やはり俺の魔法はどこまでもチートである。   作:高槻克樹

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入学編#3  やはり比企谷八幡の魔法はどこまでもチートである。

 要約すると、俺の魔法によって精神鎮静効果が見られるなら、風紀委員の取り締まりに試してみたいというものだった。

 

「比企谷の魔法が暴発しかけた森崎達の精神に干渉して沈静化させたと達也くんから聞いている。もしそれが本当なら、風紀委員会としてはとても有用だ。

 ぜひ活用したいと思ってな。取り締まりに忙しくなる部活勧誘期間だけでも、手伝ってもらえないか、というのが話の発端だ。

 期間は今日を入れて後、三日残っている。本当はもっと早く誘いたかったんだが、少し立て込んでいてこんなタイミングになってしまった。正直、風紀委員会の業務は猫の手も借りたいというのが本音だが、仕事内容的にそうそう簡単に人員を補強できなくてね」

「今年の風紀委員はもう決まったんじゃないんですか?」

「確かに、前年度卒業生の抜けた枠はすでに埋まっている。生徒会枠に達也くんが、教師推薦枠に森崎が入った。

 あたしとしては、君ほどの入試成績で何故、教師から話がいかなかったのか不思議でならないのだが……」

 

 それはもちろん、成績以外に問題があるからだ、きっと。

 俺の中学時代の内申というものが教師陣に渡っているなら、俺を風紀なんてものに任命しようとは思わないはずだ。試験の成績と違ってこちらはプライベート情報である。いくら生徒会や風紀委員長でも知らなくても不思議ではない。

 とはいえ、やはり話の本題は俺の魔法で、それが司波からもたらされたらしいということだ。

 まぁ口止めしてないし、話されて困ることは司波には告げていない。だからそこから得られた限定的な情報で、俺の魔法を風紀取り締まりに利用したい、という考えた渡辺先輩には、ほんのわずかだけど同意出来なくもない。

 だが無理だ。風紀委員なんて冗談ではない。働きたくないとか、ぼっちだからとか、コミュ障だからとかいう問題――いや、待て、それらは問題か? 俺の個性じゃないのか? ――はともかく、それ以前に魔法不正使用を力づくで取り締まる可能性のある仕事が俺に務まるはずない。

 もう一度言うけど、ぼっちだからではない。ほんとだよ?

 だから端的に、渡辺先輩に答えた。

 

「無理ですよ。俺には」

 

 戦い(・・)なんてできるはずもない。

 

「力づくってところが気になっているなら――これは以前、入るのを渋っていた達也くんにも言ったんだが、別に比企谷がその方面の仕事、つまり要逮捕者を力づく抑える必要はないぞ? 二人組で行動すればいいだけのことだ」

「それもありますけど……」

 

 言うべきかどうかを少しだけ迷ったのは、ただ言葉を探していたからだが、周囲はそれを、勧誘の拒絶のための迷いと思ったようだった。

 迷ってはいません。念のため。お断り一択だ。

 

「乗り気にならないか?」

「もちろんです」

「そこは即答なのね」

「面倒だし、働きたくありません」

「斜め上の回答が来たな」

 

 苦笑したのは七草会長と渡辺先輩だけで、他は全員が呆れた顔で俺を見ていた。解せぬ。

 

「風紀委員創設以来、そんな理由で断った奴いないんじゃないか?」

 

 つまり俺は先駆者ということだ。何それ、格好いい。

 

「そうは言っても、無理なものは無理ですよ。戦うとかはもちろんだけど、それ以前に別の問題もあります」

「ふむ。それは君の魔法に関することか?」

「え? ええ……」

「マナーはあまりよくないとわかってはいるが、聞かせてくれると思っていいのかな?」

「……あー、えっと、そう、ですね……」

 

 相手からしてみれば、肯定とも逡巡ともとれる返事だなと、口にしてから思った。

 魔法師が他の魔法師の魔法を詮索するのはマナー違反だ。例えそこまでのことではないにしても、聞こうとする行為があまりよろしくないとされている。それが特にBS魔法――先天的で潜在的な超能力ならなおさらのこと。少なくとも先輩らはそう考えているだろうことは、こちらを申し訳なさそうに窺う表情と口調で察することが出来た。

 つまり、強制するつもりはないらしい。こう言っては何だが、とても意外だ。

 ならばあとは俺の判断一つと言うことになるわけだが。

 話すか。ごまかすか。拒否するか。

 俺自身、俺の魔法がなんなのかわかっていない。だからそれが解明できるというなら、俺がわかっていない範囲も含めて話してもいいのかもしれない。だがぼっちの俺は、これまで魔法のことを誰かに話したことはない。俺に対して興味を持った奴がいなかったので、話す機会がなかったのもある。と言うかそれしかない。

 唯一の例外が妹の小町だ。理解を示してくれたのも小町だけである。本当、小町ちゃん、マジ天使。

 親は逆に魔法には一切興味を持っていない。知識もない。俺が魔法師になりたいなら親として協力するとは言ってくれたが、それは俺からお断りした。以降、そうして魔法に関する一切合切を除外した親子関係なので、それもそれでいっそ清々しい。俺としては助かっている。

 だから魔法を遣える人たちが、俺の魔法をどう思うかがわからない――というようなことは、実はない。というのも、予測はできているからだ。けれどそれはあくまで予測。ニュースや新聞などを中心にあつめた魔法師業界の情報からの推測でしかない。実証が出来ていない。何故なら俺は以下略――

 ならば余計なリスクは避けるべきではないだろうか。君子危うきに近寄らず。来る者は拒む。拒みまくる。むしろ拒み過ぎて去る者が出ないまである。

 ぼっち、ここに極まれり。

 すみませんが――と、断りの言葉を告げようとして、七草会長と渡辺先輩の顔を見やった。ふいに視線が合った。合ってしまった。後悔した。俺のバカ。なんで彼女らを見た。目が合えば、眼力で負けるに決まってるじゃないか。

 俺の目は確かに腐っているから他者を寄せ付けないように見えるが、その実、外殻はとても柔いのだ。

 彼女らの瞳の奥にある感情に気圧されて、俺は慌てて目を逸らした。同時に、すみませんと断りを入れようとした俺の言葉も引っ込んでしまった。

 

「…………」

 

 何故か二人は黙っていた。断られる可能性が高いことを察している表情だった。けれど話してほしいと思っている目をしていた。俺の発言、俺の表情、俺の行動から、俺の価値を推し量るような目だった。

 ゾクリと背筋に寒気が走った。先ほどまで室内に漂っていたおちゃらけた空気はどこにもなく、ただ何かに試されているような圧力がのしかかってくる。

 彼女らが人の上に立つ人間だから? それとも彼女らの本質なのか。どうして他人をそんな目で見れる? 他人なんて等しく敵であり、等しく無価値としなければならなかった俺にはその真意がわからない。

 その疑問のせいか、ついて出た言葉は先ほど考えていたこととは違っていた。

 

