闇の王がファミリアに入ってもいいじゃない、『元』人間だもの 作:大豆万歳
あれから月日は流れて。
「そこまで!」
【フレイヤ・ファミリア】
「これより1時間の食事休憩をとる!その後は筆記用具を持って書庫に集まるように!」
『イエス、サー!』
男性──ベル・ヴァレンシュタインの指示を受け、先程まで疲労から転がっていた団員達がボロボロの体に鞭を打って立ち上がり、了承の声を発する。
姓から分かる通り、彼はアイズ・ヴァレンシュタインと結婚し、更に2児の父となった。
きっかけは、レフィーヤの嫁入りを機に自分の将来を考えたアイズが自問自答を重ねた結果、ベルに対する好意を自覚。朝の鍛錬の前に
だが、二人が交際を始めるまでは、苦労の日々が続いた。
ベルとアイズの交際を認めない両【ファミリア】の主神の説得。
『寝取られた!』と泣き喚きながら襲撃してくるベル(若しくはアイズ)を狙っていた冒険者達の迎撃。
『私の
これらを経て漸く、『立て続けというほどの頻度ではないが団員が減るのは大きな損失なので、挙式は交際して1年以上経ってから行う』という条件で二人の交際は認められた。
ベルが『
当然ながら、反発はあった。【フレイヤ・ファミリア】の団員達は、ベルの
「いってぇ……」
鍛錬を行っていた団員の一人。金髪赤目の少年が歩くたびに体を走る痛みに顔を歪める。
少年の名はアルトリウス・ヴァレンシュタイン。ベルとアイズの子供であり、冒険者になって半年の
ベルとアイズの子供ということもあって、周囲の神々や人々は彼に期待を寄せる……なんてことはなかった。むしろ、両親のように無茶をしないよう口を酸っぱくして言い聞かされて育ってきた。アルトリウスの方は一度だけ年相応に反抗しようとしていたが、具体的に起きた出来事を両親が滔々と話すことで反抗心を粉々に砕いた。グレイ程ではないが、両親の歩んだ道は茨の道だったとアルトリウスは頭と心の両方で理解した。
「何をグズグズしている」
「い゛っ!」
のろのろと歩くアルトリウスの尻に、ヘディン・セルランドが平手を叩きつける。
「頭から湯船に放り込まれたくなければ、迅速に体を清めてこい」
「イエス、サー!」
ヘディンに睨まれたアルトリウスは、そそくさと風呂場へと向かう。
「あれだけ苛め抜いてなお動く余力が残るか……明日の模擬戦はもう少し苛烈にするとしよう」
「死なない程度に加減してくださいね!」
そんな彼の後ろ姿を見て呟いたヘディンに、すかさずベルが耳打ちする。
それが聞こえたのかは不明だが、背筋がぞわっと凍り付いたアルトリウスは更に歩くスピードを上げた。明日の自分の首を締めることになるとは知らずに。
同時刻、『
「皆さーん、お昼ですよー」
昼食の準備を終えた『
書庫にはアイズとレフィーヤ、そして、白髪金目の少女が一人いた。
少女の名はアンジェラ・ヴァレンシュタイン。ベルとアイズの子供であり、アルトリウスの妹である。アルトリウスと違い、彼女はまだ10歳のため冒険者になれず、あと3年待たなければならない。なので、3年後に備えて彼女は日々書庫で勉学に励んでいた。午前中は『竃火の館』か『
一方、アイズとレフィーヤは午後の座学で使う抜き打ち
「行こうか」
「はい」
問題文に間違いが無い事が確定したのか、
立ち上がった二人の腹部を見れば、少々膨らんでいる。二人とも、3人目の子を身籠っているためだ。そのためロキ、ヘスティア、フレイヤの3柱は時々集まっては、子供につける名前について意見交換を行っている。尤も、ロキとヘスティアが自分の提案した名前にすると譲らないところから取っ組み合いに発展し、それをフレイヤが生暖かい目で見つめて時間は過ぎていくため中々決まらないのだが。
「ねえ、お母さん」
「なに?」
食堂への道中、ふと窓の外を見たアンジェラがアイズに訊ねる。
「今日って『茶会』があるんだっけ?」
「うん。だから、グレイさんとアナ、ウィンディはダンジョンに潜ってるよ」
『茶会』とは、不定期でダンジョン18階層で開かれる催しのこと。会場の都合上、招待されるのはLv.2以上の冒険者のみ。そしてどういうわけか、『茶会』の間に起きた出来事については決して口外してはならないことになっている。
「……私も行ってみたいな」
ポツリと呟いたアンジェラの肩に、アイズがそっと手を置く。
「気持ちは分かるけど、焦ったら駄目」
「うん」
娘がかつての自分のように無茶をしてしまわないように、アイズは優しく諭した。
ダンジョン18階層。
極東の『茶室』というこじんまりとした建物が、ひっそりと建てられている。ここが『茶会』の会場であり、入口横の棚には招待された冒険者の得物が掛けられている。
「どうぞ」
今回の席主──『茶会』の主催者であるグレイが、点てた茶を客に出す。客の髪と同じ青色で、少々形が歪な半筒形の茶碗。
