やはり俺の魔法はどこまでもチートである。   作:高槻克樹

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エピローグ2

 

 

 俺が気絶した後のことは、司波から詳細を聞いた。

 一高を襲ったテロリストたちの捕縛し終えた後、司波と十文字会頭、剣術部の桐原先輩がブランシュのアジトに突入し、(つかさ) (はじめ)をトップとする日本支部の連中を一網打尽にしたらしい。

 聞けば一高から一時間ほどの距離の廃工場を拠点にしていたということだ。随分と大胆不敵な連中であるが、同時に高校生を舐めきっていただけかもしれない、というのが正直な感想だった。たった三人に殲滅させられたことがその証拠である。

 ただまぁ、攻め入ったメンバーに司波と十文字会頭がいたと言う時点で詰んでいたのも間違いではないので、一高の戦力を見誤った司の戦術眼が総じてピンボケしていたのだろう。

 ブランシュの連中に対しては全員行動不能にする程度の怪我はさせたとのことだが、誰一人死んでいない、死なせていない――と言うことを司波が俺に態々伝えに来たのは、討論会当日の朝にした生徒会室での俺の発言を気にしたからのようだ。

 的外れで身勝手な俺の言動のせいで、逆に司波の行動を狭めて手間を取らせたのなら、それはそれで申し訳ないとは思う。俺の価値観は俺だけのものだから、俺が押し付けたとしても司波がそれに従う必要はなく、払いのけることだってできたはずなのだ。

 だが奴はそうしなかった。実のところ廃工場には妹も付いて行こうとしたらしいが、司波が首を横に振ったらしい。聞けば俺への義理立てだとか。何と言うか、変に律儀な奴である。

 

「実戦の空気を知るには貴重な機会だったんだがな……」

 

 とか後で愚痴られても俺は知らん。っていうか、実戦っていう言葉が普通に日常会話的に出てくること自体が、もうなんて言うか色々怖いものがある。お前はこれから何と戦う気だ?

 

「お前らにしてみれば、俺のあれは、いらんお節介だったんじゃねぇの?」

「そうだな」

 

 容赦なく、司波が頷いた。顔色一つ変えなかった。だからこそ奴の本心なのだという実感があった。

 

「だが不要だと切り捨てるのに気が咎めたのも事実だ。そう深雪に思わせる程度には、思い遣りがあったと思ったんだが?」

「……はっ。あんなのただの自己満足だぞ? 仮にそんなものがあっても、お前らが気にすることじゃないだろ」

「そうか?」

「そうだよ」

「では、そう言うことにしておこうか」

 

 なんだか引っかかる物言いである。

 

「それよりも重要な話があるからな」

 

 そうして聞かされたのは俺の魔法――『結衣』のことだった。

 司波のステータスを見たときに、奴が四葉家であることや、あのループキャストを開発したトーラス・シルバーの正体であるとか、軍隊所属の戦略級魔法師であることも知って驚きが行き過ぎて絶句して息が止まったりもしたのだが。

 正直なところ、そんなんどうでもよくなるくらいに驚いたのは、司波が告げた『結衣』の魔法特性のこと――パーティ間で魔法を互いに共有できる事実のほうだった。

 驚いたら、逆に驚き返されて、そのあと心底呆れられた。

 

「自分の魔法のことだろうに……」

 

 そんなこと言われても、俺に今までパーティメンバーなんて出来たことないのだ。検証出来なかったことまで俺が知るはずがない。

 俺のぼっち人生を舐めるなよ。

 

「いや、威張るな――ん? 待て、比企谷。それじゃあ、もしかして解除方法も?」

「まぁな。すっかり言うのを忘れてたが実は知らない」

「だから威張るな」

 

 知らないことは出来ない。出来ないものは出来ない。

 そういうことで、もうしばらく司波とのパーティは続くことになった。『雪乃』で否定することで解除できるかも知れなかったが、二度とパーティ登録できなくなる可能性もあったし、変に手続きを間違えて『結衣』そのものを否定してしまえば二度と『結衣』が遣えなくなる可能性すらある。取り返しがつかないので怖くて出来そうにない。

