月桜陽狐奇譚   作:清流

6 / 11
第五話 鮮血魔嬢

 『やりにくい』

 

 

 ラカンがエリザと相対した時に思った偽らざる感想だ。エリザは身長やその容姿、特にその二本の角が、彼が良く知る女性を想起させたからである。

 そう、ヘラス帝国の第三皇女『テオドラ・バシレイア・ヘラス・デ・ヴェスペリスジミア』にだ。公的には淑やかにしているが、その実本性はじゃじゃ馬であるというあたり、そっくりだと。

 

 まあ、こちらは本性を隠そうともしてないし、あちらはもっとナイスバディだったかと、エリザの気の強そうな顔と起伏の乏しい肉体を見ながら思い直すラカン。

 

 (それにしても、鮮血魔嬢とはまた大層な二つ名だな。竜人ってやつか?いや、あの竜尾と何よりこの気配、あの譲ちゃんは本物の竜だ!まあ、そうだとすりゃあ、見た目とは違いすぎる物騒な異名にも納得できるってもんだが……)

 

 ジャック・ラカンは、徹が感じ取ったとおり真性の戦闘狂(バトルジャンキー)である。元を辿れば『紅き翼』の一員どころか、その討伐を命じられた刺客として雇われていたのであり、明確な敵であった。だが、その際ナギと戦ったことがきっかけで彼らの仲間になったという筋金入りの戦闘馬鹿である。それこそ俺より強い奴に会いに行くというノリで行動していたことすらあり、帝国守護聖獣の古龍とすら引き分けたと言う普通なら信じ難い伝説すら持っている。それ故にか、ラカンは竜種については他者よりも知っている。特にその気配には敏感であった。

 

 いや、そんなものなくとも、他ならぬ己が千載一遇のチャンスを前に思わず足踏みせざるをえなかったのだ。それはラカンの数多の戦闘経験と培われた戦闘勘が、己の生存本能に囁いたからだ。突如現れた目の前の少女が、明確な脅威であると……。

 

 

 

 

 誰かと共に戦って、はじめて己はその真価をはっきするというのに、わざわざ自分から1対1を言い出すとか……ないわー。この世界の英雄に対し、自分1人でどこまでやれるか試したかったという気持ちがあったのは確かだが、それで己の本来のスタイルを見失うなど本末転倒だろう。

 

 認めよう。私はサーヴァントとしての能力を過信し、その力に酔っていたのだ。己が戦えるという事実に浮かれ、己の本分を見失うほどに。なんとも、みっともない話である。

 

 それを本当の意味で自覚させてくれたラカンには感謝することしきりだが、同時にこのままではあまりにも不甲斐ないというものだろう。せめてものラカンへの返礼として、私の本領を味わってもらわねばなるまい。

 

 「貴方ほどの相手に1人で挑むなど、私は己を見失っていたらしい……。

 ラカン、許してもらえるなら、仕切り直したい。今度こそ、私本来のスタイルでお相手させてもらうよ。実質2対1になるが構わないか?」

 

 「おう、構わねえぜ。その竜の嬢ちゃんはお前さんの護衛役の使い魔みたいなもんだろう?それも含めてお前さんの力だろうし、お前みたいなタイプにはいて当然だろうしな。それに元々俺は3対1を想定してたんだからな。それが2対1になったところで構いやしねえ。それにお前の本領が見れるって言うなら、むしろ、歓迎よ!」

 

 「マスター相手に凄い自信ね、貴方。私とのタッグ程じゃないけど腹黒狐に黒桜、そのどちらかでも参戦したら、貴方に勝ち目はないと思うわよ」

 

 自信ありげにドンと来いと胸を叩くラカン。それに呆れたように呟いたのはエリザだった。

 

 「私を差し置いて、あのトカゲ娘が!生娘の分際で……!」

 「センパイのベストパートナーは私です!」

 

