君がため惜しからざりし命さへ【完結】   作:トマトルテ
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そろそろ桜の咲く季節になったので投稿しました。


八話:馴れ初め

 

幽々子(ゆゆこ)様、不人(ふひと)様、お食事の準備ができましたよー」

 

 白玉楼の幽々子と不人の部屋の前で、妖夢(ようむ)が2人の名前を呼ぶ。

 

「……幽々子様ー? 不人様ー?」

 

 しかし、2人が出てくることはなく、また返事もない。

 もしやここには居ないのかと思うが、人の気配自体はする。

 だとすると、何か問題があって2人は出て来られないのやもしれない。

 

「ご無礼お許しください!」

 

 そう考えた妖夢は主を救わねば思い、勢いよく障子を開く。

 そして、部屋の中を一目見た瞬間にパッと顔を赤らめる。

 

「も、申し訳ございませんでした……」

 

 頬を朱に染めたままモゴモゴと謝罪の言葉を口にする妖夢。

 ここまでであれば、2人の情事でも盗み見てしまったのかと思うがそれは違う。

 確かに2人は寝てはいるが、いやらしい意味ではない。

 純粋に幽々子と不人は寝ているのだ。ただし、不人が幽々子を膝枕した状態で。

 

「……ん? これは妖夢殿、どうかされましたか?」

「す、すみません、不人様! お2人を御呼びしても返事が無いもので何かあったのかと」

「ああ、そういうことですか。いや、申し訳ない。2人して寝込んでいたようです」

 

 妖夢の声が引き金となったのか、先に不人が目を覚まし妖夢に頭を下げる。

 それに対して妖夢は大慌てでブンブンと首を振る。ついでに、隣の半霊も左右に揺れている。

 そんな微笑ましい姿に不人は軽く笑いながら、膝元の幽々子の顔を覗き込む。

 

「……どうやら幽々子殿はまだ起きられないようですね」

「はい…そうですね」

 

 不人の言葉につられて、妖夢も幽々子の寝顔を見つめる。

 いつもは、何者にも囚われぬようなカリスマに満ちた顔も、今は子どものように柔らかい。

 心の底から安心して相手にその身を委ねている証拠だ。

 

「申し訳ありませんが、幽々子殿が起きられるまで待って頂けませんか?」

「はい。それは構いませんが……」

 

 内心で食事を後で温め直さないとなぁと思いながらも、妖夢は頷く。

 そんな微妙な内心に気づいたのか、不人が苦笑しながら話しかける。

 

「お詫びと言っては何ですが、幽々子殿が起きるまでに何か話をしましょうか」

「話ですか?」

「はい。何か聞きたいことがあればそれを、妖夢殿が日頃の愚痴を言いたいのならそれを」

「ぐ、愚痴なんてとんでもないです!」

「フ、では何か聞きたいことはありますかな? 今ならそれがしの秘密もばらすやもしれません」

 

 カラカラと楽しそうに笑う不人に、この人にばらして困る秘密などあるのだろうかと思う妖夢。しかし、何も聞きたいことがないと言ってしまうと、それはそれで手持ち無沙汰となってしまう。何より、黙っているよりも話していた方が幽々子も起きやすいだろう。そう、考えた妖夢は乙女らしく一度聞いてみたかったことを尋ねてみる。

 

「では、お2人の馴れ初めを教えて頂けませんか?」

「それがしと幽々子殿の? さほど面白い話でもありませんよ」

「いえ、是非ともお聞きしたいです」

「そうですか……いいでしょう。でしたら、あの日の話でもしましょうか」

 

 そう言って、不人は幽々子の髪を優しく撫でながら語りだしていくのだった。

 

 

 

 

 

「何とか西行妖の封印は出来たわね……」

 

 友人が自害した日の朝。

 八雲(やくも)(ゆかり)は永久に咲くことを忘れた桜の下に居た。

 足下に埋まるのは友人とその夫の亡骸。

 

「これが最初で最後の墓参りになりそうね」

 

