紫苑に誓う   作:みーごれん

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紫苑(シオン)
学名:Aster tataricus
科名:キク科
大きさ:背丈30~200cm 横幅40~80cm





終幕・紫苑に誓う

 四人が地上を目指して牢を繋ぐ階段を駆け上がっていた。

 京楽の背に負われながら彼女は口を開いた。

 

「浦原さんのお察しの通り僕は、いや、僕らは―――――もう一つの崩玉の形なんです」

 

 ルキアが驚きに声を上げそうになったのを京楽が制した。

 今は時間がない。

 

「師匠の記憶を、お話させてください」

 

 

 

 

 

 全ての始まりは、あの日の、あの時。

 

 百年前、昴が斬られることになったあの事件の時、藍染は一つの実験をしていた。正確に言うなら、実験の()()()にそれを薫たちに(けしか)けた。

 その実験とは、“大虚(メノスグランデ)の創生”、謂わば、(ホロウ)の融合に関する実験だった。魂を喰らう欲求の強く霊圧の高い虚を選び抜き、ちょっとした細工をした。それは、死神の斬魄刀に斬られることによって一旦霧散し、周囲にある同族のソレと結合することで大虚になるという仕組みだ。

 当初の計画では、薫や昴たちが虚を倒し切ったあたりでそれが発動する予定だった。

 しかし、藍染が昴ごと一体の虚を斬った時、結合しかけていた虚たちはその剣戟で再び霧散してしまった。それによって、藍染は実験を失敗とみなした。あの時彼がこぼした“散ってしまった”、“失敗だ”という言葉はそういう意味だ。

 だが、事はそう簡単には終わらなかった。藍染の誤算は、霧散した際、それが同族以外の魂をも巻き込んで結合し直す事態を想定していなかったことだ。

 

 その場には、実に九名分の死神の霊魂が存在していた。虚の魂はそれを巻き込みながら、ゆっくりと、しかし確実に結合していった。

 そうして生まれたのが、不完全な崩玉――馨の原型だった。

 

 普通の虚は霊的濃度の高い霊魂を求める。食魂欲求の強い虚と違い、同族ではなく霊を喰らうため尸魂界にも現れるのだ。

 崩玉は、そうして現れた虚すらも取り込んでいった。

 それによって齎されたのは、虚によって取り込まれていた整の――人間の魂。

 死神、虚、人間それぞれの魂を取り込んだ崩玉は、完成に近づいていた。

 

 その時、ソレは薫と出会った。

 薫に対して最も強く反応し、表層に現れたのは――昴の魂魄の記憶だった。彼女が馨の姿を形作った。

 

 薫は、その真実を己の斬魄刀の能力によって知ることになる。“五ノ型・跡白波(アトシラナミ)”――減衰した波を復元し、それを知覚する力――によってすべてを知った彼は、昴の魂は未だに囚われたままだという事実を突き付けられた。

 そこで彼は、ある計画を考えた。崩玉に囚われた魂を解放する計画を……

 

 

「当時、僕の崩玉としての完成は目前ではあっても完全ではなかったらしいんです。だから師匠は、自身が亡くなる直前に魂を僕に与えた。僕の内に入り、計画を完成させるために」

 

 

 馨には、斬魄刀を〈氷華〉として使わせた。〈波枝垂〉の扱いが難しいこともあったが、何より万が一薫が崩玉に完全に飲み込まれたとき、〈波枝垂〉まで使われては対処できるものが居なかったからだ。

 

 そして先日、とうとう薫は馨の内に眠っていた崩玉を完全に下し、支配権を奪った。

 

 

 

「で、今に至る、ってやつです。師匠は崩玉を下した時にその力も完成させました。もう誰も止められない」

「止められない、か。言ってくれるねえ?」

「事実ですから」

「いつからだ」

 

 冬獅郎の言葉に馨が首を傾げた。

 

「何がですか?」

「いつからお前は百目鬼と入れ替わってたんだ?」

「あァ……平子隊長とお話して僕が倒れた後からです」

 

