたいっていわれちゃったー!! 勿論返事はオッケーでーすッ!!」

 

「し、不知火も構いませんよ!」

 

「う、うち……ほんま嬉しいわぁ……」

 

「ぁ、あの、うぅっ……親潮も準備万端です!」

 

「えへへ、早潮もオッケーですよ」

 

「な、夏潮も当然大丈夫です!」

 

「やだ、嬉しい……初風も……ぃぃゎ///」

 

「へ?! あなた、ホントに私でいいの? ありがとう…お礼は言うわね」

 

「ありがとう♪うんっ」

 

「ぁ……提督、うち嬉しいんじゃ……ふふっ♪」

 

「えっ……あっ、あの……この磯風も、ずっと貴方と共に……ある」

 

「……浜風も……その、光栄です!!」

 

「かぁーっ!! なんてこったいーっ!! もちろんこの谷風さんもオッケーだよ!!」

 

「提督、大丈夫! 野分、いまフリーですし!」

 

「おほっ! ……お、おお……? さ、サンキューな提督……」

 

「あ、ありがとうございます。萩風、うれしいです! 」

 

「提督ぅ、ありがとう! 嬉しいなぁ、踊ろうっ踊ろうよー!」

 

「いよいよ提督も、秋雲の魅力に気づいちゃったの~? えへ、えへへへへ……」

 

 陽炎姉妹各々が体をクネクネさせながら、なんか言うてはる。

 滅茶苦茶可愛いけど、なんか、いや、どうしよう。

 

 ちょっと脊髄から言葉が出てしまっただけなのに、どうして……。

 これもうだめだ、収拾が付かない。

 

 というか、なんか知らない娘の名前も交じってたような。

(※未実装艦に関しては雰囲気で書いています)

 

 ……あれ、つか誰か足りなくないか?

 

 ざっと病室を見渡すと、昨日までずっとそばにいてくれたはずの、丹陽がいない。

 はて、便所にでも行ってるのだろうか。

 

 何てことを考えてたら、ドタバタという足音が聞こえて病室の扉が開く。

 

「陽炎型駆逐艦8番艦、雪風! て・い・と・く! 雪風、帰ってきました。これからも、ずっと、よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『無職男』と『駆逐艦:雪風』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう宣言しながら、極めてカオス状態な病室に入ってくる丹陽……って。

 

 あれ、雪風?

 

 なんだろう、よくわからんけどまた名前が変わったというか戻ったらしい。

 後一応、なんか白いパーカーを羽織ってはいるが、雪風も水着のようである。

 

 しかもスクール水着っぽい。

 よく知らんが特殊な水着っぽいから、他の姉妹より着替えに手間取ったのだろうか?

 

「えっと、雪風……でいいんだよな? お、おかえり?」

 

「はいっ! 帰ってきましたよ、て・い・と・く! みんなと貴方のために。絶対、大丈夫!」

 

 マジか、大丈夫なのか。

 この状況をどうにかしてくれるなら、マジで頼む。

 

「お帰り雪風!! ちょうどよかった、いま提督に姉妹全員ケッコンしてくれってプロポーズされたところよ!!」

 

「え、えええええええええええ!? そ、それって雪風はのけ者ですかぁあ!?」

 

「そんなわけないでしょ!! だからさあ提督、もう一回言って!! 私たち陽炎姉妹全員とケッコンするって!!」

 

 アカン!!

 このままだと認識の違いが、なにかとんでもない形に変えられて真実になっちまう!!

 

「い、言っとらんわ!? お前ら全員可愛すぎて、思わず嫁さんにしたいって口にしちまっただけだろ!!」

 

「「「「んほぉおおおおおおお!!!」」」」

 

 って、なんか勝手にみんな倒れた。

 え、なに、なんで? 大丈夫なの?