 玉藻と桜から嫉妬混じりの怨嗟と文句の声があがるが、実際のところSTだけでいえばエリザの言う事はそう的外れでもない。彼女は己という例外を除けば、総合的なSTではこの場で最も優れたサーヴァントは、紛れもない事実なのだから。桜ことBBはスキルの方が本体なところがあるし、運営側から最弱のサーヴァントと認定された玉藻など言うまでもないだろう。元々魔力以外のSTが微妙であるキャスタークラスに無理やり押し込められてて召喚されているのも手伝って、本来ハイ・サーヴァントであるはずの彼女のSTはかなり切ないっことになっているのだ。まあ、神話礼装を解放すれば話は別だが……。ちなみに完全に余談であるが、原作ゲームでのLV99のエリザのSTはあの英雄王ギルガメッシュすら凌ぐ高さだったりする。

 

 

 

 

 

 「おもしれえ!やれるもんならやってみなよ、竜の嬢ちゃん」

 

 「安っぽい挑発だけどのってあげるわ!それじゃあマスター、新生した私のデビューコンサートと行きましょうか!」

 

 そんな宣言と共に無造作に振られる槍。何の変哲もない横薙ぎ。技巧も何もあったものではないただの力任せの攻撃に過ぎない。だが、ラカンはそれを全力で回避した。それもかなりギリギリでだ。

 

 (ヤベエ、正直舐めてたわ!人の姿をしていても竜は竜ってことかよ。なんつう怪力だ!)

 

 ラカンは内心戦慄していた。その無造作に振られる槍の猛威に。なんの強化もみられないというのに、明らかに少女の力はラカンを凌駕していたからだ。己の身の丈以上の槍を易々と振り回し、周囲に破壊の嵐を撒き散らす。その様は人の形をとった荒れ狂う台風だ。

 

 「無駄に大きい図体している割に、早いのね貴方。それも虎視眈々と反撃の機会を狙っている……う~ん、いいわね!マスターがわざわざ私を呼んだだけのことはあるわ」

 

 楽しそうにエリザは笑う。彼女にとっても久々の戦闘という名の舞台(ステージ)だ。なにかしら、昂るものがあるのだろう。

 

 「ランサー、油断するな。ラカンは生身で私達に迫る規格外の存在だ。隙を見せれば、やられるのはこちらだ」

 

 「分かっているわよ、マスター。でも、久しぶりの活躍の機会を折角貴方が用意してくれたんだから、少しぐらい楽しんでも構わないでしょう?」

 

 「……いいだろう。突然こちらの都合で呼び出したんだから、それぐらいは見逃そう」

 

 「そうこなくっちゃね!持つべき者は物分りのいい主人よね!貴女達もそう思うでしょ?」

 

 それまで全く蚊帳の外にしていた玉藻と桜にこれみよがしに話を振るエリザ。それに対する二人の反応は劇的だった。ただでさえ、自分達ではなくエリザが召喚されたのが不満だったと言うのに、それをあろうことか出番を奪った張本人から煽られたのである。怒るなと言う方が、無理な話である。

 

 「ムキー!ご主人様はわ・た・く・しの主です!断じて貴女のじゃありませんよ!メンヘラ生娘!」

 

 「そうです!新参の分際で、ちょっと態度が大きすぎます。センパイは私のパートナーです!」

 

 「あ~ら、どうしてかしら?その割に、今こうしてマスターと共にあるのは私なんだけど」

 

 それをさらに煽るエリザ。そんな3人のやり取りに、マスターである徹の顔色みるみる蒼くなって行くが、気のせいだろうか。何か痛みを覚えたようで、胸の辺りを押さえてすらいる。

 

 「グギギギ!」「……」

 

 どこから出したのか不明だが、ハンカチを噛み千切らんばかりにしている玉藻。ハイライトの消えた目で、無言でエリザを見つめる桜。玉藻はともかく桜は本気で怖い。

 

 「俺を無視しているんじゃねえよ!」

 

 それを断ち切ったのは、蚊帳の外に置かれたラカンの拳だ。徹に対して振るわれたそれとなんら遜色のないそれは、狙い過たず隙だらけのエリザへと向かう。

 

 「あら、ごめんなさい。久しぶりの現世だから、ちょっと昂っちゃってね。主賓をそっちのけにするのはよくないわよね」

 

