パタンッ…と本を閉じる音を響かせる。窓を開けていたから入り込んだ風によって少し乱れた髪をまだ少し動かしずらい手を動かして整える。違和感はあるが、気に成る程ではない。そんな事よりも早く訊かねばならない事が在ったから。だから視線を随分と楽し気な笑みを浮かべているローウェンへと向けた。
「…で、なんですかこれ?」
「本だよ、俺達の…と言うかお前のしてきた冒険が書かれてる。と言うか読んだんだから分かるだろうそんな事」
「いやまぁそうなんですけど、そうなんですけどそうじゃないんですよ」
「だろうな」
やっぱり楽しくて仕方ないと言った様子で彼は笑う。自分が何を訊いているのかを理解した上でそう言って居るのだと分かる。何故かと言えば自分の事でなければ同じ事をしていただろうから。
はぁと溜息一つ吐いてから、膝の上にある『英雄たちの軌跡』と言う題名に著者『ベル・クラネル』と書かれた本を軽く撫でながら改めて問いかける。
「…で、この本は何処で手に入れたんですか」
「ちょっと前からある本屋からだが?」
「本屋ですか……あぁ、すごい嫌な予感がする。若しかしてあれですか? それって貸本的な奴ですか? いえですよね、そうですよね?」
「ところがお前の嫌な予感的中で普通に売ってたんだよ、これ」
「お、おぉおう…」
変な声が出たが仕方がない事。舐めていた訳でも甘く見ていた訳でも無かったのだが。星喰らいとの戦いから一月経ったか経たないか程度の時間しか無かったというの本として書き上げ売り出すとは流石に思って居なかった。ベル・クラネルと言う少年の行動力は想像以上だったと言うべきだろう。でもまぁ、彼だって冒険者なのだからその位の行動力が在っても可笑しくはない。が、しかし行動力だけではどうしようもない事は当然ある。
「いや、でもどうやってそんな売れる程の本を用意したんでしょうね」
「そこは知らん。深い所関わってる訳じゃないしな…ただ」
「ただ、なんですか?」
「どこぞの変態や暇を持て余した奴らが手を貸せば出来なくはないだろうな」
「……あぁー、成程」
彼らなら、やる。出来る出来ないでは無く、やる。常日頃からヒャッハーと叫びながらその場のノリで変なもんを作り出す変態と、最近神であるか如何かなんてどうでもよくね? と言い出した神たちなら材料とか費用とか時間とか、出来ないの理由になるものを全て潰してやってしまうだろう。手を貸すかどうかも、面白そうなら絶対に手を出すだろうし。貸すでは無く、出すと言う所が重要。
しかし、変態に暇人と言うか暇神たちが関わっているならば想像以上の速さで本として完成させられた上で売り出されても可笑しくはない。尤も、あくまでも彼の予測でしかないのだが。まぁ多分合っているだろうが。
仕方がない事かと、本が何時の間にか出来上がって売り出されていた事に関してはそう思う事にして。重要な事を問いかける。
「で、売れているんですかこれ?」
「結構、処かかなりだな。基本的に娯楽に飢えているんだろうな、人も神も」
「其れに関してはでしょうねと言う他ないですが……お金関係は?」
「俺がそれに関して話をしに行く前にベル・クラネルが持ってきて渡して来たぞ。これでもっと冒険してくださいってな」
「えぇ…いやベル君は、其れで良いんですかね本当に?」
「俺に訊くな」
全くもってその通りな事を返されてしまった。しかし冒険譚や英雄譚が大好きすぎて冒険者に成った彼だ。別になにか裏がある訳でも無く、言葉の通りもっと冒険してその話を聞きたいが為にしたのだろう。何時もなら、流石にそんなお金を恵まれる様な事は流石に…多分、恐らく拒否するだろうが今は、そう今だけは貰えるならありがたい事この上ない。何せ幾らお金が在っても足りない状態だからだ。
何せ星喰らいとの戦いで武具に道具にと大半の物が駄目になってしまったのだから。
自分の使う杖やローブに関してはそこまで大変ではない、材料の枝や布に糸と言ったものはそこまで集めるのに苦労はしないし、それを加工し作るのは自分だ。手間と時間は掛かれどお金は掛からない。が、しかしコバックやゴザルニは違う。手間も時間もお金も掛かる。それ以上に材料が集まらない。勿論、質を妥協すればすぐに集まるが。命に係わる物を妥協する訳も無く。