 一応司波のほうでも調べてみるということだが、本当に調べられるだけの能力がありそうな分、奴のポテンシャルも空恐ろしいものがある。

 本当、その出自と所属と能力を知れば知るほど恐ろしいを通り越してお前は本当に人間かと問いただしたくなるようなチート具合だが、魔法についてだけは俺も大概常識外れなので、司波のことをとやかく言えやしない。

 ともあれ、互いに弱み的な裏情報を知ってしまった上に、パーティを解散できない現状ではどちらかが裏切った時点で共倒れ必須である。

 こうして俺は司波兄妹の素性は口外しない、奴も俺の魔法については口外しない――ということで、不可侵条約が結ばれることで一応の決着はついた。

 

 

  

 その一方で――

 テロリスト襲撃事件で遣った魔法の効果についてはもう隠し事できないだろうと踏んでいた俺の予想が杞憂であったと知ったのは、さらに翌日のことだ。

 新聞やネットニュースのどこにも一高がテロリストに襲撃された情報がなかったのである。十師族の情報統制能力は俺の想像以上に凄いらしい。それ以上に恐ろしいのも事実だが。

 生徒、または学内関係者の誰かがSNSにでもアップするかと思いきや、それすら見当たらないのは驚きを通り越して寒気すらした。

 警察の介入も許さず、報道機関も関与させなかったのは十文字家の力だそうだが、それを指示した十文字会頭は本当に高校生かと、司波とは別の意味で疑いたくなる。

 司波曰く、三巨頭の中では一番の人格者なのではないかということらしいが、確かに自分からいろんな苦労を背負い込みそうなタイプかもしれなかった。

  

 そうして、あの事件から二週間が経った。

 

 その十師族の情報収集能力があれば、俺の魔法も俺のしたこともすぐに露見するかと思いきや、こうして俺の日常は事件が起こる前と何ら変わらず、平穏で平和なままである。

 そしてこれこそが七草会長と渡辺先輩、中条先輩が頑張ってくれた結果なのだろうという気がしていた。

 詳細な事の運びは聞いていないから知らない。聞けなかったから解らない。

 これは俺の勝手な想像だ。

 聞けずにいるからこそ、あの日の行動が彼女らに迷惑をかけただけなのではないかと言う思考が渦巻いたままだった。

 もう聞くことは出来ない。

 だからずっと、この疑問は消えずに俺の心に残り続けていくに違いなかった。だけどそれは後悔ではなく、どちらかと言えば未練に近いと思っている。

 もし後悔しているとしたら、生徒会室に行けなかったせいで、彼女らにお礼を言えなくなったことだろうか。

 

「…………」

 

 言いたい言葉があった。柄にもなく、向き合った心のままに、言葉に出したい思いが出来た。

 それを口にするのはこっぱずかしくて、けれど言うことが出来ない心残りに、思わず溜息が出てしまったほどだ。

 ひとえに、俺の勇気がないからなのだが。

 今日もいつものようにベストプレイスで昼食をとる。

 けれどあの事件前と同じようには落ち着けていない。あれからずっと落ち着きとは程遠い中で昼休みを過ごしてきた。何も考えず、ただ思考を空っぽにして一人になる時間ですら、思い返してしまうからだ。

 

 相変わらず、俺の答えはまだ曖昧なままだ。

 

 とはいえ、俺以外の一高の空気は、あの事件を境に少しだけ変化があった。

 校内は変わらず一科と二科の間でギスギスしているものの、討論会前ほど切羽詰まった感はなくなっていた。一科の代表格である生徒会が二科生との差別撤廃を謳ったことで、表立って二科生に対して暴論を吐いたり、いちゃもんを付けたりする光景が減ったように思うのは気のせいではないはずだ。

