それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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今回のダイスロール
艦娘による隠匿:38
海底会:49 左翼団体:85

左翼団体頑張るな……。



海を征く者たち51話 立てこもり

「……どうやら無事に終わったようですね」

「そうですね」

 

 防衛省庁舎の大臣執務室。坂田防衛大臣は備え付けられたテレビを観つつ、どこか疲れたように呟き、それに大淀は頷いた。画面には多くの警察官が海底会の本部を出入りする姿が生放送で移されている。

 

「それにしても、ここまで早く警察が動くとは思いませんでした」

「そうですね。……まあ、日本は新興宗教によるテロが起こった事がありましたし、それがトラウマになっていますからね」

 

 警察庁にリークされた海底会による坂田防衛大臣暗殺計画だが、当初、警察はこれに懐疑的であった。何せ暗殺対象に手段、更には時刻まで記された詳細な計画が警察に匿名で届けられたのだ。こうまで都合がいいと、逆に疑ってしまうのは当然とも言えた。

 だが、リークされた情報が全て事実である事が裏付けられてからの警察の動きは早かった。通常ではあり得ない程の速さで準備が整えられると、その日の内に海底会への強制捜査が開始される事となったのだ。この警察の迅速な動きに海底会も対応し切れず、メンバー全員があえなく御用となった。

 

「これでやっと落ち着きますね」

「その通り、と言いたい所ですが、まだ我々にも仕事は残っていますよ」

「? 何かあるのですか?」

「防衛省の警備体制の情報を左翼団体からリークしてもらっていた様です。情報元を炙り出す必要があります」

「それがありましたね」

 

 今回の事件で防衛省が重要視していたのは、警備体制の漏洩だった。海底会の計画には警備体制についての情報を考慮して計画が立てられており、その情報の提供元が大淀達が調査していた左翼団体からもたらされていたのだ。

 これを放置すれば軍事機密の漏洩にも繋がりかねない。何としてでも漏洩元を探し出さなければならなかった。とは言え犯人を見つけ出すための宛はある。

 

「警務科が既に動き出していますし、例の左翼団体にも捜査がはいっていますから、直ぐに犯人は特定できると思いますがね」

 

 坂田はテレビから目を離さずそう告げる。画面には逮捕された何人もの海底会のメンバーが警察車両に乗せられていくのが映し出されている。その様子をぼんやりと眺めつつ、坂田は続けた。

 

「そうそう。今回の事件が発覚した切っ掛けは知っていますか?」

「……」

 

 彼の質問に思わず反応しそうになりつつも、大淀は努めて平然と答えた。

 

「いえ?」

「何でも匿名で暗殺計画の詳細が警察庁に送られてきたそうです」

「内部告発ですかね?」

「ええ、『公式では』そう発表される事になります」

「……」

 

 沈黙する大淀。それを見た坂田はため息を吐いた。

 

「……何かしら行動を起こすなら、事前に私に話を通しておいて下さい。あちこちで動き回っていたのが公安の方でも知られていますよ?」

 

 坂田配下の艦娘たちが反艦娘勢力の調査のために動いていたことを、公安もどことなく察していた。日本各地にある反艦娘となるであろう団体の近くで、幾度も艦娘と思われる人物が確認されているのだ。そして今回の匿名での通報である。通報主が彼女たちであると疑うのはある意味で当然の事であった。はっきりとした証拠は無いが、状況証拠は十分あるのだ。

 当然この情報は、法務省を通して坂田に伝えられていた。一応公安側の捜査の妨害にはならなかった事や、現場の機転、そして今回の匿名による通報の事もあり表沙汰にはならなかったのだが、一連の艦娘たちの動きについては神山法務大臣からネチネチと皮肉られていたりする。

 

「申し訳ありません」

 

 素直に頭を下げる大淀。それを見て坂田は頷きつつも、内心ため息を吐いていた。

 

(国家を信頼できないからこそ、独自調査なんてしていたんでしょうね……)

 

 日本が艦娘たちから信用されていても、信頼は得られていない事を坂田も大淀たちを通して知っていた。日本の実務に関わる者としては正直落胆したものの、アメリカと言う最悪の例を挙げられてしまえば、彼女たちの心情も理解は出来た。