 それを避けともせずに、槍で正面から防ぐエリザ。ラカンの拳は真正面から止められていた。それは異常な光景であった。エリザはその矮躯で、比べくもない巨漢であるラカンの強化された拳を押し留めているのだ。それどころか、強引に力で押し返そうとしているのだから。

 

 「ウオオオー!」

 

 ラカンは雄叫びをあげて力を込めるが、エリザの身はビクともしない。地に根を生やしたかの如く、一歩もその場を動くことはない。

 

 エリザこと、鮮血魔嬢エリザベート=バートリー。反英雄である彼女は、武技に優れたサーヴァントではない。彼女は本来戦士ではなく名門貴族の娘に過ぎないのだから当然だ。要するに反英雄といっても、生前の残虐行為がそう評価されたものに過ぎないのだ。

 だが、彼女は強い。月の裏側というのが反英雄である彼女に水が合っていたというのも勿論ある。しかし、それ以上に「血の伯爵夫人」の異名を持ち吸血鬼伝説のモデルともなったが故のスキル『無辜の怪物A』とその身に流れる竜の血相乗効果による魔人化の恩恵を受けた破格の能力の高さを誇るが故にだ。彼女は英雄王すら認める紛う事なき竜なのである。

 

 故にこの結果は必然に過ぎない。いかにラカンが極限までその身を鍛えぬこうとも、根本的に生まれついてのスペックが違いすぎるのだ。いかに非力であろうとも、竜が人に負ける道理はないのだから。

 

 「うん、貴方凄いわね。強化込みとはいえ、私に力で拮抗するんだから。誇りなさい。私と力で真っ向勝負できるサーヴァントなんて、そうはいないんだから」

 

 (クソ、マジかよ!この俺が竜とはいえ、こんな嬢ちゃんに力負けするっていうのかよ!)

 

 とはいえ、当のラカンにそれをすんなり認めろというのは、酷な話だろう。理解に最低限必要な前提情報であるサーヴァントであるということすら、知らないのだから。何より、彼には己の腕に対する自負と誇りがあったが故に。

 

 ラカンの気持ちは徹にも痛いほど理解できる。己がラカンであったなら、同じように理解不能で目の前の現実を受け容れるのは困難であったはずだ。

 しかし、今は戦いの場である。故に、徹は遠慮なくその隙を突く。

 

 「古神刀」

 

 エリザの霊格に干渉し筋力を2ランクあげる。徹のしたことは、ただそれだけだ。それだけで、天秤は容易に傾く。

 

 「マスターもなんだかんだ言って、容赦ないわよね。まあ、そろそろその暑苦しい顔は見飽きたし、ちょうどいいかしらね」

 

 動作にすれば、槍を少し押し出しただけに過ぎない。だが、変化は劇的だった。ラカンは呆気なく空を飛んだ。危うげなく着地したのは流石だが、その顔にはまざまざと驚愕が刻まれていた。

 

 「ランサー、畳み込め!」

 

 「本当、マスターってばいざやると決めたら容赦ないわよね。そういうところは、凜やラニでも貴方に及ばないでしょうね」

 

 発せられた言葉と同時に繋がれた霊的パスからも命令が下される。

 

 「準備ok? 狙いうちよ! 泣きなさい?!」

 

 『絶頂無情の夜間飛行(エステート・レピュレース)』、槍に乗りその莫大な力にものをいわせて突撃する彼女の得意技。ランサーらしからぬ技だが、元より彼女の技はそんなものばかりなので、気にするだけ損である。

 

 未だ驚愕覚めやらぬラカンに迫る暴竜の突撃。だが、それがかえって百戦錬磨の彼を冷静にさせた。戦闘中に事実を認められないなど、あってはならない。敵を過小評価するな。それは死に直結する甘えにほかならないのだから。そんな彼にとって分かりきったことを、今更ながらに改めて心に刻む。

 

 「礼を言う。おかげで俺も目が覚めたぜ!」

 

 「えっ、キャー!」

 

