それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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海戦をしているにも関わらず、艦娘が出てこない艦これSS。


海を征く者たち11話 東太平洋海戦中編

 バージニア州ノーフォーク。太平洋で激戦が繰り広げている中、東海岸の防衛を担当するアメリカ艦隊総軍の司令部でもまた鉄火場と化していた。

 

「ボストンより東に1000kmの海域に、軽母ヌ級を中心とした小規模艦隊出現。現在艦載機発艦中です!」

「ボストンに派遣中の艦娘艦隊に出撃命令」

「バミューダ島近海にて空母ヲ級を含む小規模艦隊が確認されました」

「第102、103特殊艦隊を出撃させろ」

「ジャクソンビル近海に敵艦載機群を確認。敵編隊の規模は小規模です」

「ジャクソンビルに派遣中の艦娘艦隊に、陸軍と共同で防空に当たるよう通達しろ」

 

 次々と各地から上げられる報告に司令官であるクリストファー大将は、矢継ぎ早に命令を出していく。その指示を受けた各部署の部下たちが己が仕事をこなすべく駆けだしていく。

 事の起こりはイースター島沖拠点から出撃した深海棲艦の艦隊が、南米の各地で迎撃のために出撃した各国海軍と接触、海戦に移行した直後からだ。

 ニューヨーク近海にて深海棲艦の航空機隊が確認された。規模は数十機程度で深海棲艦による空襲にしては小規模だった。この空襲は規模も小さかったためニューヨークにいた空母艦娘による迎撃のみで十分であり、実際被害もなかったのだが、不自然な点があった。空襲のために艦載機を発艦させた深海棲艦は、ニューヨークから1000kmも離れた海域にいたのだ。

 深海棲艦の使う艦載機はこれまでの研究で、第二次世界大戦の初期にアメリカが使用していた物と同等のスペックであることが確認されている。所謂F4FやSBD、TBDなのだが、当然行動距離も同等だ。それらの機体は航続距離1000km強と言った所なので、帰還のための距離も考えれば攻撃範囲は本来500km程度であり、過去の海戦においてもその事は確認されていた。

 しかし今回は事情が違う。1000kmという帰還を全く考えない攻撃が仕掛けられたのだ。このことに司令部は不審に思い、敵艦隊の撃破と同時に調査を行おうとしたのだが、それは実行されることは無かった。ニューヨークを皮切りに、アメリカ東海岸の各地で深海棲艦の航空隊や艦隊が出現したのだ。アメリカ艦隊総軍はそれらを撃破するため、各地に艦娘や通常艦隊の派遣をしていた。

 

「どう思う?」

 

 報告と報告の間に生じた僅かな時間。いつの間にか額に流れていた汗を手で拭いつつ、クリストファーは脇に控えるレミントン参謀長に問いかける。

 

「南米で海戦が開始されてからのコレです。確実に関連があるでしょう」

「だろうな」

 

 太平洋とは違い小規模な空襲や艦隊ばかりであるので被害は少ないのだが、現在のアメリカ艦隊総軍は東海岸の防衛に掛かり切りとなってしまい、予定されていた南米への援軍の派遣をする余裕はなくなっていた。

 

「先程中南米の大西洋側でも、あちこちで敵の小規模艦隊が出現したとの報告が入りました」

「我が国だけでなかったか。あちらの様子は?」

「保有している艦娘を各地に派遣し対応中とのことです」

 

 南米は艦娘保有国が多いが、艦娘の戦力はアメリカや欧州、日本と比べて少ない。そのため出現した敵艦隊への対応で手が一杯であった。

 

「連中、余程我々を南米に行かせたくないらしい」

 

 現在太平洋側の南米で行われている海戦は、どこも人類側が劣勢だった。唯一戦艦艦娘を持つチリも、空母艦娘によるエアカバーが無いため、深海棲艦の航空攻撃に苦戦している。このまま何も手を打たなければ、南米の艦隊が敗北するのは目に見えていた。

 

「南米にはどの位回せそうだ?」

「そう多くは出せないでしょう。精々、駆逐艦を中心に3、40人といった所です」

「……そうか」

 

 南米の敵艦隊には当然、戦艦や空母と言った主力艦クラスがいる。駆逐艦だけでは荷が重い。とは言え、援軍を出さない訳にはいかない。

 

「取りあえず出せる戦力については、国防総省に伝達しておいてくれ。後、各地の提督にも南米への派兵をする可能性があることを通達する必要がある」

「了解です」

 

 席を立つレミントン。だがこの時、話の中心であった南米で動きがあった事を知るのはしばらくしてからの事であった。

 

 

 

