おまけ4:領民で、私設軍の誰か。
あの方が3歳、いや4歳の頃だったか。
家族兄姉を失ったのは……。
宇宙船における事故だったらしいが、お貴族様のことだからな……まあ、詮索する気も起きなかったけど、ひとり残されたあの方に対して同情めいたものは覚えたよ。
と言っても、俺は私設軍の人間として討伐に参加したこともあるし、それなりに外部との交流もあるから、多少はほかの貴族の領地のことを知ってたからな。
軍人でもない、役人でもない、平民や奴隷なんかは、『死んだ?それがどうしたの?』程度の関心だ。
まあ幸い、門閥貴族の大物、リッテンハイム侯爵が後見人についてくれたおかげで、あの方は保護されて、領地にも代理というか代官が派遣されたから、表立った騒動には発展しなかった。
それでもやっぱり、多少はタガが緩むもんさ。
じわりと、生活が悪化というか、圧迫されていくのを肌で感じたんだろうぜ。
それでようやく、『あれ?ウチのお貴族様って、良い領主様だったのかな?』ってな。
そして、あの方が幼年学校に行く前のことだから、10歳になるかならないかの時期だったか。
領地で不正を行っていた役人の首を切ったというか、処刑の指示を出した。
なんでも、貴族としての教育の一環らしくてな……お膳立てされた状況で、最後に処刑の指示を出すのが仕事ってわけだ。
10歳の子供にだぜ?
大勢の人の前で、不正役人達が首を飛ばされる……それを、じっと眺めていたなあ。
どこか夢でも見ているような表情だった。
貴族ってのも大変だなと思ったよ。
それからは、幼年学校に通いながら、領地の資料に目を通し、長期休暇の度に戻ってきて、領地を飛び回ってたらしい。
貴族にしては、あまり体格に恵まれていなかったからなあ、ただでさえ子供なのに、ますます幼く見えるあの方が、目の下にクマを作って……なんというか、ほっとけないだろ?
あの方、『少し休憩をはさんだらどうだ』とか言いながら、自分でお茶を入れたり、お菓子を用意したりしたそうだ。
仕草や口調は、貴族様なんだぞ?
そして見た目は子供だ。
俺の知り合いの役人は、必死で笑いをこらえたそうだよ。
そのくせ、『ちゃんと休まないと効率が悪い』とか言いながら、『昨日の夜に少し考えてみた』なんて次の日に資料を渡してくるんだとか。
例によって、目の下にはクマだ。
泣く子と貴族様には勝てないというが、合体させたら無敵だろ?
まあ、やはり貴族の血筋ってやつか、優れた方なのはわかるんだが、どこか抜けてたんだ。
こう、なんていうかな……周囲の人間からすると、やっぱり放っておけないって感じでなあ。
幼年学校を卒業されたが、軍人としては、まあ、あれだ。
いわゆる、決断まで時間のかかるタイプだったから、指揮官には向いてない。
ただ、前もって色々と考えて、対応策を考えていたケースなんかだと、しっかり対応できるから一概には言えないが。
想定外の状況に弱いとも言えるが、そんなのは多かれ少なかれ誰だってそうだろう?
そういう状況でぱっと打開策を閃いて、実行に移せる存在は、ほんのひとにぎりってやつさ。
それと、意外に思えるかもしれないが、1兵士としてはなかなか筋が良かった。
貴族もそうだが、軍人もなんだかんだ言って体格に恵まれた奴が選ばれる場所だからな、あの方はやっぱり軍人としても恵まれた体格ってわけじゃない。
それが、こう、なんというか、こっちがどういう動きをするかの読みがうまいんだ。
俺も何度か訓練の時にひっくり返されたよ。
動きを読んでいるからか、こっちの力を利用するのが上手くてなあ。
同僚が、ヒョイっと投げ飛ばされて不思議そうに首をひねってたよ。
まあ、意外さが先に立つからそうなんだが、抜群に優れてたとかそういうわけじゃない。
でもまあ、1兵士としての能力なんて貴族様には必要ないよな?
