始まりはなんとなくで   作:jmwvw

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6話

 

 

 

 明かりを消した部屋の中、ベッドに横たわり、天井を見上げていた。完全なる静寂が部屋を満たす。

 四葉家から家に無事帰宅してから数日が経過。普段通りの日常が戻ってきた。朝起きて食事をし、学校で授業を受け、家に帰って新しくできた友達と遊ぶ。

 そうやって日常に戻ればあの日の出来事全てが夢のようにさえ思えていた。――青天の霹靂。

 彼のそれまでが晴天だったとは言えないが大雨もなかった平凡で単調な人生に訪れた唐突な出来事。それはまるで雲の上にいるかのように、現実感がない一日だった。

 

「四葉真夜……」

 

 唇をほとんど動かすことなく呟く。部屋の空気がかすかに揺れ、鼓膜をくすぐった。流夜は目を閉じる。瞼の裏に、どこか悪戯めいた笑顔を浮かべた少女の姿が浮かび上がってきた。

 最初こそ育ちの良い令嬢。しかし化けの皮を剥がせば、とんだタチの悪い人を弄ぶ性格の持ち主だった。綺麗な薔薇ほど棘があるとはよく言ったもので、彼女にぴったりな表現だと思う。こんなこと言ったら間違いなく怒るだろうが、それを言う機会はもうやっては来ないだろう。彼女は平凡な自分とは違うはるか遠い対極のような存在。ずば抜けた魔法力に、誰もが見惚れるような容姿。良くあれ程旧来の友達のように親しく話せたものだ。でも、そんな夢のような奇跡も、もう終わりか。

 なぜか胸の内に芽生えたざわつきを覚えながらも、ボーっとしてれば天井のシミを見つける。

 全身の筋肉から力を抜き横たわって、心を落ち着かせた。

 カーテンから朝日が差し込んでくる。

 今日は休日。もう一度眠るのもまた、悪くはないか。

 今朝のランニングの疲労から、ふと睡魔に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 人はいつだって失ってから後悔する。

 大切なものは、いつだって失くしてから気づく。

 知っていたはずだった。幸せは必ず壊れると知っていたはずだった。

 だからこそ、今度こそはと彼は心に強く思う。

 自分の手で守り抜くと。大切な愛娘を。家族を。一族を。

 それなのにまた繰り返してしまうのだろうか。

 

『……誤診という可能性は――』

 

 ガシャン。まるでタイミングを計ったかのように、床に何かが落ちる。垂直に。見遣れば彼女の大切にしていたスノードームが落下し、激しい音が部屋に鳴り響く。

 

『形ある物は、いつかは壊れるものですから……』

『泰夜……』

 

 スノードームの残骸を眺めながら、他人事のように彼女は言う。

 その淋しさを閉じ込めた儚い笑顔に、また、言葉をなくすだけだった。

 

 私は君に、何をしてあげられたのだ……

 

 

「――お父様!」

「――ッ!」

 

 どこか攻撃的な声音にハッと我に返る。彼の視界に飛び込んできたのは、形の良い眉を寄せてムッとした表情の愛娘の姿だった。前後の文脈など頭に入ってはいなかったが、慌てて「ああ」と相槌を打てば、彼女の表情が深刻そうに曇っていく。

 

「どうかなさったのですか? ここ最近ずっと上の空のように感じますが。何かお悩みですか?」

 

 ――あの子達にはまだ言わないで頂けると助かります。

 不意に泰夜の言葉が脳裏を掠めた。それに引っ張られ心配げな真夜に元蔵はやんわりと首を振って苦笑を返す事が精一杯だった。

 

「……すまない。少し寝不足なのかもしれないな」

「そうですか。あまりご無理はなさらないで下さい」

 

 場所は元蔵の書斎。時刻は9時を少し過ぎたあたり。わざわざ真夜を呼び出したのは他でもない元蔵自身であり、しっかりしなければ——とひとつの部屋から別の部屋に移っていくように頭を切り替える。「それよりも」と彼女をそちらに促すように、本題に移った。

 