 南米。イースター島沖拠点から出撃した深海棲艦の艦隊を迎撃すべく、太平洋側の各国は艦娘を主力とした艦隊を出撃させたが、各国海軍は苦戦を強いられていた。

深海棲艦の艦隊はアメリカ太平洋艦隊が対峙しているような大規模な艦隊ではなく、精々100隻にも満たない規模ではあったが、戦艦や空母が多数確認されており戦力は十分。

 対する南米各国の艦隊は、主力となりえる戦艦艦娘を保有する国はチリだけであり、航空戦力である空母艦娘は存在しない。主力となりえるのは駆逐艦であるため、敵の軽巡級はともかく重巡以上が相手となると苦戦は免れなかった。

 そのため南米各国はアメリカの様に生き残っていた軍艦も出撃させ、対艦攻撃や制空補助を行うなど艦娘への援護を行ってはいるものの、質的不利を覆すには至らない。

各国とも本土への被害を避けるため、国土からそれなりに離れた海域で深海棲艦を迎え撃っていたのだが、戦況は終始深海棲艦側に傾いていた。唯一戦艦を保有していたチリも例外ではなかった。

 

「このままでは壊滅する」

 

 各国とも海軍戦力のみでの撃退は困難であると判断され、空軍との連携を図るべく後退を開始。南米での一回戦目は深海棲艦に軍配が上がった。深海棲艦は海軍が撤退するのを確認すると、陣形を整え再度侵攻を開始する。

 

 二回戦が始まったのはそれから数時間後だった。各国は空軍戦力を展開しており、先の海戦よりも戦力を増強させていた。艦娘も補給や応急ではあるが修理も行い準備は整っていた。

 ぶつかり合う二つの勢力。二回目の海戦は先程よりも激しい物となった。各国は損傷艦や旧式戦闘機すら出撃させ、文字通り海・空の全戦力を投入していた。陸戦ではこれだけの規模の深海棲艦を撃退するのは困難であると判断されたからだった。

 だが各国の必死の努力はかなわない。確かに戦力は増強されてはいたが、それでも戦況を人類側に傾けるには至らない。時間と共に損害が拡大していく各国。

だが――戦場に立つ誰もが敗北を意識し始めた頃にそれは起こった。

 

「敵が撤退していく?」

 

 最初に気付いたのはチリ空軍のパイロットだった。追撃を防ぐためであろう殿を除き、徐々に深海棲艦が海域から撤退していく。この光景はチリだけでなく、南米各国で発生していた。

 この報告に戦闘の指揮を執っていた各国の司令官は歓喜したものの、同時に共通の疑問を持った。

 

「なぜ優勢にも関わらず撤退するんだ?」

 

 戦況は深海棲艦が優勢であり、本土への攻撃を目的とするならば撤退する理由は無い。また艦娘を含む海軍戦力の殲滅が目的であったとしても、壊滅までは至っていない現状で撤退する必要はない。この撤退には何か意図があることは明らかだった。

 しかし彼らに採れる選択肢は殆どなかった。これまでの海戦で損耗しており、現状では足止めのために残っている敵艦隊を倒すことで精一杯なのだ。敵の意図を探る余裕など南米各国には残っていなかった。

 各国の司令官は不安を胸に秘めつつ、残敵掃討のための指揮を続けることとなる。

 

 

 

 ホワイトハウスのレクチャールームには、アメリカ大統領を初めとした政府高官が一堂に会していた。その誰もが顔を顰め、モニターに映し出されている南北アメリカの地図に目を向けていた。

 

「南米、太平洋側の敵艦隊は一部の足止めを除いてペルー沖にて再集結。その後進路を北東に向け、進撃を開始しました」

 

 モニターの前に立ち、閣僚に状況を説明するマーシャル国防長官。その様子は極めて冷静に見えるが、その声色には怒りや後悔といった様々な感情が僅かににじみ出ている。

 

「規模と速度は?」

「およそ100隻で比較的少数ですが、速度30ノットと高速で航行中です」

「……予想進路は?」

「パナマです」

 

 その答えに、閣僚たちはため息が漏れる。当たって欲しくない予想ばかり起こってしまうのだ。ため息も吐きたくなる。

 

「……最初から奴らはこれが狙いだったか」

「ふん。各方面に疑似的な攻勢を掛けて相手の防衛戦力を分散させ、その隙に本命を抑える。実に良い手じゃないか」

 

 忌々し気に呟くクーリッジ大統領と皮肉気に笑うスチュアート内務長官。

 

「内務長官、国防長官。パナマが深海棲艦に占領された場合我が国が受ける影響は?」

「我が国は国家の運営や軍事に必要な資源が存在するが、全てを賄えるわけではない。その不足分を南米との交易で賄っている。パナマを占領された場合、南米との繋がりは確実に絶たれるな。そうなれば国内で物資不足による国防や経済を始め、各方面で悪影響が出る」

「国防の観点ですが、パナマに敵拠点が出現した場合、南沙諸島拠点の例から長距離爆撃機が配備される事は確実です。迎撃は可能でしょうが、ゲリラ的に爆撃をされれば我が軍は疲弊していきます。また敵の拠点が増えたことにより、深海棲艦の攻撃はより激しいものとなるでしょう」