そんな感じで、なんか色々と残念な印象があるんだよ。
それで、幼年学校を卒業されたあとは、ほとんど領地にいて、色々試しながら飛び回ってた感じだなあ。
特に贅沢をするでもなく、人の話を聞くのが好きで……ああ、人が争うのを見るのが嫌な方なんだろうな。
フォローに回ったり、仲裁に入ったり……平民相手になあ、貴族のやることじゃないよ、ほんと。
相変わらず、自分でお茶を入れたり……もしかすると、無意識なのかもな。
自分で入れたお茶を飲んで『ほう、このお茶はうまいな。誰がいれたんだ?』なんて真顔で聞いたそうだよ。
みんなが耐え切れずに笑ったらしいが、あの方はきょとんとしてたそうだ。
口調や仕草は、完全にお貴族様だからな。
たぶん、俺だってその場にいたら笑う。
まあ、俺は私設軍の人間で領地経営についてはよくわからんし、知り合いの役人は時々もどかしいような思いも抱いたようだが……領地のみんなの生活が上向き始めたのはわかった。
だったら、それで十分だろ。
みんなは喜んだし、あの方に感謝したさ。
そして、あの方を育てた、リッテンハイム侯爵にも感謝した。
だからまあ……しょうがねーだろ。
というか、アンタ……指揮官が真っ先に突っ込んで、壁になって死んでどうすんだよ。
ここで逃げたら、俺たち、アンタを見捨てて逃げたってことになるじゃねえか。
領地のみんなに、顔向けできねえっての……。
こんな時に限って決断早かったなあ、アンタ。
本気で間一髪ってところだった……そのぐらい、本気で守りたかった相手なんだな。
しょうがねえなあ……。
指揮官の命令はなくとも、指揮官の想いは、引き継がなきゃなあ。
おい、リッテンハイム侯爵様に、さっさと退避しろって通信投げろ。
いまさら無礼もへったくれもねえよ。
そして、全艦にも通信投げろ。
指揮官に続け、ってな。
おい、お前、何笑ってやがる?
え、俺も笑ってるか?
……しょうがねえだろ。
おまけ5:リッテンハイム侯爵の事情。
名門貴族の後継者とはいえ、皇帝の娘婿の立場はつらいよ、とオットーの奴と愚痴を語り合えたのは昔のこと。
そもそも、今の皇帝陛下が即位するにあたっての騒動が全ての始まりだ。
先帝オトフリート5世の長男と3男、リヒャルト皇太子と争ったクレメンツ大公。
それを支持した貴族たち。
これが両者共倒れとなって、支持した貴族達も軒並み粛清されたというのだから、新しく皇帝の座についた陛下を支持する基盤なんて欠片もなかった。
それで、後継者の争いに関して中立を保っていた門閥貴族のブラウンシュバイク家と、我がリッテンハイム家が選ばれた。
陛下の娘2人を、それぞれ降嫁させたわけだ。
もちろん、当時は10歳に届かぬ年齢だったから、相手は両家の次期後継者であったオットーと、ワシだ。
オットーのやつはともかく、ワシには既に婚約者がいたのだが……断れるはずもない。
まあ、そんな立場にないことは、父はもちろんだが、自分でもわかっていたしな。
確かに、両家の権勢が増したのは言うまでもないが……放蕩息子として有名だった陛下が、本気で何もなさらなかったからなあ。
口にはできぬが、皇太子であるルードヴィヒ様……ワシの年下だが義理の兄になる……が、早く即位して欲しいものだ。
お身体があまり強くないのが気がかりだが、今の陛下よりマシな皇帝になるだろう。
そして、いざ適齢期となって、ワシはクリスティーネを迎え入れた。
いや、うん。
まあ、ワシも人のことは言えん。
部下に当り散らすことはある。
でもなあ、きっついなあ……何がとは言わんが。
結婚してしばらく経ち、オットーのやつと会った。
あの、お互いの、何とも言えぬ苦笑で、瞬時に分かりあえたわ。
友よ、おまえもか、と。
それからまたしばらく経ち、オットーの奴に娘が生まれた。
今の陛下が、皇后をはじめ何人もの女性を妊娠させたが、まともに生まれてくることがほとんどなかったから、もしかしてということも考えていた。
だから、素直にそれを喜べた。
ああ、だからこそだ。
陛下は、皇帝に即位する前に皇后様との間に何人ものお子を誕生させている。
成人したのは今のところ、皇太子と、オットーのところのアマーリエ様、そしてワシが迎えたクリスティーネの3人。
陛下の寵姫、ベーネミュンデ侯爵夫人のお子がまた流れた。
これを、オットーやワシの仕業と噂する馬鹿がいる。
恐れ多くも、尊位を目指して……とな。
馬鹿馬鹿しい、後継者たる皇太子がいるのに、そんなことをして何の意味がある。
ワシは憤り……そして、背中に冷たいものを感じたわ。
そんな噂を流す存在に、心当たりがあったからな。
そして、それが正しいとすると……ベーネミュンデ侯爵夫人の流産は……偶然ではないかもしれぬ、とな。
秘密裏にオットーに会って意見を交わした。
お互いの意見は一致した。
陛下を支えることに異存はないが、皇太子は支えるに足る存在ならずと。
自らを支えるはずの義弟達を陥れて、何になるというのだ。