 しかし、彼女にその者達の思い出に浸ることは許されない。

 何故なら。

 

「あら、あなたは誰?」

「……()()()()()、私は八雲紫。あなたの友達()()よ、西行寺幽々子さん」

「幽々子……それが私の名前? ごめんなさいね。どうしてか、自分のことが思い出せないの」

 

 紫の友人である幽々子は、亡霊となって生前のこと全てを忘れたのだから。

 もしも、幽々子が生前のことを思い出すというのならば、それは彼女の消滅を意味する。

 そうすれば、西行妖の封印も解けてしまう。

 

 それだけはあってはならない。でなければ、生前の彼女が自害してまで人が死に誘われるのを食い止めようとした決意が無駄になる。故に、紫はかつての友人に『初めまして』と心を押し殺して告げるのだった。

 

「まあ、思い出せなくても問題ないわよね。新しく知っていけば良いんだから」

「そうね……新しく知れば良いのよね」

 

 幽々子は何も思い出せないというのに、飄々とした様子で話す。

 紫はその姿に、何者にも囚われずに優雅に空を舞う蝶を思い浮かべる。

 それは生前の幽々子がなりたかったものだ。だが、紫は素直に喜ぶことが出来なかった。

 

 記憶を失った人間は、果たして記憶を失う前の人物と同一の存在なのだろうか。

 そんな哲学的な問いが紫の頭の中部に浮かぶ。

 しかし、如何に優秀な彼女と言えど、その問いに答えを出すことは出来なかった。

 

 否、出す気にもなれなかった。

 大切なことは2人の思い出は、永遠に思い出されることがないという事実だけなのだから。

 

「というわけで、あなたの名前も教えてくれる?」

「…? あら…あなたも……」

 

 そんな陰鬱な気分に浸っていた紫だったが、幽々子の言葉で意識を戻される。

 はて、今この場に自分以外の存在があっただろうかと、疑問に思う紫。

 そして、幽々子の視線の先を見て納得する。

 

「申し訳ございません。それがしにも自分のことがとんと分からぬのです」

「あら、もしかしてあなたも自分のことを覚えてないの?」

「どうやらそのようですな」

 

 視線に居たのは桜の下に埋まるもう1人の人間。

 西行寺幽々子の夫として生き、夫として死んだ者。

 不人。どっちつかずの存在から人間になった男。

 

「ただ……記憶が無くとも1つだけ分かることがあります」

「え…?」

「あら? 興味深いわ、教えてくださる?」

 

 不人も亡霊となり全ての記憶を失ったはずだ。だというのに何が分かるというのだろうか。

 思わず、淡い希望を抱いて幽々子以上に身を乗り出してしまう紫。

 しかし、その期待は予想外の形で裏切られることになる。

 

 

「幽々子殿、あなたに一目惚れしました」

 

 

 思わず、ポカンと口を開けてしまう紫。面白そうに笑う幽々子。

 そして、大真面目な表情で幽々子を見つめる不人。

 

「ふふふ…見た目と違って随分と情熱的なお方ね」

「自分で自分が分かりませぬが、恐らくはそうなのでしょう」

「おかしなことね。自分のことは分からないのに、他人を愛していると言えるなんて」

 

 呆気にとられる紫を放置して話を進めていく幽々子と不人。

 

「でも、困ったわ。突然のことだから気の利いた返歌の1つも思い浮かばないわ」

「問題はありません。それがしも、あなたの美しさは幾千の歌をもってしても、表すことができぬと思っておりますので」

「あら、お上手ね」

「本心からです」

 

 まるで、話す内容が最初から決まっていたかのようにポンポンと続く会話。

 それは、生前の2人を思わせるようで、紫は口をはさむことが出来なかった。

 

「じゃあ、こうしましょうか。ここに1本の木があるわ」

「はい」

 

 生前には散々苦しめられた西行妖を指差して、ただの木扱いをする幽々子。

 不人の方もそれに従ってただ頷くだけ。

 紫は何故だか、そんな2人の態度に納得できない何かを感じてしまうのだった。

 

