提督をみつけたら   作:源治

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微妙な長編回になります(後書き含め約3万文字)
ですが中身はただのお金の絡むラブコメなので、他の長編ぽくはないです。

※この話には裏社会的なものや、サブタイトルに関係する、あまり上品でない表現や内容のあれやこれやが多く含まれます。
不快感を感じる可能性があるのでご注意ください。
 


『パパ活男』と『重巡:鈴谷』

 

「おじさん元気ないね、なにか嫌なことあった? よかったら話を聞いてあげようか?」

 

 

 ────ガキの頃から勘の良さと逃げ足には自信があった。

 

 

「それともカラダで慰めてほしい? 鈴谷どっちも得意だよ♪」

 

 

 ────だが本物の捕食者が相手では、そんなものはなんの役にも立たない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『パパ活男』と『重巡:鈴谷』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビルの隙間から吹く風が冷たくなり始めた季節。

 艦夢守市の繁華街から少し外れた夕方の裏通り。

 

 女か男を買う側と売る側が集まる場所で、そいつは俺に話かけてきた。

 

 深い翠玉色をした長髪の隙間から覗くのは、綺麗に整った眉と冴え冴えとした瞳。

 顔の形はかなり整っていて、おまけに成人前の若々しい肌の潤いがある。

 

 それは年を重ねた女が、どんな対価を払おうと二度と取り戻せない若さの証明だ。

 

 そして顔の形もさることながら、厚い学生服の上からでもわかるほど見事な身体。

 大きな胸に細い腰、そしてミニスカートから伸びる長い脚はニーソックスで引き締められており、わずかに見える素肌の部分はとても白く、学生服という希少性も相まって、男の欲情をこれでもかと誘う。

 

 本当に学生かはともかく、他にもっと金を持ってそうなスケベオヤジがいくらでもいる“こんな場所”で、あえて俺のような男を狙って話しかけてくるあたり、相当の場数を踏んでいるのだろう。

 

 だというのに物おじもせず、警戒心すら感じさせないのは、痛い目を見たことがないせいか、それともこの若さで男を手玉に取ることに自信があるのか。

 いや、優秀なケツ持ち(背後組織)がついている可能性もあるか。

 

 

 だがなにより気になるのは、俺の直感がこの女はヤバいと告げていることだ。

 

 

 人並み以上に女の相手をしてきたが、経験上この手の女に手を出したり借りを作ると、馬鹿みたいに高い代償を払う羽目になる。

 

 たとえ相手にこちらを騙す気があろうと、なかろうと……だ。

 

「いや、いい。悪いが別をあたってくれ」

 

「え……」

 

 そもそも、この手の場所では買う側が話を持ち掛けるのが普通だろうに。

 こんな突っ立ってるだけでも買う側が寄ってくる上玉が、自ら売り込んでくるのは妙だ。

 

 ゆえに直感に従ってなるべく角が立たないよう断ったつもりだったが。

 鈴谷と名乗った女は、この世の終わりのような表情を浮かべた。

 

 よほど自分の見た目に自信があったのか、断られるとは思っていなかったのだろう。

 

「う、うわー、マジありえないんだけど? 鈴谷好みじゃなかった? え、えっと……そっ、それならかなり嫌だけど、好みの女の子紹介してあげよっか? す、鈴谷この辺りじゃ顔だから任せてよ!!」

 

 先ほどの余裕はどこに行ったのやら。

 女は俺の腕をがっしりとつかんで、必死の形相でまくし立ててくる。

 

 なんだなんだこの女は。

 

「いや、結構だ……」

 

「えっ、もしかして狙ってるのは……男ッ!?」

 

「……違う」

 

 場所柄そういう人種も集まるのは確かだが、あいにくその手の趣味はない。

 だというのに女は否定した後も、あーでもないこーでもないとしつこく絡みついてくる。

 

 厄介なのに目をつけられた。

 

 力尽くで引きはがすこともできるが、それは最後の手段にしたい。 

 ただでさえ不慣れなこの地、この街で下手に目立つのは避けるべきだ。

 

 万が一にも地元の組織に目をつけられたら、動きがとりにくくなる。

 

「わかった……いくらだ?」

 

「え、いいの!? やった!!」

 

「いいから、早く値段をいえ」

 

「あっ、えっと、こういうときは確か……ホ込み本アリNNオッケーの……いっ、イチゴで!!」

 

「……は?」

 

 提示された値段を聞いて耳を疑った。

 呪文のように聞こえるが、これは内容と価格の提示で、この場合ホテル代込みの──

 

 ……なにを説明しようとしてるんだ俺は。

 

 ともかく、どう考えてもホテル代込みで1万5千は安すぎる。

 むしろホテル代だけで足が出る可能性もあるだろ。

 

「たっ、高かった!? ならしたい事したいだけできる、フルオプション付きの5kとかでも全然オッケイだよ!!」

 

「……違う逆だ、お前なら20でも30でも出す奴いるだろうが。……まあいい」

 

 俺は提示された二つの額、その中間の金額を女……鈴谷に握らせる。

 鈴谷はきょとんとした様子で、俺が握らせた一枚の高額紙幣を見ていた。

 

「おしゃべりも慰めもいらんが、聞きたいことがある。確かこの辺りの顔だって言ってたな……この写真の女を見たことあるか?」

 

 取り出した写真には、そこそこ派手目な化粧をした茶色い髪の、比較的若い女の姿。

 

 いい加減、強い言葉で追い払ってもよかったのだが。

 それとは別に、俺自身こんな場所にいる“理由”もあって、ダメもとで聞いてみる。

 

 鈴谷はその写真を受け取ると、穴が開くような様相で写った女をにらみつけた。

 

 なんというか、焦るというか後がないような感じで見てるな。

 ふと、昔知り合いが飼ってた犬が、主人の役にたちたくて必死になってる仕草を思い出す。

 

 別に知らなかったからって、なんかするつもりもないんだが。

 

「……これいつ頃の写真?」

 

「二年ほど前だ」

 

「二年……」

 

 鈴谷は写真から目を離して、俺をじっくりと見る。

 先ほどまでの明るさに満ちていた表情や、焦ってわたわたする表情でもない。

 

 歳不相応の、冷酷にこちらを品定めするような据わった目つき。

 この歳の女がしていい目つきじゃない。

 

 さっきからこの女を相手にしていると、妙にちぐはぐな印象を受ける。

 

 一体なんなんだ、この女は。

 

「おじさん外地……この島の外の人だよね? しかもコレ関係の」

 

 鈴谷は指で頬をすっと切るようなジェスチャーをする。

 俺はそちらには触れず、まあそうだと、曖昧な答えを返した。

 

「この人……おじさんのなに? 見つけてどうするの?」

 

「聞いてるのはこっちだぞ……まぁ詳しいことは言えんが、人探しを頼まれてな。まずは見つけないとなんとも言えんが、悪いようにする気はない」

 

 あくまで、俺は……だが。

 

 この女に刺されて金を持ち逃げされたスジ者の幹部が、捕まえた女をどうするかは想像にたやすい。

 

「そっか……えっと、二年も前の写真だし、女は化粧でいくらでも化けられるからあてになんないけど……少なくとも鈴谷は見たことないと思う……ごめん」

 

 鈴谷は本当に申し訳なさそうに、渡した金と写真を差し出す。

 その表情に嘘は無いように感じるが、本心はどう思ってるのだろうか?

 

「いやいい、気にするな。もう行っていいぞ」

 

 まあそれはともかく、もともと期待していなかったし、その答えは半ば予想はできていた。

 俺は差し出された写真だけを受け取り、この妙な女を追い払うことにする。

 

「ねえ、他にはなにかない? 鈴谷なんでもするからさ……」

 

 鈴谷は捨てられた子犬のようにうなだれながら、上目遣いで見上げてきた。

 しかも縋るように、俺のコートの端を摘まみながらだ。

 

 妙にしおらしい様子。

 

 だがそれを見て俺は、なぜか絶対に逃がさないという強い意志を感じた。

 

 さっきから感じていた妙な感覚の正体がわかってくる。

 それは本能的というか原始的な、なにかに狙われている感覚。

 

 もっと言えば、鈴谷と話していると捕食者に見つけられた気分になるのだ。

 

 しかも鈴谷からは、理性の挟まる余地の無い、根本の欲求からくる衝動を感じる。

 正直信じられないが、身もふたもない言い方をすれば、こいつは単純に俺とヤリたいのだろう。

 

 いや、俺とというか、強そうな男とヤリたい本能的な欲求に忠実なのか。

 

 ……だとしたら、とんでもないビッチ(肉食系女子)だ。

 

 しかし……男としては、その挑戦に乗ってみたい気持ちもわずかだがある。

 が、もう若くもないし、そもそもいまはそんなことをしている余裕もない。

 

 俺にはあまり時間もあとも無いのだ。

 

「……ならここらを縄張りにしてる組織の情報か、欲を言えば伝手があるやつ知らないか?」

 

「へ?」

 

 俺はとっととこの女から離れるために、別の情報を聞くことにする。

 

「この島に来てまだ数日なんだが。初日に花屋の店員に聞いたら、金かけずに外から流れてきた女を探すなら、店を回るよりここで腰を据えて探したほうがいいって言われてな。まあ他に当てもないし試しに張り込んではみたんだが……見ての感じだ」

(※花屋:娼婦、売春、売春宿などを指す隠語)

 

 探している女がこの街に居るのは、比較的確かな情報なのだが。

 だからといって、街の中に潜んでいる一人の人間を見つけ出すのは簡単なことではない。

 

 しかし水商売をしてた女は、どこに行こうと結局水商売に身を染めることが多いのも確か。

 

 なのでこの島で一番大きい繁華街に目を付けたまではよかったのだが。

 やはりそう簡単なわけもなく、なんの手がかりもないまま時間と金ばかりが消えていった。

 

 ならば、もっと片っ端から聞き込みをしまくればいいものなのだが。

 こういった場所では必ず、その手の裏組織が幅を利かせているものだ。

 

 その場合、下手に動くと目をつけられてえらいことになる。

 

「どう動くかはまだ考え中だが、どのみちこれ以上目立つ動きをとるなら、地元の組織に協力はともかく、最低限の挨拶くらいは通しとかないと面倒があるかもしれんからな。その辺の伝手があるならお前から紹介してほしいんだが……」

 

 この辺りで花を売っているであろう鈴谷なら、地元の組織との伝手がある可能性もなくはない。

 

 だが……俺の狙いは別にある。

 