 

(日本が彼女たちの信頼を得るには、まだまだ時間が掛かりそうですね)

 

 なにせ艦娘が出現してからまだ1年しか経過していないのだ。むしろ艦娘たちが日本政府が出す命令に粛々と従っているのだから、相当上手くやっていっていると見た方が良いのかもしれなかった。強固な信頼関係を築くにはまだまだ時間が掛かるだろう。地道に信用を積み重ねていく必要があった。

 坂田が大淀に気付かれない様に、小さくため息を吐いた。そんな時、執務室にノック音が響いた。

 

「どうぞ」

「失礼するわ」

 

 返答と共に執務室に姿を見せたのは足柄だった。余程急いでいたのか彼女の息は若干だが上がっている。

 

「どうしました?」

「例の海底会に協力していた左翼団体だけど、ちょっと問題が起こったみたい」

「問題?」

「殆どのメンバーは逮捕出来たけど、一人取り逃がしたそうよ」

「……まさか」

 

 嫌な予感を覚える坂田。そんな彼に足柄は肯定するように顔を顰めた。

 

「……そいつが神奈川の空き家に立てこもっているわ」

 

 

 

「面倒臭ぇ……」

 

 神奈川県警に所属する中年の刑事は、この状況に思わずぼやいた。

 切っ掛けは東京の警視庁からの連絡だった。東京の海底会に協力していた左翼団体の強制捜査直前にメンバー全員が逃走を開始した。慌てて警視庁総出でメンバーの捕縛をしていったものの、最後の一人が東京から逃走し、神奈川県に入った疑いがあるとの通達があった。この事態に県警の警察官たちは警視庁の失態に悪態を吐きつつ、県内の調査を開始。直ぐに容疑者を発見したものの、近くの民家に立てこもりを始めてしまった。

 

「……面倒臭ぇ」

 

 中年の刑事は容疑者が立てこもっている民家の周囲を見渡した。多くの警官たちが慌ただしく走り回っている。更に現場から少し離れた場所で県警の特殊捜査班、通称「SIS」の人員が集まっていた。また更に離れた所には迷彩服を着た自衛隊員の姿もあり、現場は混沌としている。

 幸いな事に容疑者が立てこもっている民家は空き家であり、立てこもる直前に人質は取っていなかった。その事も有り、事件発生当初は直ぐに逮捕出来るだろうと考えられていたのだが、容疑者の持っている武器が問題になった。

 一つは猟銃。上下二連式散弾銃を持っており、しかも弾も20発近く持っているとの事であった。この猟銃は海底会への譲渡のために購入した物であり、逃走の際に容疑者が持ち出したものである。これだけでも逮捕する側としては大問題だ。興奮した容疑者が包囲する警察に銃を発砲し、死傷者が出るのは過去の事例でよく発生している。これだけでも頭が痛いのに、容疑者はもう一つ厄介な武器を持っている。

 

「少しでも近づいたら、爆弾を起爆するぞ!」

 

 空き家の2階から怒鳴り声を上げる容疑者。その手には何かしらのスイッチが握られていた。最悪な事に容疑者の男は爆弾も持っていると主張を繰り返していた。警視庁に問い合わせた所、左翼団体の事務所で爆弾が作成されていた形跡が発見されており、容疑者の言っている事はハッタリではないだろう。お蔭で近隣住民の避難の為に陸上自衛隊まで出張る事になってしまった。最もそのお蔭で、何かと五月蠅いマスコミ関係者を爆発物を理由にかなり遠くに押しやる事に成功しているのだが。

 

「本当に面倒臭ぇ」

 

 立てこもり発生から既に3時間が経過したものの、事態は一向に好転する様子が見えない。中年刑事が愚痴の一つも零したくなるのも当然だった。

 

「ホントですよねぇ」

「……あん?」

 

 思わぬ返答に思わず刑事は振り向いた。そこにはいつの間にか高校生になるかならないか程度の少女が、彼の側で空き家を眺めている。

 

「……おいおい嬢ちゃん。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」

「そこは大丈夫です。関係者ですから」

「関係者?」

 

