提督をみつけたら   作:源治

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※『僕』と『正規空母:大鳳』 後編 になります。
 中編 を未読の方はご注意ください。
 


『僕』と『正規空母:大鳳』 後編

  

 身体が重い。

 

 まぶたの裏で、なにかがゆらゆら揺れてて、水の中みたいだった。

 

 目を開けると、天井の木目がぼんやりにじんで見える。

 寝汗が額から頬へと伝い落ちた。

 

 鼓動がまだ速い。

 

 さっきまで夢を見ていた。

 なにか、とても大きなものに向かって飛んでいく夢。

 

 冷たい風、うなりを上げる機体、誰かの声。

 

 僕を呼ぶ声──

 

 けれど、思い出そうとした瞬間、夢の輪郭はふっと霧のように消えた。

 まるで、水をすくった手のひらから零れていくように。

 

 深く息を吸って吐く。

 頭の中から夢の記憶を追い出して、現実(いま)に切り替える。

 

 今日は、出発の日だ。

 

 僕は身体を起こして、しばらく布団の上に座ったまま、じっとしていた。

 胸の奥に残る夢の重みは、まだ少しだけ僕の中にあったけれど、それも時間とともに薄れていく。

 

 隣を見ると、いつものように枕元に座っている大鳳さん。

 

 彼女から視線を外し、机の上に隅に置かれた小さな木箱に目をやる。

 それは白い布が掛けられた、あおばあちゃんの遺骨。

 

 僕は布団から出て、身支度を整える。

 そして両手で遺骨の入った箱を包み込むように持ち上げた。

 

 靴を履き、戸を開けて外へ出る。

 朝の光が差し込み、冷たい空気が頬をなでた。

 

 山道をいく足元には、まだ朝露が残っていた。

 何度も通って、いまではすっかり通いなれた道。

 

 一歩一歩踏みしめながら進んでいると、やがて日向さんのガレージに到着する。

 いつも通り冷たい鉄の扉を押し開けると、そこには見慣れた風景があった。

 

 天井の高い格納庫、金属と油の匂い。

 朝の光が斜めに差し込み、埃が光の中でゆっくり舞っていた。

 

 整備台の端に腰かけていた日向さんが、僕に気づき、優しく笑う。

 

「おはようございます」

 

「うむ、おはよう。瑞雲の準備は完了してる。着替えてこい」

 

 日向さんの声に頷いて、僕はガレージ奥の更衣スペースに向かった。

 

 掛けられていたのは、僕の身体には少し大きな飛行服。

 深緑色の布地で、あちこちに厚いパッドが縫い込まれている。

 

 箱からおばあちゃんの遺骨が入った、布袋を取り出す。

 中を確認すると、細かく砕かれて、白い砂のようになった骨が入っていた。

 

 その袋を首にかけ、そっと手で押さえてから、僕は飛行服に袖を通す。

 

 布の重みが肩にかかると、不思議と気持ちが落ち着く。

 

 戻ると、日向さんが腕を組んでこちらを見ていた。

 

「うん。似合ってるぞ」

 

 日向さんも、飛行服を着ていた。

 

 本当は艦娘はこういう装備は必要ない。

 でも、今日はおそろいらしい。

 

 大鳳さんも同じ色の飛行服に身を包んでいて、僕の肩をポンと叩く。

 

 僕は、なんとなく頷いた。

 

 日向さんがなにかの機械を操作する。

 モーター音が響き、床のレールが動いて、瑞雲がキャリアに載せられて運ばれていく。

 正面の大きなシャッターが開いて、朝の空気が流れ込んできた。

 

 目の前に広がるのは、大きなダム湖。

 水面は静かで、朝の光を映してきらきらしている。

 

 湖に突き出すように設置されたカタパルトに、瑞雲が運ばれ、固定アームがガチャンと噛み合った。

 いよいよ、発進準備が始まる。

 

 僕が乗り込もうとすると、大鳳さんが先に後部座席に座って、足を広げた。

 

「どうぞ」

 

「失礼します……」

 

 その間に僕が座る。

 一席に二人が座る形。

 

 だけど僕の体は小さくて、大鳳さんの体も細くて、小さい。

 だから、ぴったり収まった。

 

 大鳳さんが、特殊なバンドと器具で、僕の体を自分に密着させて固定していく。

 まるで、親鳥が雛を包むみたいな感じ。

 

 なんだかんだで、ここしばらくは一緒に勉強して、訓練にも付き合ってくれた大鳳さん。

 彼女とも一緒に行くのは、色々と複雑な気持ちだけど、心強いところもある。

 

 前方に座る日向さんが、こちらをちらりと振り返った。

 

「最初のカタパルトの加速で内臓がひっくり返るぞ。しっかり腹に力を入れろ。息は止めるな。吐け。絶対に、力を抜くなよ」

 

「はいっ」

 

 僕の返事を聞いて、日向さんはうなずく。

 そして機体のスイッチを入れた。

 

「エンジン、始動──」

 

 低くて静かな日向さんの声が、機内に響いた。

 

 次の瞬間、ぐおぉぉぉ……という唸り声のような音が機体全体に広がる。

 お腹の底が揺れるような重低音だった。

 

 プロペラが回り始めたのが見えなくても、振動でそれがわかる。

 

 瑞雲のエンジンが、本気を出しはじめた。

 

 ガタガタ……ガタ……

 

 機体が小刻みに震える。音がどんどん大きくなって、振動が背骨に伝わってきた。

 エンジンが目を覚ました、そんな感じの音と振動。

 

 日向さんの肩越しに前を見ると、ガレージの外。

 カタパルトが、ダム湖に向かってまっすぐ延びている。

 

 「いいか、いくぞ」

 

 日向さんの声は低くて、でもどこか楽しそうだった。

 

 「はい!」

 

 僕の返事と同時、カチャン、と音がして、風防が完全に閉じる。

 外の音が一気に消えて、代わりに、エンジンのうなり声が機内を満たす。

 

 「カタパルト、射出準備──」

 

 機体が少しだけ、前のめりになる。

 

 その瞬間、世界が止まったような気がした。

 音が、振動が、息を潜める。

 

 ──そして。

 

「射出ッ!!」

 

 バンッ!! という乾いた爆発音とともに、機体が一気に弾き出された。

 言葉では表せない衝撃。

 

 僕の体が後ろに引きちぎられるみたいに押される。

 でも、腹に力を入れて、歯を食いしばって、ぐっとこらえる。

 

 大鳳さんの腕と身体が、しっかりと僕の体を支えてくれていた。

 

 空気が叫び声を上げて、瑞雲がレールの上を走る。

 

 ががががががが──ッ!

 

 風の音。

 機体の震え。

 

 目の前が一瞬白くなる。

 

 カタパルトの終点が近づくと、一瞬ふわりと身体が浮いたように感じて。

 

 そして次の瞬間。

 

 ──空に放り出された。

 

 ぐぉぉぉぉん……

 

 プロペラの回転音が一段と高くなり、瑞雲の翼が風をつかんで、機体が宙に浮かんだ。

 そして瑞雲は湖の上を、まるで鳥みたいにすべるように飛びはじめた。

 

 下には、青い水面と緑の山。

 上には、透き通った空。

 

 僕らは飛び立った。

 

 

 

「予定通り、南南東へ七十キロほど進む。到着まで二十分くらいだな」

 

 操縦席にいる日向さんの声が、ヘッドセット越しに聞こえてくる。

 いつもの落ち着いた声だった。

 

「安全のためですよね?」

 

 僕が訊くと、日向さんはすぐに答えてくれた。

 

「そうだ、高度八千メートルから撒くと、風次第では陸側に流される。確実に海に落とすには、そのあたりがいい。めったなことはないと思うが、陸に落ちてなにかあったら困るからな」

 

「……はい」

 

 僕はうなずいた。

 

 夏なのに、瑞雲の中は少し寒い。

 でも、大鳳さんが僕の身体をしっかり後ろから支えてくれてるから、背中はあたたかい。

 

 そして胸の中には、袋がある。

 おばあちゃんの遺骨が入った、白い袋。

 

 風防ごしに外を見る。

 

 空は、ほんとうにまぶしいくらい明るかった。

 真っ白な雲がぽつぽつと浮かんでいて、そのあいだに、青く深い空がのぞいていた。

 

「帰りは、遠目になるが観艦式も見えるだろう。雲が邪魔しなければな」

 

 日向さんの言葉に、僕は「はい」と返すだけだった。

 景色を見ながら、おばあちゃんのことを考える。

 

『もしおばあちゃんが死んじゃったら、ちょっとでいいから遺骨を空にまいてくれないかしら?』

 

 おばあちゃんがそう言ったのは──きっと、お父さんとお母さんのことがあったからだ。

 

 ふたりは、飛行機の事故で亡くなった。

 でも、本当に死んだのかどうかは、誰も知らない。

 

 後で調べたら、飛行機は空の上で消えたらしい。

 そのときの新聞には「消息不明」と書いてあった。

 何日捜索しても、海には機体のかけら一つ見つからなかったみたい。

 

 それをずっと、ずっと、おばあちゃんは忘れずにいたんだと思う。

 

 もしかしたらおばあちゃんは、どこかの空の上で、まだ飛んでるんじゃないかって。

 ふたりが最後にいたのは、いまもいるのは空なんだって──そう信じてたのかも。

 

 だから、おばあちゃんは、空に行きたかったのかもしれない。

 

『きっとね、どこかにいるのよ、あの子たちは』

 

 夜にお茶を飲みながら、おばあちゃんはそんなふうに言ったことがあった。

 僕は黙ってうなずいたけど、ほんとうのところは、わからなかった。

 

 正直、僕には、お父さんとお母さんが、空のどこかにいる──そんな気はしなかった。

 

 僕には、空ってそんなに特別な場所には見えない。

 青くて、白くて、遠くて──それだけだった。

 

 むしろ話を聞いたとき、僕は空が少しこわくなった。

 高いところも、飛行機も、風の音も。

 

