月桜陽狐奇譚   作:清流

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非常に遅くなりました。次話はもっと早くあげたいと思います。
おかしなところや疑問があれば、遠慮なく指摘してやってください。


第六話 狐に化かされた西の長

 「久しぶりですね、京の都も。あの暗黒イケモンに追いたてられた記憶がまざまざと蘇ります……。ご主人様ー、傷心のタマモを慰めてください!」

 

 そう言って、ヒシッと抱きついてくる玉藻。

 ちょっ、くっつきすぎ!色々、もろに当たっているから!

 

 「もちろん、当ててるんですよ」

 

 やっぱり、確信犯(誤用)かよ!先のラカンとの手合わせ以来、玉藻は何かと私にくっつこうとする。まあ、何かとべたべたしたがるのは元からだが、その頻度が明らかに増えているのは、絶対に気のせいではない。

 

 「またですか、玉藻さん!一人だけずるいですよ。そんなにくっついて、センパイが歩きにくそうじゃないですか?!」

 

 引き剥がそうと玉藻を引っ張る桜だが、玉藻は頑として動かない。

 

 「ふふふーん、羨ましいですか?」

 

 それどころか、玉藻は煽るように更に体を密着させてくるしまつだった。

 た、玉藻さん、ほどほどにしてくれませんかね?!私の我慢的にも、桜のボルテージ的にも自重してくれ!

 

 だが、それははかない願いだったようだ。桜の方からプチンという音が聞こえた気がした。

 

 「上等じゃないですか……。玉藻さんがそういうつもりなら、私も遠慮はしませんよ!」

 

 そう言えば、あんまり煽り耐性なかったよね、君。

 

 「さ、桜、落ちつい……」

 

 最後まで言うことすらっできなかった。桜は玉藻の反対側から、奪い取るように私に抱きついてきたのだ。

 だからね、君等男の純情というか、生理現象を分かってくれませんかね?!このまままだと、またあれが……!

 

 「ぐぎぎぎ」

 

 思っているそばからそれはきた。私の全身を激痛が襲う。辛うじて、叫ぶのは防ぐことはできたが、それでも声は漏れてしまう。玉藻と桜はそれに満面の笑みである。

 

 「ご主人様ったら、いくら私が魅力的だからといって、こんな街中で興奮しちゃうなんて……タマモ困っちゃいます」

 

 「何を寝ぼけたこと言ってるんですか駄狐。私が抱きついたから、センパイは反応したんであって、貴女にじゃありませんよ」 

 

  いや~んとくねくねする玉藻。そんな玉藻に冷や水をさす桜。自分にこそ反応したんだと、両者は主張していた。顔を突き合わせて睨みあうが、答はでない。当然、最終的にその答は私に求められることになった。

 

 「「どっちですか?」」

 

 なんでそういう時だけ、君等は息ピッタリなんですかね。というか、人が苦しんでいるのに、喜ばないでくれませんかね。

 

 「あのトカゲ娘とよろしくやっていた件のお仕置きですからね。夫の手綱を握るのも良妻の務めですから」

 

 「目の前で浮気されたら、いくらセンパイ命の私でも怒りますよ」

 

 どうやら、二人とも余程エリザの召喚がお気に召さなかったらしい。自分こそがという自負と想いがあるだけに、あれは色々まずかったようだ。

 

 「ああ、悪かったよ。でも、流石に浮気は言いすぎじゃないか?共闘しただけだって言うのに」

 

 「「いいえ、あれは浮気です!!」」

 

 間髪いれずに断定される。なんというか、とりつくしまもない。何がそんなに駄目だったのだろうか。

 

 「ハア、もうそれでいいよ。私が悪かった。だから、そろそろこれを外してくれないか?」

 

 痛みの元凶である金冠を指しながら、ダメ元で私はそう提案してみる。

 この頭にはまった金冠は、玉藻が用意したものである。私はどこの孫悟空だと言いたくなるが、用途は似ているようで違う。浮気対策用に玉藻が以前から作っておいたものらしい。性的な欲望や興奮を一定以上覚えると、全身に激痛をもたらすという代物だ。ラカン戦の後、強制的にはめさせられたのだった。つまり、何かと玉藻がひっついてきたのは、いちゃつく為ではない。私に対するお仕置き的意味合いが大きいのだ。

