提督をみつけたら   作:源治

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四月はうーちゃんの季節、ならば書かねばなるまい。
でも四月一日に投稿できなかったのは許してほしい、ぴょん。
 


『嘘つき』と『駆逐艦:卯月』

 

「提督を見つけたぴょん!」

 

「えええ!? 本当ですか卯月さん!?」

 

 卯月と呼ばれた紅い髪の少女が、興奮した様子で受付の女性に報告する。

 小さな身体がぴょんぴょんと飛び跳ねるたび、長い髪が激しく揺れ、彼女の喜びを表現しているように見えた。

 

 ここは艦夢守市、市役所、艦娘課。

 そしていままさに卯月の提督発見の報に対応しているのは、その職員であり、駆逐艦の艦娘である萩風*1

 

「おめでとうございます卯月さん!!」

 

 萩風は興奮した様子で、卯月の報告に手を叩きながら、自分のことのように喜びの声を上げる。

 

「すぐに提督を連れてくるから、書類を用意しておいてほしいぴょん!」

 

「はい、喜んで!!」

 

 卯月が去ったあと萩風はすぐに書類を用意してニコニコしながら待っていた。

 が、待てども待てども、一向に卯月は現れない。

 

 そして終業時間まで待ち続けた結果、萩風は一つの結論にたどり着く。

 

「あれ……もしかして嘘だった?」

 

「あ、卯月さん来ました? 毎年四月一日のエイプリルフールは、誰かしら引っかかるんですよね……私も昔やられました。まあ、萩風さん新人だから引っ掛けやすかったのかもしれませんね」

 

 近くを通りかかった、同じ課の先輩である初霜から衝撃の事実がさらりと語られる。

 ポカンとする萩風。

 

 この日、艦夢守市の各地で嘘の内容に違いはあれど、似たような事案が大量発生した。

 

 

 そしてこれこそ後のロックバンド『ヘルズトリック』のボーカル兼ギタリストである卯月。

 そして『うーぴょん』と呼ばれた彼女がデビューする以前の、四月一日の風物詩であった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「くくく、うまく騙してやったぴょん」

 

 ご機嫌な様子で、町はずれの廃寺を歩く卯月。

 

 流石にあちこちで派手に嘘をつきまくったので、ほとぼりが冷めるまで隠れることにしたのだ。

 

 たしかに四月一日は嘘をついても許される日。

 しかしだからといっても限度はあり、ときにその限度を超えちゃうこともまたあるわけで。

 

 過去にはおっかない相手(金剛連合会関係者)に嘘をついて、逆さづりにされた経験が卯月にはあったりする。

 

 そんなわけで、毎年四月一日の午後は嘘をついたあと速やかに撤退し、誰も寄り付かないこの場所でほとぼりが冷めるまで過ごすのが、いつのまにか恒例となっていた。

 

「子供? 何かご用ですか、お嬢さん?」

 

 が、寺の裏にある墓所をうろうろしていた卯月に、突然かけられる男の声。

 驚いた卯月が振り返ると、そこには黒い僧衣を着た男がいた。

 

 痩せ気味で髪が長く、どこか陰鬱な空気を放つ男で、あまり僧侶と言う雰囲気ではない。

 どちらかといえば幽鬼的なところがあり、場所のこともあって、墓守りと言われたほうがしっくりくる。

 

 が、それよりも問題なのは―――

 

「ふぇ?」

 

 男が彼女、卯月の提督であったことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『嘘つき』と『駆逐艦:卯月』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「て、提督が、提督がいたんだぴょん!?」

 

「あー、ハイハイ。インパクト強いけど、あんたそのネタ去年もやったわよ」

 

 艦娘寮の同室である川内*2が、卯月の衝撃発言を軽くあしらう。

 

 二人とも幼い頃より艦娘寮に預けられた身の上だったため、ある意味肉親と変わらない付き合いの長さだった。

 そんな川内と卯月は見た目こそ軽巡と駆逐艦であるため違うのだが、年齢が同じのため、寮では同室に割り振られている。

 

 ちなみに川内に関しては、艦娘としての常識を学ぶために入寮している。

 なので、定期的に家には帰るし、大学入学後は両親と暮らす予定だった。

 

「そうじゃなくてほんとにいたんだぴょん!!」

 

「そっかー、よかったわねー」

 

「てめーに相談したうーちゃんがバカだったぴょん!!」

 

 そう言って卯月は川内の脇腹にミドルキックを一発。

 

 モロにそれをくらい「うごっ!?」っと変な声を出してしまった川内。

 彼女はそこでようやく、卯月がかつて見たことがないレベルの、真剣な目をしていることに気がついた。

 

