護身用にと持っていたナイフを握りしめ、少年はぼろマントの男へと駆け出した。当然、それに気が付いた男は体を揺らすのをやめ、少年のことをフードの下から見据える。
ちらりと覗く青白い肌に、手に持つ鈍い色の短刀。
それを前に怯みかけるも、もはや引き返せないとそのまま駆け抜ける。
「う……わあぁぁぁぁぁーーーッ!」
今回先手を取ったのは、少年の方だった。
叫び声をあげながら、型も何もない剣筋で男に切りかかる。
その刃が男をとらえることはなかったが、避けるために体制を崩したことで突っ込んでくる少年に対しての攻撃の機会を男は失っていた。
一方の少年は、躱されたことを理解すると同時に勢いを殺さずに肩口から男に体当たりする選択をした。
そのタックルによってあっさりと押し倒された男は、持っていた短刀を衝撃で弾き飛ばされる。それでも、馬乗りになってくる少年に対して手を振り上げ、抵抗する様子を見せた。
「この……この!」
その姿に、少年は恐怖し手に持ったナイフで何度も何度も男の胸を刺し貫いた。
男の手から力が抜け地面に降ろされても尚、すぐに蘇り短刀で襲い掛かってくるような気がして少年は手を止めることができなかった。
一体何度振り下ろしたのか、腕が疲れて振り上げることができなくなるほどになってようやく、少年は動きを止めた。
我に返ってみれば、なんてことはない。
抵抗もできぬ相手をめった刺しにして、命を奪っただけのこと。
そう……
「ぅ、あ……僕は、僕は……?」
少年はナイフを手放すと、よろよろと立ち上がって後ずさりする。
違う、違うと首を振りながら、自分がなした所業を否定し、拒絶する。
自分の身を守るためだったのだと。自分が悪いのではないと。
躓きしりもちをついた少年は、足元に一瞬緑の光を見た気がした。
――僕は、何をしているんだろう……?
ふと、何かが体のうちに侵入してくる感覚を覚えると同時に、そんな疑問が少年の中で首をもたげた。
僕は、一体何をしに故郷を離れたのだったのかと。
少年には夢があった。その夢は、人から見れば多少歪んでいるものの、英雄になりたいという実に誰でも一度は思い描くもの。
多くのものが描き、そして夢半ばで諦めてしまう、そんな夢想。
しかし、少年は本気で目指すつもりだったのだ。亡き祖父から教えられた英雄譚、それに焦がれた少年は、本気で。
「僕、は……!」
こんな意味不明なところに迷い込んで、こんな不可解な現象に巻き込まれて。
危うく死にかけて、それどころか、一度は確実に命をちらして。
こんな時、物語に出てくる英雄ならどうするだろうかと考えて。
違う、と少年は首を振った。
少なくとも、これは物語ではない。
ここに、かくあれと謳われる英雄は存在しない。
ならば、どうすれば良いか。
「……ッ」
何かを決意した表情を浮かべた少年は、地面に落ちていたナイフを迷いを振りきったような動作で拾い上げる。
考えるのは後だ。悩むべき時は遙か先だ。
今はただ、この異常な状況を前にして。
先へ先へと進む以外に、道はないのだと、少年は理解したのだった。
展開が早い? 申し訳ない……
でもこうしないと先に進みませんから、なにとぞご容赦を