 

 

 

 

 

 キラキラした目で日下に師匠の斬魄刀を見せてほしいといわれて、気恥ずかしいながらもそれを彼の前に差し出した。

 

「いいんです。それくらいのお願い――」

 

 ネ ガ イ

 

 馨の声は、その三文字を言った直後に爆音によって掻き消された。

 突然聞こえてきたそれは、自分の体の内から湧き上がっては通り過ぎていく。

 

「ぅ………ぁっ……」

 

 耳を塞いでも意味はないと直感で分かったが、そうせずにはいられなかった。頭の割れるような音は、よく聞くと様々なヒトの声、こえ、コエ。

 

「――――、――⁉」

「――――――!」

「――、――――‼」

「――!」

 

 三人が馨に何か話しかけてくるが、他に聞こえてくる音のせいで聞こえない。

 そのまま馨は意識を失った。

 

 

 

 

 唐突に静かになって、馨は目を開いた。

 そこは先日見た夢と同じ、真っ暗な空間だった。

 

 以前のようにもう一人の自分と師匠がいたが、今回はもう戦ってはいなかった。

 もう一人の自分が師匠に凭れかかる様にぐったりしており、その背からは――刀が生えていた。

 彼女の顔が馨に向く。馨の驚く顔を見て、彼女は薄く笑った。

 

『遅かっ、たな……覚醒も、来るのも……もォ、全部、終わっちまった、ぞ』

 

「それ、やっぱり、刺さって――」

 

 師匠が下がりながら彼女から刀を抜いた。同時に寄りかかる先を無くした彼女が、血を吐きながら崩れる様にその場にしゃがみ込みかける。

 馨は咄嗟にそれを受け止めた。ゆっくりと彼女を寝かせ、上半身を抱えるように膝をつく。

 

『すま、ない。アンタだけはって、思って、たんだが、な』

 

「それって、どういう……いや、兎に角今は止血しないと!」

 

 叫んだ馨と尚も血を吐く彼女に、師匠が近づいた。馨がその顔を見上げると、師匠の瞳は悲哀に満ちていた。それを見て、訊きたいこと、言いたいことが全部真っ白になってしまった。

 師匠は彼女の方を向くと、苦しそうに言った。

 

「――どうしようもないのか」

 

『はッ! 分かってた、くせに。僕と、コイツは、一心同、体だ。下った奴、が、消えるのは、道理、だろ』

 

 じゃあな、と彼女は消えた。その時馨に僅かに逆流したのは、彼女の記憶。

 

 師匠は刀を納めると、しゃがみ込んで馨を抱きしめた。

 

「師匠! これは一体――!」

「すまない――すまない、馨ッ! こうするしかなかったんだッ」

 

 師匠の体が小刻みに震えている。馨の肩のあたりが濡れて暖かくなっているのは、きっと――

 

「良いんです」

 

 きつく抱きしめ返した馨は、優しく師匠の頭を撫でた。

 彼の震えは、少しずつ小さくなった。

 

「師匠がそうしなければならなかったのなら、そうすべきだと思ったのなら、僕は文句なんか言いません。だから、悲しまないで。泣かないでください。貴方が悲しいのは、僕も悲しくなってしまいます」

 

 彼の力が緩んだので馨も緩めると、師匠は馨の正面に座った。

 目元が赤い。

 

「お前は分かってない。僕を許してはいけないんだ。だって、このままじゃ――」

「分かってますよ」

 

 馨は彼に微笑んだ。

 分かっている。自分の存在が段々あやふやになっていくのが分かる。

 だが、取り乱し切った師匠が眼前に居るせいか、怖いとか悲しいとは思わなかった。

 

「今、思い出したんです。色んなコト」

 

 そう、思い出した。

 彼女の言葉の意味。

 

 自分は普通じゃない。

 魂魄の集合体で、特別な力を持ってる。

 師匠と出会う前の記憶が無かったのは、彼女(もう一人の自分)の方にそれまでのことを置いてきてしまったから。

 