 それは、その手の組織に誰かを紹介するということの意味。

 なにかあったときは、その責任をすべて負う羽目になるということ。

 

 つまり、俺がなにかしでかせば、その落とし前は俺だけではなく、鈴谷にまで及ぶ。

 

 短い時間だが、そのリスクを理解できないほど馬鹿な女ではないのはわかっている。

 さあ渋れ、それでこいつとの関係は終了だ。

 

「……え、そんなのでいいの!? いいよいいよ!! 鈴谷にお任せぇ!!」

 

 だが予想に反して返ってきたのは、何一つ迷いのない快諾だった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

『霧島組 繁華街支部』

 

 そうでかでかと看板が掲げられたビルにの中にある、事務所の一室。

 

 正面に座っているのは、白いスーツを着た大柄の男。

 おまけに一目でこちらの世界の男と分かるほどの迫力。

 

 それを証明するかのように、胸元には霧島組の代紋をかたどった金バッヂが輝いており。

 男がこの地域最大の裏組織である、霧島組の組員だと証明していた。

 

「龍島だ、遠いところからよくおいでなすった。まあ掛けてくれや」

 

「いえ、こちらこそ突然押しかけてしまって……失礼します」

 

 深々と礼をしたあと、高級なソファーに腰を下ろす。

 

 かなり格下の形をとって受け答えをしているのは、俺が組織の看板を背負ってではなく、個人で来ていることもあるが。

 それとは別に、相手が出す空気が明らかに格上なのを感じ取ってのことだ。

 

 龍島と名乗った目の前の男は、おそらく若頭。

 

 艦夢守市の組織は艦娘と呼ばれる女の姿をした化け物がトップを張っているはずなので、おそらく組長ではないはずだが。

 目の前の男は、外の組織なら文句なしにトップを張れるすごみがある。

 

「しかしよかったぜ、あと数日来るのが遅れてたらこっちから会いに行ってたところだ」

 

「何分不慣れな地とはいえ、どちらにお伺いしていいかわからず、不甲斐なく思っています」

 

 座ってすぐに、刺すような言葉が飛んでくる。

 こちらの正体も動向もすでに把握されていたと暗に伝える内容。

 

 俺はそれに対して、自身を恥じる思いを表す言葉を選ぶ。

 

 それを聞いて龍島は、にやりと口をゆがめた。

 不快にもさせず、見下されるわけでもなく、ちょうどいい塩梅の気分にもっていけたらしい。

 

 しかし、事前に鈴谷の忠告が無ければ、完全に虚を突かれていたところだ。

 

 

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『誰かにこの人のこと聞いた? お願い、正直に答えて』

 

『ん、ああ……さっきも言ったように花屋の店員に―――』

 

『そのときに、なにか情報出した? 名前や年齢、出身地とか、名刺とか所属組織とか』

 

『まあ、協力的な店員だったからな、聞かれて問題ないことは答えたが……』

 

『そうなんだ……直系店のボーイに聞いちゃったのかな……』

 

『なんのことだ?』

 

『えっとね、艦夢守市、特にここら繁華街はまるっと金剛連合会、霧島組の縄張りなんだ。ほかの組織もいないことはないんだけど、基本そういったところは全部霧島組の顔色うかがいながらやってるの。

でね、ここからが問題。その昔、外から来た組織が結構派手に街で暴れたことがあって、それ以来金剛連合会って、個人はともかく他所の組織とつながってるっぽい人がくると、まずは親切な振りして情報収集するの。で、それはすぐその手の情報網に伝わっちゃうんだ』

 

『な!? てことはつまり……』

 

『うん、おじさんのこともなんらかの形でもう連絡が入ってると思う……あっ! でも鈴谷を通すからその辺はもう大丈夫だから安心してオッケーだよ!!』

 

 

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 ……まあ、感謝はしている。

 

 が、まさかその辺の小さな組織ならともかく。

 一番上の組織、しかも組長クラスにいきなり会うことになるとは予想できなかった。

 

 普通の会社に例えるなら、駄菓子屋の店員に仕入れ先を紹介してと言ったら、世界最大の菓子メーカーの本社、しかも社長クラスを紹介されたようなものだ。

 

 つまり「加減しろバカ!!」という気分である。

 

「くくく、まあ……こっちとしてはあんたをどうこうする気はないから安心してくれ。それに人捜しのことは聞いてる。それに関しては、対価を払ってくれりゃあ、相応の協力もさせてもらうさ」

 

 龍島は「当然、こっちの顔を立ててくれるうちはだが」と、付け加える。

 

「で、どうする?」

 

「あいにくと、ご納得いただけるような持ち合わせがございませんので……」

 

「ま、一人で動いてるってことはそうだろうな。あてができたら言いな、そっちが得意な人手やイイ情報屋紹介してやる」

 

「はい、そのときはよろしくお願いします」

 

 そのあと、多少の情報を交換というか、この辺のルールのようなものについてクギを刺された。

 

 まず霧島組には表と裏の部門があり、龍島は裏の部門に属しているらしい。

 

 簡単に並べると、表の部門では、飲食、宿泊、賭博、貸金、合法売春、不動産などなど多岐にわたるシノギを扱っていて。

 裏の部門は表のシノギを潤滑にすすめるための、自治(みかじめ)、用心棒、交渉代行、仲介、トラブル解決などがあり、それらのアガリも馬鹿にならないらしい。

 

 ただし強請に脅し、詐欺や違法なコピー品なんかはグレーで、組織としては扱ってないし、派手にやって目につけば警察と連携して司法に引き渡す。

 

 銃器なんかの武器や危険物、そしてクスリは明確にNG。

 流通してないわけじゃないが、扱ってるやつがいたら警察を通さず潰すこともある。

 

 つまり国内や島内の法律に明確に抵触する行為は基本的にアウトだ。

 

 そんなのでやっていけるかと思うのだが、どちらかと言えば金剛連合会は自警団的な組織なため、それくらいでないとむしろ問題があるんだとか。

 

 当然清廉潔白なわけでもなく、裏で汚いあれこれのシノギを行うこともあるだろうが。

 少なくとも地元の人間に支持されているのは間違いなさそうだ。

 

「俺もこっち来たときは面食らったけどな。まぁ、それだけ組織の力が裏だけじゃなく、堂々と表にも通用するから成り立つ構造なんだろうさ」

 

「なるほど……」

 

 どうやらこの男も島外の出身らしい。

 元は外の組織に所属していたであろう部分もあって親近感がわく、が。

 

 外様出身というハンデを負ってなお、ここまで出世していることを考えると。

 やはり素質や才能といった部分はもとより、男として一段上のものを持っているのだろう。

 

 俺みたいなパッとしない日陰者からすれば、まぶしい限りである。

 

 そういったことを話しながら、キリがいいところで、どうしても伝えておかなければならないことを切り出す。

 それは……自分が外の組織ではなく『個人』で来ていることにしてほしいということ。

 

 それを聞いて、龍島の顔色が変わった。

 

 当然と言えば当然だ。

 

 つまり俺がなにかやらかしても、それは組織ではなく。

 俺個人がやったことだという形にしてくれと言ってるようなものだからだ。

 

 それが通るなら、俺が鉄砲玉になって誰かをとった場合、組織は知らぬ存ぜぬを通せるということ。

 そんな鎖のついてない危険人物、普通ならプチっとつぶされても文句は言えない。

 

 だが事情が事情なので、これだけはどうしても通しておく必要がある。

 さあ、ここからが勝負どころだ。

 

「……普通なら、ふざけたこと言ってんじゃねえと灰皿で頭一つはカチ割ってるところだが。まあいいだろう。あんたを紹介した相手が相手だからな……ったく、どんな気まぐれなんだか」

 

「は?」

 

 実際、一発か二発は何かしら食らうのを覚悟して身構えていたが。

 龍島は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「どこまで聞いてるかは知らんが……うちの若頭(カシラ)や組長の関係者だ。それ以上は本人に聞け。変なこと言って恨まれるのはごめんなんでな……」

 

「あッ、ハイ」

 

 このクラスの男が面倒を避けたがる相手?

 

 ……鈴谷のことがますますわからなくなってきた。

 が、やはりただの女じゃなかったらしい。

 

 いまさらだが、相当マズイ相手に借りを作ってしまったようだ。

 

艦娘(あっち)の関係者に手間かけさせるのも面倒だ。表向きは同郷のよしみって理由にしといてやる。俺も元はネオ大和町の出身だからな……あんたもだろ?」

 

「ええ、まあ」

 

「だからそっちの組織のことは一応把握してる。個人で動くからって油断して、派手なことはしないようにしろ。なにかやらかしたら、俺が直々にケジメをつけてやる」

 

 ここらが落としどころといった感じで龍島は締めくくる。

 正直かなり譲歩してくれた形、つまりそれだけ鈴谷に借りを作った形になってしまった。

 

「ところであんた、どこの高校に行ってた?」

 

 龍島が唐突に話題を変える。

 いや、同郷つながりだから唐突ではないか。

 

「南高です」

 

「へぇ……だれが頭やってた時代だ?」

 

「頭というわけじゃありませんでしたが、火野と前島ってコンビが幅を利かせてた時期ですね」

 

「なんだ、同世代じゃねえか。俺は北高だったが、あいつらとやりあったこともあるぜ。まあボコボコにされてばっかりだったけどな」

 

 龍島は愉快そうにカカカと笑う。

 俺もつられて笑みを浮かべる。

 

 若さだけが取り柄だった頃、毎日が祭りのようで、勢いと勢いと勢いにあふれていた。

 

「ということは、南高(ウチ)の体育祭のカチコミにも参加されてたんで?」

 

「なつかしいなオイ。それ聞くってことは、あんたも参加したクチか?」

 

「はい、もしかしたらお互いそこで顔を合わせてたかもしれませんね」

 

「ははっ、かもしれねえな」

 

 火野と前島、当時は南高のデストロイヤーとアイアンマンって呼ばれてた。

 物騒なあだ名だが、実際まわりからは相当ビビられてたな。

 

 とは言っても、直接かかわりがあったわけじゃない。

 

 そりゃすれ違ったことくらいはあったかもしれないが、正直赤の他人。

 こっちからすりゃ、あいつらが派手に暴れるせいで、北高に絡まれて迷惑してたくらいだ。

 

 俺でもそう思ってたんだから、学校のほとんどの奴らもそう思ってただろう。

 