「お先に。お点前、頂戴します」
一礼して茶碗を手に取ったのは、極東の着物風に仕立てた
『茶会』とは、ウィーネのように人型で人語を話すことのできる『
そこで、『
席主を務めるのは【ヘスティア・ファミリア】のグレイか春姫、【タケミカヅチ・ファミリア】のヤマト・命のように『
「結構なお点前で」
茶を飲み干したウィーネが、空になった茶碗を置いて再び一礼する。春姫から教わった茶道の作法に一切の澱みはなく、同席していた2人の冒険者は彼女の一挙手一投足から目が離せなかった。
ウィーネから目を離せなかった2名の冒険者のうちの片割れ、長い山吹色の髪を三つ編みにした黒目の少女の名はアナスタシア・モナーク。グレイとレフィーヤの娘である。
一方、黒髪をボブカットにした黒目の少女の名はウィンディ・モナーク。彼女もグレイとレフィーヤの娘であり、アナスタシアの双子の妹である。
彼女達は15歳であり、2週間ほど前に【ランクアップ】したために『茶会』に出席する権利を得た。
「どうぞ」
グレイが再び茶を点てて、アナスタシアに茶を出す。椀形の茶碗には、濃淡の異なる赤で燃え盛る炎のような模様が描かれていた。
「お、お先に。お点前、頂戴します」
ヨームの像や書物から理知を有するモンスターが存在することは知っていても、実物を前にして動揺しているのか、彼女の所作は少々ぎこちなくなっていた。
「結構なお点前で」
『ごめんなさい、春姫さん!』と、自分に茶道の礼儀作法を教えてくれた師への謝罪の言葉を心の中で口にしながら、空になった茶碗を置いて一礼する。
「どうぞ」
三度茶を点てて、ウィンディに茶を出す。夜闇のように黒い輪形の茶碗の外側には、星を連想させる斑紋が浮かんでいる。
「お点前、頂戴します」
ウィンディは冷静に茶碗を手に取り、三回回す。だがそれは表面上であり、内面はアナスタシアに負けず劣らず動揺していた。
「結構なお点前で」
茶を飲み干し、空になった茶碗を置いて一礼する。
「(いいですか?)」
「(ああ)」
グレイとウィーネが目で会話をすると、ウィーネは改めて背筋を伸ばして口を開く。
「私のように理知を備えたモンスター、神ウラノスが『
ウィーネがアナスタシアとウィンディの目を真っすぐと見つめ、言葉を紡ぐ。
「そして私達は、生き残るために同胞以外のモンスターを殺し、『魔石』を食べて力をつける」
それは、いつかリドがベルに伝えたという説得の言葉。
「だから、私達の存在を知ったからといって、モンスターを殺すことを躊躇わないで。例え、それが私達のように喋ったとしても、牙をむいたなら、殺して」
言い終えると、ウィーネは深々と頭を下げる。いくらウラノスが、『
「「……分かりました」」
アナスタシアとウィンディは、暫し考えた後に同意の言葉を口にして軽く頭を下げる。人もモンスターも平等に殺してきた父親の冷たい部分を二人は受け継いでいたのか、すんなりとウィーネの言葉を聞き入れた。
「本日はお越しいただき、誠にありがとうございました」
道具一式を下げたグレイが、ウィーネ達に向かって一礼すると感謝の言葉を口にする。
「大変結構なお茶を頂戴し、ありがとうございました」
すると、ウィーネがグレイに向かって挨拶をする。
「本日はお相伴していただき、ありがとうございました」
「「ありがとうございました」」
続いて、ウィーネがアナスタシアとウィンディに挨拶をすると、二人も挨拶を返す。
……これで、今回の『茶会』は終わり。ウィーネ達が退席すると、最後にグレイが茶室を出て、きっちりと施錠して娘達と共に地上へと向かった。
世界の果て。下界に降臨していない神々が身を粉にして働いている天界から、遠く離れた場所。
そこには巨大なすり鉢状の窪みがあり、端から端まで炎で満たされていた。
これこそが、『始まりの火』。
万物に差異を齎し、今も世界を照らし続けている火。
その火に向かって揺らめく何か──神々に導かれたソウルが吸い寄せられていく。そのソウルの持ち主が何者であったか、そんなものは関係ない。人であれ、獣であれ、草花であれ、全て等しく始まりの火に焚べられる燃料でしかないのだから。
それらが入り込むと、入れ替わるように透明なソウルが、燃料としての役割を終えたソウルが、新たな器となる肉体を求めて、地上へと向かう。
こうして、始まりの火は世界を照らし続ける。
地上に命の営みがある限り。
以下、『こうだったらいいな』な補足を二つ。
一つ、グレイの兄オスカーの末裔がアストラのアンリであり、その末裔はベルの母親。つまりベルとグレイは(ほぼ他人だけど)親戚。
二つ、現在オラリオがある土地には、アストラという国が存在した。グレイは気づいていないが、故郷に帰ってきていた。