「これを御柱に見立てましょう」

「なるほど……」

 

 そんな紫を放置して話を進めていく2人。不人は、まるで言葉を交わさなくともすべて分かり合えるとでも言うかのような、簡単な会話だけで自分が為すべきことを理解する。

 

「では、それがしは左回りに」

「もちろん、私は右回りに」

 

 西行妖の正面に並んで立ったと思いきや、今度はお互いに背を向け合い木の周りを回る2人。

 その時点で、紫は2人がなんの真似をしているのかを理解し、呆れたように苦笑する。

 なるほど、生まれ変わってもなお添い遂げ続けると誓い合うだけはある。

 

「ああ、なんと美しい女性(ひと)だ」

「ふふ、あなたも素敵な男性(ひと)よ」

 

 (御柱)の周りを回って男女が顔を合わせる。

 これは国造りの神であるイザナギとイザナミが行った婚礼の儀式。

 2人は何の気まぐれか、この儀式を選んだ。

 

 本来ならば死によって引き裂かれる運命を辿るはずの2柱の神。

 その運命を否定するかのように、不人と幽々子は生を終えた先で愛を誓い合う。

 生者と死者は決して交わらぬ。されど、同じ死者ならば分かたれることはない。

 

「幽々子殿、それがしの嫁になってはくださらぬか?」

「出会ってすぐになんてせっかちな人ね。でも、どうしてかしら。悪い気分はしないわ」

「それでは…!」

「ふふふ、出会ってすぐに始まる愛というのも素敵かもしれないわね?」

 

 ふわりと(はな)が舞うような笑みを見せて幽々子ははにかむ。

 不人はその笑みに魅せられたように、顔を惚けさせる。

 そして、幽々子は告げるのだった。記憶を失いながらも、あの日の言葉をなぞるように。

 

「私のお婿さんになってくださる?」

「喜んで」

 

 どちらが先に結婚を申し込んだのか忘れる程に、不人は深く頭を下げる。

 そうして交わされる婚礼の儀式。

 死が2人を分かつまで、否、死を越えてなお愛を誓い合う2人。

 その光景の美しさに紫は無意識のうちに眩しそうに目を細めるのだった。

 

「……あら? そう言えば大切なことを忘れてたわ」

「どうかされましたか、幽々子殿」

 

 ふと、思い出したように声を上げる幽々子の姿に、不人と紫も首を傾げる。

 はて、一体何を忘れていたというのだろうか。

 

 

「―――あなたの名前を教えてくださる?」

 

 

 幽々子の言葉に不人はそう言えばという顔をし、紫はいつもの胡散臭さが完全に消えた呆れ果てた表情を見せる。それも当然だろう。だって、一体誰が思うだろうか。名前すら知らない人間と、平然と結婚しても良いと言う人間が居るなどと。

 

「しかし、先程も言ったようにそれがしは自分の名が分かりませぬ」

「そうだったわね。じゃあ、紫は知ってる?」

「八雲殿、知っているのならば教えてはくださらぬか?」

 

 特に悪びれた様子もなく、尋ねてくる2つの視線に思わず紫は溜息を吐く。

 もう何というか、色々と予想外のことが起き過ぎて疲れる。

 

「呆れた。名前も知らないのに結婚してもいいなんて言ったの?」

「そう言われると、何も言い返せないわね。でも、前言撤回をする気はないわよ」

「別に反対だなんて一言も言ってないわ。まったく……末永くお幸せにするといいわ」

「ふふふ、ありがとう。それで私の旦那様の名前は?」

 

 ほんの少し厭味ったらしい口調になるが幽々子はどこ吹く風だ。

 生前の方が色々と可愛げがあったような気がすると紫は、内心で1人愚痴りながら告げる。

 これから長い長い付き合いになるであろう亡霊の名を。

 

「あなたの旦那様の名前は不人……いいえ、結婚するから―――西行寺不人ね」

 

 それが幽々子と不人の亡霊夫婦生活の始まりであった。

 

