やはり俺の魔法はどこまでもチートである。   作:高槻克樹

7 / 17
入学編#4  いつものように光井ほのかの思い込みは激しさを増していく。

 

 生徒会の仕事を押し付けられる日々の中では、どうしたって生徒からの声というものは聞こえてくることが多くなる。

 もっとも、俺を見れば大概の人間がこの腐った目のおかげで恐怖するだろうから、もっぱら窓口は同じく新入りの司波深雪、またはどこか話しかけやすい中条先輩が担当することが多い。

 わずか数日、生徒会の仕事を手伝っただけだが、彼女らが多忙だというのは傍から見ていてもよくわかった。なるほど、手が足りない。助けが欲しいと考えるのもうなずける。

 だが七草会長や渡辺風紀委員長が口にした通り、一高における生徒自治力が強いというのは実にその通りで、下手な人選では引き込めないというジレンマを抱えている。

 だったら俺なんかが末席にであれ参列するのはよろしくないと思うのだが、俺は今のところ役職もないただの丁稚だ。

 外聞的にはただの手伝いでしかない。であれば文句を言う者もいないだろうし、責任を取らされることもない。俺にしても気が楽でいい。

 しかしいくら責任が発生しないと言っても、忙しそうな生徒会面々に、担当分の仕事が終わったのでお疲れさまでしたーと背を向ける度量など俺にあるはずもなく、結果、想像をはるかに超えた仕事量に辟易しているのが現状だった。

 そんな中でも基本ハイスペックな彼女らは誰もが涼しい? 顔で仕事をこなしていくのだが――だからこそ思う。

 俺って必要? ねぇ、必要? 

 

「はぁ…………」

 

 七草会長の勢いに負けて生徒会の手伝いに行くようになったが、本当にこれでよかったのかどうかはまだわからない。

 わからないが――

 

 

 ***

 

 

「お兄ちゃんが生徒会役員だなんて、小町、うれしいよ。外に出たくないとか、働く気がないとか、養ってほしいとか言ってはぐだぐだしてたから、いつかそのうち、息するのも面倒だとか言いださないかって、小町、ずっと心配してたんだよ?

 このごみいちゃん、いつ独り立ちするんだろう。いつ小町が面倒みる必要なくなるんだろうって。

 でもやっと……やっと働いてくれる気になったんだね? あれ? 何でだろう。涙が出ちゃう。嬉しいのに変だね?」

 

 そこまで!? いや、さすがに俺も息はしてるよ。止める気もないよ? っていうか、心配してるの俺のことじゃなくて、自分のことだよね?

 それに役員じゃなくて雑用だからね。丁稚。下請け。契約社員。

 

「せっかくの小町の感動に水差さないでよ! まったく! でもまぁ、そうだね。丁稚とかのほうがお兄ちゃんには似合ってるね」

 

 ………泣いていいですか?

 

「自分で言ったんじゃん。でも丁稚でも生徒会だよ? 誰でも入れるところじゃないんだよ?」

 

 ……話聞いてた? 無理やり手伝わされそうなんだってば。

 

「聞いた感じ、原因はお兄ちゃんにあるように思うんだけど……でも、言いたいことはわかるよ。お兄ちゃん、学校の委員会とかとことん向いてなかったもんねぇ……」

 

 通信簿には必ず委員会の仕事に関してダメ出しされてたからな。

 ほれ、心配だろ? 不安だろ? 俺は不安だ。不安しかない。むしろ不安だらけで胃が痛い。いや、マジで。

 

「相変わらず精神(メンタル)が豆腐より柔いね。ホントに腐りかけてるんじゃない? 腐るのは目だけにしてよ?」

 

 ……あれ? なんかちょっとウルっと来ちゃった。悲しくないのに変だね?

 

「――っていうか、小町にはお兄ちゃんが何でそんなに不安そうなのかちょっとわからないんだけど? まぁ確かに、目が腐ってるから生徒受けはよくないかもしれないね」

 

 だろ? そうだろ? 小町もそう思うよな?

 

「ううん。小町、お兄ちゃんって能力は高いから、生徒会業務については何の心配もないよ?」

 

 え? ……………そ、そうかしら?

 

「そうそう、お兄ちゃんが努力家ですごい能力秘めてるってのは、小町が一番よく知っているよ。妹だからね。ずっと見てきたんだから、間違いないよ、うん!」

 

 お、おう。それはありがとうよ。んじゃ、まぁ、小町のいう業務的なことは心配ないとしてもだな。やはり生徒会と言えば学校の顔だ。トップカーストだ。

 そこに関わることのリスクを考えると、どうしてもなぁ……。

 

「うーん……そこをお兄ちゃんが気にするのもわからないでもないけどさ。その生徒会長さんとか、風紀委員長さんとかは、カーストだとかで人を区切って見下したり侮蔑したりいじめたりするタイプの人じゃないんでしょ?」

 

 それはまぁ、そうなんだが……。

 