 

 まあ、玉藻や桜からすれば、自分達で私が性的な欲望や興奮を抱くのは嬉しいらしく、自分の魅力を確認するようなものなのかもしれない。だが、こちらとしてはたまったものではない。こちとら、正常な成人男性なのである。手出しOKなとびきりの美女二人にくっつかれて、性的興奮を抱くなという方がどだい無理な話なのだ。しかも、あれから今に至るまで同衾はしても、本番はお預け状態。これでは盛るなというのだから酷い話である。必然的に、私は洒落にならない激痛を幾度となく味わう羽目になったのである。

 

 「う~ん、そうですね。ご主人様も十分に反省なされたようですし、折角の京の都です。これ以上は野暮というものですね。桜さんもいいですね?」

 

 「ええ、折角センパイと日本に来れたんです。気兼ねなく楽しみたいですから」

 

 「桜さんの同意も得られましたので、『解』。ご主人様、もう外されても構いませんよ」

 

 「おお、ありがたい!そううだよな、折角の京都なんだから!」

 

 私は喜び勇んで金冠を外す。そして、そのまま虚数空間に捨てようとして、玉藻に阻止された。

 

 「ご主人様、何をされるおつもりですか?まさか、私が丹精込めて夜なべして作り上げた浮気撲滅一号を捨てられる気じゃありませんよね」

 

 「い、いや。使わないんなら、もういいかなと思って、流れでな」

 

 こ、怖っ!目が据わっている。それより聞き捨てならないことを聞いた。浮気撲滅一号だと。まさか、二号以降も存在するのか?!

 

 「ええ、もちろんですとも。この玉藻、呪術においては古今東西、右に出る者はいないと自負しております。不義を犯したものに対する呪いなど、星の数程ご用意できますとも」

 

 ガッデム!なんてこった。忌々しいこれを消しても、次なる拷問装置がスタンバイしているというのか?!『呪術EX』と『道具作成』がこんな必要のないところで仕事をして、私に仇なそうとは……。

 

 「まさか番号が後ろになる程、効果が酷くなるとかないよな?」

 

 「あら、流石はご主人様です。お察しの通りですよ」

 

 褒められても、欠片も嬉しくない。どこか呆然としている私を尻目に、玉藻は金冠を回収しいそいそとしまいこんだ。

 

 「まあまあ、センパイも玉藻さんもそのへんで。折角の京都なんですよ、楽しみましょうよ」

 

 桜がフォローするように言う。

 桜さん、貴女は女神様です。

 

 「そうだな。それにしてもラカンに日本人の友人がいようとはな。正直、驚きだ」

 

 「そうですね、あの筋肉達磨のバグキャラ。英雄というだけあって、顔だけは広いようですからね」

 

 「お二人とも、ちょっと酷くありませんか?渡航にも助力して頂きましたし、紹介状まで頂いたんですから」

 

 そう、私達は今京都にいる。魔法世界でいうところの旧世界にようやく渡ることができたのだ。これは偏にラカンのおかげである。彼は自身の交友関係をフルに使い、私たちの渡航がすんなり行くように助力してくれたのだ。その上、京都在住の友人への紹介状まで書いてくれたのだ。

 流石にそこまでしてもらうのは悪いと遠慮するつもりだったのだが。

 

 「何、楽しませてくれた礼だ。俺自身、ちょいと驕ってた部分があることを気づかせてもらったしな」

 

 そう言って、ラカンは諸々をやってしまったのだった。大変ありがたいのだが、流石にこれだけ世話になっては、私達としてはなにもなしとはいかない。そこで何か望みがあるかと聞いたら、彼はとびきり笑みを浮かべて即答した。

 

 「また、闘ろうぜ!」

 

 正直、宝具を身一つで自力で耐え切るようなバグキャラとは二度と戦いたくなかったのだが、流石にここで断ることはでず、内心渋々ながらも快く了承した。ラカンと戦わねばならないことを考えると今から気が重い。当分、魔法世界にはいくまいと心に決めた。

 

 まあ、そんなことはさておき京都である。ここにはラカンの戦友であり『紅き翼』の一員であった神鳴流剣士『近衛詠春』がいるそうだ。彼はこの日の本を二分する魔法組織の長であり、日本に住むにあたって大きな力になってくれるだろうということであった。