 

 

 

 

「これがそれがしと幽々子殿の馴れ初めです」

「…………」

「妖夢殿?」

 

 不人の話を終え、妖夢の方を見ると何故か彼女は何とも言えぬ表情を浮かべて俯いていた。

 

「どうかされましたかな?」

「いえ…その……やっぱりお2人って凄いなと、再認識していました」

 

 最初は年頃の少女らしく、2人が愛を誓い合う話に顔を赤らめていた妖夢。

 だが、主が名前すら知らない相手と、結婚を了承したという話を聞いた今では白目である。

 

「ええ…と。不人様には失礼ですけど、名前も知らない人と結婚するのはマズいんじゃないですか? お見合いだって名前ぐらいは知れますよ」

「そう言われると、返す言葉がありませんな」

 

 妖夢の指摘に全くその通りだと頭を掻く不人。しかし、その仕草からは形式的な謝罪しか見て取れず、心底反省しているようにはとても見えなかった。そのため、妖夢は日頃の不満も兼ねて幽々子への指摘を行う。

 

「私から見てもお2人はお似合いだと思いますし、幽々子様も幸せそうです。ですが、それとこれとは別です。幽々子様は本気を出せば何だってこなせるのに、こういう大切なことでもいい加減にすませるから、お世話する私は色々と大変なんですよ? 偶には不人様からもちゃんとするように言ってください」

 

 幽々子は物事の本質はあっという間に見抜くというのに、その対処をしたりはしない。

 もちろん、彼女がやらねばならないことには対処するのだが、そうでなければ基本物見遊山だ。

 

 そのため、先に言っておけば避けられた厄介ごとも妖夢には降りかかる。

 というか、わざと妖夢が苦労するものだけ対処していない。

 恐らくはこれも幽々子なりの愛情表現なのだろう。たぶん、きっと。

 

「妖夢殿には申し訳ないですが、それがしが幽々子殿を縛ることはありませんよ」

 

 そんな妖夢の必死の訴えだったが、惚れた弱みを握られている不人には届かない。

 

「何者にも縛られず優雅に宙を舞う蝶を手元に置きたいという気持ちは分かりますが、羽を折り籠の中に閉じ込めては意味がない。蝶は自由に空に羽ばたいてこそ真の美しさを発揮できるのです」

「……つまりどういうことですか?」

「これからも妖夢殿には迷惑をかけるということです。そうでしょう、幽々子殿?」

「え?」

 

 何故そこで幽々子の名前が出るのかと、視線を不人の膝で寝ているはずの幽々子に向ける妖夢。

 そして、ニッコリと寒気のするような笑みを浮かべる幽々子と目が合う。

 あ、私終わった。それが偽りの無い妖夢の気持であった。

 

「ゆ、ゆゆ、幽々子様? い、いつから起きてたんですか?」

「私をいい加減な性格って言った辺りかしら。酷いわぁ、妖夢。私だっていつも一生懸命に頑張ってるのよ」

「そ、そうですよね! 幽々子様はいつだって全力で優しい主様です!」

 

 破滅の未来を回避するべく、全力でおべっかをかく妖夢。

 しかしながら、そんな見え見えの魂胆など通じるはずもない。

 

「そうよね。そんな優しい主様の悪口を言う半人前の従者には罰を与えないと。妖夢、今日から1週間、あなたの好きなおかずを全部私に奉げなさい」

「そ、そんなぁー…」

 

 ガックリと肩を落とす妖夢に、そんな姿を心底面白そうに笑う幽々子。

 こうも分かり易い反応をしてくれるのだから、幽々子もさぞからかいがいがあるのだろう。

 

 そんなことを考えて笑いながら、不人は後で自分のおかずを妖夢にあげようと決めるのだった。

 

 




不人さんの名前の由来は『人不人鬼不鬼』からとったのと、藤原不比等(幽々子が西行法師の娘ならご先祖様になる人)をモチーフにしたものになります。純粋に人ではないという意味もありますけど。

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