「そして間違いなく言えるのは、師匠は僕を救ってくれたって事です」

 

 馨が力を、彼女が記憶を司っていた。どちらも自分で、どちらかだけじゃ不完全。だから師匠と相対した彼女は馨に戦うように言った。彼女に充分に戦い得る力は無く、結果彼女は師匠に敗けた。

 

 それでも――――

 

「僕はずっとずっとあそこに一人でしか居られなくて、寂しくて、孤独で、嫌だった。そんな僕を貴方は見つけてくれた。寂しさを紛らわす知識をくれた。孤独を感じない二人一緒の時間をくれた。嫌なことを忘れる愛情をくれた。他にも、伝えきれない程沢山貴方がくれたものに報いられるなら、こんなに嬉しいことはありません!」

 

 そして今、核であった彼女が実体を失った。

 間もなく自分も消えるのだろう。

 

 ハラハラと師匠の目から涙が零れ落ちた。

 彼はそれを拭う事もせず、馨から視線を逸らさずに僅かに俯いた。

 

「救いなんてそんな高尚なモノじゃない。僕ァどうしようもなく自己中心的で、お前にそんなことを言ってもらえる資格なんて無い男だ」

「師匠はずっと僕のために泣いてくれてたじゃァないですか」

 

 彼は目を丸くした。思わず馨から笑みがこぼれる。

 こんなに驚いた彼の顔は、出会って以来初めてかもしれない。

 

「師匠は強い。師匠は優しい。でも、お独りなんですね。其れだけが、心残、り、で、す」

「馨ッ‼」

 

 師匠が馨に手を伸ばす。その手に触れようと馨も伸ばした手が触れたか触れないかという所で、馨の姿も消えた。

 

 

 彼は伸ばした手を握りしめると、額に当てた。

 

「いいや。お前は消えたわけじゃない。僕の一部になっただけだ。独りじゃァない。――ありがとう」

 

 瞳を閉じると、段々ヒトの声が聞こえてきた。

 一つや二つではない。何十何百という人々の”ネガイ”

 

「こんな中から”崩玉”は具現化するモノを掬い取っていたって、藍染、君は知ってたかい?」

 

 

 

 

 

 

 

「だがお前は消えていなかった、と?」

「それは少し違います。僕は今でも現在進行形で意識が薄くなっています。でもこれは僕が消えるからではなく師匠の意識に溶けて行っているからです。短い時間であればこうしてちゃんと起きていられる……ん、です」

 

 ガクンと馨の首が一瞬下がった。

 

「立花!」

「もう少し、大丈夫です」

「意識が有っても、それだけじゃこうして僕らの前には出てこれないんじゃないの?」

 

 京楽の問いに答える為、馨は息を整えた。

 

「これは、〈波枝垂〉さんの具象化した身体をお借りしてるんです」

「! ――僕らにも見えてるってことは……」

「はい。これは〈彼女〉の意思でもあるんです」

 

 具象化した斬魄刀が人目に触れるためには、斬魄刀の所持者と斬魄刀そのものが具象化する意思を持たねばならない。馨の魂は薫に等しいため、馨が望めば〈波枝垂〉も振るえるのだろう。

 

「そうか……確かに〈波枝垂〉ちゃん、あの時薫クンのためにどうすればいいのか迷ってるみたいだったからね」

「はい。師匠の計画は〈彼女〉が一人で抱えるには辛過ぎましたから……」

「計画? そういえば、昴チャンの魂を解放するって……もしかして、彼――」

「……はい。師匠は――」

 

 馨が苦しそうに顔を歪めた。

 

「藍染に御自身を破壊させるおつもりなんです」

 

 

 

 

 

 

 “崩玉は、ナニモノにも破壊できない”

 

 それは崩玉の作り主たる浦原喜助が幾百もの思考と施行の末に導き出した結論だ。

 敢えて言うなら、その強度は完璧と言っていい代物だった。

 

