やはり俺の魔法はどこまでもチートである。   作:高槻克樹

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入学編#6  やはり比企谷八幡の魔法はどこまでもチートである(そのに)。

 

 

 精神干渉を受けている生徒がいる――という事実に対して、俺が取れる手段はそう多くない。

 人の精神に様々な影響を与える系統外魔法。それが精神干渉系魔法だ。使いようによっては他人を操り、道具とすることだって可能であることから、法的にも厳しい使用条件が定められている。

 そんな危険な魔法を、高校生に使っている連中がまともなはずがない。

 『雪乃』で否定して、彼らを正常に戻していくことは可能だ。果てしなく面倒だが可能だ。面倒だが。

 しかしその結果を受けて、生徒の心を支配するようなことを考える奴の次の行動が読めない。俺は人間観察は得意なほうだが、自分とそりの合わない存在を非人道的なやり方で排除しようとする連中の思考までは追えなかった。

 そもそも精神支配を受けている生徒たちのことは、俺一人が抱え込む問題ではない。否定して元に戻したところで、根本的な問題が解決するわけでもないとくれば、安易な行動には走らないほうがいいだろうことは容易に想像できる。

 であれば、結論は一つしかない。仕事は上司の指示を仰ぐべし。ほうれんそうって大事だ。責任負わなくていいし。

 そしてもちろんのこと俺の報告先は、俺の上司である七草会長である。

 

「……精神汚染?」

 

 七草会長の怪訝そうな問い返しは、言葉の意味ではなく、誰のこと? どうしてそうなったの? どうしてそれがわかったの? という三つの質問を複合して短縮して一言にしたうえで、分からないなんて言わないよね? 嘘偽りなく答えなさい、という付加情報までのっけて圧縮した一言ではなかろうか。

 なにそれ、怖い。

 穿ちすぎかもしれんが。

 とりあえずこういう報告には、5W1Hを使うに限る。

 

 When(いつ)

 

「部活勧誘期間の頃からちらほらと。確信したのは司波と壬生先輩って人がカフェでお茶していた時ですかね」

 

 Where(どこで)

 

「もちろん、一高の中で」

 

 Who(誰が)

 

「名前を視たのは壬生先輩くらいですよ。残りは知らない人たちです。数は正確にはわかりません。ただ、現時点で俺が知っているだけでも三十人くらいはいたかな? あぁ、いや思い出した。この前、司波に攻撃魔法打ったってタレコミされてた(つかさ) (きのえ)って二年生の剣道部主将もですね」

 

 What(何に)

 

「催眠と混乱になってました。誰かに催眠誘導でもされていると思います」

 

 Why(何故)

 

「その連中、腕に赤と青のラインで縁取られた白いリストバンドをしてました。あれって反魔法国際政治団体『ブランシュ』の下部組織、エガリテのシンボルマークでしたっけ? ……ってことは、連中、魔法科高校にシンパを増やして何かしでかす気なんじゃないでしょうか。例えば、一高を襲ったりとか? 襲って何がしたいのかってのはわかりませんが、内部手引きがあれば楽でしょうしね」

 

 How(どのように)

 

「具体的な方法まではさすがにちょっと……」

 

 と答えたところで、七草会長から物言いが入った。

 

「ちょっと待って。違うわよ。なんで(ハッ)ちゃんがそんなことがわかるのかって聞いてるの」

「……八ちゃん?」

 

 七草会長の質問に対し、ぽつりと呟きで間に入ったのは司波兄である。

 この野郎。自分は達也くんってまるで恋人みたいな音程と甘い声で呼んでもらえているからって、明らかに丁稚枠の俺の呼び名がそんなに滑稽か。

 

「そうよ。比企谷八幡だから、八ちゃん」

「…………」

「会長。比企谷がただでさえ腐った目をさらに濁らせていますが?」

「うん。だってこう呼ぶと、彼ってすっごく嫌そうな顔するの。フフフフフ……」

「…………」

「…………」

 

 司波を見る。司波は俺を見る。お互いに云わんとしていることは伝わったらしい。ならば言葉にする必要はない。

 意外に執念深いのだ、この人は。

 俺が名前を憶えていなかったのを、ふとした瞬間にチクチクと攻撃してくる。

 別段俺をいじめたいとかやり返したいとかではなく、単にちょっといじって楽しみたいというあざとさがにじみ出ているのだ。そしてそのあざとさを隠そうともしない小悪魔なのである。

 本当、よく玩具にされる服部副会長が不憫でならない。

 ともあれ、こういう時は、彼のように反応してはいけない。挙動不審は彼女を喜ばすだけだ。

 別段『八ちゃん』と言う呼び名に対しては、彼女が思うほど嫌いというわけではない。過去のあだ名――『ヒキガエル』『ヒキガヤ菌』『ぼっちタニ』『タニ菌』とかよりは遥かにましだからだ。そもそも他のメンバーをあだ名で呼ぶ七草会長に親しみとからかいを込めて呼ばれると、得体の知れないくすぐったさを感じてしまう。

