Gloria   作:そげつ@気まぐれ更新

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なかなか話が進みません。進められません。


第四話『本番まで残り二十分』

 今日は、いつもお世話になっているミュージックスタジオ『CiRCLE』で大きなライブイベントが開かれる日だった。

 あたしたちのバンドは今日このライブに参加することになっている。開催が決まったときに、オーナーさんに出ないかと誘われたのだ。無論、二つ返事で了承した。

 あたしたちもそこそこ有名になったと思う。

 『Afterglow』を結成して二年半。放課後には皆で練習をして、数々のライブをこなし、少なくとも「私たちはバンドをやっているんだ」と胸を張って言えるくらいにはなれたんじゃないかと思っている。

 勿論それで慢心はしないし、まだまだな部分はあるだろうけれど、それでも皆でバンドをやっているというのは、その……悪くない。

 こんなことを言ったらモカに笑われてしまうこと請け合いだ。というか多分口に出さなくても揶揄われる。

 その場面が容易に浮かんで、あたしは慌てて首を振り、ニヤついた顔をするモカを頭の中から追い出した。

「蘭ー、いま面白いこと考えてたでしょー」

 ほら来た。何で分かるんだろ……。

 モカは本当にエスパーなのかと思うくらい的確にあたしの心を読んでくる。あたしは感情が表に出にくい方のはずなんだけどな……それとも、これが幼馴染の力なのだろうか。だとしたら、幼馴染たちは全員あたしの考えを読めるということになってしまうんだけど。

 いや、意外とありえるのかも。実際、皆あたしが素直じゃなくても見透かしたようなことを言ってくるし。しかも見透かされてるし。

 でももし本当にそうだとしたら、モカにあたしの考えが分かって、あたしにモカの考えていることが分からないのはおかしい。不公平だ。

 他の皆もモカの言動は読みにくいとは言ってるけど……モカが特殊なだけなのだろうか。

 モカを横目でちらりと見てみる。今あたしたちはライブ会場の準備室で自分たちの番を待っていて、あと二十分後にはステージの上にいるはずなんだけど、そんな中、モカは大量のパンをモリモリ食していた。

 いつも通りと言えばいつも通りだけど……よく考えたら普通はおかしいよね、コレ。だって普通の人はライブ本番前にパンを十個も二十個も食べたりはしないし、なんなら本番前じゃなくても食べない。

 やっぱりモカが特殊なだけか……なら仕方ないのかも。

 そう結論付けようとして、しかしそこでふと思い出す。

 ひとりだけいた。モカの考えていることを読める人が、ひとりだけ。

 少し前まではあたしたちのそばで笑っていたはずの碧髪の少年。彼はモカの企みすらも容易く看破していた。同時にモカと共謀することも多々あったんだけど。

 ――そういえば、彼の思考もよくわからなかったな……。

 よくわからないまま一緒に過ごして、よくわからなかったまま、彼はあたしたちの前から姿を消した。

 モカもよく言っていた気がする。「たーくんは、なんかナゾいんだよねー」とか何とか。モカにそう言わしめるほどだ。きっとあたしでは一生理解できはしないのだろう。

 彼が――夕がいなくなってから、二年の時が過ぎた。その間、あたしたちは誰一人として夕に一度も会っていない。

 会いに行かなかったわけじゃない。むしろ何回も会いに行った。探したりもした。

 でも会うことは叶わなかった。

 近所の人の話によれば、夕は今でもあたしたちの商店街に住んでいるらしい。それなのに、二年間一度も邂逅しなかったということは、夕は間違いなくあたしたちを避けているということになる。そうでないとあり得ない。

 ……どうして急にいなくなってしまったんだろう。どうしてあたしたちを避けるんだろう。どうしてあたしたちは夕を見付けられないんだろう。

 そう思わなかった日はない。でもその理由は未だわからないままだ。やっぱり、あたしじゃ夕の考えを理解することは出来ないということなんだろうか。

 ぼんやりとモカを見つめながらそんなことを考えていると、モカと目が合った。

「なに〜? あ、もしかしてモカちゃんのパンが欲しいの〜?」

「……いや、別にいらないから」

「え〜」

 明らかにパンをあげる気もないのに勧めてくるモカから視線を外し、その隣にいたつぐみに目を向ける。つぐみは緊張しているのか、真剣な表情でしきりに指をタンタカと打ち付けていた。どうやらエアキーボードを弾いているようだ。頑張り屋のつぐみらしい。そしてモカや夕とは違って考えていることが手に取るようようにわかる。

 しばらくすると一通り弾き終えたのか、ふぅと息を吐いて微笑を浮かべた。

 多分いま心の中では「よし、本番もこの調子でがんばろう!」とか思ってるんだろうな……うん、可愛い。

 今日もつぐっているつぐみにちょっとほっこりして、さらに視線を横に向けると、今度はひまりと巴が談笑していた。何の話をしているのかと耳をすますと、何やらひまりが巴に相談をしているらしい。