 ラカンは弾丸の如きエリザの突撃を紙一重で躱し、あっさりとカウンターを合わせたのだ。槍諸共に勢い良くエリザは吹き飛ばされる。自身の速度と内包した破壊力とあいまって、それは彼女に少なくないダメージを与える。

 武技もなにもない竜の本能で戦うエリザであるが故に、それは上手く嵌ったと言えよう。純粋な武技でいえば、戦奴から成り上がったラカンが圧倒的に上であるからだ。

 

 「ランサー!」

 

 「ゴフッ、ハアハア。大丈夫よ、マスター。ちょっといいのもらっちゃって、驚いただけよ」

 

 徹の心配げな声に立ち上がり、なんでもないかのように応えるエリザ。とはいえ、そのダメージはけして浅くないのだろう。息は荒く、被打点である腹を手で押さえている。

 

 「嬢ちゃん、お前さん力をはじめとした身体能力は大したもんだが、技がまるでなっちゃいねえな」

 

 「たった一撃入れたぐらいでいい気にならないことね、筋肉ゴリラ。まだまだ私はやれるわよ?」

 

 「いや、お前さんの弱点は見えた。さっきまでのようには行かねえぜ!」

 

 「フフフ、言うじゃない。それならやってみなさいよ!」

 

 「上等だ!」

 

 挑発するように槍を構えたエリザに、ラカンは吠える。そして、再び両者は激突した。

 

 

 

 

 「むううう、やっぱり面白くないです!本来ならば、ご主人様の隣にあるのは私であるはずだというのに……。あのトカゲ娘、調子にノリヤガッテ、呪殺してやりましょうか」

 

 玉藻は不満も露に物騒なことを呟いていた。そも、玉藻からしてみれば、今エリザのいる場所に本来あるべきなのは己であるという自負があるのだから無理もないことではあった。

 

 「まあまあキャスターさん、落ち着いてください。センパイもああ言った手前、私達の手は借り難かったんでしょう」

 

 恐怖の無表情はどこへやら、桜は一転して玉藻を宥める側に回っていた。召喚直後は玉藻同様不満も露な桜であったが、時が経つにつれて、むしろこれでよかったのだと思うようになっていた。

 

 なぜなら、徹は玉藻と桜どちらかの手を借りることになれば、間違いなく玉藻を選ぶだろうという確信が桜にはあったからだ。それは桜が徹にとって護る対象という意識が強いのもあるが、それ以上に月の表裏の聖杯戦争で培われた2人の絆は桜であっても入り込むことができない不可侵のものであることを彼女はよく知っていた。徹の宝具が他ならぬ玉藻自身であることが、その何より証拠である。

 

 自分が徹にとってあくまでも2番目に過ぎないことは承知している。だが、それをまざまざと見せ付けられるのは、苦痛であった。かつて裏の聖杯戦争において、BBちゃんねると称してことあるごとにちょっかいを出していたのだって、裏を返せば想い人と少しでも関わる為の必死のアピールだったのだ。想い人と共にある玉藻や己の分身(アルターエゴ)が妬ましくて、己のことを気にして欲しくて……。ぶっちゃけ盛大なかまってちゃんだったのだ。

 

 「そんなことは分かっていますよ!全く殿方というのは、己の意地や見栄を優先して、女心というものをすぐにないがしろにするんですから……」

 

 玉藻は全て分かっていながら、言わずにはいられなかったらしい。まあ、仕方がないことだろう。

 

 「キャスターさんは、本当にセンパイのことを理解しているんですね……」

 

 そんな玉藻に、嫉妬に駆られた桜は思わずこぼしてしまった。

 

 「当然でしょう。私とご主人様は一心同体です!ご主人様と私がともにあれば、他の誰にも負ける気はいたしませんから。たとえそれが貴女であってもBB」

 

 即答であった。そこには確固たる自信と主への不動の信頼が見える。

 

 「……羨ましいですね」 

 

 己は徹の為ならば、なんでもできる。徹を想う心は誰にも負けない!それは桜の偽らざる本音である。だが、目の前の狐耳のサーヴァントにだけは敵わないかもしれないとも思ってしまう。