 妥協して、ぼっちガードを解除してしまいかねない魅惑がある。俺はMではない。断じてない。

 だから『八ちゃん』呼びを了承出来ない理由といってもその程度でしかない。強いてあげるとすれば、なんかタコっぽいのであまりいい気になれないくらいだろうか。言い訳するときの俺みたく何かぬるぬるしているのが嫌なのだ。味は好きだけど。

 そう言えば八本足の軟体動物は毒を持つ種類が多いときく。そうか。ならば俺の決まり台詞は、俺に触れると毒されるんだぜ、とか? ……うん、普通にキモイ。

 比企谷、毒を吐くってよ。タイトルっぽく言ってみたところでキモイのは変わらわない。やだ近づきたくなーい、薬かけたら死なないかしら、とか言われるんだぜ、きっと。

 俺はやはり菌だったのか。ぐすん。

 こうやって七草会長は、胡乱な方法で俺にダメージを与える作戦らしい。策士め。いつか必ず策に溺れさせてくれる。

 

「それで比企谷くん、精神汚染っていうのは?」

 

 そうして何事もなかったかのように笑顔で話題を元に戻すのも、笑顔の裏側に含むものがあるとばれている自覚がありながら、それすら相手に呑み込ませる。それが七草会長のいつもの手なのだ。

 困ったらかわいい声でおねだりとか、ホント、やめてくださいね。脳内で何度自動再生されたかわからないじゃないですか! 今回は違うけども。今回は違ったけども!

 くそ。あざとい。だが負けぬ。負けてなるものか。

 

「八ちゃん?」

「…………司波が」

「は?」

「はい?」

 

 兄妹揃って反応するのやめてくれませんかね。ホント、ややこしい。

 

「兄のほうが、壬生って先輩を言葉責めにしていた時に……」

「噂の根源はお前か?」

 

 その司波兄が憎々しげに呻くが無視する。

 

「壬生先輩が、異常状態を示していたので」

「異常?」

「状態?」

 

 なんのこっちゃと言わんばかりに市原先輩と渡辺先輩が首をひねる。というか、そう言えばあなた(渡辺先輩)はなんでさも当たり前のように生徒会に入り浸っているんですかね?

 

「状態異常のことですが?」

「それは言い換えただけだろう。じゃなくて、そもそも状態って何のことだ?」

 

 状態が何かと言われても困る。状態とは状態なのだ。人や物事のある時点でのありさま、というのは辞典の言葉そのままの引用だが、おそらく二人はそれを聞きたいわけではない。

 だが説明するには俺の語彙が足りない。どうしたものか。

 言葉に迷っていると、七草会長の顔がふと真面目になった。

 

「うーん……ねぇ、比企谷くん、何か隠してるわよね?」

 

 呼び方が普段のそれに戻った一方で、俺を見る眼力が強まった気がした。笑顔が怖いよ、会長。あと怖い。

 

「……か……」

「か?」

「か、隠ひへにゃんかいはへんにょ?」

 

 …………そしていつものように嘘の付けない俺。そう、俺こそが本当の正直者だ。と格好つけたところでキモイだけであるが。

 

「お前ほど嘘をつくのが下手なのも珍しいが、話せないなら聞かないぞ?」

 

 渡辺先輩の気遣いが、逆に胸に痛い。

 

「………こほん……あー、いえ、なんですかね。アレです。ほ、本当に? 隠すほどのことでもないんですが……」

 

 言葉通り隠すものではない。

 既に『雪乃』という事象否定の魔法を話した今、隠す必要性がないからだ。だからただ本当に、どう説明すればいいのか迷っているだけだ。

 

「状態っていうのは、その人の、その時点でのありさま、というか、様子というか……えっと、健康状態? とか、精神状態とか。そういう情報の総称ですね」

「壬生先輩の精神状態が『催眠』、『混乱』になっていたと」

 

 司波兄の目が細まる。

 

「ああ」

「催眠……はまぁ、なんとなくわかるが、混乱ってなんだ?」

 

 それなら説明は簡単だ。つまり、不明になるということなのだから。

 

「簡単に言うと、自分が何をしていたのか、何をしているのか、何をしたいのかわからなくなる。自分がどこからきて、今どこにいて、どこへ向かっているのか。過去、現在、未来。それらが不明になってしまう状態のことだ。

 壇上で人前に立った時に頭が真っ白になることってあるだろう。あんなのが常態化するって感じだな」

「ん?」

「え? …………え? お前って人前に立っても緊張したことないの? 俺は他人と会話するだけで緊張するってのに」

「それもそれでどうなんだ……」

 

 渡辺先輩の小言はこの際スルーである。

 

「あー、でもそれはちょっとわかります。視線が集まると緊張しますもんね」

 

 中条先輩の温かいお言葉に、ちょっとホコっとする。何だろう。この人、たまに頭を撫でたくなる。

 彼女の不意のフォローに司波が少し思案していたが、すぐに俺のほうに向きなおった。思うに、彼は精神が相当に成熟しているんじゃなかろうか。少なくとも同い年には見えん。

 