 

 なぜ日本を選んだのかというのは簡単だ。私達の姓名的にそれが自然だったし、私の前世ともいうべき俺も日本人である。玉藻にも縁の深い土地だし、桜の元になったオリジナルの間桐桜も日本人であったからだ。何よりも、私が米も醤油も味噌もない生活が嫌だったというのが大きな理由なのは、私だけの秘密である。

 

 だが、正直断るべきだったかもしれない。目の前の大きな屋敷を見るとそう思わざるをえない。

 

 「まあまあの大きさですね。仮にもこの日の本を二分する呪術組織なんですから、これくらいはあってもらわないと困ります」

 

 ところが、玉藻はそうでもないらしい。なんでもないことのように平然とそう評した。流石はかつて帝の寵愛を受けたと言われる金毛白面九尾である。これを見て、そんな科白がでてくるとは、元が小市民な私とは訳が違う。

 

 「中々強固な結界ですけど、綻びが目立ちますね。これなら私や玉藻さんなら力技で壊すどころか、のっとることさえできそうです」

 

 おっと、とんだ伏兵がいたらしい。桜は屋敷の大きさに特に価値を見出していないようだ。むしろ、その霊的防護に興味があるらしい。さらりととんでもないことぉのたまっているが、本当にできてしまうから困る。

 

 「ははは、中々厳しい物言いですね。壊されるのはもちろんですが、流石にのっとるのはやめて頂きたいですね」

 

 背後から苦笑と共にそんな言葉をかけられる。思わずその場を飛び退き、身構えてしまったのは仕方がないことだろう。私達三人が、誰一人気づくことなく声の届く距離まで接近されたのだから。

 

 「貴方は?」

 

 そうして、私達の目に映ったのは一人の中年の男性だった。術者を思わせる格好だが、その実この男は達人級の武芸者だ。微塵の隙も見られない立ち振る舞いがそれをよく表していた。私達が気づけなかったのはこの男に戦意も悪意もなかったが故だろう。恐らく、本当にただ歩いてゆっくりと近づいてきたに違いない。それでも思わず硬い声で誰何してしまったのは、目の前の男の底知れなさが故だ。

 

 「驚かせてしまったようで申し訳ない。はじめまして、近衛詠春と申します。関西呪術協会の長をやっています。貴方方のことは旧友から聞き及んでいます。あの馬鹿と互角にやり合うほどの使い手だと」

 

 温和で優しげな雰囲気とは裏腹に目は何かを見定めるように鋭い。

 なるほど、私達の情報はすでにわたっていたらしい。それもどうやらラカンからではない。恐らくラカンが使った伝から間接的に伝わったのだろう。でなければ、待ち構えていることなどできないだろう。

 

 「貴方があの……。かの大戦の英雄にあえて光栄です。私は黒桐徹。この度は縁あって、ラカンと思わぬ知己を得、その好意に甘えてこちらに寄らせてもらいました」

 

 「妻の黒桐玉藻です。キャスターとお呼び下さい」

 

 「同じく黒桐桜です。BBとお呼び下さい」

 

 「徹君に、キャスターさんにBBさんですか……。失礼ですが、この国では重婚は認められていませんよ」

 

 「私が内縁の妻というやつです」

 

 どこか、硬い声ではあったがはっきりと桜が答えた。これは当初から決めてあったことだ。日本国籍を取得することは私達であれば、容易いことだ。データベースの改竄など容易なことだし、そうでなくとも気は進まないが催眠暗示という手段もあるからだ。

 だが、一つ問題が生じた。詠春の指摘どおり日本では重婚は認められていないことだ。玉藻と桜、どちらを妻とするか選ばねばならなかったのである。これについては即断した。私は玉藻を妻とすることにしたのだ。どんなに情があっても、桜が2番目であることは不動の事実であるからだ。私は玉藻を選び、その上で桜を求めたという事実に変わりはない。故にその責は全て私が負うべきものなのだ。玉藻や桜がなんと言おうが、他の誰にも選択を委ねる事はできない。

 

 「そうですか。ご本人が納得されているならば、何も言いますまい。

 では、改めまして、ようこそ京都へ。私は貴方方を歓迎しますよ、お客人」

 