 でも、いま、こうして空の中にいて──

 

 僕はそのこわさを、すこしだけ思い出している。

 

 地面がなくて、誰もいなくて、なにもない場所。

 風が強くて、冷たくて、空気も薄い。

 

 ほんとうに、ここにお父さんとお母さんがいるのかな。

 ほんとうに、ここにおばあちゃんをまいていいのかな。

 

 でも、それでも、おばあちゃんはそうしてほしいと願った。

 

 だから、僕はここにきた。

 この空の上まで、おばあちゃんの入った袋を抱えて。

 

 窓の外には、どこまでも続く空。

 おばあちゃんは、あの向こうにいるかもしれない、お父さんとお母さんに会えるんだろうか。

 

 僕には、よくわからない。

 

 ぎゅっと袋を抱いて、窓の外をまっすぐ見つめる。

 風防ごしに見る空は、やはりあまりいいものには見えなかった。

 

 

 

 そうしてしばらく飛んでいたら、窓の外の雲がゆっくりと下がりはじめる。

 いや、違う──僕たちが、雲よりもさらに高く、のぼりはじめたのだ。

 

 つまり、目的の場所まであと少しのところまできたということ。

 

「高度を上げる。マスクをつけておけ」

 

 日向さんの声がヘッドセット越しに届く。

 

「はい」

 

 僕は椅子の下に手をのばして、黒っぽいゴムのマスクとチューブを取り出した。

 そしてチューブの先を、マスクの接続口にしっかりとはめこむ。

 

 弾力があって重い感触。

 

 それを両手で顔にあてて、耳の後ろまでゴムをひっかけた。

 空気がしゅうっと入ってくる音がして、ちょっとだけ、鼻の奥が冷たくなる。

 

「平気?」

 

 後ろから大鳳さんが僕の肩に手を置いて、そっとたずねてくる。

 僕は、マスク越しにうなずく。

 

 上昇がはじまって、機体がぐんと傾いた。

 エンジンの音が、わずかに高くなる。

 

 瑞雲の中は静かだった。

 

 プロペラの音も、エンジンの音も、うるさいくらい聞こえてるはずなのに。

 全部遠くにいるみたいに、ふしぎなくらい静かに感じられる。

 

 僕は外を見ながら、ふと思った。

 

「この飛行機って、どこまで高く行けるんですか?」

 

 日向さんはすぐに答えてくれた。

 

「機体性能だけでいうなら一万二千メートルだな。普通の人間なら赤界粒子のせいで生きては帰れんが、おまえは提督だからな……だがそれ以前に、酸素や気温に気圧を考えると、一万メートルでも正直おすすめできないところだ」

 

「そうなんですね」

 

 僕は、しばらく考えてから、目を閉じて、息をひとつ吐いた。

 

「そこまで行ってもらえませんか?」

 

「……一万メートルまで、という意味か?」

 

「はい、そして可能なら一万二千メートルまで」

 

 僕は静かに続ける。

 

「おばあちゃん、できるだけ高いところにまいてほしそうだったから」

 

 日向さんはなにも言わなかった。

 けれど、ヘッドセット越しに聞こえる息づかいが、ほんのすこし止まった気がした。

 

「おまえがこのタイミングでそう言うということは──譲れない理由があるんだな」

 

 僕はなにも言わなかった。

 正確には、なにを言えばいいのかわからなかった。

 

「……わかった、いいだろう」

 

 正直、無理なお願いだなっていう自覚はあった。

 でも日向さんはうなずいてくれた。

 

 なにか感じるものがあったのかもしれない。

 そういう勘を、日向さんは信じる人だから。

 

 瑞雲は、八千メートルを超えて、さらに上をめざしはじめた。

 

 プロペラの回転音が、ぐぐっと変わる。

 機体がわずかにうなるような音を立てて、ふたたび傾きながら上昇していく。

 

 空の青さが、少しずつ濃くなっていった。

 上昇中に見えていた雲が、いつのまにか遥か遠く、ずっと下のほうに押し流されていく。

 

 機内の気圧が変わるせいか、耳の奥がツンとした。

 酸素マスクの中から吸う空気が、だんだんひんやりしてきて、のどに直接しみるようだった。

 

 でも、不思議とこわくはなかった。

 

 大鳳さんが、さっきよりも強く僕をつかんでくれていたからかもしれない。

 あるいは、白い袋がちゃんと僕の胸にあるからかもしれない。

 

 機内のライトが、うすく点灯して、僕の手元をほんのり照らした。

 

 計器のライトが淡くにじむ。

 日向さんは前を見たまま、声を出さずに舵を握っている。

 

 僕たちは、八千を超えて、九千、そして一万。

 

 さらに高く、高く──空のてっぺんに向かっていく。

 

 僕は、そのなかで、しずかに目を閉じた。

 

 おばあちゃん。

 もうすぐ、いちばん高いところまで連れていくよ。

 

 お父さんとお母さんが、最後にいたかもしれない場所まで。

 いまもいるかもしれない場所まで。

 

 その青い、青い空のいちばん上まで。

 

 そして、そこから──

 

 静かに、そう思いながら、僕はマスクの下で、小さく息を吸った。

 

 そのとき。

 

 

「……悪いほうの導きだったか」

 

 

 日向さんが、ぽつりと、ほんとうに小さな声でつぶやいた。

 

 その声は、いつもの落ち着いた調子じゃなかった。

 まるで、自分のなかだけで答え合わせをしているみたいな……そんな声だった。

 

「え……? なにがですか?」

 

 僕は思わず、日向さんを見た。

 けど、日向さんは右後ろを見たまま、なにも言わない。

 

 その瞬間。

 

 ぞわっ、と──背中に、というより、首のうしろの奥のほうに、冷たいものがはしった。

 いや、それは冷たいとか、寒いとか、そういうんじゃなかった。

 体の中を、なにかの視線がすっと通りぬけていったような、そんな感覚。

 

「……!」

 

 僕は思わず息を呑んだ。

 体がかたまって、動かない。

 

 いや、動かそうとしても、大鳳さんが抱えてくれているせいで、あまり自由に動けなかった。

 でも、どうしても見なきゃいけない気がして──僕は、体を少しだけひねって、首をできるだけうしろに向けた。

 

 その瞬間、僕の目に入ったものは、夢で見た、あの巨大な影だった。

 

 空の、はるかうしろに──いいや、「はるか」なんかじゃない。

 

 もっと近い。

 もっと、ずっと近くにいる。

 

 いや、違う。

 

 大きいんだ、とてつもなく。

 だから近く見える。

 

 でも、千メートルも離れてない。

 

 だけど、気がつけなかった。

 それはまるで、突然いきなり現れたかのように、()()()()()

 

 巨大な空飛ぶ怪物が、僕たちにむかって真っすぐ、空をすべるようにして迫ってきていた。

 

 翼のかたちは、まるでエイみたいに広がっていて、黒くて、ずっと奥が見えないくらい巨大だった。

 その背中の部分には、いくつもの管がついていて、そこからなにか……赤黒い霧みたいなものが、じわじわとにじんでいる。

 

 夢で見た。

 燃える空で、赤い粒子をばらまいていた、あの散布兵器。

 

「な、なに……あれ……!? あれ、なんなんですか……!?」

 

 マスク越しに、声がふるえた。

 けど、それでも僕は、日向さんにたずねた。

 

「……XB-マンタ。過去の戦争で、深海棲艦が作り出した、赤界粒子の空中散布兵器だ」

 

 聞いたことのない名前。

 でも、日向さんはアレを知っているみたい。

 

「……まさかこのタイミングで、か……さすがに想定外だな」

 

 苦いものを噛んだような様子で、そうこぼす日向さん。

 遠ざかることのないその巨大な影、心の奥がひりひりと凍る感覚。

 

 XBマンタは、こっちに向かって、ゆっくりと、でも確実に近づいてきていた。

 

 大きい。

 ほんとうに、あきれるほど大きい。

 あれが空に浮かんでるなんて、嘘みたいだ。

 

 日向さんがスロットルを押しこんで、瑞雲のエンジンがうなった。

 高度を保ったまま、速度があがる。

 

 風の音が、ひゅう、っと鳴り、機体が方向を変える。

 

 だけど、後ろを振り返ると、XBマンタはその場で旋回したり、こちらを追うような動きは見せなかった。

 

 ……追ってこない?

 

 そう思った瞬間、日向さんがつぶやいた。

 

「……これは、こちらを狙っているわけではない……のか?」

 

 機体はさらに進路を少し変えたけど、XBマンタはそのまま、まっすぐ進んでいった。

 それは、僕たちじゃなく──最初から、その方向に向かって飛んでいた感じ。

 

「……いったいどこに、北北西……いや、違う。これは……」

 

 日向さんが、計器と外の機影を見比べながら、ぼそりとつぶやいた。

 

「──高度が……わずかずつだが下がっている……」

 

「え……?」

 

 その言葉に、僕の心臓が、ぐっとつかまれたみたいになった。

 

 ゆっくりと。

 

 でも確実に、XBマンタの巨体が、空から落ちてくるみたいに。

 すこしずつ高度を下げているのなら。

 

 それは、まるで……。

 

「爆撃機の……降下軌道……目標は……艦夢守市かッ!?」

 

 艦夢守市……え?

 だってそれは、僕たちの住んでる街で。

 

 そこが……爆撃?