「その混乱になるとどうなる?」

「動けなくなるな。何も考えられない、思考できない状態なんだから」

「しかし、壬生先輩は俺を剣道部に誘ったり、風紀委員への苦情や学校側への不満を口にしていたぞ」

「あぁ、だから『催眠』なのね」

 

 司波兄の疑問には七草会長が答えた。彼女も自分の中に浮かぶ疑問を解消しながら、小さくうなずく。

 

「壬生さんを催眠によって思考誘導する。もちろん、催眠だけでも本来の自分としての思考能力は相当低下するわね。でもそれだけだと、それまでの自分の経験、生活環境や、周囲の影響を受けて、記憶や意識の食い違いが発生するかもしれない。それは行動力の低下に繋がる。記憶やら感情やらが邪魔をして、誘導が上手くいかなくなる可能性だってある」

「だから混乱状態に堕としこんだ?」

「…………だと思うわ」

 

 七草会長が頷くのに合わせて、渡辺先輩は深く息を吐いた。事の重さに気づいた疲労以上に、痛ましさを含んだもので、室内のメンバー全員の心情を表しているようにも見えた。

 

「それが本当なら、相当に念の入ったことだな」

「文字通り、操り人形になりますね」

「いったい、誰がそんなことを」

「洗脳、とは違うのでしょうか?」

 

 中条先輩やスキーさんの疑問は俺も感じたことだったが、七草会長と市原先輩はそう捉えなかったようだ。

 

「洗脳とは思想や主義を根本から変えることです。今回のそれとは少し違うのでは?」

「そうね。私もリンちゃんに同意見よ。でも、洗脳でなくてもこれはとても看過出来ることではありません」

 

 俺を除く全員が頷く。それを見届けてから、会長は続けた。

 

「おそらくは精神干渉系の魔法ね。それを使った催眠による思考誘導なんて、人道的に赦されない行為だわ。法的にも重罪よ。しかもそれをテロに利用する可能性が出てきたわ。なんてこと……」

 

 先輩方の困惑も、それに対する憤りも当たり前のものだろう。流石に非人道に過ぎる。

 俺もその意見には賛成だ。決して責任逃れのためだけではないのだ。決して。

 

「……確かにそれは重大な問題ですが、その前に一つ、疑問があります」

 

 と、彼女らの疑問に水を差したのは司波兄だった。

 

「比企谷は、どうやってそれを知ったんだ?」

「ん? 壬生先輩? を鑑定したというか、分析したというか、情報を読み取ったからだけど……」

 

 少し、また室内に間が出来た。

 

「……また聞き慣れない単語が出てきたな。鑑定、って何だ?」

「鑑定って言葉を知らないのか?」

「いや、それくらいは知っている。そうじゃない」

 

 俺のからかい半分の言葉を、司波兄はさらりと無視した。遊び心がない奴め。

 

「壬生先輩って人の状態を魔法で鑑定したんだが」

「…………比企谷の魔法は、例の事象否定ではなかったのか?」

「あれだけが俺の魔法だって、俺、言ったっけ?」

 

 そしてまたも小さな沈黙。別にどや顔をしたわけでも何でもない、ただの事実を告げただけだ。なのに空気が凍ったように思うのは何故だろう。

 

「……………………言ってないわね」

 

 あれ? 唇とがらせてどうかされましたか? 七草会長。

 

「まぁ、待て、真由美。落ち着け。そう拗ねるな」

「拗ねてません。ええ、拗ねてなんかいませんとも」

 

 渡辺先輩の静止に対して言い聞かせるようにして繰り返しているいる時点で落ち着いてないじゃないか、とは誰も口にしなかった。

 

「比企谷、その鑑定? ――分析魔法か? では何が見えるんだ?」

「……え? ええっと、か、鑑定って言っても、正確には、その人の持つ空気を読んだだけで」

「空気?」

「別名、KY魔法とも呼んでますが」

「それは『空気読めない』の略だろうに……しかし、言いたいことはわかった。つまり雰囲気とかそういう類のものだな」

「……まぁ、そうですね……」

「ですが、それでは確実性には欠けるのではないですか?」

「あ、いえ。ステータス画面が出るので、その辺は大丈夫かと」

 

 市原先輩の心配は杞憂だ。きちんと表示されるのだから、俺が読み間違うはずもない。

 

「え?」「はい?」「ステ?」「タス?」

 

 だがそれがさらに生徒会室を混乱させたらしい。全員の頭の上にハテナが浮かんだ。

 

「…………よし。ちょっとみんな落ち着こうか。とりあえず立ったまま話もなんだから、落ち着いて座って話そう」

 

 渡辺先輩に言われて、そう言えば昼食を取った後、紙ベースの書類をデータ化したり、端末のデータ整理をしながら始めた会話だったから、生徒会室を行ったり来たりの間に話していた現状に思い至った。

 司波は生徒会メンバーではないが、妹と食事を共にする都合、よく生徒会に足を運ぶことが多い。その流れで、手伝いを買って出ていた。

 ちなみに、昼休みである現在、服部副会長はこの場にいない。

 本来ならベストプレイスで一人で昼食を楽しんでいるはずの時間を使ってまで俺が生徒会に足を運んだのは、それも理由の一端だ。あの人なんか苦手なんだもの。

 ということを思い出してみれば、俺も話の振り方を間違えた気がしないでもない。というか、確実に間違ってるな。魔法で空気は読めても、タイミングが読めず、結果空気を壊す俺のポンコツ具合には泣きそうになる。