 だが、百人近い北高の奴らが体育祭の最中にカチこんできたあの日。

 たった二人だってのに1ミリも臆さず、グランドのど真ん中で北高の軍団を迎え撃ったあいつらを見て、俺の中に熱いものが込みあげてきた。

 

 俺だけじゃない、不良もガリ勉もパンピーも。

 気が付けば二人を助けるために拳一つで乱闘に参加したあの日のことは、いまでも夢に見る。

 

 思えば渡世の泥に染まり、汚いことも平気でやれるようになった現在と違い。

 あの頃が人生で最もまっすぐに輝いていた時期だったかもしれないな。

 

「……ありゃ楽しかった、いや、あの頃は何もかもが―――」

 

「ええ、最高でしたね」

 

 噛みしめるようにつぶやく龍島。

 もしかしたら俺と同じ思いなのかもしれない。

 

 そのあとも色々あったが、確か北高の頭の妹だったかが火野に助けられたとかもあって、北高と南高の間で同盟というか、お互い手を出さないみたいな暗黙の協定が結ばれたんだったか。

 

 ほっとした反面、当時は火が消えたみたいで寂しく思ったりもしたな。

 

「しょうがねえ、南高の兄弟ってことなら、ちっとは手を貸さねえわけにはいかねえか……持ってきな。そいつを出せば、この辺の店なら聞き込みくらいはタダで協力してくれるだろ」

 

「ありがとうございます、頂戴いたします」

 

 手渡された男の名刺を見て驚く。

 

 なぜなら金縁で大きく『霧島組』と書かれている文字の横にある男の名前。

 その上には『若頭補佐』の肩書き。

 

 そういえば、若頭と組長の関係者が云々と言っていたな。

 

 つまり最低でも若頭クラスだと思っていたこの男は、いまだ補佐だということ。

 

 それらは裏組織の中では低くはないがそこまで高くなく。

 むしろ男の格からすれば低いと言わざるをえない地位だ。

 

 当然、霧島組の組員である時点で相当なものなのだろう。

 

 だがその一方で、このクラスの男で若頭補佐程度なのかと驚く。

 

 一体上にはどんな化け物がいるのやら。

 そう考えると、背筋にうすら寒いものが走った。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「ねえねえ、どうだった!?」

 

 ビルを出てすぐ、入口あたりで待っていた鈴谷が話しかけてきた。

 俺はそれを無視して鈴谷の手を握り、近くの喫茶店に向かって歩き出す。

 

 傍から見れば、通報されそうな気もするが、そうなったらそうなっただ。

 

 もっとも鈴谷は嫌がるでもなく。

 むしろ嬉しそうに俺の手を握りながら、器用に空いてる方の腕を絡めてきた。

 

「わっ、わっ。鈴谷どこに連れてかれちゃうんだろ? もちろんどこまででも行っちゃうよ♪」

 

「別にどこでもいいが、どこか静かに話ができるところだ……よく考えたらここらに詳しくない。……この辺でその手の店はないか?」

 

「あっ、それならいいところ知ってる!」

 

 女の手を握っといて、リードの一つもできないとは情けない話だが。

 それを聞いて鈴谷はうれしそうに声を上げる。

 

 

 そうして鈴谷に腕を引かれてやってきたのは、繁華街の一角。

 派手なネオンのともった通りではなく、怪しい輝きを放つ建物が立ち並ぶ場所。

 

 身もふたもない言い方をすれば、まあ、ラブホテルが立ち並ぶ場所だ。

 

 場所柄的に、連れ込み宿として使われることが主になるのだろう。

 島外の繁華街にも必ずこの手の一角があるが、街の構造というのはどこも変わらないな。

 

「って、まてまて、どこに連れていくつもりだ?」

 

「飲み食いできてカラオケもできるうえ、お風呂もベッドもある多分静かで休まる素敵な場所♪」

 

 この女……俺をホテルに連れ込む気か!?

 

 どうする、逃げるか?

 

 いやダメだ、もし逃げたら鈴谷は霧島組経由で俺を探すだろう。

 そうなれば、あの龍島の顔をつぶすことになる。

 

 クソ、やらかした。

 

 

 もはや打つ手なしという状況。

 俺は鈴谷に引っ張られるがまま、ひときわ大きなホテルに連れ込まれる。

 

 しかたない、毒を食らわば皿までだ。

 こうなったらとことんこの女、鈴谷を利用してやる。

 

 結果なすがままホテルの部屋に連れ込まれたわけだが。

 

 なんというか、入るときに裏口からだったり。

 そのとき鈴谷が「一番いい部屋お願い♪」と従業員に指示してたりで。

 

 どうにもいちいち虚を突かれるというか、気がそがれてしまう。

 つまり単純に気が乗らないのだ。

 

 情けない話、相手の得体がしれなさすぎて気がしぼんでしまう。

 

 

「ねえねえ、おじさんも一緒にシャワー浴びる?」

 

「……その前にいいか」

 

 ブレザーにカーディガン、さらにスカートを脱ぎ捨て、ワイシャツ一枚になった鈴谷が首をかしげる。

 どう考えても見た目通りの女じゃないと分かっているが、動作が幼いというか、若い。

 

 反面、欲情を誘うような紫色の下着が透けて見えるせいか、そのギャップもあって、いちいち煽情的だ。

 

「ん、なになに? すぐにナニする?」

 

「違う、最初に話があるといっただろ」

 

 鈴谷はトコトコとこちらに寄ってきて、俺が立ってる横のベッドに腰掛ける。

 俺は少し離れたソファーに腰掛け、なるべく鈴谷を見ないように話し始めた。

 

「まず紹介してくれた、霧島組の組員との話し合いはうまくいったよ。正直助かった」

 

「ああ、いいっていいって。龍島ちゃんが対応してくれたんでしょ? ごめんね、ほんとは陽炎……えーっと、本部長とか若頭っていうんだっけ。もっと上の人紹介してあげたかったんだけど、ちょっち忙しかったみたいでさ」

 

 勘弁してくれ。

 

 龍島が相手でも寿命が縮む思いをしたというのに。

 あれ以上のが出てきてたら、そのままぽっくりいってしまいかねない。

 

 ともかくだ、それとは別に、いい加減はっきりと聞いておかなければならないことがある。

 それは絶対に普通じゃない目の前の女、鈴谷の正体だ。

 

「……なんでお前が、あんな奴らと伝手があるのか聞いてもいいか?」

 

「え、マジで聞きたいの? 聞いてもいいことないよ?」

 

「……聞いても問題ない範囲で頼む」

 

 鈴谷は少し悩んだ後、ごろりとベットに寝転ぶ。

 そして足をパタパタさせながら、選ぶように言葉を絞り出した。

 

「立ちんぼって呼ばれる子たちがいるじゃん?」

 

「路上の花売りだな。というかお前もだろが」

 

「ははは、でもやっぱフリーでやるのってトラブルとか多いんだ。だからみんなケツモチ(ボディーガードみたいなもの)が欲しいわけ。そりゃまあ、お店に所属するのが一番いいんだけど、訳アリの子たちもいるからさ。じゃあどうするかって話なんだけど、霧島組の息がかかってる特定のホテルを使うの。そういうとこには組員がいて、何かトラブルがあればその場で仲介してくれるわけ。買う側も売る側も下手なことできないから、その手のホテル使えば安心も買えてwin-winって仕組み」

 

「このホテルもそうなのか?」

 

「うんそう、その関係のここらで一番大きいホテルだよ。すごいっしょ」

 

 見えてきた、つまり鈴谷は霧島組にとって金づるといえるわけか。

 いや、だったとしても霧島組の規模からすればたかが知れてるだろ。

 

 どんな経緯で若頭や組長クラスと伝手ができたんだ?

 

「それでえっとね、引かないでほしいんだけどさ……このホテル、鈴谷の持ち物っていうか、鈴谷がオーナーなの……」

 

「は?」

 

 キャバクラでマンション買ってくれとおねだりする嬢はボチボチ見たことあるが。

 まさかホテル丸ごと買ってくれとおねだりでもしたのか、この女は。

 

 いや、そういえば裏口から入ったり、従業員を顎で使ってたな。

 

「嘘は言ってないよな……」

 

「……うん、マジのマジ」

 

 もしかして金持ち相手に賭け事でもしたのだろうか。

 

 麻雀とかカードとか普通のギャンブル的のじゃなくて。

 なんというか肉体と肉体の勝負というか、先にイったら負けとか、その手の勝負。

 

 いや、ホテルを賭けてとか、相手誰だよ。

 垂金権造(宝石商)とか、豚尻孕蔵議員(49)とか鷲巣巌(アカギ)とかか?

 

 おいおい、とんでもないな鈴谷。

 

 どんな手段で手に入れたにしろ、絶対まともな経緯じゃないだろ。

 

「そうですか……」

 

「あ、あ、あ、ちょっと引いたでしょ!?」

 

「……引いてない、です」

 

 嘘、引いた。

 めっちゃ引いた。

 

「というか、それなら幾らでも金持ってるだろ……なんで売りなんかしてるんだよ……」

 

「そりゃまあ……色々。どっちかっていうと、なにも知らずに売ってる子たちを、このホテルに勧誘するのが本業というか、まあ、うん」

 

「で、たまに目についた男を味見する感じか」

 

「いやいやいや!? そんなのしないって!?」

 

「なに言ってんだ、その身ひとつでホテルを手に入れたミラクルビッチ鈴谷さんともあろう人が」(混じりっけ無しの敬意)

 

「鈴谷ビッチじゃないし!? そもそもしたことな……つか!! はじめて名前呼んでくれたのに最悪なのついてたんですけど!?」

 

 いや、さすがにそれを否定するのは無理があるだろ。

 というかあれ、名前呼んだのははじめてだったか?

 

「じゃあなんで俺に声かけた、ヤるのが目的じゃなかったのか?」

 

「そりゃまあそうなんだけど……それはその、運命的なモノというか……行くっきゃない感じだったというか……ああでもしないと、鈴谷に興味持ってくれないと思ったから無理したというか……」

 

 要領を得ない感じの内容、おまけに最後の方はゴニョゴニョと小声でほとんど聞き取れない。

 

 というか、キングオブザビッチみたいなムーブしといて、なにをいまさら純情気取ってるんだコイツは。スーパービッチ純情派とでも言いたいのか、アホなのか?