「その人たちが魔法科高校のそう言ったブラックな部分を知ったうえでお兄ちゃんを誘ったってことは、メリットデメリットを天秤にかけて、メリットに傾いたってことなんだから、大丈夫なんじゃない? 女の人も多いみたいだから、高校生活にちょっとした刺激にはなるかもしれないし。小町的にはぜひに生徒会で働くお兄ちゃんが見てみたい!」

 

 お兄ちゃん、高校生活に刺激なんていらないよ? 平和が一番。安心安全安息安穏安眠がモットーだから。石橋をこれでもかと叩いて渡るタイプよ、俺は。

 

「叩いた結果、結局信じ切れずに渡らないタイプの間違いじゃないの?」

 

 ……言われてみれば、なるほど確かに。

 

「そこは納得するんだ……大体、そうやって渋っているけど、お兄ちゃん暇でしょ? 高校でやりたいこともないんじゃないの?」

 

 そりゃそうだが。いや、待て! 確かにやりたいことはない。だが暇でもない。

 

「たまったラノベやアニメ見るのに忙しいとか言ったら、しばらくご飯抜くからね」

 

 …………。

 

「大体、ラノベもアニメもいつでも見れるでしょうが。それに比べたら生徒会なんて二度とできない体験だよ?」

 

 二度とねぇ……ま、確かにそういう意味ではレア体験かもしれん。

 

「そそ。レアは大事だよね。希少だもの。でも最近、スーパーレアとか、ウルトラレアとか、ウルトラスーパーレアとか、もうレア安売りしすぎなんじゃないの? って感じで、小町的にポイント低いんだよなー」

 

 ちょっと小町ちゃん、言ってる意味が分かんないんだけど?

 

「コホン! まぁそれはともかく、現役の中学生徒会役員の小町の経験的には、生徒会って結構忙しいからね」

 

 いや、だったらなおさら関わりたくないんだけど。

 

「言うと思った。違うよ。そうじゃなくて、忙しいからいいんだよ。その中で仕事する連帯感とか、困難をぶち破った達成感とかがさ、たとえ相手が友達じゃなくったって生まれちゃうもんなんだ。

 生徒会の人たちと友達である必要はないんだよ。仲間でなくてもいいんだよ。強いて言うなら戦友かな? 綺麗な言い方をするなら絆で繋がるんだよ」

 

 それはビジネスライクと言わないか?

 

「そうだよ? ビジネスだよ? 社会ってそう言うものだよ。学校だって結局は社会の縮図なんだし」

 

 うん。お兄ちゃん。ちょっと小町ちゃんの悟り方が大人すぎて引き始めてるんだけど……。

 

「小町が大人なんじゃなくて、お兄ちゃんが捻くれてるだけだよ」

 

 そうかなぁ……?

 

「そうだよ。大体のご家庭でもこんなもんだからそこは気にしちゃ駄目。でね? そういうビジネスライクな関係にだって、目的に向かって行動を共にすれば、連携が生まれるよね? 人と人が繋がるだけの熱量がそこにあるんだよ。小町は、お兄ちゃんにも一度はそういう情熱みたいなものを知ってほしいって思うんだ」

 

 そういう熱血的なもの、俺に似合わないと思うんだが……。

 

「やってみたこともないのに、なんでわかるのさ。そりゃあさ、冷静な観察眼で物事を把握出来るのはお兄ちゃんの長所だよ? でも何の根拠もなく否定するだけなら、お兄ちゃんを意味なく否定して拒絶して見下してきた馬鹿な屑どもとおんなじだよ?」

 

 む。それは嫌だな。心底嫌だな。

 

「でしょ? それにいざとなったらお兄ちゃんには雪乃さんっていう切り札がいるじゃん。通常運転は結衣さんがいるから空気だって読めちゃうし。きっと大丈夫だよ」

 

 ……………………その根拠は?

 

「勘かな」

 

 勘かよ。しかも随分断言するのね。

 

「でも根拠のない勘じゃないよ。お兄ちゃんの話を聞いたうえでの総合的な妹の勘だよ」

 

 妹の勘か。そうか。ならご利益ありそうだな。DHCやカルシウムも豊富そうだ。

 

「勘ってそう言う物じゃない気もするけど、信じてもらえたなら小町も嬉しいよ。っていうか、シスコン過ぎてちょっと引く」

 

 信じないよりましだろうが。

 

「そりゃそうだけど、そこと比べてもなぁ――って、話を戻すけど、だから失敗を恐れてないで試してみれば、ってことなんだよ」

 

 結局、いつものように駄目かもしれんぞ?

 

「高校生だよ? 新生活だよ? 

 せっかく、暗黒時代だった中学とはきっぱりと縁を切った学校を選んで、ちょっとは新しい何かがあるかもしれないって、期待しなかった? 本当に? 微塵も? 