 

「そうね。比企谷くんも座ってもらえるかしら」

 

 しかしそう促す七草会長の口調は重い。決して歓迎していない声だ、と思うのは俺の穿ちすぎか? 声のトーン的には怒っているのではなさそうだが、視線が下を向く。普段はキラキラと輝いているはずの双眸に浮かんでいる色は、今は決して明るくない。

 それと似たものを、俺は昔、見たことがあった。

 

「…………はい」

 

 仕方ない。それで彼女の気が済んで、世界がうまく回るというのなら、俺が下るべきなのだろう。

 そうして改めて椅子に座り直した、七草会長の傍の床に正座する。

 正座した瞬間、何故か後ろから待ったがかかった。渡辺先輩だ。顔をあげて見ると他の面子もぎょっとした表情になっていた。

 

「いや待て、比企谷。お前は何故、床に正座しているんだ?」

「……え? だって……え? これって、アレですよね? 今から俺を弾劾裁判で有罪にするんじゃ?」

 

 違うんですか? あ、でもあれって確か、役職を持つ高官を罷免するためのものじゃなかったか? であれば、ただの丁稚で役職もない俺を対象にする場合、弾劾とは言わないか。

 つまり、今から行われるのは、

 

「…………判決すっ飛ばして処刑?」

「待て待て、ちょっと待て。

 というか、あたしは一体、何回このフレーズを口にすればいいんだ!

 いや、まぁそれくらいは別にいい。じゃなくて!」

 

 こういうのは混乱状態ではなく、錯乱状態というのだろうか。残念ながら、渡辺先輩のステータスは視ようと思っても見れないのだが。

 

「何で裁判とか処刑なんて物騒な言葉が出てくる!」

「七草会長が――」

「え? 私?」

 

 全員の目がそちらを向いたせいで、普段から堂々としている七草会長が珍しく素で引いたようだった。

 

「小学生の頃、クラスの女子の水着を盗んだ冤罪をかけられたときに、捜査とか聴取とか弁護とかも一切なく、クラスのいじめグループの言葉を信じて俺を犯人と断定し、教室裁判で有罪判決を食らわせて土下座させた教師の目に似ていたもので……」

「真由美……」

「会長……」

「七草会長、いくらなんでもそれは……」

 

 アレ? 何故か全員の非難が俺ではなく七草会長に向かったよ?

 ここは「お前は本当に犯人じゃなかったのか」とか「冤罪じゃないんだろう」とか言われる場面かと思ったのに。

 

「え? ちょ、ちょっと待って! 

 いえ。違うわ! 違うわよ! 違うったら!

 別に比企谷くんを責めようとか、いじめようとかそんなこと全く考えてません!

 最初の頃よりちょっとは仲良くなれたかな、信頼してくれたかな、仲間になれたかな、とか思ってたから、今度も魔法のことを話してくれたのはうれしかったのよ? ホントよ?」

「ならなんでそんなに落ち着きがないんだ?」

「…………え? 私、そんなに落ち着きがないように見える?」

 

 全員が一斉に頷いた。

 

「そ、そう? あれ? そんなつもりないんだけど……」

「隠し事されてたことがショックだったのか? まだ付き合い浅いんだから、これ以上は少し欲張りすぎ、というか性急すぎだろう」

「そ、そうよね。うん。それはわかってるわ。比企谷君と仲良くなるにはゆっくり時間をかける必要があることも、理解しているわよ」

「ほほう」

 

 ニヤリと、渡辺先輩の唇が歪んだ。

 

「でもほら、私って、比企谷君の上司でしょう? 今回のことって生徒会業務の流れと言うか、その奉仕活動の一環で発見した問題みたいなものじゃない? ならみんなに話す前に、先に報告を受けていてもいいんじゃないかな、って思っただけよ。ほうれんそうは重要だもの。

 重要……よね?」

 

 自分に言い聞かせる様に呟いた七草会長に対し、しかし同学年である渡辺、市原の先輩ペアの追撃は終わらなかった。

 

「……ああ、つまり、会長は、皆よりも先に自分にだけは話しておいてほしかったと思って拗ねたわけですね?」

 

 こちらも微かに笑みを浮かべながらの市原先輩の発言で、三度七草会長の顔が強張った。

 

「違います! 拗ねてません!」

「本当に?」

「…………そ、そりゃあ、ちょっとは思ったわよ。ええ、確かに思いました! 

 隠し事があるくらいは当然だけど、何で先に報告してくれなかったの? とかは思ったわよ!

 その上、さらにわけのわからないトンでも魔法が出てきそうな感じにちょっとイラっとしたけど! 