 

「う~~~~!! というかおじさんはさ!! 鈴谷とするの……嫌?」

 

 ワイシャツ一枚の姿で、いじらしそうに手を組み、恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見る鈴谷。

 人並み以上に女の経験はあるが、ここまでそそられる仕草は中々お目にかかったことがない。

 

 だが嫌だ。

 

 というか無理だ。

 手を出したら最後、なにもかも吸い尽くされる未来しか見えん。

 

「正直言えば、かなり気が乗らん」

 

「えっ、なんで!?」

 

「手を出したら残りの人生全部持って行かれそうだからだ」

 

 しまった、つい本音が。

 

「ひど!? そんなことない……かな?」

 

 なんで首をかしげる。

 マジか、マジで俺を丸ごと食う気なのか?

 

「でもまあ……鈴谷としても、おじさんの気分が乗らないなら、それはそれでいいかな」

 

「……いいのか?」

 

「うん。別に絶対したいって訳じゃないし。おじさんがしたいならバッチこいだけど」

 

「だが、それじゃお前に得がないだろ。正直借りを作ったままってのも怖い、代わりになにかあるか?」

 

「別に気にしなくていいのに。うーん……じゃあさ、鈴谷のお願い聞いてくれる?」 

 

「お願いか……」

 

 正直内容次第だが。

 腕一本とか、内臓のどっかとか要求されなきゃいいが。

 

「うん、三つでいいよ♪」

 

「三つ!? 一つじゃなくて三つか!? このいやしんぼめ……まあいい、言うだけ言ってみろ」

 

「えへへ~。まずね、この島にいる間はここに泊まって。もちろんタダだよ♪」

 

「……いや、どう考えてもお前が損するだけに聞こえるが?」

 

「いいのいいの。ただし鈴谷もここに泊まるから♪」

 

「……まあ、いいだろう」

 

 正直なところ、かなり助かる提案だ。

 

 金が無いわけじゃないが無駄金を使える状況じゃないのも確か。

 部屋を借りようにも、この街では市籍がないとまともに部屋は借りられない。

 

 そうなれば、宿をとり続けなければいけないのだが。

 当然そのぶん金がどんどん減っていく。

 

 ただ毎晩鈴谷に狙われるリスク……と呼べるかわからないものはあるが。

 

「やった! じゃあ二つ目。明日からその女の人捜すのに、鈴谷もついてくね」

 

「は?」

 

「まずここらで聞き込みとかするんでしょ? なら鈴谷連れてけばフリーパスだよ!」

 

「いや、紹介してくれた霧島組の名刺が……」

 

「いちいち名刺出して聞くの? それに霧島組の名刺出したからって、みんながみんな協力してくれるわけじゃないよ? フリーの子たちなんかはお金にならないこととか結構シビアだし。その点、鈴谷ならここらの顔でホテルの割引券とか持ってるの知ってるし、みんな喜んで協力してくれると思わない?」

 

「それはそうだが……まあいいだろう。ただし邪魔したりしたら置いていくからな」

 

「やりい!! うんうん、絶対邪魔にならないようにするから♪」

 

 なにが嬉しいのか、寝転びながら両手でピースサインをつくってアピールしてくる鈴谷。

 まあ、実際女に話を聞くなら、女を連れていた方が聞きやすいのも確かだ。

 

「それで、後一個はなんだ?」

 

「最後はね、えーっと、おじさんのこと、その、あの……て…と…って呼びたいというか」

 

「なんだ?」

 

「て、て、ていと……うーーー/// やっぱ恥ずかしいし///」

 

 いや、そんな格好で男誘っといて、いまさらなにを恥ずかしがることがあるんだ。

 

「いいから、言ってみろ」

 

「うーーー……じゃあ、おじさんのこと、ぱ、パパって呼んでもいい?」

 

「…………」

 

「うわっ!? すっごい嫌そうな顔!?」

 

 嫌だ、嫌だが。

 マンションやホテル買ってくれと言われるよりは、はるかにマシか。

 

「いや、いい。好きにしろ」

 

「え、いいの? アザーッス!!」

 

 しかしよりによって『パパ』とはな。

 

 まあ、下手な呼び方をされるよりはいい。

 買われた女と買った男の組み合わせなら、ここらじゃ珍しくもないだろう。

 

「もういいな……じゃあ俺はもう寝る。今日はいろいろあって疲れた……」

 

 俺はひとつしかないベッドに寝転ぶ鈴谷を余所に、座っていたソファーに横たわる。

 鈴谷はいそいそとベッドの掛け布団をはいで俺に被せた。

 

「ふふ、お休みパパ♪」

 

「……ったく、散々な一日だったよ」

 

「そう? 鈴谷は最高の日だったけどね♪」

 

「おい、狭い」

 

「いいじゃんいいじゃん♪」

 

 そう言って布団の中に潜り込んでくる鈴谷。

 まあ、どうせ寝苦しくなってすぐベッドに戻るだろう。

 

「ほんとに疲れてるからな、死ぬほど疲れてるから、頼むから変なことして起こすなよ?」

 

「オッケーオッケー♪」

 

 疲れ果ててさっさと寝たいので、もう引きはがす気も起きない。

 そうして俺は、肌寒い季節にちょうどいい女のぬくもりを感じながら意識を手放した。

 

 

 

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『これで童貞卒業だね、おめでと♪』

 

 

 

 

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 ……なつかしい夢を見た。

 

 もう思い出すのも難しいほど、昔のこと。

 いや、普通の男にとっては忘れられないであろう記憶。

 

 妙に生々しい夢だったが……コレが原因か。

 

 狭いソファーから落ちないように、ガッツリと絡みついて眠っている鈴谷を引きはがす。

 

「ぎゃふん!」

 

 変な声を上げて床にころがり落ちる鈴谷。

 もしかして一晩中こうしてへばりついてたのか、この女は。 

 

「やだ……痛いしぃ……!」

 

 尻をさすりながら、ジトーっとした目で見てくる鈴谷。

 それを放置して洗面所に向かう。

 

 簡単に身だしなみを整えて、コートを羽織る。

 

 置いていこうと思ったが、鈴谷は俺よりも早く準備を終えていた。

 女の支度には時間がかかるはずだが、鈴谷はそうでもないらしい。

 

「攻撃襲撃追撃に対応出来るように、鈴谷たちはいつでも臨戦態勢だから!!」

 

「そうか」

 

 顔に出てたらしい。

 まあ、いいか。

 

 時間は昼前。

 

 ホテルを出て、既に開いていた付近の書店に入って地図とペンを買う。

 

 今日から本格的に街で聞き込みをするわけだが、なるべく効率的にやりたい。

 間違っても道に迷って、同じところをグルグル回るようなことはゴメンだ。

 

 朝飯をのんびり食ってる余裕はないので、そこらでパンを買い、歩きながら食べることにする。

 

 意外なことに鈴谷は昨日約束したように、俺の行動に文句も言わず、決して邪魔もしない。

 かといってなにもしないわけでもなく、迷いそうになったときにはフォローを入れてくれる。

 

 また言っていたように、路上の花売りが相手のときは、男女問わず鈴谷に協力的じゃないやつはいなかった。

 いまさらだが、ほんとにこの辺の顔だったらしい。

 

 そして昨日までと違い、店への聞き込みもスムーズに進む。

 

 協力的じゃない店も当然あったが、龍島の名刺を出して説明すれば、コロッと態度を変えて、店長クラスの人間が対応してくれた。

 

 だが協力的とはいっても、やはり一店一店回るのは時間がかかる。

 

 それに相手の事を考えるなら、この手の店は夜が稼ぎ時なので、夜の聞き込みはさけたい。

 なので、日が沈むまでになるべく多くの店を回る必要がある。

 

 そういった理由から昼飯も食わず、さんざん歩き回っているというのに。

 鈴谷は疲れたの一言もこぼさない。

 

 ただただ楽しそうに後ろからついてくるのだ。

 なにがそんなに楽しいのやら。 

 

 

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「普通のラーメン、特にこだわりないから基本で適当に作ってくれ」

 

「あっ、鈴谷も同じのでよろしく♪」

 

 とまぁ、一週間くらいしらみつぶしに当たってみたわけだが。

 

 やはりというか、予想通りというか。

 女の手がかりはなに一つ得られなかった。

 

「なかなか見つからないね~」

 

「そうだな」

 

 さすがにこの一週間、昼飯もゆっくりとらなかったため。

 今日くらいはと、目についたラーメン店に入って、少し遅めの昼食をとることにした。

 

 別に鈴谷のことを思ってとかではなく、煮詰まったときはこうして腰を据えて周りを見渡すことも必要だからだ。

 事実花屋やキャバクラばかりを回っていたが、よく考えれば、こういった普通の飲食店で働いている可能性もあると気がつく。

 

 島の外だとよそ者を嫌う土地が多いことなどもあって、普通の働き口なんかは紹介がないと採用すらしてもらえないことが多い。

 おまけに採用されても従業員を人と思わない扱いをする経営者が多いので、特に女の場合は、逆に夜の水商売の方が稼げるし、経歴不問が多いため、いろいろとやりやすいのだ。

 

 だがこの街は独自の法律や、警察と裏社会の力のバランスがとれていることもあってか、そこらの飲食店や働き口でも普通に採用される可能性があるし、安全に働けそうだ。

 

 ……これは一度方針を見直すべきだろうか?