 初対面でありえない不躾な問をしておきながら、詠春さんは何事もなかったように、笑顔で一礼したのだった。

 どうやら、この人もまた食えない男のようだと、私は内心で溜息をついた。

 

 

 

 

 時はしばし遡る。関西呪術協会の長『近衛詠春』はかつてない驚愕に包まれていた。旧世界と魔法世界とを繋ぐホットライン。それは魔法世界の情報を直接手に入れるために詠春が確保している秘匿通信だ。それが珍しく、常の定期連絡ではなく緊急連絡で行われていた。

 

 「あの馬鹿と互角に?!それは本当ですか?」

 

 詠春はどこか信じられない面持ちで返すが、秘匿通信の相手であるアリアドネー魔法騎士団候補学校総長セラスから返ってきたのは肯定の返事だった。

 

 「ええ、本当よ。他ならぬ当の本人が認めたからね。相手はここ一年程高額賞金首を軒並みかっさらっていたことで有名な賞金稼ぎ『月桜狐』よ。男一人女二人の三人組で、とにかく強いってことで評判だったけど、まさかこれ程とはね」

 

 「『月桜狐』……なるほど、こちらのしかも日本語ですか。私に連絡してきた理由が分かりましたよ。期待させて申し訳ないのですが、とんと存じません。それ程の腕なら、こちらでもそれなりに名を馳せていてもおかしくないのですがね」

 

 「そう……。そちらの方で少しでも情報が得られればと思ったのだけど、こうなると最早お手上げね。経歴不明で、あんまり詳しく聞こうとすると逃げられちゃうのよね。身元が定まって後ろめたい経歴がないことが証明されれば、すぐにでもうちの騎士団にスカウトしたいくらいの逸材なんだけどね」

 

 「ふむ、そんな凄腕がこちらに渡ってくる……いえ、帰ってくるというべきかもしれませんが」

 

 明らかに日本語である団体名に、構成員の名前からして、彼等は本来こちらの人間であろうことは想像に難くなかった。

 

 「それは正しい予想かもしれないわ。少なくともこちらでは彼等の身元を確認できない。まあ、とてつもない辺境の出の可能性もゼロではないでけど、ないでしょうね。それに彼等が賞金を荒稼ぎしているのは渡航費用を稼ぐ為だそうだから。案外、なんらかの事故でそちらからこちらに飛ばされてきたのかもしれないわ」

 

 「なるほど、ありえない話ではないでしょうね」

 

 しかし、そうなると逆に疑問がでてくる。もし、何らかの事故で魔法世界に飛ばされたとしても、こちらには彼らの痕跡が残っているはずだ。特に日本は戸籍関係は非常に煩く厳格な国だ。彼等がこちらの人間であり、かつ日本人であるというのなら必ずあるはずだ。

 

 「分かりました、こちらでも調べてみましょう。少しお時間を頂けますか?」

 

 「ええ。でも、その必要はないかもしれないわ」

 

 「おや、それはなぜです?」

 

 「あの馬鹿、貴方の事を紹介したらしいのよ。だから、近日中に彼等が貴方を訪ねてくると思うわ」

 

 「なるほど、しのごの言うより直接会ってみた方がいいかもしれませんね。百聞は一見にしかずといいますし、ここは直接彼等本人を見定めたほうが良さそうですね」

 

 「ええ、あの馬鹿はともかく貴方の目なら信用できるから、期待しているわ。あの馬鹿と互角にやりあえる様な存在が敵に回るなんて考えたくもないけど……そうもいってられない立場なのよね」

 

 「お互い辛いところですね。組織の長というものは、ままならないものです。純粋な剣士であれたあの頃が懐かしいですよ」

 

 そんなこんなで後は思い出話と少し愚痴を言い合い、通信は終了した。詠春がここですぐに調査をしていたなら、徹達の戸籍が存在しないことに気づけただろう。しかし、詠春はあえて調査しなかった。事前情報を入手することで先入観が入るのを嫌った為である。それに自分自身で見定めることができるならば、それにこしたことはないと考えたからだ。こうして、徹達は最大の危機を何気なく回避していた。

 ちなみに正規の戸籍は、徹と桜によってあっさりと取得され、それらしく経歴も完璧に作られており、後日の裏付調査ではなんら問題点を見つけることができなかったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 関西呪術協会の長『近衛詠春』との話し合いは難航すると思っていた私の予想を裏切り、玉藻の独壇場であった。