 話してくれたからそれで許してあげようかなってちゃんと思ってたもの!」

「……全然ちょっとじゃないですよね、それ」

 

 中条先輩までもが目に剣呑とした色を浮かべているのは、正直なところ意外だった。普段の小動物っぷりからすると似合っていないが、その分、何か負の感情を抑え込んでいるように見える。

 

「なら、なんで比企谷は床に正座しているんだ? まさかあたしや他のメンバーがいないときとかに日常的にさせている、なんてことは……」

「させたことないわよ! そんなこと強要するわけないじゃない! っていうか、なんで比企谷くんも床に正座なんてしたの!」

 

 そして再び、全員の目がこちらに向く。

 

「七草会長の目が、俺に座れと言った瞬間に床に向いたので、お前の座るところはそこだと言われたのかと」

「まぁーゆぅーみぃー?」

「違います! 思ってません! 言ってません! 言ったこともさせたこともありません!

 ちょっとだけ下向いただけじゃない!

 比企谷くんもなんでそんなに卑屈に自虐精神にあふれているんですか! 

 今すぐ立って、椅子に座りなさい!」

「……いいんですか?」

「許可します!」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……真由美、説得力がないぞ」

「え? あれ? どうして?」

 

 渡辺先輩から七草会長への説教タイムが始まった瞬間だった。

 

 

   ***

 

 

「いーもん。誰も信じてくれなくったって。八ちゃんのこといじめるつもりなんてこれっぽっちもなかったのに。八ちゃんは信じてくれてると思ったのに、ふんだ……」

「…………渡辺委員長」

「放っておけ」

 

 生徒会室の隅で椅子に丸まり、こちらに背を向け、いじけモードの七草会長を見かねた司波の具申は、しかし、とりあえずそれで区切りは着いたと言わんばかりに渡辺先輩によってバッサリと打ち切られた。

 

「さて、比企谷。話の続きだ。まずはその魔法の特性から聞かせてくれないか」

 

 ……いいのか?

 まぁいいか。あとが怖いけど、俺が口を出してどうにかなる雰囲気でもなさそうだ。

 

「あー、えっと、この魔法は、さっきも言った通り、空気を読む魔法です。

 ()()()()()()()()()、市原先輩が言った通り、その人の纏う雰囲気をもっと具体的に、もっと踏み込んで読み取ったものになります」

「具体的とは?」

「プロフィールをはじめとして、精神状態や健康状態、身体能力なんかの各種項目が数値で表現されますね。俺はそれをステータス画面と呼んでます。視覚的には、ロールプレイングゲームのキャラクター画面のようなものをイメージしてもらえると……」

「…………ふむ、検索にHITしました。こういうのですか?」

 

 市原先輩が端末を操作してネットから引っ張り出した市販ゲームの画面を表示する。某有名ロール()プレイング()ゲーム()の画面だ。オーソドックスなタイプのキャラクターステータス画面を全員が覗き込み、なるほどと頷いた。どうにかイメージはついてくれたらしい。

 まぁ確かに、あまりゲームとかしそうな感じではないよな、この面子。ギャルゲとか存在すら知らないんじゃないだろうか。

 

「そうですね、そんな感じです」

「このHPと、MPとは何でしょう?」

 

 え? そこから?

 

「……えっと、HPはヒットポイントの略。ゲームの場合、生命力のことを指していることが大概で、これがなくなると死亡したとみなされます。俺の見れるステータス画面のHPは、どちらかというと体力に近いと思います。

 一度試したとき、ゼロになったら寝落ちしましたから」

 

 寝たら回復した。後で小町に説明したら、魔法の仕組みもわからないのにHPをゼロにするとか危険なことしないでと、ものすごく怒られた。

 

「MPはマジックポイント略です。魔法や術技などを発動するためのものです。魔力とか、気力とかに置き換えられるので、俺たち魔法師に当てはめるなら、サイオン量のことですね」

 

 こっちはゼロになると虚脱症状に襲われてしばらく何もやる気がなくなった。やっぱり怒られた。

 

「へぇ……そうなんですね……」

 

 中条先輩の素朴な疑問に、また全員が「ほうほう」とうなずく。会長はまだ拗ねている。

 空気を読む魔法――本来の名称である「結衣」――で得られる状態(ステータス)表示。

 ほとんどのゲームでもサポートされるように、この魔法(結衣)でも基本的なところはすべて見ることが出来る。

 つまりは対象の名前、性別、生年月日、出身地、家族構成をはじめとしたおおよその経歴と現在の所属、所有する資格や技能、賞罰履歴、魔法師であればどのような魔法を遣えるのかまで把握可能だ。

 また先に挙げたHP、MPの数値と並列して、身体能力、所持品、精神状態、健康状態も表示される。

 今回問題に上げた精神は正常――つまり平静であることを基本として、混乱、鬱、激昂などの、通常の喜怒哀楽の枠から外れた極端な精神変化を異常と位置付けているらしい。らしいというのは、俺自身、何が異常なのか詳しく検証したことがないからだ。

 だから表現される状態にどういった種類があるのかも知らなかったりする。

 外部からの魔法による精神干渉であれば、たとえ平静状態であっても異常として認識される――ということを知ったのもつい先日だ。

 健康状態、体力を示すHP、魔法師のサイオン量を示すMPにしてみても、見ればなんとなくそれが何を意味するのかは分かるのだが、画面上の表示がどういう基準で数値化されたり、分類されているのか実のところさっぱりわかっていない。