 小町はそうは思わないんだ。思ってほしくないんだ。

 だからもしかしたら上手くいって、お兄ちゃんの腐った目と根性と体質を少しでも綺麗にしてくれるかもしれないじゃん。お兄ちゃん、顔の造形は悪くないんだし。そしたらきっと小町がお兄ちゃんのことを、格好良くて自慢の兄ですって友達に紹介できるしね。

 ダメだったらまた小町が慰めてあげるからさ――お? 今のは小町的にポイント高いかも!」

 

 

   ***

 

 

 思い出されるのは妹とのやり取り。生徒会を手伝った先に何か得るものがある。そんな気がする――というのは、俺が生徒会に入れられたと聞いた後の小町からのアドバイスだ。

 その何かが、何なのかは分かっていない。俺自身には特に何か起こりそうな予感もない。

 けれどお兄ちゃんとしては、そんなことあるわけないと頭ごなしで否定するわけにいかない。『雪乃』で生徒会との関係をリセットするのは、その何かを見てからでもいいと思うのだ。

 それが生徒会の人たちに対してとても卑怯な行為だという自覚はある。言い訳を並べて理由探しをしている自分に吐き気がする。小町の後押しがなければ動けないのも情けない。けれどその吐き気よりも、情けなさよりも、七草会長たちを『これまでと同じ』だと切って捨ててしまうことに抵抗を覚えているからこその葛藤がある。

 俺を取り巻く世界は『こんなものだ』と思っていた――そんな連中と彼女らは違う。

 いや、そんなはずはない。どうせ彼女らもいつもと同じだ。だから傷つけられる前にさっさと切ってしまえ。

 その葛藤が、今の決断力のなさに繋がっている。

 本当、なんでこんなに悩むのかね。

 中学までのように迷わず見限りすべてをさらっと流して関係をリセット出来ないのは、結局、俺の心が弱いからだろう。

 弱いことが悪いとは思わない。だが今の俺は、弱さを盾に決断を保留した状態だ。いつか必ず、答えは出さなければならない。惰性にならないようにだけは気を付けないといけない。答えを出すのをやめることのほうが卑怯だと思うからだ。

 まったく、考えることが多すぎて昼休みだというのに休んだ気になれないのは、どういうことだろうか。俺の悩みはもちろん重要だが、何より物理的な仕事量の多さが疲労が抜けきらない一番の原因であることは間違いない。

 そもそも部活勧誘期間を過ぎたというのに、いったい誰があんなに仕事を持ってくるんだ? 誰かが作らないと仕事なんて生まれないと思うのだが、送られてくる指示メールに対して、文句を言うことなく、言われるがままに働く俺の社畜根性を誰か褒めてほしいものである。

 俺、えらい。俺、頑張った。もうそろそろ休んでいいよ、とか誰か言ってくれないかな――って誰も言ってくれないから自分で慰めるしかないわけだ。

 ところがそんな仕事量に忙殺されかねない危険性を帯びた生徒会の中でも、変わらず聞こえてくるもの、目を逸らしても見えてしまうものがあった。

 一高の中にはびこる、一科と二科の間を流れるギスギスした空気である。

 

「俺の目より空気が濁っている?」

「その比較対象はどうなの?」

「ひぇあ!」

 

 ぽつりとつぶやいた独り言にまさか応答があるとは思わず、俺は思わず身体を硬直させた。

 

「驚かせてごめんなさい。でもそこまでびっくりしなくても……」

「……???」

 

 いつもの昼休み。いつものベストプライス。そしていつものぼっち飯。心地よい風に身を任せ、他者の存在を意識せずに済む癒しであるはずの空間に現れたのは、どこかで見た二人組だった。

 正体はすぐにわかった。クラスメイトの北山と光井だ。何故か二人ともジャージ姿で、何故か猟銃っぽいものをもっている……狩猟中? なわけないか。おそらくCADだろう。ということは部活動の昼練かなにかかもしれない。

 

「ここで何しているの?」

「……ち、昼食中です」

「それは見ればわかる。ではなくて、なんでここで食べてるの?」

「……え? ここで食べてはいけなかったんですか?」

 

 知らんかった。なんてことだ。せっかく見つけた聖域だというのに、立ち入ってはいけなかったのか。彼女らがいるということは部活で使うからだろうか。俺に見られていると気持ち悪くて集中できないからだろうか。でもあれ? それにしては入学からこっち、この辺で部活している連中を見た覚えがないのだが……?

 

「別にそうじゃないけど……というか、クラスメイトなのになんで敬語?」

「……いや、それはその、アレだよ、アレ。アレがあれであれだから……」

「よくわからないんだけど?」

 

 うむ、言っている俺もよくわからん。

 

「ため口でいいよ。同い年なんだし」

 

 しかし北山もさしてそこには興味なかったらしい。隣の光井もコクコクとうなずいている。先ほどから北山の後ろにいるのは俺と距離を取りたいからでしょうか?