 

「ああ! 姉さんたちが嬉しさでおかしな事になってる!? こんな表情、この秋雲さんが描いてる同人誌でも見たことない!?」

 

 水着姿でガシガシとスケッチにいそしむ秋雲。

 だがスケッチするくらい冷静さを保ててるなら、この状況をどうにかしてほしい。

 

 でもなんかいつもの3倍くらい目のクマが濃い。

 よくわからんがこの娘も見た目以上にやばいのかもしれん。(修羅場mod)

 

 しかしなんか勝手に沈静化したのは良いものの、どうしたものかと思考停止していると、プルプルと陽炎と雪風が立ち上がった。

 

 おふ、無事だったか、よかった。

 ついでに頭冷やして冷静になってくれてると、もっといいんだが。

 

「……ねえ雪風。私たちも色々あったけど、ほんと、頑張って待って探して、みつけられて良かったわ。……生きてさえいれば、いいことあるもんね」

 

「はい……陽炎姉さん。雪風、いま幸運の女神のキスを感じちゃってます!」

 

 幸運の女神のキスって、さすがに盛りすぎだろ。

 でも、いいこと、いいことか……。

 

 まあ、この状況がいいことかはともかく。

 

 そうだな、思えば陽炎。

 そしてこの娘らは……間違いなく俺に訪れた幸運の女神だな。

 

 もしかしたら俺は、あの日あの河原でくたばっていて。

 あの時お迎えにきてくれた天使たちが、この娘たちなんじゃないだろうかと思えるほどに。

 

 じわりじわりと、陽炎たちと過ごした日々の思い出が蘇ってくる。

 

「まあ、確かにその通りだけどな」

 

「へ?」

 

 陳腐な言い回しだが、ふとした瞬間、世界が光り輝いて見えることがある。

 夜明け前の町を歩いてるときや、春の穏やかな空気を感じたとき。

 

 でも人生ってのはそんな瞬間ばかりじゃないし、むしろ悪いことのほうが多い。

 

 なかでも自分でも理解できない最悪なことが起こったとき、人間ってのはいったいどうしてそうなったんだってキレる。

 そんでもって、そうなってしまった全ての理由をなんかに押しつけようとする。

     

 他人や法律や国なんか、その中でも一番押しつけやすいのは世界だな。

 

 じっさい世界ってのはクソだ。

 

 だからこんな事になったのは、世界そのものが残酷だからだって決めつけたほうが腑に落ちる。

 この世界が悪いってことにしたほうがわかりやすいし、なにより簡単に憎しみをぶつけやすい。

 

 つまりそうすることで心のバランスを保てるわけだ。

 

 なんでわかるかって?

 そりゃ経験者だからな。

 

 でもその一方で、どんなに辛いことを前にしてなお。

 憎むのではなく、なにかを愛そうとする人もいたことを、俺は知っているはずだ。

 

 

 この世はクソの海か?

 

 ああ、まさしくその通りだ。

 

 だけど……そこに咲いてる花もある。

 

 だからまだ、この世界でやってく気が欠片でも残ってるっていうなら。

 

 目を開いて、鼻つまんで、クソの海を泳いででも。

 休みながらゆっくりでもいい。

 

 その最中に傷つき、疲れ果て、絶望にうちひしがれたとしても。

 

 花を、自分が愛せるなにかを、探すことはやめるべきじゃない。

 たとえ最後までなにも見つからなかったとしても、求め続けろと。

 

 そう、陽炎たちを見てると思わせてくれる。

 

 まあこの花(陽炎姉妹)は、ただ見てるだけにしとくのが正解だろうけどな。

 実際、こいつらにいつまでも迷惑はかけられんから、身体が動くようになったら、この街から出て行くことになるだろう。

 

 そしてその先の俺の人生には暗闇しかなくて、辛い人生になるって確信がある。

 無職のホームレス、おまけに身体も前みたいに動かせるようになるか怪しいからな。

 

 だけど、たとえそうだったとしても。

 

 愛せるものが、この世のどこかに必ず存在するとわかってるだけで。

 どんなに辛いことがあろうと、この世界は……生きるに値すると思えるはずだから。

 