 

 日向さんは瑞雲の高度を下げる。

 

 XBマンタのお腹……機体下部と翼の下あたりが見える。

 そこに、無数の、なにかがついているのがわかった。

 

 よく見ると、それは──タンクに翼をはやしたような、生物なのか機械なのかわからない“なにか”と、夢で見た深海棲艦の戦闘機のようだった。

 

「……赤界粒子の小型散布兵器。そして……戦闘機か……以前見たのとは違うタイプだな……」

 

 そして突然、外が真っ白になった。

 雲の中に入ったんだ。

 

 日向さんが、すばやく手元の無線装置に手を伸ばした。

 スイッチを切り替えて、周波数のダイヤルをいじっている。

 

 その様子はもう、いつもののんびりした日向さんじゃなかった。

 

『艦夢守市に展開中の全艦娘に告ぐ』

 

 日向さんの声が、瑞雲の機内に響いた。

 

 無線機に向けて放たれるその言葉は、ただの音じゃなかった。

 振動のように、骨に、胸に、心に伝わってくる。

 

『艦娘に告ぐ』──その響きが、なにかを決定的に変えてしまう言葉に思えた。

 

 大鳳さんは黙ったまま、じっと僕のお腹に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。

 その手が、ほんのわずかに震えていたのを、僕は見逃さなかった。

 

 外では、雲がちぎれていく。

 

 その向こうに、XBマンタの影が見える。

 雲の間を縫うように飛びながら、それは真っ直ぐ、街を目指して進んでいた。

 

『現在、敵性存在の超巨大飛翔体が一体、艦夢守市に向けて接近している。対象は深海棲艦の赤界粒子散布兵器。交戦回避不能の可能性が高い』

 

 その一文で、空の意味が変わった。

 

 ついさっきまで、おばあちゃんの遺骨をまくために、静かに、昇ってきたこの空が──

 いま、突然に、戦場へと変わった。

 

「……やっぱり、あれは……そうなんだ……」

 

 僕の声は震えていた。

 

 今朝までは夢の話だったことが、いまは現実になっている。

 夢で見たあの兵器が、あの赤い霧が、僕たちが住んでいる街に降ろうとしている。

 

 雲が裂けて、XBマンタの下腹部がはっきり見えた。

 

 見間違いであってほしかったけど、やっぱりその表面には、まるで虫の卵のように、均等な間隔で取りつけられた無数の小型散布兵器があった。

 そして、その周囲には、銀と黒の生き物のような飛行機──深海棲艦の戦闘機が取り付けられている。

 

 千とか二千じゃない、もっと多い。

 

 怖い。

 

 呼吸が、うまくできなかった。

 

『市内すべての艦娘に告ぐ。これよりすべての行動を中止し、直ちに“実戦”の準備へ移行せよ』

 

 その言葉が聞こえたとき、僕は、大鳳さんが背中で息を止めたのを感じていた。

 彼女は、なにも言わなかったけれど、なにかの覚悟を決めているようだった。

 

 その様子に、僕も、逃げ出してはいけないんだって思った。

 怖くても、震えても、目をそらしちゃいけない。

 

 これは「夢」じゃなくて、いま「起きていること」なんだ。

 

『市内全ての艦娘、応援を求む。繰り返す。市内全ての艦娘、応援を求む』

 

 その最後の呼びかけは、救いを求める叫びに聞こえた。

 

 思わずXBマンタの方を見ると、腹に張り付く散布兵器が、赤黒い炎のように光っている。

 その輝きは、まるで……世界を赤く塗りつぶす準備のよう。

 

 一刻も早く対処しないと、手遅れになる。

 僕みたいな子供でもわかるくらい、危険な状況。

 

 だれか、だれか──

 

 

『──こちら第十三代艦連軍総司令官・大和。艦夢守市近海、軍用周波数にて応答』

 

 

 不意に、別の声が無線に割り込んできた。

 

 張りつめた鋼のような声。

 突き抜けるような冷たい声。

 

 その声が告げるのは、命令でも要請でもなかった。

 

『一般市民による軍事周波数の不正使用は、最重罪に該当します。とくに現在行われている観艦式の妨害及び混乱誘発は、厳罰対象であることを告げておきます』

 

 日向さんはその警告を、黙って聞いている。

 

 僕はすぐにその声の主を察した。

 テレビの演説で何度も見たことのある、いま艦連で一番偉い艦娘で、最高司令官、大和様。

 

『──さらに。死者の名を騙るなど、断じて許されることではありません。十二代総司令官・日向閣下は、十年以上前の作戦で行方不明となり、戦死扱いとされています』

 

 事務的な口調。

 

 だけど、その一言一句に、凍えるような怒りが込められてるように感じる。

 

 そんな緊張を破ったのは、日向さんの、少し拍子抜けするような返答だった。

 

「……大和か。久しぶりだな。砲撃の直後に回避動作を取れるようには、なったか?」

 

 冗談めいた口調だった。

 まるで何気ない再会の言葉にも聞こえる。

 

 無線の向こうの返答は、しばらく途切れた。

 

 空には、XBマンタがまだゆっくりと、艦夢守市を目指している。

 巨大な影が、静かに、確実に、死を携えて滑っていく。

 

『……なら、答えてください。私が、誰よりも尊敬していた日向閣下であるなら』

 

 呼吸を整えるような、わずかな沈黙の後、大和さんが言った。

 

『……あの日、天文台に持ち込んだお土産の中身は?』

 

 日向さんは即座に答える。

 

「真珠焼きだ。あれが一番うまいからな」

 

 また沈黙。

 それは、無線機の不調ではなかった。

 

『艦連焼きです……ほんとうに……どこに、いたんですか……』

 

 次の声には、かすかに震えが混じっていた。

 それは鋼鉄のような声の主が、ただの一人の少女の声に変わったような。

 

 日向さんは、ふっと小さく息を吐いて、言った。

 

「……すまなかった。だが、いまは詫びよりも急を要する」

 

 その声には、一切の感傷がなかった。

 感情を押し込めるほどに、いまこの空が、非常事態なのだ。

 

「XBマンタだ。現在、艦夢守市に向けて接近している。しかもあのときのとはタイプが違う。その機体下部にはざっと確認しただけでも、赤界粒子を搭載した小型散布兵器の群れ、そして深海棲艦の航空戦力による護衛部隊が山ほど張り付いてる。総数は少なく見積もっても二千、恐らくそれ以上──」

 

 無線の向こうで、大和さんが息を呑む気配があった。

 

「そしてなにより、XBマンタ本体が赤界粒子の母体ともいえる存在だ。あれが近海……ましてや市街地上空に落ちでもしたら、それだけで都市……下手をすれば島全体が壊滅する。あれを落とすなら、必ず海の上に落とす必要がある」

 

 壊滅……その言葉に、機内と無線の向こう側の空気が重くなるように感じる。

 瑞雲はゆっくりと移動し、XBマンタの進行方向を横から追跡する位置に移動していた。

 

「XBマンタの現在位置──艦夢守市の南端より南南東、およそ六十五キロ。高度一万一千、速度は時速百三十キロ前後、だが緩やかな加速および下降の傾向あり」

 

 座席の前にいる日向さんが、低く抑えた声で無線に告げる。

 

 僕の位置からは日向さんの様子はあまり見えない。

 でも肩越しに覗く空と計器、そして操縦桿を握る両腕が揺れているのが一瞬見えた。

 

「迎撃限界点を指定する。艦夢守市南端から南南東へ十キロ圏。これを越えて侵入された場合、撃墜できたとしても、赤界粒子の拡散被害が起こる可能性がある。

 ──繰り返す。迎撃は限界点までに行う必要がある。被害抑制のため、絶対だ」

 

 即座に無線の向こうから、大和さんの声が返ってくる。

 

『了解。速やかに迎撃態勢を構築。艦隊の編成完了次第、戦力を迎撃ラインへ急ぎ向かわせます。日向閣下、追跡の継続と、敵機の動向監視をお願いします』

 

「もちろんだ。進路を維持しながら追尾を継続する。異常があれば即時連絡する」

 

『感謝します。こちらもすぐに……』

 

 その向こうから、ざわついた指揮所の気配が混ざりはじめた。

 

『──演習弾の装填を中止。すべて実弾に換装──』

『対空火器を装備していない艦は、第二~第七ドックで対空戦闘兵装に換装、繰り返す──』

『すべての憲兵は、観客ならびに市内住民の避難誘導を優先。以後周波数は──』

『空母群の艦隊編成組み替え急げ、目標地点への移動と艦載機の発艦準備──』

『護衛の艦隊を編成、空母のだ。砲戦や水雷戦は想定しなくていい、可能な限り迅速に──』

『対艦主砲を装備した艦は、所定の位置に移動。そちらに補給艦より三式弾が──』

『陣形を整えろ、輪形陣だ。目標XBマンタ、破壊優先は──』

 

 戦いが、始まろうとしていた。

 聞こえてくる無線の向こうで、艦娘さんたちの声が次々と命令に応え、準備を進めている。

 

 そのとき、聞き覚えのある誰かの声が交じった。

 澄んでいながら張り詰めた、女性の声。

 

『こちら艦夢守市所属の予備役、正規空母・加賀。観測任務中の日向に確認したい──いま、そちらの機内には、空木提督が搭乗していますか?』

 

 前の座席の日向さんが、一瞬だけ動きを止めた気がした。

 

 沈黙が数秒、瑞雲の風切り音とエンジン音が響く。

 やがて、日向さんの低い声が静かに応答した。

 

「……ああ。確かに乗っている。おまえの言う“提督”は、ここにいる」

 

 その返事に、機内の空気がぴんと張り詰めた気がした。

 加賀さんの声が、それを切り裂くように叫ぶ。

 

『すぐに、その空域から離脱してください! 一刻も早く、提督を安全圏に!』

 

 怒りにも似た焦燥と、切実な願いが入り混じっていた。

 普段は冷静な感じの加賀さんの声が、わずかに震えていた。

 

『──その子は子供で……それに私たち正規空母の艦娘にとって、絶対に傷つけてはいけない存在だってわかってますよね!? お願いです、早く!!』

 

 声は続くけど、日向さんはなにも答えない。

 背中越しにその顔は見えない。

 

 だけど、静かに肩が揺れた。

 

 まるで、その叫びを受け止めながらも、どうすることもできないことを自覚しているように。

 

 日向さんが、ふと軽く振り返った。

 計器から目を離したのは、ほんの一瞬だけだったけど、僕にはそれで充分だった。

 

 その横顔はよく見えなかった。

 でも、はっきりとわかった、迷っている。

 