 しかし、ため口でいいというのならそうしよう。もともと敬語は苦手なのだ。

 

「あ、そう……では遠慮なく」

「うん、それは構わないけど、それで? なんでここでご飯食べてるの? 教室か食堂で食べればいいのに」

 

 心底不思議そうな顔をしながら聞いてきた北山に、俺は返す言葉を持っていなかった。

 教室で? 冗談ではない。他人を見下し悪口を言うだけの空間で落ち着いて飯が食えるわけがない。わずか数日で俺の許さない奴リストの更新具合が半端ないのだ。

 食堂? この前みたく、一科と二科の衝突で空気が濁りまくっている中で以下同文。

 よしんば一科と二科の壁がなかったとしても、今度は矛先が俺に来るだけだ。「なんでお前、ここで食ってんの?」と、先ほどの北山と同じセリフをさらに何十倍も嫌らしく口にされるまである。

 そういう意味では、北山や光井は、珍しい部類に入るだろう。今の問いかけもただ純粋に興味本位という印象だった。特に俺への攻撃性は見当たらない。

 そんな彼女らに愚痴を言っても仕方ないため、話題を反らすことにした。

 

「それよりそっちは? 部活か?」

「うん、バイアスロン部」

 

 バイアスロン?

 

「……って、あれか。クロスカントリースキーと射撃を組み合わせたスポーツだったっけ?」

 

 一高は魔法を遣った部活動はもちろんのこと、魔法を使用しない非魔法系と呼ばれる部活動も盛んだ――というのは、新入生勧誘の様子を見ればすぐにわかった。渡辺先輩ら風紀委員会も取り締まりが大変だっただろう。

 そのため部も相当数あり、同好会を入れるとさらにひどい数値になる。いや、部員・会員いないなら廃部させろよっていう部活もあったくらいだ。俺は入る気ないので生徒会に届けられている部活動一覧リストをざっと斜め読みしただけだが、一度読んだだけでは覚えきれないほどの数があった。

 その数ある部活の中で選んだものがバイアスロンだというなら、随分渋い選択だと言わざるを得ない。

 

「そう」

「正確には、SSボード・バイアスロン部だけどね」

 

 光井が言葉少なめな北山をフォローするが、よくわからない略称を付けられてもさらに混乱するだけだとわかってほしい。

 

「非魔法系か?」

「ううん。魔法系競技。スノーボードやスケートボードでコースを走破しながら魔法で的を撃ちぬくの」

「へぇ……」

 

 なるほど。だから略称でSSとなるわけだ。

 魔法を使う分、見る分には普通のバイアスロンよりも派手さがあって面白そうな競技ではある。非魔法競技としてのバイアスロンは基本冬季向け競技だったと記憶しているから、夏も冬も実践可能なのは部員としてもありがたいだろう。

 

「それで、比企谷くんは、なんでここでご飯食べてたんですか?」

 

 今度は光井からの質問だった。しかし、それ蒸し返しますかね。

 

「食事は一人のほうが落ち着くから」

 

 一緒に食べる人がいないから、などとは言わない。聞かされた相手に気を遣わせるだけだし、本心でなくても優しい奴なら「じゃあ、一緒に食べる?」とか言いかねない。何故なら優しいからだ。それ以外に理由はない。そしてそれが時として互いに重荷になることを俺は知っている。逆にもしそれを聞いて「いや、一緒に食べる奴いないだけだろ?」的な見下した感想を抱く奴なら俺にはもう接触してこないだろう。

 

「そうなんだ?」

「そうそう」

「…………」

「…………」

 

 あれ? 会話終了? なのになぜ彼女らはここにとどまっているのか。聞く? 聞かない? どうする、俺?

 あーだこーだ悩んでいる俺と、同じように言うか言わないかを押し付けあっているクラスメイト二人という、妙な空間が出来上がったのだが、やはりコミュ障の俺から切り出すことはできず、話題を振ってきたのは北山らのほうだった。

 

「比企谷くんって、生徒会メンバーだよね」

「いや、違うけど?」

「あれ?」

 

 そして会話終了。俺も食事終了。さて行くか。

 

「じゃ、そういうことだから」

 

 というか、俺に話しかけたのはきっとそれが本題なのだろう。だが俺は生徒会の手伝いをさせられているだけで、正規メンバーではない。役職もない。しいて言うならただの丁稚。下請け労働員。またの名を下僕。だから嘘はついていない。

 事実を羅列したところで傷つくはずもない。どうということもない。大丈夫。俺は他人を信じてはいないが、小町は信じている。だからもう少しだけ仕事を頑張っているだけだ。

 

「ちょっと待って。本当に生徒会メンバーじゃないの? 生徒会で仕事してるって深雪が言ってたけど?」

「……ただ手伝ってるだけだ」

「本当にメンバーじゃないの?」

「ああ」

「そう、じゃあ無理なのかな」

「…………なにが?」

 

 聞いた瞬間、しまったと思った。ここでそれじゃあと言って立ち去っておけばそれで終わりだったはずなのだ。

 けれど彼女らが、生徒会メンバーという誤解をしていたとはいえ、話しかける相手に俺を選んだというその理由が気になってしまった。罰ゲームで俺に話しかけている。という線が消えて、ほっとしたというのもある。

 

「うん、実はね……」

 

 そしてやはり聞いて後悔した。

 彼女らの相談内容が、司波達也に関することだったからだ。リア充め、やっぱ奴は爆発しろ。

 

 

   ***

 