「……先に教えてください。会長たちは、俺の魔法のことを聞いて、どうするつもりですか?」

「え? そうね。達也くんから聞いた効果の通りなら、風紀の取り締まりに便利かなーとか? 実はあーちゃんも似たような魔法を持っているんだけど、ちょっとそういう方面の荒事が苦手なのよね」

「ちょっとというか、ほぼ致命的に苦手だな」

「はぁ……」

 

 ちらりと中条先輩のほうを見ると、何やらすまなさそうに頭を下げていた。

 

「……それだけですか?」

「それだけよ?」

 

 きっとその後には『今のところは』と続くに違いない。けれどある意味、そのほうがわかりやすい。

 誰にでも優しい奴、というのは確かにいる。過去にもいた。だが誰にでもと言うことは誰もが等しく同じであり、十把一絡げにして見ているから、俺のことなんぞ記憶されていないのだ。そういう意味では本当の意味で誰にでも優しい奴などいない。優しくするということは、そこに優しくするだけの利益があるからだ。ソースは小町。

 そしてそれは、間違いなく自分のためだ。利用価値があるから優しくできる。つまり七草会長らが時間を割いてまで俺に接近したのは、今のところ俺に利用価値があると考えているからだ。まぁ、だから何だという話なんだが。

 

「一応、言っておくが、強制じゃないからな?」

「おや? 自分の時は半ば強制だったような気がしますが?」

 

 渡辺先輩の言葉に、司波が皮肉を返す。

 

「先に手の内を晒したのは達也くんのほうだろう? そのくせ色々出し惜しみしているようだし、あまり高校生活を楽しんでそうにも見えなかったからな。ちょっと先輩権限で胸の内を開いてみたくなったのさ。面白そうだったし」

「後者が本音ですね」

「もちろんだとも」

 

 認めながらも、渡辺先輩に悪びれた様子はない。楽しそうにカラカラと笑った。

 

「だが重要だろ? 楽しそうな後輩を見つけたのだから、付き合いたいと思うのは普通のことだ。まぁこちらが年上で、どうしたって君や司波は遠慮するだろうから友達――とは少し違うかもしれないけどな。それにあたしは提案しただけだよ。最後に決めたのは達也くんだ。実際、風紀は君にとっても居心地の悪くない場所だろう?」

「そうですね。森崎以外は」

 

 学年の差異をお互いに気にした風でもなく、軽口の応酬をするくらいには打ち解けているらしい。その森……なんとかが誰なのかは知らないが、俺のほうは、今の話で別に気になったことがあった。

 

「……司波は、なんで風紀委員に入ったんだ?」

「ん?」

 

 会話の流れを聞く限り、奴もまた当初はその気ではなかったのだろうことは見て取れる。そのことに俺は納得していた。むしろ司波が、何故風紀に入ることを受け入れたのかのほうが不思議だった。

 司波達也は、俺とは違う意味で他人との関係を非常にドライに捉えているタイプに見えたからだ。他人に期待していない。他人は他人。自分は自分。自分に害がない限りは、積極的に自分から他人に干渉することも、干渉されることも嫌う。

 

「……学校組織や生徒会に興味を持っているタイプには見えないんだけど?」

「ひどいな」

「クスクス……ですが、反論できませんよね、お兄様?」

「…………」

 

 妹にも裏切られては兄の立場は既にない。司波が黙り込んだのは当然の帰結だった。それをごまかすようにコホンと一つ咳払いをしてから、司波は続けた。

 

「さっきも言った通り、きっかけは半ば強制だったな。比企谷と同じように、面倒だとも思った。うん……いや、今もちょっと面倒だ、とは思っている」

「おいおい」

 

 ぶっちゃけた本音に渡辺先輩のツッコミが入るが、司波はそれを黙殺した。俺も無視した。

 

「なら何故?」

「……当初の感覚としては、決闘までさせられて引き下がるのも癪だから、だと思っていたんだが」

「なんだそれ? どういう展開かよくわからないんだけど?」

「大丈夫だ。今にして思えば俺にもよくわからない。その場の勢いもあったからな。ただ……そうだな。最終的には委員長の言う通り、面白そうだと思った、というのが本当のところなんじゃないかと思う。深雪が生徒会入りしたこともあったしね」

 

 漠然とした意見で済まないが、と苦笑して見せた司波に、俺は答えを溜息で返した。その感想すら他人事のように話す司波の言葉に本音をくみ取るのは難しい。だが一方で、この男は自己すら客観視してやいないだろうかという、うすら寒いものを感じた。

 俺は俺が好きだ。自分のスペックも、性格も、まったくもって嫌いじゃない。嫌いだと思ったこともない。だから誰かに認めてほしいとか、価値を見出してほしいなどとは考えていない。

 司波はどうなのだろうか。そういう意味では司波も同じで、けれど奴には自己愛すら感じられない。自分すら愛さず、他人はどうでもいい。唯一の例外は、きっと隣で兄に笑顔を向けている妹だけ。

 それはそれで歪んでるな、とは思う。他人事ではあるが。

 さて、では俺の場合はどうか。

 昔、俺にも承認欲求を他人に求めていた時期はあった。けれど今は違う。他人に期待し、他人に寄り添い、他人の感情に理由を求める行為はもう過去のことだ。

 孤高なぼっちであることに自己の確立を求めた俺は、他人の価値観などに左右されることはない。

 そしてそれは俺の魔法を他の魔法師に話したとしても、俺の取るスタンスが変わらないことを意味する。魔法を話すことで仮に不利益が出たとして、いやよしんば何もなかったとしても、俺の取る選択肢は何一つ変わらない。

 話しても話さなくても、結果は同じところに帰結する。ならば話してみてみるのもいいかもしれないと、先ほどとは考えを変えた俺がいた。

 俺の魔法に魔法師たちがどのような反応を示すのか興味があった。予測を実証するためだ。自己愛すら薄そうな司波が風紀を、生徒会を、面白そうと感じた背景に興味が出たというのもある。

 ……って、これは言い訳か? 言い訳だな。俺らしくない。

 自分の欲求を、別の何かに押し付けるのは欺瞞だ。ならばやはり俺の取るべき行動は一つしかない。これからも交わらないための線を引く。それがきっとお互いのためだ。

 だから()()()()()、もう少しだけこの会話を続けよう。

 

「……条件があります」

「何かしら?」

「他言はしないでください」

「当然だな」

「もちろん」

 

 渡辺先輩、七草会長に続き、他のメンバーも誓約の言葉を口にした。司波は誓約の後に「済まない」と謝ってきた。どうやら彼なりに、俺の魔法のことを生徒会に話したことに思うところがあったらしい。

 それは口止めしなかった俺の不注意だ。俺の魔法の実態には程遠いのだから気にする必要はないと言うと、司波は軽く頭を下げた。律儀な奴め。

 それが無駄な謝罪だと知りながら、受け入れた俺も人のことは言えないかもしれないが。

 

 

   ***

 

 

 話は、先日の司波たちへの説明を軽く否定するところから始めた。

 

「この前、司波には言いませんでしたが、もともとあの魔法は高揚して自制の外れた心を落ち着かせる、とかそういうものじゃありません。あくまで結果がそうなったってだけです」