 彼女は早々に人間としての偽装を解き、己が亜人・獣人ではなく力ある妖狐であると明かしたのだ。それが先制のパンチで、後はひたすらに主導権を握って渡さなかった。詠春さんが交渉に長けていないということもあったろうが、それでもその相手に付け入る隙を全く与えない論理展開は圧巻であった。流石は4つの王朝を滅ぼした金毛白面九尾である。真実も随所に入っているとはいえ、八割方作り話をさも真実のように語るのだから。その迫真さは、作り話であると知っている私でさえ、信じてしまいたくなるものがあった。何というか、実際本気出したら彼女の嘘を見抜くのは、至難の業であろう。

 

 「なるほど、魔法世界に飛ばされたお二方を保護し鍛えたのは、先に魔法世界に渡っていた貴女だったというわけですか……」

 

 「ええ、辺境で隠遁していた私の領域に懐かしい気配を感じまして。興味本位で行ってみたら、二人が倒れていたというわけです。で、手慰みというか、暇潰しというか、気まぐれで術やら何やら仕込んだのですよ」

 

 玉藻の説明はこうだ。私と桜は義理の兄妹で、何らかの事故で魔法世界に飛ばされたのだと。それが偶然玉藻の領域だったせいで拾われ、養育されたのだと。

 

 「……あの馬鹿ともやり合えたのはそれ故というわけですか。確かに貴女ほど力ある存在に育てられたのならば、納得がいきます。ですが、なぜ今になってこちら側に?」

 

 「それは言うまでもありません。二人が帰ることを望んだからですよ。とはいえ、戯れとはいえ私が教える以上中途半端は許せませんでしたから、私が納得できるまで仕込んでいたら今に至ってしまったというわけです」

 

 「ふむ……。なるほど、貴女の合格基準は中々に厳しそうですね。お二人もさぞ苦労されたことでしょう」

 

 「ええ、それはもう。本当に厳しかったですよ」

 

 労るように言う詠春さんに如才なく応える桜。真実を知る私の目から見ても、いかにも苦労した風情があって、否応無く真実味が増す。玉藻もだが、桜も負けず劣らずの演技である。『女は魔物』という言葉に共感できそうである。

 

 「そうでしょうね、私の旧友にも勝に劣らなそうですからね。

 しかし、解せないのですが、なぜわざわざ私に正体を明かされたのですか?疑われるのはもちろん、必要以上に警戒されることも理解されていたはずでしょう」

 

 「私達の望みが平穏に暮らすことだからです。故郷であるこの地に戻ってこれた以上、私達は余計な波風をたてることを望んでおりません」

 

 「ふむ、ですがお三方の力量は私から見てもかなりのものです。組織の長としては、放置することができない程度には……」

 

 こればかりは本心のからの玉藻の言葉だったが、心苦しい表情をしならも詠春さんの答は明確に否であった。

 まあ、ここまでは予想通りであるというか、この世界における英雄であるラカンと戦った以上、これは当然に想定される事態であった。

 

 「おっしゃることは理解できます。私達のような素性の知れぬ者を信用出来ないというのはもっともな話です。私達としては、信じてもらわねば困ります。とはいえ、我々はお互いのことを知らなさ過ぎて、そもそも信用できる土壌がないのが実情です。

 ですから、どうでしょう?私達をお雇いになりませんか?」

 

 「それは関西呪術協会でということですか?」

 

 「いえ、貴方個人の私兵としてです。期間は一年間。報酬は相場の半額で結構です」

 

 「私兵として、相場の半額ですか……。いいのですか、貴女達の実力を考えれば、随分な安売りだと思いますが?」

 

 「ええ、構いません。こちらで何の実績もない私達を組織として雇うのは難しいでしょうし、ある程度こちらが譲歩する必要があるでしょう。ただ、一年間の契約を大過なく果たせた時は、私にこの国の人間としての正規の戸籍を用意して欲しいのです」

 

 魔法世界での賞金稼ぎとしての実績はあるが、それをこちらでひけらかすのは逆効果だと考えたが故の言葉であった。関西呪術協会が西洋魔法使いや魔法世界の者を嫌っていることを私達は事前調査から熟知していたのだ。