 なぜなら、白い桜が恋し黒い桜が愛する男を磨き育て上げたのは、間違いなく玉藻なのだから……。

 

 

 

 私の目の前ではラカンとエリザの一進一退の攻防が繰り広げられている。エリザの攻撃が能力に頼った力任せ、全てを飲み込まんとする濁流ならば、ラカンのそれは我流でありながら無駄なく洗練された技巧、次へと続く流れを思わせる清流といったところだろうか。

 

 「やはり巧いな。先の発言ははったりでもなんでもなかったというわけだ」

 

 そう、ラカンは速いのではなく巧い。無論、遅くもないが、それでもエリザには一歩劣る。

 だが、その不利をラカンは巧みに埋める。ある時はわざと隙を作り攻撃を誘導し、またある時は巧みにフェイントで惑わす。そのどれもに、エリザはことごとくひっかかる。本質的に戦士ではなく、戦闘経験もラカンに比べれば遥かに劣るが故に。

 

 「柔よく剛を制すとはいうが、見事なものだ。脳筋の単細胞というわけではないということだな」

 

 完全に力負けしているというのに、ラカンはエリザの攻撃を柔軟に捌き、蜂の一刺しを思わせる反撃で、着実にダメージを積み上げてみせている。まさにこれぞと言った感じであった。

 

 しかも、それでいて虎視眈々とこちらの首を狙っているのだから、油断できない。恐らく高位魔法に大規模砲撃の警戒もしているのだろう。エリザの相手をしながらも、こちらから意識を外す事はないのだから、まったく恐れ入る。

 

 しかし、それは悪手である。ラカンはエリザを正面から相手にせず、巧くいなしてさっさと私を狙うべきだったのだ。そうすれば、私に見せ過ぎることはなかっただろうに……。

 

 「弐の太刀 烈風」

 

 ラカンがエリザの攻撃を誘導した場所に合わせるように術を撃つ。それはラカンの想定を崩す一手だ。

 

 「ぬっ、ぐうう!」

 

 烈風がエリザの攻撃と共に炸裂し、ラカンの思い描いた絵図を崩す。態勢を僅かといえど崩す。それは圧倒的能力の高さを誇るエリザにとって決定的な隙だ。

 

 「あはっ!やるじゃないマスター!」

 

 歓喜の声と共にエリザの槍が唸る。だが、ラカンも伊達に警戒していたわけではなかったようだ。動揺もなく瞬時に立て直すと、すんでのところでそれを回避し距離をとる。

 なるほど、流石は百戦錬磨の英雄である。不利と悟れば直ちに退き、距離をとることですかさず仕切り直そうするとは。

 

 

 ────しかし、甘い。最早、貴方は私の読みの範疇にいるのだ。

 

 霊的パスを通じて、リアルタイムで瞬時に命令を下す。僅かに困惑が伝わってきたが、エリザはそれを忠実にこなした。

 エリザは槍を大きく振りかぶると、ラカンめがけて投擲したのだ。すなわち、投槍である。

 

 「武器を自ら手放すとは、何を考えてやがる?!」

 

 投擲というものはいかに速かろうとも、意外に避けやすいものである。なぜならその射線上から外れれば、至極簡単に無効化できるからだ。故に人間大の動く標的に投槍というのは、適した攻撃ではない。

 ラカンも当然の如くそれを避けた。それも最小限の動きでだ。それでいながら、なおも私から目を離さない。だが、それこそ私が狙っていた一瞬に他ならない。

 

 そこに投槍の直後に飛翔したエリザの一撃が振り下ろされる。今まで攻撃に用いていた槍は手元にはない。故にエリザからの攻撃ではなく、私を警戒するのは無理もないことだろう。

 されどエリザの武器は槍だけではないのだ。『徹頭徹尾の竜頭蛇尾(ヴェール・シャールカーニ)』、鞭の如くしならせた竜尾による単純な振り下ろし攻撃でしかないが、最強の幻想種たる竜の尾による一撃だ。その威力は計り知れない。

 

 「ぐっ、尾だと!?」

 