 まだ高校生活の空気に馴染んでいなかった一年一科生の連中も、ようやく自分たちの行動を客観視できるくらいには落ち着いたらしい。とはいえ、プライドの高さも価値観も変わったわけではないので、ただ周囲の目を気にして行動を控えているというだけだろう。

 解消には程遠い。言うなればただの保留。けれど少しだけ前進したのかもしれないと思わせる保留。

 それがあの討論会の僅かながらの成果だった。

 春風に吹かれながら総菜パンを頬張り、コーヒーで飲み下す。マッ缶がないのが心寂しい。そうして二つ目のパンに手を伸ばしたところで声がかかった。近づいてきているのは足音で気づいていたので、今度は驚きはしなかった。

 

「あれ、またこんなところで一人でご飯?」

 

 現れたのはいつかと同じように北山雫だった。ジャージ姿で手にはデバイスを持っているところから見るに、部活の昼連だろうか。熱心なことである。

 

「あ? いいだろ、静かだし、落ち着くし、風も心地いいからな。何より一人だし、落ち着くし」

「二回言ったね」

「まぁ、大事なことだからな」

「そういうもの?」

「おう、そういうものだ。……で? そっちは部活か? 熱心だな」

「うん、って言っても、ちょっとデバイスの調整と試運転をしてただけだよ。もうお昼休み終わりだし、すぐに戻るつもり。そう言えば比企谷くんは、部活していないんだよね?」

「してないな」

「入らないの?」

「……あー、あれだ、あれ。俺も放課後は忙しいからパスだ」

「え? 暇でしょ? 授業終わったらすぐ帰ってるように思ったけど」

「おい、何で決めてかかってるんだよ。暇を作るのに超忙しいんだよ」

「よくわからないけど、じゃあうちの部、見学してみる?」

「なにが『じゃあ』なのか俺もわからないんだが、そうだな、前向きに検討させていただきます」

「それはお断りの常套句だね」

 

 とは言え、北山も本気で誘ったわけでもないらしく、断ってもさして気にした風でもなかった。

 

「あ、お昼休み終わるし、着替えたいからもう行くね」

「おお、じゃあな」

 

 動く気配のない俺に、北山は軽く嘆息した様子で告げた。

 

「……あまり授業さぼるの良くないよ?」

「おう。また今度機会がありましたら是非」

「返事が雑すぎるよ……」

 

 呆れながらも、着替えを考えれば時間が押していることに気づいて、北山は軽い会釈をして校舎のほうに入っていった。

 それを見送って、俺は昼食の続きを取ろうとパンに手を伸ばす。

 そうは言ってもまだ多少の時間はある。

 春うららかな午後。天気は良く、風も心地よい。こんな日に教室にこもっても勉強に集中できる気がしない。

 大自然の前にはちっぽけな人間は為す術もなく呑み込まれてしまうものなのだ。逆らえないのなら仕方ない。眠気を誘発するこの春の気候が悪いのだ。思わず大きなあくびをして寝転んでしまう誘惑に負けてしまった俺を誰が責められようか。

 

「おおきなあくびね?」

「……そうっすね」

 

 と答えてから、俺はその声が誰なのかを知った。

 

「こんなところでお昼ですか?」

 

 七草会長だった。風に揺れる髪を抑えながら、にっこりと佇む姿は実に様になっている。服部会長をはじめとしてファンが多いのも頷けるというものだ。

 それはともかくこの会話、さっきの北山のそれと全く同じなのだが、そんなにこの場所で昼食取るのは変なのか?

