Gloria   作:そげつ@気まぐれ更新

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連投。


第二話『僕はライブビギナーです』

 翌朝、寝たんだか寝ていないんだかよく分からないくらい短い睡眠を取った後、八時半になるのを待って、俺はバッグを持って家を出た。

 ライブ会場が開くのは開始時刻の一時間前らしい。ということは、九時には開場するはずなのだが、今から行けばそれよりも早く着いてしまうことは容易に想像がついた。

 ……実のところ、あまり長居したくはないのだ。ただ様子を見て帰る。それが今回の目的なのだから。

 フライヤーを見る限り、どのバンドがどの順番で演奏するかなんてことは書かれていない。俺はこういったライブに関することには全く疎い。何せ、今までに一度もライブになんて行ったことがないのだから。だから、どうすれば良いのか、何が正解なのかは皆目見当もつかない。

 が、開演時間ギリギリに入るのは不味いとは思ったので、とりあえず開演十分前にライブハウスに入ることにした。

 つまり、着いてから丸一時間ほど、俺は手持ち無沙汰ということになる。

 ……まあ良い。近くまで行ってから、その辺で時間を潰せば良いのだ。

 そう勝手に納得して、俺はさっさと歩を進める。

 九月とはいえ、やはりまだまだ暑さは残っていた。垂れる汗を拭い、帽子を深く被り直して、俺はひたすら歩き続ける。

 ふと顔を上げれば、そこには見慣れた商店街があった。当たり前だ。自分が商店街に住んでいるのだから、ちょっと歩いたくらいでその景色が突然変わることはない。

 ここの商店街は意外に広い。少なくとも、子供の頃は隠れんぼの舞台に使っていたのだから、それなりに広いはずだ。

 場所が広ければ、それだけ商店の数は多いし、種類も多岐に渡る。有名どころで言えば、いつも焼き立てのパンの良い香りが漂っている山吹ベーカリーなどがある。最近はめっきり行かなくなってしまったが、昔はよくあそこのパンを食べたものだ。ソウルフードと言っても良い。

 それから、昨日俺が買ったあの絶品コロッケを作っている北沢精肉店。あそこのコロッケを食べるのは久々だったが、変わらない美味しさだった。是非また食べたいものだ。

 余談だが、昨日仏壇に供えたコロッケは、朝温めて食べた。やはり美味かった。

 そんなことを考えているうちに商店街を出た。

 今日も日差しは容赦なく照りつけてくる。あまりの暑さに怯んで、一瞬交通機関を使いそうになったが、そんなことをしたら余計に早く着いてしまうので、なんとか思い止まった。というか、使う必要もないくらいに会場は近場だし、何よりバスを待っている間が苦痛だ。

 というわけで、その後も俺は淡々と道を歩く。

 未だ夏の気配が抜けない景色を睨みつけながら、ずんずん歩いて行く。

 そのうち、背中を伝う汗も気にならなくなっていた。

 そうして無心で歩き続けること十数分。ライブ会場である『CiRCLE』付近に到着した。

 案の定時間が有り余ってしまったので、俺は暇潰し出来そうな場所を探すべく、辺りを見渡す。

 『CiRCLE』のすぐ側にカフェがあるが、ちょっと近過ぎる。そこまで近いと、ライブの出演者と鉢合わせしましまうかもしれない。

 それは避けたかった。

 というわけで、会場から適度に離れていて、かつ離れすぎていない所がベストだ。そんな所あるんだろうか。

 あった。

  こじんまりとした本屋だ。ここなら時間も潰せるし、冷房も効いているし、実に最適な場所と言えるだろう。

 店に足を踏み入れると、老眼鏡を掛けて今朝の新聞を読んでいた店主らしきおじいさんがチラリとこちらに目を向け、そして無言のまま新聞に目を戻した。

 ……絵に描いたような“昔ながらの本屋”だな。

 そんな感想を抱きつつ、俺は本を物色する。

 品揃えとしては、新書が多かった。それから古典文学と、時代小説。ライトノベルや漫画などは置いていないようだったが……まあ店主の趣味なのだろう。ただ、これで上手くやって行けているのかは甚だ疑問だったが。