 そこで彼はようやく目の前の少女が海上自衛隊の制服を身に纏っている事に気付いた。彼女の見た目は中学生程度のはずだが、なぜか随分と様になっている。そうしている内に、少女は綺麗な海軍式の敬礼を見せた。

 

「艦娘の青葉一等海尉です。よろしくお願いします!」

「お、おう。艦娘だったか」

 

 戸惑いつつも、つられて返礼で返す刑事。彼としてもまさかこんな所で艦娘に出会うとは思わなかった。

 

「で、その艦娘がどうしてこんな所にいるんだ?」

「実は青葉の司令官――坂田防衛大臣からの指示がありまして、この立てこもり事件解決のために派遣されました」

 

 彼女の言葉を聴き、刑事は思わず顔を歪めた。

 

「おいおい、こういう事件は警察の領分だぞ。『はい分かりました』って、自衛隊に指揮権を渡すわけないだろ」

 

 刑事の反論は当然の物だった。警察権を行使できるのは警察だけである。幾ら艦娘が強力な能力を持っているとは言え、自衛隊所属の彼女が事件に介入するのは越権行為に当たるのだ。

 

「ああ、安心して下さい。青葉は飽くまで『協力者』の立場として派遣されましたので、指揮権はそちらにあります。後、この派遣も『非公式』です。青葉の事は公表されません」

「……随分と都合が良いな、おい」

「そこはまあ、上の方で色々あったそうですよ? あ、因みに今回の件は神山法務大臣からの許可が出ています」

「大臣級かよ。本当に何があったんだ?」

 

 刑事は思わず頭を抱えてしまう。どんな政治的事情があるのか想像したくなかった。下手に詮索すれば、即刻自分の首が飛びかねないだろう。――実際は坂田配下の艦娘たちの独自調査のお詫びという事で、青葉を送り出しただけなのだが。

 

「まあまあ。ともかく事件の方に集中しましょうよ」

 

 そんなことを言いだす青葉に、刑事は何処か釈然としない気持ちになりながらも、口を開いた。

 

「……見ての通り、容疑者が空き家に猟銃と爆弾を持って立てこもってやがる。一応説得は続けているが、聞く耳も持たねえ」

「爆弾が厄介ですねぇ。これじゃあ、迂闊に突入も出来ません」

 

 勿論、手製の爆弾程度では艦娘は沈むはずがないのだが、問題は容疑者側だ。自棄を起こして自爆でもされれば、後に残るのは面倒事だけである。その事も有り、飽くまでも容疑者を逮捕しなければならなかった。

 

「ああそうだ。後、猟銃の弾もかなりあるらしい」

「つまり銃と爆弾、両方を無効化出来れば良いと?」

「ああ。そこまで出来れば後は消化試合だ」

「成る程」

 

 青葉は一つ頷き、刑事に笑顔を見せると、

 

「割と簡単に出来そうですね。任せて下さい!」

 

ゆっくりと容疑者の立てこもる空き家へ歩き始めた。

 

「……本当かよ」

 

 簡単に言ってのける彼女に、不安になりながらも刑事は青葉を見送るしか出来なかった。

 

 

 

 男は警察に囲まれた空き家の2階で、いつでも猟銃を撃てるように構えながら、忙しなく窓から外を覗いていた。彼の側には紙箱に入った予備の銃弾と切り札である手製爆弾とその起爆装置が置かれている。

 

「くそ、どうすりゃいいんだ……」

 

 悪態を吐く彼の心中には、恐怖や後悔、怒りと言った様々な感情が渦巻いている。それ故に気持ちも落ち着かず、思考も纏まらないでいた。そんな時であった。

 

『あーあー、テステス』

 

 拡声器によりどこか間の抜けた声が響いて来た。今までの説得していた警官と違い、若干幼い女の声だ。男は不思議に感じ、窓からそっと外を確認し――呆気に取られた。

 

『えー、立てこもり犯さん。あなたは完全に包囲されています。青葉としては大人しく投降した方が良いと思いますよー!』

 