 他人を分かりたい、分かっていたいと思う俺の醜い願望を具現化したような魔法だが、その魔法でどこまで把握出来るのか――実情を知るのが怖いと思う俺の臆病さが、この魔法解明にストップをかけている。

 そういう意味では、雪乃のほうがわかりやすい。

 どういう原理の魔法なのか、その仕組みがわからないという意味ではどっちもどっちだけど。もう少し、遣い手であるはずの俺に対して優しくなりませんかね? と思うのはぜいたくな悩みだろうか。

 ただ、そうは言ってもやはり雪乃も結衣もとても応用力が高く、とても希少で、俺の人生になくてはならない魔法であることも間違いない。

 組み合わせれば、それこそなんだってできるんじゃないかと言う気さえする。

 だからこそ、俺には過ぎた魔法(ふたり)だ、と思うのだ。

 

「対象者の感情も読み取れるのか」

 

 呻くように、小声で呟いたのは司波兄である。また何かしら眉間にしわを寄せて思考の海に潜っているようだ。それが何を危惧しているのか、という点については誤解しようがない。

 だから一応、念のため、注釈はしておく。

 

「……まぁ、ここまで具体的な表示を見れるのは、敵キャラだけですけどね……」

「敵?」

「キャラ?」

 

 誰でも彼でも見れるわけではない、ということを言いたかったのだが、伝わっていないらしかった。

 最近、若者のゲーム離れが激しいというようなニュースを見たけど、激しいとかいうレベルじゃないのでは? ことこの生徒会室に限って言うと、比率は七分の一。つまり俺一人。さすが俺。こんなところでもぼっちだった。

 

「……空気を読む対象を()()()()()()()()()()()()、その空間内にいる人間が敵か味方か中立か、で区分けされます」

 

 味方はグリーン。中立はイエロー。敵はレッド。中立と敵の間には、さらに細かに段階があって、敵に近づくほどイエローからオレンジ。オレンジからレッドへと濃くなっていく。

 ちなみにパーティーカラーはブルーになるらしいのだが、一度として試せたことはない。理由は以下略!

 では敵とは何か、という疑問は先輩方も気になったらしい。

 

「敵とは?」

「……文字通り、俺に危害を加えるかどうかです。俺を敵視しているか。俺に対して攻撃意志があるか。この場合、俺を取り巻く周囲の人間や生活環境も含みます。統計を取ったわけではないですが、基準はそんなところでしょう」

 

 これは俺の経験則からきている。俺の小学校、中学校時代は周りがオレンジかレッドだらけ。教師ですらオレンジで、唯一、校医だけが中立のイエローだったこと思えば、独りでいたほうが逆に安全だったのだ。

 誰も彼もが俺のことを嫌っている、と思うのは俺の自意識過剰でしかなく、逆の意味での傲慢なのかもしれない。けれど実際、これまでの学校生活で味方が出来たことはなかった。

 だから家族がグリーンなのは、俺にとっての救いだ。

 そして不思議なことに、喧嘩した程度では表示(カラー)は変動しない。これは小町との喧嘩で実証済みだ。

 もしかすると喧嘩した後にそのまま決定的な亀裂が出来て、敵意を持たれてしまえば別なのかもしれないが、悲しいかな、そういった類の決別をするには、決別するだけの関係性を持った相手が必要なのだ。

 ぼっちの俺に喧嘩して決別出来る程、仲の深い相手がいるはずもないので、これは一生かかっても検証出来ないだろう。小町? 俺が小町と敵対するはずもない。何故なら喧嘩しても俺が折れるからだ。

 

「そんな物悲しいことを堂々と語られても反応に困る……」

 

 司波が珍しく困惑した表情で呻いた。

 

「比企谷の自虐はさておくとしてもだ。事象否定の魔法の時も思ったが、またどういう理屈で成立しているんだか全く分からない魔法だな」

 

 渡辺先輩がぼやき、

 

「対象の情報が読み取れると言うことは、つまりエイドスを読み取っている、のだとは思うのですが……」

 

 タツヤスキーさんが意見し、

 

「ですが、読み取ったエイドスの表現方法が奇抜すぎますし、条件定義もよくわかりません。数値は何を基準としているのでしょう? 敵なら視えて、味方なら視えないというのもちょっと……」

 

 この中では最もゲームに慣れていなさそうな市原先輩が困惑した様子で首を傾げ、

 

「でも敵か味方かわかるのって、考えようによっては便利だと思うのですが?」

 

 唯一、肯定的な意見を言ってくれたのは中条先輩である。

 七草会長はまだ拗ねている。

 思考の海から帰ってきたばかりの司波が、きっと聞かれるだろうなと思っていたことを聞いてきた。

 

「敵だけが見える……なら、比企谷。俺たちのステータスは見えているのか?」

「……いや、見えてない。ここのメンバーは全員イエローだからな」

 

