ロリおばあちゃん初春。
前半は少し歴史の解説風味。
「よう帰って来たのぅ悟志、さっそくじゃがわらわは暇を持て余しておるゆえ相手をせよ」
「ただいま帰りました初春様。でも学校の宿題があるのでまたあとでお願いします」
「なっ、なんじゃと!?」
ガーンと書き文字が後ろに浮かんでそうな表情で驚く少女。
そこに初春型駆逐艦の艦娘であり長女でもある『初春』の威厳はあまり感じられなかった。
だが、美しくふんわりとした長い薄紫色の髪を後ろの高い位置でまとめ、古風な眉の形をしているものの、現代でも通じる美しい顔立ちには、柔らかな高貴さが漂っている。
悟志と呼ばれた少年は、そんな様子の初春をスルーして、さっさと自分の部屋に向かう。
「これ、またぬかまたぬか」
その後ろをみやびな動きでついてゆく初春。
そんな二人の身長は同じくらいだが、心なし少年の方が少し高い。
「ふーむ、いつのまにやら、わらわよりも背がたこうなったのぅ」
今年で小学五年生になる悟志は、まだ成長期を迎えていなかったのだが。
すでにその身長は初春よりも高く、将来立派な偉丈夫になることを感じさせた。
悟志は背中を扇子でツンツンしてくる初春を軽くいなしつつ自室に入る。
そうして畳の上に鞄を下ろすと、中からノートと教科書を取り出して丸い机の上に載せた。
「それがわらわより大事な宿題とやらか?」
「別に初春様より大事ではありませんが、歴史の宿題です……
「それ小学生の宿題にするにはむずかしすぎじゃろ……私立というのは怖いのぅ」
「まあ全然資料が無いから推測で書いてもいいんですけど。でも戦後のどさくさで記録が消失したにしても、当時の資料がここまで少ないのはどうしてなんだろ?」
「ああ、それは色々と理由はあるんじゃが、時代が下るにつれ国家が形骸化してゆき、各地にあった鎮守府の軍閥化が進んで、独自に活動しておったのが大きな要因じゃな。いうなれば戦国時代の大名とその領地みたいな感じじゃ。おまけに中には深海棲艦に鎮守府ごと滅ぼされたところもあったゆえ、人類全体としての正確な情報が残っておらぬのじゃ。特に終戦間際はくだんの作戦のため、各地の鎮守府をおとりにして、とんでもない数の深海棲艦をおびき寄せたからのぅ……そういうところの記録などはなーんも残っとらんのじゃ」
「あー……そうだったんだ。というか、初春様やけに詳しいですね?」
「当然じゃ、なにせわらわの青春時代じゃからの。ちなみに
「……え?」
悟志は親から初春が代々音羽家の家の守り神として、家を守ってくれていると聞かされていた。
実際物心ついたときには、母親より初春に世話をしてもらっていた記憶の方が多い。
とうぜん幼少の頃は疑問に思ったこともあった。
が、歳を重ねて常識を身に付けるにつれ、なにか訳ありの艦娘をかくまっているんだろうなと考え、深く聞かないようにしていたのだが。
まさか、本当だったとは。
深海棲艦との戦争は50年近く続いたとされ、終戦からはすでに150年以上。
初春が言っていることが本当なら、少なく見積もっても彼女の年齢は100歳代中ごろ。
ひょっとすれば200歳を超える。
「なんじゃ、信じておらなんだのか? おぬしから数えて五代前の先祖がわらわの提督じゃ。以来わらわは代々この家の跡継ぎを提督とし、音羽家を守り続けておる。ちなみにいまは悟志がわらわの提督じゃぞ? 赤ん坊のころにこっそりおぬしの父親から切り替えたのじゃ」
新情報すぎる。
というか、自分が“提督”だったということが新情報すぎる。
色々と艦娘たちが試行錯誤はしたが、結局提督というのは運命の出会い以外にみつける手段がなかったはずなのだが。
(え、え、え、自分が初春様の運命の相手ということなの?)