 生きててよかったよ。

 この娘たちみたいな存在がいてくれると、知ることができた……ただそれだけでな。

 

 

「確かに生きてりゃいいことあるもんだってな。……俺にとってそれは、お前らと出会えたことだ。陽炎、あの日河原で、俺をみつけてくれて……ありがとな」

 

「―――……ねえ提督?」

 

「なんだ」

 

 思わず感傷的になって、変なこと口にしてしまったなと顔を上げると、陽炎とその姉妹全員がなんか、めっちゃ覚悟完了したみたいな顔でこっち見てた。

 

 え、なに。

 またなにか、まずいことでも言ってしまったんだろうか?

 

「お嫁さんにしたいって言葉は確かにちょぉぉぉっと、都合良く解釈しちゃったかもだけど。その発言に関してはつまり……100%双方合意したってことよね?」

 

「なにがだよ」

 

 いや、なにをだよ。

 

 ……って、なんで部屋の鍵をかける。

 あと、なんで水着を脱ごうとしてる。

 

 まてまて、全員でジリジリよってくるな。

 浴槽に入ろうとするな、身体に悪いだろ。

 

 というかよく考えたら俺、いま服着てねえ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オマケ - 陽炎会議録NO.FINAL -

 

(※NO.は掲載順の番号となり、時系列とは一致しません)

 

 

 

 提督覚醒。

 

 その知らせは、またたくまに陽炎姉妹全員に伝えられた。

 各々が涙し、歓喜し、そしてひとしきり近くの姉妹と喜びを分かち合った後。

 

 姉妹たちはいつもの場所に集結したのだった。

 

 

 ---

 

 --

 

 -

 

 

 薄暗い部屋、円卓を囲む二十人近い少女たち。

 

 

 いつもなら白いかぶり物をかぶっているので、少女“らしい”という表現になるのだが、今回は超大急ぎだったので全員素顔だった。

 というか、バレバレだけどハッキリ言っておくと、陽炎姉妹たちが集結していた。

 

 あと因みに時間軸的には、陽炎が提督の病室から出た数時間後である。(超緊急招集)

 

 後もろもろの事情で、NO.08(丹陽)は欠席。

 というか、今後は護衛の関係でずっと誰かしらが欠席することになるのだが、それはともかく。

 

「……みんな、今日までよく耐えてくれたけど、あと一日だけ耐えて。検査で目立った異常が無かったとはいえ、当然無理は禁物だから」

 

 淡々と、そして静かに長女である陽炎が口を開く。

 その言葉に、一同は深く頷く。

 

 目を覚ましてくれた、そしてまた話せる。

 そしてなにより、提督の健康こそが第一。

 

 なら、後一晩くらい耐えられるはずだ。

 

 多分、おそらく。

 

「……でも、提督が眠ったらこっそり病室に入って、じっと提督の寝顔を観察するくらいならセーフだと思うんだけどどうかしら?」

 

「「「「「セーフ!!」」」」」

 

 ダメっぽかった。

 

 しかしそれも無理はない。

 正直彼女たちの心は色んな意味でいっぱいいっぱいだった。

 

 陽炎と不知火と黒潮と親潮は、雨の日も雪の日も台風が来ても雷が鳴っても、毎日野球日和だと言って、提督が無事目を覚ましてくれることを願い、一万回ノック(各自一人ずつ)を行い。

 

 初風と天津風と時津風と秋雲は、提督が喜んでくれるだろうと、メイド服を着たり、作ったり、描いたりしながら、提督の写真を貼り付けたマネキン相手に接客を行い。

 

 浦風と磯風と浜風と谷風などは、浦風がお好み焼きを焼き、磯風がそれのできばえを鑑定し、谷風が建築がごとくそのお好み焼きを積み上げ。

 そのお好み焼きを積んだそばから浜風が食べて崩すという、疑似賽の河原状態に陥り。

 