 味方ではない。だが敵でもない。彼女らはまだ、俺への対応を保留している状態だ。様子見ともいう。

 意外だったのは、司波兄妹もイエローだったということだ。特に兄のほうは、レッドとまではいかなくてもオレンジになるくらいには俺のことを警戒していると思っていた。

 ステータス画面を見るためには、この状態がオレンジ――中立ではない、だが敵でもない、()()()()()()()()()()()――にならなければならない。グリーンやイエローの場合は当人の許可を取ったうえで、肌を接触した状態でなければ視ること出来ないという制約がある。

 だから現生徒会室内のメンバーの情報は読み取ることが出来ない。せいぜい喜怒哀楽などの簡単な感情が色で見れる程度だ。

 

「……ふむ。思うことは多々あるが、我々のは見えていないんだな」

「ええ」

 

 表示されるプロフィールには、今着ている服(下着込み)の詳細、身長、体重、果てはスリーサイズ等の身体的特徴まで見ることが可能なので、こっそり覗かれていたなんて思われた日には、事実がどうであるとか関係なく、女性陣から排斥されること間違いなしの魔法である。

 空気というものは、上位者、または全体の最大公約数的な価値観によって生み出され、学内のような閉鎖空間においてはその中で己の立場を弁えることが求められる。そこをはみ出した場合、そいつはぼっちになる。

 空気は読めなくても、逆に読みすぎても排斥されるわけだ。

 だから本当の意味で空気を読むというのは、その匙加減が他人の自意識に接触しないぎりぎりを見極められることを言うのではないだろうか。

 つまり人の顔色をうかう八方美人の極致である。

 俺には無理だ。出来る、出来ないではない。俺の場合は読めても読めなくてもキモイと言われる。つまり俺がぼっちであることと、空気が読める読めないは関係がないってことだね。

 逆の意味ですげぇな、俺。

 

「敵だけしか見えない、というのもよくわかりませんが……」

「達也くんの意見には賛成だが、差し当たって、あたしらが比企谷にとって敵認定されていないだけで十分だと思うがね」

「それはまぁ、そうですが……」

 

 軽く息を吐く程度の反応で渡辺先輩が納得すると、他のメンバーも異を唱えることなく力を抜いたようだった。

 その対応の軽さに、逆に俺のほうがぎょっとしてしまった。ちょっとキモかったかもしれない。

 

「……えっと……随分あっさり信じますね?」

「疑ってほしかったのか?」

「……いえ……そういうわけじゃ……」

 

 実をいうと、その可能性は七割から八割近くあるものだと思っていた。今日のこれで、彼女らの敵味方識別カラーがオレンジに傾くと予想していた部分は少なからずある――とは、口には出来なかった。

 

「まぁ、おそらく、ここにいる全員が思っていることだとは思うんだが……」

「はぁ……」

「正直、驚き疲れた」

 

 全員がこくりと頷いた。一番神妙に首を縦に振ったのが市原先輩だというのが余計にそれが事実だと物語っているようだった。

 というか、そんなもん、俺にどうしろというのだ。

 

「理屈とかいろいろ気になりはするし、そもそもお前の魔法は本当に魔法か? とか根本的な疑問もあるにはあるんだが……」

「それを知るには、比企谷くんを解剖しないといけませんね……」

 

 市原先輩、無表情で怖いこと言うのやめてもらませんかね。

 

「そんなことできるはずもないから、いま、あたしらに出来ることは、お前の魔法はそう言う代物だと納得するしかないわけだな」

「それに――」

 

 だから、次いで発せられた司波の言葉は、不意打ち的に俺の心情にストンと潜り込んできた。

 

「お前には事象否定の魔法がある。それを使われたら俺たちには為す術がない」

 

 それは、まさにハンマーで頭を殴られたかのような衝撃をもって俺の意識を混濁させた。

 違った。俺の予測は的外れもいいところだ。傍若無人なのは俺のほうだった。俺のほうが彼女らの敵なのだ。彼女らの反応を試して自分が傷つかないようにしているだけ。俺の考えが、意識が、ふるまいが、ただの浅慮で自己肯定的なものでしかない――なんてことは、言われるまでもなく知っているはずだった。

 知っていたはずだし、理解していたはずだ。俺は俺のことを理解している。ぼっちであるために、集団から自衛するために、自己分析も、人間観察も、客観的思考も絶やしてはならない。

 なのに、どうして俺は、俺が俺でいるための行動理念を意識から除外していた?

 何故それを忘れて、彼女らに俺の魔法を公開した?