「わらわは“建造”でうまれたゆえのぅ。実際悟志が戦後にうまれた艦娘の提督に適合するかはともかく。わらわの提督の血筋ということでそのへんの判定がゆるいのかもしれぬのぅ」
混乱する悟志を見て、なにを考えているのか察した初春が推測を口にする。
そういえば、戦史時代の提督は艦娘と“リンク”というものを結び、運用されていたと聞いたことがある。
つまり“戦史時代の提督の適性”が自分にはあったということかと、悟志は納得した。
「それよりも
「あっ、はい、あります」
「ふむふむ……やはり微妙に地形が変わっておるのぅ。えーっと、ここじゃな、わらわが所属しておったのはここらへん、九州という地域にあった佐世保鎮守府という、
「上堂薗提督……もしかしてそれって、串刺し公提督のことでしょうか?」
「あー、たしか戦後には子孫への配慮で、なんぞけったいな名前がつけられたらしいのぅ。うむ、間違いなくそうじゃ。上堂薗提督はおそらく当時……いや、歴史上だれよりも強かった提督での。佐世保鎮守府にはじめて着任した提督であり、終戦までずっと鎮守府のトップ、そして九州の支配者として君臨しておった益荒男じゃった。とうぜん戦後、艦連の設立にも深くかかわっておる。ほれ、現代でも有名な上堂薗財閥は、上堂薗提督の一族じゃ。
あと
「欧州からきた提督ですか?」
「そうじゃ、躯のようにやせこけた大男でアドミラルジョーやら、ジョー提督とよばれとったの。どうやって上堂薗提督を丸め込んだのかしらぬが、そやつが佐世保におった潜水艦の艦娘をぜーんぶ連れていきおったわ……なんじゃ、ぽかんとしおって?」
「提督の王、キング・ジョー*2……実在したんだ」
おとぎ話で語られる、欧州において提督の祖とされる伝説上の存在。
図書室にあった書物でその物語を読んだことがある悟志は、その実在に驚く。
そしてその存在に会ったことがある初春に羨望の眼差しを向けた。
「そうして目を輝かしておるところを見ると、年相応にかんじるのぅ。まあ存在はしておったのは確かじゃぞ。ただ、したたかな提督ではあったようじゃが、あっちの者らのメンツの関係で、功績が盛られまくっとる感じも否めぬのは頭に入れておくがよい。そういえば……周りに
まず、じつのところ、戦争後期において記録に残っているほど、人類は追い詰められていなかったと、初春は語り始めた。
世界の半分とはいわずとも、とったりとられたりではあったが、人類は生存圏をそれなりに取り戻していたという。
また、大湊鎮守府などは深海棲艦の一部勢力と交易のようなものをしていたといううわさもあって、戦闘は世界中で発生していたが、一種のパワーバランスが保たれていたという。
だがバランスはある日とつぜん崩れる。
はじまりは世界全域において、『赤界粒子』の濃度が徐々に上がりはじめたことからだった。
----------
※『赤界粒子』
深海棲艦が陸海空含め、世界を侵食するために使用した環境を変えてしまう粒子。
この粒子の濃度が一定以上になって汚染された場所は『赤界』と呼ばれ、人などの生物が生存ができないような空間に作り替えられてしまう。
赤界内で生存可能な例外は、深海棲艦と、それに対抗できる艦娘、そしてその加護を受けた提督適性者だけ。(現代の提督適性者でも艦娘に出会ってない場合は影響を免れない)
また、この粒子を散布する自律散布兵器も、戦後しばらく稼働し続けていた。
これら兵器は、戦後に艦連が長い時間をかけて世界中から撤去している。
(※人類の復興が遅れた要因の一つ)
しかもこの兵器は不発弾のように発見されず、いつ再稼働するかわからない状態で地中や海中などに残り続けているものもあり、現代でも度々被害が出ている。