「え、もしかしてマジ?」

 

 卯月のただ事ではない空気に、流石にどこか変だと感じた川内。

 川内は脇腹をさすりながら、慌てて卯月の対面にあぐらをかいて座る。

 

「ど、どうすんのよ?」

 

「ど、どうしたらいいんだぴょん? おめーは仮にも提督もちだぴょん、何かアドバイスするぴょん!」

 

「いや、私だってまだ見つけたばっかりだし……。そ、そもそもどんな人なのよ」

 

「えっと、痩せてて陰気な感じで、髪の毛が長くてぼさぼさで、汚い坊さんの格好してて……超ステキなんだぴょん!!」

 

「ごめん、どこにステキな要素があるのか、まったくわかんないんだけど?」

 

 身振り手振りを駆使して、必死に自らの提督のかっこよさを伝えようとする卯月。

 だが、川内は聞けば聞くほど、その提督のどこに魅力があるのかが理解できない。

 

「でも、うーちゃん恥ずかしくて、すぐに逃げちゃったんだぴょん……」

 

「え、逃げてきたの? 艦名の契りもしてないの? ちょ、それってつまり、あんたのこと艦娘だってこともわかってないわけ?」

 

「だ、第一印象は最悪かもしれないぴょん……」

 

「と、とりあえず、また明日会いにいってみたら?」

 

「うう……そ、そうするぴょん……」

 

 その後、二人の作戦会議は夜遅くまで続いたのだった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「ああ、あなたは。こんにちは、また来たのですか」

 

「こんにちはだぴょん! また来たぴょん!!」

 

 昨日突然逃げ出した相手にもかかわらず、特に気にした様子がない男。

 そんな提督の対応に、卯月は嬉しくて元気よく挨拶を返す。

 

「しかし、ここはあなたみたいに前途のある人間が来る場所ではないのですが」

 

「へ、なんでぴょん?」

 

「それはまあ、見たらわかるように墓場ですので」

 

「じゃあなんで、て──」

 

「て?」

 

「て、テメーはここにいるぴょん!?」

 

 提督と打ち明けるのが恥ずかしい年頃なのか、それとも卯月という艦娘ゆえの個性なのか。

 卯月は素直に提督と呼ぶことができず、テメーと言いなおしてしまう。

 

 男はそんな卯月の言動を特に気にした様子もなく。

 

「それはまあ、私この寺の住職ですから」

 

「へ、ここは廃寺じゃなかったのかぴょん?」

 

「……奇特な方がいましてね、ここの土地を買い取ってこの寺を再建することになったんですよ。私はもともとこの寺にゆかりがある者だったので、まあ渡りに船だったと言いますか」

 

 少女の見た目である卯月にも、丁寧な言葉で対応する男。

 卯月はそれがなぜか嬉しかった。

 

「な、ならそれを卯月が手伝ってやるぴょん!」

 

「はあ、お気持ちだけで結構です」

 

「な、なんでだぴょん!?」

 

 即答でお断りされて、衝撃を受ける卯月。

 しかし冷静に考えれば、男の返事は当然だろう。

 

 なにせ卯月の姿は、どうがんばっても12歳以上には見えない。

 

「いや、あなたくらいの年頃であれば、学校に行くのが普通かと。勉強の一つもできなければ、将来ろくな人間になれませんよ」

 

「学校なんて行く必要ないぴょん! このうーちゃんが手伝ってやるっていってるんだからありがたく手伝われるぴょん!」

 

「……行く必要、が、ないですか」

 

 男は卯月のその言葉に、何か思うところがあったのか。

 少し考え込んだ後、卯月の目をまっすぐ見る。

 

「お供え用のお菓子がありましてね、食べられますか?」

 

「た、食べるぴょん!」

 

 どこか同情的な表情を浮かべる男の言葉に、卯月は心のそこから同意の返事をする。

 

 御菓子で子供をつるというのは、世間一般的に見ればとても怪しいことなのだが。

 艦娘的には、提督からのお誘いは尻尾を振ってついて行ってしまうものなのである。

 

 男は崩れかけた本殿には危ないから近づかないように言った後、近くに建てられた小さな小屋に卯月を案内した。

 小屋には生活に必要最低限のものしかなかったが、部屋の隅に大きなスピーカーが鎮座しており、それにエレキギターが立てかけられている。

 

 坊主の部屋にエレキギターがあるというちぐはぐ感。

 だがその一方でそれだけが、生活感のない部屋に人が住んでいることを感じさせた。

 

「なんで楽器があるぴょん?」

 