 

「ほんとにここ(艦夢守市)にいるの?」

 

「ああ、それは間違いない……はずだ」

 

「どうしてわかるの?」

 

「この女を捜して……もう二年になる」

 

「え、二年も探してるの!?」

 

「ああ、女がここにくるまえ、最後に寄った街で得た情報だと、この街にいくとこぼしてたみたいでな。実際色々と情報集めたり準備をしてた証拠もあった」

 

「なるほどね~。でもさ、そりゃ車で五時間も走れば一周出来るくらいだから、そこまで広いわけでもないけど……人一人捜すなら狭くもないよこの島? 他に繁華街がある地域もあるわけだし」

 

「……探すさ、何年かかってもな」

 

「ふーん……ねえパパ、ほんとにその女の人、誰かに探してって頼まれただけ?」

 

「そうだ」

 

「それにしちゃ必死すぎない? 何年もかかって探すとかさ、普通やんないっしょ? あー、でもあれか……もしかしてパパがいる組の関係?」

 

「さあな、推測するのは自由だが、言う気はない」

 

「……ねえパパ」

 

「なんだ」

 

 先ほどまでと違い、少し真剣な顔になる鈴谷。

 短い付き合いだが、あまりこういう顔を見たことはない。

 

「霧島組にさ、ある程度お金払えば、探すの手伝ってくれると思うよ?」

 

「ああ、向こうさんにも言われたよ。けどそんな金は―――」

 

「鈴谷が出したげよっか?」

 

 ……危険な表情だ。

 

 こういう顔をした女を、山ほど見てきた。

 相手に尽くしたい、必要とされたい、愛されたい。

 

 そのためなら、自分が持ってるもの全てでも差し出せる。

 山ほど男を手玉にとってきたであろう鈴谷でも、こういう顔をするらしい。

 

 まあ演技の可能性も当然あるが……。

 

「結構だ」

 

「えー、なんでなんで、絶対その方が確実だよ?」

 

「もし女が既に島の外に行ってたら、金借りたままだと追えないだろ」

 

「べつにいいよ、ついてくから」

 

「はぁ? ……あのなぁ、別に自分の金をどう使おうが勝手だが、男に貢ぐなんて最悪の使い方だ。お前だって見たこと無いわけじゃないだろ、男に入れ込んだ女の末路」

 

 というか、路上の花売りの何人かに一人はその類いだろうに。

 

「そお? 好きな人に戦果(アガリ)を捧げるのって、めちゃくちゃ気持ちいいんだよ?」

 

「……救えんな、女ってのは。アホの極みだ」

 

「なにそれひどーい!」

 

 頬を膨らませる鈴谷を無視して水を飲んでいたら、ラーメンがやって来た。

 ここのところ朝にパンを食ったら昼は抜いて、夜は帰りに買った冷めた弁当をホテルで食うサイクルだった。

 

 見かねた鈴谷がホテルのサービスを使ってくれと言ってきたが。

 この生活がどれだけ続くかわからない以上、へたな贅沢に慣れると後がつらい。

 

 当然何年かかっても見つけるつもりではあるのだが。

 その為に手持ちの金は、なるべく温存しないといけないからな。

 

 とはいっても、やはりどこかで英気は補充しないといけない。

 むしろ本当にたまにであれば、多少の贅沢はした方が効率が上がる。

 

 なので温かい食事は久しぶりだ。

 

「あ、そうだパパ、あのね───」

 

「後にしてくれるか。久しぶりに座って食う温かい飯なんだ、ゆっくり食わせてくれ」

 

「あ、ごめんごめん。じゃあ待ってるね」

 

 そう言って鈴谷も一緒に来た同じラーメンをすする。

 

 遊び慣れた軽い見た目とは裏腹に、物を食うその動作はやけに上品だ。

 いまだによくわからないが、もしかしたら元々はどこかのお嬢様だったのかもしれん。

 

 家が没落したが、その身ひとつで這い上がってホテルのオーナーになったって経緯があったとしても、いまなら驚かないだろう。

 

「で……なにを言いかけてた」

 

 食べ終えて一服しようとしたが、店内禁煙の張り紙を見て気がそがれる。

 いい街なんだが、繁華街まわりの飲食店ですら禁煙になってる場所が多いのは、未だになれない。

 

「えっとね、さっきパパがトイレ行ってるときに、霧島組の使いの人が来て伝言もらったの。龍島ちゃんが話があるから事務所来てほしいんだって」

 

「そういう大事なことは早く言え……」

 

「パパのお願いと、パパとゆっくりご飯食べる方が大事じゃない?」

 

「大事じゃないだろ……」

 

 しかしなんの用事だ、なにか手がかりがあったのか?

 と、良い内容の可能性を思い浮かべてみる、が。

 

 あいにくと俺の勘は、嫌な予感を告げていた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 霧島組の繁華街支部についてすぐ、前と同じ場所に通される。

 だが、前回と違い空気はかなり重い。

 

 なぜかついてきた鈴谷と一緒なため、幾分中和されてはいるが、それでもだ。

 

 空気が重い理由のひとつは、前と同じ場所に座る白スーツの男。

 その後ろに、前と違い何人かの舎弟らしき男たちが立ってこちらを睨んでいるからだ。

 

 おまけに部屋の奥の方では、ゆらゆらと動く日本刀が見えた。

 

 馬鹿でかい椅子に座って後ろを向いているため、背もたれに身体が隠れているが。

 アレはおそらく若頭クラスの人間が、日本刀の手入れをしているのだろう。

 

 つまりあそこに座っているのは、正真正銘、霧島組の幹部。

 

 薄ら寒いモノが背中に走るが、まずは目の前の男、龍島に挨拶だ。

 

「遅くなりまして、それでご用とは───」

 

「昨日あんたの組のヤツが事務所に来た。……いや、かつてあんたが“いた組”といったほうがいいか」

 

 硬く低い声で、龍島が俺の言葉を遮るように口を開く。

 そして内容は短く、簡潔で、最悪のものだった。

 

 悪い予感が当った、しかも二重の意味で。

 

「まあ座れ」

 

 促されたため、軽く頭を下げてソファーに座る。

 

 気を遣われたわけではなく、ゆっくり話をするためでもなく。

 逃走防止のために座らされた。

 

 さすがにそれに気がつかないほど馬鹿じゃない。

 

 龍島はちらりと、俺の背後に立つ鈴谷を見た。

 つられるように俺もそちらに目をやる。

 

 驚くことに鈴谷は、最初に会ったときに見た、あの目をしていた。

 それは歳不相応の、冷酷にこちらを品定めするような据わった目つき。

 

 だがそれはいま、俺ではなく龍島に向けられている。

 

 龍島は鈴谷を座らせるかどうかを考えているのだろうか。

 少し間を置き、やりにくそうに頭を掻いた後、口を開いた。

 

「まあ俺の腹ん中はともかく、あんたは個人で来てることにしてくれとキチンと言ってくれてた。だから別にそのことであんたを責めたりはしねえさ。俺が勝手に深読みして、あんたに肩入れしただけたからな……」

 

 龍島の感情としては善意を利用されたことの怒りが半分。

 単純にしてやられたことの悔しさや憤りが半分といったところか。

 

「何度も言うが、そっちは呑み込んでやる。だけどな、そうなるとお前が元いた組相手に、こっちがどういう話をしたか、いちいち言ってやる義理もなくなるわけだが……」

 

 まずい、想像はつくが、その情報は今の状況で喉から手が出るくらい欲しいものだ。

 この状況をどう切り抜けるかも当然あるが、この後どう動くかはそれ次第になってくる。

 

「……だけどまあ、あんたの後ろに立ってるそちらの人と、地元の兄弟ってところに免じて最低限のことは教えといてやる」

 

 そちらの人、それが鈴谷を指していると気付くのに少し時間がかかった。

 振り返ると鈴谷は少しばつが悪そうに目をそらす。

 

 一瞬ものすごい形相で、龍島をにらみつけていたように見えたが。

 

 気にはなったが、いまは龍島の話が先だ。

 俺は深々とその場で頭を下げて、感謝を示す。

 

「俺も甘いな、ったく。……まずだ、ここに来たのは、あんたが元いた組の奴らが三人。うち一人は女に刺されて金を持ち逃げされた本人だ。

女に逃げられて、おまけに刺されて金取られるなんざ恥以外のなにもんでもないがな、隠すことなくそこのところもキチンと話して、払うもんも払ってくれたよ。まあそこまで筋通されちゃこっちも応えないわけにもいかねえ」

 

 三人……いや、幹部であればもう何人か連れてきている可能性が高い。

 つまりいざというときに、俺一人で荒事対応するのはほぼ不可能。

 

「だから教えてやったのさ。そいつらが探してる女の状況と居場所をよ」

 

「え?」

 

 どんどん状況が悪くなる情報が積み重なる中。

 それを越える、とびきりに最悪なことを告げられた。

 

「じつはあんたが捜してる女の居場所や状況については、既にある程度手に入ってたのさ」

 

「な!?」

 

「くくく、最初にいっただろ? 払うもん払えばイイ情報屋紹介してやるって。金剛連合会で一番情報に強いのは比叡組でな。ちと手間だが、じつはそっち通せばある程度の情報はすぐ入ってくる」

 

 何で教えてくれなかったんだという怒りが一瞬わき上がった。

 が、先に騙すような真似をした以上、こちらの方が悪い。

 

 俺の驚きと悔しさがにじんだ顔を見て溜飲が下がったのか、龍島は愉快そうに頬をゆがめる。

 

「女の居場所、知りたいか?」

 

「……それをタダで教えてくださいと言えるほど、面の皮厚くはないつもりです」

 

 本音を言えばなにがなんでも知りたい情報だが。

 さすがにそれを要求出来る状況じゃない。

 

 龍島は「結構結構」と愉快そうに呟き、話を続ける。

 

「まあ安心しな、場所がわかってるって言っても、事情があってあちらさんはまだ女に手が出せない状態でな。いまはこの繁華街にあるホテルで、こっちの追加情報を待ってる状態だ。まあ、それを伝えた後にどうなるかは、あちらさん次第だが」

 

 首の皮一枚、繋がった。

 だが、悠長にしていられる状況でもない。

 

「それでちょいとまけてやるのを条件に、相手さんにあんたのことを聞いたのさ。そしたら驚いたぜ、知っちゃいるが二年以上前にとっくに組を抜けたって言うじゃねえか。しかも金がないからって、代わりに指を詰めてな。

まんまと騙されたぜ、なんせあんたの指は全部きちんとついてるんだからよ。つまりその小指……義指かい?」

 

「ええ、そうです」

 

 左の小指を掴み、強く引く。

 すぽんとキャップのように被っていた小指の義指がとれる。

 

 コイツを落としたときは涙が出るほど痛かったが。

 それでも、やるしかなかった。

 

「そうかい……。まあ、教えてやれるのはここまでだ。そもそも、あんたいまは堅気かも怪しい風来坊みたいなもんだろ。そっちの人がいなかったら、とっくに事務所から叩き出してる」

 

「……おっしゃるとおりです」

 

 どうやらここまでのようだ。

 ただ状況は確かに悪いが、最悪ではない。

 

 実際に叩き出さないのは、いま、俺が自ら出て行けと暗に示してのこと。

 

 霧島組との関係はここまでだが、五体満足でこの事務所を出られるのは大きい。

 最悪この身体ひとつあれば、勝率は低いが、相手と刺し違えることもできる。

 

 そうと決まれば、早いほうがいい。

 

「龍島さん……短くも数奇な縁ではありましたが、自分のような者によくしていただき、本当にありがとうございました。今世でお返し出来るかはわかりませんが、このご恩は生涯わすれません」

 

「ん、お、おい」

 

 龍島に頭を下げ謝罪する。

 