戦後にもこの兵器により、街ひとつが全滅したこともあった。
現代においても『赤界粒子』は薄く大気中を漂っていて(特に高度が高くなるほど濃くなる)、電波や電子機器などに影響を与え続けていている。
----------
「それはもう大問題じゃった。深海棲艦を完全に追い出した地域だけではなく、鎮守府付近ですら赤界粒子の濃度がほんのわずかずつではあったが上がってのぅ。自律散布兵器の範囲は広くても数十キロで、近づけば稼働しておる散布兵器の発見は容易じゃったから、しらみつぶしであちこち探したんじゃが……どれだけ探しても問題の兵器は確認できなんだ」
その後、大本営は深海棲艦がなにかしらの手段、おそらくは『新型の自律散布兵器』を開発したのだと暫定的に結論を出した。
(※大本営:名目上ではあったが当時の鎮守府の統括組織で、本拠は横須賀鎮守府)
が、このままでは世界全域が『赤界』と化し、人類は遠からず全滅する。
先が読める者たちは相当焦ったが、その状況に楽観的に構えているものも多かった。
そうしてなんの手立ても打てないまま年月が過ぎたころ、目に見える変化が起きた。
朝昼問わず、どの場所からも空が薄く“赤色”に見えるようになってきたのだ。
その段階で、ようやく全人類はどれだけ状況が悪化しているのか理解した。
気づけば衛星からの信号は受信できないようになり、等級の低い星はおかしな場所で輝き始め、空を高く飛べば飛行機の中でも人が死ぬ。
つまりは空はすでに『赤界』と化していたのだ。
空と地上の分断。
そして真綿で締め付けられるように『赤界』は範囲を広げ、地上に近づいていた。
突きつけられた本当の絶望を前にして大本営がとった対抗策は、横須賀鎮守府周辺の地域を赤界粒子から守る手段の研究、人類を残すためのシェルターの建築など、基本『守り』の手段。
先延ばしでしかない手段とはいえ、状況的に取れる方法はそれくらいしかない。
その証拠に、世界中にあったいくつかの鎮守府(海外含め)も、多くはその方針をとった。
だが守りの姿勢をとれば、深海棲艦の支配地域は増え、その数も増える。
数が増えれば当然、数的不利が生まれて戦況は悪化する。
そして戦況が悪化すれば、より守りを固めざるを得ない。
最悪の悪循環。
結果として、パワーバランスはもろくも崩れ、戦況は急激に悪化した。
だが……そんな人類の黄昏ともいえる状況で『攻め』を決断した者たちがいた。
それこそが
「いうてわらわは下っ端じゃったからのぅ……どこぞの勢力が参戦して、なにがおこなわれたといった、作戦の全体像はわからぬ。じゃがわらわのおった佐世保鎮守府、上堂薗提督はその作戦に文字通り全てをかけたのじゃ」
上堂薗提督はかねてより計画してた、巨大なメガフロート(移動する人工島)を建造し、そこに自陣の全戦力を集結。
そして佐世保鎮守府を空にして、文字通りまっすぐ深海棲艦最大の
「もう痛快も痛快! 相応の損害も出たのじゃが、まるで溶かすように道中の深海棲艦の拠点を粉砕しながらの進軍じゃ! どんな絶望的な状況や時代でも前を向く者たちがいるとはいうが、上堂薗提督……ありゃ別格じゃった。なにせ誰もが負けを覚悟する戦況だというのに、『我が世の春が来た!』やら『絶好調である!!』などと叫ばれながら、それはもう恋する乙女のごとく楽しそうにしておられてのぅ」
また呉鎮守府ふくめ、作戦に参加したすべての勢力は各方面から様々な手段を用いて、ハワイを目指したという。
「残念ながらわらわは途中で大破し、意識をうしのうてしもうたゆえ、最終決戦の詳細はそこまで知らぬが……結果は知っての通りじゃの。人類……提督とわらわたち艦娘は勝ったのじゃ」