 ──行くべきか、残るべきか。

 

 日向さんの中で、その問いが交錯しているようだった。

 僕を守るべきなのか、それとも、XBマンタの監視と観測を続けるべきなのか。

 

 その背中を見ているうちに──ふと、僕の中で、すべてがつながった気がした。

 

 おばあちゃんの遺骨を持って、葬送のために、この空に上がった今日。

 観艦式に、街中の艦娘さんと、僕の艦娘さんが集まった今日。

 日向さんの瑞雲に、僕から離れようとしない大鳳さんと乗った今日。

 

 これが、偶然であるはずがない。

 

 僕は、ここに導かれてきたのだ。

 おばあちゃんがよく話してくれた、運命によって。

 

 僕は口を開いた。

 

「……日向さん」

 

「ん?」

 

「僕が、加賀さんたちに話しかけたら……それ、向こうに伝えられますか?」

 

「できる。通信系統を中継させれば、おまえの声も届く。やってみるか?」

 

「お願いします」

 

 日向さんが数秒、無線機の設定をいじる。

 そして頷いた。

 

「……よし、繋がった。話せ」

 

 僕は深く息を吸って、目を閉じた。

 そのまま、インカムに向かって話しはじめる。

 

「加賀さん……赤城さん、翔鶴さん、瑞鶴さん、飛龍さん、蒼ねえちゃ……蒼龍さん」

 

 ひとりひとりの名前を、僕は噛みしめるように呼んだ。

 胸の奥が、あたたかく、そして苦しくなった。

 でも、僕はちゃんと言葉にしたかった。僕の艦娘たちの名前を。

 

「僕は子供のころから、おばあちゃんに、あなたたち艦娘の話を聞くのが大好きでした。

 あなたたちは、過去の戦争で人類を守ってくれて……いまだって、僕たちのために戦ってくれようとしている。

 何百年経っても、忘れてはいけない。感謝し続けなさい。──そう教えられながら、育ててもらいました」

 

 言いながら、僕の手が震えていた。

 膝の上でぎゅっと拳を握る。

 

 おばあちゃんとの思い出がわきあがって、どうしようもなく悲しくなる。

 感情がこぼれ落ちそうになって、どうにもできなくなりそうになる。

 

 でも、いまは、それじゃダメなんだ。

 

「……いまなら、おばあちゃんが言ってたこと、よくわかります。あなたたちは……僕の味方だった。この一年間、おばあちゃんがいなくなって、なにもできなかった僕を……ずっと、支えてくれた

そばにいてくれて、守ってくれた。本当に……ありがとう」

 

 涙がにじんで、空がにじむ。

 声が、少しだけ震えた。

 

 でも、僕は止めなかった。

 ちゃんと伝えなければいけなかった。

 

「だから……僕みたいな子供に、なにができるわけでもないけど。でも、僕は僕にできることを、ちゃんとします。ここで、日向さんと一緒に飛び続けて、あなたたちの戦いの助けになること。それが、いまの僕にできること……だから」

 

 言い終えたとき、無線から数秒の沈黙。

 そして、加賀さんの声が静かに返ってきた。

 

『……どうか、ご無事で。すぐに向かいますので』

 

「うん。みんなも……気をつけて」

 

 空を吹き抜ける風の音が、ふっと耳に抜けた。

 僕は座席……大鳳さんの胸に背を預け、手のひらにそっと触れるみたいに、ヘッドセットのスイッチを切る。

 

 ドクン、ドクンって、胸の奥で鼓動がいつもより早く脈打ってるのがわかった。

 

「……日向さん、ありがとうございました」

 

 そう言ったけど、日向さんはなにも答えなかった。

 そのかわりに、無線のスイッチを入れて、まっすぐ前を向いたまま、空に向かって声を飛ばした。

 

「と、いうことだ。……先ほどの無線を聞いていた艦娘諸君。

 この小さな提督殿の心意気を、無にしてくれるなよ?」

 

「……え?」

 

 僕は息を呑んだ。

 

 えっ、えっ、まさか、さっきの僕の声……ほかの人にも届いてたの?

 

 そのとたん──

 

 次々と、無線から声が飛び込んできた。

 

『へっ、聞いてたぜ。上等じゃねえか、任せとけ!』

『戦いの前に、いい激励をもらいました。全力で応えます』

『こっちも準備完了です。あとは撃つだけですよ』

『あら、あらあら~♪』

『こういう時こそ私たちの出番ね。いいところ、見せてあげる!』

『泣かせるじゃない……そんな男前に、恥はかかせられないわね』

『うちの提督がこっちも負けてられないって!』

『待ってなさい、小さな提督さん。わたしが全部やっつけてやるんだから』

『よーし、燃えてきた! こういうときこそ私たちの力、見せるときね!』

『この空も、海も、私たちの未来も──全部、守ってみせます』

『まあ、我が物顔で人んちの空飛ばれるのは腹立つよね~……まっかせて!』

『私たちがいる限り、街も、あなたも、なにひとつ傷つけさせません』

『あの……なにか聞き逃せない会話だったのですが……え、もしかしてサラの提督になってくれるかもしれない人が、そちらにいらっしゃるのですか?』

 

 みんな、違う声だったけど、みんな、すごく真剣で、優しくて、力強かった。

 

「……めっちゃ、聞かれてた……」

 

 恥ずかしさで思わずつぶやいた。

 

 でもそんな思いとは別に、僕の知らないところで、こんなにたくさんの艦娘たちが、街を守ってくれていたのだと、実感する。

 

 ふと……肩にやわらかくて、あったかいなにかを感じた。

 

「え……?」

 

 振り返ると、大鳳さんが、いつのまにか僕の肩に顔をすりすりってこすりつけてて。

 まるで「私も」ってみたいな目で、僕を見てた。

 

 なんとも言えない気持ちになる。

 そうだね、大鳳さんもって言うべきな気もするけど。

 

 僕がなんて言おうか考えてた──

 

 

「──ッ!」

 

 

 瞬間、日向さんが声にならない叫びをあげた。

 

 直後、空気を切り裂くような音。

 耳の奥でキィィンって金属音が鳴り、僕の体はぐっと後ろに押しつけられる。

 

 空が、ぐるぐる回る。

 右へ、左へ、下へ、また上へ──瑞雲がすごい速さで飛び回る。

 

「う、うぅっ……!」

 

 視界が白くなって、指先がしびれる。

 意識が……飛びそうだった。

 

 でも、まだ、気を失いたくなかった。

 

 だって──

 

「敵……?」

 

 ほんの少し見えた空に、黒い三つの影が映った。

 

 たぶん、XBマンタから飛び出した戦闘機。

 口が付いた丸いボールに翼が生えた見た目の黒い機体が、こっちにまっすぐ向かってくる。

 

 脅威に思われたのか、邪魔だと判断されたのか、それはわからない。

 でも、これだけはわかる。

 

 いま、僕たちは狙われてる。

 

 ぐぉおおん……と、機体がうなるたび、内臓がねじれるようだった。

 回避、回避、回避……でも、それしかできない。

 

 だって、整備を手伝ったから知っている。

 この瑞雲には、武器がついていない。

 

「まずい──ッ!」

 

 日向さんから声が漏れた。

 追いつかれる。撃たれる。終わる。

 

 

 

 あ……僕は、ここで──

 

 

 

 頭が、真っ白になる。

 

 おばあちゃんの姿が浮かぶ。

 

 蒼ねえちゃんの、赤城さんの姿が浮かぶ。

 

 加賀さんの姿が、翔鶴さんの、瑞鶴さんの、アークロイヤルさんの姿が。

 

 ──僕の知らない大鳳さんの顔が、瞳が、唇が、なにか、呟いて……。

 

 思わず、助けて、と、呟いてしまう。

 

 なんで生きてるのかって、思ってたくせに。

 

 なんでだろう?

 

 いま、僕は、生きたいって──

 

 

 

 そのとき。

 

 空の向こうから、まるで雷みたいな音が鳴った。

 気づいたときには、黒い戦闘機が一機、炎の尾を引いて空中で爆発する。

 

 続いて二機目、三機目……全部、一瞬で、撃ち落とされた。

 

「なんだ!? 空母から飛んできたにしてはいくらなんでも早すぎるぞ!?」

 

 すごい速さで飛んできた、緑色の飛行機たち。

 

 しかも、ひとつじゃない。……いくつも、いくつも。

 編隊を組んで、まっすぐ、飛行機そのものが弾丸のように飛び込んできた。

 

「秋水か!?」

 

 日向さんの声が、震えて聞こえた。

 でも、その震えは、たぶん……嬉しさの震えだった。

 

 秋水。

 

 それは、高い空で戦う、迎撃のための戦闘機。

 蒼ねえちゃんに教えてもらった、基地航空隊のロケット迎撃機。

 

「ははッ!! 基地からスクランブルで飛んで、真っ先に駆けつけてくれたのか!! 普通なら倉庫でほこりをかぶってる代物だというのに、よりによって……今日!!」

 

 聞いたこともないような楽しそうな声で、日向さんが叫ぶ。

 でも──それで終わりじゃなかった。

 

「うわ……!」

 

 XBマンタが、また戦闘機を放ってきた。

 さっきまでの三機なんて比じゃない。

 

 まるで、夜の空に黒い点がばらまかれたみたいに、敵影がどんどん広がっていく。

 空が敵機で黒く染まったみたいだった。

 

「くっ……!」

 

 でも、そのとき──また、空が唸った。

 

 今度は、秋水とよく似た機体……でも少し違う機体も。

 これも教えてもらった記憶がある、たぶんMe163BとMe262。

 ロケット戦闘機と、ジェット戦闘機の編隊が現れた。

 

 その二種類の編隊が秋水と合流し、空の上で旋回しながら、XBマンタから出てきた戦闘機と空中でぶつかり合う。

 

 空が、火花と爆風で赤く染まった。

 遅れてドドドドドと機銃の音が聞こえ、大きな円をかきながら、ものすごい速さで再び敵の戦闘機に攻撃を仕掛けてる。

 

「すごい……」

 

 思わず、呟いた。

 

 見惚れるほどの空中戦だった。

 だけど、ほんとうの驚きは、そのあとだった。

 

 遠くから、さらに新しい編隊がいくつも飛んでくる。

 最初に見えたのは、緑と茶色の迷彩柄のSpitfire Mk.I。

 そのあとに、灰色のFw190 D-9が合流する。

 さらに緑の紫電改と震電が、まるで競い合うように空に弧を描いて飛び込んでくる。

 

 日本機も、ドイツ機も、イギリス機も──

 

「キ96……四式戦 疾風……Spitfire Mk.V……!」

 

 名前を口にするたび、胸の奥が熱くなっていく。

 この目で、本物を見てるんだ。

 あの、図鑑でしか知らなかった機体たちが……!