 

「ここは俺のベストプレイスですから」

「ベスト? いつもここでお昼取ってるの?」

「……落ち着くので」

 

 答えながら身体を起こして、俺は七草会長に向き直った。

 言葉が自然と固くなったのは意識してのことではなかった。

 

「……それで、あの、何か御用ですか?」

「あ、そうですね、ごめんなさい。実はあなたを探していたのよ、比企谷くん」

 

 そうして会長もまた改めて姿勢を正す。その割に、不自然な仕草だと思った。

 

「…………」

「ん?」

 

 そして妙な間が空く。眉を顰めた俺の仕草に彼女も気まずいと思ったらしい。一つ「コホン」と咳払いして。

 

「私は本校生徒会長を務めている七草真由美です。『ななくさ』と書いて『さえぐさ』と読みます。比企谷八幡くん。貴方に、生徒会に参加していただきたくて伺いました」

 

 その自己紹介は、初めて彼女に名を聞いたそれと同じだった。

 彼女は笑顔を崩さない。

 丁寧な口調。柔らかい物腰。だけど目線を反らさない彼女の双眸には力が宿っている。吸い込まれそうな瞳だった。綺麗なというよりはかわいい部類の顔つきなのに、どこか不自然さを感じるのは、彼女の笑顔が余所向きだからだろうか。

 普段のあざとさが前にでた小悪魔振りのほうが、幾分かこの人らしいと思ってしまうあたり、俺も服部副会長のことをとやかく言えやしない。

 けれど――いや、だからこそ、彼女が俺に求めている答えもわかってしまった。

 後は俺がそれに応じるだけだ。そしてそういうことであるならば、俺もまた同じように問い返すべきなのだろうという確信があった。

 

「……俺がですか?」

「ええ」

「またどうして?」

「新入生総代の司波深雪さんにはすでに生徒会役員になってもらっています。これは後継者育成の意味もありますが、次期生徒会をさらに盛り立てるために、彼女の入試成績に負けず劣らない比企谷くんにも入ってもらえたらと考えました。駄目ですか?」

 

 何にしても、ここでの俺が応えるべき答えは一つだった。

 

「……すみませんが……」

「出来たら理由を教えてもらえるかしら?」

「あー、えっと、ほら、色々と放課後は忙しくてですね……」

「でも暇なのよね?」

「……聞いてたんですか?」

「ええ」

 

 先ほどの北山との会話もばっちり聞かれていたらしかった。そうするともはや俺が返せるのはため息しかない。

 というか、もうそろそろいいんじゃないだろうか。

 

「会長」

「あら、なぁに?」

 

 首をコテンと傾けて最後に語尾を上げるあたり、可愛いように見えるポーズを熟知しているようにしか見えない。やはりあざといお方だ。

 

「このやり取り、意味あるんすか?」

「様式美だもの」

 

 会長の自己紹介から始まり勧誘を俺が断る部分も含めて、である。

 

「…………」

「…………」

 

 噴き出したのはどちらが先か。思わず笑んでしまったのは、これが茶番だと互いに知っているからだ。

 

「今度はちゃんと自己紹介したから、私のこと知らないなんて言わせないからね」

「いやいや、さすがに今更知らないとかは言いませんて」

「ちゃんと向き合うために、必要だと思ったの。だからいいのよ」

「そうっすか」

 

 まぁ、会長がいいというなら別に付き合うのは吝かではない。特に俺にデメリットがあるわけでもないし。

 そもそも俺を生徒会に引き入れた際に、きちんとした役職を付けて学校側に提出していなかったのが今更ながらに指摘されたからこそ、俺は一度無職に戻る羽目になったのだ。完全に会長の落ち度である。

 とは言え書類上の手続きをするのは、実はほぼ一瞬で済む。俺がサインすれば晴れて正式な生徒会役員になるのだが、タイミング的にテロ襲撃事件のごたごたも重なって、優先度をあえて下げてもらっていた。

 

 俺が答えを出すために考える時間も必要だった。

 

 それもあってちょうどいい冷却期間だったと言えなくもないが、その間、生徒会には近づいていなかった。

 実のところとっくの昔に事後手続きは俺のサインを残したもの以外は終わっている。だがいざ戻れるという状況になってみると、どうにも気恥ずかくて二の足を踏んでしまい今に至っている。