 

 場所を移して、学内カフェテラス。

 あれからもう一人、1-B所属の明智英美という赤毛が特徴的な女子とも合流し、女子三人に男の俺一人という、異例の組み合わせで話を聞くことになった。

 周囲の視線が痛い。冷静に観察すれば、種類は違えど彼女ら三人とも十分に美少女の類である。それがこんな腐ったような目をした男と一緒にお茶していれば嫉妬もするだろう。針の筵ではあるが、一度聞くと言った手前、彼女らを無視して立ち去るのは気が引けた。

 そして主に北山と明智が話を進め、時折光井がフォローを入れる形で聞かされた話の流れを要約すると――

 

「司波達也が狙われている?」

「そうみたい」

 

 恋話ではなくてよかったと安堵する一方で、一瞬ざまぁみろと思った俺をだれが責められようか。彼女ら三人に懸想している周囲の男どもよ。彼女らのお相手は俺ではない、ここにいない別のイケメン野郎だ。だからもうちょっと睨むのやめてもらえませんかね? 

 ともあれ、それで済むのは冗談の範疇だけだ。本当に魔法で狙われているのであれば無視できない事態である。もっとも剣道部と剣術部の諍いを無傷で収めるだけの戦闘力が司波達也にあるなら、早々不意を突かれることもないだろうから、即座に事件へと発展するとも思えない。

 しかし、おそらくは彼に好意を抱いている彼女らが、傍から見ていて心配になっても不思議でないくらいには、危険度が高いということなのだろう。

 だから生徒会か。

 部活勧誘期間に、わざと諍いを起こして風紀委員である司波に取り締まりさせ、その隙をついて魔法で攻撃する。攻撃魔法自体はさほど威力のある類ではなかったようだが、それでも陰湿な行為だ。

 思ったより、司波の風紀委員会入りに反発を抱いている人間が多いのかもしれない。

 

「それで、その犯人探しをしたいと?」

「あ、実はそれはもうわかってるんだ! 男子剣道部のキャプテンだったはずなんだよね」

 

 明智のあっけらかんとした物言いに、俺のほうが理解できなかった。

 

「……ん? どういうことだ?」

 

 聞けば彼女ら、最近、双眼鏡片手に司波達也を追いかけていたらしい。その中で目撃したそうなのだ。司波に攻撃を仕掛けた眼鏡をかけたジャージ姿の先輩を。

 

「おい、それっていわゆるスト―……」

「ストーカーじゃないからね! 念のため!」

「お、おおう」

 

 被せる様に叫んだ光井の反応に圧されてそれ以上突っ込むことはしなかった。けれど知ってますか? 光井さん、ストーカーはみんなそう言うんですよ?

 

「はあ、つまりアレか。犯人の顔は知っている。誰かもわかっている。けれど確証がない。生徒会なら、生徒のプライベート情報を扱っているだろうから照会出来るはずだと」

「うん、そんなところ」

 

 北山がマイペースに頷く。若干嬉しそうに見えたのは意外だった。淡泊そうに見えるが、ちゃんと表情は動くんだな、この子。

 しかしそういう意味では、話を持って行った相手が同じクラスメイトで生徒会正規メンバーの司波深雪でなかったのは賢明と言わざるを得ない。理由は極めて簡単で、彼女が極度のブラコンだからだ。兄が攻撃されている情報を教えた後の豹変ぶりを想像しただけで背筋が凍る。

 

「で、それがこの写真だね!」

 

 明智が端末を出して見せてくれたのは、確かに眼鏡をした男子生徒の後ろ姿だった。横顔だが、判別はできるだろう。しかしこれはやはり……。

 

「…………」

「比企谷くんが何を言いたのかわかるから、その先は言わなくていいよ」

「あ、そう」

 

 北山と明智がやれやれと肩をすくめて見せた。自覚してくれているようで何よりである。

 さて、であれば俺から言えることはそう多くない。

 

「結論から言うと、個人情報の開示は無理だ」

「そうなんだ」

「やっぱり」

「そりゃそうだよねー」

 

 三人がそろってがっかりしたように肩を落とした。そして同時に周囲の男どもがざわりと騒めき出す。おい、まて。早まるな。俺は別に三人を振ったわけではないぞ。しかしこの構造は確かにまずい。

 話をする場所間違えたと、心底後悔した。であれば早急に話を切り上げる他ない。

 

「……だが、この写真の生徒、剣道部のキャプテンと言ったな。であればもしかすると、部活動紹介ページに載っているかもしれない」

「部活動?」

「紹介ページ?」

 

 きょとんと三人が首をかしげる。

 

「知らないのか? 広報委員会が学内ページに各部活の活動内容や成績を中心に、部長の紹介もしていたはずだ。授業中はロックされているが、休み時間や放課後なら自由に閲覧できるはずだぞ」

 

 言いながら、俺は自前の端末を学内ネットワークに繋げてIDとパスワードを入力する。いくつかページを渡った先に辿り着いた広報委員会のページから、さらに部活動紹介ページへ、そして剣道部へと移動。

 

「いた。こいつだな」

 

 剣道部主将の(つかさ) (きのえ)。光井たちが隠し撮りした横顔からしても間違いないだろう。

 

「やっぱり!」

「エイミィ、すごい!」

「へへん」

 

 なるほど。明智がこの写真の男子生徒に心当たりがあったと言ったところか。しかし胸張っているところ悪いがそれだけである。むしろそれだけでしかない。喜んでいた三人に水を差すようで悪いが、この写真では何も得るものがないのだ。

 

「で?」

「――で? とは?」

 

 あれ? 気づいていらっしゃらない?