 

 「貴女の戸籍ですか?なぜそんなものを?失礼ながら、御身ほどの存在に必要があるとは思えませんが」

 

 「先にも申しました通り、私達の望みは三人で平穏に暮らすことです。人間世界に溶け込むには戸籍があったほうが何かと便利ですし、折角ですから公的にもあこの人の妻と認められたいのです」

 

 そう言って、これみよがしに私の腕に抱きつく玉藻。その表情は幸せそうなもので、彼女の言の真実味を増す。

 まあ、嘘はいっていないし、これは玉藻の本音であろうからあれなのだが……ちょっとくっつきすぎじゃないかな?玉藻さんや、もろに胸が当たってるというか、完全に押し付けてますよね!当ててんのよなんてレベルじゃない。桜の絶対零度の視線が痛いから、少しはじちょうしてくれませんかねー!

 

 「ははは、なるほど。愛故にですか……これは参りましたね」

 

 詠春さんは玉藻の言にポカンと呆気にとられ、次いで私達の様子を見て破顔した。

 

 

 

 

 

 ────何というか、いい意味で予想外であった。

 

 詠春は三人の様子に苦笑しながら、そんなことを思った。

 あの生きるバグキャラであるラカンとやりあったと聞いて、どんな化物が出てくると思いきや、確かに一人は力ある大妖怪で間違いなく想像通りの化物であったが、中心である人物は極普通の人の良さそうな青年だったのだから。

 

 無論、青年は只者ではない。あの一見清楚な女性もその身に纏う魔力は凄まじいレベルだし、彼女もかなりの実力者であることは間違いないだろう。そんな女性と大妖怪を侍らせて、愛を囁かれているのだから、只者であるはずがない。なんといっても目が違うし、何か人を惹きつけてやまない輝きが彼の内面にはあるのだろう。

 

 しかし、名のある賞金稼ぎ、それもラカンとやりあえる程の実力者がわざわざ魔法世界から旧世界に来たかと戦々恐々としていたら、その望みが平穏な生活というささやかなものだとは……。

 これでは、最小限の人員を除き人払いをするという最大限の警戒をして、わざわざ別邸に招き挑発じみた疑問すら投げかけた己が馬鹿みたいではないか。

 

 (いえ、実際のところ、その平穏な生活おくることこそが、もっとも保つのが難しいものなのかもしれませんね)

 

 彼らのような実力者がいると知れば、放っておくという選択肢は組織にはない。今、詠春自身がそうしているように。強い力というものは、ただ存在するだけで厄介事を惹きつけるものなのだ。詠春の娘である木乃香と同様に。

 詠春の娘である木乃香は極東最強といっていほどの魔力を秘めている。麻帆良最強の魔法使いである義父の流れを汲む近衛の血と京都神鳴流の宗家である青山のハイブリットが故か、その才能は剣士である詠春などとは比べくもない。

 

 だが、それ故に木乃香の生活は薄氷の上に成り立っていると言っても過言ではない。近衛と青山の血をひき、極東最強の魔力を秘める木乃香は、血統的にも才能的にも魔法に無関係とはいかない。いや、麻帆良の長の孫であり、同時に西の長の娘ということを考えれば、政治的にもそれはありえないといっていいだろう。

 それでも、そのありえない選択肢をとり、無理を押しているのが現状である。今の木乃香の平穏な学生生活は、祖父である近右衛門と詠春自身の多大なる尽力の賜物なのである。それを思えば、平穏な生活が安いなどと言えるはずがなかった。

 

 (しかし、どうしたものですかね?雇い主として手綱を握り、一応鈴もつけられることを考えれば、この申し出は悪くありません。為人は仕事をこなしていく上で分かるでしょうし、その手管も多少なりとも明らかにできるでしょう。

 しかも、曲りなりともあの馬鹿とやりあえる実力者を、実働戦力として自由に使えるのですから、こちらには利点しかありませんね)

 

 関西呪術協会で雇ってくれといってこなかったのも、好印象である。そんなことをすれば、どこの馬の骨とも分からぬ輩をと組織内から反発がでるのは必至だったろうから。それに魔法世界での賞金稼ぎとしての実績をないものとして話しているのも評価できる。すなわち、こちらの下調べは万全でありある程度こちらの内情を理解しているということに他ならないのだから。

