月桜陽狐奇譚   作:清流

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今回は賛否両論だと思います。アンチのつもりはありません。むしろ、学園側にネギに負担かけすぎと文句を言いたいところです。まあ、こういう見方もあるのだと思って、お読み下さい。


第九話 歌姫と少年

 千雨が月桜狐で担任である子供先生について愚痴をこぼしてから、早3ヶ月が経とうとしていた。そうして春の到来を告げる桜の花が満開になる頃、件の子供先生は現実からの逃亡中であった。

 

 「なんでこんなことに……」

 

 そんなわけで、子供先生は深い森の中で途方に暮れていた。

 

 「父さんの杖は失くしちゃったし、どうしたら……」

 

 子供先生こと、ネギ・スプリングフィールドは未だ十に満たない少年でありながら優秀な魔法使いである。故に、こんな麻帆良奥地の深き森まで来れたのだが、逆を言えば魔法が使えなければ、来れなかったということでもある。魔法の発動媒体である肝心要の杖を失ってしまった以上、彼は魔法以外の自身のスキルによって現状を打破せねばならないのだが、未だ幼さが残る子供でしかない彼には不可能な話であった。

 

 そも、今まで魔法に頼り切った生活をし、かつ魔法のこと以外については世間知らずであるネギは、一人でこの深い森から脱出する術も、サバイバル技術ももっていないのだから当然だ。まあ、彼の年でそれだけの技術をもっていろというのも無理な話だろうが……。とにかく、今の彼はどうしようもなく無力であった。

 

 「あんないい人を不意討ちしようとしたから、罰が当たったんだ……。あんな卑怯な真似をしたから────僕が情けないから父さんの杖にまで見放されて」

 

 ネギの脳裏を自身の生徒である絡繰茶々丸を襲撃した先日のことがよぎる。正義感が強く善良な少年である彼がそのようなことをしたのには、無論相応の理由があってのことだが、それでもその行いは時が経つにつれて、彼を苛んでいた。

 

 最終的にネギ自身が思い直し、結果的に当の茶々丸は無事であったし、元の発端は彼の使い魔であるアルベール=カモミールがそそのかしたことにあるのだが、それでもその行いを選びなしたのが彼自身であるという事実は消えたりはしない。

 

 「茶々丸さん自身はあんないい人だっていうのに……僕は!」

 

 事前に茶々丸自身の人柄を直接自身の目で確認していながら、それでもネギは彼女を襲撃したのだ。相手が教え子であるという事実を見ないふりをして、相手が真祖の従者であるということのみを重く見て。結局のとこと、ネギは自身の恐怖に負けたのである。

 

 思い返せば返すほどに己が情けなくってくる。それどころか、落下の際に受けた衝撃で体の節々が痛み、精神的にだけでなく、肉体的にもネギを追い詰めていく。まさに泣き面に蜂、未だ幼い彼にとってはきつすぎる状況であった。これで獣の嘶きでも聞こえてきたら、ネギは間違いなくべそをかいていたであろう。

 

 だが、ネギの耳に聞こえてきたのは、獣の嘶きではなく歌声であった。それもとんでもない美声だ。天上の歌声と言っても通用しそうなそれに、彼は誘われるようにふらふらとその方向へと歩いて行く。意識的なものではない。無意識のうちに足が動いていたのだ。

 

 「♪~♪♪♪、♫♫、♬♬♬♬」

 

 そうして、ネギは歌姫に出会った。森の僅かに開けた場所に紅の姫君はいた。動物を観衆として、喪服を思わせる漆黒のドレスを身に纏い祈るように腕を組んで、何かに捧げるように一心に彼女は歌っていた。それは鎮魂の歌であり、哀悼の歌。けして、許されることのない罪を犯した少女が、それを忘れぬために自身に課した日課である。己の為だけに歌っていた少女が、他者を思って歌っているのだ。

 

 もっとも、ネギはそんなことを知る由もない。彼はひたすらに見惚れていた。その幻想的な情景に。あまりの少女の美しさに息を呑み、それまでの苦悩を忘れる程にその天使の歌声に心を奪われていた。

 

 「♪♫♪、♪♪♪♪────」

 

 「……」

 

 気づけば歌声は止まっていた。それでもネギは魅了されたままで、その歌声の余韻に浸っていた。当の歌姫に声をかけられるまで。

 

 「それで貴方はどこの誰なのかしら?」

 

 紅の歌姫こと、エリザはどこか憮然とした表情でネギに尋ねたのだった。

 

 

 

 ────なんとも面倒なことになったわね。どうしたものかしら?