 なぜ僧侶の住む場所にギターがあるのか。

 当然のように疑問に思った卯月が疑問をぶつける。

 

「ああ、私の私物です。色々と捨てたんですが、これだけが……捨てられませんでした」

 

 男は茶菓子とお茶を用意し、卯月にの前に置く。

 

 そしてギターを手にとって軽快で派手な音を奏で始めた。

 演奏されたのは、テンポが速く激しいロックのギターソロ。

 

 出された瞬間に茶菓子をくわえていた卯月は、その音にびっくりしてポロリと茶菓子を口からこぼしてしまう。

 

 男はそれに気がつかず、頭を振りながら夢中で演奏を続ける。

 そして一曲弾き終えたあと、固まったままの卯月に気がついた。

 

 我に返った男は、気恥ずかしそうに頭をかく。

 

「すみません、人前で演奏するのは久しぶりだったもので……」

 

「す、すげーぴょん!! こんなの聴いたことねえぴょん!?」

 

「ほう、これの良さがわかりますか……だとしたら危ないかもしれませんね」

 

「へ、なんでぴょん?」

 

「ろくでなしの才能がありますよ」

 

「ひどいぴょん!!」

 

「はは、冗談ですよ。ではお詫びにもう一曲……」

 

 そう言って再びギターを弾き始める男。

 

 演奏を聴いて「すげーぴょん!すげーぴょん!」と、手をたたいてはしゃぐ卯月。

 その様子に男は口元を緩め、ギターを卯月の前に掲げる。

 

「君もやってみますか?」

 

「やるぴょん!」

 

 卯月は手渡されたギターを、がむしゃらに弾く。

 ただの騒音でしかないその演奏を、男は優しい目をして、じっと聴いていた。

 

 夢中になってギターを弾いていた卯月は、途中ハッとなって顔をあげる。

 そして恥ずかしそうにもじもじと身体を動かしながら、口を開く。

 

「うーちゃん、これからもここに……て、てめーのところにきていいかぴょん?」

 

「……ええ、あなたの気が済むまで、好きにして構いません。あ、いや、ただし来るのは必ず昼でお願いします。夜はいろいろと……危ないですから」

 

「およ? わかったぴょん! 来るのは昼にするぴょん!」

 

「ええ、そうしてください。まあせっかくですので、ギターの弾き方くらい覚えましょうか」

 

「あ、ありがとうだぴょん!」

 

 こうして、卯月が学校に居場所がない寂しい子供だと勘違いした男と。

 男が提督だと言い出せない卯月の、おかしな関係が始まった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「ちょっと卯月。さすがに毎晩毎晩ギターかき鳴らされるとその、いくら防音きいてるからって、周りの部屋から苦情が……」

 

「うるさいぴょん! そもそも夜うるさいのはてめーの専売特許だろうがぴょん!」

 

 ここのところ毎晩、寮の音楽室にあったギターを部屋に持ち込んで、ギターをかき鳴らす卯月。

 さすがに苦言を呈する川内だったが、普段の自分の行いを突っ込まれてしまう。

 

「うぐっ!? な、ならせめてヘッドフォンしなさいよバーカ!」

 

「てめーの目は節穴かぴょん、このギターはアコギだぴょん! バーカ!」

 

「そんなの知らないわよバーカバーカ!」

 

「どうせおめー明日にはこの寮から出ていくんだから、今日ぐらい我慢しろぴょん!」

 

 無事大学に合格し、今年から自らの提督が通う大学に、自宅から通うことになった川内。

 子供の時から、ちょいちょい入退寮を繰り返していた川内だったが、大学生になった以上、戻ってくることはおそらくもうない。

 

 卯月の言葉で、ルームメイトとして過ごす最後の夜ということを思い出す二人。

 決して短くはない時間、苦楽をともにした相手との別れに、柄にもなくしんみりとしてしまう。

 

「……まあそうなんだけど。あんたそれって提督の影響なの?」

 

「……うん。提督はギターがとっても上手だぴょん。だからうーちゃんも練習するんだぴょん」

 

「そう。まあ、これで安心してここから出れるわ。提督がいるなら、あたしがいなくなって寂しくて泣くなんてことないだろうしさ」

 

「ふん、せいせいするぴょん。おめーもせいぜい提督とのキャンパスライフ楽しむんだなぴょん」

 

「あんたもね。まー……あと、さっさと自分が艦娘だって言ったほうがいいわよ?」

 

「お、大きなお世話だぴょん!」

 