 

 (これほどの大妖が戸籍を求めるというのは違和感がないわけではないですが、その動機も目的もあの様子を見るに間違いないでしょうし、一年の報酬半額の対価としてはむしろ安すぎるくらいですが、彼女にとってはそれだけの価値があるということでしょう。

 なるほど、そういう意味では譲歩に見えて、実質的には譲歩したわけではないということですか)

 

 目前の三者にとっては、玉藻の戸籍こそがもっとも欲しいものであって、それ以外は余録なのだと詠春は考えた。こちらで生活するだけの資金はすでに魔法世界で十分に稼いでいることを考えれば、それは当然の結論であった。

 

 (ふむ、これ以上の腹の探り合いは無駄でしょうし、ここはどこか他の組織に取られる前に素直に雇って、こちらにひきこんでおくべきでしょうね。彼らの言い分に怪しいところが無いわけではないですが、戸籍の有無を調べればそれも裏をとれるでしょう。彼らがこちらにきたのは、ほんの三日前です。偽造するだけの時間はなかったでしょうし、その伝手があるとも思えませんからね)

 

 「分かりました。そういうことであれば、私のポケットマネーで雇わせていただきましょう。申し訳ありませんが、あまり高給は差し上げられませんよ?」

 

 「ええ、それで結構です。そのかわり戸籍の方を確実にお願いします」

 

 金に拘らず、逆に戸籍の件では懇願するような玉藻の様子に、詠春は己の考えが正しいことを確信した。

 

 「分かりました。一年の契約満了の暁には必ずご用意致しましょう」

 

 こうして契約は結ばれた。全ては玉藻の筋書き通りに……。

 

 

 

 

 さて、当然ながら詠春にはいくつかの誤解がある。

 徹が養子で桜と兄妹など嘘っぱちもいいところだし、魔法世界に飛ばされたというのは嘘ではないが本当でもない。そこらへんの話はほとんど玉藻が即興で作った設定である。事前に徹と桜は聞かされていたが、その細部に至るまでの作りこみは即興とは到底思えないものであった。 

 

 しかも、玉藻はすでに交渉の前段階から、正規戸籍の取得を徹と桜だけに留めるという布石を打っていたのだ。これは玉藻が妖狐であることから、その戸籍がないのは当然なのだという認識に加えて、徹達の戸籍について違和感を感じさせないという目的があったのだ。あえて自身の戸籍を取得しないことで、偽造や不正取得を疑いにくしたのだ。また、実の兄弟ではなく養子という形にしたのも、仮に改竄の痕跡が残っていたとしても戸籍に手が入れられたことに対する疑問を生じさせない為であった。

 

 さらに玉藻はダメ押しで、報酬として自身の戸籍を要求することで、戸籍の改竄や不正取得の可能性を限りなく低くしたのだ。普通に考えて、やるなら三人とも取得するのが自然だろうし、あえて一人だけ取得しない理由はないからだ。玉藻が大妖ということからしても、正規の戸籍取得が一番難易度の高い玉藻を残すことは不自然極まりない。

 

 そんなわけでものの見事に詠春は騙された。とはいえ、これは彼が悪いわけではない。相手が悪すぎたのだ。虚偽に織り交ぜて、ところどころに本音をだし、望む方向に思考を誘導する狐の手管にこそ畏怖すべきだろう。権謀術数では右に出るものはいない金毛白面九尾の面目躍如であったとさ。 

 

 




『暗黒イケモン』
 安倍晴明のこと。正体見破られて追い立てられたので、恨みがあるらしい。玉藻曰く「魂まで根の国色」。イケモンは、顔はイケメンだが心(魂)がイケてないケモノである様のイケメンのこと。原作で緑茶さんがそう言われていた。他に坂田金時などがそう言われている。

『浮気撲滅一号』
 西遊記で有名な斉天大聖の『緊箍児』を模して、『道具作成』と『呪術EX』を組み合わせて玉藻の手で作られた徹専用の金環。呪文に反応するわけではなく、頭を締め付けるわけでもない。徹が肉欲とか性欲な興奮を覚えると、全身に激痛をもたらす。
 ちなみに浮気撲滅シリーズは一つとして同じものがなく、号が後になるほど効果が酷く苛烈なものになる。
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