 回避の際の不意をつかれ、態勢が崩れているというのに、それでも咄嗟に両腕をあげてガードしたところは流石であるが、さしものラカンも耐え切ることはできなかった。一瞬の拮抗の元、ラカンは吹き飛ばされる。いや、自ら吹き飛ばされた。

 

 「もうっ、あっ……あんまり尻尾は使わせないでっ!」

 

 投げた槍を回収しながら、どこか恥ずかしそうに文句を言うエリザは中々に可愛らしいが、今はそれどころではない。

 

 「ランサー、気を抜くな。まだ終わっていない」

 

 「えっ?気持ちいいくらい綺麗に決まったじゃない。流石の筋肉ゴリラも死んではないにしても、これ以上は無理じゃないかしら」

 

 不思議そうに言うランサーだが、それでも私の言葉に従って槍を構えなおす。

 

 「確かに面白いくらい綺麗に吹き飛んだが、あれは自ら飛んだんだ。本来、地面に叩き付けられるはずなのにそれを後ろへ飛ぶことで防いだんだよ」

 

 「なるほどね、道理で手応えが妙だと思ったわ……」

 

 「御名答。いや、大したもんだ。目がいいって言ってたのは伊達じゃねえな」

 

 私の言葉を証明するかのように、感心したような声と共に瓦礫の山からムクリと立ち上がるラカン。それなりのダメージはあったはずだというのに、その様は何の痛痒も感じさせない。

 

 私も人のこと言えた義理ではないが、この男も大概化け物だと思う。

 

 「それにしても、お前さんの本領っていうのはこういうことだったとはな。てっきり、火力特化の砲台に徹するかと思いきや、補助と戦術指揮がメインだったとはな……。

 どういう原理かしらねえが、さっきの投槍から竜尾へのコンビネーションはお前さんの指示だろう?」

 

 まさか、この短時間に見破るとは本当に大した男だ。

 

 「その通りだ。だが、よく分かったな?」

 

 「なに簡単だ。言っちゃ悪いが、竜の嬢ちゃんの攻撃は鋭いが素直すぎるんでな。あんな不意をついた手は思いつかないだろうと思っただけだ」

 

 なるほど、かまをかけられていたらしい。中々に食えない男である。

 

 「なるほど、してやられたというわけか……。さて、どうする?まだ続けるか?」

 

 こちらとしてはもういいのではないかという思いがある。私の全てをとは言わないが、真価の一端ぐらいは見せられたはずだ。それなりにラカンに報いることはできたと思うし、そろそろ潮時だと思う。これ以上やれば、本気の殺し合いに発展しかねない空気を感じるからだ。

 

 「そうしてえのは山々なんだが、これ以上は俺も本気になっちまう。そうなれば、ガチの殺し合いだ。流石に必要もないのにそれは避けてえんでな。

 だから、提案だ。次の一撃で終わりにしようや。その結果がどんなものであろうとも終わりだ」

 

 そして、それはラカンも同じだったらしい。まあ、いらぬ人死を嫌って乱入してきたぐらいだし、当然なのかもしれない。

 

 「そうか、では折角だ。一つ切り札を見せよう。ランサー……いや、エリザ。宝具を使うぞ。

 心することだジャック・ラカン。次の攻撃は並のものではないぞ。生き延びたくば、貴方も全身全霊でくることだ」

 

 「分かっていたことだけど、貴方って本当にやるときはとことんよね、マスター。

 いいわ、マスターのリクエストに応えてあげる。折角のデビューコンサートだものね。その締めくくりには私の美声こそふさわしいでしょう。

 筋肉ゴリ……いえ、ラカンとかいったかしら。覚悟することね、私のラストナンバーの盛り上がりは最高なんだから!」

 

 「大した自信だな。いいぜ、上等だ!俺も容赦はしねえ!真っ向からブチ破ってやるぜ!」

 

 ラカンはこちらの攻撃を迎撃することを選ぶようだ。恐らくこちらの切り札を破ることで、勝敗をハッキリさせようと言うのだろう。

 

 ────いいだろう。少々変り種ではあるが、竜の息吹(ドラゴンブレス)を破れるものなら破ってみるがいい!