 戦ってる、いま、この空で!

 

「どの機体も完全な状態……? 信じられんが、よほど腕のいい整備士が基地にいるらしい」

 

 そんな日向さんの声が、ハッキリ聞こえた。

 

 敵機を引きつけて、撃ち墜としてくれる味方の戦闘機たち。

 そのあいだに、日向さんは操縦桿を必死に動かして、瑞雲を戦闘空域から離脱させる。

 

「……助かったんだ」

 

 いつのまにか、空はすこし静かになっていた。

 XBマンタの三キロほど後ろ上空に、退避したからだ。

 

 よく見ると、基地航空から飛んできた飛行機のほとんどは、帰還を開始している。

 弾や燃料が切れたのかな……でも、何機かの飛行機が護衛のように僕たちの周りを飛んでいた。

 

 たしかあれは……二式飛行艇、だったかな。

 僕が見ていることに気がついたのか、ふらふらと左右に翼を揺らしてくれた。

 

 それを見て、ぶわっと自分が無事だという実感がわきあがる。

 

 ──生きてる。

 

 本当に、助かったんだ。

 

 呆然とすることしかできないぼくをよそに、日向さんは観測を再開する準備をしていた。

 僕は慌てて、少しでも手助けになれるよう双眼鏡で外を確認する。

 

 見ると、海の水平線が騒がしくなっていた。

 白い航跡を何本もひきながら、こちらに向かってくる。

 

 艦娘さんたちだ。

 

 基地航空隊の飛行機と入れ替わるように、波を裂いて、煙を上げて、戦闘海域(ここ)に向かってくる。

 

「……来てくれたんだ……!」

 

 胸が熱くなる。

 日向さんの呼びかけを聞いてくれた艦娘さんたちが、本当に来てくれたんだ。

 

「まずは防空艦隊か、足の速い艦が真っ先に突っ込んできたな」

 

 そう言いながら、日向さんはヘッドセット越しに別の通信に切り替える。

 雑音の向こうから、断続的に砲声と通信が交差するのが聞こえた。

 

『こちら臨時編成、第一防空連合艦隊旗艦のアトランタ、艦連軍総司令官直属の防空艦22隻と共に、戦闘海域に突入する──各艦、高角砲、集中機銃、一斉発射。迎撃開始』

 

『お待たせっ! こちら臨時編成、第二防空連合艦隊旗艦の陽炎!! ならびに随伴の姉妹艦16隻、戦闘海域に突入!!──敵機発見! 各艦輪形陣に展開! タイミング合わせて………高角砲、集中機銃、一斉発射準備……いまッ!!』

 

『同じく臨時編成、第三防空連合艦隊旗艦の五十鈴。随伴艦はBig Slope所属の従業員──『うーぴょん!!』『夜戦!!』あー、ともかく随伴艦14隻。各自任意のタイミングで対空戦闘開始……こいつら後で再教育ね……』

 

『こっちは臨時編成、第四防空連合艦隊旗艦の酒匂! 随伴艦は──』

 

 次々に聞こえてくる無線の声。

 駆けつけてくれた、艦娘さんたちの声。

 

 同時に、遠目からでもわかるほどの、無数の砲弾が、空に向けて撃ち上げられる。

 

 それはまるで、逆さまに降る火の雨のようだった。

 

『高度、角度、修正完了。各艦、第二射斉射……てー!』

 

 距離があるので、なにが起きているのかの詳細はわからない。

 けれど無線から聞こえる声が、そこにある戦場の凄まじさを伝えてくれた。

 

「相当の敵機が落ちてはいる……が、多すぎるな。あの数は……」

 

 低く唸るような日向さんの声。

 

 撃ち墜とされた深海棲艦の戦闘機が、次々と爆散していく。

 飛沫のように破片が飛び、炎が尾を引いて落ちていく。

 

 でも──それでも、敵の数は全然減ってるように見えない。

 

 次から次へと、黒い点が空に浮かび上がる。

 潰しても潰しても、湧き出すように現れる。

 

「敵機は爆弾も魚雷も積んでいない。武装はただの機銃だけのようだが……なにが狙いだ?」

 

 日向さんは言葉を切り、わずかに間を置いてから続ける。

 

「──そうか。盾になっているんだな。あの赤界粒子の散布機を守っている」

 

「盾……?」

 

「見えないだろうが、XBマンタの腹にはまだ小型の散布機が山ほどへばりついてる。だが敵の戦闘機がその下を飛んで盾になることで、散布機の破壊を困難にしているんだ」

 

 ぞっとした。

 犠牲の上に成り立つ戦術だけど、理にかなっている。

 

「このままじゃ、散布兵器に対空火力が届かない。あれでは……」

 

 日向さんの声が鋭くなった。

 

 赤界粒子、普通の人間にとっては毒ガスとかわらないそれを、散布する兵器。

 学校の授業でも習った。

 戦後、突然起動した、たった一機の散布兵器で、街ひとつが全滅したこともあったはず。

 

 そんなのが大量に街に投下されたら。

 

「それじゃ……!」

 

 僕の焦りが喉までせり上がったその時──

 

 空に、別の光が走った。

 

「……だが、奴らも運が悪かったな」

 

「え?」

 

「援軍の空母が飛ばした艦載機がきた」

 

「それって……加賀さんたち?」

 

「ああ。赤城、加賀、飛龍、蒼龍、翔鶴、瑞鶴……まさかの一航戦と二航戦、そして五航戦のそろい踏みだ。お前のために被弾覚悟で、一直線にこの海域まで突っ込んできたんだろう。すでに艦載機も上がっている。いま、雲を割って突入した」

 

 その瞬間、日向さんの口調に熱がこもった。

 

 慌てて双眼鏡をのぞき込むと、光を反射してきらめく飛行機らしい小さな点。

 それはまるで彼女たちの怒りそのものが具現化したような、凄まじい密度の艦載機群。

 

 風を裂き、蒼い空を駆け抜ける。

 最初の編隊が敵機の正面に突っ込むと、まるで空ごとえぐるような衝突が起きた。

 

『行けぇぇぇえええええええっ!』

 

 誰かの叫びが、瑞雲の通信機越しに響いた。

 いや、これは……瑞鶴さんの声かな?

 

 空を翔けるみんなの艦載機が、敵戦闘機の正面からすれ違いざまに、撃ち抜いていく。

 

「すごい……!」

 

 無限に思えるほどに飛んでいた敵機の影が、減っていく。

 空が、明るくなる。

 

 気がつけば、太陽の光が空に満ちていた。

 

 みんなが放った艦載機たちが、XBマンタから離れていくのが見える。

 補給とかのためだろうか、だとしたらその先には空母が、みんながいるはず。

 

 艦載機の行く先にある海を、双眼鏡で確認する。

 小さくてよく見えないけど、そこには確かにみんながいた。

 

 そしてその後ろから、別の水上艦の艦娘さんたちが向かってくる。

 

 小さくてわかりづらいけど、左右に展開された砲塔が見える。

 あれは……戦艦?

 

『第一遊撃部隊、第二部隊! 戦場海域に到着! さぁ、決めますヨー! 全艦、三式弾装填ッ! 比叡、榛名、霧島。そして高雄型、最上型、妙高型、その他重巡の皆さーん。全主砲、Target、XBマンタ下部の散布兵器!!』

 

 無線から聞こえてきたのは、テレビで見たことがある、少し巻き舌まじりの、元気で鋭い声。

 たしかこの声は……金剛連合会の偉い人である、高速戦艦の金剛さんだ。

 

 でもいまは、テレビのときとは全然ちがう。

 まるで、戦場の空気そのものみたいな、ぴんと張りつめた声だった。

 

「金剛型……足の速い高速戦艦だ。金剛のやつ、重巡クラスをまとめてカチ込んできたのか!」

 

 日向さんが愉快そうに声を上げる。

 知りあいかな?

 

 しばらくして、無線から誰か別の声が聞こえてくる。

 

『……標的、距離……ザッ……高度九千、方位一八五! 速度約百五十!!』

 

『OK霧島!! 仰角修正完了……撃ちます!! Fireッ!!』

 

 その瞬間、海の上の艦娘さんたちの砲塔が、いっせいに天に向けて火を噴く。

 飛んでいく砲弾は、目には見えないけど、どこか空がたわんだみたいな感覚があった。

 

 艦娘さんたちの連続射撃。

 戦艦や、重巡洋艦の大口径砲。

 

 瑞雲のエンジンの音と、風防にさえぎられてそこまではっきりとは聞こえないけど、砲撃の光の後に何秒か遅れて、花火の爆発するような音がわずかに聞こえてくる。 

 

 ──天に向けて撃つ戦艦の大砲って、こんなにすごい音がするんだ。

 

 XBマンタのまわりに、まるで雷みたいな光の火花がぱちぱちと弾けた。

 

 三式弾──たしか、航空目標用の特殊弾。

 空に飛ぶ敵を、爆風と火薬の雨で包みこむ砲弾だったはず。

 

 ズガァァァン……ッ!!