 だがその事実には前提条件が一つある。

 それは、“崩玉がただ一つだけである”ということだ。

 

 不完全品同士の場合、より“強い”方がもう一方を喰らって己の欲求を満たす。

 では完全品同士なら、と薫は考えた。

 

 ダイヤモンドは、ダイヤモンドにしか傷つけられない。

 それと同じように、同じ強度、強さの存在であれば傷をつけ、上手くいけば破壊も可能なのではないか。

 

 そんな賭けの様な、しかし一筋の可能性のある思考に至った薫は、この計画を立てた。

 即ち、藍染の有する崩玉と潰し合い、少なくとも自身は破壊されるように仕向ける。それが薫の本当の狙い。

 

 崩玉が破壊されて、囚われた魂が無事で済むかは分からない。

 しかし薫には、生きているとは言えない、死ぬこともできない崩玉の中に、昴や、事件に巻き込まれた隊士や、他の沢山の魂魄が在り続けることが耐えられなかった。

 

 例え自分が死の苦痛を二度味わうことになっても。

 例え計画を誰にも語ることが出来ないとしても。

 例え再び友人たちを裏切ることになっても。

 

 薫に実行する以外の選択肢はなかった。

 

 

 

 

 

 

「ですが立花殿、貴女は我々に“薫殿を助けてほしい”と仰っていたではありませんか! 何をしろというのですか⁉そのお話が事実なら、我々に出来ることなど――」

 

 ルキアが必死にそう叫んだのに対し、馨は微笑みながら首を横に振った。

 

「いいえ。二つあるんです。一つは、師匠の戦いに誰も手を出さないよう護廷十三隊を説得していただきたいのです。あの二人の戦闘に手を出せる人材となると限られてくるはず。どうかその方々だけでもお話を……そして、その代わりという言い方は押しつけがましいのですが、どうか瀞霊廷から出来る限りの人々を逃がしてほしいのです。――崩玉に破壊衝動があったことから師匠の計画はより現実味を帯びましたが、いつまで戦えばいいのかは分からないのです。瀞霊廷の人的被害を最小限に抑えるために、避難誘導を行っていただけないでしょうか」

 

 刹那の沈黙の後、京楽が口を開いた。

 

「”助ける”っていうのは”手伝ってほしい”って意味だったんだね。でも馨チャンには悪いけど、理由がどうあれ僕らが薫クンを助けることは出来ないよ」

「京楽隊長!」

 

 ルキアが泣きそうな顔になる。

 

(我々は、本当に彼を止めるべきなのだろうか……?)

 

 ルキアがそう疑問を持ってしまうのは仕方のない事だった。

 私情によって一護達に処刑から救われ、私情によって織姫を虚圏に助けに行ったルキアは、同じく私情によって昴たちの魂を解放しようとする薫のことを責められなかった。

 

「ごめんね。僕らは“護廷”十三隊。瀞霊廷(ココ)を脅かす存在を放置しちゃあいけないんだ」

 

 真っ直ぐな京楽のその言に馨はふわりと笑った。

 

()()()()()()()()、京楽隊長」

「薫クンの記憶かい? これだけ生きてるとそれは誉め言葉として受け取っても良いのかなぁ?」

「それはご自由に。――なら、もしこの戦いの後生き残ったら、馬鹿なアイツを……()をお願いします」

「⁉ まさか、君は――」

 

 京楽に限らず、冬獅郎とルキアも馨を振り返ろうとした時には、既に彼女の姿は消えてしまっていた。ただ、京楽の背には生々しく彼女の仄かな熱が残っていた――――

 

 

 

 

 

 

 

 その日、瀞霊廷内の殆どの隊士はただ茫然と空を見上げていた。

 そこでは二つの力と力がぶつかり合っていたのが分かったが、その凄まじい衝撃波が伝わってくること以外に何も感じられなかった。全く霊圧を感じない二つの魂が斬り合っていたのだ。