 雰囲気を和らげようと、ニヤニヤと笑いながら卯月にアドバイスをする川内。

 卯月はその言葉に顔を赤くしながらも、笑いながら言い返す。

 

 翌日、川内は艦娘寮を後にし大学へ、卯月は廃寺に。

 お互いの提督が待つ場所に向かって、歩き出した。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「そういえばテメーの教えてくれる曲は、全部同じような曲ばっかりだぴょん」

 

「気質の問題もありますが、私にとっての音楽は、ロック以外ありえませんので」

 

「へ? なんでだぴょん?」

 

「うーん……信じられないかもしれませんが、この世の全てはロックで説明がつくんですよ、むしろロックではないものは存在しません」

 

「え、それはなんでだぴょん?」

 

「なんというか、この世のなにもかもがロックなのです。もう、そうとしか言いようがないのかもしれません。ロックとはなにか? と考えると、結論を打倒(ロック)せざるを得ないため永久に結論が出ないんですよ」

 

「???????」

 

「まずこの世の全ては無常である。無情にして無常である。諸行無常。いわゆる。あとお釈迦様も基本的に『この世は苦界である』みたいなことを言ってらっしゃいます。つまり世の中クソ。そんな世界で存在する意味なんてあるのか? それにイエスともノーとも答えず『うるせえ』、これがロックだと思います。つまり人類が逆上に目覚めた瞬間からロックンロールは鳴り始めたんです」

 

「ぜ、全然意味わかんねーぴょん!?」

 

「そうですね……私もあなたも、まだしばらくはこの世で生きてゆくわけですが。申し上げたようにこの世は苦界です。だというのに人は、生きることを目的とし誕生します。誕生してしまったがゆえに、生きるに値するかわからない、この世界で生きなければならない」

 

「へ? 世界は生きるに値しないのかぴょん?」

 

「……残念ながら、そう感じられないことのほうが多いのが確かです。現世はとにかくしがらみが多い、気が付けば誰もが何かの鎖でがんじがらめになっています。くそったれ、馬鹿野郎、消えちまえ、そう叫びたくなることばかり。真剣に生きようとすればするほど、生きることに価値があるなんて答えは出せなくなる。かといって逃げ出したところで意味もなく。答えのない問題が脳にこびりつき続ける。まさにこの世はクソ、苦界でなくなんであるか……ですがロックはそのどうしようもない問題に、ただただ中指を立てることができるのですよ」

 

「うーん……やっぱりなんかよくわかんねーぴょん! というかそんな難しいことばっかり話しててもつまらないぴょーん……ぷっぷくぷー!」

 

「ははは、少し難しかったかもしれませんね」

 

「でもうーちゃんロックが好きだぴょん!」

 

「そうですね……あなたにはよくロックが似合いますよ」

 

「……あなたじゃねーぴょん。うーちゃんの名前は卯月だぴょん」

 

「卯月? ああ、あなたの名前ですか。そういえばまだお互いの名前も知りませんでしたね。私は―――」

 

 男は名乗ろうとするが、外に人の気配を感じ口を閉じる。

 そして「少し待っていてください。決して外に出ないように」と、卯月に言い残して小屋の外に出ていく。 

 

 いつもと違う男の様子。

 

 不安になった卯月が窓から少しだけ顔を出して見ると、男が誰かから何かを受け取り、そして何かを渡している様子が見えた。

 

 それを見て、卯月はどこか胸騒ぎのようなものを感じる。

 なにか、悪いことが起きるような、そんな予感。

 

 数日後。

 

 卯月のその予感は現実のものとなった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 その日、卯月が廃寺に行くと、警察車両が何台も停車していた。

 また、寺の周囲には多数の警官が、やじ馬が入ってこないように封鎖している。

 

「た、たいへんだぴょん!」

 

 卯月は静止する警官を押しのけ、男の、自らの提督がいる小屋に向かって走る。

 

 小屋の前につくと、男が警官に付き添われて歩いているのが見えた。

 男の手には手錠がはめられており、逮捕されたことがうかがえる。

 

 おまけにその場所には艦娘と思われる刑事だけでなく、艦夢守市警察署の署長で、戦艦の艦娘でもある長門の姿もあり。

 男がかなり大きな事件にかかわっていることを、思わせた。

 

 全く抵抗する様子がない男の様子に、卯月はとっさに叫ぶ。

 

「どこに連れてくぴょん! そ、その人は、うーちゃんの提督だぴょん!!」

 

「まて!」

 

 並の力では止められない艦娘である卯月。

 だが、そんな卯月の腕を長門がつかむ。

 

 卯月はその手を振り払おうと暴れるが、艦種差や体格差もあり、振りほどくことができない。

 