「真夜。お前に専属のガーディアンをつけることに決まった」

「……ボディガードではなく、ガーディアン、ですか?」

「そうだ」

 

 何故「ボディガード」ではなく、わざわざ「ガーディアン」などという大袈裟な呼び方をするのかは兎も角、彼の口から語られたのは、生涯を護衛として捧げる「役目」をつけるというものだった。それがガーディアン。護衛対象を命懸けで護る代わりに金銭的な報酬を得るのではなく、衣食住を与えられ、金銭はその都度与えられる。謂わば、護るために食べる存在。

 それが真夜の誘拐から得た教訓であり、2度と彼女のような犠牲者を出さないために四葉家が早急に手筈を整えるべき措置だった。

 

「それで、それはいつごろからになるのですか?」

「それについての詳細は後日また日を改めて連絡しよう。今日はその報告だ。……ああ、安心しろ。男にそれを任せる気はほぼないと考えてくれて構わない」

「……っ。お心遣い、ありがとうございます」

 

 元蔵の労わるような瞳に、真夜は苦い顔で応える。彼が案じてるのはあの出来事からの真夜の後遺症だ。

 未遂とは言え、沈んだ色合いに塗られた過去の心の風景は未だに彼女の心を脅かしていた。男性に対する恐怖の念が未だ彼女の奥深くに残っているのだ。但し、例外も存在する。元蔵の脳裏には、どこまでも真っ直ぐな少年の姿が思い浮かんだ。

 

「この際神崎くんにでも任せてみるか」

「――はい?」

 

 思わぬ人物の名にキョトンと目を瞬く真夜。そのあまりにもあっけらかんとした口調に益々混乱が彼女の頭に埋め尽くされていく。だが、あくまで生真面目な顔で元蔵は言葉を繋げる。

 

「冗談ではないぞ。お前の話を加味すれば実力も十分ではないか? それにまだまだ伸び代のありそうな人望だと思うが」

「……」

 

 いかついであろう面差しに諦観をにじませつつ、元蔵はカップに注がれたコーヒを口に含む。真夜は父に聞こえないように小さく溜息をつくと、首を横に振った。

 

「幾ら彼に才があろうが無かろうが、それは流夜さんの人生を左右しかねない選択です。私たちが強制するのは如何なものかと思います」

「そうだな。最もな話だ。だが、仮にもし彼がそれを承諾したら話は別だろう」

「そ、それはそうですが……もしかして……もう話は通してあるのですか?」

 

 彼を想ってか非難めいた口調の真夜に、元蔵は「まさか」と首を振る。

 

「なに、単なる思い付きだ。お前の事をしっかりと側で守ってくれそうだと思ったからな」

「――ッ。そ、そうですか……」

 

 若干の揶揄う要素を込めた元蔵の言葉に、なぜか真夜は過剰に反応を示した。やや上ずったような声音が返ってきて、元蔵は思わず頬を緩めてしまう。ここ数日、上の空なのは何も元蔵だけではない。時より瞼に深い哀愁がこもる彼女もまた物思いに耽る時間が長くなっていた。どこか華やかなまぼろしが奪い去られた寂しさでもあるかのように、元の生活に戻り彼女は複雑な顔を見せる。彼が居なくなってから、ずっと。どうやら漸く彼女は日の当たらないところで生きる生活に光が差し込む予兆を感じ取ったのかもしれない。親としては、応援したいものである。そう想って少し驚く。考え方が、少し変わった自分に。きっと自分もまた、あの少年や家族に魅せられたのかもしれない。親としてのあり方を。

 

「……その含みのある笑みはなんです」

「いや、なに、何でもないよ――真夜」

 

 その生ぬるい不可解な反応に益々居心地の悪さを覚えながら、真夜はこれ以上ここに居る意味はないと思い無言で一礼して踵を返した。ドアを開けて部屋を立ち去ろうとした時、彼に呼び止められる。

 

「彼に頼むのなら私が許可を出そう。楽しんできなさい」

「……下手なお為ごかしはやめて下さい。失礼します」

 