 

 「令呪をもって、我が従僕エリザベート=バートリーに命じる。竜の息吹をもって敵を討て!」

 

 右手の令呪が一画消失すると共に私の全身から魔力が急激に失われていく。これは限定召喚が故だ。限定召喚したサーヴァントには、通常の召喚と違い、いくつかの枷があるのだが、これこそがその最たるものの一つ。宝具の真名解放には令呪一画を要するということ。そして、その魔力消費は全てマスターたる私が負担しなければならないということだ。

 

 だが、そんなことは次の瞬間どうでもいいこととなった。

 

 「承知!……といいたいところだけど、どうも盛り上がりがイマイチよね。ねえ、マスター。折角宝具を使うんだから、万全を期したいわ。試しに軽く歌わせてくれない?」

 

 エリザが可愛らしく猫撫で声で、とんでもないおねだりしてきたからだ。どうしようかと思わず周囲を見ると、必死の形相で首を振る玉藻と桜の姿が目に入る。彼女達の目は何よりも雄弁に「絶対にゆるしてはならない」と語っていた。

 

 ────そうだよな。危ない危ない。とんだ気の迷いだった。ここはラカンを口実に阻止しよう。

 

 「私達だけならともかく、主賓を待たせるわけにはいくまい。残念だが、今回はあきら…「俺は構わねえぜ」…ちょっ、おまっ?!」

 

 「いいじゃねえか、それくらい。あの美声だ。歌の方もかなり期待できるだろう?」

 

 とそんなことを当のラカンがのたまいやがったのだ。げに恐ろしきは無知なるかな。貴様は何も知らんから、そんな寝言を言えるのだ。私は顔が引きつったのを感じた。

 

 「貴方分かってるじゃない。私の美声に聞惚れるがいいわ!」

 

 ────ああ、最早エリザを止める術はない。かくなる上は!

 

 竜翼を広げ空へと飛び上がるエリザ。膨大な魔力がその矮躯から放出され、彼女の背後に巨大な影をもった何かが召喚されていく。それを見届けた私はすかさず耳栓をつけた。『道具作成(偽)』で作った特別製の耳栓である。ラカンが私の行動に胡乱げな表情をするが、知ったことではない。

 

 ────これならば、万が一はない。ダメージは最小限で済む。

 

 そうしてるうちに巨大な影は、ついにその全容を見せる。それは西洋風の城へであった。その城こそ、呪われしエリザの居城『監禁城チェイテ』だ。かつて彼女が何百人もの少女を拷問の末殺したとされる魔城そのものである。そいて、それをステージとなし、マイクと化した槍が突き立つことでそれは完成する。

 

 マイクの前でエリザが深呼吸し、ついには口を開く。そして、とうとう地獄の釜(ジャイアンリサイタル)が開かれる。

 

 「♪ヤーノシュ山からあなたに〜

 ♪一直線、急降下〜

 ♪くーしーざーしーで、ちーまーみーれー!」

 

 音痴だった。それも半端なものではない。壊滅的と言っていいレベルであった。なまじ美声なだけに余計にその酷さが際立つ。まあ、対策をしていた私はなんともないが。見れば玉藻と桜などは、私同様耳栓をした上で、『呪層・黒天洞』まで使っているではないか。なんという万全の態勢か。

 

 「グオオオ」

 

 私がその準備の良さにそんな戦慄を抱いていた時、一人対策などとりようがなかったラカンは、耳を抑えて呻いていた。全くの予想外であり、完全に聞く態勢だっただけにそのダメージは深刻だった。

 

 「オイ、テメエ!これが切り札とか巫山戯たことぬかすんじゃないだろうな!」

 

 怒り狂って、私に詰め寄ってくるラカン。悪いことをしたとは思うが、私達も一度は通った道なのだ。甘んじて受けてもらおう。それに何より、他ならぬ彼自身が許可したことだ。その責任はとってもらわねばならない。

 

 「まあまあ、落ち着いてくれ」

 

 「これが落ち着いて……って、テメエなにチャッカリ耳栓してやがる!俺によこせ!」

 

 ────チッ、気づかれたか。目敏い奴め。

 