「はなして! はなして! 提督をどこに連れて行くんだぴょん!! うーちゃんの提督がなにしたっていうんだぴょん!」

 

「……あの男は、外地の犯罪組織の協力者だ。確かに元はこの寺の住職の親類で、市籍も持っているようだが。ここを違法な薬物や盗品の保管場所として管理していた証拠が山ほど出てきた以上、見逃すことはできない」

 

 長門は厳しい口調で、卯月に言い聞かせるように言葉を続ける。

 

「だが、もし本当に君の提督であるなら、裁判で考慮される可能性もあるが……」

 

「そうだぴょん! その人は、卯月の提督―――」

 

「違います。私はその娘の提督ではありません。例えそうだったとしても、私自身は認めません」

 

「へ? な、なに言ってるんだぴょん? うーちゃんが艦娘だって、だ、黙ってたのは悪かったぴょん。でもいまからでも遅くないぴょん! このままだと提督は刑務所に行かなきゃいけないぴょん!」

 

「……私は罪人です。若くて愚かだった私は、世界を見ようと飛び出し、そしてどうしようもない人生を歩んできました。堕ちて堕ちて、堕ちたその先でたらされた蜘蛛の糸。ですがそれもまた罪を重ねることだとわかっていても、もう私にはどうすることもできなかった……人を利己的にしすぎた世の中を末法と呼ぶのか、末法という言葉が人々を利己的にしたのか……どちらにしろ、私が提督以前に罪人であることに違いはありません。なら罪は償わなければ……」

 

「じゃあ待ってるぴょん! 卯月、提督が刑務所から出てくるまで待ってるぴょん! それに毎日会いに行くぴょん! うーちゃんまだギター全然上手に弾けないぴょん!」

 

「……もし、私がその娘の提督ならこう言うでしょうね。私のような犯罪者のことは忘れて、二度と目の前に姿を見せるなと」

 

「で、でも提督は、提督はいつでも会いに来ていいって、好きにしていいって! 言ってくれたぴょん!!」

 

「……嘘ですよ、全て噓です」

 

 突き放すような男の言葉を聞いて、固まる卯月。

 男はそんな卯月を一瞥し、背を向ける。

 

「もう一度言います。二度と、二度と私の前に姿を見せないでください」

 

「……そ、それは、命令なのかぴょん?」

 

「はい、そうです」

 

 提督の命令。

 艦娘にとって、もっとも守るべき言葉。

 

 その事実を知ってか知らずか、男ははっきりとそう断言した。

 

 卯月は限界まで目を見開き、提督を見る。

 背を向けていてわからないが、わかった。

 

 提督が、泣いているのが、わかった。

 

「……馬鹿野郎だぴょん、提督は、馬鹿野郎だぴょん……わかったぴょん、うーちゃんは、うーちゃんは提督の言うことをしっかり聞く優秀な艦娘だから、ちゃんと、ちゃんと命令を、め、命令、聞くんだぴょん……だ、だから提督とうーちゃんは……これで……お別れぴょん……」

 

「……すみませんでした、卯月さん。お詫びと言っては何ですが、あの小屋にあったギターはあげます。よかったら使ってやってください」

 

 卯月はぼろぼろと涙を流しながら、その言葉にうなずいた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 提督と別れた日を境に、卯月は寮の部屋からほとんど出てこなくなった。

 

 部屋からは朝から晩まで、一日中カシャカシャと弦を弾く音が漏れ。

 ときどきそれに乗せて、卯月が叫ぶ声が聞こえてくる。

 

 事情を知る者たちは、何も言わない。

 自分たちにできるのは、悲しみに暮れる卯月をそっとしておくことだけだと、知っていたから。

 

 そして、半年ほどがたったある日。

 

 卯月は、まるで難破した船から命からがら脱出し、何ヶ月も海を漂流して奇跡の生還を遂げたかのように、変わり果てた姿で部屋から出てきた。

 映すものすべてを輝かせていたかのような純真な瞳は、まるで朽ちた骸骨の暗い眼窩のように落ち窪み、溢れるようだった無邪気さは、死に神に取り憑かれたかのような陰気さに取って代わられていた。

 

 かつての明るい輝きはそこにはない。

 だが鬼気迫る決意のようなものが、卯月を幼い少女の姿から、強烈なカリスマを放つなにかに変えていた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「で、うちのロビーで暴れてた馬鹿ってそいつ?」

 

「はい、何でも一番偉いやつを出せと騒いでたみたいで……」

 

「まあ普通の警備員に、艦娘の相手しろってのは酷な話よね。ありがと羽黒、あんたがいて助かったわ」

 