 

 内心でそんなことを思いながら、エリザは不埒な乱入者である目の前の少年をしげしげと見つめる。己の誰何に対し、慌ててなされた自己紹介によれば、少年の名前はネギ・スプリングフィールド。麻帆良学園本校女子中等学校の教師であるという。

 

 (なるほど、この子が千雨の悩みの種の一つか……。マスターによれば厄介事の塊だって話だけど)

 

 「へー、貴方みたいな子供がね~」

 

 千雨から詳細は聞いているし、何よりも己の主が監視対象としている人間である。直接の面識こそはなかったが、十分以上に情報は持っているのだ。が、ここはあえて知らぬふりをして訝しげな態度をとることにする。エリザこと、『バートリ・エルジェーベト』は生前ハンガリー王国の名門貴族に名を連ねる者であったから、それなりに腹芸もわきまえているし、演技するのは得意である。故に、この程度造作も無い。この迂闊に過ぎる少年に余計な情報を与えてやる義理はないからだ。

 

 「子供って、僕はこれでも!」

 

 ムッとなって反論しようとするネギであったが、それこそエリザにとっては滑稽であった。

 

 「子供って言われて怒る辺りが子供なのよ。認めなさいな。貴方がどう思おうと、周りが貴方を子供として扱う以上、貴方は子供なのよ」

 

 エリザは遠慮しない。己の権利と義務を履き違えるほど、悲劇はないと知っているからだ。彼女自身がそうであったが故に……。

 

 「僕は先生で、一人前の魔法使いで!」

 

 それでも黙っていられなかったネギは、あっさりと自身の秘密をばらしてしまう。元々、隠し事が向いている性格ではない上に、精神的に幼いというのはあるだろうが、それにしてもこれは酷い。魔法の秘匿も何もあったものではない。

 

 「ハア────貴方ねえ。私が関係者だからいいものを、本来ならば懲罰ものよ。自分から魔法使いでございと名乗っていいと思っているのかしら?」

 

 「あ……」

 

 ネギは指摘されて自分の失態に気づき、慌てて訂正しようとするが、すでに手遅れなことを悟り、ガクリと項垂れた。杖もなく記憶消去を試みることもできない以上、彼にはどうしようもなかったのである。

 エリザはネギの評価を心中で下げる。子供だということを差し引いても、聞きしに勝る酷さであったからだ。

 

 「そういうところが子供だって言っているのよ。バレたら、それでオシマイじゃないでしょ?一人前を名乗るなら、善後策を講じるくらいしなさいな」

 

 エリザはにべもないが、全くの正論であった。自分の行動に責任を取れるか否かは、大人と子供の明確な違いと言えよう。

 

 「……」

 

 流石にネギも言葉も無い。それどころか、忘れたはずの悩みがぶり返してきて、ますます悄然としてうつむく。

 

 「あーー、もう!そんな顔するんじゃないわよ!これじゃあ、まるで私が苛めてるみたいじゃない」

 

 日々の日課を邪魔された挙句、なんで己がこんな気分にならなければならないのかと、エリザは内心で憤った。

 

 「す、すいません。僕、そんなつもりじゃあ……」

 

 「ああ、もういいから!イチイチめそめそしない!貴方、男でしょう?それとも子豚、いえ子栗鼠呼ばわりされたいかしら?」

 

 「うう、だってだって」

 

 エリザの叱咤に反発することなく、逆にますます落ち込むネギ。最早、負の連鎖が止まらない。ネガティブに入るとどこまでも陰気になってしまうのは、ネギが幼い故か、それとも真面目すぎる性格が故か。どちらにせよ、自力だけで立ち直れるとは、エリザには到底思えなかった。

 

 「なんでこうなるのかしら……。こういうのは私のキャラじゃないし、本来(マスター)とか、凛の役どころでしょうに……。

 ハア────、いいから話しなさい。何を悩んでいるのか、何があったのか一切合切聞かせなさい。さっきも言った通り、私は魔法関係者だから何も隠す必要はないわ」

 

 ウジウジしているのが我慢ならなくなったエリザは、この際洗い浚い吐かせてしまうことにした。ネギにはそれが必要だと思ったし、そして、それ以上に彼にどこか歪んだものを感じたからだ。まあ、情報収集にもなるし、主の役に立つだろうという打算もあってのことだが。