 あれから中条先輩にも渡辺先輩にも会えていない。会うのを避けていたという面もある。意識ばかりが募ってしまい、今更どの面下げて、と考えてしまうのだ。

 こういう時、対人スキルのなさを強く自覚する。「あの事件のとき、俺のためにありがとうございました」とか、そんな気の利いた、捉えようによってはすごく自意識過剰なことを言えるなら俺はぼっちになったりしていない。

 そうして時間を空けてしまったせいで腰が重いのなんの。

 俺の何が厄介って、そのお礼を言いたがっている自分を自覚してしまっていることだ。勘違いだと何度自分に言い聞かせても、気持ちが収まらないのである。

 今更どう話しかけて、どうお礼を言えばいいのかわからない。けれど言わずにいたくない。感謝は伝えたい。ああ、しかし、言うのは恥ずかしい。どう言えばいいかわからない。

 ――という無限ループに陥っているのである。

 我がことながら、本当に面倒くさい思考をしている。

 どこの誰だ、俺をこんな面倒くさい人間にしたのは。ここの俺です。ごめんなさい。

 はいはい、それが言い訳だって言うことは、誰に言われずともわかっていますとも。他にもあーだこーだ、なんだかんだ、と逃げ口上ばかりが思い浮かぶのもこの二週間でずっと繰り返してきたことだ。

 考えるふりして、考えることから逃げていることも、わかってはいるのだ。

 本当に、感情というものはままならない。

 

 結果、そうしてぐずぐずと生徒会に行けずにいた俺を見かねた会長が自ずからこちらに襲来したわけだが。

 

「あれからもう二週間よ? 迷っているようだったからこちらも距離を置いて待ってたけど、全然、音沙汰がないんだもの。待ってても来ない人にはこちらから行くしかないでしょ?」

「……あー、いや、えっと……その……俺も色々考えていてですね」

「いくじなし」

「ぐっ!」

 

 言い返すことが出来ないくらいには、俺自身、へたれていることも自覚していた。

 

「どうせ今更どういう風に戻ればいいか分かんなくて、話しかける勇気も出なくてうじうじしてたんでしょう?」

 

 まるで見てきたようにドンピシャに当てられました。何? この人、俺のストーカー? 

 

「顔を見ればわかるわよ」

 

 前にも思ったがそんなにわかりやすいのだろうか。俺の顔。

 

「あー、その、まだ結論出てないんで……」

「いつ出るの?」

「まだいろいろと考え事が……」

「二週間待ったわ。もうあとどれくらい待てばいい?」

「当方としても、目下最優先で原因を調査中でありまして……」

「それは不祥事起こした政治家の言い訳じゃないの」

 

「はぁー……」と会長は思い切り溜息を吐いた。

 

「いや、けど、ほら、知っているでしょうけど、俺のコミュニケーションスキルはレベルゼロなわけでして……」

「そう? でもさっきだって、久しぶりに会った私との会話でちゃんと空気読めてたじゃない。

 私が自己紹介しだした時、何をしたいのかわかったんでしょ?」

 

 いや、あんなノリツッコミを会話と言われても困る。

 

「っていうか、今も私と会話していて緊張しているようには見えないけど?」

「これは、その、あれです、あれ。言ってみれば、ただの慣れです」

「そう? なら生徒会のみんなも大丈夫よね?」

「へ?」

 

 返す言葉は出なかった。

 

「さて、授業をさぼる気満々で、生徒会に来るにも二の足を踏むくらいヘタレな八ちゃんには、さっそくだけど仕事をお願いしようかしら」

「は?」

「生徒会役員が授業さぼりなんて、体裁悪いもの。仕事しましょ?」

「いやいや、でも、まだ正式に役員じゃないんですよね?」

「書類手続きは終わってるから別にいいのよ」

 

 そう言って前回は失敗したのに懲りんな、この人も。

 

「みんな生徒会室で待ってるわよ。とりあえずもう一度自己紹介からしてみる? 

 摩利も達也くんもいるからちょうどいいし」

 

 いつものメンバーだけどねと笑う会長であるが、最後の二人は生徒会役員じゃないですよね? 