「うーん、どうやったらみんな『えいえい、おー!』って言ってくれるのかな?」

「……いや、多分どうやったって皆言わないと思うぞ」

「え~何で!? 言った方が絶対気合い入るってー!」

「だから、気合いの入る入らないの問題じゃなくてさ……」

「だって~……」 

 ひまりは不満気にそう言って、ぐだっと机に突っ伏した。

 ……そんなに言ってほしいのかな、あの掛け声。

 たまには乗ってあげても良いかなとは思ってるけど……でも あたしたちの間では、ひまりは言うけど誰も言わないっていうのが既に様式美として定着しちゃってる感じだし。

 それに、あの間の抜けた掛け声のおかげで良い感じに肩の力が抜けるからという理由もある。気張り過ぎてしまうつぐみなんかは特に助けられているはずだ。

 まあ当のひまりはそのことに気付いていないんだけど。でもそういうところがひまりらしい。流石、メンバー随一の空気の読めなさだ。

「あーあ、たーくんがいたら多分ノリノリで言ってくれたんだろうなー……」

 ……そして、こういう空気の読めなさも、ひまりはピカイチだった。

 辺りの空気が一瞬にしてぴしりと凍りつくのを感じる。

 あのモカでさえパンを食べる手を止めて固まる始末だ。つぐみは忙しなく目を泳がせているし、巴も額に手を当てて「あちゃー」と言わんばかりに天を仰いでいる。

 そして、ひまり以外のメンバーが一斉にギギギと首をこちらに向けた。

「……なに?」

 そのリアクションに、思っていたより低い声が出てしまう。

「いや、なにっていうか……いやー、何だろうなー! ハハハ――」

「蘭〜、パン食べる〜?」

「ら、蘭ちゃん……! わ、私今日も頑張るね!」

 すると彼女たちは三者三様の反応を見せた。

 三人ともあたしに気を遣ってなんとか誤魔化そうとしているのが丸わかりだった。全然出来てないけど。

「え、え、何? どうしたの? モカがパンを分け与えるなんてそんな――むぐぅ!」

「ひーちゃんにもあげるよ〜。ほら、しっかり味わってね?」

「んむーーっ!?」

 モカは何か言い掛けたひまりの口にパンを突っ込むと、そのまま部屋の端まで連れて行って、ひまりの耳元で何事かを囁いていた。

 つぐみと巴はといえば、つぐみは相変わらずあわあわしているし、巴はきまり悪そうにあさっての方向を向いて頭の後ろを掻いている。

「……はぁ」

 こうなってしまったら後は自分で収拾をつけるしかない。一つ溜め息をつくと、あたしは宣言する。

「何回も言ってるけど、別にあたしは気にしてないって」

「そ、そうか?」

「うん、全然」

「蘭ちゃん、その……」

「大丈夫」

「ひーちゃんにも悪気があったわけじゃ――」

「わかってるって」

 それぞれに返事を返して口元に笑みを浮かべると、三人はようやくほっとした表情を見せた。

 はっきり言おう。三人とも過剰に反応し過ぎだ。

 どういうわけだか知らないけど、どうにもこの三人はあたしの前で夕の話を出すのはマズいと思っている節がある。

 あたしが怒るとでも思っているんだろうか。だとしたら心外だ。あたしは別に怒ったりしない。そりゃ夕が突然いなくなったのはショックだったけど、それで癇癪を起こすほど子供でもないつもりだ。

 まだパンをむぐむぐ食べているひまりを見ながら考える。別に皆もあれくらいで良いのに。その方がよっぽど気が楽だと思うけどな……。

「ありゃ、もうそろそろ袖に行かなきゃマズイな」

 腕時計を見ながら巴がそう言った。確かに、時計を見ればあたしたちの番まであと十分ほどだ。急がないと。

「そうだね〜。それじゃ、行こっか〜」

「ひまりちゃん、口の中のパンはまだ時間掛かりそう?」

「大丈夫、もう食べたから! モカごちそうさまっ」

「今度奢ってね〜」

「えー!? モカが自分からくれたんじゃん! ていうか食べ掛けだったし……」

「モカちゃんとの間接キスはお高いですよ〜? これは二倍、三倍にしてお返ししてもらわないと〜」

「も〜!」

「ほらほら、モカもひまりもそれくらいにしとけって。今は早く行かなきゃだろ?」

「あ、じゃあちょっと待って! 掛け声やるからっ」

「え〜、また〜?」

「いくよ〜! えい、えい、おー!」

 流れるように掛け合いをして、結局いつものように放たれた高らかな掛け声は、果たしてそれに追随するものもなく、所在なさげに空気に紛れて行った。

「だから何で誰も言ってくれないの〜!?」

 ガックリと項垂れるひまり。気が付けば、あたしたちを包み込むのは既にいつもの雰囲気だ。

 ふっと笑みが溢れた。同時に、なぜか一抹の寂しさが胸によぎる。

 舞台袖に近付くにつれて、会場の高揚がはっきりと耳に届くようになって来た。そしてあたしたちが舞台袖に着くと同時に、前のバンドの演奏が終わった。

 いよいよ次はあたしたちが演奏する番だ。

「じゃ、みんな行くよ。今日も良い演奏にしよう。『いつも通り』にね」

 醸成された最高の空気に感化されて、あたしはみんなの方を振り返ってそう言い放ち、ステージへと足を向けた。

 ――この『いつも』は、二年前にはなかった『いつも』だ。

 足を踏み出した瞬間、そんな言葉が脳裏を掠めた。

 




本編とは関係ないですが、個人的な嘆きを一つ。
リサ姐の声優さんである遠藤ゆりかさんが引退されるそうです……寂しい。
廃業ということで可能性は低いかもしれませんが、いずれまたお目にかかれる日が来て欲しいものです。
引退まで残り半年、バンドリファンとしても、アニメファンとしても、遠藤さんの声優活動が悔いのないものになるよう応援しています。
うぅ…リサ姐ぇ……。

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