詩人の詩   作:117

107 / 107
(土下座)


107話

 

 ナジュ砂漠に雨が降る。ざぁざぁと、まるで誰かの涙のように。

「砂漠って雨降るんだ~」

「私も意外。雨が降らないからこんな乾燥した土地になるんじゃないの?」

「なんつぅか、砂漠に雨って違和感あるよな」

 そんなナジュ砂漠にテントを張って豪雨を凌いでいる詩人たち一行。呑気な声を出しているのはタチアナにエレン、ユリアンだ。

「確かに雨が降りやすいとは言えないが、年に数回は降るのものだ」

「じゃあ、なんで砂漠ってこんなに乾燥しているの?」

「保水能力がないのよ、砂漠には。水をため込んでおくような植物がないから、降った雨は砂の下か海の方に流れてしまうわ」

 シャールが砂漠の雨事情を口にすれば、少年が更に疑問を添える。それに解を出したのはカタリナ。テントの入り口を開き、外の様子を見せる。

 するとそこにはゴウゴウと激しい音を立てて濁流が出来上がっていた。砂漠の砂も混じり、濁るという言葉が相応しい猛威となって、砂漠を駆け下りている。

「……すご」

「砂漠の雨はとても危険なんだ。雨はすぐに濁流になる上、足場も砂ばかりで脆い。流れに巻き込まれたら一巻の終わり」

「私としては不安もあるけど――」

 呆気に取られるタチアナ、難しい顔をするシャール。そしてカタリナがこの場所にテントを張るように指示したその男を見る。

「心配するな」

 詩人はなんの気負いもなく言う。

「足場が崩れたら、玄武術と白虎術を使えば這い上がれる」

「そこっ!?」

 思わずエレンが突っ込んだ。

 

 アレクセイ会頭が亡くなり、葬式をあげる。なるべく多くの弔問者を集めたいのが人情とはいえ、世界中の要人を招くのを待っていては遺体が腐乱してしまう。この世界の葬式とは基本的に、数日で集まれる親族や友人知人のみを集めてその遺体を弔うのだ。遠方にいる関係者は、お悔やみの言葉と品だけを贈るのが普通。もちろん特に故人と親しかった者などはその墓を訪れるが、それこそ天に召された者の人徳のみが酌量となる。まあ、アレクセイ会頭くらいになればラザイエフ商会への忖度というものも含まれるが。

 それはさておき、タチアナはというと葬式が終わった後すぐにエレンに着いて来る決断を下した。曰く、亡き父の遺言状を読んで決めたらしいが、アビスにあっけらかんと着いて来る決断をさせる遺言状とはなんなのか。薄々気が付いているものは言わぬが花と言わんばかりに、行動で示したタチアナを尊重した。

 そしてナジュ砂漠に向かった7人だが、乾いた大河の側に来た頃になり、空模様が怪しくなったのだ。これに慌てた詩人がすぐに周囲を調べて、彼のみが分かる判断基準でテントの設営を指示。急いでテントを組み立ててその中に入る頃には、周りは本降りの様相となっていた。

「俺、術を使えないからすごく不安なんだけど……」

「私も蒼龍術だから……」

 外の激流を見て、ユリアンとタチアナが情けない表情をする。気持ちは分からなくない、むしろ同意すると言わんばかりの少年。

「心配しなくても、詩人はそこまで雑じゃないわよ。ね?」

「え?」

「……え?」

「すまん、冗談だ」

 エレンが詩人に信頼の顔を向けて笑うが、ちょっと悪乗りし過ぎた詩人にエレンも真顔になる。そして流石にやり過ぎたと思ったのか、詩人は素直に謝った。

 心配いらないと言われて、ようやく他の面々の顔に安堵が浮かんだ。アビスに殴り込みに行くのは自殺行為とはいえ、流石にアビスに辿り着く前に死にたくはない。これで死んだら自殺行為をしたのではなく、本当にただの自殺である。