 

「これはただ、司甲が走っている後ろ姿の写真だろう。これで司波達也を攻撃したと言っても、何の証拠にもならないぞ?」

「「「あ」」」

「……おい、まさかとは思うが、本当にこの写真しかないのか?」

「「「えっと……」」」

 

 三人そろって目を逸らしやがりました。彼女らの反応こそが肯定だった。

 

「済まないが、これだけではどうしようもない」

「無理……かな」

 

 いち早く復活した北山の懇願するような視線に、しかし俺が言えることは一つだけだった。

 

「無理だな。せめて魔法を使用している場面……いや、それでも弱い。攻撃魔法を遣っていて、それが司波に向けて放たれたという決定的な瞬間でもなければ、どうとでも言い逃れのできる状況だ」

 

 そういう意味では、非常に厳しい条件と言わざるを得ない。魔法の起動速度、効果範囲等を考慮すると、よほどのプロでなければそんな瞬間を切り取って写真に収められるはずもない。

 個人的には、動画のほうがいいとは思う。だが根本的に、彼女らは勘違いをしている。

 

「やめたほうがいい、と思う」

「どうして?」

「今度はお前たちが危険な状況になるからだ」

「え?」

 

 本当にわかっていないらしい。仕方ないので、最初から順を追って説明していくことにする。

 

「司甲が司波達也を狙ったのだとして、まず攻撃魔法を放ったかどうかを判断するためには、その魔法の種類を判別できるだけの情報が必要だ。写真では厳しいな。

 

 次にそれが司波に向けて放たれたという証拠も必要だ。たまたま魔法の練習をしていて、魔法を放ったその先に司波が突然現れたと言われてしまえば、そうでないという論破はできない」

 事故として厳重注意はされるだろう。反省文数枚。悪くて部活動の一定期間参加禁止といった程度だ。

 

「そんな……でも、こんなところで攻撃魔法を放ったんですよ? わざとに決まってるじゃないですか!」

「それをどうやって証明する?」

 

 わざと? それはただ、彼女らが司波達也の味方という一方向からしか物事を見ていないからだ。光井の物言いは客観的な視点が出来ていない。

 

「必要なのは、わざとかどうかじゃなく、司波を狙ったという証拠だ。司波を狙って魔法を撃った。逆を言えば、魔法を撃つ理由が司波を狙う以外にはないということを証明しなければならない。それが出来なければ事故扱いされるだけだ」

 

 厳しいと言わざるを得ない。

 

「でもそれは、比企谷くんがやめたほうがいいという理由とは違うんだよね?」

「ああ。けれど少し考えればわかる。この司って先輩が司波をわざと攻撃したのが事実なら、そこには理由があるはずだからな」

「理由?」

 

 少し考える間が空く。

 

「二科生なのに生意気だ?」

「嫉妬ってこと? でもこの先輩、F組だよ?」

「そうだね、同じ二科生ならそれはないか。ならなんであいつだけ贔屓にされてるんだ、みたいな? ほら、生徒会の先輩方とも仲良さそうだし」

「あれ? でも達也さんを嵌めようとしたのって一科生じゃなかった?」

「そっちは順当に二科生のくせにってことで説明つきそうだけど」

「敵の敵は味方だってことで手を組んだとか?」

「複数グループが司波君を敵視していて、それがたままたかち合っちゃっただけってこともあるかもよ?」

 

 いやしかし、彼女らが見聞きした物を説明されたわけではないから詳しくはわからないが、司波達也が悪目立ちしているらしいことだけはよくわかる会話の内容だった。

 だが違うのだ。司波が狙われる理由を、司波以外に求めてはいけない。

 と、北山が不意にこちらに目線をやった。

 

「何か、比企谷くんがそれは違うって顔してる」

「…………俺の心を読むのやめて、もらえますか?」

「後半、声に出てたよ?」

「……あれ?」

「よくわからないけど、今の私たちの予想は違うんだよね?」

「あ、ああ、そうだな。違う、と思う」

 

 話を戻そう。俺の心が折れる前に。

 

「こほん、俺の考えでは、司波達也が狙われる理由に一科と二科の諍いは関係しない。理由は司波の方にあるんだ。司波が狙われた理由に、司波を狙った連中のことを考える必要はない。どうでもいいとすら言える」

「達也さんが悪いっていうんですか!?」

「それも違う!」

 

 激昂しかけた光井に慌てて否定する。どうしてそういう思考に行くのか。いい、悪い、の話ではないのだ。

 