「では、どんな魔法なんだ?」

「…………一言で言えば、事象の否定です」

 

 空間を支配してあらゆるものを凍結する『雪乃』という名の魔法の本質は、物理法則ではない『意味』を凍らせることにある。『意味』とはすなわち『概念』と言い換えてもいい。事象の概念を凍らせて破壊することで導き出される結果は、その事象の意味を『否定すること』へと繋がる。

 

「否定?」

「はい」

 

 小さな沈黙が室内を満たす。俺の説明がそれで終わったのを察して、渡辺先輩の眉が怪訝そうに寄った。

 

「……それだけか?」

「ええ」

 

 それしか言いようがないのだから仕方ない。今一つよくわかっていない面々の中で、しかしただ一人、違う様相を表している奴がいた。

 司波達也だ。

 

「お兄様?」

 

 妹も、兄の様子が変化したことに気づいたらしい。

 

「…………比企谷、それはどういった事象を否定するんだ?」

「別に、なんでも」

「例えば――」

 

 俺の端的な答えに納得がいっていないのか。もしくはその先にある可能性に気づき始めているのか。表情が険しい様子を見る限りでは、おそらくは後者に違いない。

 何か面倒になってきたが、ここまで来て答えないというのも、それはまた手間だろうことは想像に難くない。

 司波が指さしたのは、渡辺先輩が先ほど置いたカップだ。まだいくらか残っているが、もう湯気は出ていない。

 

「冷めてしまった紅茶の冷たさ(・・・)を否定したらどうなる?」

 

 そういう聞き方をしてきたことが、この男が勘づいている証拠だった。

 

熱くなる(・・・・)

「では、淹れたての紅茶の熱さ(・・)を否定したら?」

冷たくなる(・・・・・)。つまりアイスティーだな」

「……それは振動系魔法では?」

 

 司波深雪が言った通り、温度を操作する、という意味でならそうかもしれないが。

 

「いや、違うな」

 

 だがその妹の考えを、兄が否定する。

 お前、シスコンなんだからもう少し優しくしろよ。妹はお兄ちゃんをディスってもいいが、お兄ちゃんは妹をないがしろにしちゃダメなんだぞ。

 

「では俺の紅茶はもう飲み終わっているが、それを否定したら、どうなる?」

「え?」

 

 俺にそう聞いたのは司波兄だが、その質問そのものに疑問を呈するように問い返したのは司波妹だった。しかし今はそれをかまう時ではない、というのは司波兄の無言の圧力からわかる。

 というか、この男、本当に一般人か? さっきから感じる重圧が半端ないんだが。

 だがまぁ、どれだけ圧迫されたところで、俺にできるのは結果を答えることだけだ。

 

「淹れたての状態に戻る」

「は?」

 

 今度は俺の言葉に司波深雪がきょとんとした顔になる。

 その仕草すら美人だと思うが、どうにも俺は彼女が苦手だった。

 教室で誰と何を会話していても、一歩引いて、冷静に物事を視ていそうな空気がある。『みんな』の輪の中にいるのに、『みんな』の輪の中にいない俺が『みんな』を見るのと同じ目で『みんな』を見ているように思う時があった。それが唯一崩れるのが兄に関することであるあたり、彼女のブラコン度合いも重症に違いない。

 

「逆に淹れたての紅茶を否定したら?」

「飲み終わった状態になる、いや、誰かが飲んだわけじゃないから、淹れなかったことになるが、正しいか」

 

 ここにきてようやく、理解が追いつき始めた他の面々の顔つきが変わった。

 生徒会長の顔が青ざめ、渡辺先輩から愉快そうに聞いていた色が消えた。

 

「比企谷くん、それは……」

「つまり、あの時、森崎達一科の一年が突然冷静になったのは、比企谷が彼らの激高しかけた精神を否定したからか?」

「正確には、メガネの二科生と、警棒持っていた二科生に煽られて爆発した『怒り』と、攻撃魔法を遣おうとしていた『行動理由』を、です」

 

 名前覚えていないから特徴しか出てこないが、司波達也のクラスメイトだったはずだ。

 

「やはり部分否定すら可能なんだな」

 

 苦渋の表情で司波兄が俺を睨む。ということはやはり気付いている。筆記一位は伊達ではないということか。小声で呟いたため、聞こえたのは隣にいた俺と司波妹だけのようだが。

 

「…………それは本当に魔法なのですか?」

 

 市原先輩の質問も無べなるかな。

 世界そのものの情報記録体(イデア)から、物質や事象の在り方が記録された情報(エイドス)を読み取り、その情報を改変することで現実を塗り変える。そしてそれを技術として体系化したものが魔法だ。

 そういう意味では『雪乃』も魔法だと思われる。多分。きっと。

 以前、小町に魔法について説明を求められたとき、俺はそんな感じで説明したのだが、魔法の素養がない小町は「さっぱり何のことやらわからない」と言った顔をしたので、俺は少しだけ過去の黒歴史を呼び起こしたことがあった。

 すなわち。

 

『現在過去未来、遍く全ての平行世界の事象を記録したアカシックレコード――』

 (訳: つまりイデアのことね)

『我はそのアクセス権を持つ存在なり』

 (訳: 魔法師はそのイデアに記載されたエイドスを知覚することが出来ます)

『三千世界に轟く我が腐敗の干渉力は混沌の海より情報を読み取り!』

 (訳: 魔法師が魔法を遣う場合、まずイデアからエイドスを読み取ります)

『意志の力で情報を改竄!』

 (訳: そして読み取ったエイドスを魔法式で書き換えることによって)

『世界を我が想像した通りに造り変えることが可能なのだ!』

 (訳: その内容に合わせて現実の事象を改変します)

『世界に抗う術などない。為す術もなく世界は我が力の前に屈するだろう』

 (訳: 魔法は物理法則と関係なく事象改変が可能です)

『現に世界は抑止力によって我が力に対抗しようとしたが、無駄なこと! すべてを蹴散らしてくれた!』

 (訳: けれど物理法則に反する魔法の場合、復元する力が働くため高い干渉力が必要です)

『故に我こそが最強! 我こそが世界の支配者! 我が覇道の前に敵はない!』

 (訳: ()()()()』は干渉力と言うか影響力が半端じゃないので、一度否定した効果は永続します)

『さぁ世界よ! 我に従え!』

 (訳: これは言ってみたかっただけ)

 

 最後のほうは大げさに悪ノリした物言いだが、そんなに間違ってはいないと思う。

 実際、この説明で小町は理解してくれたのだ。ただし、

 

「うん、よくわかったよ。お兄ちゃんがキモイってことが」

 

 俺が最後に泣き崩れたのは言うまでもない。

 ともあれ、俺の魔法による『否定』が、では現代魔法としてのカテゴリーにおいてどこに分類されるのかという話をすると、実のところどこにも分類されなかったりする。四系統魔法にも、系統外にも属さない。無系統でも知覚系でもない。否定することによって、逆説的にそれらすべてと同じことが可能ともいえる。