 

「比企谷」

 

 そんなつもりはなかった、なんて言い訳がしたいわけじゃない。謝りたいわけではない。事実は一つなのだ。強者であることを示せばいい。この場で優位に立っているのは俺のほうなのだと言えばいいのだ。最底辺の人間らしく、傲慢に、卑屈になりながら、誇示すればいい。

 

「比企谷!」

「……あ、え、あ、ぁえっと…………あの……」

 

 思考に没頭していたためか、すぐに言葉が出てこない。ただでさえ口下手なのだ。不意打ちとかマジ無理です。

 

「落ち着け。そうじゃない。責めたわけじゃないんだ。そう聞こえたなら謝る。だから一度深呼吸でもして落ち着け」

 

 俺は今、落ち着いていないように見えるのだろうか。

 違う。落ち着いてはいる。思考を整理できていないだけだ。

 

「いいか? つまり、お前が俺たちに嘘を言う必要がないってことなんだ」

「…………へ?」

「逆説的に、比企谷くんの話は信頼がおけるってことね」

 

 いつの間にか復活していた七草会長が、先ほどとは打って変わって優しげに微笑む。決して俺を篭絡しようとしてのものではない。からかってすらいない。嘘もついていない。何故なら彼女らのカーソルがオレンジへと傾いていないからである。

 だがそれでも、彼女のとてもあざとい笑顔を見て思う。

 

「みんな、貴方のことを信じてるってことよ、八ちゃん」

「…………」

 

 もう、この人、ホント小悪魔だ。

 一瞬で思考がクリアになる。なった。なってしまった。

 え? いや、本当に、我ながら「え?」だよ。なんだそれ。俺ってば、ちょっとチョロ過ぎないやしないですか? 

 優しい言葉を疑えって、あれほど自身に言い聞かせていたのにこれですか。自分の学習能力のなさに愕然とするしかない。

 他人を信じるな。他人に信じてもらおうとするな。俺が、俺として生きるために誓った、俺の中の約定。けれど今、俺はそのどちらの信念も手に取れないでいる。

 否定したくて、七草会長の言葉を受け止めてしまったことを認めたくなくて、大きく吸い込んだ息を吐きだすのに、信じられないくらいの労力が要った。

 彼女らの真意を知ることはできない。ステータスは視れないまま、敵味方識別子がイエローなのも変わらないまま。

 だからこそ七草会長の言葉を鵜呑みにして、信じたりはしない。受け入れたりはしない。けれども彼女が俺の心を落ち着かせてくれたことは疑いようのない事実なのだ。

 その事実に対してだけは、一言、礼だけは言わねばならなかった。

 相変わらずニコニコと、小悪魔的に笑う彼女の視線を直視できないままに、こちらの反応をずっと待っているらしい彼女に向かって。

 

「………………………………そ、それは、ど、どうも……」

 

 軽く頭を下げた。

 クスリと、誰かが笑った。

 

「あ、赤くなった」

「照れてます?」

「こういうの、ツンデレっていうんでしょうか? お兄様」

「比企谷の場合、ツンはないから違うんじゃないか? 捻くれてはいるが」

「なら捻デレですねー」

 

 生徒会メンバーにクスクス笑われている状況に、思考が追いつかない。

 その苦笑と微笑のまじりあった笑い声に、中学までによく感じ取れた冷たく凍えていくような感覚がない。目を覆い、耳をふさぎ、自分ではないと、自分には関係ないと、意識をシャットアウトするような雑音がない。

 俺を見てみんなが笑っている。その状況は同じはずなのに。

 恥ずかしさに身体が熱を持つ。心がどくどくと痛みを覚えるほど脈打ち、けれどその痛みを心地よいと思う自分がいる。顔を背けてはいるが、目を閉じたくない。笑い声に不快を抱けない。魔法を遣うまでもなく、この空間の空気はとても暖かい。熱いくらいだ。むしろ熱すぎる。暑い。熱い。何がとか聞かないでほしい。

 チリチリする後頭部を、乱暴にガシガシとかきむしると、それをまた照れ隠しと受け取ったかのような笑いが起きた。

 あれ? まさか俺、本当にMに覚醒したとかないよね?

 いやいや、待て待て。

 そもそもそういえば、これって何の話から発展したんだっけか?

 そうだ、壬生先輩の異常状態の話だ。

 本題は、壬生先輩をはじめとしてブランシュにより催眠誘導されている生徒が最低でも三十人以上にいるということである。その問題に対してどう対処しようかという話をすべきなのだ。

 俺が何デレなのかとか、時の彼方に放り投げてくれればいい。永遠に忘れてください。本当に。

 誰も何も言わないのだから仕方ない。あまり脱線するのも迷惑だろう。迷惑に違いない。だから出来るだけ早く話を戻す。戻すべきだ。戻そう。そうしよう。戻させてくださいお願いします。

 どうにか落ち着いて、ようやく、話題を元に戻そうと提案しようとしたとき、唐突な校内放送が俺の意思を遮った。

 

「全校生徒の皆さん! 僕たちは、学内の差別撤廃を目指す有志同盟です!」

 

 どうも、先に手を打たれたらしかった。

 

 

 




お読みいただきありがとうございました。
今回は八幡魔法披露パート2。前回予告通りのガハマさんの登場回となります。
達也の精霊の眼とは異なるタイプの分析系能力になりますね。
その1もそうでしたが難産でした。八幡の自虐っぷりと七草会長いじりに不快にさせてしまったらすみません。
ここからもう少しオリジナル要素増えていきますのでタグにオリジナル展開を追加しました。

ゆきのんとガハマさんの本領発揮は次回以降になります。
また次回、よろしくお願いいたします。


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追記
いつも誤字脱字報告ありがとうございます。


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