第3新東京市の一角から、空挺降下戦装備を身に付けた弐号機と零号機が巨大な翼に抱かれて飛び立つ。
箱根山中腹から伸びたカタパルトに乗り、夕焼けの第三新東京市の空へ向けて射出された巨体は、第3新東京市の上空を一回りしてから旧東京へ進路を向けた。
『作戦を確認します。現在、使徒迎撃試作機ジェットアローンがコントロール不能となり北上中。このままでは、旧東京北部の市街地を直撃します。なので、エヴァ零号機、弐号機により進路を強制的に変更。進路を東へと転進させ、旧品川を超えて東京湾に沈めます』
キャリアー内部からの通信電波にミサトの声が乗った。
画像付きで送られてきたデータを読み込みつつ、弐号機の中で弐号機の反応を確認したアスカは、ヘッドセットのスイッチをオンにして反応を返す。
「弐号機了解。ジェットアローンの予想進路からすると、オオモリ辺りで行けそうだけど、シナガワまでは様子見すればいいの?」
『弐号機の加速力なら接敵はできるけど、それじゃ踏ん張りが足りない可能性があるの。カタログデータでは、ジェットアローンのパワーはエヴァを超えたものよ。大森だとエヴァで押す距離が長くなりすぎます。零号機と協力して、少しでも短い距離で海に沈めた方がベターね』
「トキタさんは凄いものを作ったのね。エヴァが手こずるパワーの兵器を、なんで民間企業の人が作れるのよ」
『そこはリツコも手放しで褒めていたわ。バックに何がいたとしても、あれを建造した彼らは間違いなく天才だって』
その声を聞いて、アスカは一つの納得を得た。
(天才たちが作り上げた、鋼の巨大ロボットね。なんか親近感あると思ったら、人類の夢を形にした天才ってところが似てるのか)
ドイツ支部然り、ネルフ本部然り、情熱を持った科学者、それも人型ロボットに夢を見た元少年達は似たもの同士なのだろうとアスカは思う。
立場が違うために競争し、お互いにライバル心を剥き出しにしている大人達。
そして彼らに生み出されたエヴァとジェットアローンは今は対立して、さらに言えば、メルトダウンの危険性がある為に、ジェットアローンはエヴァの手で海に沈めることになる。
今の人間の情勢を反映したような悲しい現実を目の当たりにしたアスカは、しかし希望を持ってコクピットに座っていた。
「で、沈めたジェットアローンのコントロールを取り戻して、大人しくするんだっけ」
『ええ。陸専用に製造されたジェットアローンは、海中の動作はできないようになっているわ。そこで大人しくなれば良し。
大人しくならなくても、無理な稼働を続ければ関節部から自壊して結局は動作を止めるとのことよ。
そうなったらシンジくんと初号機に出てもらって、海から引っ張りあげれば一件落着ね』
今回の作戦には、オブザーバーとして時田が参加している。
披露宴での鞘当てを演じた2人は、しかし組織の中での役割を認識していた為にそれを引きずることも無く。
周りからすれば意外なことに仲良く科学者からの意見を交わしていた。
その、いっそ和やかとすら言える理性的な会話に勤しんでいた時田からアスカへと通信が入った。
『パイロット、聞こえますか。こちら化学共同体の時田です。
現在ジェットアローンは想定の1.3倍速にて移動しています。これは戦闘時の数値に近く、この速度での長時間行動は未だテストでも行われておりません。
つまり、今のジェットアローンは何もしなくても勝手に疲労している状態です。被害を減らそうと努力してもらえる事は我々としても大変ありがたいと思いますが』
そこで時田は一度言葉を区切り、一挙動入れた。
カメラがない為にアスカが見ることはなかったが、時田はマイクの前で大きく頭を下げた。
『それ以上に、可能な限り安全な作戦をお願いいたします。我々は、ジェットアローンが子供に手を上げる事が、あなた方が危険に晒されることが、何よりも恐ろしい』
そう、時田は声を震わせる事なく言い切った。時田はこれから危険に身を投じる子供達に、無用な心労をかけまいと意地を張る。
だが、人類を背負うことを運命づけられた少女達は、そんな彼だからこそ思いやることを選んだ。
「わかったわ。疲れてへばったところを後ろから押して、休ませてあげればいいのね。なんだ、簡単じゃない」
『零号機了解。ジェットアローンの推定トルクから、弐号機と同時に当たれば危険は少ないと考えます。大人しくさせますから、見ていてください』