「いえ……」

 

 艦夢守市で最も有名な芸能プロダクション『Big Slope』

 

 その会社のロビーで暴れていた卯月を、たまたま通りかかった『Big Slope』所属の重巡洋艦の艦娘羽黒*3が取り押さえた。

 だが、取り押さえたのが艦娘の卯月だったため、判断に困った羽黒は、社長である五十鈴*4のもとに連れてくることにしたのだ。

 

「で、なんであんたは暴れたのかしら?」

 

「……提督がうーちゃんにはロックが似合うって言ってくれたから、それを証明するためぴょん」

 

 羽黒に首根っこをつかまれ、ボロボロになった卯月がぼそりとつぶやく。

 常人であれば、平静を失いそうになるような、ぞっとするような重い声色。

 

 もっとも五十鈴も羽黒も、その程度で思考をかき乱されるほど弱い艦娘ではない。

 ただ二人は『提督に』の部分にピクリと反応した。

 

「つまりなに? あんたうちのプロダクションに所属したいってこと?」

 

「所属してやるぴょん、だからとっとと離すぴょん」

 

「随分と自信があるようね?」

 

「うーちゃん作詞作曲のロックなら、このくそったれな世界に中指突き立てられるぴょん」

 

「……ふーん、おもしろそうじゃない。下の階のスタジオで一回だけ聴いてあげるから、やってみなさい」

 

 

 

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「ひどい演奏ね……リズムキープができてない。あとサビ前に入れてる弦飛びだけどスベってるわよ。覚えたてがたまにやるんだけど、それって私は技術ないからこれで隠そうとしてるんですーって叫んでるようなもんなの。そもそももっと基礎的なところ、フォームが乱れてピッキングもフィンガリングもガタガタじゃない。そんなんでよくあんな大口叩けたもんね」

 

 演奏を終えた卯月を横目に、五十鈴は煙草に火をつけながら、そうバッサリと口にした。

 

「まだまだあるけど、なにより自分で作った曲のフレーズくらいしっかり覚えなさい。頭にしっかり入ってないフレーズひこうなんて、あんたには十年早いわよ馬鹿」

 

 己の実力のなさを淡々と指摘するその言葉に、卯月は唇をかみしめる。

 

「でもまぁ、歌詞は悪くないわね。ギリギリ合格」

 

「ぴょん?」

 

 五十鈴は煙草の灰を落とし、試すような目つきで卯月を見る。

 

「うちで面倒見てあげるってことよ。ただし、デビューさせるかはまだ保留。最低でも半年はみっちりレッスン、曲もあと三十曲は作りなさい。それができたら、チャンスをあげてもいい。どうする?」

 

「……やってやるぴょん」

 

 手が壊れそうなほどに強くこぶしを握りながら、返事をする卯月。

 その様子を見て、五十鈴は意地の悪そうな微笑を浮かべた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「はじめまして、Big Slopeメイド長の香取です。心配しないで……。色々と優しく、指導させて頂きますから。うふふふふふふふ」

 

「うるせえぴょん、その眼鏡割ってやるぴょギャフ!!」

 

「はい、では卯月さんにはまず、最低限の礼儀から覚えて頂きますね」

 

「……なんでうーちゃんが、メイド服なんて着なきゃいけないんだぴょん」

 

「ふふふ、何故なんて疑問は、まずきちんとお茶を運べてから言いましょうね?」

 

「……ぷっぷくぷー」

 

 

 

「やりなおしね。そこは変にいじらなくていい、対象の美しさをそのまま表現するストレートな”生”感を出しなさい。いまのままだと、一般人の感性からしたら『死ぬほど気に食わない』でしかないわ」

 

「オメー、社長なのになんでうーちゃんのレッスン担当してるんだぴょん? 暇なのかぴょん?」

 

「五十鈴が直々に見てあげてるっていうのに、あんた他に言う事無いの? ……まあ、五十鈴は艦種的に耳がいいから、下手なコーチより的確な事がいえるのよ。いいから、言われたとおりやりなさい」

 

「……ぷっぷくぷー」

 

 

 

「じゃあ卯月さん、今日はダンスのレッスンをしましょうか」

 

「アッ、ハイ」

 

「えーっと、あの、五十鈴さんや香取さんには反抗的なのに、なぜ私にはそんなにかしこまってるんでしょうか……」

 

「イエ、そんなことありませんぴょ、ぴょん。は、羽黒さんの気のせいだぴょ、気のせいです」

 