 だから強いて分類するならBS魔法だ、というのは単に消去法でしかない。

 念じるだけで、CADを遣わなくても発動、制御ができる。そういう意味では現代魔法の原点である超能力に近い。

 使っている当人、つまり俺だってそう思うのだ。彼女らが抱いた感想は当たり前のものだろう。

 本当に何なんだろうな、俺の魔法。魔法名が人名っぽい(しかも女子の名前)のは小町が名付けたからなのだが、名で呼ばないと魔法が発動しないのである。

 名前呼ばないと返事しない子なのだ…………あれ? 人に置き換えると存外に当たり前のことだった。

 

「最初は、あーちゃんの『梓弓』に似た魔法かなと思っていたのだけど……」

「確かに、もうそれは全く違う魔法だな。類を見ない、という意味では魔法ではなく能力といったほうがしっくりくる。だがなるほど、無理という比企谷の意見はもっともだ。応用力は高そうだが、危険度も高い」

「ええ。一歩間違えば火事程度では済まなくなります」

 

 渡辺先輩と司波達也の間で視線が交わる。危険性を察した二人と、まだそこまでの理解に達していない他のメンバーの差異がはっきりと現れた瞬間だった。もちろん火事というのは比喩だ。二人が何を想定したのかは、風紀委員としての実情を知らない俺が予測できるものではないし、したって意味がない。

 だが俺の魔法の危険性を察してくれたのは、話を進めていく上で非常にありがたかった。

 

「確かに、使い方を誤ると大変なことになりそうな魔法だとは思いますが、そこまで危険度の高いものでしょうか?」

 

 司波深雪の質問は、理解できていない側の総意でもあった。

 渡辺先輩と司波達也以外の皆が頷いているが、彼女らがその答えに行きつかないのは無理もないと言える。何故なら自分たちの知る魔法で可能な範疇を超えているからだ。だから想像しない。だから想像できない。

 あり得ない、という固定観念が、その理解を拒んでいるからだ。

 

「深雪、比企谷は「対象は何でも」と言った。さっきは『紅茶』を例にしたが、では、それが『人間の生死』ならどうなる?」

「……え?」

「生きている人間を否定したらどうなる? 逆に死んだ人間を否定したら?」

 

 兄から妹への問いかけ。だが、兄はその答えを待たずに予想を告げた。

 

「前者なら死ぬ、後者なら蘇る。違うか?」

「ああ」

 

 それは質問だったが、ほぼ確信を抱いているという風だった。俺が頷き返すと、不意に誰かが息をのんだ。それが誰なのか、確認するのは怖かったので見るのはやめておいた。

 

「それを試したことは?」

「おい、いくらなんでも人間相手に実験とかしたことあるはずないだろ」

 

 それだけはきちんと抗議しておかなければならない。俺は殺人なんて御免だ。たとえ生き返らせられるとしてもだ。

 他者から受ける痛みを知っている。あんな痛みを与えるものを、人に向けたいなんて思うはずもない。

 

「昆虫とか屋台で釣った金魚とか、植物とかで、何度か……動物も、道端で車に轢かれて死んでいた野良猫とかを蘇生させた程度ならある。流石に殺すのは忍びなかったからやってない」

 

 室内に沈黙がおりた。怖がらせてしまったかもしれない。

 その重い空気を何とはなしにさらっと負って立ったのは、案の定、司波達也だった。

 

「これは俺の予想でしかないんですが」

 

 外れてほしい予想ではあるのだけれど、と断りを入れてから司波達也は続けた。敬語になっているのは、妹や俺だけにとどまらず、生徒会室にいる先輩方へも向けての説明だからだ。礼儀正しい奴である。

 そしてそうふるまえるだけ冷静であるとも言える。

 

「事象の否定には、二種類あると考えられます。

 一つは状況の否定。

 これは命であれば、生死に関する結果になります。生者であれば死に、死者であれば生き返る。最初の例のように、対象が温度であれば熱ければ冷めて、冷たければ熱くなるのでしょう。

 そしてもう一つが、存在の否定です。

 最初のほうも大概ですが、より危険なのはこちらでしょう。生者であれば消えてなくなる、という程度ではすみません。おそらく生きていたこと自体、きれいさっぱりこの世界から消えるんじゃないでしょうか」

 

「すごいなお前、ほぼ正解だ」

 

 以前、小学生だった頃に試したことがある。

 夏休みに種を植えた朝顔のことだ。夏休み終了間際に朝顔の存在を否定したら、朝顔を植えたという事実自体が消えていたのだ。家族の誰もが、俺が朝顔を育てていたことを知っていたはずなのに、誰の記憶にも残っていなかった。

 植木鉢は残っていた。朝顔を育てるための土も入っていた。けれど、植えたはずの朝顔がなくなった。

 

「日記帳に朝顔の観察日誌を付けていたんだが、それも消えていたな。日記帳自体は残っていたが、中が真っ白で、何かを書いた跡も、消した跡もなかった」

 

 俺が夏休み初日の朝に植えた朝顔の存在がなくなった、それは言い換えれば、俺が朝顔を植えずに夏休みを過ごした未来ということになる。

 その時の俺の混乱は筆舌に尽くしがたかった、とは小町の証言だ。相当気持ち悪かったらしい。親には白い目で見られた。妄想だと思われたからだ。

 朝顔の観察は夏休みの宿題だ。植えたはずなのになくなったという結果は、見る者が見れば、宿題忘れていただけにしかならない。やったはずなのになくなってた、なんて子供の言い分は、宿題忘れた言い訳にしか受け取られない。

 繰り返したら拳骨が舞い降りた。星が散った。流石に夏休み終了前日に巻き返しはできず、教師にも怒られた。

 まぁそれは余談だが、俺はそれからも植えた朝顔がどうなったのかを結構長い時間を遣って調査した――したが、結果としてわからなかった。

 所詮、小学生。それも魔法の素人に出来る調査なんてたかが知れている。

 だがそれを大人に言う気にはなれなかった。信じてほしいという思いはあったが、信じてくれないときの怖さと痛みを知っていたから。

 なにより、出来る限り俺を信じたいと思ってくれている小町に、信じたいけど信じられないという悲しい思いをさせたくなかった。

 それから決して少なくない時間を遣って、俺は独りで自分の魔法の効果を調べていったのだ。それこそ、亀の足と言われても反論できないほどゆっくりと。誰にも頼れないからこそ、慎重に慎重を期しながら。

 だからこそ余計に思う。

 俺のさっきの拙い説明で、すぐに俺の魔法の効果を予想できた司波達也の思考能力には、感嘆する以上に恐怖すら抱いた。

 

「人の記憶や、紙面上の記録からも消えるって、そんなこと……」

「電子データであっても例外じゃないでしょうね」

 

 司波達也の言う通り、電子データでも同じだ。もちろん試したうえでのことである。小遣いをためてどうにか手に入れた小さなコンピュータを使った実験は、想像通りの結果しかもたらさなかった。