「分けて考えてくれ」

 

 狙われる理由は司波のほうにある。狙う理由は狙った側にある。それらが繋がらなければ事件は成立しない。しかし両方をごっちゃにすると途端に訳が分からなくなる。こういうことはそれぞれ独立させて考えたほうがいいのだ。

 

「剣道部と剣術部の諍いを風紀委員である司波一人で抑えた、という事実は運動部全般で広まっている。司波の戦闘力を知らないのはおかしい。何せ司はその諍いの片側の代表者だ」

 

 どうでもいいけど戦闘力とか言うとすごく中二臭い。どうでもいいけど。

 

「司波君への恨み、とか?」

 

 否、明智の思考もまたお門違いである。

 

「あの騒動で言えば剣道部は絡まれた被害者側だが、剣術部に応戦している時点で過剰防衛と取られかねなかった。

 けれど実際には、司波の執り成しで部活連から剣道部側にお咎めはなかったと聞いているから、感謝しこそすれ、恨みも嫉妬も抱くのはおかしい。

 第一その現場を目にしていたなら、司波を不意打ちでどうにかできる相手かどうかくらい、剣道部の主将ともなればわからないはずがない。通用しないのはもとより、嫌がらせにすらならないはずだ」

 だから光井たちが見た、一科生や司が司波を攻撃した行為は、奴への不満が原因ではない(可能性が高い)。

 

「では司波が狙われた原因が何か、と言われると、悪いが答えられるだけの情報が俺にはないので確実なことは言えない」

「でも何か考えがあるんでしょ?」

「……予測はできるが、あくまで予測だ。何の証拠もない。大した話にもならない」

「うん、それでもいいから聞かせてほしい」

 

 北山がまっすぐにこちらを見てくる。それに倣った光井と明智の表情も真剣だ。そんなにまでして司波の何を心配しているのか。そう思うくらいなら、奴本人に直接アタックしかけたほうがいいはずなんだが……。

 

「……あくまで予想だということを念頭に聞いてくれ。まず司波の風紀委員としての仕事振りを、渡辺風紀委員長から聞いたことがあるんだが、あいつCADを二つ遣ってるよな」

「そうなの? あれ? でもCAD二つ同時なんて、お互いのサイオン波が邪魔しあってまともに魔法にならないんじゃ?」

「そのはずだ。だから詳しい仕組みは俺も知らん。けれど司波はその二つのCADを遣って、他人の魔法を起動を無効化しているらしい」

 

 三人が同時に黙り込んだ。それくらい魔法無効化というのは魔法師にとって衝撃的な行為なのだと改めて思う。会長たちは俺を非常識な奴と言わんばかりに扱うが、この予測が正しい場合、司波だって大概だ。

 

「…………それ、本当?」

「魔法無効化ってキャストジャミングだよね? アレって特殊な鉱石が必要なんじゃなかったっけ?」

「アンティナイトっていう海外の軍事鉱石で、レアメタルの一種だ。一般には流通していない。司波が持っているとは思えないから、その線はないだろう」

 

 ないと思いたい。今はその線での可能性を否定することにする。根拠はないが、たかが高校一年生が、実は裏で軍と繋がっているとか考えたくもない。SFやミリタリー小説だってそうそうあり得ない展開である。もしそうなら奴はライトノベルの主人公だ。

 事実は小説より奇なりとか、今は考えないでおこう。

 

「でも、達也さんがそのジャミングが出来たとして、狙われる理由はどうして?」

 

 ここから先を告げるべきかどうか、一瞬だけ迷いが出た。しかし一瞬で消えた。

 

「司甲の腕の部分、拡大してみてくれ」

「…………赤と青のリストバンドをしてるね」

「何? これ」

 

 三人とも知らないらしい。だからこそまた迷う。言うべきか否か。しかし知らないままだと、この三人、好奇心だけで無謀なことをしでかしそうな危険性があった。止めておいたほうがいい。

 

「青と赤で縁取られた白い帯は、反魔法師団体ブランシュの下部組織であるエガリテ所属の証だ」

「反魔法師!?」

 

 大声を上げようとした光井の口を、北山と明智が慌てて防いだ。ナイスだ! どうにか周囲に声が広がる前に抑えきれたらしく、カフェテラス内に特に変わった感じはなかった。

 

「って、え? この人、二科だけど先輩だよ? 魔法師目指して一高にいるのに魔法を否定してるの?」

 

 明智の疑問は当然のものだ。

 

「表向きは『魔法による差別の撤廃』を謳っている連中だから、知らないで参加している奴だって多いと思う」

 

 それは免罪符にすらならないことだけれども。

 

「司って先輩がどっちかはわからない。けれどその活動実態がどういうものか詳しく知らなくても、綺麗ごとを並べて反魔法師なんて差別主義を掲げている連中がまともなはずがない」

 

 ここでようやく両者に因果関係という繋がりが出来る。善悪は除外して考えると、司波に原因があるのは間違いない。

 

