それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
9月15日。硫黄島攻略作戦『硫号作戦』は予定通り発令された。主要戦力は横須賀地方隊から選出された提督25人及び彼ら配下の艦娘を主力とし、防空戦力として、ミサイル護衛艦「あたご」と汎用護衛艦「あきづき」が出撃している。戦闘艦以外では、上陸部隊として作戦に参加する対NBC装備の陸上自衛隊部隊約300人を乗せた輸送艦「おおすみ」、そして突貫工事で何とか改装が間に合った輸送艦改め艦娘母艦「しもきた」がある。これらの艦を第一護衛隊群として編成していた。
まだまだ残暑の残る横須賀から出撃した第一護衛隊群は、哨戒機による周辺への哨戒、航空自衛隊機によるエアカバー、更には艦娘による護衛と、厳重な警戒の下で目的地である硫黄島へと航行していく。到着までおよそ1日掛かるとされているのだが、確実に深海棲艦と会敵すると予測されていた。作戦を考えれば道中で消耗したくはないのだが、ほぼ深海棲艦の領域と化している外洋で、その様な事は不可能であった。
「哨戒機より通信。敵艦6が12時方向より当艦隊に接近中。軽巡2、駆逐4」
「またか……」
「あたご」のCICに響く通信士官の報告に、硫号作戦の指揮官である岩波は小さく呟いた。艦隊が出撃してから6時間経過したのだが、既に4度目の会敵であった。
「この規模なら艦娘の航空攻撃で十分でしょう」
「そうだな」
川島参謀長の提案に、岩波は頷く。来るべき硫黄島での戦いのためにも少しでも艦娘の消耗を防ぐ必要があった。そのため空母艦娘による航空攻撃は有効であった。
岩波による指揮から間もなくして、後方の艦娘母艦「しもきた」から発艦した航空機隊が「あたご」をフライパスしていく。敵に航空機がいないということで対艦攻撃機がその殆どを占めている。主力は九九式艦爆や九七式艦攻であるが、少数であるが彗星や天山と言った次世代機も混ざっている。
「空母様様だ」
今回の作戦に伴い第一護衛隊群には300人近い艦娘が編入されているだが、その中には当然多くの空母艦娘がいる。彼女らが一斉に攻撃を行えば、仮に敵側に戦艦が多数いても、6隻程度の小艦隊ならば容易に屠れる程の攻撃力を有している。勿論攻撃の過程で撃墜されることもあるが、練度の面に目をつぶれば、艦娘が補給すれば艦載機も復活するのだ。これを活用しない手はない。
「旧日本海軍を作り上げた先達には感謝の極みです」
「41cmだけでなく46cmすら搭載した戦艦に、対艦攻撃に特化した重巡、水雷戦隊旗艦としての能力が高い軽巡と、対艦攻撃手段として優秀な酸素魚雷を持つ駆逐艦。そしてアメリカには及ばないものの強力な空母と艦載機。確かにこれらが無ければ強力な艦娘は現れる事は無かったな」
岩波は艦隊前方で始まった航空隊による対艦攻撃を眺める。対空砲火は上がっているも多数の航空機の前には蟷螂の斧でしかなく、もはや嬲り殺しに近い。このペースなら五分も掛からないだろう。
「それに艦の設計思想も対艦戦闘に特化しているお蔭で、対深海棲艦戦では都合がいい」
「当時は時代遅れとなっていた設計思想が、未来で合致するとは誰も思わなかったでしょう」
当時の造船技師がこの場にいたら大喜びだったろうな。岩波はそんな感想が出てきたが口にはしない。
「問題は航空戦力か。いつまでもゼロ戦系列じゃな」
「しかし大戦期にそれ以外の艦上戦闘機は……」
「一応52型はF6Fとはある程度なら戦えたらしいが、今後F8Fベースが出たら流石にキツイ。試験段階だった紫電の艦載型や烈風も稀に作れるらしいが、それを使ってもどこまで戦えるか未知数だな」