「おおお……」
帰ってきたときとは違い、それはもうキラッキラに目を輝かせて、初春の話を聞く悟志。
彼の頭の中では、壮大な戦史時代ドラマが展開されていた。
「……あれ、でもどうして初春様はいまも生きてるんですか?」
そう、艦娘の寿命はおおよそ80歳程度。
しかし目の前にいる初春が本当にその戦いに参加したというのは計算が合わない。
「ふふふ、それは秘密じゃ……と、言いたいところじゃが、そう大層なものでもない。じつは先ほど言うた通り、途中で手ひどい攻撃をもろうて轟沈寸前までいってのぅ。そのときに“除籍日”を迎える機能が壊れたんじゃ」
除籍日、老いない艦娘がその最後を迎える日。
だが極々まれに、その『機能』が壊れてしまう艦娘もいるという。
有名な存在だと、戦史時代初期に建造されたにもかかわらず、戦後100年以上生きていた『マザー鳳翔』もそうだったという記録が残っている。
もっとも永遠に生き続けるというわけでもなく、終わりが来るというのもまた『マザー鳳翔』が証明したのだが。
「それに気が付いたのは、戦後におぬしのご先祖様である提督を見送って十何年かあとじゃな。艦連やらにばれたら色々面倒じゃから、こうして代々うぬら子孫の世話になっておる」
そう、戦中に建造された艦娘で、最も長命だったとされるマザー鳳翔より長く生きている初春。
戦後のどさくさですでに除籍日を迎えたことにし、戦後生まれの艦娘としての戸籍をとってはいるものの、それもそろそろ怪しまれるレベル。
正直あとどれだけ生きるのかは、本人にも妖精さんにもわかっていない。
あと十年か百年か、もしかしたら千年、下手したら万……。
あと艦連が隠したい歴史とかも結構知っていたりするので、実はばれたら本当にめんどい。
「……音羽家に、初春様にそんな歴史があったなんて知らなかったです」
「ほほほ、そうじゃろそうじゃろ。わかったらもっとわらわを敬うがよいぞ」
「はい! さすがです初春様! おれ、昔のことをもっともっと知りたいです!!」
「よかろう! そうじゃな……末期もそうじゃが、やはり面白いのは戦史時代最初期じゃな。人類反撃の橋頭堡を築いた十人の提督たちがおったらしゅうてのぅ、上堂薗提督もその一人じゃ。
例えばここの大湊には、戦艦の扱いに長けた提督がおっての。金剛型戦艦の姉妹を率いて、佐渡島にあった深海棲艦の拠点を地形ごと粉砕したらしいぞ。ほれ、島の形がわらわの知っておるのと変わっておるわ!
そしてわれらが佐世保には空母の扱いに特化した、スカイキャプテンと呼ばれる提督がおったらしくてのぅ。九州の空は絶対制空確保圏などと呼ばれ、九州周辺を飛ぶ敵の航空機は一機残らず墜とされつくしたらしいのぅ。
あとこの呉には駆逐艦を率いらせたらとんでもない戦果を挙げる提督がおったそうじゃ。なんでも数隻の駆逐艦だけで、100隻近い数のル級(深海棲艦戦艦クラスの名称)を、たった一度の出撃で屠ったらしくてのぅ……同じ駆逐艦からすると信じられぬ戦果じゃ。
それにここの舞鶴には、やたらと硬い重巡艦娘たちを率いる提督がおったらしくてのぅ。記録に残るピーキーな防衛戦には必ず参戦しておる。
だが敵もさることながら、初期には深海棲艦の情報だけでなく、わらわたち艦娘の運用法が確立されてなかったゆえ、それはもう深海棲艦どもをボコボコにしたりされたりで、結局この提督たちも全員―――」
初春が語る歴史を本当に楽しそうに聞く悟志。
だが初春は気が付かない、それを聞く悟志の目が一種のガンギマリの兆候を見せていることに。
(歴史おもしれー!!!!)