 どこか怪しい笑みを口元に形作る元蔵に、心底呆れた真夜は睨みを利かして去って行く。姿が消えてから元蔵は、素直になれない年相応な彼女にやはりクスッと口角を上げた。

 いつもより念入りに服装に気を使っていた愛娘。果たして意図してのものかは彼女のみぞ知る事だが、頑張りなさい。と心中でエールを送りながら、元蔵は控えめなノック音に意識を傾けた。許可と共に真夜と入れ違いで入室してきたのは泰夜だった。

 

「元蔵さん。そろそろ私も病院の方に向かいます」

「ああ、分かった」

 

 いつも通りの彼女を見れば、あの日の言葉など幻にさえ思えてくる。ただそれは紛れもない現実で、残酷なまでの真実だった。彼女はもう……

 複雑な顔で眉間にシワを深く作る元蔵に、泰夜が不思議そうに首を傾げた。

 

「何か考え事ですか?」

「……いや、なんでもない。それよりも病院に向かおう」

「ええ、では参りましょう。――ああ、その前に少し寄りたいところがあるのですが」

「ああ、あの公園だろう」

 

 はい、といつもと同じ様に朗らかな笑みをこぼす彼女に、元蔵お気に入りの椅子から重い身体を持ち上げた。

 

 

 

 

 

 

 ――ねえ、こんなところでなにしてるの?

 

 物と物の輪郭は溶け合い、何かの拍子で時々焦点が合う時以外は、世界はすぐにぐにゃぐにゃと掴みどころがない。そんな中で輪郭を保ったまま、こちらを見つめる少女の顔。言葉は、発しない。

 

『隣座っても良い?』

 

 コク、と少女は頷き少年がすぐ隣に腰かける。

 俯いたまま何も話さない少女に、少年はにこやかに話しかけた。

 

『ここら辺に住んでるの?』

 

 頷く。相槌を打つ。

 本能的に自然と引き込まれるように彼女を見つめた。綺麗な子だと思った。

 不意に少女が顔を上げる。目が合う。黒目を自然に伸びた長いまつ毛や優雅な二重瞼がふちどり、より印象的に見せている。少女は風に黒髪をなびかせ、ふっくらとした赤い唇を動かした。

 

『あなたも?』

 

 綺麗な音だった。反射的に少年は頷き、彼女の双眸を見つめる。その不思議な雰囲気に引っ張られるように、もっと彼女の何かを知りたくなった。少年は意を決して問いかけた。

 

『お名前はなんて言うの?』

 

 大きな瞳を向けて、少女は少年を見つめた。

 そして再び少女の白い肌の中で一切の魅力的に輝く赤い唇がゆっくりと動く。

 

『――――――』

 

 少女がその名を口にした途端、世界が変わった。

 目に映るものすべてが幕を下ろしたかのようにはっきりと見えた。焦点が絞られ、広い公園、少女は少女、自分は自分。とろとろと境目なく溶け合っているように思えたものが、個をもって少年に迫ってくる。少年は目を瞠り穴が開くほどに少女を見た。すると少女は悲し気な顔をした。

 

『――――――』

 

 違う。そうじゃない。お前にそんな顔はしてほしくない。

 彼は願った。誓った。また、逢えるよねって。

 そして願いは通じた。

 

『――」

 

 少女は、満面の笑みを咲かせた。

 その声は優しく、じんわりと少年を満たした。

 それが、少女との始まりの記憶。

 忘れてしまった、あのオレンジ色の約束だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――流夜さん。

 

 

 遠くから自分の事を指す音が聞こえ、暗闇から意識を強制的に引っ張り出される。

 ゆさゆさと体を揺すられ、少年はゆっくりと目を開けた。視界に映るぽやっと滲んだ天井。少女の顔。

 定まらぬ焦点のまま見つめれば、その少女は桜色の唇を不満そうに動かした。

 

「いつまで寝てるのよ。早く準備して頂戴」

 

 その白く透き通った艶かしいまでに美しい顔に見惚れながら、徐々に意識が覚醒してくる。定まった視界に映し出された見覚えのある少女の顔に、自然と言葉が零れた。

 