「まあ、真面目にやってくれるならいいんですけど。……それと、レッスンが終わったあとお時間があればその、卯月さんの提督さんのことを聞かせて頂けますか?」

 

「……それは、命令ですか、ぴょん」

 

「……いえ、お願いです」

 

「面白い話じゃないぴょん」

 

「それでも、提督にまだ会えていない艦娘からすれば、どんな話より価値がある話ですから」

 

「ぴょん……」

 

 

 

 そうして卯月にとってはあっという間であり。

 とても長くも感じる時間が過ぎてゆく。 

 

 作詞作曲、レッスン、演奏演奏演奏。

 狂ったように濃密な音の海で溺れ続けた。

 

 それでも、提督に届けたい。

 提督のギターで紡がれるロックを届けたい。

 

 その一心で、卯月はがむしゃらに走り続けた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 そうして時は流れ、卯月が提督と出会って丁度一年後。

 

 つまりは四月一日。

 

 それが卯月がデビューできるかを、テストする日に決まった。

 

 あんたにはお似合いの日でしょと、気だるげに告げた五十鈴に、卯月は中指を突き立てる。

 それを見て、愉快そうに笑う五十鈴。

 

 五十鈴が指定した場所は、百人も入ればいっぱいになるような、汚くて小さなライブハウス。

 おまけに集まったのは、お世辞にも上品とは言えないごろつきのような客ばかり。

 

 卯月がステージに立つと、容赦のないブーイングやヤジが飛んでくる。

 

 しかし、どんなにボロクソに言われようとも、卯月は揺るがない。

 むしろ据わった目つきで客をぐっとにらみつけ……そして叫んだ。

 

 

「うるせえぴょん!!」

 

 

 マイクを通していないにもかかわらず、箱全体が揺れるような大声。

 あっけにとられるろくでなしの客たちが我に返るより早く、卯月の演奏が始まる。

 

 

 誰かの嘆く声がする

 どうやらこの世はクソらしい

 

 全くもってその通り

 おしゃか様のお墨付き

 吐き気で涙がとまらない

 

 だけど涙を流すくらいなら

 だけど涙で海をみたすなら

 

 声で世界をみたしてやるぴょん!

 あたしの声で染めてやるぴょん!

 

 

 その小さな体のどこにそんな力が埋まっていたのかと、疑いたくなるようなヘビーな演奏。

 ピックを何枚も砕きながら紡がれる、一曲目の激しいギターソロの時点で、ライブハウスにいた全員が総立ちになった。

 

 さらに、二曲目の『戦艦騙し』が始まるころには、ほぼ酸欠ギグの様相を呈しており。

 ライブハウスにいた客は残らず、卯月ことうーぴょん(芸名)の親衛隊になることを心に誓うほどに、そのすべてに魅了されていた。

 

 小さな体に見合わないヘビーな演奏のギャップに、心をわしづかみにするような曲。

 なにより相手が誰であろうと、なんであろうとも打倒(ロック)してやるという意志が、痛いほどに伝わってくる内容の詩。

 

 そのせいか、ろくでなしであるほどに、うーぴょんの歌は彼らの心に響いた。

 

 

 そしてこの伝説のデビューライブを始まりに。

 うーぴょんは、ロックスターの道を駆け上っていくことになる。

 

 翌年の四月一日に行われたライブは、デビュー時の会場より一桁収容人数が多かった。

 さらにその次の年の四月一日は、もう一桁、翌年には更に一桁。

 

 そうしていつの間にか、四月一日は卯月にとって嘘をつく日ではなくなり。

 ただ踏みこえるだけの、階段と変わらない日でしかなくなった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 提督、聴こえてるかぴょん?

 

 うーちゃんの声、聴こえてるかぴょん?

 うーちゃんの曲、聴こえてるかぴょん?

 うーちゃんの歌、聴こえてるかぴょん?

 

 提督のギターの音、聴いてくれたかぴょん?

 うーちゃん、ちゃんと演奏できてるかぴょん?

 

 提督が似合ってるって、言ってくれたロックだぴょん。

 

 うーちゃん、あの日からずっとずっと、ずーっと、考えたぴょん。

 

 なんで提督が、うーちゃんにあんな命令したのか。

 なんで提督は、うーちゃんに嘘をついたのか。

 

 提督は、提督は、提督はって何度も。

 提督のことばっかり考えたぴょん。

 

 わかったことも、わからなかったことも、沢山あるぴょん。

 

 わかったことは、確かにこの世はクソだってことだぴょん。

 少なくとも、うーちゃんと提督にとっては、クソだぴょん。

 

 わからないのは、どうして提督はあのとき、卯月を使わなかったんだぴょん?