「周囲の勾配や砂質を見て、ここならまず間違いなく安全だと踏んだ。この場所は適当に選んだ訳でも、雑に選んだ訳でもない」

「でも、ここより高い砂山はあったよな?」

「それは濁流の流れに当たりやすそうだったり、砂質が脆そうだったり――」

 ズズズゥと、タイミングよく地面が揺れた。多分きっと、地滑りが起きた音だろう。

「――そういった可能性が高くて、逆に危ないと判断した」

「よぉく分かったぜ」

 冷や汗を流してユリアンが頷く。

 とにかく、詩人がここを安全だというならば、他の誰かが文句を言う必要もないだろう。彼以上に安全そうな場所を見つけることできないのだから。

 身の安全が確保できたら早速――いや、それができなくてもこの少女は好奇心旺盛だったか。タチアナがテントの外を見つつ、つまらなそうにぼやく。

「それで、雨が止むまでテントの中でじっとしてなきゃいけないの?」

「雨が止んでから一日は時間を置きたいな。地盤が緩んで行軍するには危ない」

「うぇ」

 想像しただけでげんなりとした声を出すタチアナ。

 しかし彼女の反応はまだマシな方である。エレンや少年は、奥歯を噛みしめた上で手が白くなるほどに強く拳を握りしめている。サラに近づいている筈なのに足止めを食らってしまった現状に酷く苛立っているのが見て取れる。しかしここで騒いでも何も変わらないからこそ、その感情を押し殺しているのだ。

 そんな彼女たちを横目で見つつ、素知らぬ顔をする大人たち。実際、先を急ぐ方法はない。誰のせいでもない以上、ここは我慢してもらう他ないのだ。

 だが、相変わらず空気を読まないタチアナはつまらなそうに口を開く。

「ひ~ま~」

「……そうだな、やることもないし、この辺りの地理の説明でもするか」

「うぇぇぇ!?」

 藪をつついて蛇を出すとは言うが。タチアナの愚痴に反応して詩人が勉強じみた話をすることになってしまった。

 嫌そうな顔をするのはタチアナのみ。他の面々は、ここが帰らずの土地だと理解している為に詩人の言葉に耳を傾けるのだった。

 

 

 そもそもとして、乾いた大河に流されると何故戻って来れないのか。それは純粋にここから東に向かって急激な坂ができているからである。

 西の土地の方が標高が高く、東に向かって絶えず砂が落ちるように流れている。これが乾いた大河と呼ばれる所以であり、その高低差は優に100メートルはあるだろうとのこと。これが断崖絶壁ならばロッククライミングでもして戻ることもできようが、目に映るのは砂漠の大海原である。柔らかい砂は東へ東へと流れ、とても人間が歩いて戻れるような環境ではない。

 更にこの土地は砂と流れに逆らうように強い風が絶えず吹いており、その砂風に晒され続ければあっという間に体力を削られてしまう。その風に乗って砂がまた西に戻るとのことだが、その循環は命を運ぶには苛烈過ぎるのだ。

 また、この場所に適応したモンスターも一筋縄ではいかない。今現在大雨が降っているように、実はこの砂漠のずっと下には地下水脈ができているのだ。そこには水棲系のモンスターも生息しており、数十メートルの砂漠の層をブチ抜いて地上にまで餌を求めて姿を現す逞し過ぎる生態を持っているのだ。そして当然ながら、そんなモンスターたちはこんな大雨の後こそ活発になる。行動に適した水分が多いのはもちろんながら、雨に流された獲物が多いという事も理解しているのだ。

 

「全くもってタイミングが悪い話だ」

 しかめっ面でシャールが口を開く。ただでさえ未開の難地、楽に通り抜けたいのが人情だが、現実はその反対なのだから苦い言葉も出ようもの。

 それでも詩人の表情は暗くない。

「なに、それならそれでやり方はある」

「と、言いますと?」

「雨があれば、東へ向かう流れも強い。タチアナの氷の剣で簡易の筏でも作れば、あっさりと滑りおりれるさ」

「氷の筏とか、冷たくない?」

「我慢しろよ、布とかも敷くからさ」

 少年が至極当然の不満をあげるが、そこは力業でなんとかするらしい。というか、砂漠の斜面を氷の筏で下るという時点でかなりの力業だ。詩人は結構雑な所があると知っているエレンは既に諦め顔だ。まあ、彼女としても早く東へ向かえるならば悪くはないという考えもある。

 とにかく乾いた大河を抜けると、その先にあるのは死の砂漠だ。

 

 死の砂漠とはムング族が名前をつけた砂漠だ。そこには西から聖王文化の者の死体がたまに流れ着く上に、凶悪なモンスターの巣窟になっていることからその名前がつけられた。

 そこは実際過酷な土地であり、やはりというか水分がほとんどない。それ故に植物も動物も少なく、餓えたモンスターが跋扈する土地なのだ。

 巨大な岩がそこら中に乱立して見通しが悪く、飛行型モンスターが空から強襲したりなぞ日常茶飯事。地面の下から襲ってくるモンスターもいる。

「まあ、このメンバーなら大丈夫だとは思うが」

 詩人はそう付け加えた。実際、旅をしていればモンスターの奇襲は少なくない。それに対応してきた一行であるからこそ、強いだけのモンスターになど遅れはとらないだろうというのは間違った意見ではないのだ。