 っていうか、

 

「いや、必要ないでしょ? って、え? それ何の罰ゲームですか?」

「自己紹介は罰ゲームじゃないわよ!?」

 

 いや、あれは間違いなくさらし者にするための行為だと断言できる。特に一人だけ自己紹介させるとか、針の筵以外の何物でもない。

 自己紹介といえば自分のことを語る行為だ。つまり自分語り。言い換えると『俺が』『俺は』である。会話でそういうことする奴って、大概は友達なくすよね。友達いないけどね、俺。

 

「なので断固拒否します。要らんでしょ、明らかに」

「うーん、まぁ確かに今更なんだけどねぇ」

「それよりも気になるんですが。会長、俺の役職って何になるんすかね?」

 

 確か司波深雪は書記だったはずだ。役職的には中条先輩と同じである。

 

「あら、生徒会、来る気になったの?」

「……この流れだと、俺にその気がなくても強制連行でしょ?」

「あたり♪」

 

 楽し気に笑う会長に、俺はそっぽ向いて彼女の横暴さをアピールするしか出来なかった。これがポーズだというのは俺も彼女もわかっていた。きっかけをくれた彼女の笑顔を、俺が直視できなかっただけだ。

 俺はそのことに気づかれているからさらに気恥ずかしくて。

 会長はそのことに気づいているからニコニコと笑顔が絶えない。

 

「えーっとね……」

 

 そうして七草会長に逆らう気力もなく生徒会室へ向かいながら尋ねると、彼女は少し困ったように言葉を濁した。

 

「八ちゃんには庶務をお願いしようかなぁって」

「要は雑用じゃねぇか」

 

 以前とすることは何一つ変わらない。正式に役職名が付いただけである。むしろ正式にメンバー入りした分だけ、責任っていう面倒事が増えてるまである。

 くそ、謀ったな!

 

「ま、いいじゃないの」

  

 軽く笑う会長の声は、本当に楽し気に弾んでいるようだった。

 

「しばらく来てなかったから仕事も溜まってるし、することはたくさんあるわ。やりがいある仕事よ?」

「あの、やっぱり帰っていいですか?」

「だぁめ」

「生徒会の仕事をするなとお医者さんに止められてまして……」

「どうして?」

「鬱になります」

「地味に嫌な脅しね。

 でも大丈夫。放課後も私たちと一緒に、平和で賑やかで楽しいお仕事よ。私も手が空いたら手伝うから。ね? ほら、行くわよ」

 

 思わず立ち止まり及び腰になる俺に、会長はこみ上げる笑いを隠す気もなく後ろに回って俺の背中を押した。

 

 

 

 

 俺の日常はこうしてまた同じところに戻っていく。

 背中に会長の手のひらの温度にくすぐったさを感じながら、逆らえない引力に足は自然と生徒会室へと向かう。錯覚なのだとわかっていても、それを良しと思ってしまうほどには、俺もまたあの場所での日々を既に受け入れている証拠だろう。

 見覚えのある扉の向こう側にあるものが、そう遠くないうちに失われてしまうものなのだということもわかっている。だから俺は手を伸ばさない。その先にあるものを信じ切れていないから。

 答えはまだ出ていない。

 それでも彼女らを傍で見ていようとする俺の浅ましさが、どこかで何かを決定的に間違えてしまうまで――

 きっと、この日常は続いていくに違いなかった。

 

 

 入学編 ~了~ 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字報告ありがとうございます。随時適用させていただいております。

色々と駆け足でしたが、これにて入学編は完了となります。
中身は、様式美と言うことでご容赦ください。

あまりここで長々と言うのも何ですし、別途一話分使うのも変な感じなので、入学編完了のご挨拶と、これからの本作に関する話などを活動報告にコメントしていますのでよければそちらもご覧ください。

拙い文章ながら、ここまで読んでいただいたすべての読者様に心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
高槻克樹でした。

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