この日の会話は、初春にとっては子孫とたわむれる何気ない日常の一コマだったが。
子孫である音羽悟志にとっては、人生を方向付ける日になってしまったのだった。
■□■□■
「憲兵軍幼年学校に行くってどういうことじゃー!」
(※憲兵軍幼年学校:憲兵軍のエリートを育成するための学校、詳しくは『雷巡:北上』と『雷巡:大井』を参照)
「艦連が隠している歴史を知るには、憲兵になるのが手っ取り早いかと思いまして。市販の書籍だけじゃもう我慢できない、知りたい、もっと歴史を知りたい……」
「なにやら目が危ないぞ!? い、いや、歴史ならわらわがいくらでも教えように、憲兵なんぞになって死んだらどうする!!」
「なにも憲兵すべてが戦場に行くわけではありません。監査や会計など戦闘がかかわらない場所はいくらでもあります。というかワンチャン歴史資料関係の部署、むしろそこ狙い」
「欲望に忠実すぎるじゃろ!? よさぬかよさぬか! 万が一海兵隊なんぞに配属されたらどうする!」
「まあまあ、あくまで記念受験ですよ記念受験」
「ぬっ、記念受験じゃと?」
「ええ、なにせ憲兵軍幼年学校は超難関。うちの私立小学校からも毎年受験する学生は多いですが、それでも合格できるのは片手の数に満たないくらいだとか。ですが、困難に挑む経験を積むのは決して無駄にはなりませんので、せっかくですから受験してみようかと」
「いや、だからってもし受かったら……」
「その通りですよ初春様、おっしゃったように受かる確率はもし程度もありません。ですが、だったとしても……過去の歴史を刻んだ提督たちのように、たとえ針に糸を通す戦いだったとしても、逃げずに立ち向かえるような男になりたいんです!」
「ぬぬぬ……」
「俺も音羽家の人間です。初春様の提督として恥じない人間になりたい……どうかお許しいただけないでしょうか?」
「むぅ……子孫の向上心や好奇心を受け入れるのも、先祖たるわらわの役目か……まあよいじゃろ、悔いなきよう全力で取り組むがよい!」
「ははー! ありがとうございます初春様!」(嘘は言ってないけど本当のことも言ってない感じの目)
---
--
-
「なんで受かってるんじゃーーー!?」
「勉強したんで。あと基本的に寮に入る規則なので、明日からは一人で寝てくださいね」
「ふざけるなー! そんな事認めぬわー!」
「でもここで辞退したら学校やいろんな人たちにも迷惑かけてしまいます」
「しらぬわー! いやほんと、ダメったらダメじゃー!」
「それに両親もすごく喜んでくれました、私立小学校に通うのに結構費用が掛かったらしくて……その点、憲兵軍幼年学校は学費が無料、むしろ途中から給金がでますから、仕送りもできます」
「だめじゃだめじゃだめじゃー! 金がないならわらわの小遣いから出せばよかろう!」
「いや、初春様のお小遣いって月にお菓子を買う程度の額しか……それに大丈夫ですよ初春様、いざとなったら任官拒否という方法もありますので」(任官拒否するとは言ってない)
「ぬぬぬぬぬぬ……」
---
--
-
「というわけで初春様、自分はこのたび大宰府(艦連の内部監査組織)に配属となりました!」(計画通りフェイス)
「ようやく卒業で一安心と思ったら、なんでドブカスゲス外道のあきつ丸がトップの組織に配属になっとるんじゃー!?」
「大丈夫ですよ初春様、大丈夫の無問題」
「言い訳が雑じゃ! さてはここまで来たら、もうどうとでもなるとか思っとるじゃろ!」
「はい」
「素直か!? 素直かぁあああ!? ……はぁはぁ、まじめな話じゃがのぅ悟志。知っての通り、おぬしが死んだらわらわも死ぬのじゃぞ?」
(※戦史時代の建造でうまれた艦娘は、鎮守府か提督とリンクを結んでいないと存在を維持できないとされている)
「それはまぁそうですが……いざとなれば父もいますし」
「……言うでない悟志、そのような万が一のことなど考えとうない。じゃからそのようなことが起こらぬよう、あきらめてはくれぬか?」