おそらくは自己保身のためだろうが……浅はかにも程がある。
2人してため息をつき、取るに足らぬ話をした。
オットーの姉……フレーゲル男爵が夫婦共々亡くなり、その子を引き取ったらしい。
嬉しそうにオットーがその子の事を話すんだが、甘やかしすぎというか、良くない成長をしそうだったから注意したのだが……『いや、わかっているのだが……手がかかる子ほど可愛いというのは本当だな』などと、苦笑しながら話す。
呆れたよ。
まあ、そのことが頭にあったせいだな、あやつの後見人になったのは。
3つや4つで家族を失ったことに憐れみを感じはしたが、最初は後見人の立場を利用して領地財産を奪ってしまおうと思っていた。
位置的にちょうど良かったというか、そこを我が家で押さえると領地発展に都合が良かった。
今後の事を考えると、リッテンハイム家をさらに富ませる必要があったからな。
それがなあ。
うむ、ワシもオットーの奴を笑えんかもしれん。
あやつ、最初にクリスティーネの顔をポーっと見つめて、『すごく綺麗だから見とれてました、ごめんなさい』などとやらかしよった。
それで、クリスティーネのお気に入りよ。
やや冷えかけていたワシとの仲も良くなった。
そうしたら、娘のサビーネが生まれた。
何もかもがうまくいき始める……そんな感じだったな。
オットーの様に甘やかしてはいかんと、厳しくしつけるように命じた。
それを、クリスティーネが怒る……が、またあやつが『貴族ですから……でも心配してくれてありがとうございます』などと健気なことを言う。
こやつは、天性の人たらしかもしれんと思ったな。
教えてみると、覚えがいい。
しかし、あるところで伸びが止まる。
何が得意なんだろうと、色々やらせてみたら、大抵がそこそこのレベルまで上達する。
が、今ひとつ、これ、と言ったものがない。
しかし、手を抜かない。
言われたことをコツコツと頑張る。
それを見ると、結果が残せなければ意味がない、などという言葉が出てこなくなる。
あやつがいると、家の雰囲気が良くなる。
機嫌が悪いクリスティーネのために、ぎこちない手つきで紅茶を入れたりする姿がまた……かわいい。
気が付けば、横領などという気がなくなっていた。
しかし、締めるべきところは締める必要がある。
領地の不正を暴き、その処刑を命じさせた。
最後まで、全部見させた……ワシも通った道、貴族として必要なことだ。
幼年学校に通わせると、どこか雰囲気が違ってきた。
どこか大人びたというか、学校で少し揉め事があったらしいが、如才なく対応している。
領地経営にも関わらせたのだが、頑張っているというか、頑張りすぎている気がした。
クリスティーネだけでなく、サビーネまでもが『にーさまは?』などと、あやつを家へ呼び戻せとうるさくなる。
ええい、甘やかしすぎてはイカンのだ。
もう、そんな優しい時間は終わりを告げるのだから。
皇太子が健康を損ねている。
いつ死んでもおかしくないという情報が入っている。
これから帝国は激動の時代を迎えるだろう。
まだ若いあやつが、この時代を生き抜くためには、少しでも早く大人にならねばならぬ。
あやつが幼年学校を卒業した頃、皇太子……義兄が、死んだ。
見捨てたつもりだったが、哀れみを感じる程度には気をかけていたらしい。
後に残されたのは、生まれたばかりの皇太孫のエルウィン・ヨーゼフ様。
まあ、成人するまで生きていられるか保証のない血族だ。
水面下では、激しい争い……その前哨戦が始まっていた。
あやつは、領地にひきこもって、色々とやっている。
それもよかろう。
擦り寄ってくる貴族連中なんかよりも、最後に頼りになるのは領地の人間だ。
「敗けますよ」
ポツリとつぶやかれたあやつの言葉に、心が冷えた。
貴族連中の景気のいいどんな言葉よりも、ストンと胸に落ちてきた。
そういえば、幼年学校ではあの金髪の
何か、感じるところがあったのかもしれんな。
逃げてもいいのだぞ?
「無理です」
ああ、そうか、無理か……そうか、『無理』か。
すまぬ、と言いかけて慌てて口をつぐんだ。
こやつの覚悟に対して、あまりにも失礼だからな。
しかし、妻と娘は……どうにもならぬか。
あの金髪の孺子の目的は、簒奪だろう。
ゴールデンバウム王朝の血筋など、生かしてはおけぬだろうからな。
いかぬ。
涙で前が見えぬわ。
しかし、指示は出さねばな。
貴族連合などと、本当に名ばかりの集団よ。
もう、命令系統も何もないわ。
かまわぬ、撃て。
もう、ワシには……本当に味方と呼べる者はおらぬのだから。
優しいお話を書いて、心のバランスを取りたかったのだ……。
あの復讐のお話書いてると、耳元で『人間性を捧げよ』と囁かれてる気分になるの。
それはそれとして、リッテンハイム侯爵、最後錯乱しすぎかも。
撃たれた方は『いや、その理屈はおかしい』とツッコミどころ満載なのはお約束ということで。