 

 うーちゃんが艦娘だってわかったなら。

 自分の命令を聞く艦娘だって、理解したなら。

 

 もっといい命令が、あったんじゃないのかぴょん?

 提督が命令してくれたら、うーちゃんなんでもしたと思うぴょん。

 

 なのに、どうしてうーちゃんを遠ざけたんだぴょん?

 

 いつか、この苦界から解放されたなら。

 提督はその理由を、教えてくれるかぴょん?

 

 ……うんうん。

 

 やっぱり、教えてくれなくてもいいぴょん。

 全部忘れていいぴょん。

 

 だから、だから……

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 止まることなく溢れ出てくるなにかを吐き出すように、卯月はひたすら歌い続けた。

 歌い続けることだけが、今の卯月が提督のためにできる、唯一つのことだと信じて。

 

 提督に貰ったギターで。

 提督に教わった弦捌きで。

 

 自分が奏でるロックを、塀の中にいる提督に届け続けるために歌い続けた。

 

 歌って、歌って、歌い続け。

 

 うーぴょんと呼ばれた彼女はその後、ついにはロック界の頂点に上り詰めた。

 

 だがその一方で、艦娘としての卯月は『二度と姿を見せるな』と、そう告げた提督の命令を生涯守り続け。

 

 ―――文字通り二度と、自らの提督と再び会うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

『嘘つき』と『駆逐艦:卯月』

 

おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ~んて、うっそぴょーん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アハハハハハ!! か、香取さん見て見て! あの馬鹿、マジでロック歌ってるwww アハハハハハ!! 刑務所の慰問ライブでロックって、本物の監獄ロックよwww お、おなか痛いwww」

 

「痛いのは私やマネージャーの頭ですよ五十鈴さん。これ、どう収拾つけるんですか……」

 

「ヒーヒー……どうしようかしらねホント……見て! あのへんの囚人全員、泡吹きながら頭振ってるwww みんな坊主頭だから、まさしく転がる岩みたいwww アハハハハハ!!」

 

「くれぐれもロックは禁止! 塀の中にいる提督を待ち続ける艦娘の、切ない心情を綴ったブルースなら……って条件で許された刑務所の慰問ライブだと、卯月さんには何回も確認したはずなんですけど。……まんまと騙されてしまいましたね」

 

「ヒッ、ヒッ、フー……そういえば今日は四月一日だったわね、ここ数年おとなしかったからすっかり油断してたわ。あっ、ほら、あそこでボロボロ泣きながら頭振ってるあの男、あれが卯月の提督らしいわよ……ぶふぉ!? か、看守に所長までwww頭振ってるwww もwうwめwちwゃwくwちwゃw アハ、アハハハハハ!!」

 

「変なツボ入ってますね五十鈴さん……まったく。一年に一度、嘘が許される日だからって、約束を反故にしたり、命令を破ったりしていい日というわけではないのですが……。どんな苦情が来るか、いや、苦情で済むでしょうか……」

 

「ハァハァ……香取さん、そういうときに使える魔法の言葉があるの知ってる?」

 

「……なんですか?」

 

「ふふふ、()()よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるせえぴょん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 -

 

 

 

あさに鏡を見てがっかりした

まだ自分がここにいることに

 

いつその日が来るのかと

ずっとずっと待っている

 

でも飽きたから、もうやめた

 

ずっと楽しみにしてたけど

飽きてきたからもうやめた

 

それに今回あえたからって

次回があるかはわからない

 

今日ならちょうど都合がいい

錨をあげて、汽笛も鳴らして

 

世界を憎む、あの嘘つきに

世界を恨む、あの嘘つきに

世界を嫌う、あの嘘つきに

 

うづきの(ライブ)を見せに行くぴょん

うづきの(セカイ)を見せてやるぴょん

 

 

 

 

 

  

*1
・登場『無職男』と『駆逐艦:萩風』等

*2
・登場『独り身男』と『軽巡:川内』等

*3
・登場『絵描き』と『重巡:足柄』『無職男』と『駆逐艦:嵐』等

*4
・登場『意識高い男』と『重巡:鳥海』




 
四月一日に投稿できなかったのは許してほしいぴょん……

 
※本話は作成にあたって黒灰様にお力添えいただきました。
黒灰様には、この場を借りてお礼申し上げます。
 

あと別サイトで申訳ないのですが、『Big Slope』ってメイド喫茶じゃなかったっけ?という辺りの説明というか解説ページがこちらにありますので、もしお時間ありましたら、こちらも覗いていってください。

設定小話 メイド喫茶『Big Slope』
 

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