 

 「うう、分かりました。それじゃあ……」

 

 ネギは少し迷ったようだが、誰かに話してしまいたいという気持ちが少なからずあったのだろう。口を開けば、濁流の如き勢いで言葉が溢れだした。

 

 (はい、減点1。相手の言うことをそのまま信じてどうするのよ……。まあ、今回は間違いじゃないとはいえ、もしそうでなかったら何らかの処罰を受けるっていうのにね)

 

 それを聞きながら、容赦なくネギを品定めするエリザ。ネギにとっては愚痴を吐くand悩み相談であっても、エリザにとっては敵情視察であり、重要な情報収集であるのだから、当然であった。

 

 

 

 

 ────そういうこと、この子意図的に歪められて育てられてるんだわ……。

 

 「ふ~ん、なるほどね~。ねえ、一言いっていいかしら?」

 

 ネギは、自身の悩みの原因、真祖の吸血鬼(ハイ・デイライトウォーカー)であるエヴァンジェリン・A(アタナシア)K(キティ)・マクダウェルの襲撃に端を発したここ一連の出来事について話していた。彼自身、気づいていなかったであろうが、少なからずエリザの美貌に魅了されていたことや、精神的に参っていたことも手伝って、本来話すべきでないことも含めて熱に浮かされたように喋ってしまっていた。エリザはひたすらに聞き役に徹していたが、それが宮崎のどかとの仮契約未遂、及びエヴァンジェリンの従者である絡繰茶々丸に対する襲撃とその顛末まで聞いた時、彼女の態度は一変した。

 

 「な、なんですか?」

 

 なにか底知れぬ圧力をエリザから感じ、思わずネギはビクついてしまう。

 

 「無様ね」

 

 エリザはただ一言、吐き捨てるようにそう言った。

 

 「なっ?!ぼ、僕は────」

 

 あまりの言い様に鼻白むネギ。いくら何でもあんまりではないかと抗議をしようとして、エリザの強烈な視線に言葉を失う。

 

 「ねえ、貴方は唆されたとはいえ、自分の為にそののどかって子の恋心を利用して仮契約しようとしたんでしょ?それなのに、何を今更躊躇っているの?その真祖の従者がどんなにいい子か知らないけど、貴方襲撃されたんでしょ?それなら何も迷う必要ないじゃない」

 

 筋がない。それがエリザがネギに感じたことであった。戦力向上のために魔具(アーティファクト)欲しさに己に好意を持つ教え子と仮契約(パクティオー)(結果的に未遂だったが)し、さらに襲撃の為に本人が嫌がっているにもかかわらず、神楽坂明日菜にも仮契約を強いた。しかも、そこまでしておきながら、肝心の自分は自爆である。すでに神楽坂明日菜に嫌々ながら、絡繰茶々丸を襲撃させているというのにだ。

 

 「宮崎さんは承諾してくれたし、それにあれはカモ君が無理やり……。茶々丸さんは本当にいい人で、僕の教え子だし……。それにあんな卑怯な真似────」

 

 ネギはたどたどしく言い訳するが、それはエリザの怒りを誘うだけだった。

 

 「卑怯?笑わせないでよ。どの口でそれを言うのかしら?貴方は自分の為に女の好意を利用し、その挙句生徒に同じ生徒を襲撃させておきながら、自分の手は汚さない。貴方、いえアンタ程の卑劣漢はそうはいないでしょうね」

 

 「僕はそんなつもりじゃ!」

 

 「だったら、どういうつもりだったて言うのよ!アンタのやるっていることは、やることなす事全部が中途半端。魔法使いとして非情に徹することも、教師という立場を徹すこともできていない。非情に徹するなら、アンタは躊躇いなく従者の子を撃つべきだったし、教師面したかったのなら、そもそも教え子と仮契約なんてしようとするべきだじゃなかったし、生徒を危険に晒す襲撃自体するべきじゃなかった。違うかしら?」

 

 ネギのやっていることに筋はない。場当たり的で、その行動は子供そのものだ。何より、ネギは自身の心情ばかりに目がいって、明日菜やのどか、エヴァや茶々丸の心情を全く考えていない。現状敵である後者はともかく、実質的なパートナーである明日菜や仮契約を承諾したのどかにまで、目がいっていないのは、魔法使いとか教師以前に、男として人間として足りないものがあるという証左にほかならなかった。