 

 大きな音が機内に響く。

 

 XBマンタのお腹のあたりで、爆発が何度も何度もおきる。

 そして煙がぶわっと広がって、その中からなにか黒いものが大量に崩れて落ちていた。

 

「……当たった……!」

 

 僕は、無意識に声を出してた。

 

 だけど。

 

 爆発の煙が晴れたあとも、黒い巨体はゆらりと体勢を立て直して、まだ飛び続けていた。

 

「なんで……飛んで……」

 

「……やはり三式弾では……いや、何発か徹甲弾も撃ち込んだのが見えたが……やはり無理か……相変わらずの下部装甲の厚さだな……」

 

 無数の砲撃を受けても飛び続けるXBマンタの本体。

 それはまるで空に浮かぶ巨大な島──そんな錯覚さえ覚える。

 

「戦闘機と、散布兵機はほぼ墜とせたが……」

 

 日向さんのつぶやきが、重く響く。

 

 XBマンタは高度を維持したまま、ゆっくりと街の方向へと進んでいた。

 まるで自分には、こちらの攻撃が通じないことを理解しているかのような、悠然とした進行。

 

 じっさい海上では艦娘さんたちが、いまも必死に高角砲で砲撃を続けているけど、その火力では致命傷を与えられない。

 

「このままじゃ……あの、飛行機で上の部分とかを攻撃とかできないんですか?」

 

「何機か試してたようだが、機銃じゃどうにもならん。艦爆でもこの高度まで爆弾を抱えては飛べまい……おそらく準備も間に合わん」

 

 日向さんは少し悩んだ後、通信機のスイッチを入れる。

 

「──大和、聞こえるか。そちらの位置から、いまのXBマンタの高度と距離で、お前の主砲は届くか?」

 

 雑音の向こうから、はっきりとした声が返ってきた。

 

『現状では……当てられなくはありません。距離を調整して最大仰角で撃てば、XBマンタの下部には届くでしょう。ただ──』

 

 一瞬、言葉が途切れる。

 

『問題は、それでは装甲の厚い腹部しか狙えないことです。金剛さんの砲撃はこちらでも確認しましたが、やはり効果は薄い……大和の主砲でも、あの下部装甲を抜けるかは……』

 

「曲射で上部構造は狙えるか……?」

 

 日向さんが重ねて問うと、大和さんの声が静かに続いた。

 

『XBマンタの高度が下がれば、放物線を描く砲弾の頂点を調整して、敵の背に当たるよう撃てます。XBマンタの共通特性であるなら、上面装甲は下部に比べて薄いはず。そこを撃ち抜ければ、内部に直接ダメージを通せる……あくまで可能性ですが』

 

 放物線──。

 

 僕の脳裏に、山なりに弧を描いて飛翔する主砲弾の軌跡が浮かんだ。

 敵の真上に落ちるような弾道。

 

 でも大和さんはが言うには、そのために、XBマンタがいまよりもずっと、低く飛ぶ必要がある。

 

『どう少なく見積もっても……高度六千。迎撃限界点まであと五分、それまでに降りてくれば、上部に砲弾を落とせます』

 

 六千メートル。

 現在のXBマンタが飛ぶ高度は九千メートル

 

 想像しただけで、息が詰まる。

 あの巨体を、五分以内にその高度に降ろさないと街が……。

 

「大和、それだけ高度を下げられれば、本当に当てられるのか?」

 

『……当てます』

 

 大和さんの答えに、迷いはなかった。

 

『全主砲に徹甲弾装填済み。目標、XBマンタ。上部装甲に着弾させるため、計算は完了しています』

 

 短く、静かに、しかしその言葉には覚悟が満ちていた。

 

「じゃあ……落とさないとな。その高度まで、なんとしてでも」

 

 日向さんが、静かに操縦桿を握り直す。

 

「了解だ。高度六千。そこまで引きずり下ろす……──とは言ったものの、どうする?」

 

 日向さんの余裕のない声。

 

 だけど、XBマンタを地上に墜とす、その方法を、僕は──知っている?

 

 背中の大鳳さんが、僕の肩にそっと手を置く。

 その細い指先が、わずかに震えているのを感じた。

 

 それが呼び水になったのか、なぜか、夢の中の記憶が、急に鮮明になる。

 

「落とせます……まだ、方法があります!」

 

 僕は思わず叫んだ、息が上ずっていた。

 日向さんがちらりとこちらを振り返る。

 

「……なんだと?」

 

「夢で……見たんです。いえ、夢というか、前世の記憶……。あの時、XBマンタの上に、オオトリ……特殊大型飛行艇を着陸させて、艦娘が……大鳳さんが艤装を展開して──それで……それで、XBマンタは墜ちました!」

 

 コックピットの中で、冷たい沈黙が一瞬流れる。

 

 日向さんは唇をわずかに歪めて、目を細める。

 

「夢? 前世? ……いまは冗談を言ってる場合じゃないぞ……」

 

「──虎瀬提督は、そうやってアレを落としたんです!!」

 

 言った瞬間、自分の前世の僕と、いまの僕が重なるような感覚が走り抜ける。

 

 日向さんの目が見開かれる。

 なぜその名前を僕が知っているのか、そんな表情。

 

「虎瀬提督……戦狂少佐提督の本名か? XBマンタの唯一の撃墜者の……艦連の重要機密だぞ、なんでその名を……?」

 

 日向さんの声はかすれ、一瞬驚いた表情。

 でも次いで深く、うなずいた。

 

「いや……よし。やってやる。急降下の準備に入る。……覚悟はあるな?」

 

 僕は全身の筋肉を震わせながら、短く答えた。

 

「はい!」

 

 日向さんはすぐに大和さんへ無線を入れる。

 

「大和、今からXBマンタの高度を下げる。砲撃のタイミングを逃すな」

 

『……え、どうやって? そんなこと本当に──』

 

「やるんだ。おまえはこちらを信じて撃て、大和」

 

『……了解です、師匠』

 

 機体がわずかに傾いた。

 日向さんは、さらに無線で呼びかける。

 

「──作戦海域に展開中の全艦、聞け。これより空木……この機に乗っている小さな提督を脱出させる。各艦はパラシュートを目印に、回収を頼む!」

 

「え……?」

 

 僕はわけがわからず口を開きかけた。

 

 だけど、次の瞬間には風防が炸裂する音と、骨の髄まで震える衝撃が襲いかかっていた。

 

 爆風。

 

 風。

 

 視界がひらけ、空が崩れた。

 

 僕と大鳳さんが座っていた後部座席が、瑞雲からまっすぐに宙へと射出されていた。

 耳が千切れるような気圧の変化の中、座席に搭載されているパラシュートが機械的な音を立てて開く。

 

 空が遠くなっていく。

 

 瑞雲が、あの巨大な怪物の上へ──その背中へと突っ込んでいく。

 

 そしてすごい速度で、XBマンタの上に吸い寄せられるように瑞雲が激突。

 バラバラになる機内から飛びだすように、艤装を展開する日向さんの姿。

 

 僕は、はっきりと見た。

 

 瑞雲の主翼が折れ、着陸の衝撃でフロートが、XBマンタの表面に突き刺さる。

 日向さんの艤装が、展開されて、鈍く、重く、XBマンタを押し下げていく。

 

 XBマンタの高度が落ちはじめる。

 

 そして──

 

 空に、閃光。

 

 たぶん、大和さんの放った徹甲弾が、XBマンタの上部に突き刺さった。

 爆炎が視界を覆い、空が割れた。

 

 その瞬間、すべての色が滲んでいく。

 

 酸素が薄い。

 

 鼓動が遠ざかる。

 

 僕は、薄れていく意識の中で、確かに見た。

 

 XBマンタが──墜ちていく。

 

 そして、日向さんの影が、爆炎と煙のなかに消えていった。

 

 

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 敵の()()()()()()は、沈んでいった。

 

 まるで抵抗の意思すら見せることなく、海の底へと沈んでいく。

 海上移動基地への激突は回避され、空に静寂が戻りつつあった。

 

 だが、そこに安堵の余白はなかった。

 

 〈オオトリ〉もまた限界だった。

 

 機体はひしゃげ、主翼はもはや原形を留めておらず、装甲板の継ぎ目から黒煙が噴き上がっている。

 にもかかわらず、その残骸は奇跡的に上堂薗提督の海上移動基地への着陸に成功していた。

 

 海上基地のほんの数百メートル手前の海に墜落した衝撃で、大型散布兵器の上から離れ、海面を滑るように、基地に着陸したのだ。

 爆発を伴う墜落ではなかった──が、そこに「着陸」の名を与えるにはあまりに無惨な姿だった。

 

『くっ、こっちだ! 急げ、息してるか!?』

 

『虎瀬提督、足が……! おい、止血帯、早く!』

 

 遠くで誰かが叫んでいた。

 生き延びた提督たちが、炎と煙の中で必死に仲間を呼んでいる。

 

 ──虎瀬提督は、片足を失っていた。

 

 その体を、傷だらけの島提督が背負っていた。

 血と汗と油にまみれながら、彼は歯を食いしばりながら、その重さに耐えていた。

 

『……死なないでください虎瀬提督……まだ、まだですよ、あきらめるのは死んだ後です!』

 

 その背で、虎瀬提督が乾いた笑いをこぼしたのを、僕は見た気がした。

 

 僕は、大鳳さんの背にいた。

 

 視界が揺れ、ぼやけていた。

 

 左肩が焼けるように痛む。

 

 胸部に走る鈍い重さは、肋骨が砕けているからだと、どこか冷静に理解していた。

 

『……ごめん。もう……だめみたいだ』

 

 僕の声は、まるで水の中に沈んでいくように、弱々しく空気に溶けていった。

 

『……このままじゃ君まで巻き込む。もう置いていってくれ。どこかその辺に……頼むよ、大鳳』

 

 それは、命令ではなかった。

 諦めでも、投げやりでもなかった。

 

 ただ、納得だった。

 

 役目を果たしたという自己欺瞞。

 そして、これ以上の破滅を誰かに強いたくないという、せめてもの矜持。

 

 けれど──

 

『しっかりしなさい提督!! あなたは──』

 

 大鳳さんの声が、雷鳴のように僕の鼓膜を打った。

 

『……なんのために?』

 

 その声をさえぎるように、僕は問うていた。

 血のにじむ唇の端から、意識とは無関係に言葉がこぼれていた。

 

『なんのために生きればいいの? 大切な人も僕を覚えてる人も、もうほとんどだれもいない……この世にいる理由なんて、無いのに』

 

 相変わらず空は赤く染まっていた。

 

 海面には燃え残る機体と、吹きすさぶ風と、遠くに見える艦娘たちの戦い。

 そのどれもが、自分とはもう無関係のように思えた。

 

『だったら探してみつけなさい! 生きている……限り!!』

 

 大鳳さんの叫びが、胸を打ち抜いた。

 

『……探す?』

 

 生きる理由を?