「いやいや、たしかに大宰府でも万が一は確かにあるでしょうが。ほら、言い方はよくありませんが、あちらにいる北上様と大井様のご子息*3のように、海兵科に配属されるわけでもありませんからーーー」
そう言いかけて、悟志は言葉を呑み込む。
なぜなら悟志を見つめる初春が、あまりにも悲しい表情を浮かべていたからだ。
「……申し訳ありません、初春様」
「よい、思えばわらわも意固地じゃった……確かにそなたの人生、そなたがそう決めたのなら、わらわがとやかく申せることではないのじゃろうな……」
「初春様……」
「気にするでない、わらわは見送ることにも待つことにも慣れておる」
学校に行く悟志を見送り、帰りを待つ。
そんな日々を初春は繰り返してきた。
悟志だけではない。
おのれの提督も、その子供も、その子供も初春は見送り続けた。
だから慣れている。
だがそれが本心でないことは、わかる。
そうでないと、初春が扇を開いて泣き顔を隠す理由がない。
「じゃが、なにかあれば憲兵軍を辞して、いつでも帰ってくるんじゃぞ、よいな?」
「はい。ありがとうございます初春様」
■□■□■
「よう帰って来た悟志、さっそくじゃがわらわは暇を持て余しておるゆえ相手をせい」
「ただいま帰りました初春様。でも少し疲れたので、休ませてください」
「うぬ……ゆるりと休むがよい」
「はい」
「そうじゃ、ときには休むことも大切なのじゃ。……いい子じゃ♪」
退役して帰ってきた悟志を初春が出迎えたのは、彼が憲兵幼年学校を卒業してから10年後のことだった。
庭の見える縁側で横になる悟志の頭を膝に乗せ、初春は大切な子孫の顔を覗き込む。
悟志の顔からは、卒業のときに残っていたわずかな幼さは完全に消え去っていた。
いまの悟志の相貌は、鋭く削ぎ落とされたような雰囲気で、その瞳は闇を知るもののそれだ。
おそらく巨大組織の暗部を目にし、内部監査という疎まれる仕事を長年続けてきたことによるものなのだろう。
「随分と苦労したようじゃのぅ……どこぞの大学で歴史を専攻して学者にでもなればよかったろうに。愚か者め……」
「ははは、そうですね……でも大学では学べない歴史もたくさん知ることができました。むしろへたな歴史学者よりも知識だけならありますよ、それはもう学者と自称してもいいくらいに」
「得たものと失ったもののつり合いがとれておらんではないか……して、言いたくなければいわずともよいが、なにがあったのじゃ?」
10年勤めた軍を辞し、帰ってきた理由。
積み重なったものなのか、もしくは耐えられないなにかがあったのか。
優しく頭をなで、労わるように初春は聞いた。
「じつは大宰府長官のあきつ丸様がいろいろやらかしていた*4のを告発しまして。なんか居づらくなって辞めちゃいました」
「想像以上にヤバい理由じゃったーッ!!」
---
--
-
「えーっと、そういうわけで初春様。こちらが艦娘課の先輩で同僚、そして自分の艦娘となってくれた初霜さんです」
「は、初霜です! 聞いてはいましたが、その……本当に初春姉さんが提督のおばあ様だったなんて驚きです」
「……まあ正確には五世の祖じゃが。いや、そうじゃの……わらわも驚いておる」
憲兵軍を辞め、しばらくゴロゴロした後に市役所の艦娘課に再就職した悟志。
だが彼は、そこで働いていた初春型駆逐艦の艦娘である『初霜』*5の提督として適合した。
突然その報告を受けて固まる初春。
それなりに多くの子孫を見守ってきたが、戦後に提督適性者となったのは悟志が初めてだった。
しかもその艦娘は、自らの姉妹艦である『初霜』である。
これで驚くなというほうが無理であろう。
「……うぬ、とにもかくにもめでたいのぅ」
しかし初春は、それよりもというように表情を改め、二人に問いかける。
「ところで……式はいつあげるつもりじゃ?」
「へ? は、初春姉さん?」