 実に極道らしいいい男だった、得にもならないのによくしてもらった。

 本心で申訳ないという気持ちがわき上がるが、いまは時間がない。

 

 そして鈴谷の方を向き、頭を下げる。

 

「さんざんお世話になったっていうのに、あなたの顔に泥を塗ってしまい、誠に申し訳ありませんでした。同じく今世で返せるようなものはありはしませんが、このご恩は生涯忘れません」

 

「へ?」

 

 ぽかんとした様子の鈴谷。

 

 なんだかんだでこいつにも世話になった。

 

 変な縁ではあったがここまでだ。

 これ以上俺に関われば、本当に危険なことになる。

 

 一抹の寂しさを覚えるが、やはりいまは時間がない。

 

 この繁華街にあるホテルは少なくはないが、ここ数日である程度把握もしている。

 相手の格を考えたら、ある程度数も限られてくる。

 

 いや、この事務所を張って、出てくる人員の後をつけてもいい。

 

 やりようはある、指の一本や二本ではすまないだろうし、最悪命も取られるかもしれない。

 だが、まだ出来る事はある。

 

 腰に差した匕首の感触を確かめるように、軽く握る。

 

 いよいよ後はなくなってきたが、その分腹も括りやすい。

 

「おいおいおいおい、まだ話は終わってねえぞ!」

 

「はい?」

 

「焦りすぎだ、ったく。いや、もったいぶった言い方した俺のせいか……まあ落ち着け、その上で、こっちにとっても、そっちにとっても悪くない提案があるんだよ」

 

 よほど焦ったのか、龍島は中腰になって引き留める手をこちらに伸ばしていた。

 俺はそれを見て冷静になり、ソファーに座り直す。

 

 龍島は俺が腰を下ろすのを見て、コホンと一つ咳払いをしたあと、遅れて腰を下ろして話を続ける。

 

「あんた、元の組織にいたときは花屋の店長として、中々にいい仕事してたらしいじゃねえか。それだけじゃねえ、女勧誘したり、逃げた女連れ戻したり、色々と手広くうまいことやってたってな。人捜しのノウハウもその辺で身につけたんだろ」

 

「ええまあ。女の扱いについてはそれなりに素質があったみたいでして……」

 

「それだけじゃねえ。悪いがこの一週間のあんたの動きを見張らせてもらってたが、たいしたもんだった。堅実とかストイックって言うのかね、こっちの世界でああいう事が出来るやつは中々いねえもんだ」

 

 おそらく褒めてくれているのだろうが、意図が読めない。

 龍島はいったい、なにが目的なのだろうか?

 

「男を売る商売としては地味かもしれねえが、その一方で、信頼に足る堅実な仕事ができるってのは、言い方はよくねえかもしれねえが……需要がある。

でだ、別の組にいるならちょいと面倒だったんだが。まあ、幸か不幸かあんたいまフリーなわけだろ……それでだ、俺と杯を交わして兄弟分にならねえか?」

 

「…………はい?」

 

「俺みたいな男はどうにも脇があまくなっちまう。その点、あんたみたいなのがいてくれりゃあ心強い。そりゃ探せばその手のやつは幾らでもいるかもしれねえが、こっちの世界の生き方知ってて、同郷出身、おまけに気が合う男ってなるとなかなかな……」

 

 天下の霧島組といえど、最近は人手不足なのだろうか。

 いや、話を聞くにかなりこちらを買っての提案のようだが。

 

 ただ島の外の組織とは、形態やしきたりが違う可能性もある。

 いやいや、外地出身の龍島が、兄弟分になると言う事の意味を間違えるだろうか。

 

 ……本気か?

 

「さすがに五分の杯とはいかねえが。俺の弟分になれば、あんたがいま抱えてる問題も、全部引き受けて面倒見てやれると思うが……どうだ?」

 

 正直、かなり悪くない提案に思える。

 

 なにか裏がある可能性も当然あるが、霧島組の若頭補佐の下につけば、外地の組織相手でも充分相手にできる。

 当然リスクはあるが、本当に女を先に見つけて問題を解決出来るなら安いものだ。

 

 ……しかし、もし万が一にも女が島の外に逃げたら?

 

 そうなったら、鈴谷に金を借りるのとは比べものにならないほど、追うのが難しくなる。

 当然そうなったら龍島もある程度融通を利かせてくれはするだろうが……。

 

「……まあ時間がないとはいえ、多少は考える時間も必要か」

 

 俺が悩んでいるのを見かねたのか、そう龍島が口にする。

 畳みかければ落ちただろうに、甘い……いや、懐の深い男だ。

 

「そうだな、じゃあ待ってる間にでも、あんたの事情を聞かせてくれや。

それ次第じゃ、条件のほう譲歩してやってもいいし。おもしろい話ならもうちっとこっちの情報をやってもいいぜ」

 

 前言撤回。

 

 俺を欲しいと言うのは本音だろうが、どうやら俺の事情に興味があるのも確かである。

 変なところで好奇心が旺盛なのだろうか。

 

 だがまあ、確かにどんな情報屋だろうと、そこのところはわからないか。

 

「わかりました、お話しさせてもらいます」

 

 時間はないが、時間を稼ぐ必要はある。

 馬鹿にされ、嘲られ、呆れられる類いの事情ではあるが、その為なら幾らでも話してやるさ。

 

 

 

「……捜してる女ってのは……俺の娘なんです」

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 かつて、ほとんどの男がそうであるように。

 俺にも女とやりたくてやりたくてしょうがない時期があった。

 

 そして幸か不幸か、煙草や酒を覚えるよりも早く。

 俺はある人のおかげで、女の味を知ることができた。

 

 その人は地元の花屋で働いていて、結構な稼ぎ頭だったらしい。

 

 彼女はある夜、街をさまよい歩いていた俺を見つけて声をかけてきた。

 まあ、その人にしてみれば気まぐれだったのだろう。

 

 あとはまあ、なすがままってやつだ。

 気がついたらドップリさ。

 

 向こうはプロだから、こっちはもう夢中だよ。

 たまに無茶なお願いをされたりしたが、俺が渋ると決まってこう言った。

 

 

『私で童貞捨てたくせに』

 

 

 これを言われると、なにも言えなくなった。

 思えば、どこか鈴谷に似た女だったな。

 

 こっちを手玉にとるのがうまいというか。

 まあ、そういう女だった。

 

 二ヶ月ほどだったかな、その関係が続いたのは。

 

 で、ある日パッタリさ。

 

 店を辞めて余所の地域に移ったのか、足を洗ったのか。

 ガキながら必死に探しはしたけど、見つかるわけもない。

 

 俺はその時知ったよ。

 

 女ってのは自分勝手で、こっちを好き勝手して。

 飽きたらポイって捨てちまうような奴らなんだってな。

 

 いまにして思えば若かった。

 女には女の事情ってのがある、それが理解出来なかったのさ。

 

 そして何年かたって、奇跡的に学校も卒業して。

 まわりのその他大勢の馬鹿同様、俺は地元の組織に入った。

 

 他より経験があったからか、女の扱いがうまくてな。

 気がついたら花屋にまわされて、それからずーっと、女の世話ばっかりだった。

 

 面白いことにまわされたのは、あの女が働いてた店だった。

 

 ともかく、花屋ってのは正直そっちの世界で出世できるような場所じゃない。

 ずーっと、組織の下っ端としてせっせと働いて、女から絞った金を組織に納める毎日さ。

 

 そんな仕事だからか、女房や子供を持とうと思えなくてな。

 気がつけばずっと独り身だ。

 

 そんなある日だよ、近くに新しい飲み屋ができたってんでいってみたのさ。

 

 ビックリしたぜ、俺の童貞食った女が働いてた。

 随分歳いってたけど、間違いなくあの女だったよ。

 

 苦労したのか、シワ隠すために凄い厚い化粧しててな。

 もう四十も過ぎてるだろうに、若い女に交じって頑張ってた。

 

 俺を見て驚いてたけど、まあこっちも客だ。

 他に女を指名するような客も居なかったから、ずっと俺の相手することになってな。

 

 といっても、別になにか恨みがあるわけじゃねえ。

 

 けどなんだ、どうにも気になってしょうがなくてな。

 毎日毎日、仕事終わりに通ったよ。

 

 向こうもちょっとずつ、身の上話をするようになってな。

 

 実は娘がいる。

 親子二人三脚で頑張ってきた。

 

 ただ、娘がこっちの世界で働き出した。

 おまけに変な男と付き合ってる。

 

 そんなことや、これまで色々と苦労した話やらを聞いたよ。

 

 でな、ある日女が血相を変えて俺の店にやってきた。

 

 聞けば、娘が付き合ってた地元の組織の幹部刺して、おまけに金を持ち逃げしたってな。

 男と女だ、なにがどうして、どっちが悪いなんてのは端からはわからん。

 

 ただ問題は刺して、金を持って逃げたってところ。

 

 どっちかだけならまだなんとかなったかもしれない。

 だがその両方だと、向こうにも面子があるから絶対に見つけなきゃならない。

 

 だから血眼になって探してるって話で、見つかったらどうなるやらだ。

 

 で、女に頼まれたわけだよ。

 娘を助けてやってくれってな。

 

 こっちとしてはそんな義理はない。

 おまけに、自分の組織の幹部だ。

 

 むしろ探すのを手伝わされる。

 

 そう言ったんだが、女は聞く耳持たなかった。

 で、こう言ったのさ。

 

 

『私で童貞捨てたくせに』

 

 

 それを聞いた瞬間。

 

 ……なんだかいままでの人生が全部巻き戻った気がしたよ。

 頭にがつんと、でかいもん食らったような衝撃だった。

 

 で、それでも助けないなら本当のことを教えてやる。

 

 あの娘は、あんたの子供だって……な。

 

 それ聞いて、なんていうか、そういう事だったんだって妙に腑に落ちた。

 なら守ってやらないといけないって感じたよ。

 

 それが空っぽだった俺の人生の意味だって。

 年甲斐もなく思ってしまったんだろうな。

 

 気がつけば頭真っ白になって、組を辞めてた。

 

 娘はとっくにどこか別の地域に逃げてる。

 だからこっちも身一つで追いかける必要がある。

 

 いくらかかるかわからないが、組抜けるのに金は使えない。

 

 女も出すといったが、向こうも楽な生活じゃないはずだ。

 そもそも、俺の娘だっていうなら、俺が守ってやらなきゃいけないよな。

 