 訪れた沈黙は、先ほどよりもさらに重いものになっていた。

 まぁ当然と言えば当然か。

 そもそも魔法師の出発点が兵器であることは、有名な事実なのだ。俺の力を知れば、それを軍事転用したいと考える連中は、おそらく沸いて腐るほど出てくるだろう。

 そしてそのことを、第一高校の代表格である生徒会面々と、それと対等な力量を持つ渡辺先輩がわからないはずがない。想像できないはずがない。

 わかってしまったから、沈黙するしかないのだ。

 知ってしまったから後悔しているのだ。そんな危険な話を、出会ったばかりの自分たちに何故教えたのだと。

 現代魔法でも、古式魔法であり得ない、魔法師ですら実現できないと思わしき能力。そこに現れるのは、魔法師でない者が魔法師を見るときと同じく違う生き物に対して向ける視線だ。

 自分たちではなしえない、あり得ない能力に対して平然と「へぇ、すごいね」と言える奴がいるはずもない。

 もしそんな奴がいたとしたら、それはよほど無条件に相手を信じられる頭の中お花畑なだけか、またはそいつもどこかおかしい、それに等しい何かを抱えているかのどちらかだ。

 信頼と信用を持って他者の力を受け入れることが出来るのは、その土台があってこそ。魔法師としてのくくりから外れてしまえば残るのが何か、など考えるまでもない。

 化け物扱いして線を引き、関わり合いにならないよう努めるか。または利用目的で俺に過剰な友好を求めてくるか。だから一見友好的な連中をこそ受け入れてはいけない。そうすると、俺への対処で考えられる可能性は二種類二択に別れると推測できる。

 傍観と無視。利用と敵対。友好という選択肢はない。それは先も言った通り二つ目と同義だからだ。

 彼女らはどれを選ぶのだろうか。

 

「比企谷くんの魔法が希少性が高いことも、使い方によっては危険なことも理解しました……ですが……」

「会長が危惧しておられる、何故、これほどの魔法を俺たちにすんなり教えてくれたのか、であるなら答えは明白でしょう」

 

 七草会長の問いかけを覆うように言葉を重ねたのは、やはり司波達也である。言葉には攻撃的な色合いが強かった。

 

「比企谷は、俺たちの記憶すら否定できるからです」

 

 全員に緊張が走る。もう少しオブラートに言えないのか。あ、言っても同じか。なら仕方ない。

 

「俺たちに自分の魔法のことを話した事実を否定すればいい。たったそれだけで、例えば俺たちが他の誰かにこのことを話したとしても、そもそもの最初――つまり出発点自体がなくなるわけですから、どこかに漏れ出ることはありません。お前の魔法の秘密は守られる。違うか?」

「それも正解」

 

 淡々と、解答だけを告げる。

 それに対する反応はまちまちだった。

 

「そんなことが……」市原先輩は静かに息を飲み込み、

「あわあわあわ……」中条先輩は何故かひたすら慌てふためている。なんか可愛い。小動物みたい。新種かしら。

 

 無言でいるのは二人。七草会長と渡辺先輩。この二人の思考も、どちらかと言えば先の二人同様に戸惑いに近いように思う。だがそれらとは明らかに違う毛色を示している者がいた。司波兄妹だ。

 

「お兄様、試されようとか考えていらっしゃいませんよね?」

「本音を言えば、試したくはある。だが同じくらい怖さもある。危険度も高い。だから大丈夫だよ、安易な真似はしないさ」

 

 何故か心配げに兄を見上げる妹と、それをなだめる兄の図が完成していた。そして頭を撫でられ頬を染める妹までもがワンセットである。

 君らいちゃつくの好きだね。

 内容は何を言っているのかわからないが。会話の端々を聞き取るだけだと、どうも友好を装った敵対に見える? だがまぁ、どちらでもいいし、どうでもいいことだ。

 俺が会長たちに俺の魔法のことを話したのは、彼女らが俺に対してどういう風に接してくるのか、その決定権を委ねるためではない。俺自身が、彼女らと距離を置く理由を作るためだ。

 と、俺の目をじぃっと見つめていた七草会長が、不意に俺の核心をついてきた。

 

「比企谷くん、もしかして最初から私たちの記憶を否定して消すつもりだったの?」

 

 無言は肯定と受け取られ、否定は意味をなさない。ならばとれる手段は一つしかない。

 

「……ええ」

 

 素直に頷くことだけだった。

 

「どうしてか、聞いてもいいですか?」

「え? 逆に聞きますが、どうして消されないって思うんです?」

 

 そのほうがびっくりである。

 

「……我々を信用も信頼も出来ないから、というのはわかります」

 

 言葉にすることも苦しそうに、七草会長は続ける。

 

「でも、だったら最初から、魔法のことを話さなければいいことではないですか? あ、いえ。ごめんなさい。魔法のことを聞いたのはこちらからなのだから、私はとても失礼なことを聞いていますね……」

「……そんなことが、気になりますか?」

 

 少し意外だと感じた。彼女の性格を把握しているはずもないので、ただの印象の問題なのだが。

 

「だって話をして、でもそのことを否定してなかったことにするなら、話すメリットがないもの」

 

 真実を話してから記憶を消す。嘘をついてごまかしてやり過ごす。または最初から拒絶して退室する。

 だが結果として俺の取る行動は、彼女らとの接点をなくす行為だ。そこには手間以外の違いはない。魔法のことを話すと決めた時点で、この場で俺が嘘をつくという選択肢は取れない。取れたとしても面倒くさい。

 過去にさかのぼっての否定も可能だが、時間が経てば経つほど条件が複雑化する。それを聞き出す話術が俺にあるわけない。なのでそれも無理。

 雪乃の弱点は意外にも実は多い。その一つが嘘がつけないことだ。いや、少し違うか。意地っ張りだから、一度吐き出したことを虚言にできないのだ。つまり魔法の制約としてみた場合、一度否定した内容をさらに否定することができない。

 

「けれど俺の魔法を話せば、条件は逆にシンプルになります」

 

 つまり『比企谷八幡の魔法を知った起点に至る全ての記憶の否定』だ。

 

「だから否定するなら一度にしてしまいたいと思った、っていうのが主な理由ですかね」

「…………」

「あとは渡辺先輩とか司波とかは、たとえ俺が嘘をつくのが上手かったとしても、言葉巧みに俺を追い詰めてくるだろうなーとか思いましたし……」

「……あたしってそんな印象か? 達也くんならともかく……」

「否定はしません」

 

 渡辺先輩は不本意そうに否定し、司波は渋々だが認めたようだった。

 

「口外しないでほしいとか、絶対に秘密だとか、そういうことほど人間は必ず誰かに言いふらすでしょう。前振りだとでも思っているんですかね、まったく」

 

 別に個人攻撃しているわけではない。不特定大多数の話だ。

 

「だからまぁ、そういった諸々の理由が重なったから、ですよ」

「……納得したわけではないけれど、わかりました。ではもう一つ、これは純粋な疑問なのだけど、ついでに教えてもらってもいいですか?」

「はぁ、何でしょう?」

「比企谷くんは、どういう魔法師になりたいの?」

 

 聞かれた問いは、俺にとって想定外のもの、というだけでなく、七草会長を除く他の面子にとっても意外性あるものだったらしい。険しい顔をしていた司波達也までもが不思議そうに目を見開いている。