 

 「……」

 

 痛烈な言葉がネギの胸を抉る。真面目な優等生で根が善人である彼にとって、それはきつすぎる糾弾だった。なまじ聡明であるが故に、ネギには理解できてしまう。エリザが何一つ間違っていないことを。

 

 「その挙句、怖いと言って故郷に逃げ出す?アンタいい加減にしなさいよ……。

 結局、アンタは一人前の魔法使いでも、ましてや教師でもない。ただ、偉そうに粋がっているだけの自称一人前のガキよ」

 

 「なら、僕はどうすればいいっていうんですか?!エヴァンジェリンさんには敵わなくて、怖くて」

 

 「そんなの知らないわよ。自分で決めなさいよ。見習いとはいえ一人前の魔法使いなんでしょう?子供じゃないんでしょう?甘ったれてんじゃないわよ!他人を言い訳に使うな!自分の行動の責任は自分で取りなさい!」

 

 ネギを糾弾するような叫びだったが、それは実のところエリザ自身を切り刻む血を吐くような言葉だった。エリザはネギを自分と重ねて見ていた。己が父や周囲が望むようにただ美しくあろうとして、狂乱の果てにブラッドパスなどという狂気の所業に手を出したように。ネギもまた自身の責任を、周囲に転嫁しようとしている。それはまさに、己が父や周囲が望んだからという理由で自分が責任逃れをしたのと同じだ。エリザが自分の歪みを見ようとしなかったように、ネギもまた自分の未熟さを幼さを見ようともせず、周囲に責任を押し付けて逃げようとしているのだ。

 

 故にエリザの言い様は必然的にきついものになった。目の前の少年に自分のような間違いを犯して欲しくなくて。自分のような化け物に成りはてないように────。

 

 

 「でも、でも」

 

 「ああ、もうラチがあかないわね。ガキならガキらしく、何も考えずに全力で玉砕してきなさい!どうせ、アンタには信念も何もないんだから」

 

 荒療治にはなるが、周囲の期待により歪んでしまった精神的にどうしようもなく幼い少年にはいい薬だろう。自分で何でもできると勘違いも正せるだろうし、一石二鳥であろうとすら、エリザは思った。

 

 「そんなことは!」

 

 「じゃあ、アンタは何の為に戦うのかしら?今、聞いた話だけなら、アンタの父親にかけられた呪いをとこうという明確な目的があるエヴァンジェリンの方が余程真摯で好感が持てるんだけど」

 

 「僕は父さんみたいな立派な魔法使い(マギステル・マギ)になるために」

 

 「立派な魔法使い?メガロメセンブリア元老院の労害共が都合のいい連中に与える名誉称号のこと?アンタ、あんなものが欲しいの?」

 

 エリザは魔法世界について、主から大体のところを聞かされている。特にメガロメセンブリア元老院については信用ならないことも。大体、『赤き翼(アラルブラ)』を一時指名手配しておきながら、戦後は英雄扱いしていたり、大戦の責任をウェスペルタティア王国のアリカ女王に押し付けて処刑したりしているのだ。胡散臭いどころの話ではない。そんな連中が与える名誉称号に如何程の価値があろうか?

 

 「なんですか、それ!どういう意味ですか?」

 

 だが、ネギにとっては寝耳に水どころの話ではなかったらしい。驚愕も顕に問い返した。

 

 「うん?アンタ、目指しているのにそんなことも知らないの?いいわ、教えてあげる」

 

 エリザは子供の夢を壊すなど微塵も考えない。むしろ、現実を教えてやる事こそが目の前の少年の為になるだろうとすら考えていた。だから、彼女は一切の遠慮無く知っている限りの事を語った。世のため、人のために陰ながらその力を使うという本来の形からは遠ざかっている形骸化した称号であることを。その身近な例として、その多大な功績にもかかわらず、生まれつき呪文の詠唱ができない体質であることから、その称号を与えられないタカミチのことさえも加えた上で。

 

 「た、タカミチが。そ、そんな……」

 

 ネギは愕然としていた。今まで信じていたものが崩れ去るようであった。否定しようにも、タカミチという身近な実例を出され、疑うのなら本人に聞いてみろとまで言われてはどうしようもない。

 

 「そもそも何をさして立派とか偉大とか言ってるのかしらね……。

 って、話がそれたわね。今はそんなどうでもいい話よりアンタの戦う理由よ」

 