 後、ここで恐ろしいのは方向感覚の欠如か。乾いた大河は傾斜が西から東に傾いているから進む方向に迷うことはないが、死の砂漠はどちらに行っていいのかすぐに分からなくなる。岩の密林で視界が悪いということが、進行方向を惑わす一因にもなるのだ。後、単純に広いという事も理由にあげられる。広くて目印がない土地では人間は大きく円をかくように歩いてしまうとも言われ、どこにも辿り着くことなく延々と死の砂漠を彷徨ってしまうことにもなるのだ。

「詩人は昔、どうやって死の砂漠を越えたの?」

「ん? 目の前の岩を砕いて、それを目印にした」

「…………」

「あとはシャドウサーバントも使って位置を把握したな」

 コイツ実はバカなんじゃなかろうかという視線がカタリナから向けられ、しれっと言葉を足す詩人。彼もそう思われるのは心外だったらしい。

「それで、死の砂漠を抜けたら大草原。見渡す限りの草原と、川に木々がまばらにある土地だ。

 鈴の部族でもあるムング族もここを拠点にしている。当面の目的地はここになるな」

 詩人の言葉にエレンは視線を鋭くして更に踏み込む。

「当面って?」

「現地の人の話を聞こうってことだよ。

 ムング族の村には鈴の術の師匠であるバイメイニャンという老師がいる。老師に話を聞いて、問題がないようならば東のアビスへ目指そう」

「……分かったわ」

 ここで詩人を絞っても何もならない。そう理解したエレンは苛立ちながらも口を閉ざす。

 その様子に、余裕がない事を心配する一同。魔王殿でジャッカルを追う時に暴走したエレンは記憶に新しい。またもあのような短慮を起こさせる訳にはいかない。

 そういう意味で、この雨はよいタイミングであるともいえた。進むに進めず、気を落ち着かせるには適した時間といえる。

「さて、進む先の話はこのくらいにしておこうか」

「さんせーい。疲れたー」

 ぐでーと行儀悪く格好を崩すタチアナ。それを見てエレンが苦笑する。

「全く。少しはしゃっきりできないのかしら」

「めんどいー」

「やろうと思えばできるんだね」

 クスリと笑うのは、歳の近い少年。タチアナは大人に揉まれたからこそ幼くなったのに対し、少年は孤独であったからこそ子供らしさを失ったあたり、皮肉な対照性といえるかも知れない。

 それを言っても始まらないし、言うつもりもないだろうが。

「しかし、本当にやることないな。

 食事にでもするか?」

「いいな。ちょうど腹ごしらえをしたくなってきたところだ」

 詩人に言葉にユリアンが頷く。

「じゃあ私が食事の支「カタリナさん、ここは女性が腕を振るいませんか?」」

 シャールが喋っている途中でエレンが割り込んだ。結構な失礼に、カタリナはちょっと顔を引きつらせつつ、エレンに頷き返す。

「え、ええ。私は構わないけど」

「じゃあ、今日のところはあたしとカタリナさんがご飯を作るわね」

 そうまとめるエレンに、ユリアンが誰にも見えないように拳を握りしめた。エレンのファインプレーを心から讃えていた。

 そうして食事の支度を始めるエレンとカタリナを見ながら、シャールは自分を雑に扱われたことに眉を顰めていた。

「彼女は少し失礼ではないか……」

「……そう、だな」

 ぼやくように言うシャールに対して、詩人は決して彼と目を合わせずにエレンとカタリナが食事の支度をするのを見つめていた。

「……私も女の子なんだけど」

 別の意味で釈然としない様子のタチアナをさておいて、食事の支度が進む。

 

 出発までは、まだ時間がある。雨が止んで、そして水の勢いが落ち着いてから。

 アビスへの向かう旅の最初、一行は雨が降る中で静かに英気を養うのだった。

 




短くてすいません。
10ヶ月以上も更新がなくてすいません。

余りにも間が開いてしまいましたが、残すのはほぼクライマックスのみ。
どうかお付き合いいただければ幸いです。
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