 結局俺はその辺にあった一冊をなんとなく手に取り、パラパラとページを捲った。そして、しばらく流し読みする。

 読んで分かった。どうやらこれは宮沢賢治全集のようだ。それも文庫版の。

 俺が読んでいたのは『よだかの星』だった。

 知ってはいるものの、しっかりとは読んだことはなかったので、読んでみることにした。

 すると、十分ほどで読み切ってしまった。

 俺は別に文学作品などに造詣が深いわけでもなく、ごくごく一般的な感性の持ち主なので、感想を聞かれても、「はあ、まあ、凄いっすね」くらいしか言えないのだが、名作と言われるだけあって、なかなかに面白かったように思う。

 腕時計を見ると、十時まであと五十分もあった。まだまだ時間はあるようだ。せっかくなので、この際『銀河鉄道の夜』も読んでみるかと本を開いたとき、思わぬところから声が掛かった。

「……気に入ったかね?」

「……え?」

 先ほどまで新聞を読んでいたおじいさんが、突然声をかけてきたのである。

 はじめ、あまりにも唐突だったこともあって反応が遅れてしまったが、俺に話しかけているんだと理解した俺は、慌てて彼に返答をした。

「え、ええ、まあ。それなりに。面白いとは思いましたけど……」

「そうかね、毎度」

「え、え?」

 そしてあれよあれよと言ううちに本を買わされ、気が付けば追い出されてしまっていた。

 ……何だったんだ、一体。

 野口が一人消えてしまった財布をポケットに仕舞いつつ、俺はしきりに首を傾げる。

 やりきれないものを感じつつも、渋々俺は本屋から離れた。

 本屋の手口を知ってしまった気がした。

 そして本屋から歩くこと数分。離れたは良いものの、することがない。

 やはり早く来すぎたのだ。九時に家を出ればちょうど良かったかもしれない。

 時計を見れば、現在九時二十分。九時五十分までは残り三十分もある。

 俺は再び適当な場所を探すことを余儀なくされた。

 ……仕方がない。もう少しだけ会場の近くまで寄っても良いか。

 そう考えた俺は、今までいたところより百メートルほどライブハウスに近いところを探索する。交通量がさっきよりも多いためか、本屋の周辺よりはいくらか賑わっているように思えた。

 しかし、残念なことに良さそうな場所は見当たらない。こうなると、先ほど本屋を追い出されてしまったことが実に悔やまれる。あそこは、おじいさんの呼びかけを無視して、本に集中している雰囲気を醸し出すのが正解だったのかもしれない。

 そんなこんなで、時間は過ぎていった。

 暇潰しが出来る場所を求めて十五分が経過した。依然として良い場所は見つからない。

 いっそのこと、もうライブ会場に入ってしまおうかと思っていた、その時だった。

「あ! 昨日ライブのフライヤーを受け取ってくれた人だ! ね、ね、有咲。挨拶しにいこうよー♪」

「ちょ、香澄っ!? ま、待てって!」

 前から歩いて来ていた二人組が突然こちらに駆け寄ってきた。

 帽子のつばを少しあげて二人の顔を見る。

 一人は、何だか猫っぽい髪型をした快活そうな女の子だ。なぜか後ろに大きな黒い袋を持っている。あれは……ギターケース、だろうか?