「アンティナイトを遣わずに魔法無効化できる技術を司波が持っていることだ。これが原因。

 その事実を知った反魔法師を掲げるエガリテが、結果として司波に目を付けた。鉱石を遣わず魔法師に対抗出来るんだ。連中からすれば喉から手が出るほど欲しがっても不思議じゃない。

 これが俺が予測する、奴が狙われる原因と、奴を狙う理由だな」

 

 確証は何もない。証拠もない。ただの見聞から発展させた想像だ。妄想と言われてしまえばそれまでである。

 だが逆に否定する証拠もないはずなのだ。だからこそ司って先輩を無防備に追うなんてことは危険なだけだと俺は思う。

 

「比企谷くんはどうやって反魔法師団体の情報を手に入れたの?」

「うん? その気になればこの程度、素人でも簡単に調べられるぞ?」

 

 その素人ですら調べられる情報を知らないでいる人間が多いことも問題なのだが。

 

「そうなの?」

「ああ、ブランシュのソースは俺の妹だし」

「妹さんは何者?」

「魔法が使えなくても世界一可愛い女子中学生だな」

「シスコン?」

「当たり前だろう。お兄ちゃんは妹を愛する義務があるんだ。六法全書や広辞苑に載ってるぞ? 知らないのか?」

「初めて聞いたよ……」

「そこで胸を張るんだね」

 

 それはそうだ。妹を愛していることを隠すような奴はシスコンとは認めん。

 閑話休題。

 

「――というわけで、考えなしに司を追うのは賛成しない。警察に言っても証拠はないから、追い返されるのがオチだな。今のところ打てる手があるとすれば、司波本人に言って注意を促すくらいか」

 

 ここから先は自己責任だ。

 危険性は示唆した。それを想像できないで、予測もせず、対策も取らないで飛び込むなら、それはもうどうしようもない。そこまで俺は面倒みられない。彼女らだって、見てほしいとも思ってないだろうけど。

 

「ちなみに、もしこれが事実で、この技術が連中に渡った場合、鉱石を遣わずに魔法無効化できる手段が広まれば、世界はきっと想像できないほどの混乱期を迎えることになるだろうな」

 

 一気にグローバルな問題に発展しかけているが、実のところ、何一つとして誇大表現をしたわけではないあたりにこの事件の怖さがある。

 

「なんかあたしたちが思うよりも大ごとになってる気が……」

 

 決して大げさではないぞ、明智。

 

「ほのか、やっぱり深雪や達也さんに直接言おう。これ以上、私たちだけで抱え込んでいい話じゃない気がする」

「……そっか、そうだよね。うん、深雪に心配させたくなかったんだけど、仕方ないね」

 

 兄が狙われ怪我をするかもしれない、となれば司波深雪は心配するだろうか?

 うん、少なくとも教室の空気は極寒になるでしょうね。明日の予報。教室の天気は局地的猛吹雪になるでしょう。いやいや、局地的すぎじゃね? 天気ですらねぇし。

 だが不思議と狙われている司波達也本人が慌てる様子を全く想像できないのは何故だろうか。

 

「さて、俺は忠告したから、あとはそっちで判断してくれ。あまり軽々な行動をとらないほうがいいとは思うけどな」

 

 あー、なんか疲れた。こんなに話をしたのは久しぶりな気がする。

 会話を切り上げ立ち上がりかけた俺に、唯一、冷静でいた北山が顔を向ける。

 

「比企谷くん、どうもありがとう」

「…………仕事だから」

 

 そうは言ったが、俺にしては珍しく、彼女の礼は素直に受け取っていい気がした。確かに疲れたけれど彼女らが無謀な真似をしないで済んだのなら、働いたかいもあるのかもしれない。なるほど、こういうのが達成感なのだろうか。流石だ小町。

 そうしてカフェを後にしようとした俺の背中越しに、光井の声が聞こえてくる。

 

「比企谷くんって、目が怖いから最初近寄りにくいと思ったけど、優しい人だったね」

 

 おい、それは違う。俺は何も優しいことなどしていない。生徒会の下請けとしての仕事をしただけだ。ちょっと光井さん、貴女はその思い込みの激しいの、何とかしないといつか痛い目見ますよ。

 他人が自分に優しいなんて勘違いは、後で刃になって突き刺さるだけなのだ。特に相手が異性の場合は刃に返しがついているまである。刺さっても抜けず、ぐりぐり傷をえぐっていく。ソースは俺。

 そうやって勘違いして告白して拡散された俺が何度涙したことか。

 でもまぁ、北山がいれば何とかなりそうだと思えるあたり、彼女らはいいチームなのかもしれない。

 それよりも明日の天気が心配である。もう春だけど、防寒具着てこようかな。

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございました。
今回は優等生エピソードです。
閑話的扱いのつもりで書いた話ですが、どちらかというとほぼ小町のターンみたくなってしまった感が……。
また次回、よろしくお願いします。


==========
20171206追記
ご指摘を受けてバイトしていたとなっていた部分を変えました。
よく考えたら中学生って基本的にバイトできませんね。
申し訳ありませんでした。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。