「……真夜」

「ええ、おはよう。流夜さん」

 

 何だろう。何か、すごく懐かしい夢を見ていたような不思議な気分。

 何かを思い出しそうな、それでいて何も思い出せないむず痒い感覚に襲われる。

 忘れかけた記憶に引っ張られるよう、少女の顔を凝視した。

 真夜。四葉真夜……って

 

「はぁぁあああっ!? お、おまっ、なんでここに!?」

 

 大声をあげて跳ね起き、なぜか警戒したように中国拳法の構えをとった。その無駄に完璧な蟷螂拳は兎も角、言葉を飲み込んで説明しろと彼女を凝視すれば、真夜は深々と嘆息した。

 

「あなたねえ……約束、覚えてないの?」

「はあ? 約束?……あっ」

「やっぱり忘れてたのね……」

 

 閃くように思い出し、しまったという焦りの表情に変わる。

 慌てて時計を確認すれば、時刻は午前十一時。待ち合わせを三十分も過ぎている。

 真夜からのジト目。その圧に負けてこみかめ辺りに冷や汗が流れ始めた。

 

 事の顛末は昨夜。いつの間にか妹とプライベートナンバーを交換していた真夜から、彼女の婚約者である七草弘一のお見舞いに一緒に行かないかとのお誘いの連絡が妹を通して間接的に流夜の耳に入ったのだ。恐らく婚約者を助けてくれたお礼でもしたいのだろう。随分と急なお誘いではあったが、断る理由もなく今日の休日に行くことになったのだ。どうやらそれがすっかり記憶から抜け落ちていたらしい。流夜は寝癖のついた髪をかきながら、ぎこちない笑みを返した。

 

「い、いやあ、悪かったって」

「まったく、女を待たせるのは紳士のすることではないわよ?」

「別に紳士になる気なんてねえっつーの」

 

 ふあっと欠伸を漏らし、ベットから降りて伸びをする。

 

「ん~~。まあ、あれだ。すまん。すっかり忘れてた」

「……もういいわ。それよりも下に降りましょう。少し遅いけれどあなたのお母様が朝食を作り置きしてくれてたみたいよ」

「ああ、了解だ」

 

 まだ肌に纏わりつくような疲労感はとれたわけではないが、彼女に続き下へと降りようとした時「あら」と真夜が声を上げた。その視線は埋もれるように散らかった部屋にある写真に注がれる。――猛烈に嫌な予感がする。まさか――

 ヒョイと彼女はそれを拾い上げるなり、黙ったまま。沈黙が部屋に訪れる。――間違いない。予想的中だろう。そっと忍び足で流夜が撤退を試みれば、

 

「ねえ、流夜さん」

 

 ギク、ギク、と流夜の肩が跳ねた。

 

「な、なんだ?」

「これ、何かしら?」

 

 どこか冷たい声に無表情で、1枚の被写体をご老公の印籠のようにかざす真夜。それはいつぞやの大漢風俗女性の写真。よもや後にしっかりと取引に応じたと伺える物的証拠だった。これはひれ伏した方がいいのか、と戦慄しながら猛烈に自分を責め立て必死に言い訳を練る。彼女の瞳からの圧に耐えきれず、ぎこちなく視線を泳がせながらつらつらと言い訳を並べていく。

 

「お、親父が偶然俺の部屋に来て、偶々足が滑ってたまたま不運にも落としていったんだろ。俺は知らないぞ」

「偶然とか偶々とか言えば何でも通るっていうその考え方は改めなさい」

「くっ……」

 

 なんたることだ。万能語だと思っていたのに。多用するとその効果は薄いらしい。妹には通用するのだが。

 

「……安心して頂戴。私はそう言ったことには理解のある方よ」

「だったらその汚物を見るような目はやめてくれません!?」

「……ええ、分かったわ。後で処分しとくから」

「全然理解示してないよな!? 返せっ! 俺の二百五十円!」

「いやよ」

「て、てめえ、いいかげん――ッ!」

 