 「どうでもいいって、そんな……」

 

 ネギにとっては天地がひっくり返るような衝撃的な事実だったというのに、エリザは身も蓋もなかった。 心底どうでもよさげに本題に戻ったのだった。

 

 「アンタの父親がどうだったかは知らないし、過去は違ったのかもしれないけど現状はそんなものよ。それにアンタにとっては別に重要じゃないでしょう?だって、アンタは父親がそうであったからそうなりたいだけなんだから」

 

 「え……」

 

 思いもよらぬことを指摘され、またしても愕然とするネギ。だが、これはエリザが正しいだろう。そうでなければ、その実態や意味について調べていてもいいはずである。まして、実際にその称号を受けた父親と受けられなかったタカミチという身近な存在がいるのだ。ちょっと考えれば、その実態は見えてくるだろう。要するにネギがなりたかったのは、立派な魔法使いではない。ただ、父親がそうであったから自分もそうなりたいと漠然と考えていただけなのだ。

 

 「なにアンタ、気づいていなかったの?アンタは立派な魔法使いになりたいんじゃない。父親みたいになりたいのよ。違うかしら?」

 

 「……」

 

 ネギは自分でも理解していなかった心奥の願望をあばかれ、言葉を失った。

 だが、指摘されてしまえば聡明なネギは気づかざるをえなかった。彼が立派な魔法使いを目指した原点は確かにそこにあったのだと。一般の魔法使いのそれを目指すことが当然とされる風潮も一端を担っていたのは確かだが、それは微々たるものにすぎない。結局のところ、ネギは幼いころに見た父親への憧れ、それを追っていただけだったのだ。

 

 「うん?待ちなさい。だとすると、アンタは父親なら負けないから、件の吸血鬼に勝ちたいのかしら?」

 

 「そ、それは……そうかもしれないです」

 

 エヴァンジェリンに呪いをかけ、この麻帆良に封じたのはネギの父親である。すなわち、父なら彼女に勝ったということである。故に、自分もと考えたのは間違いなかった。無論、教師として授業をちゃんと受けて欲しいとか、生徒の悪事を止めなければとか、生徒を守ると言う理由もないわけではなかったが、父親の事の方が大きなウエイトを占めることを認めざるをえない。

 

 「馬鹿じゃないの。アンタがどんだけ優秀なのか知らないけど、百戦錬磨の真祖の吸血鬼に勝てるわけないじゃない。アンタは父親じゃないのよ。どんだけ強がったって、アンタは未だ十にも満たない子供でしかないんだから」

 

 なんというか、評価とかそれ以前の問題だとエリザは頭を抱えたくなった。ありていに言えば、ネギは結局どこまでも子供でしかないのだ。やることが場当たり的で筋がなく、周りに言われるままなのも、父親への憧憬を自身の夢と混同させていることも、魔法の隠匿に気を使っているようで口が軽くざる同然なのも、勝てるはずのない相手に挑みながら都合が悪くなれば逃げ出してしまう無責任なところも、何よりも周りが全く見えていないということも含めて、一切合切が子供だからという理由で説明できてしまう。

 

 日本語を流暢に話し大卒レベルの学力を持ち、魔法使いとしても優秀。なるほど、年の割には聡明で頭のいい才気に溢れた子なのだろう。しかし、結局のところそれは精神面で子供という不動の事実を覆せるものではないのだ。魔法使いであることや教師云々を抜いてぶっちゃてしまえば、頭でっかちの世間知らずのガキが必死に背伸びしているだけというのがネギの客観的な評価だろう。

 

 「でも、頑張れば僕にだってきっと…「無理よ」…えっ?」

 

 「どんなに頑張ったところで、あんたには本当の意味で真祖には勝てない。それは絶対よ」

 

 エリザの言に反射的に強がりで返してしまうネギだったが、逆に断言されてしまう。

 

 「な、なにを根拠にそんなことを言うんですか!やってみないと分からないじゃないですか!」

 

 「あれ、子ブタ。アンタはけちょんけちょんにやられたから、怖くなって逃げ出したんじゃなかったかしら?経験でも実力でも負けている相手に、精神面でも負けていたら勝てるわけがないじゃない」

 

 エリザは容赦しない。下手な慰めはネギには逆効果だと判断したからだ。相手があくまでも子供としての論法を使うなら、こちらは大人として厳然たる現実を突きつけてやろうと考えたからだ。

 