 

「質問の意図がよくわかりませんが……」

「気になった、っていうのが本音かしら。

 

 貴方がその魔法で色々なものを否定し続けた先に、肯定しようとしているものがなんなのか、気になったのよ」

 七草会長の物憂げな視線の奥にあるのは同情? それとも憐憫? 気になったというには、好奇の色が薄いのは、それらが綯交ぜになっているからかもしれなかった。

 

「はぁ……そうなんですか。いえ? 俺は別に魔法師になんてなりたくないですよ?」

「え?」

 

 だがみんなの驚きの視線が、俺が発した答えでそっくりそのままこちらに向いた。

 全員の目が一斉に見開かれる、って、実際に目の当たりにするとちょっと不気味だ。夢に見そう。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 そして今度もまた俺の言葉によって生み出された沈黙が場を支配する。

 これはもうあれですね。俺ってばさっきから地雷踏みまくってないですかね? というか、どこに地雷があるのかさっぱりわからないあたり、俺にはやはり他人とコミュニケーションをとる能力なんてものはないのだろう。

 そうしてしばし小さな空白の間をのほほんと楽しんでいたところ、真っ先に再起動したのは渡辺先輩だった。

 

「…………ちょっと待て。

 いや、もう、なんだ。色々と話が難しくなってきていて混乱している自覚はあるんだが、それでも待て。

 ほんっとーに、待ってくれないか?」

「どうぞ」

 

 すぅーはぁー、と深く深く、呼吸を整える様子を見るに、本当に混乱しているらしかった。意外である。もっとさらっとからっと物事を縦に割って見る人に見えていたのだが。

 

「いや、お前、だったらなんで魔法科高校に入学したんだ?」

「渡辺委員長の言うとおりだ。魔法師になりたいわけじゃないのに魔法科高校に入学してまで、いったい何になりたいんだ?」

 

 渡辺先輩と、彼女の問いを追うようにして投げかけられた司波の質問は、この場にいる全員が抱いた共通の疑問らしい。

 頷く皆の顔を見渡す、ような真似は俺には出来ないので、最初から見ていた七草会長のほうに向けて答えた。

 答えは最初から決まっている。これについては迷いなどない。

 

「将来の夢は専業主夫ですが」

 

 …………おや? 何故皆さん、そんな淀んだ目をして俺を見ていらっしゃるのでしょうか。

 まるで俺みたいですよ。

 

「いや、そんなドロドロと目を腐らせながら夢を語られても……」

「夢ってもっとキラキラとしたものじゃなかったでしたっけ?」

「魔法どこにも関係ないような?」

「そもそも家事とか出来るのか?」

「こう言っては何ですが、意外ですね」

「魔法科高校を選択した理由にはなってない気が……」

「一科に入れるほどの成績を修めたのに?」

「深雪さんに次いで総合二位です。実技が二位で、筆記は三位。ともに会長の入試成績を上回るほどの好成績でした」

「なのに専業主夫?」

「別に家事を専門にする仕事が悪いわけではないんだろうけど……」

「信じられん、なんだその才能と努力の無駄遣いは」

「進学はするのでしょうか?」

 

 次々に再起動を果たした他の面子からの質問が飛び交う中で、俺が答えたのは最後の疑問だけだ。正直、誰からの質問かはもう言葉が多くてわからなかったが。

 

「大学には行くつもりですが……」

「魔法科大学?」

「第一志望はそのつもりです。それが無理でもそれなりの大学には進学したいと……」

「そのあとは?」

「主夫になります」

 

 だって働きたくないですし、働いたら負けな気がしてますし。

 

「それ大学行く意味あるの? 第一、なんで魔法科なのか、やっぱりわからないわよ!」

 

 七草会長の疑問はもっともだと思う。だが俺には俺の、崇高な目的があるのだ。

 

「え? だって魔法師って平均収入高いでしょ? 魔法科大学で、美人で優秀で高収入な女子を見繕って結婚しようと思います。最終的には養ってもらおうと」

「それはヒモだろう!」

「渡辺先輩、男女差別はよくないと思います」

 

 夫が働き妻が家を支えるのがよくて、その逆がダメだというのは差別ではないか。

 男尊女卑の時代は、とうの昔に終わりを告げたはずである。

 

「いや、別に差別しているわけじゃないが。それでも何だ、男なんだったらこう、好きになってくれた女の子を自分の手で幸せにしたいとか、自分の手で守りたいとか、その子がいるから俺は頑張れるんだ的な? ものがあるんじゃないのか? あるだろう? ないのか?」

 

 渡辺先輩って、存外に乙女だな。

 

「男に夢見すぎでは?」

「比企谷は女をドライに捉えすぎだ! というか、お前に言われると何故かものすごいショックだ……」

 

 どういう意味だ。

 がくりとテーブルに突っ伏す渡辺先輩の言葉には力がこもってなかった。どうやら本当にショックを受けたらしい。

 第一、前提条件からして間違えているのだ、彼女らは。

 

「そもそも何を言っているんですか? 正気ですか? 俺を好きになってくれる女の子なんているわけないでしょう」

 

 これまた全員が呆気にとられたが、悲しいけど、これ。事実なのよね。

 

「そんな物悲しいことをはっきりと言わないでくれないかしら? 切なくなるから……」

 

 何故か七草会長からは涙目で訴えられた。

 

「事実は事実として受け入れることから始めないと」

「ものすごくいいこと言っているように聞こえるけど、内情は信じられないくらい後ろ向きよね?」

「個性です」

 

 アイデンティティーというやつである。だから苦情は受付ない。

 

「ごまかされているだけのような気が……というか、それだけ自信満々にモテない宣言しておきながら、どうやって結婚するつもりなの?」

 

 ふむ。それもまた俺の道をふさぐ、巨大な壁であることは確かだ。

 だがしかし、それにもちゃんとした対策を考案済みである。

 

「対策?」

「……土下座して頼み込んで、家事全般一手に引き受けることを理由にすれば、一人くらい、頷いてくれませんかね」

「女の子を何だと思っているんですか!」

「え? そりゃあもちろんアレですよ……なんて言うか、俺を見て、

『うわっ、こいつキモい、目が腐ってる、近寄ると菌が移るからどっかいけよ、っていうかこっち向くな、息するな、死ね』

 とか常日頃思っている生き物ですか」

「そんな女の子いるわけないでしょう!」

 

 そんなふうに思えるのは、七草会長がお嬢様だからだ。

 

「少なくとも、俺の中学の女子が全員そうでした。街中でも時折知らない女性にキモイ、死ねとか言われたことありますしね……」

 

 この生徒会室内の女性陣(というか、司波達也以外全員)が、そういうタイプではなさそうだという事実は、俺からすれば、接敵直後に逃げ出す経験値豊富なレアモンスターに遭遇した上に全員逃走されずに倒せたのと同じくらいの驚きなのだ。

 じぃっと、お互いを見つめること数秒。

 

「…………え? 本当に?」

 