アスカの軽口にレイも続いた。それは軽口と言うには事務的ではあるが、彼女のキャラを考えれば相当勇気を出して言ったのだろう。
『みんな良い感じにリラックスできてるじゃない。じゃあ、お寝ぼけさんをもう一回寝かし付けにいきましょう。レイ、アスカ、準備はいい?』
話しているうちに、弐号機と零号機は品川上空まで到着していた。
エントリープラグ内に映された品川近隣は、半分以上が水没していたが、廃墟となった大小様々なビルが水面から生え出すようにその姿を晒している。
赤い夕陽に照らされ、美しく輝く水面が2人の疾走するコースとなる。
『零号機準備完了』
「弐号機準備完了!いつでもいけるわ!」
レイとアスカは、ほぼ同時に声を上げる。その声に満足したミサトは、大きく息を吸い込んだ。
『エヴァンゲリオン、ミッションスタート!零号機、弐号機、投下!』
浮遊感と共に、弐号機のカメラが急速に迫りくる街並みを捉える。
戦闘用に改造された高精度カメラが動き、品川全域を一度写した後、その視点が一点を拡大した。
ジェットアローンが、品川の街を走る。道路を踏み砕き、途中にある廃墟と化したビルを体当たりで砕きながら、鋼の巨体が夕焼けの街を進んでいく。
「さあ、良い子で待ってなさい!アンタはおうちに帰んのよ!」
その姿を追い、2機のエヴァが疾走を開始した。
◆◆◆
作戦が始まった時点でやることが無くなる。そんな使徒戦に於いてはまずありえない状況でヒマになったミサトは、今度は半眼になってリツコを見やった。
「で、これはどこまでシナリオなのかしらね」
「あら、なんの話かしら」
「ええ。とんと思いつきませんな」
素知らぬ顔でとぼける人物が2人いる。
その事実に脳が追い付いた瞬間、ミサトは目を見開いた。
「最初からグルだったの⁉︎」
「グルとは人聞きの悪い。ただ、私が赤木博士にお願いした次第ですよ」
暴走するジェットアローンをモニターで見つめる時田は、自嘲気味に言葉を紡いだ。
「我々は科学者です。人類の発展のために知識を広げ、誰かの為になると信じて新しいものを作る。そして、その運用はえてして我々の希望を裏切るものです」
「人類が今まで作ってきた爆弾なんて、大体そう言うものよね」
ミサトの入れた相槌に、大きく頷いた時田。
「ジェットアローンの武装がないと披露宴では言いましたが、実は武装化自体は可能なのです。戦自の要請によって、既にジェットアローンには戦自と規格を共通した各種ハードポイント(武装コネクター)が用意されています。そして、戦自の装備といえばその本領は使徒迎撃ではなく」
そこで一息の溜めを入れ、時田は懺悔するようにその答えを呟いた。
「対人戦闘。今のジェットアローンは、どんな国の軍隊でも止められない虐殺兵器にしかなれないのですよ」
「だから時田さんは我々ネルフを頼った。ジェットアローンと同格のサイズを誇り、実戦経験まであるエヴァならばジェットアローンを止めることができるから」
一息を入れて説明を追加するリツコへ、そう言うわけですと時田は答える。
「まぁこれで私も進退窮まったわけですが、まぁ仕方ありませんな」
やれやれ、と軽く肩をすくめる時田は、しかし後悔は見られなかった。
この切迫した世界情勢の中で国家を裏切った人間が、どんな人生を送るのかを想像できないわけではない。
しかし、自分の人生と仲間たちとの夢、二つを天秤にかけ、夢を守ることを選んだ科学者は全てを諦めたように呟く。
「あとは頼みましたよ、ネルフの皆さん」
万感の思いを込めた言葉が指揮所に響く。しかし、残念ながらその願いの受け取り手はそこにおらず、頼まれた側のネルフは笑みを浮かべてキッパリと断った。
チラリとリツコに視線を送り、彼女がしっかりと頷いたところを確認してミサトは答える。
「清々しく言ってる所悪いけどね、ウチの偉い人のことだからなんか悪巧みをしてると思うわよ。ネルフに関わったら、そう簡単に足抜けできないと覚悟しなさい」
だから、とミサトはモニターを見据えて言う。
「まずは見ておくといいわ。これから、長い付き合いになるんだから」
◆◆◆
廃墟となった夕焼けの街を、三体の巨人が疾走する。
ユニークな走法で先行する首無しの巨人と、陸上選手もかくやという美しい姿勢で追走する赤と青の巨人。