 

 だが暫くして全員が気付いた。戦っている一方は、真央地下大監獄最下層・第8監獄‘無間‘に投獄されていた筈の藍染惣右介だ。そしてもう一方は、立花馨だった。

 

 

「山じい! 緊急事態だよ」

 

 一番隊執務室で同じように空を見上げていた山本元柳斎重國は、教え子の一人の声を聞いて振り返った。

 

「春水、お主はこの状況を説明できるようじゃのう?」

「ウン。百目鬼薫が藍染惣右介の脱獄を幇助、現在二人は交戦中! 詳しいことを話してる余裕は無いけど、大体それであってるよ。被害が出る前に――」

 

 その時、瀞霊廷に穴が空いた。

 被害状況は不明だが、もしあれが隊舎にでも起きたら壊滅する様な規模だ。

 

「小童共が! ……仕方ない、儂が出る」

「それは困ったねェ」

 

 元柳斎は目を開いて声の主を――京楽春水を見た。

 彼は頭を掻きながら、困った顔をしていた。

 

「お主、春水ではないな? 何者じゃ」

「何者でもありませんよ。コレは幻影です。大丈夫、京楽隊長に何かしたりしたわけじゃァないですから。彼も全力でここに向かっているところですよ」

「このような幻影……百目鬼の仕業か」

「ふふッ! その通り。僕ァ貴方との交渉係なんです。貴方に僕らの戦いに水を差されては堪りませんからねェ? 貴方には瀞霊廷内の人々に避難を呼びかけてもらおうって魂胆で話をしに参りました。関係ないものを巻き込むのは後味が悪いですから」

 

 ひらひらと手を振るそぶりを見せた彼の目は真剣そのものだった。

 

「断る。避難させるより、儂が出た方が早い」

「全く、折角穏便にいこうと思っていたのに……仕方ありません。六ノ型――枷鎖」

 

 唐突に自身の体が動かなくなり、元柳斎重國は地に倒れ伏した。

 

「そこで黙って見ててください。貴方の全神経の電気信号は僕の掌握下にある。貴方はもう僕の許しなしには指一本動かせません。……と言いたいところなんですけど、はァ、なんてヒトだ。崩玉を使って、神経を不通にさせる位置を絞っても完全に封じられるのは一分、動きを阻害するのに更に十分ってところですか? まったく、僕の周りァバケモノばかりで嫌になる。こちらはいつまで掛かるか分からないというのに……二ノ型・陽炎、縛道の七十七、天挺空羅――

 

『各隊隊長及び副隊長に告ぐ。これは護廷十三隊総隊長からの厳命である。心して聞くように。現状、戦闘中の二人を止めるためには儂自ら赴かねばなるまい。従って、これから半刻の内に瀞霊廷内にいる全ての者の避難を完了せよ。最悪、この瀞霊廷が炎に沈むと心するように! 以上』

 

――――こんなところかなァ? 急がないと、被害は増えるばかりだ」

「ノ字斎殿⁉ 京楽貴様ッ!」「山爺、緊急事態だよ!」

 

 元柳斎重國の右腕、雀部長次郎が京楽の幻影に斬りかかってすり抜けたのと、本物の京楽が入室してくるのが同時だった。

 二人が今の状況に付いて行けずに戸惑っている。

 

「駄目ですよォ、隊長格がそんなに取り乱しては。佐々木部副隊長、京楽隊長、自隊に指示を出しに行かなくちゃ」

「薫クン……!」

「随分早く出られたみたいですね、京楽隊長? 七緒は相当腕を上げていたらしい。手抜かりでしたね。まァ今更ですが。――――言ったでしょう? もう誰にも止められない。止めさせない。安心してください。総隊長を殺めるような馬鹿なことはしていません。このヒトは今後もここを支える大黒柱ですから。でもこれ以上僕を煩わせるなら、いつでも彼の神経を焼き切れることをお忘れなきよう。それでは」

 