そんな雑談をしている間にも戦闘終了の通信が入り、航空機隊が引き上げて来た。損害らしい損害は無し。パーフェクトゲームであった。
「流石に早いな」
「しかしそろそろ日が暮れます」
川島が腕時計を確認しつつ、そう言った。モニターを見れば水平線に日が沈み始めている。
「これ以降の艦載機の発艦は出来ないか」
「夜間は駆逐艦による艦娘による哨戒は行いますが、レーダーやソナーの性能を考えた場合、艦娘に任せきりにする事は出来ません」
確かに艦娘は対深海棲艦戦においての攻撃力や防御力は、現代兵器より上だ。だが勝っているのはそれだけなのだ。艦娘の元となった艦船は70年以上前の物。レーダーやソナーを始めとしたソフト面での技術では現代兵器の方が圧倒的に勝っている。視界が制限される夜間はその技術差が顕著に現れる時間帯であった。
「艦の方は問題はないな?」
「出発前に再確認しましたが問題ありません。乗員の方も士気は高いです」
提督と艦娘が自衛隊の指揮下に入り深海棲艦との戦いに身を投じていた頃、護衛艦は修理や整備のためにドック入りしていた。約四年間の戦いで船体にはダメージが蓄積されていたし、乗員の方も長く続いた戦いで体力的にも精神的にも疲弊していた。それらを回復させる必要があったのだ。
そのため今回の硫号作戦は護衛艦の対深海棲艦戦の復帰戦と言えた。艦の機能も復活しており、それを操る乗員たちの士気も高かった。しかし何もかもが万全な訳ではない。
「ただ一部の乗員が艦娘を敵視しているとの報告も上がっていますので、そちらへの注意は払うべきでしょう」
「あいつ等か。気持ちは解らんでもないがな……」
岩波は顔を歪めつつ呻いた。既に対深海棲艦戦は艦娘がメインとなっている。自分達海自の人間も出番も多いが、人類の技術のみで深海棲艦を撃破出来るまで主役ではなくなることは確定だった。その事に嫉妬心を覚え、提督や艦娘を敵視する自衛官も少なからず見られていた。
「まあ今は良い。全艦に通達。夜間戦闘の準備にかかれ」
若干の不安要素を内包しつつ、硫号作戦前哨戦は続いていく。
重要な作戦が始まった状況であっても、普段行わなければならない業務がなくなるわけではない。特に立場が防衛省のトップとなると、やらなければならない事は文字通り山ほどある。特に以前から防衛省が進めていた『提督分散配備計画』は最終段階にあり、早急にこなさなければならない事案であった。
防衛省の大臣執務室で、山積みとなっている書類を前にして坂田防衛大臣はため息を吐きそうになるのを辛うじて飲み込みつつ、一枚づつ地道に仕事を片付けていた。そんな彼の元に、ノックの音と共に執務室の扉が開き、見慣れた人物が入って来る。
「提督。佐世保地方隊より上げられた情報をお持ちしました」
坂田の初期艦であり、現在は大臣秘書として行動を共にしている大淀だった。彼女の手には分厚い紙の束がある。
「分かりました。そこに置いておいてください」
「了解致しました」
書類の山の一つに紙の束が置かれ、更に山の標高が高くなる。坂田はこの国のトップを目指すべく政治家をやってきていたが、ここまで仕事に追われるとなると、その選択が実は間違いであったのではないかと思えてしまう。
若干後悔に駆られる坂田であったがふと目の前の秘書を見ると、どこか落ち着かないように見える。彼にはその原因に心当たりがあった。
「やはり硫号作戦が気になりますか」
「はい……」
硫黄島攻略作戦、『硫号作戦』の立案、精査には、坂田や大淀も関わっていた。攻略部隊の主力が艦娘である以上、政府組織での地位が高く、提督や艦娘の知識を有している二人が作戦に関わってくることは必然だった。事実、二人が関わった事によって、硫号作戦の精度は格段に上がっていた。そして硫号作戦の実行部隊である第一護衛隊群は出港した。彼らの様子が気になるのは当然と言えた。しかし、