巨人にとって浅瀬となっている旧東京の湾岸部。かつては人が居住区としていたことを示す崩壊したビル群は、しかし疾走に伴って巻き起越したソニックブームにて2度目の滅びを迎えることとなる。
そのソニックブームの先端を駆けるアスカは大きく腕を振り、
「くらえぇ───‼︎」
大振りの張り手をもってジェットアローンの肩を叩いた。
それは下からの掬い上げのアッパー気味の角度となり、元々重心が高い所にあるジェットアローンの姿勢を大きく崩すことに成功する。
「レイ!」
『今……ッ!』
浮き足だつジェットアローンに間髪入れず突撃する零号機。
レイは、細かい動作に未だ慣れない不利を力任せの体当たりでまかなった。
ジェットアローンが揺らぐ。
『お願い、曲がって!』
レイの祈りに似た叫び。その言葉と共に零号機が動く。
ジェットアローン側に寄せていた重心を戻し、深く沈める。
大地を踏みしめるように体勢を変えた零号機は、そのままジェットアローンの細い腰を担ぎ上げるようにして投げ飛ばした。
エヴァの体格からすれば約二歩分でしかない投げ。パワーに劣る零号機からすれば精いっぱいのその投げは、しかし自動制御のジェットアローンでは対応できない時間を作り出した。
「とどめぇ!」
その一瞬の間に、アスカと弐号機が更に攻撃を差し込んだ。
「アンタは、あっちで寝てなさい!」
裂帛の気勢と共に、上段の回し蹴りを弐号機が放つ。
徹底的にジェットアローンの体勢を崩すことを目的とした連撃。
その締めとして放たれた弐号機のカカトが美しい弧を描き、ジェットアローンの顔面を粉砕した。
『やった!ジェットアローンのAIは強力な攻撃を受けることで退避モードに移行するわ!』
無線にリツコの歓喜が乗る。その言葉が持つ意味を、アスカの脳が高速で言語化する。
(モード変更に伴って、機体情報の再収集と処理に数秒間はかかる!ジェットアローンが近距離戦闘に対応できないこの弱点をつけば)
「レイ!引っ張るわよ!」
『了解!』
人類最高の出力を誇るエヴァンゲリオンが、最高速度に至るのには十分な加速を得ることができる。
「だりゃあ────‼‼」
ジェットアローンの特徴でもある長く伸びた二本の腕。その片方ずつを抱え込んだ二機のエヴァンゲリオンが、品川の街を吹き飛ばしながら進んでいく。
◆◆◆
事態を把握するために品川近辺の映像と模式図が広がる指揮所。
温度が上がった指揮所を見渡しながら、ミサトは満足を得る。
今回の作戦のために急遽仮設された指揮所に十分な面積はなく、派遣作戦室のメンバーが肩を寄せ合うようにして自身が管理するモニターとデバイスを操作していた。
そこには日向や青葉といった作戦部、情報部の中核の顔がなく、少しばかり違和感を覚えるものであったが
(私とリツコという指揮がいないネルフ本部の守りを任せられる人って、なかなかいないのよねぇ)
ミサトの言葉の通り、それは仕方のないことだ。現在の作戦は使徒との戦いではなく、本部が使徒の奇襲を受ける可能性がゼロではないことを意味する。
万が一の備えとしてシンジ及び初号機の待機は必要であり、同じくそのサポート要員として要塞都市を運用するオペレーターを欠く訳にはいかなかった。
ミサトが安心して後を任せられる人材というと、やはり彼らしかいない。
(みんな、いい具合に慣れてきたわね)
作戦の情報を呼びかけでもって共有し、小気味良く動くオペレーターの双腕が戦場を演出する。幾度の実戦を越えた彼らは、全体の空気を共有する術を手に入れていた。
その彼らだが、シンジが来る前は冷静で、冷たい雰囲気を纏ったエリート達だった。
若くして国連の秘密組織に入るほどの俊英たち。彼らには彼らの苦難と努力があり、それは彼らが自分を守るための壁となる。
人に頼らなければならない人材はネルフにはおらず、必要な仕事は適切に配分される組織。
組織としては理想的な環境にあったネルフは、それゆえに職員同士の関わり合いの少ない組織でもあった。
(あの時は、なんか無味乾燥としてたわねぇ)
組織が正常に回っていたのは、ひとえに彼らの能力の高さ故であり、そして問題にならないが故にさらに上を目指すための熱は生まれない。
そんな人間関係の希薄なネルフの中でも、作戦室は特に奇異に見える部署だったとミサトは過去を振り返る。
使徒の襲来は確実と予想される為に必要性は認められつつも、肝心の使徒がどのようなものなのか予想がつかないために具体的な結果を出すことのできない部署。