 だって、それが父親のつとめだろうから。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

「……じゃあなにか? あんた自分の童貞切った相手のために、指詰めて組やめて、何年もその娘を助けるために探し続けてるのか?」

 

「ええまあ、そう言われてしまうと恥ずかしい限りですが……。でもどっちかって言うと娘のため───」

 

「アホか!? おれと同年代なら、どんなに若いときに相手してもらったからって、二十歳超えた娘じゃ数字が合わねえだろ!! あんたそんなこともわからねッ!? ……ッチ、なんでもねえ」

 

 龍島の言う通り、娘が俺の子供である確率は限りなく0だ。

 

 そんなことは俺も、あの女もわかってた。

 でも、それでも、わかってて騙されてやろうと思ったんだ。

 

 あの女にとって、頼れるのが俺しかいなかっただろうから。

 

「まあ、なにひとつ父親らしいことしてやれなかったんで、せめてこれくらいはと思いまして。今風にいえば“パパ活”ってやつですよ」

 

「バカだ、バカだよあんた……いまさら綺麗な生き方ができるとでもおもってんのか? さんざん女を苦界に沈めて飯くってきたくせに、いまさら女一人ために身体張るってどんな了見だよ……まるで損得があわんだろうが……ったく」

 

「……おっしゃるとおりで。……アホの極みというやつですかね」

 

 鈴谷や男に入れ込む女のことをアホだ馬鹿だと思ってはいたが。

 よく考えたら、俺も人のことは言えんな。

 

 

「全然そんなことない……カッコイイよ」

 

 

 すっと肩に手を乗せられる。

 振り向くと鈴谷が、少し目尻に涙をにじませながら、こちらを見ていた。

 

「鈴谷そういうのなんて言うのかよくわかんないけど、凄くカッコイイ……」

 

 いままで一切話に口を出さなかった鈴谷。

 それは自分が口を挟めばややこしくなるからというのを、きちんと理解してのことだ。

 

 ただ、だとしても、それを言いたかった。

 そんな想いが伝わってきた。

 

 

「“任侠”って言うのよ」

 

 

「へ?」

 

「その手の生き様のこと、任侠って言うの。このご時世じゃ絶滅危惧種みたいなもんだけどね」

 

 気がつけばそこに少女はいた。

 

 ただそこに居るだけなのに、異様な存在感。

 

 左右に髪をくくった髪型、ツインテールというやつだろうか。

 黒いスーツに黒いシャツ、ネクタイも黒い。

 

 ただ、左右の髪を束ねるリボンだけが白く、それがよりいっそう違和感を抱かせる。

 

 そしてその後ろには、同じような年ごろの少女がもう一人。

 そこらの中学校で委員長でもしてそうな見た目だが、同じく黒いスーツに黒シャツの姿。

 

 極道の事務所にはひどく不釣り合いな存在。

 

 ただ、先ほどまで座っていた龍島が立ち上がり、少女にたいして直立不動の姿勢をとっていることから。

 相手が霧島組の若頭補佐よりも、格上の存在だと相対的に理解出来た。

 

 

『艦夢守市の組織は艦娘と呼ばれる女の姿をした化け物がトップを張っているはずなので、おそらく組長ではないはずだが』

 

 

 過去の自分の考えが脳裏に蘇る。

 そして目の前の少女、情報が噛み合い一つの答えを出す。

 

 つまり、これが……艦娘。

 

「か、カシラに本部長……」

 

「鈴谷がついにこじらせて、おかしな事でもやり始めたかと思ったけど。自分の提督でもないその男を、あんたが気に入った理由はなんとなくわかったわ。なるほどねぇ……」

 

 もったいぶるような動作で、ゆっくりとこちらに近づいてきた少女。

 咄嗟に立ち上がり、龍島と同じような姿勢をとる。

 

「話は聞かせてもらったわ。個人的にその心意気は買ってあげたいけど、だからって組を抜けた外地出身の風来坊の為に、タダで仲介人やってやるほど、こっちも善人じゃないのよ。霧島組長ならワンチャンあったかもだけどね。つまり結局のところ、力貸して欲しいなら払うもん払ってもらいましょってことよ」

 

 どこか渇いた目で、ドライな言葉を口にする少女。

 いや、先ほどの龍島の呟きを信じるなら、彼女が霧島組の若頭なのだろう。

 そして、その後ろに影のように立っている黒髪の少女が本部長。

 

「龍島」

 

「はっ、はい!」

 

「あんた向こうの組織にいくら積まれたの? あと持ち逃げされた額っていくらくらいよ」

 

「さ、三百です、積まれた分です。持ち逃げは百行かないくらいと聞いてます」

 

「まあそんなもんか。後は治療費と手間賃考えて、二千も積めば手打ちにできるでしょ。

向こうの格的にもうちと揉めてもいいことないだろうし、むしろ渡りに船なんじゃない?

ああ、あと霧島組(うち)の仲介料は千よ。つまり三千出せば、あたし預かりでなんとかしてあげるけど……どうする?」

 

 くるりとこちらに振り向く若頭。

 話が早い、ついて行けない部分もある。

 

 だが相手の話し方は、時間をかけて安いシノギをやるのは割に合わないといった、シビアな感覚をもった極道のテンポだ。

 ここで下手に値引き交渉したり渋るとバッサリといかれる、絶対に引けない。

 

 それに霧島組の若頭が仕切る仲介であれば、格的にも確実に話はつけられる。

 ここだ、のるのはここしかない。

 

「三千、すぐには用意出来ませんが、どんなことをしてでも、必ず耳そろえてお支払いさせていただきます。できなきゃ指三本、キッチリ落としてケジメつけてください」

 

「指もらってもって言いたいところだけど……どんなことをしてでもっていうのは、極道にもどってうちで働く覚悟もあるってこと?」

 

「はい、お役に立てることでしたらなんでも」

 

「そう、確かに覚悟はあるようね……。龍島、あんたこの男欲しかったんでしょ、代わりにあんたが三千出す?」

 

「出します。三千でこの男が手に入るなら安いもんだ」

 

「そう、なら―――」

 

 

「ちょっと待ちなさいよ!!」

 

 

 良い形に話がまとまりそうなところで、突然鈴谷が大声を上げた。

 鈴谷は顔を真っ赤にして目や唇をゆがめ、若頭と龍島たちをにらみつけている。

 

 

 ちょ、おま、ばッ!?

 

 

「さっきからなに勝手に話進めてるの? なんで鈴谷おいて話進めてるの? 指三本? 三千? ふざけないで!! 絶対絶対嫌!! パパは鈴谷のだもん!! 指一本どころか髪の毛一本だって絶対誰にも渡さない!! お金なら必要なだけ鈴谷が出す!! だいたい三千ってなによ、馬鹿にしてんの!? 鈴谷ならその十倍でも百倍でも出すよ!! 陽炎、親潮!! 鈴谷のホテル欲しいって前言ってたよね!? どれでも好きなの好きなだけあげるから鈴谷に払わせて!! だってその人は鈴谷のなんだから!!」

 

 とんでもない勢いでとんでもない内容をまくし立てるように叫ぶ鈴谷。

 やばい、なんども見たことがある、女がテンパッてヒスったときの感じだコレ。

 

 完全に認識を誤っていた。

 鈴谷のやつは、想像する何倍も俺に入れ込んでいたようだ。

 

 というか、いくら関係者らしいからって、霧島組の面子相手にその啖呵はアカン。

 終わった、本気で終わった、え、あ、え、これどうするんだ……?

 

 

「「…………あっ」」

 

「…………あっ」

 

「「「…………あっ」」」

 

 

 頭の中が真っ白になって、思わず念仏を唱えそうになったのだが。

 霧島組の面子、若頭に本部長、そして龍島、まわりの組員までもが間の抜けた声を上げた。

 

 そして各々が手を頭に当てて天を仰いだり、両手で顔を覆ったり、どこか遠くを見たりと。

 まるで現実逃避をするような仕草をした。

 

 

「……いきなり話が簡単になったけど、その倍くらいややこしくなったわね」

 

 

 腕を組んで天を仰ぎながら、若頭がそうこぼす。

 背後の本部長も、あーあ……って様子で、斜め上方向を見ている。

 

 そして両手で顔をおおってなぜかシクシクと泣くような声を出す龍島。

 慰めるように龍島の肩に手を置く組員たち。

 

 最後にとうの鈴谷は真っ赤な顔でうつむいていて、お前、もうお前なんなの。

 

 

「別にホテルとかイイから。鈴谷、あんたが三千出しなさい。いっとくけど3kとかじゃないからね、三千万だから、間違えないようね」

 

「え、あ、うん。それは大丈夫……」

 

 すっと最初に正気に戻ったであろう若頭が、話を進める。

 まって、おいてかないで、どうなってるんですか。

 

「龍島。向こうが二千で渋るなら、うちの千から上乗せしなさい。この件はあんたに任せる、私の名代として、向こうとキッチリ話つけてきなさい。必要なら荒事になってもいいけど、そっちの男には絶対とばっちりがいかないように、いい?」

 

「……はい、承知いたしやした」

 

「はい、じゃあさっさと動く。親からのわび入れってことなら筋も通るでしょ。そもそも、その逃げた女ってのが、艦娘にかくまわれてるというか、陸奥の店で働いてる時点で市籍持ちに手を出す以上にどうしようもない状況になってんだから。向こうも渡りに船だろうし、喜んでのってくるでしょうが」

 

 まるでついて行けない俺を余所に、話がどんどん進む。

 というか、女というか、娘はどうやら艦娘にかくまわれていたらしい。

 

 あれ、それってつまり、俺はなにもしなくてよかったのか?

 

「なに、あたしが仲介に立ち会わないのが不満?」

 

「い、いえそんなことは……」

 

「いいっていいって」

 

 若頭の言葉が呑み込めず、彼女の方を見ていたら、なにか勘違いをされてしまったらしい。

 マズイと思い、すぐに頭を下げる。

 

「立ち会ってもいいんだけど、このナリじゃ無礼られちゃうから。かといって、いちいち外地の人間に艦娘だって説明するのも億劫なのよ。説明の度にわざとチャカで撃たれたり、相手の腕折ったり、なにか壊さなきゃいけない気持ちわかる? そんなことしてたら、まとまるもんもまとまんないわよ……ねえ龍島?」

 

「いえ、その節は綺麗に折っていただいて。かえって頑丈になりました、はい……」

 

 え、龍島さんの腕、折られたの?

 そっか、そうだよね、まあ、そうなるの……か?