 流石にちょっと恥ずかしくなってきたころ、ようやく七草会長が折れてくれた。

 あー、よかった。これ以上目を見ていたら勘違いして惚れてしまうところだった。

 まったく、そういう行為は好きな男にだけしてくださいね。貴女のようなあざとい行為が、馬鹿な男を死地に追いやるのですよ。

 たとえ女性から忌避されたとしても、事実は事実として受け入れることから始めないといけないのである。目を逸らしていては、ぼっちにはなれないのだ。だが他人とは目を合わせてはいけない。目を逸らさなければぼっちになれない。

 ジレンマというやつである。

 

「だからこそ、俺は他人と関わる必要のない専業主夫を希望します」

「専業主夫ってそういう仕事じゃないと思いますが……」

「結婚する秘訣は打算で、持続させる秘訣は惰性です。ソースはうちの妹。お金と食事さえあれば、愛は別のところでも大丈夫」

「お前はもう少し結婚に夢や希望を持て!」

 

 渡辺先輩はそう言うが、理想だけの結婚をしたカップルのどれだけが現実に潰され別れることになると思っているのだ。

 

「いや、だからと言って、現実を見るなと言っているわけじゃないんだが……」

「……百歩譲って専業主夫になれたとして、比企谷くんは家事は出来るの?」

「最近の電子機器って便利ですよねー」

「する気がないじゃないの!」

 

 そうは言うが、便利な道具は使ってこそなんぼじゃなかろうか。

 便利なものが開発されたからには使うべきである。そうでなければ開発者の苦労も浮かばれないというものだ。

 だが七草会長をはじめとして、女性陣――だけでなく司波兄も含めて全員そうは思わなかったらしい。

 

「「「「はぁぁぁ~~~~っ!」」」」

 

 長い長い溜息で、これ見よがしに呆れられてしまった。

 中でも七草会長のテンション落下具合が半端ない。

 目が俺みたく腐り始めていませんか? 俺を見る時だけかもしれんが。

 

「まったくもう、ほんっとぉぉぉーー……に、まったくもう!」

 

 なにそれ、頬を膨らましてぷんぷんするとか、どういうアピールですか? 激おこですか? そうですか。可愛いかもしれないけどあざといので俺には通用しません。きゅんとくるのでこっち見ないでください。

 どきどきしてしまうではないですか。

 

「…………色々最低な言葉が最低な感じで飛び出してきて、魔法のことも含めて、正直、もうなんと言っていいか分からないのだけれど……とりあえず、比企谷くんのことで分かったことが一つだけあるわ…………」

 

 長い長い溜息の後、七草会長は、いったんそこで言葉を切った。

 

「…………???」

 

 不意に空いた間のせいで、俺は思わず彼女の目を見た。見てしまった。

 何やら据わった目をしていらっしゃるのは気のせいでしょうか? という悪寒は、すぐに気のせいでないことを知った。

 

「目が腐ってる。根性が腐ってる。友達いなさそう、っていうか、多分いないわよね? 

 働きたくないとか、働いたら負けとか、捻くれていることが格好いいとか思ってない? いいえ、とても格好悪いわ。

 これは男女差別ではなく、区別よ。

 俺の行動の責任は俺がとるべきだとか、考えてない? 変に悟った雰囲気を出しながら捻くれた論理しか言えないくせに、根っこにあるのが小市民なものだから、出てくる動機や理由が逐一小さいわ。だからこっちも虚を突かれてしまったけど、冷静になってみればとても小さな生き方をしてる風にしか見えないの。

 そんな小さな生き方で、他者を寄せ付けない態度をとろうとするから無理が出てるのね。

 無理をしているのに、その自覚がないものだから、少しずつ自分の心が壊れているような錯覚を覚えているんだわ。

 自分は『みんな』とは違う。自分は普通じゃない。だから、独りでもいいんだって。

 でもそれも嘘。あなたの心はとても正常なままよ。

 そうでなければ他人がどう思うか、どう感じるか、なんてことを気にしたりしないわ。

 正常なのに色々なものを諦めて、正常でないふりをしなければならないから、余計に気になるのね。人を目を見て話せないのはきっとそのせい。傷つきたくない、傷つけたくないって自己保身がそうさせているの。それが悪いとは言わないわよ? けど、それだけじゃ駄目なのよ。誰だって傷ついたり、傷つけられたりしながら生きてるの。

 他人が怖いのね。全部が相手の反応を見てびくびくしている。

 もしかしたら、そうせざるを得ない環境だったのかもしれない。そして比企谷くんにそうさせ続けてきたなら、そういう選択肢を周囲が押し付けていたのなら、貴方にとってはきっと生きにくい世界でしかなかったでしょう。

 でもね、だからこそ、確かに魔法のことは驚いたけど、それと比企谷くんがコミュ障でぼっちで彼女いないのは別問題なのよ。

 女の子の一挙手一投足にきょどりすぎ。キモイのを気にしているなら、まずそこを直しなさい。

 これまで出会った女の子が悪かったのかもしれないけど、正直、同じ女として殴り倒したいとも思うけど、それとは別にもう少し女の子に慣れること。あとは――……」

 

 一つじゃないじゃないか! と口をはさむ余地すらなく、それはあたかも防波堤が決壊したダムのようにひたすら続く。

 あまりの口撃(こうげき)(誤字ではない)に、俺だけでなく全員がドン引きしていた。

 渡辺先輩ですら、顔をあげて「ま、真由美? ちょっと落ち着け? おーい……」とか語り掛けても止まる様子がない。というより、七草会長のそれは既に独り言になっていた。俺に聞かせるつもりもないのか、途中からもう何を言っているのかわからなくなっているのがその証拠だろう。

 彼女が独り、別の世界に突入しているのを見かねたらしい司波達也の目がこちらを射抜く。「お前のせいだぞ?」と。

 そんなことはわかっているが、どうしろというのだ。

 渡辺先輩が無言で催促する。「さっさと止めろ」って? 出来ればそうしたいですが、出来ると思います?

 

「いろいろ言ってはみたけれど、やっぱり私が思うに比企谷くんは――」

 

 あ、止まった。そう思ったからこそ出来た心の隙間に、七草会長の言葉はひどく響いた。

 

「他人を傷つけるのを恐れてる。自分が傷つくのも怖がってる。とても臆病で、とても優しい子」

「………………」

 

 は。

 ………なんだそれは。

 会ったばかりの人間が何を言い出すのかと思えば、いったい何を分かった気でいるのか。

 わかるはずないのだ。

 それは俺に対してだけではない。誰だって同じだ。同じはずだ。もしそれで分かった気になっとしても、そんなものが本物であるはずがない。

 感情に身を任せただけの、ただの思い込みだ。押しつけだ。気持ち悪い。

 だがもっと気持ち悪いのは、七草会長の言葉に何一つ反論できずに黙り込むしか出来ない俺のほうだ。

 否定すればいいと心ではわかっているのに、吐き気すら催しているのに、彼女の言葉に、俺の理解できない『何か』が見えてしまったことに虚を突かれて、どう反応すればいいかわからなくなっている。

 なぜ否定しなかった?