 野分、嵐、萩風、舞風に至っては、シンプルにお酒を毎晩がぶがぶと飲んで、不安で押しつぶされそうな心を誤魔化そうとしていた。

 

 余談だが、提督覚醒の報を聞いた瞬間。

 ~してる場合じゃねえ!! 状態になったのは言うまでも無い。

 

「ところで、提督はこれからリハビリとか色々大変な毎日が待ってるわけだけど……私たちはまず、どうするべきかしら?」

 

「む……やはり、寄り添ってお世話をするのが一番なのでは?」

 

「それは当然よ。ゴメン言い方が悪かったわね。これから大変な提督を元気づけるために、私たちが真っ先にできることはないかしら?」

 

 この議題に、会議は紛糾した。

 

 やれ食べ物が、やれ娯楽が。

 いや、病み上がりの提督にそれは等々。

 

 とにもかくにも、まず明日目を覚ました提督のために、真っ先に自分たちが出来ることはなにかないのかと小一時間。

 

 そんなとき、ふと陽炎が思い出したようにボソリと呟く。

 

「そういえば提督……私たちを海に連れて行けなかったこと、凄く申し訳なく思ってるみたいだった……」

 

 静まりかえる会議場。

 

 あの日、提督が治療施設に運ばれた日から。

 誰もが海のことなど、頭から抜け落ちていた。

 

 ああ、確かに、あの日あの時まで。

 自分たちは次の日を、あんなにも楽しみにしていたのに……。

 

 レンタルバスの返却手続きを事務的に処理した担当の親潮は、思わず手を握りしめる。

 いや、親潮だけではない。

 

 姉妹各々が、個人的に海のために準備していたあれこれ。

 中にはやるせなさから処分してしまったものも沢山ある。

 

 早計だった、もっと、自分たちが提督が必ず帰ってきてくれると信じていれば……。

 

 

「……待ってください。それはつまり、提督は私たちの水着姿を見れなくて後悔しているということでは?」(名推理)

 

 

 そんな重い空気が漂う中、なぜか不知火から飛び出た言葉。

 恐らくだが、水着回を望む外世界からの電波を受信した可能性がある。

 

 だが、あれ、それ正解なのでは?

 という、謎の納得が満場一致で肯定される。

 

「つまり水着に着替えた私たち全員で提督を看病しつつ、病室を海に見立てたバカンスmodeに移行するのが正解ってことね!!」

 

「さすが不知火姉さん!」

「さすヌイ!!」「さすヌイ!!」「さすヌイ!!」

 

 超ナイスアイデアじゃんそれ!!

 となった姉妹たちの行動は早かった。

 

 というかいっそもう、病室を可能な限り海っぽくしようと、アカシやら夕張重工に頼んでみては? などと、病室の模様替え計画まで本気で練られはじめる始末。

 

 とまあ色々あったが、陽炎会議は久しぶりに平和だった。

 そして、恐らくこれからもきっと、ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

『無職男』

『駆逐艦:陽炎:不知火:黒潮:親潮:早潮:夏潮:初風:雪風:天津風:時津風:浦風:磯風:浜風:谷風:野分:嵐:萩風:舞風:秋雲』

 

おわり

*1
※艦娘の寿命を指す言葉




 
雪風に毎晩キスしてもらいたいだけの人生だった。

感想「水着回はナシですか……」
書いてる人「で、できらぁ!!」
 

……あと無職男と陽炎姉妹の話はこれが最終回となりますが、力不足で書ききれない話もあったため、たぶん『無職男』と『駆逐艦:陽炎型』(仮題)みたいな後日談をいつかどこかで書いて投稿するかと思います、ごめんなさい、あと未実装艦娘の早潮と夏潮が実装されたら、追加で書く気がします、恐らくメイビー。


そして今年も本作を読んでいただき、ありがとうございました。

あいかわらず投稿ペースはとんでもない間隔ですが、来年もちまちまと何か書いては投稿してるとは思いますので、よかったら覗いていってください。
 
 

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