 

「ていうか、なんかもうめんどくさいし鈴谷が全部プチッとしてこようか?」

 

「あーやだやだ、堅気の艦娘さんってのは、なんでもすーぐ力で解決しようとする……」

 

「極道さんに言われたくないってのッ!?」

 

「そもそも“めんどくさく”したのはあんたでしょうが……なんで最初に自分の提督だって言わなかったのよ……」

 

「シー! そのことはまだ黙っててよ……だってその、恥ずかしいじゃん……もう、わかんないかなぁこの気持ち」(クネクネ)

 

「はぁ? なに純情気取ってんのよ、ビッチのくせに」

 

「鈴谷ビッチじゃねえし!?」

 

 鈴谷と若頭がなにか話している気もしたが。

 既に情報過多となって、オーバーヒートしていた俺の頭にはなにも入ってこなかった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 交渉、正確にはわび入れがまとまり、車で去って行く元の組織の面々を見送る。

 

 相手側は終始、俺を見て何か言いたそうな顔をしていたが。

 話がややこしくなるのを怖れてか、最後までなにも言ってこなかった。

 

 あと刺された組幹部の男は、最後に見たときよりもかなりげっそりとしていたな。

 交渉がまとまり、ホッとしたように気を緩めた姿は妙に印象的だった。

 

 じっさい向こうも、艦夢守市で下手に動きたくはなかったのだろう。

 だが男を売る商売な以上、女に落とし前つけさせないわけにはいかなかった。

 

 ただ蓋を開けてみれば、あいては艦夢守市の市籍持ちとなっており、下手に手が出せない。

 おまけに、艦娘にかくまわれてると知ったときは、この世の終わりのような表情だったとか。

 

 俺がこの二年、放浪するようにあちこちを巡って色々とあったように。

 あちらはあちらで、色々とあったようだ。

 

 しかし一時は切った張ったや、最悪命賭ける覚悟してたというのに。

 終わってみれば割とあっさりと解決してしまい、肩すかしの気分だ。

 

 まあ、俺らしいっちゃ俺らしいか……。

 

「パパこれからどうするの?」

 

 ずっと後ろに立っていた鈴谷が、俺に声をかけてくる。

 いつのまにか、こいつが常に傍にいることが当たり前になってしまってるな。

 

「当分の間はこの街にいるつもりだ。相手が諦めてない場合もあるし、しばらくは睨み利かせないといかんからな」

 

「ふーん。じゃあ龍島ちゃんとこにお世話になる感じ?」

 

「いや、もう極道はこりごりだ。それに……」

 

「ん?」

 

 振り向くと、鈴谷が不思議そうに首をかしげてこちらを見ていた。

 

 正体不明で謎の女、鈴谷。

 俺はこいつに三千万の借りがある。

 

 安くない、こいつにとってどうだろうと、俺にとっては。

 

「切った張ったの商売じゃ、あの組幹部みたいに、いつブスッと刺されてあの世行きになるかもわからんからな……そうなったら、返すもんも返せん」

 

「はぁ!? そんなの絶対駄目だし!!」

 

「そうだな……だからなにか仕事を紹介してくれないか?」

 

「え、いいの!? じゃあ鈴谷の仕事手伝ってよ!!」

 

「お前の仕事っていうと、ホテルの勧誘とかか? まあそれなら慣れたもんだとは思うが……」

 

 あまりいい仕事ではなかったとはいえ、昔の経験が役にたつなら、いまはありがたい。

 なんにせよ恩のある鈴谷の仕事を手伝えるなら、それはそれで丁度よかったか。

 

「じゃあ借りた金はその仕事で返させてもらう。……でもな、それとは別に恩もできたわけだが……取り急ぎ俺が用意出来そうなもので、恩返しになるような、なにか欲しいものあるか?」

 

「うーん、前と同じく別にいいよって感じだけど。じつは鈴谷、いま一つだけ、とーーーーーーっても、欲しいものがあるんだ」

 

「なんだ、三つじゃなくて一つか、今回は慎ましいな……でも俺に用意出来るもんにしてくれよ?」

 

「うん、むしろパパにしか用意出来ないものだよ」

 

「……まあいい、言ってみろ」

 

 俺の返事を聞いて、鈴谷は恥ずかしそうに身体を左右に揺らす。

 つられるように深い翠玉色をした長髪が揺れ、太陽の光を反射して輝いた。

 

 鈴谷はしばらくそうやって身体を揺らしていたが、意を決したように俺を見つめる。

 

 

「えっとね、ていと……コホン。パパの残りの人生、鈴谷に全部チョーダイ♪」

 

 

 そして嘘か本当かわからないような調子で、しれっととんでもない要求をなげてきた。

 おねだりにしては重すぎる、どんな高級な嬢でも、もうちっと加減するぞ。

 

 ……しかしよく考えれば、こいつはなにかしらの手段でホテルを手に入れた女だったな。

 

 そう考えたら、鈴谷にとって俺の残りの人生なんざ安いモノなのだろう。

 それに借りてる額を考えれば、返済にはそれ位かかりそうでもある。

 

 だが、それはそれとしてもだ。

 

 改めて、俺は自分の直感と経験は間違ってなかったと痛感した。

 

 

 

 やはりこの手の女に借りを作ると、馬鹿みたいに高い代償を払う羽目になる。

 

 

 

 

 

『パパ活男』と『重巡:鈴谷』

おわり

 




 
 約一年ぶりの更新ですが、生きてました。
 例のごとく、次がいつかは不明ですが、よかったらまた覗いていってください。


■補足1 登場人物紹介

・パパ活男(堅気)
 童貞切った女のために全てをなげうつ男の中の男。
 借金返すために、鈴谷が普段やってる仕事(ホテルの勧誘とか)を手伝うことになった。
 仕事の合間を見て、娘(血縁不明)が働く様子を見に行ったりして、影から見守っている。
 あとむっちゃんの店に入るときは鈴谷を連れて行くので、マジでパパ活おじさんに見える。
 若い頃はイケイケだったけど、いまじゃタダの強面のおじさん。
 というか、無職男や意識高い男と同年代のはずだが、苦労したせいか老けて見える。
 鈴谷のことは未だにミラクルビッチだと思っているため、手を出していない。

・鈴谷(局所的肉食系女子)
 未だに提督のことを提督と言い出せてない年齢不詳の純情JK。
 でもパパ呼びもそれはそれで結構気に入っている。
 提督以外には凍るような目つきでメンチ切ることが多い。
 娘の母親が艦夢守市に引っ越してくる可能性もあるけど、絶対渡す気はない。
 じつはラブホテル王、持ってるホテルは一つじゃない、三つか、もっとか、このいやしんぼめ。
 仕事の関係で熊野とはあんまり仲がよくない可能性があるが、そうでもない可能性もある。

・龍島(※諸事情で名前変わりました):霧島組 繁華街区画若頭補佐
 名前の割に龍の入れ墨は彫ってない、下の名前はカオル。
 若頭補佐という肩書きだが、霧島組は規模がデカイので余所の組織だと組長レベル。
 目をつけていたパパ活男を鈴谷に掻っ攫われて泣いた。
 一応いまでも兄弟分にしたいとは思ってるけど、鈴谷の目が怖い。
 ネオ大和町の北高出身で、その昔、火野や前島にぶっ飛ばされたこともある。
 過去編現代編とわず、今後も出番は結構ある気がしなくもない。(提督になる予定は現状無い)
 色々と書きたいことが多いけど、主役より情報量が多くなりそうなのでこれくらいにしておく。

・母親(苦労人)
 私で童貞捨てたくせにと言わせる為だけに登場した説がある人。
 若い頃は鈴谷に似てたらしく、売れっ子の花売りだったとか。
 色々あってネオ大和町から姿を消したあと、どうしてたかは不明。
 母娘二人、身を寄せ合って頑張ってきたらしく、仲はよかった。
 ネオ大和町に戻ってきてからは、歳を誤魔化してキャバクラで働いてた。
 なんやかんやあって、多分そのうち娘の居る艦夢守市に引っ越してくる気がする。

・娘(元キャバ嬢)
 なんやかんやすったもんだの末、むっちゃんに拾われた。
 その辺の詳しい経緯は、視点とか文字数の関係で削られたらしい。
 色々あったけど、現在はセレクトショップZUKAで働いている。
 なぉむっちゃん経由で、刺した男の件は母親が頼んだ人が解決してくれたと知らされて泣いた。
 たまに鈴谷を連れてやってくるパパ活男については、金持ちのパパ活おじさんだなという認識。
 頑張って働いて、お母さんを艦夢守市に呼びたいと思っている。

・陽炎(霧島組 繁華街区画若頭)
 怖い人、無職や姉妹の前以外ではこんなもん。
 時期的に無職と出会ってるかは微妙なところ。

・親潮(霧島組 繁華街区画本部長)
 怖い人、無職や姉妹の前以外ではこんなもん。
 時期的に無職と出会ってるかは微妙なところ。

・外地の組織の人たち
 比較的穏便にすんで、じつはホッとしている。
 蒸し返すのは自殺行為なので絶対にしない。
 むしろ早く忘れたいと思ってる。


■補足2 霧島組の組織図(裏)

【挿絵表示】


■補足3 ネオ大和町
とりあえずネオつけとけば、なんか未来感あるだろうというノリでつけられた町名。
戦艦の大和とは多分関係ないはず。
おそらくいまの和歌山県の淡路島寄りにある、海沿いあたりにある地域だけど、地形が変わってるのであてにならない。
無職男や意識高い男の出身地で、艦夢守市に比較的近いため、治安がよくて栄えてる部類の街。
夕立の話の舞台もここで、艦夢守市ほどじゃないが、艦娘もチョイチョイ住んでる気配がする。
あと『運転手』と『駆逐艦:春風』に出てきた人の出身もここだったりと、提督の生産地みたいな感じにもなってる。

 
※本話にお名前のみ登場した『豚尻孕蔵議員(49)』は、犬魚様作『不健全鎮守府』の鈴谷回などに登場される、地元のこと思って活躍されている立派な議員様で、衝動的にお名前をお借りさせていただきました。

犬魚様からは快く使用許可をいただいております。
この場を借りまして、篤く御礼申しあげます。


※追記
別サイトになって恐縮ですが、更新のない間に『無職男と陽炎姉妹の日常』などの新しい話などを書いてまして、下記URL先に掲載しております。
よかったら覗いていってください。

https://genji.fanbox.cc/posts/1236980

 
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