「……覚悟していて下さいね」
そんな言葉を柔らかな感触と共に聞いた気がした。その声はよく知る彼女のものだが、なぜあの場所で聞こえたのだろうか。魂が消去される際に聞いた幻聴だろうか……いや、待て!
どうして、私は思考できているのだろうか?私はムーンセル中枢で代替としての役割を果たし、消える間際の数瞬に駄目元で私自身の願いを入力したはずだ。まさか、あれがうまくいったのだろうか?
確かめるべく体を動かそうとすると、反応があった。肉体がある?いや、早合点はするべきではない。冷静に状況を見極めるべきだ。目を開けぬまま感覚を鋭敏化させる。感じるのは確かな鼓動と吹き寄せる風の囁き……そして、身体の上に感じる重みと唇にかんじる柔らかな感触。それどころか、口をこじ開けようと何かがが!
それを感じ取った瞬間に、私は目を見開いた。途端に視界一杯に映ったのは相棒たる色ボケ腹黒狐の顔だ。バッチリ目が合う。キスする時は目ぐらい閉じろよって違う!何をやっているんだ、この駄狐は!
反射的に押しのけようとするが、両腕で逆にがっちりホールドされる。それどころか、目をキュピーンと言わんばかりに輝かせた。まさか、これからが本番だというのか!
「桜さんにはしてやられました。まさか、あそこでブチュッといかれるとは……。くっ、こんなことならいい娘ぶってないで、さっさと寝込みを襲っておくべくできした。いえ、今からでも遅くないですよね」
桜が?一体何を言っているんだろうか。というか、寝てない。もう、起きてるから!喋れないのは現在進行形で君が口を塞いでいるからだ!
「ご主人様、そんな目で見なくても、良妻狐のタマモは分かっていますから、ご安心を。すぐに桜さんのことなんか忘れさせてあげます。極楽浄土へハイスピードで連れてってやるぜ……グヘヘヘ」
おい、テメエ。完全に確信犯(誤用)だろ!よだれ、よだれたれてるから!欲望駄々漏れだから!
「この駄狐、私のセンパイに何しているんですか!」
あわや絶体絶命、最早覚悟を決めるしかないかと腹を括ったところで、思いもかけない救いの手、いや足が差し伸べられた。
「グベッ」
女性が上げるべきでない断末魔の叫びを上げて、吹き飛ぶ我が相棒キャスターこと『玉藻の前』。あれが傾国の美女と言われた白面金毛九尾だといって、一体誰が信じるだろうか。少なくとも今の光景を見て、そう思う輩はまずいまい。
それとは対称的な華麗なとび蹴りを決めた女性がフンと鼻息も荒く私を護るよう前に立ち、こちらへと振り返った。私はその顔を見て、言葉を失った。
「センパイ、大丈夫でしたか?」
彼女の最期を私はけして忘れない。私を護らんと満身創痍の身を呈して、初期化の波を押し止めてくれたその姿を。どこにでもいるような人間の私の精一杯の言葉と笑が嬉しかったのだと言ってくれた女性。BBではなく桜と呼んだことに対し、満面の笑みと共に大好きだと言ってくれた。ただの一度も救うことができなかった私の月での未練の具現たる女性『
「……私は夢を見ているのか?」
声が震えてしまったのは許して欲しい。それぐらいの衝撃だったのだから。
「何を言っているんですか、センパイ。私はおしゃまで悪魔でイケイケな月の女王、BBちゃんです!センパイの為ならこの身どころか、命すらかけちゃう献身的な美女ですよ」
そんな私の内心を知ってか知らずか、どこかおどけた態度で特徴的な黒衣をひるがし、エヘンと胸を張る『
「本当にBB……いや、桜なのか?」
「そう呼んでくれるんですね、センパイ。……嬉しいです。大丈夫、夢でも幻でもありませんよ。貴方だけのメインヒロイン黒い桜ことBBちゃんです」
私に向けて安心させるようにBB、いや、桜は微笑んだ。そして、実在を証明するかのように、私の手を胸に抱え込もうとし……阻止された。
「ちょお〜〜〜っと待った! 暫く、暫くぅ!
本妻である私を差し置いて、何をしてやがるんですかBB!大体、ご主人様のメインヒロインは私です!わ・た・く・し!貴女なんてお呼びじゃないんですよ!」
吹っ飛んだはずのキャスターが、それを華麗にインターセプトしたのだ。それどころか、私とBBの間に割って入り、これみよがしに私に抱きつく。
「ちっ、もう復活でしたんですかキャスターさん。センパイのことは私に任せて、永眠してくれても良かったんですよ」
露骨に舌打ちして、忌々しげにキャスターを見やる桜。その言の葉端々に毒が見える。
「生憎とあの程度で死んでいたら、ご主人様のサーヴァントは務まりませんので。大体、ご主人様を光源氏バリにここまでのイケ魂に育て上げたのは、この私です。すでに契も交わしていますし、今更貴女の入る余地などないのです!」
そういって私を抱え込むキャスターの背後にドドーンという感じの荒波を私は幻視した。
「あ、そういうこと言っちゃうんですか。確かにキャスターさんに遅れはとりましたけど、元を辿ればセンパイに目をつけたのは私のほうが先なんですよ。白い桜のせいでセンパイは記憶を封じられていただけで」
あ、今は思い出しているので、大丈夫なんだけどなー。
「フッフッフ、負け犬の遠吠えですねBB。すでにご主人様の貞操は私のものなのです。それはもう美味しく頂きましたとも」
おい、駄狐。事実だけど、赤裸々にペラペラと人に話すことじゃないだろ!