 一人の少女が拡声器で声を張り上げながら、男の立てこもる空き家へと無防備に近づいて来ていたのだ。思わぬ光景に男の思考が数秒程止まってしまうが、直ぐに銃を少女に向けた。

 

「それ以上近づくな!」

 

 子供一人が無防備にこちらに向かって歩いてくるのだ。確実に警察が何かしらの行動ととって来ると男は考えた。彼は銃を少女に向けつつも、他に警官が居ないか忙しなく周囲を見渡す。しかしいくら探しても人影は見つけられなかった。

 困惑する男。そんな事を知ってか知らずか少女はどんどんと近づいてくる。

 

『今なら青葉が優しくエスコートしてあげますよー!』

「馬鹿にしやがって……!」

 

 警察の思惑は分からないが、少なくとも男はあの少女が全く警戒していない事は分かった。自分が撃たれるはずがない。そんな風に考えているに違いないと彼は考えた。だからこそ彼は彼女に向けている銃の引き金に指を掛けた。

 彼の動作に気付いたのか歩みを止める少女。だがその表情には呆れた様子が見て取れた。

 

『……そんな事やっても意味なんてありませんよ?』

「うるせぇ!」

 

 明らかに馬鹿にした様子に男の感情は一気に高まると同時に、引き金を引いた。ドンッと言う発砲音と共に、無数の散弾が少女に殺到する。次の瞬間には血まみれになった少女がそこにある――はずだった。

 

「外した?」

 

 だが少女は平然と立っていた。別に怪我をした様子も見られない。だからこそ彼は外してしまったと考えた。

 今度は照準をしっかり付けて、再度引き金を引く。今度は彼女が手にしていた拡声器が砕けるのが見えた。確実に少女に命中した事になる。だが、

 

「馬鹿な……」

 

 それでも少女は平然としていた。銃弾が命中したにも関わらず、彼女はまるで何事もなかったかのように表情を崩していない。呆然とする男の耳に、少女の声が響く。

 

「だから言ったじゃないですか。『意味なんてありませんよ?』って」

「くっ」

 

 芽生えつつある恐怖心を誤魔化すために、素早く排莢し次の銃弾を装填しようとする。しかし思わぬ事態が男を襲う事になる。

 

「……無い!?」

 

 彼の側に置いてあったはずの予備の銃弾が無かった。慌てて周囲を見渡すも、どこにも銃弾は見当たらない。

 そうしている内に、少女は再びゆっくりと歩き始めた。

 

「艦娘に唯の猟銃なんて効くわけないじゃないですか」

 

 艦娘。その言葉に男の顔は一気に真っ青になった。目の前にいるのは、現代兵器では苦戦必至の深海棲艦と対等に渡り合える存在なのだ。猟銃程度など効かないのも当然の事である。

 だからこそだろう。彼は咄嗟に切り札である手製の爆弾に手を掛けた。簡単な作りであるが威力はそれなりにあると聞いている。男は縋る様に手に取った爆弾を艦娘に投げつける。

 

「食らえ!」

 

 彼は起爆スイッチを押し込む。これならばアイツを倒せる。半ば自分に言い聞かせるように投げ込んだ爆弾は、

 

「あ、その爆弾ですけど、起爆しませんよ?」

 

 起爆する事無く地面に転がるだけであった。最後の切り札が効果を発揮せず、男は呆然と立ち尽くすしかなかった。

 彼の知る由もない事であるが銃弾の喪失も手製爆弾の無効化も、全て青葉の送り出した妖精が行ったものだった。青葉が拡声器で相手の注意を引いている間に、妖精たちが空き家へ侵入し、銃弾を持ち去り、手製爆弾を起爆できない様にしていたのだ。

 銃と爆弾。この時を持って男を守る武力の両方が無力化された。そうなれば、後に続く光景は目に見えている。

 

「警察の皆さん! お願いします!」

「確保ー!」

 

 無数の警察官が雪崩の如く容疑者の立てこもる空き家へと突入していき、男は呆気なくその身柄を取り押さえられる事となった。

 こうして海底会から端を発した騒動は、この時を持って終息する事となる。

 

 




人間が重巡に勝てるわけないやん……。

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