 薫の幻影が消えた後も、残された二人は動けなかった。

 薫の言う通り、最早幕は上がっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――血、沸き・肉、躍ると言うヤツなのだろう。

 骨が軋む。筋肉が悲鳴を上げている。それでも、目の前にいる相手と刃を交えずにはいられない。

 

 うっかりすると理性を飛ばしてしまいそうになる快楽だった。自分の全身全霊を受け止め、同じように返してくれる。その事実の何と嬉しいことか。

 

 湧き上がるような破壊衝動が崩玉に依るものなら、震えるようなこの喜びは紛れもなく薫自身のモノだった。

 今まで彼は、自分を押さえ、力を隠し、それでもなお蓄え続けた自身の能力の行き場を無くしていた。それを今、撓んだ弦が美しい音を奏でるように、人目をはばかることなく解放できるのだ。

 

 

 しかし、と彼は再び理性の手綱を締めた。

 

(手段と目的を混同するな。僕ァ何のためにここに居る? 何のために戦っている? 呑まれるな。考えろ。為すべきことを為せ)

 

 一瞬途切れた集中の隙に、藍染が鋭い一閃を放った。力を流しそこなって衝撃をまともに食らう。その時、小さな、しかし確かな音が薫の内に響いた。

 

 パキンッ

 

 ――――この音を! この痛みを待っていた‼

 

 よく見ると、藍染も同じ事らしい。幕引きは近いようだ。

 

 

 薫が刃を振り下ろす。

 藍染が振り上げてそれを受ける。

 

 ピキ

 

 弾かれた勢いを殺さずに藍染が一歩踏み出す。横薙ぎに刀を振る。

 薫はその刀の下に自身の刀を入れ、力を逃がしながら弾いた。

 

 ピシッ

 

 一瞬空いた藍染の脇に薫が飛び込むと、藍染は刀を逆手に持ち直し、突いてきた。

 刀で擦るように受ける。

 

 バキン

 

 一瞬の後に距離を取った二人は、刹那、互いの顔を見た。

 最後の一撃へと構えながら。

 

 

 

 二振りの刀が交わった瞬間、凄まじい衝撃と痛みを感じ、二人は共に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薫の体は自由落下していた。頭が下だ。この状態なら、地面に激突すればひとたまりもないだろう。

 

「縛道の、三十七、吊星」

 

 グンッと体が持ち上がる。地面まで後一尺という所で彼の体は止まった。

 もう体は痛まない。ただ、足先の感覚が消えかかっているようだ。

 消えるのだという自覚はあるが、不思議と怖くはなかった。

 

「〈波、枝垂〉」

 

『はい。薫様』

 

「直、吊星も、消える。僕の体を、降ろして、くれないか」

 

『承りました』

 

 〈波枝垂〉を具象化させ、薫の体を降ろしてもらった。

 動かすのも億劫な片腕を上げると、〈彼女〉はその手を握った。

 

(最後の最後まで付き合わせてしまってすまなかったね)

 

『いいえ。申し上げたはずです。わたくしは貴方と共にあるだけで幸せです、と』

 

(そうだね。君には、謝罪ではなく感謝を述べるべきだ。ありがとう、〈波枝垂〉。君のお陰でここまでやり切れた。僕ァ幸せ者だ)

 

『勿体ない……お言葉でございます……』

 

 苦し気に〈彼女〉が顔を歪めた。

 直後、複数の巨大な気配が二人を取り囲んだ。

 

「薫さん!」

 

(この声……花か)

 

 花太郎だけじゃない。どうやら錚々(そうそう)たる顔ぶれがそろっているようだ。

 〈波枝垂〉を通じて、薫は声を周りに届けた。長々と話す力はもう彼には残っていなかった。

 