 もう一人は綺麗な栗色の髪を左右で束ねた、こちらは雰囲気が猫っぽい女の子だった。物凄い勢いで走って来るもう一人の女の子を止めようとして必死で走ってはいるものの、まるで追いついていない。

 ……何だろう、アレは。

 まるで俺が見知った人であるかのように手をブンブン振りながら走って来ているが、全然知らない人だ。

「おーい! そこのお兄さーん! ライブ、見に来てくれたんですね!」

「ちょっと香澄! お前急に走るなって……!」

「ごめんごめん、でもほら、有紗! 昨日私がフライヤー渡した人が見にきてくれたんだよ? 凄いと思わない!?」

「思わねーよ! ったく、大体お前はいつもいつも――!」

 そして、目の前でお小言が始まってしまった。

 ……何だろうか、コレは。ひょっとして、小言が終わるまで俺も付き合わないといけないのだろうか。

 いや、流石にそれは御免被る。いくらなんでもこの暑い日差しの中いつまでも立ち竦んでいなければならないなんて、苦行以外のなにものでもない。

 状況が把握できないまま、俺はそっと踵を返し、会場に足を運ぼうとした。

 すると――

「あ、お兄さん、『CiRCLE』に行くんですか? じゃあ一緒に行きましょう!」

「あ、香澄、まだ話は終わってな――!」

 目敏く気付かれ、付いてこられてしまった。

 ……どうすれば良いんだろうか、この状況。

 困り果てた俺がもう一度彼女たちの顔を見た時、ふと昨日の光景が蘇って来た。

 そこで思い出す。

 彼女たちは、俺に今日のライブの存在を教えてくれた人だった。

 夕暮れの中、ぼんやりと歩いていた俺にフライヤーを差し出し、「明日ライブやりまーす! 見に来てください!」と言って渡してくれたのだ。

 そして、何の気なしにそれを受け取ってなんとなく眺めていると、見たことのあるバンド名が視界を掠め、それが俺に深く関わりのある奴らのバンドだと思い当たって、今日のライブを観ることを決めたのだった。

 そう思い至った俺は、感謝の意も込めて、思い切って話しかけることにした。

「あの……昨日はありがとうございました」

「いえいえ、むしろ今日来てくれて嬉しいです!ありがとうございます!」

「……あ、昨日の人ですか! あの、その、どうもありがとうございます!」

 すると、どういうわけか三者とも礼を言うという異例の事態が起こってしまった。いや、まあそれは良いとして。

「それで、お二人はどうしてこんなところに? ライブ開始まであと二十分ほどですよね。オーディエンスの俺はともかく、お二人は出演なさるのでは……?」

 俺がそういうと、悠長に歩いていた二人は顔を見合わせ、次いで顔を真っ青にすると、俺に向き直って言った。

「あの、すみません! 急いでるので先行きます!」

「失礼します!」

「……あ、はい」

 慌てた様子で走り去って行く二人。

 大体今ので状況を把握した俺は、黙って見送ることにした。

 大方、何か用事があって一度ライブ会場から離れたは良いものの、戻る際に俺に話しかけたせいで、急いでいることを忘れてしまったといったところだろう。

 猫耳の方の子、ちょっと抜けてそうな子だったし。

 用事というのも、おそらく忘れ物を取りに行ったとか、そんなところじゃないだろうか。例えば、背負っていたあのギターケースを忘れていたとか。

 ……いやでも、それだとここに持って来るときは、ギターは剥き身のまま持ってきたことになってしまうな。流石にそれはないか。となれば、何か別の物を忘れたのだろう。

 遠くで走る二人の背中を見送りながら、そんなことを思った。

 腕時計を見ると、長針は四十五分を指していた。

 さて、そろそろいい頃合いだろう。

 そう判断した俺は、二人の後を追ってライブ会場へと向かった。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ

 

「悪い遅くなった!」

「ごめんね、ちょっと途中で知ってる人に会って――!」

「もー、香澄? 今度はちゃんとギターはケースに入れて持って来てよ?」

「えへへ、ごめんね。弾きながら来ちゃったから」

「弾きながら……? 香澄、もしかして天才?」

「あはは……香澄ちゃんらしいね」

「そう? 照れちゃうなー」

「褒めてねえ!」

 




とりあえずこれだけ。次回の投稿は未定です。
※12/15 ご指摘がありましたので誤字を修正致しました。

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