「くっ、この色ボケ腹黒狐が!」
「なんとでも言いなさい。この超ツンデレ構ってチャン!」
何というか、ガキの喧嘩である。前にも思ったが、この二人なんだかんだ言って似た者同士ではなかろうか。両方とも腹黒だし、妙に艶かしいし、何より呪い系女子だし。というか、当事者そっちのけで勝手なことを言っているんじゃない。感動の再会だったのに、色々台無しである。なんという
この駄狐には思い知らせてやらねばなるまい。私が怒るとどうなるかを。幸いにも奴は私を抱え込んでおり、密着状態。しかも、BBに気をとられている。すなわち、回避する術はない。
MO☆FU☆RU
「みこっ……?あのご主人さ……みこーん!フェイントっ!?ちょちょきゃあっ尻尾増えちゃいます!こんな良妻モフってどうするおつもりです!あれ?何かこの展開覚えがあるような……」
ふ、キャスターの尻尾をモフることにかけて、私の右に出る者はいない!それにしてもいい感触だ。流石は太陽の神霊。お日様の匂いがする……おっと、いかん。いらないことを思い出しかけている。いいから記憶を取り戻した時と同様に誤魔化されておけ!そうだ、あの時は確認できなかった狐耳を確認する時だ。はむっ!
「ちょっ、ご主人様はそこは!そんなBBが見てる前でそんなっ!ご主人様がその気なら、むしろバッチ来いですが……♡」
むっ、マズイ。どうもやり過ぎて、いらぬスイッチを入れてしまったようだ。しかも、先程から桜の視線が絶対零度になっている気がする。ここは緊急退避だ。
「ふんっ」
「あっ、ご主人様。寸止めなんていけずです~」
キャスターの柔らかな肢体が絡みつく直前に、気合をいれて素早く身を離す。うまいこと危機は脱したに思えたが、待ち受けていたのは比喩ではなく『黒い桜』だった。
「セ・ン・パ・イ、随分とお楽しみでしたね……。それも私の前で見せつけるかのように堂々と。センパイとキャスターさんがそういう仲であることは知っていますけど、流石にこれは……余りの怒りにC.C.C.をブチかましたくなりました」
「さ、桜、私はたただ不毛な争いを終わらせようとだな」
「問答無用ですよ、センパイ♥」
ちょっ、目がマジなんですが、桜さん。キャスター助けてって、何イヤーンとかいいながら、身体をクネクネさせているんだ。主の危機だというのに、この駄狐!
「センパイ、覚悟はいいですね?」
『
ムーンセルを掌握したBBによる、世界を犯す攻撃。霊子虚構陥穽ともいうBBの宝具であり、虚数空間である月の裏側で彼女の心象世界をサクラ迷宮として成立させていたのはこれによるものらしいと後で聞いた。この時は無論そんなことを知る由もないので、とにかくヤバイことだけは理解できた。
逃げようと辺りを見回すが、人の気配は皆無のだだっ広い草原であった。駆け抜ける涼風が心地よい……って言ってる場合ではない。とにかくこれでは逃げ隠れよしようにも、容易に捕捉されるだろう。つまり、詰んでいる。馬鹿な!折角、生き残れたのにこんなくだらないことで死んでたまるか!?
「オペレーション カースド・カッティング・クレ……なーんて冗談ですよ、センパイ!今更、この程度のことで目くじら立てたりしませんよ。私が二番目であることは理解していますから。それに、今こうしてセンパイと触れ合えることを思えば、十二分に幸せですから(……まあ、今はですけど)」
表情を一変させて抱きついてくる桜に、私は胸を撫で下ろす。冗談にしては目がマジだった気がするし、明らかな魔力の収束も感じたのだが、どうやら杞憂だったらしい。流石は小悪魔を自称するBBだ。悪戯も手が込んでいる。
「ご主人様、私の前で他の女と堂々と抱き合うとか、いい度胸してやがりますね」
あちらを立てればこちらが立たず。いつの間にか、鏡を出現させ完全に戦闘態勢にあるキャスター。ええーい、これでは話が進まないではないか。こんな時令呪でもあればとふと思い、かつて令呪があった左手を見てみれば、なんとそこには燦然と輝く3画の令呪があるではないか。表の聖杯戦争で消耗したはずの分まで回復しているとは、一体どういうことだろうか。
だが、まあ今は都合がいい。これでキャスターを止められる!
「キャスター、お座り!」
「はいいいいいいっ!?」
左手の甲が輝きを増し、令呪の一画が消失する。同時に、突然のことにキャスターは驚きの声を上げながら、強制的に臨戦態勢を解かれてその場に正座する。よし、どうやら、令呪は有効に作用するらしい。貴重な一画をくだらないことにと思わなくもないが、どの道本当に使えるのかは試す必要があったのだから、それが遅いか早いかの違いでしかない。まあ、命令内容があれだとかは自分でも思わなくもないが、仕方がないだろう。このままでは遅々として話が進まないのだから。
「これは……まさか令呪ですか?」
「ああ、そのようだ。キャスター、それに桜も。いい加減、現状を把握したいんだ。協力してくれないか?」
「ご主人様の仰せのままに」「センパイが望むのならばいくらでも」
寸暇なく返された二人の答に、ようやく話を進められると私は胸を撫で下ろすのだった。
ちょっと本作は、私の今までの作風とは違う感じでいっています。いや、書いてみたらキャラが勝手に動いて、なんだかんだで楽しく書けました。BBやキャス狐はうまく書けているでしょうか?違和感などありましたら、遠慮なくご指摘下さい。