 取り返そうと一歩前に踏み出し着地した瞬間、凸凹した何かに着地。バランスを崩しそのまま彼女に向かって自分の身体が地面に倒れていく。――しまった。

 彼女の身体と共に床が迫ってくる。咄嗟に彼女を抱きしめ衝撃を和らげた。共に縺れながら抱き合う形で床へと着地。覆いかぶさった流夜は彼女の安否を確認する為にゆっくり身体を離そうとするが……

 

「す、すまん。大丈夫……か……?」

「え、ええ。だいじょう……ぶ……」

 

 お互いの吐息がかかる距離に、言葉を失う2人。凍り付いたように無言のまま、見つめ合う。ふわりと漂う上品な香りに、心地よい柔らかさのある彼女の温もり。気づけば嘘のように心臓が跳ね、かああっと沸騰したような熱を感じた。見れば彼女も耳まで真っ赤だった。

 ゴクリと流夜は息を呑む。

 艶のある柔らかそうな唇、赤く染まった頬。そして、動揺しながらも、流夜から逸らさない、宝石のように綺麗な黒色の瞳。そのどれもが扇情的だった。

 

 一秒が永遠にも感じる沈黙が流れ……真夜はそっと目を閉じ……その直後に、足音が聞こえた。

 

「真夜さんお兄ちゃん。そろそろ準備しない……と……」

 

 この惨劇に、見事なまでに口を開けて固まる亜里沙。しばしの沈黙後にはっと現実に戻った流夜は、

 

「ばっ、これは違うぞ!? 事故というか「きゃああっ、私にもついにお姉ちゃんが――」 ちょ、ちょっとまて誤解だぁぁああああ!」

 

 何の説明も聞かずにバタンとドアを閉める妹。流夜は必死にドアの向こうを呼びかける。だけど彼女戻ってこない。それもそうだろう。流夜自身も自分の言葉に説得力があるとは思っていなかった。押し倒そうようなこの構図では、鮮明に状況が物語っていた。

 

「……」

「……ねえ」

 

 サァァアッ と真夜の声に血の気が引いた。怒ってる姿を想像して、慌てて視線を扉から真夜に向けるが、その予想は大きく裏切られる。

 

「は、早く……どいて」

「お、おう……」

 

 顔を真っ赤にして恥じらうような声で、視線を逸らす彼女に、毒抜けたように彼女から距離を取る。上半身を起こした彼女は立ち上がり、

 

「し、下で待ってるから……!」

「お、おお」

 

 早口で颯爽と部屋を出て行った。確実に殺されると思っていた流夜は呆然と彼女の後ろ姿を見送った。そしてふと思い至る。

 

「あ、写真……」

 

 どうやら彼女が持って行ったようだ。あの状況でも肌身離さず持っているとはものすごい執念だな、とアホみたいな感想を心中で述べてからノロノロと立ち上がった。

 

 

 

 

 元蔵はその要望に応えるように、何も言わずに車を走らせた。凡そ四葉本家から車を出すこと30分弱。昔に一度だけ足を運んだことのある公園へとやってくる。住宅街の端の方に設置されたその公園は、近隣の苦情全てに対応した為にボールの使用、走り回ることも禁止という、何の為にあるのだと問いただしたくなるような公園だった。車から降りるなり、彼女は迷うことなく真っ先にあの場所へと向かった。

 

「随分懐かしいですね……」

「そうだな」

 

 見上げるように視界に映るのは、一本の桜の木。

 温暖に向かいつつある気候と共につい最近まで彩っていた桜。今はもうすっかり散ってしまい葉桜に姿を変えていた。――春は短い。何だか同じ桜の木じゃないみたいだ。華やいだ季節はあっという間に終わりを迎える。

 唯一この公園に一本だけある大きなこの桜の木は、近隣では有名で多くの人がこの桜を見に来る。だが今は葉桜になったこの木を誰も見ようとはしない。多くのものが何食わぬ顔で通り過ぎていくだけ。