『総隊長、及び護廷十三隊に連なる皆さま、そして瀞霊廷に住まう全ての方、今回は本当にご迷惑をお掛け致しました』

「全くじゃ。覚悟は出来ておるのう?」

『ふふッ! 最早消えゆくだけの魂魄に、そのようなモノは不要です。あァ、しかし、京楽隊長、浮竹隊長、冬獅郎、七緒、乱菊……僕の我儘に特に付き合わせてしまって、申し訳ありませんでした』

 

 足の感覚が完全に無くなった。恐らくもう崩れてしまったのだろう。

 痛覚はないが、小さな亀裂音が薫の耳に響いている。

 

『藍染はどうなりましたか』

「テメエのせいで解けた封印を浦原に掛け直されてる」

 

 冬獅郎の声だ。

 

「お前ほどじゃないが藍染も相当消耗してた。奴からお前に伝言だ。“私たちは出会うのが遅すぎた”だそうだ」

『そうですか……ありがとうございます』

 

 そうだな、藍染。もし僕らが……百目鬼とか藍染とか、君とか貴様などと呼び合わないような――薫と、惣右介と呼び合えるような仲だったら、こんなことにはならなかっただろうか。藍染がその力を護廷隊の為に使うような、ギンが彼に囚われずに済むような、昴が死なずに済むような未来が有ったのだろうか――

 

「浦原に聞いたが、お前わざと藍染を生かしたな?」

『……さァ?』

「橘の仇を取らなくて良かったのか」

『――――ある意味僕ァ彼に感謝してるんです。形は違えど昴にまた会えた。……それに、生きていることに希望があるとは限らない。“無間”に囚われることは、彼にとって死ぬよりも屈辱的なことなのでは?』

 

 何故かはわからないが、冬獅郎は薫の計画を知っていたらしい。こういう言い方をしても、冬獅郎は怒るどころか悲し気に目を伏せるだけだった。

 本当は、藍染に取り込まれた崩玉だって破壊したかった。けれどほんの僅かだけ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。薫にとって最優先すべきは自身が破壊されること。だから彼は最後の一撃の時、ほんの少しだけ力を籠めなかった。力の配分を誤ったのか、そのせいで藍染の崩玉を破壊するには至らなかった。

 

 ――――今考えても詮無いことだ。大切なのは、こんな事態を繰り返さないこと、それに尽きる。

 

『ルキア、恋次、桃、イヅル……君らはまだまだ強くなれる。後進の者らを引っ張って行ってくれ』

 

 強く在れ。

 もう誰も(あやま)たぬ様に。

 

 花太郎が〈波枝垂〉と反対側の手を握った。その感覚は最早無く、視覚情報だけでそう分かった。

 

 知らぬ間に、花はこれ程強い手になっていたのだな。藍染のように奪う手じゃない。薫のように取りこぼす手でもない。これは命を繋ぎとめる手だ。あァ、なんと美しい手だろうか。

 

『花、悪いな。僕らは逝くよ。でも、もう僕らがいなくとも大丈夫だろう? 花を必要とするヒトが沢山いるんだ。そしてそれに(こた)えるだけの力が花にはある』

「そんな……僕はまだ…………」

 

 花太郎が力を籠めると、パキンという音と共にその手が砕けた。

 彼の目から零れた涙は、薫の肌に触れることなく地面に染みを作った。

 

(あァ、馨、すまなかった。もう犠牲を出すまいと思っていたのに、君だけは護ることが出来なかった)

 

 もう殆ど薫の体は残っていない。いい加減瞼も重くなってきた。

 閉じようとして、ふと、先程砕けたはずの手に暖かい何かが降れる感触があった。

 驚いて目を開くと、そこには――――

 

「か、おり? ――まさか、すば、る、か?」

 

 彼が最も愛した女性の顔をした人物が彼に微笑んだ。

 彼女は馨だとも昴だとも答えずに優しく彼の手を握った。

 彼女の口がゆっくりと動く。

 

 

 

 ――――――― いこう ―――――――

 

 

 

 

 薫は安らかに目を閉じた。

 カシャンと薄いガラスが弾けるような美しい音が響き、その姿が消えた。

 

