――今回の戦闘における『アヴェンジャー』の自己縛りは単純明快、直接手を下さない事。
これは単純に個人的な感傷からの縛りであり――それ故に『聖杯』獲得よりも優先順位が高いものであり、別に此処で敗北しても『アヴェンジャー』は一向に構わなかった。むしろ、敗北した方が清々しく笑って退去出来るだろう。
故に、此方から『偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)』を切る条件は唯一つ、彼女の手によって致命傷を負う事、それのみである。
彼女の自決宝具に対して娘の固有結界を切ったのは自滅させない為であり、それらの意図に一切気付けずに『運命』を乗り越えられなかったのは――まさに自業自得の末路と言わざるを得ない。
「――」
そもそも『彼』の知る『彼女』ならば、この悪辣極まる罠の仕組みを簡単に台無しにしただろう。
理屈とか抜きに、啓示だとか直感とか抜きに、あれはそういう『存在』であり――乗り越えられなかった彼女は、外側だけが同じの『贋作』としか認定出来ない。
現に、虫の息で倒れ伏す彼女に対して、何ら感慨も浮かばない。現地人に憑依する形式だから、色々と劣化していたのだろうか? いや、それ以前の問題だろう。何せこの舞台は――。
「――乳繰り合いは終わりですか? ■■■」
「無法な『単独顕現』しておいて、言う事がそれか? 相当暇なんだね『英雄王』」
「割と合法ですよ? 居るじゃないですか此処に、冠位英霊が打ち倒すべき『人類悪』は――」
突如、『アヴェンジャー』の背後に現れた『黄金』の『サーヴァント』に対し、「残念、自称『必要悪』だ」「何でも自称で通せば良いって思ってません?」と、阿吽の呼吸で返す。
……今際の際の彼女が初めて認識する『サーヴァント』であり――そのクラス、真名に驚愕する。
それとは別に……どうしてだろうか。かの『英雄王』の口から紡がれる3文字の個人名称、それが聞き取れない。
恐らくは、『アヴェンジャー』の依代となった人間の名前だと思われるが――。
「彼女の最期を看取らなくていいのですか?」
「別に。結果が見えている事を、敢えてやる意味が見い出せない」
「■■■が『贋作』と認定している以上、そうなるでしょうね。それでも確定させないのは――おっと、これは馬に蹴られますね」
その常に瞑っている『神眼』で彼女を見れば、それだけで事の正否は確定するが――敢えて実行しない事に『彼』の臆病さを感じ取る。
あの合理的極まる不条理な『彼』が個人的な感傷で此処まで自身の行動を歪めるのは極めて稀であり、その事が琴線に触れたのか、幼き『英雄王』は極上の愉悦に顔を歪ませる。
「……どのタイミングで来るか、万全の用意で待ち受けていたが、まぁそういう事か――」
「素材の味が極上なら、僕が態々関与する必要無いじゃないですか」
……世界を救えなかった事よりも、更に上回る焦燥感が、現世から退去していく身を、精神を、魂を、限界まで乱す。
――何かに、とても大切な事に気付けなかった、と、理屈抜きに答えだけが齎される。自身の啓示スキルからの解答だと思われるが、これがそれなのか、自信が持てない。
「魔力切れ寸前の『ルーラー』を相手に無抵抗な時点でお察しですけど。彼女は一切気付けなかったですがね」
「おいおい、この身に宿りし英霊は『最弱』だぞ? 私自身の個人戦闘力で勝てるサーヴァントなど存在しないだろうに」
「戯言も度が超えると笑えますね、■■■」
……どうしてだろう。この2人のやり取りに、正体不明の嫉妬心を抱くのは。
サーヴァント同士の会話でなく、『マスター』と『サーヴァント』とのやり取りに見えたのは、一体何の錯覚だろうか――。
「良くも悪くも、『マスター』と『サーヴァント』との出遭いは一期一会であり、ニ度目は絶対に存在しない。……『彼女』が『座』に『活動記録』を敢えて持ち帰らなかったのか、この『■■■(粗悪な演算機)』に最初から組み込まれてなかったのかは議論が必要だがね」
――その時、彼女の脳裏に過ぎる、『存在しない記憶』。
『裁定者(ルーラー)』として召喚された彼女には存在し得ない、とある『聖杯戦争』での『活動記録』が、走馬灯の如く駆け巡る――。
「さて、これまでの『徒労』、報われる時が漸く来ましたが――数百以上の『聖杯戦争』を蹂躙した感想はどうです?」
「二度とやりたくない。正直途中から飽きていた、という酷い感想が先立つな。全くもって度し難い『補正』だが、半分はお前に邪魔されただろ。……というか、最後がよりによってこれとか何の罰ゲームだ? 報復対象を『異星の神』まで拡大するか、真剣に悩む」
生前の『アヴェンジャー』にサーヴァント『セイバー』として召喚され、共に『聖杯戦争』を戦い抜いた、7日間の『活動記録』――残念ながら、実感は一切持てない。
これはあくまでも『セイバー』として召喚された『自分』のものであり、今の『裁定者(ルーラー)』の自分には縁遠いものだ。
……それでも、理解してしまった。この『聖杯大戦』を縦横無尽に暗躍し、一人勝ちを成した邪智邪謀の持ち主が、自分だけを特別扱いしていた事を。
――そう、彼女は致命的なまでに間違えた。『真名看破』で提示された『この世全ての悪(アンリ・マユ)』などという偽りの真名でなく、『彼』の本名を呟いていれば、『彼』は無条件で自身の敗北を許していた、それなのに――。
せめて、もう間違えてしまって取り返しのつかないけど、最期に――伝えたくて、……何を? ――せめて、『彼』の名前を……!
「――■、■■……!」
……声は掠れ、音は鳴らず――たった3文字の、■■■を口ずさむ事も出来ず――そもそも、『彼』の名だけは最期まで思い出せないだろう。この『活動記録』は『座』に持ち帰らず、『彼女』が独り占めして虚空の彼方に消滅したもの。『裁定者(ルーラー)』である自分に、その名を呼ぶ資格は最初から無い――。
「結果的に『偽りの天球』ごと、過剰殺傷気味に巻き添えになるのでは?」
「いいや、そうはならないさ。私の信仰する、正しき『物語』の結末はね――」
「僕の予測とは随分異なる未来図ですが、是非ともお目にしたいですね」
――熾天の座に、『アヴェンジャー』が獲得した全ての『聖杯』が集う。200を超える『万能の願望器』の前に、あらゆる物理法則は敗北し――。
「それはそうと、この『原案』は一体何処から? 流石の僕もドン引きですよ」
「聞いて驚け、私も正気を疑った。――『魔都』の『私』が普段考えている事だ。……何で発狂してないんだろうか、心底不思議だね」
「うわぁ、一体全体どうなってるんです? そっち側の■■■は」
『英雄王』さえ素で驚愕する様に、『アヴェンジャー』は最も数奇な運命を辿っている『魔都』の『私』に対して複雑な心境に至る。
――3回目の人生を生きる『魔都』の『私』。
――『運命』に出遭えず、死に損なった『私』。
――『運命』を踏破して『魔法使い』になった『私』。
――サーヴァント『アヴェンジャー』として抑止力に召喚された『私』。
自分との戦いが数多く散見されるのは、『型月世界』の伝統だが、幾ら何でも多すぎではないだろうか……? 我ながら呆れ果てて物も言えない。
「――それじゃ始めようか、結果的に『世界を救う』羽目になる『大波乱恐怖劇(グランギニョル)』を。物語の『結末(フィナーレ)』を飾ろうではないか」