結果。今こうして冒険に出ずゆったりとしているのは休息のためと言うか、それに必要な物が全く揃って居ない所為で冒険に出られないからと言うただそれだけの理由だったりする。
さて、と口にしてから問いかける。
「それで結局の所、これを態々私に読ませたのはなんでなんですか? 普通に売っているって言うんだったら持ち込むまでも無いと思うんですけど」
「あぁ、それな。しいて言えばあれだ。それ読んでどうだった?」
「如何だったって言われましても」
「冒険したくなっただろ?」
言葉に詰まる。正直に言ってしまうなら、その通りだ。今までの冒険を改めて文字と言う形で振り返る。そう言えばそうだったとか、或いはなんか違う様なと首を傾げる事もあったが。結局はあの時の冒険も楽しかったなと言う所に行きつく。
まぁ要するに、今滅茶苦茶冒険がしたいという事だ。
「そうですね。新しく作った杖の調子も確かめたい所ですし。そう言うのとは関係なく普通に冒険がしたいですね」
「だろうな、俺だってそうだし」
「それで、どうするんですか? もしかして行くんですか冒険に?」
「ぶっちゃけるとその通りだな」
思ってたい通りの言葉すぎて、思わず固まる。そして、ふっと息を吐いて。
「え、あの。いや冒険に行くの自体は良いんですけど。コバックさんとか、ゴザルニさんはまだ武具が」
「あぁ、其れなんだがな」
「…何かあったんですか?」
「なんかお前が杖の調整してる時だから、少し前だな。に、ゴザルニがいきなり『とても嫌な予感がするでござる。速くこの街から離れる事をお勧めするでござる。と言うか後生でござる』って言いだしてな」
「えぇ、なんですか其れ」
「知らん。虫の知らせか、或いは生存本能じゃないか? まぁ兎も角そんな事言い出したからじゃあレフィーヤを呼んで話し合うかって事に途中までは成ってたんだよ」
「途中まではって何ですか。何かあったんですか?」
「さっきベル・クラネルが金を持って来たって言っただろ? 実は持って来たのそれだけじゃなくてな」
「と言いますと?」
「ここからそれなりに離れた場所にオーベルフェって街があるらしいんだが。なんでもその街の近くに不思議な場所があるらしくてな」
「ほうほう」
「なんでも入る度に地形が変わるらしいぞ?」
気が付けば、旅立つ準備が出来ていた。だが仕方ない。聞き覚えがある、二回目の始まりであるアスラーガの街を思い出させるような事を言われては、動かない訳が無いのだから。
「準備が済むの早いなおい」
「其れはそうでしょう? 私が一番荷物が少ないんですから。と言うか、速いとか言ってますけどどうせローウェンさん達だって準備万端何でしょう?」
「おいおい、何を言って居るんだよお前は。まさかお前に如何するか訊く前にもう行動しているとでもいうのか?」
「はい」
「断言したよ。まぁその通りなんだがな」
ぶっちゃけ答えは分かり切ってたしな。なんて言いながら彼は立ち上がり、さてと言葉を零す。
「……行くか」
「そうですね」
そんな多くの言葉はいらない。ただ一言、其れだけで良い。纏めた荷物を担ぎ、向かうは恐らくすでに待っているのだろう気球艇の下。そして、目指すは新天地。
なのだが、その前に。
「あ、すみません。ちょっとベル君の所によっても良いですか?」
「は? いや別に良いが。如何したいきなり」
「いえあのですね。彼の書いた本なんですけど、幾つか直して欲しい所がありましてね。題名の英雄の所とか」
「あぁ、まぁ冒険者であって英雄では無いからな」
「でしょう? あと、それ以上に直して欲しいのは最後の所ですね」
「最後?」
「えぇ」
だって、納得できない事が書いてあったから。
「冒険に終わりって…あると思います?」
「無いな」
「でしょう? だからこの最後の終わりの文字を何とかしてもらいたいなと」
「言いたいことは分かるが、物語の最後を纏めるのに終わり以外でってなんかあるか?」
「そうですね…あ、こんなのはどうですか?」
「どんなのだ」
「其れはですね、私達の――――――――――――――」
冒険者達の物語は、これからも続いてゆく。
冒険者で――――――あるが故に。