 「悪いが、今は予備がない。私専用のこれしか持ってないし、そもそも許可したのは貴方だ。潔く覚悟を決めてくれ」

 

 「そんなの知ったことか。寄こせ!」

 

 「どうせ貴方には意味が無いものだ。それにいいのか?本命が来るぞ」

 

 「何?!」 

 

 「♪~、うん、いい感じに会場はあったまったわ。待たせたわね、奥の手を出してあげるっ!」

 

 思う存分歌えた為か、ご機嫌な様子でエリザが宝具の真価を今発揮しようとする。

 

 「急げ、急げ!無防備であれを喰らったら、いくら貴方でも死ぬぞ!」

 

 「ちっ!」

 

 私の本気で急かす言葉に本当にヤバイと悟ったのだろう。全身に生命力を滾らせ、全力で迎撃態勢をとるラカン。だが、僅かながらにそれは遅かった。もしかしたら、直前の歌のダメージが残っていたのかもしれない。

 

 「これが私の、鮮血魔嬢よ! lAAAAA!!!」

 

 『鮮血魔嬢(バートリー・エルジェーベト)』、エリザのドラゴンブレスを最大限に発揮した対人宝具。エリザが生涯に渡り君臨したチェイテ城を展開し、周囲に恐るべき超音波による破壊振動波(スーパーソニック)を叩きつける音響破壊兵器。宝具としてのランクは低いが、その破壊力は凄まじい。

 

 ────まずい、このままだとラカンが死ぬかもれない。

 

 そう直感的に思った私は、ラカンに『身代符』をかける。これでラカンの耐久は2ランクアップした。これで少なくとも死ぬことはあるまい。後は彼の幸運を祈ることしかできない。

 

 

 

 

 ついに放たれる竜の吐息。エリザから放たれ、チェイテ城により増幅されたそれは、全てを破壊しつくさんと襲いかかる破滅の音の波だ。音であるが故に避けることも防ぐことも許さない。必中の槍。

 されど、それをラカンは耐えていた。破壊の中心点に晒されながら、頑としてそこを動かずに。

 

 「ウオオオー!」

 

 雄叫びが上がる。繰り出されるは、最強の拳。己が全てを賭した一撃。『ラカンインパクト』、 腰を落として拳を構えてエネルギーを集中させ、 拳を突き出すと共にエネルギーを放出するラカンの決め技の一つ。突き出された拳と共に放出された莫大な気のエネルギーは、ラカンへの竜の吐息の侵略を許さず、確実に相殺していく。万全であれば、それは鮮血魔嬢すら完全に相殺したかもしれないが、全開ままで3秒かかるという制限が音速で迫る竜の吐息には致命的な欠点となった。

 

 共振現象により、全周囲から迫る防御も回避も不可能な破滅の音。それを相殺しきるには僅かばかり時が足りなかったのだ。相殺しきれない竜の吐息がついにはラカンに届く。全身を襲う破壊の音波は、凄まじいまでの振動をラカンに与える。それは内から破壊されるようなものだ。全身から血を吹き出し、ついにはラカンは膝をついたところで、暴虐の限りを尽くした竜の吐息は終わりを告げた。

 

 そう、本当にラカンは耐え切ったのだ。幻想の塊である宝具をその身一つで!

 

 

 「貴方は本物の化け物だ……。この勝負、貴方の勝ちだ」

 

 もしかしたら、この人私の助けなんて必要なかったんじゃないかなあと思いながら、徹は己が目撃した信じられない光景を思い出しながら、どこか呆然としたまましっかりと告げたのだった。




ラカンはこんなに弱くないとか色々あるかもしれませんが、幻想の存在である英霊たるサーヴァントとやりあえる時点で充分に異常ですから。これくらいなのではないかというのが私なりの評価です。私の中では、英霊に人間はけして勝てないというのがありますので。

大体、宝具を自力で相殺している時点で、頭おかしいです。むしろ、過剰評価といわれないか、心配してます。そこらへん、意見があれば教えていただけるとありがたいです。

※術技解説(ちょっと時間がないので、後で追加します)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。