「南米は?」

「イースター島沖拠点とパナマの二方向から攻撃されることになります。そうなれば碌な抵抗も出来ずに陥落するでしょう」

「……」

 

 ある程度予感はしていたが、予測される被害の大きさにクーリッジは沈黙することになる。そして内心でため息を吐いていた。

 

(大統領1年目でこれか……。だからやりたくなかったんだ)

 

 2017年の1月に行われた大統領選挙で、共和党のクーリッジが当選することとなった。だがその選挙は茶番染みたものだった。

 2016年6月のオペレーション・ビギニングの失敗により低下していた前大統領の支持率は、12月のハワイ陥落により致命的なレベルにまで下落していた。それに連動する形で前大統領の所属政党であった民主党の支持率は急落。民主党からの立候補者が大統領に当選することはまずあり得ない状況となっていた。

 そんな共和党にとって棚からぼた餅な状況であったが、彼らが大統領の席を狙って暗闘が繰り広げられていたのかと問われれば、答えは否だった。

 アメリカは深海棲艦と4年近く全力で戦い続けている。その影響により経済は不安定であるし、各種物資・資源も戦前と比べて不足しているし、社会不安も多々ある。それでも深海棲艦に対して優勢であれば問題は無かったのだが、実情は劣勢に追い込まれており、将来に希望を見出すことが出来ない。そんな状況で進んで大統領の席に着きたい者など居なかったのだ。

 結果として共和党の内部で巻き起こったのが、『大統領の押し付け合い』だった。

 押し付け合いは苛烈を極めた。中には共和党上層部に賄賂を贈り自分を候補者にしないでくれと頼み込んだ者もいた程だ。そしてその押し付け合いに敗れたのがクーリッジであった。

 

(おっと、イカンな)

 

 気付けば視線が彼に集中している。いやいや就任することになったがクーリッジはアメリカと言う国家の最高指導者だ。その責務を果たさなければならない。彼は一つ頭を振ると気を引き締めた。

 

「状況は分かった。深海棲艦のパナマ侵攻を阻止する必要があるな。太平洋艦隊はどうだ?」

「現在敵艦隊と交戦中です。優勢ではありますがもう少し時間が掛かります」

「東海岸の方は?」

「艦娘を3、40人出せるとのことですが、駆逐艦が中心です。情報では敵には姫級がいるため、足止めにもなりません」

 

 深海棲艦は一定以上の艦隊を編成する際は、既存の深海棲艦とは違う新型の深海棲艦が旗艦として編成されることが確認されている。その新型は既存も深海棲艦よりも圧倒的に高い能力を有しており、また人型であることから、戦闘能力に応じて鬼級や姫級と区分されていた。

 

「空軍による対艦攻撃」

「航空攻撃だけで相手をするには敵の規模が大きすぎます。撃退までは難しいでしょう」

「……パナマに陸軍及び海兵隊を派遣。水際防御するのは?」

「防御陣地を作るには時間が足りません。また、仮に陸戦に持ち込んだとしてもハワイの二の舞でしょう」

「……艦娘は出払っており既存の軍事力では相手を止めることは出来ない。詰みか?」

「……いえ、禁じ手ですが一つだけあります」

 

 マーシャルの言葉にクーリッジは一抹の不安を感じたが、この手詰まりの状況である。聞かない訳にはいかない。

 

「内容は?」

「B-1Bによる核攻撃です」

『!?』

 

 その言葉にレクチャールームの誰もが驚愕した。暫しの沈黙の後、最初に口を開いたのはスチュアートだった

 

「本気か?深海棲艦は艦娘と同様に、第二次世界大戦時の軍艦を模している。軍艦に対して核攻撃は効果が薄いのはクロスロード作戦で検証済みのはずだ」

「それは分かっています。しかし現状では直ぐに派遣できる有効な戦力が他にはありません。また核攻撃は2機編隊による集中攻撃を行います。これならば多少のダメージを与えることが出来るでしょう」

「オペレーション・ビギニングの様に爆撃機が狙撃される可能性は?」

「南北アメリカで行われている各海戦では多数の航空機が出撃していますが、長距離からの狙撃により撃墜された機体は確認されていません。爆撃機が撃墜される可能性は低いと思われます」

 

 この後も矢継ぎ早に飛んでくる質問に、よどみなく答えていくマーシャル。暫く後、閣僚からの問いかけが途切れた所で、彼はこの国のトップに向き直る。

 

「大統領。決断を」

「……いいだろう」

 

 クーリッジは立ち上がった。その顔にはどこか悲壮感が漂っている。

 

「パナマへ侵攻する深海棲艦への核攻撃を許可する。直ちに準備にかかれ」

 

 




深海棲艦の目的が判明しました。
パナマ侵攻判定:91(継続中)

南北アメリカ各地で海戦が発生しています。深海棲艦がパナマに向けて侵攻を開始しました。アメリカは核攻撃を決定しました。

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