「私たちの出来ることは全てやりました。後は実行部隊に任せましょう」
「そう……ですね」
彼らの仕事は前線で戦うのではなく、防衛省トップとしての後方での仕事だ。前線が気になるのは当然ではあるが、直接掛かることが出来ないのだから割り切るしかない。その点については、長く政治家をしており以前は総務大臣に就いていた坂田は慣れていた。
「ところで在日米軍の動きの方はどうです?」
「あっ、はい。やはり作戦については静観する様です」
深海棲艦との戦いが激しくなり始めた時期、在日米軍の規模は徐々に縮小されていた。アメリカは様々な理由を付けているが、本国が危機的な状況であり戦力を集中させたかった事は、誰の目にも明らかだった。とは言え、アメリカのアジア地域の影響力を完全になくす訳にはいかず、一定の戦力が日本に残っていた。特にアメリカ第七艦隊は相変わらず横須賀に駐留しており、自衛隊と共に深海棲艦と激闘を繰り広げていた。
その共闘関係がしばらく続いていたが、ある事件を切っ掛けに状況が一変する事となる。
「やはりオペレーション・ビギニングの痛手は大きいですね」
昨年行われたイースター島沖拠点攻略作戦、『オペレーション・ビギニング』にて参加した艦隊は大きなダメージを受けることとなる。日本もミサイル護衛艦「こんごう」を始めとした少なくない被害を受けたのだが、一番被害が大きかったのはアメリカだった。揚陸指揮艦「ブルー・リッジ」が多くの高級士官と共に沈み、原子力空母「ロナルド・レーガン」も大破。そして喪失艦も多数だった。これにより日本を拠点としていたアメリカ艦の多くが戦力としての価値を喪失することとなる。
現在、ロナルド・レーガンは諸事情により日本のドックにはいるものの、遅々として修理は進んでいない。空母の護衛として少数の駆逐艦も日本にいたのだが、後に日本近海で行われた海戦で損傷。そのため現在の在日米軍は戦力と言う意味ではほぼ消滅していた。
「そう言えば、上陸部隊の中にアメリカ海兵隊が少数参加すると聞きましたが?」
「どうやらアメリカ本国からの指示があったようです。アメリカはパナマを取られましたからね。後々行われるパナマ奪還のために情報が欲しいのでしょう」
大淀の問いかけに、坂田は肩を竦める。彼の推察は当たっていた。現在アメリカではパナマ奪還作戦が急ピッチで進められていた。そのような時に、日本で姫級に占領された土地を奪還するための作戦が実行されるのだ。対深海棲艦戦の情報は国際的な取り決めにより公開される事となっているが、実際に観戦武官が戦いを見る方が良いのは変わらない。そのためアメリカ海兵隊だけでなく、ミサイル護衛艦「あたご」にも海軍士官が乗艦していた。
「北村司令官がやけに偉そうに要請してきたってぼやいていました」
「あの国はそういうものですよ」
彼女の言葉に坂田は苦笑しながら紙の山から書類を取る。彼はその内容を確認し――真剣な表情に変わった。
「これは……」
「どうされましたか?」
坂田はしばし思案すると、手にしていた書類を大淀に渡す。彼女はそれを受け取ると、素早く内容を読み取り、目を細める。
「第一護衛隊群出撃直後から太平洋方面の深海棲艦が活発化、ですか」
「どう思います?」
坂田の問いに、彼女は即答する。
「警戒を厳とするべきです」
「やはりですか。陸自、空自にも通達を出しておきましょう」
こうして日本本土でも迫り来る脅威に対抗するべく、準備が進められていく。
ネタはあるのに、文章化が上手く行かない……