 「そ、それは……」

 

 「それにね、アンタの一番駄目なところはそこじゃないわ」

 

 「え、一体何のことですか?」

 

 「アンタ、元は何の為にエヴァンジェリンに挑んだの?」

 

 「……えっ?」

 

 「アンタの目的は担任教師として、エヴァンジェリンの悪事を止め、同時に授業をしっかりうけさせることだんじゃないの?」

 

 「は、はい、その通りです」

 

 「で、どうしてどれがエヴァンジェリンを倒すことに繋がるわけ?」

 

 「それはエヴァさんが……」

 

 「相手のいう通りにしてどうするのよ。大体、エヴァンジェリンの本当の狙いはアンタの血なんでしょう。その提供を条件に授業に出るよう交渉すれば、一般生徒への吸血行為もなくなるし丸く収まる話じゃないのかしら?」

 

 「……」

 

 考えもしなかった選択肢を提示され、愕然とするネギ。元々聡明な少年なだけに、エリザの言った選択肢が充分に実現可能なものであることが理解できてしまったからだ。

 

 「それなのに、何でいつの間にかエヴァンジェリンを倒すことが目的になっているわけ?教師が生徒と戦ってどうするのよ。教師として行動するなら、そもそも勝負以前に話し合い以外、アンタの取れる手段はないはずよ」

 

 教師として行動したはずなのに、いつの間にかその為の手段が目的になってしまっている。ネギの行動は本末転倒なのものといえよう。

 

 「ぼ、僕は……」

 

 「さらにいうなら、アンタは状況が全く理解できていないわ。ねえ、ここはどこかしら?」

 

 これ以上は余計なことというか、ネタばらしになってしまうので正直いただけないのだろうが、エリザからすれば、魔法使い達の思惑など知ったことではなかった。本意ではないし、正直ガラじゃない行いであることは自覚している。

 しかし、偶然とはいえ知り合ってしまった以上、かつての己のように歪められて育てられた者を見て見ぬ振りをすることはエリザにはできなかった。己の犯した取り返しのつかない過ちとその罪の大きさを誰よりも理解しているが故に。

 

 「えっ、どういう意味ですか?」

 

 「いいからお答えなさい」

 

 「麻帆良学園都市です」

 

 「うん、分かってるじゃない……。なんでそれで、極端な発想にいくのかしら?」

 

 一人納得がいかないと首をかしげるエリザ。肝心のネギには全く理解できない。置いてきぼりであった。

 

 「一体、何をいっているんですか?」

 

 「まだ分からないかしら?ここはアンタのような魔法使いの修行先に選ばれるようなところなのよ。そして、アンタをはじめぬらりひょんモドキや老け顔メガネといった魔法関係者が数多く在籍している。いわば魔法使いの一大拠点なのよ。そんな場所で、御伽噺にも謳われる生きた伝説『闇の福音』が野放しにされているとでも本当に思っているの?まして見習い以前の魔法使いにその対処を任すなんてことがありえると思っているのかしら?」

 

 「えっ……」

 

 それは衝撃だった。『闇の福音』の異名をとる真祖の吸血鬼エヴァンジェリンは、麻帆良に秘密裏に潜んでいたというのが、ネギの認識だったからだ。封印したのが実父であるとは夢にも思っていなかったが、学園側があの悪名高い賞金首の存在を認識しているなど、遥かにありえない慮外の事実であった。

 

 「そ、そんなわけないですよ!エヴァさんだって、生徒達が可愛いなら誰にも言うなって言ってましたし!」

 

 「それはアンタが他人に頼るのを牽制するのと同時に、経験を積ませる為よ。よく考えてみなさいな、アンタのおかれた状況の不自然さを。大体、生徒達の間で噂になる程、桜通りの吸血鬼は有名だった。学園側がそれを把握できていないなんてことはありえないでしょう?それとも、あなたが知る麻帆良上層部はそこまで無能で間抜けなのかしら?」

 

 「そんなことない!タカミチや学園長は!」

 

 「そう、なら話は簡単でしょう?学園側はエヴァンジェリンの吸血行為を知っていて黙認したということよ」

 

 「一般生徒まで巻き込んでおいて、そんな馬鹿なことが?!それにそんなことして、一体誰の得になるって言うんですか!」

 

 「ありえるのよ。実際問題、現実として、そうなっているでしょう。つまりこれは……!!」

 