「いや、それよりも子が先じゃ……うむ、そうじゃ。悟志や、わらわが許すゆえ、さっさと初霜を抱いてまいれ」
「は? え、初春様?」
正直自らの手を離れ、可愛がっていた子孫であり自らの提督が、ほかの者のものとなるのは確かに寂しい。
が、縁としてはこれ以上ない良縁、むしろ自らの妹であるというなら最良。
そうと決まれば……と、考えを切り替えた初春のテンションは、最大戦速のタービンのごとく回転し始める。
「なにをぼさっとしておる。ここ十数年、わらわがどんな思いでおったとおもっておるのじゃ。分家が残っておるとはいえ、いつ本家の血筋が途絶えるか気が気でなかった日々がどれだけ苦しかったか……じゃがそれも今日まで。ふふふ……でかしたぞ悟志、よい嫁をみつけてまいった、褒めてつかわすぞ!」
暴走するおばあちゃん初春。
唖然とする悟志と初霜。
「ちょちょちょちょちょ、ま、待ってください初春姉さん! そ、そんなこと急に言われましても!?」
「なんじゃわらわの妹ともあろうものが情けないのぅ……悟志は変なところで我が強いが、そのあたり奥手じゃ。ならそなたがガバッといくしかなかろう! 思えばわらわの提督もそのあたり奥手でのぅ……わらわからガバッといったものじゃ」(指のわっかに閉じた扇子を差し込むジェスチャー)
「わー!わー!わー! なななな、なに言ってるんですが!? いくら初春姉さんだろうと、こ、子作りとか、そういうことは、わたしと提督の問題です!」
「いいや、これ以上ないくらいわらわ(=音羽家)の問題じゃッ!」
「いいえ! これ以上ないくらい、わたしとわたしの提督の問題です!」
「ええいまどろっこしい! どうせいつかやることやるんじゃから、さっさとやらぬか!」
「やりません! やりません! やりません!」
「ぐぬぬぬぬ……ならば悟志! さっさとおぬしから初霜を抱くのじゃ!」
「へ? え? へ?」
「艦娘というのは提督の命令には基本従順、むしろバッチこいじゃ! そなたから言えば初霜も嫌とは言わぬ! さあ!」
「はぁあああああ!? ほ、ほんといい加減にしてください初春姉さん!! 行きましょう提督、ひとまず初春姉さんの頭が冷えるまでわたしの家に泊まってください!!」
「えっと初霜さん、その、それはつまり……」
「あっ……い、いえ……そういう意味じゃ……嫌だとかじゃなくてッ!!」
なんか知らんがとにかくよしな感じの空気が満ちる。
その様子をみて初春は思わず叫んだ。
「抱けー! 抱けー!」
---
--
-
「ふふふ、なんじゃなんじゃ、ういやつじゃのぅ……ほれたかいたかーいじゃ」
あの初霜との初顔合わせの騒動から、どれほどの月日が流れたのか。
気が付けば初春は、新たな子孫である赤子をあやしていた。
とてつもなく長い年月を生きてきた初春にとって、一年は本当に瞬きする間のように感じられる。
だが、どれだけ歳を重ね、様々な出会いと別れを経験しようとも、新たな子孫の誕生の喜びが薄れることはない。
自らが愛した提督とおのれの子孫を抱くたび、多くの仲間を失い、自らも大きな傷を負った深海棲艦との戦いに意味があったことを実感する。
あの戦いには、確かに意味があったと。
「はよぅ大きくなって、わらわの遊び相手になっておくれ提督」
新たにリンクを結び、自らの提督となった赤子をみつめながら初春がそうささやく。
それにこたえるように、赤子はキャッキャと嬉しそうに声を上げるのだった。
設定回だったり、夕立の話などで登場した提督(音羽悟志)と、その艦娘の初霜さんのバックストーリー的な話でした。
この初春様はこれからも代を重ねる子孫たちを見守っていく予定。
精神は神様みたいになってるし、見た目的にもサイバーパンクとか未来世界でも対応できそう。
※音羽悟志は朝潮型駆逐艦の艦娘である満潮が母親だという初期設定がありましたが、この話を書きたかったのでなかったことになりました。(※参照: 『学者』と『駆逐艦:初霜』)