優秀な人材をあっちこっちから引っこ抜いた今の作戦室のメンバーでなければ、とっくの昔に腐るような所だった。
腐ることだけはなかったが、ゆっくりと士気を下げてゆく作戦室。その彼らが身を寄せ合って、ただ必死になって声を上げるのはいつになってからか。
シンジが来て、年端もいかない子供が困難に体当たりでぶつかってゆく姿を見た時か。
そんな子供が、使徒の攻撃の前に倒れた姿を見た時か。
いずれにしろ、彼らに火が点いたのは使徒が来たときではなく、シンジが来た時だったのだけは確かだ。
その波紋はいつしか当たり前のものとしてネルフ全体の熱となり、その熱が隣にいる枯れた研究者にも届くことをミサトは願う。
(大人が諦めるなんてね、子供がいるところでだけはしちゃなんないのよ)
結局、ミサトが時田の話を一蹴した理由はそこだ。これから人類の未来を楽しむはずの少年少女が、大人の代わりに人類を背負ってしまっている。
その上で自分勝手に自身の人生を決める自由など、もはやネルフや、それに関わった大人たちに残されているはずはない。
だからミサトは、この男に人の熱というものを見せてやりたかった。
熱をもって人類の為に戦えるその心意気こそが今の作戦部。そしてその意地は、この男に再び熱をともす事ができると信じてミサトは思考を回す。
「エヴァンゲリオン、亜音速に到達しました!」
指揮所の中に、作戦部の声が響く。
そのオペレーターにウィンクを送ったミサトは、指揮所全体に指示を放った。
「キャリアー再突入!アンカーボルト射出タイミングは作戦部各員に任せます。ジェットアローンに直撃させようとしなくていいわ。あの子たちがキャッチさえできれば無理にでも結ぶんだから、大体のところで撃っちゃいなさい!」
「「了解!」」
「東京湾まで残り1000mです!エヴァ各機、活動限界まで50秒!」
日向の報告に続き、青葉の報告が入る。ここが勝負だと確信を得たミサトは、追加で皆を煽った。
「聞いたわね皆!人類の夢の踏ん張りどころよ!」
「「おぉ!」」
ミサトの煽りに作戦室がノッた。男女の区別なく揃ったその声が、指揮所の内部に反響する。
「20秒後にアンカーを届けるわ!二人とも、頼んだわよ!」
ミサトの視線の先、三体の巨人がスッ転んだ。
◆◆◆
プラグ内の映像が乱れる。いや、実際には乱れたように映った。
エヴァに搭載されたカメラは、一瞬にして転倒するエヴァの視覚を正確にモニターに映していた。
ただそれを、人間は認識することができない。
だが、チルドレン達だけは別だった。エヴァに神経接続されたアスカとレイはエヴァの認識能力を一時的に手に入れ、その情報を人間サイズにダウンサイズした上で集中処理させることができる。
だから、誰もが転倒したと思った中で、2人だけは引っ張っていたジェットアローンの腕を前に放り出し。
「アンカー寄越して!早く!」
倒壊した家屋をすり潰すように足裏にあて、転倒の動きを無理矢理に制御する。2機のエヴァは体を大きく丸めて蹲り。
『アンカー発射!』
踏ん張った。
ミサトの指示と共にキャリアーからワイヤー付きのアンカーが発射され、エヴァ2機の予想進路上に到達する。
アスカとレイは一瞬の停滞の後でアンカーを手にし、お互いへとパスした。
アンカーは先の転倒によって腕を前に出したジェットアローンの脇近くを通り、ワイヤーを胴体部分に巻き付ける。
そのままアンカーをキャッチしたアスカは、躊躇なくその先端をジェットアローンの背中に突き刺す。
「どおりゃぁあ───‼」
アスカが吼えた。
アスカ自身への気付けとして発せられたその声は、通信に乗って全ての仲間への鼓舞となる。
『零号機!がんばって!』
『キャリアーフルスロットルにて点火!最後には落ちてもいいから全部使っちゃいなさい!』
突き刺した勢いのまま弐号機がジェットアローンの背中を押し、腰を落とした零号機が最後の体当たりを仕掛ける。
体勢を崩したジェットアローンはもはや成すすべもなく二機のヱヴァとキャリアーに押し出され、
『「行けぇ───‼」』
白い巨体がゆっくりと傾き、戻ろうと身をよじりながら東京湾に沈んだ。
その姿を確認した少女が、そして司令官として戦場をコントロールした女が叫ぶ。
『よっしゃあ!』
仮設司令部に歓声が舞い上がった。