 

『おばあさまがそうだったように、ご両親がそうだったように! 確かなのは、貴方がまだ生きてるという事よ!!』

 

 彼女の声は震えていた。

 怒りとも悲しみともつかない、けれど確かな熱を帯びた声音だった。

 

『私は、貴方のおばあさまのことも、ご両親のこともよく知らない。でも貴方は私より沢山その人達のことを覚えてる。貴方の大事な人たちのことを知ってる貴方がいなくなれば、それだけ世界から、その人達の記録が失われる。それでもいいの!?』

 

 僕は目を閉じた。

 胸の内に、遠い日の面影が浮かんだ。

 

 あの、小さな庭の椅子に腰かけていたお父さん。

 春の縁側で本を読んでくれたお母さん。

 

 そして、そっと頭を撫でてくれたおばあちゃん。

 

 もう二度と会えない人たち。

 でも確かに、僕の中に生きていた。

 

『……おばあちゃん……』

 

 気づけば、涙が頬を伝っていた。

 

 生きなければならない。

 そう、言われたのではなかった。

 

 生きて、なにかを──なにかに繋げなければならない。

 

 そう、理解したのだった。

 大鳳さんの背で、僕は泣いていた。

 

 〈オオトリ〉の残骸が風に軋み、火の粉が舞っていた。

 

 世界はまだ戦っていた。

 そして僕は、まだ、生きていた。

 

『……ありがとう』

 

 言いかけた、その瞬間だった。

 

 大鳳さんの身体が、崩れ落ちた

 

『大鳳……?』

 

 なげだされた僕は、なんとか身体をよじって、彼女を見る。

 小さな身体、だけど、そのお腹には、大きな“穴”が開いていた。

 

『え?』

 

 艦娘の身体は、本来であれば強固な防御膜に包まれていて、たとえどんな攻撃を受けても、物理的な欠損を起こすことはない。

 

 だけど──例外はある。

 

 戦艦級の砲撃なんかの、すごく強い衝撃で大破状態になってしまったとき。

 極まれに、その強固な防御膜が“壊れる”場合がある。

 

 そうなると彼女たちの身体は、まるで人間のように弱くなってしまう。

 

 大鳳さんの身体は、恐らく無理な体勢での艤装展開、大型散布兵器のなんらかの影響。

 そして、高高度からの落下の衝撃が組み合わさって、大破状態になった。

 

 そのさいに、防御膜の機能が壊れ、そこに鉄骨かなにかが突き刺さったんだ。

 防御膜のない状態では、人間と同じ、場合によってはそれ以上に脆くなる。

 

 つまり。

 

 ──こうなれば、もはや時間の問題だった。

 

『だい……ほう……!』

 

 声にならない声で、僕は地面を這う。

 血がにじみ、手のひらが泥に濡れる。

 

 それでも構わない。

 僕は、大鳳さんの名を、何度も呼び続ける。

 

 彼女の目が、うっすらと開いた。

 そして、まるで僕を安心させるように、微笑む。

 

『……ごめんなさい、提督。でも、大丈夫……いつかまた、次の私に会えます』

 

 その声は、どこか遠くから響いてくるようだった。

 

 彼女の顔は僕の血に汚れ、唇もかすかに震えているのに、それでも微笑んでいた。

 僕の目を、まっすぐに見つめて。

 

 まるで、僕の不安や悲しみをそっと包み込もうとするように。

 

 彼女は、わずかに動く手を伸ばしてきた。

 震える指先が、僕の頬に触れた。

 

 温かかった。

 

 けれど、その熱はもう、消えかけていた。

 

『執務室の片隅で……あなたにキスをした、いまの私じゃないけれど』

 

 胸の奥がきしむ、あの夜の記憶が、鮮やかによみがえる。

 小さな灯りの下、ぎこちなく唇を重ねた。

 

 彼女は笑っていた。

 その笑顔がいま、こうして崩れ落ちていくことが信じられなかった。

 

『でも、また……きっと、会いに行きます……だから、泣かないで、ください……提督』

 

 最後の言葉を言い終えると、大鳳さんの指がすうっと離れた。

 それでも彼女は、僕が泣かないようにと、微かに笑みを残していた。

 

 そうして大鳳さんの息は止まり、身体は動かなくなった。

 

『大鳳……っ、大鳳……っ!』

 

 声が震え、喉が焼ける。

 涙が止まらない。世界が、にじむ。

 

 僕は泣きながら、何度も彼女の名を呼んだ。

 壊れそうな声で、何度も、何度も。

 

『必ずだよ……必ずまた、会いに……来てッ……!』

 

 それは祈りだった。

 祈りでしかなかった。

 

 けれど、それ以外に、僕にできることは──なかった。

 

 

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 目が覚めた。

 

 ほんのわずか、十数秒くらいの時間だと思うけど、気を失っていた気がする。

 

 真っ先に視界に飛び込んできたのは、海だった。

 その上に、XBマンタの黒い機体が浮かんでいた。いや、正確には──沈みかけていた。

 

 泡と波を立てながら、まるで苦しむように、ゆっくりと水面の奥へ姿を消していく。

 砕けた残骸が、光を反射しながら、海面で踊っていた。

 

「日向さん、無事みたい」

 

 背中越しに、大鳳さんの声がした。

 

 その瞬間、胸がきゅっとなった。

 ああ、そうだ。

 

 彼女がいたんだ、背後に──僕のすぐそばに。

 

 ずっと、ずっと──

 

 さっきまで夢のなかで見ていた、あの光景。

 僕を背負って、励ましてくれて……そして、崩れ落ちた、彼女の姿。

 

 たまらなくなって、僕はそっと言った。

 

「……会いに来てくれたんだね。君は」

 

 返事はなかった。

 けれど代わりに、あたたかな腕が僕の腰に回される。

 

 震えていた。

 

 だけど、確かだった。

 彼女は、なにも言わずに僕をぎゅっと抱きしめてくれる。

 

 そのときだった。

 

 胸に抱えていた布袋──おばあちゃんの遺骨が入った、小さな袋の縫い目が裂ける。

 

 風が吹いた。

 中からこぼれた白い粉が、細い線をえがいて舞い上がり、空へと昇っていく。

 

 僕は、空を見た。

 

 紺色だった。

 

 深く、静かで、宇宙に限りなく近いような、特別な青。

 海も青くて、空も青くて、世界が青く染まっている。

 

 ──だから、ここなんだって、思った。

 

 おばあちゃんが願ったのは、きっと、この場所だったんだって。

 

 酸素は薄くて、気温は低くて、人には優しくない世界。

 

 でも。

 

 ──ああ、確かに、きれいだ。

 

 

 

 パラシュートに吊られて、僕と大鳳さんは、静かに空を降りていた。

 脱出装置の椅子の振動はもうなく、ただ風に揺られながら、雲の下へと落ちていく。

 

 後ろにいる大鳳さんはなにも言わない。

 ただ僕の腰を抱きしめていて、それが、夢ではないのだと教えてくれていた。

 

 そのぬくもりがあるかぎり、僕は目を閉じるわけにはいかなかった。

 

 そんなとき、プロペラの音が聞こえてきた。

 顔を上げると、無数の艦載機たちが、僕たちの周囲を護るように飛び交っている。

 

 赤城さん、加賀さん、飛龍さん、蒼龍さん、翔鶴さん、瑞鶴さん。

 

 ──僕の艦娘たちが送り出した、沢山の艦載機。

 

 僕と大鳳さんを守るために、いまもこの空で飛び続けている。

 

 ありがとう、と、心の中でつぶやく。

 誰にも聞こえなくてもいい。

 ただ、どうしても伝えたくなった。

 

 ふと、その中に、ひときわ古めかしい機影が交じっていることに気づく。

 

 複葉の翼、特徴的なシルエット──あれは、ソードフィッシュ。

 目を凝らすと、その機影は他の艦載機たちと違い、少しだけ海の方へ傾いていた。

 

 なぜだろうと視線を海に向け、僕は、彼女の姿を見つけた。

 

 海の上、さっきまでの戦闘海域から離れた場所──

 

 そこには一直線にこちらへ向かって走ってくる艦娘がいた。

 波間を蹴って、しなやかに、力強く。

 

 彼女の髪が、日光を浴びて赤く輝いていた。

 その色を見た瞬間、僕は誰だかわかった。

 

 アークロイヤルさんだ。

 

 ウォースパイト様に仕えた彼女は、主人の人生を見届けたあと、必ず僕のもとに戻ると約束していた。

 その言葉は、決して形式でも、慰めでもなかったのだ。

 

 彼女もまた、大切な人との別れを経験した。

 だからこそ、この空の下、再び僕のもとへ戻ってきてくれたのだと、そう思った。

 

 言葉を交わしたい。

 

 いや、それより、そばにいてくれるだけでいい。

 たとえなにも言えなくても、誰かを失った悲しみをわかち合えるなら、それで。

 

 そして僕たちは艦載機たちに守られ、囲まれながら、海の上へと導かれていた。

 まるで、空そのものに守られているような感覚だった。

 

 この深く澄んだ青のなかで、僕は確かに生きている。

 

 