 七草会長の言葉など最後まで聞く必要性すらなかった。司波にお前のせいだと、渡辺先輩に止めろと言われるまでもなかったのだ。

 彼女の言葉を上辺だけのそれだと切って捨ててしまえばいい。

 飾っただけの中身のない言葉として、否定すればいい。

 それは俺には必要ないものだ。必要と思ってはならないものだ。

 何故なら俺は、魔法で何もかもを否定出来てしまう。他人が俺に抱く感情も何もかもを否定できる。する、しない、ではない。出来ることが問題なのだ。そしてその事実だけで、すでに俺と他人は対等ではない。そんな俺が、どうして他人と理解しあえるというのか。一方的に傷つけるしかできないのは俺のほうだというのに。

 そんな気持ち悪い欲求は、とうの昔に投げ捨てた。

 だからこそ強く疑念を抱く。何故、俺は七草会長の言葉を止めなかったのかと。止めようと思えば止められたのだ。

 彼女の言葉が譫言(うわごと)でしかないことはわかっている。あんなものは同情ですらない。なのに何故、否定できないのか。反論に詰まってしまうのか。

 ただ否定すればいい。それで事足りる。会話は終了。俺はこの部屋から出て、今後彼女らと交わることもない。俺の魔法を拒絶などできないのだから。

 彼女が何を言うのか聞いてみたかった? ――違う!

 それとも俺の行動の理由、他人の記憶を消す理由を、俺は無意識のうちに他人に押し付けていたのか? ――違う!

 まさか俺は期待したのか。今度こそ、俺のことを受け入れてくれるかもしれない人かもしれないって? ――違う!

 違う。違う。違う!

 否定しろ。それこそ俺の個性だろうが。そう在らなければならないと、俺自身が決めたことだろうが。

 少しでも、俺を分かってくれるかもしれない、なんて期待は抱いていない。

 期待はあきらめからくる感情だと言ったのは誰だったか。諦めたのだ。もうとうの昔に。誰も彼もが、俺の手を取ってくれないと悟った時に。唯一の例外が家族だ。

 だから俺はわかってほしいなんて思わない。わかりたいと願うことはあれど、わかってほしいなんて受け身は絶対に取らない。

 相互理解なんて必要ない。普通の人間が、普通の人生を歩みながら得られる経験は、普通を否定する俺には関係ないものだ。同情も憐憫も、普通だからこそ他人にかけてあげることが出来るものなのだ。

 だから彼女の言葉は俺にとっては何の価値もないただの問いかけでしかなく。

 だからきっと彼女は、ただ俺のことを――――!?

 

「…………ふざけるな」

 

 辿り着いた結論はただ一言、絞り出すようにして吐き出された。俺の口から漏れ出たはずのその言葉は、けれどどこか他人事の様な響きで脳に響き、しかし間違いなく俺が口にした、俺の感情によって生まれた言葉だ。先輩相手にひどい言い草だとは思ったが、それでも掛け値なしの本音だった。

 誰だって、自分の中の価値観を押し付けている。俺も、そしておそらくは彼女も。自分勝手な傲慢を、けれど彼女は隠す気すらないらしい。

 その笑顔に苛立ちを感じていると、しかし言われた七草会長は失礼だと怒るわけでもなく、またくすりと笑って頷いた。

 

「そう? そうかもしれないわね」

 

 彼女はそんな俺の暴言に対して機嫌を損ねたようではなかった。むしろあっさりと受け入れたようですらある。

 

「は?」

 

 わからない。七草会長が何を考えているのか。その理解不能性は、直後の彼女の言葉でさらに顕著になった。

 

「それはそうと、摩利、最初の話に戻すけど、比企谷くんに風紀委員会の手伝いをさせる件はあきらめて頂戴ね」

「はい?」

 

 突然話を向けられた、思わぬ甲高い声で友人に問い返した渡辺先輩の反応を責める人は誰もいなかった。誰もが心に浮かべたものと同じ対応だったからだ。

 何を言い出すんだ、この人は?

 

「比企谷くんには、生徒会に入っていただきます。いいですね?」

「…………え?」

 

 たっぷり数秒後、言葉の理解は遅れてやってきた。

 なるほど、地雷を踏まれるとこんな感じで意識が持っていかれるのか、という場違いな感想を抱いた。

 

「…………いや……あの、いったい何を?」

「比企谷くんには生徒会に入ってもらい、その捻くれた根性の更生と、腐った目を矯正してもらいます。

 捻くれた孤独体質を改善します。

 生徒会で、生徒に奉仕しなさい。

 生徒とふれあい、生徒を助け、生徒のために行動しなさい。

 その奉仕行動に生徒以外の行動理由が必要になったなら、『私』を使いなさい。

 いいですか? 比企谷くん。わかりましたね?

 異論反論抗議質問口答えは許しません」

「……いえ、あの……」

「異論反論抗議質問口答えは許しません」

「……だから……」

「異論反論抗議質問口答えは許しません」

「……ちょ、ちょっとまって……」

「異論反論抗議質問口答えは許しません。い・い・で・す・ね?」

「イエス、ユア、ハイネス!」

「よろしい」

 

 ふんすっ! っと鼻息荒く頷き了承した七草会長は、決定! と言わんばかりに満面の笑顔で手を打ち立ち上がった。

 これはいかん。どうにも最初の自己紹介の時にそんな予感はしていたのだが、この人は怒りを静かに沈殿させながらため込み、どこかで爆発させるタイプだ。暴走すると何をしでかすか分からないタイプでもある。

 逆らってはいけない。目が据わっている。

 それは他の面々も同じらしい。誰もが何も言わず、俺と同様に首をコクコクと縦に振っている。

 根性が座っていそうという意味では俺など比較にならなさそうな司波達也ですらそうなのだから、これは相当なものとみていいはずだ。

 

「さて、お互いを理解しあうためにも、さっそく比企谷くんに頼みたい仕事があるの。一緒に行きましょうか?」

 

 誰もが呆気に取られてしまって、七草会長の行動を目で追うしか出来ずにいた。俺も例外ではない。出来れば視線を外したかったのだが、そうすると何されるのかわからない恐怖が自然と彼女の動きを追ってしまっていた。

 

「さ、行くわよ」

 

 唐突にむぎゅ、っと首が閉まる。

 苦しいとか、息が詰まるとか、そんなことを言う暇すら与えられず。

 

「みんなも、ちゃんと授業には遅れずに行くのよー」

 

 そんな朗らかに生徒会長らしい注意事項を部屋に残して、襟首をつかまれたと知った時には俺は引きずられて生徒会室を後にしていたのだった。

 ドナドナがBGMで鳴った気がした。

 

 

 




ここでようやく俺ガイルのプロローグに合流・・・・・?
話の胆なだけに難産でした。
魔法は独自解釈が入っています。理屈あっていると思いたいです。すみません。
八幡はとても好きなキャラなんですが、いざ自分で書こうと思うととても大変だと実感しました……楽しんでいただけたかとても不安です。

中二病全開場所は、江口さん(中の人)ボイスを想像していただけると、なお楽しめるかもしれませんね。
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