 銀砂の様な小さな光がさらさらと風に煽られながら、空へと還って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瀞霊廷の被害は、その見た目に反して殆ど無かった。

 大きく大地が抉られ、建物が破壊されたのに対し、人的被害は皆無と言っていい。

 

『それは、まず間違いなく百目鬼サンの仕業っスね』

 

 状況を聞いた専門家はそう言った。

 

『彼が本当に崩玉の力を掌握していたのならその程度の事は訳ない筈です。崩玉の力は“願望の具象化”なワケですから、崩玉の意思イコール百目鬼サンの意思、つまり“ナニモノも巻き込まない”という事象を現実のものと化したという所っスか』

 

 そう言って彼は笑った。

 

『いや~、甘いっスね。大甘っス。ま、そこが百目鬼サンらしいとも言いますけど。――え、(けな)してる? やだなあ、そんなわけないじゃないっスかぁ♪ 仕返し? まさかまさかぁ! アタシはそんな心の狭いハンサムエロ商人じゃありませんよん♡』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南流魂街の森の奥に、大きな墓標が立っている。

 その前には、たれ目で少し猫背な死神が一人立っていた。

 

「また、来ちゃいました」

 

 そう言って彼はそっとその石に手を当てた。

 

「やはり、ここにいらっしゃったんですね」

 

 女性の声がして彼は振り返った。

 

「あ……伊勢副隊長!」

「ええ。こんにちは、山田四席」

 

 彼女は微笑みながら花太郎に歩み寄った。

 

「卯の花隊長から伺いました。この墓標が建ってから、ほとんど毎日ここに通っていらっしゃるそうですね」

「あはは……まあ……」

「あら? 手に持っていらっしゃるのは、花ですか」

 

 花太郎が持っているものを見て七緒は首を傾げた。

 

「はい。今日は薫さん達にこの花を供えに来たんです」

紫苑(シオン)ですか。何故その花なんですか」

 

 花太郎は少し頬を赤らめながらも、言葉を繋げた。

 

「今日はこの花の持つ言葉と共に誓いを立てようと思いまして」

「面白いですね。紫苑の花言葉は何なんですか」

「――――『君を忘れない』、それに、『遠方にある人を思う』です。お二人には女々しい奴だって笑われちゃうかもしれませんけど、いいんです。僕は忘れない。その誓いを立てに来たんです」

「そこは”橘”にしないんですか? 確か、花言葉は――”追憶”でしたよね」

「よくご存じですね。いえ、その、なんだかそれだと薫さんが仲間外れみたいじゃないですか。それに、紫苑には逸話があるんです」

「どのような?」

 

 昔々、母を喪った兄弟がいた。

 二人は暫くは墓参りを欠かさなかったが、仕事が忙しくなった兄は忘れ草を供えて、次第に墓参りをしなくなった。一方の弟は紫苑を供え、墓参りを欠かすことはなかった。

 

「弟の孝行に感動した鬼が弟に予知能力を与えて、彼はその力で幸せに暮らした、と続くんです。まあ、予知能力云々は兎も角、お墓参りにはこれしかないかなと思ったんです」

 

 そう言いながら、花太郎はその束を供えた。

 七緒もまた思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 君を、忘れない

 

 

 

 

 

 紫苑に、誓おう――――――

 

 

 

 

 




「紫苑に誓う」――完結です。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
感想から評価からお気に入り登録数まで、色んなものを励みに頑張ることが出来ました!

さて、完結したは良いものの、作者は忘れっぽいですので、拾っていない伏線があるかもしれません。また、文章力が無いので伝わり辛いところが沢山有ったかと思います。そういった所で明示してほしいものがありましたら、活動報告にそういう欄を作りますので書いて下さるとありがたいです。
最後の最後までグダグダ感が出てしまいましたが、何とか終われて良かったです。

応援してくださった方々に再度感謝を。

本当にありがとうございましたm(_ _)m
またお会いできることを願って。

みーごれん
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