 

 そのあとは──色々大変だった。

 

 僕たちが着水してすぐ、駆けつけてきたみんなに、陸の上へと運ばれた後。

 抱きつかれて、泣かれて、叫ばれて……気がつけば、もみくちゃにされていた。

 

 赤城さんが一番に僕の顔を覗き込み、なにも言わずに涙を落とし、次に加賀さんが「無事でよかった」と言って、思いきり抱きしめてくれた。

 そのあと翔鶴さんがやってきて後ろから抱き着き、そして蒼ねえちゃんと飛龍さんが両肩にしがみついて泣いた。

 瑞鶴さんとは「バカッ! 心配させんな!」と叫んで、でもその声は泣き声混じりだった。

 アークロイヤルさんは、状況がよくわかってないようだったけど「ただいま戻りましたmy Admiral」と、綺麗な姿勢で僕に挨拶をしてくれた。

 

 そして、その輪の中に、見たことのない顔がひとつ交じっていた。

 艶やかな赤髪で、白いドレスのようなワンピースを着たお姉さん。

 

「Saratogaです。提督、サラとお呼びくださいね」とその艦娘さんは言って、当然のように僕に抱きついてきた。

 

 誰なのかは、よくわからなかった。

 けど、なんとなくいつもの事かなと、懐かしい気もした。

 

 そんな中でも、大鳳さんは、ずっと僕のそばにいた。

 

 他の人たちに押されているときも、少し距離を置いて静かに見ていたし。

 みんなが離れてようやく落ち着いたあとには、さも当然のように僕の腕を取って、そのままくっついてきた。

 

 ぬくもりは、ちゃんとそこにあった。

 それがなぜか、とても嬉しかった。

 

 落ち着いてから、日向さんや艦連の人たちから、いろんなことを説明してもらえた。

 

 まずは僕の夢、恐らく前世の事。

 

 これについては、前世の僕が『艦桶』を利用したコールドスリープ装置。

 その初期に開発された型番のものに、長い間入っていたせいじゃないか、ということらしかった。

 

 艦娘さんたちは、生まれ持ってある程度の知識や人格を持って生まれてくる。

 現代はともかく少なくとも昔は。

 

 じゃあその知識や人格を形成する記憶は、どこからやってくるのか?

 

 詳しくはわかっていないらしいけど『どこか』に保存されていて、そこから持ってきてるんじゃないかということらしい。

 そして、艦桶に近いつくりのコールドスリープ装置に入っていたせいで、艦娘と勘違いされて、前世の記憶の一部がそっちに保存されてしまったんじゃないか? ということらしかった。

 

 正直、僕には難しくてよくわからなかったけど。

 まあ、それについてはうまく付き合っていくしかないのかなと思う。

 

 そしてそれよりも深刻な問題。

 

 ──なぜ、あのときXBマンタが現れたのか。

 ──どうして、あんな動きをしたのか。

 ──そして、これからの対応について。

 

 なんだけど、結局のところ、その理由についても、誰にもはっきりとはわからなかった。

 

 ただ、あとで聞いた話では、軽巡洋艦の艦娘である酒匂さん。

 彼女が、艤装生物の長十センチ砲ちゃんが、なにか言っていたのを聞いたらしい。

 

 なんでも

 

『XBマンタさんは、自分の寿命が終わる前に、最後に戦いたかったみたい──そんな気持ちが、ふっと伝わってきたんだって』

 

 それが本当なのかどうかは、わからない。

 でも、少なくとも僕は、なんだか妙に納得できてしまった。

 

 そして、もしそれが本当なら。

 これからも、似たようなことが起こるかもしれない──と、艦連は少し焦っているそうだ。

 

 でも、たぶん、えらい人たちがなんとかするだろうから心配するなと、日向さんは言っていた。(※その後ろにニコニコしながら立っている大和さんはとても怖かった)

 

 ……いや、正確にはえらい人たち、つまり人間ではなく。

 艦娘さんたちに、なんとか『してもらう』しかないんだろう。

 

 僕たち人類は、まだまだ、彼女たちに守ってもらわなければ、生きていけないみたい。

 なんだかそれが、とても申し訳なく感じてしまう。

 

 けれども、やっぱり艦娘さんたちがいてくれるかぎり──世界は、きっと、大丈夫だと。

 

 そんなふうに思えたのだった。

 

 

 

 夏休みが終わり、蝉の声も遠ざかって、空が少しだけ高く感じるようになったころ。

 僕は今日も、大鳳さんと並んで通学路を歩いている。

 

 陽射しはまだ強いけれど、アスファルトの熱気にはどこか秋の気配が混じっていて、季節が確かに進んでいることを教えてくれた。

 こうして歩いていると、おばあちゃんがいたころの普通の毎日が戻ってきたみたいで、少し不思議な気持ちになる。

 

 悲しみは、たしかにいまも胸の奥で静かに疼いている。

 

 けれどそれは、僕の中でじっと形を変えながら、新しいなにかの種になろうとしている気がしていた。

 それがなんなのかは、まだよくわからない。

 

 ただ、本当の意味で前を向いて歩くためには、他にも“なにか”が必要なんだと思う。

 

「ねえ、大鳳さん」

 

 僕はふと思い立って、彼女に尋ねた。

 

「そう……私が大鳳」

 

「ん? うん……それで君はさ、自分がなんのために生きてると思う?」

 

 唐突な質問にもかかわらず、大鳳さんは少しも迷わずに答えた。

 

「決まってるわ、提督をみつけるためよ」

 

 その答えはあまりにもまっすぐで、まるで透き通った光を宿しているようにも思えた。

 その真剣さがどこかおかしくて、僕は少し笑ってから、さらに問いかける。

 

「もうみつけてるじゃないか……それとも、もしかして僕は、君の提督じゃないの?」

 

 大鳳さんは一瞬だけ言葉を失ったように黙り、少し間を置いてから、小さな声で答えた。

 

「──……あなたが、私の提督よ」

 

 まっすぐな視線に射抜かれたような気がして、思わず目をそらしてしまった。

 

「そっか」

 

 そう言ってから、僕は続ける。

 

「それと……僕が本当に聞きたいのは、みつけたあと、君はなんのために生きるの? ってこと」

 

 大鳳さんは再び即答した。

 

「そんなのはわからないわ」

 

 まるで当然のことだと、はっきりと言いきった大鳳さん。

 僕は思わず苦笑してしまう。

 

 そんなこちらの反応を見て、大鳳さんは僕の目の前に駆け寄ってくる。

 なにかな? と、思った瞬間。

 

 大鳳さんは顔をスッと近づけてきて、僕にキスをした。

 

 風に揺れる大鳳さんの髪が、少しだけ僕の肩に触れる。

 少しして、大鳳さんの顔が離れる。

 

 すごい真顔、僕もたぶん真顔だった。

 

「だから探すの。次は──提督、あなたと一緒に」

 

「なんで……いや、まあいいか。でも、みつかるかなぁ……自信ないよ」

 

 思わずこぼれた言葉は、僕の本音だった。

 

 僕はまだ子どもで、未来の形も定かじゃない。

 

 世界があんな風に崩れかけて、そしてまた守られて……そんなことを目の前で乗り越えたというのに。

 僕自身は未だにイジイジと、なんのために生きるのかってのを考えてる。

 

 おばあちゃんの願い、あのとき空に舞った白い欠片。

 そしてその直前で見た夢、前世の記憶。

 

 あれを見たとき、僕はなにかに気がついたような。

 そして、なにかを理解したようにも感じたけど、もうよく思い出せない。

 

 でも。

 

「大丈夫。提督と私なら、きっとみつかるわ」

 

 大鳳さんはそう言って、笑おうとした。

 でも、うまくいかなくて、指で口の端を押して、無理やり笑顔を作った。

 

 不器用なその仕草が、なんだかとても大鳳さんらしくて、僕はそれを見て小さく笑った。

 

 大鳳さんは、なぜか艦娘代わりが、いまだに終わらないまま。

 もしかしたら、なにか特別な原因があるのかな?

 

 だとしたら、それをみつけるまで、彼女の艦娘代わりは終わらないのかもしれない。

 

 お互い、道のりは遠そうだ。

 

 でも──それでもいいかなって、思えたりもする。

 

 おばあちゃんの願いは、空の青さに溶けていった。

 その空の下を、いま、僕は大鳳さんと一緒に歩いている。

 

 とりあえず今日は、それだけでいいかなって思えた。

 

 これからの人生を、誰かの背中に乗せてもらってではなく、自分の足で歩いていくために。

 僕はもう一度、歩き出すことにした。

 

 そんな僕たちの目の前には、どこまでも続く晴れやかな青空。

 その下には、海と港が見えて、その近くには沢山のビルが建ち並ぶ風景が見える。

 

 

 ここは『艦夢守市(かんむすし)』

 

 

 大きな港があり、その港と街の周りをぐるっと山に囲まれている、そんな立地の場所。

 都会とまではいかないけれど、それなりに騒がしくてそれなりに穏やかな大きさの街。

 

 

 そしてこの街には一つの噂がある。

 それは提督適性者が集まるという噂だ。

 

 

 この街には居るかもしれない提督適性者たちと、その噂を聞いてやってきた割と多くの艦娘たちと、沢山の人たちが平和に暮らしている。

 

 

 つまりここが僕と、僕の艦娘たちが生きている世界だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『僕』

『正規空母:赤城:加賀:蒼龍:飛龍:翔鶴:瑞鶴:大鳳:Ark Royal』

 

そしていつか僕と出会う正規空母たち

 

おわり

 

 




 
最初の加賀さんの話から約8年、色々ありましたがようやく『僕』編完結。
ここまで読んでいただき、ほんとうにありがとうございました。

過去の戦争の顛末に、大鳳さんや日向師匠のその後など、気になる部分もあると思うのですが。
とてもとても長くなりそうだったので、それはいつか別の話で、たぶん、いつか……。

というわけで、次の話が最終回(みたいな話)になります。 
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