 ネギに経験を積ませ成長させる為の「出来レース」と決定的な一言を口にしようとして、エリザはあることに気づいて、口を閉ざした。

 

 「一体どうしたんですか?」

 

 突然、肝心の結論を前に黙り込んでしまったエリザに、ネギは不満げな顔で追求した。

 

 「悪いけどやめておくわ。散々ヒントはあげたんだから、後は自分で考えなさいな。思考停止して人の言ううとおりにするのもあれだけど、考えることを放棄して答だけを求めるのも褒められた行為ではないわ」

 

 エリザとしてはぶっちゃけてしまっても良かった。というか、連中の目論見を御破算にしてやりたい気で満々だったが、どうにもそれはこの殺気の持ち主には都合が悪いようだ。まあ、学園側と全面的に対立してまでやることではないと、エリザは早々にその選択肢を切り捨てた。ネギの面倒はあくまでも自分達がみるというのなら、横から口を出す気はないのだから。今回のは、あまりにも見ていられなかったからであり、また彼女自身と重ね合わせてしまったからに他ならない。あくまでもサービスであり、それ以上ではないのだ。

 

 「で、でも……」

 

 思ってもみないこと、無意識の内に排除していた可能性をたてつづけに指摘されたネギは、どうにも自身の考えに自信が持てないのか、その声は弱々しいものであった。

 

 「ハア……しょうがないわね。いい、子ブタよく聞きなさい。子供であることも、一人で出来ないことも恥じゃないわ。でも、子供であることを理由にして逃げたり、出来ないままに諦めてしまうことは恥よ。普通じゃできないなら考えなさい。考えても一人で出来ないのなら、誰かに頼りなさい。アンタが一人前の魔法使いであろうとするなら、結果を出しなさい。出来なくても過程を評価されるのは子供だけなのだから。

 後はそうね、自分が何によって立つのかを明確にしなさい。教師としてか、魔法使いとしてか、はたまた両方か。いずれにせよ、それによってアンタのすべきことは決まるでしょうよ」

 

 

 「僕のすべきこと……」

 

 「じゃあね、子ブタ。私の歌を無断で聴いたのは特別に不問にしてあげるから、精々頑張りなさい」

 

 エリザは言うだけ言うと、ネギに背を向けた。

 

 「あの僕の名は────「駄目よ」────なんでですか?」

 

 「今のアンタは子ブタで充分よ。私に名前を呼んで欲しかったら、一人前の男として認めさせてみなさいな」

 

 「男として?」

 

 「そうよ子ブタ、今のアンタはわがまま放題な小賢しいガキでしかないわ。悪いけど、そんな奴の名前を呼んでやるほど私は安い女じゃないのよ」

 

 「……」

 

 あんまりと言えばあんまりすぎる言葉に、さしものネギも絶句する。が、エリザの方はそんなネギの様子を歯牙にもかけず、絶好調であった。

 

 「ああ、それから一つだけ言っておくわ。父親に憧れるのはいいし、真似をすることも悪いことじゃないわ。でも、アンタは父親じゃないし、父親の代替にすすんでなる必要なんてないのよ。何より、英雄になんてなるものじゃないわ」

 

 エリザはどこか皮肉気に笑う。それは紛う事なき心からのネギへの忠告であり、一方でどの口でそんなことを言うのかという自分自身への嘲りであり、同時に姿を見せない監視者への痛烈な皮肉でもあった。

 

 「次があるのなら、もう少しマシな顔を見せて欲しいものだわ」

 

 そう言って振り返り、エリザは優雅に一礼し去っていた。

 

 「僕は……」

 

 結局、これで立ち直ることはできず、最終的に教え子である長瀬楓によってネギは立ち直る。

 

 だが、ここまで歯牙にかけられない扱いをされたのは、ネギにとって初めての経験だった。そして、正面から叱ってくれたのも、明日菜以外では初めてであった。故にエリザは強烈な印象をネギの心に刻み付けることになった。これが後日、騒動の種になろうとは、さしものエリザも夢にも思っていなかったとさ。




今回はエリザとネギ回です。本当はBBか玉藻、若しくは主人公の予定でしたが、よく考えたら、この時のネギってマジでやらかしてますよね。この3人だと、諭すんじゃなくて、処刑になりそうだと思いましたので、エリザに変更。思いの外、はまり役だったように思います。

あれー、エリザがサブキャラの位置づけだったのに、なんかメインぽくなっているのはなぜだろうか……。
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