 その光景がなんだか寂しく思える。

 泰夜はそっと桜の木に触れてみた。静かに生きる、その木の幹に。

 

「生きるとは、寂しいものですね……」

「泰夜……」

 

 気づけば頰に一筋の涙が流れていた。

 ……何を泣いているんだ、私は……

 指先で涙を拭う。それは悲しいほどに温かい涙だった。

 涙が溢れないように顔を上げれば、ひこうき雲が伸びているのが見える。今にも消えてしまいそうに滲む白線は儚くて、それが元蔵の胸をさらに苦しくさせた。

 

 

 

 

「な、なあ、悪かったよ。すまん」

「……」

 

 流夜が申し訳なさそうに謝罪をするが、真夜はずっと車窓からの景色に視線を固定したまま。言葉すら交わそうとしない。プイッとそっぽを向いたまま彼女は無言を貫いていた。それが空気を重くし、車内は奇妙な緊張が森の樹々のようにびっしりたちこめていた。あの時は怒った素振りはなかったが、今になって絶さん不機嫌中のようで、流夜はどうしたもんかと思わず頭を抱えた。だが、今どんな言葉をかけても、彼女の意識には届かないだろう。真夜は真夜で自身の気持ちの整理に一杯いっぱいだったのだ。

 

(何で私……あの時……)

 

 故意ではないとしても彼と見つめ合ったあの時。どこかお互い視線が甘く絡み合ったあの瞬間。確かに真夜は何かを受け入れてしまった。そっと瞳を閉じて、静かにその瞬間を待ってしまった。

 だからなぜ受け入れてしまったのか、自分自身の気持ちを何度もノックした。しかし、何度叩いても答えは返ってこない。それが無性に真夜の心をモヤモヤさせていた。もうあの日の出来事から巻き起こる様々な感情や展望や疑問や絶望がないまぜになって、胸が爆発しそうだ。

 

  ――本当に、最近の自分は可笑しい……

 

「なあ、真夜。ごめんって。あ、な、なら、ケーキ屋でも行くか? 俺奢るぞ」

 

 そんな心中を忖度せずに空気を読まない彼は、必死に何度も謝罪の言葉をかけご機嫌を取ろうとしてくる。が、返って真夜の憤怒は募っていく。先ほどの余韻が尾を引いているのもあるが、元はと言えば真夜の心情を揺るがす根源は彼だ。あの日出会った時から数日が経過しても、気がつくと彼との記憶の本棚を検索してしまう。彼の優しい眼差しに温もり。思い出す度に、切なさに胸が突き上げられる。何度も。何度も。

 だから声を大にして叫びたかった。――誰のせいでこうなってるのよと。

 彼に会った瞬間、自分の心の中に言い知れぬ安堵と喜びが広がった。側に彼がいると意識するだけで、胸がドキンとして一遍に頭がのぼせ冷静ではいられなくなる。彼の存在がこんなにも自分の心を乱す。……これではまるで――

 

「っ!!」

 

 ――ち、違うわ! こ、これはそんな気持ちじゃ……!

 みゃーみゃーとはしゃぎだす子猫を、出番じゃないんだと必死に追い払う。

 そう。これは気の迷い。あまり深く男性と付き合う経験がなかったからこその勘違いだ。そうやって荒ぶる心を三度説き伏せていく。そうでもしないと、自分でも信じられないような思いが、形になって溢れてきてしまいそうだったから。

 

「わ、悪かったよ……真夜」

 

 ふと気付けば泣き出しそうな声が意識に届く。真夜は拍子抜けたように殊更大きく溜息を吐いた。なんだか悩んでる自分が馬鹿らしい。感情の渦巻の中に心を浸していた自身を振り払って、車窓から彼に視線を向ける。

 

「……別に怒っていないわよ」

 

 ただそれでも、つい憎まれ口っぽく返してしまう。

 

「そ、そうか。というか怒ってないなら返事しろよ。無視され続けるとかきついんだぞ。俺ガラスのハートなんだからな」

 

 拗ねたように流夜もむすっとした顔でそう言う。しかし、彼の強心臓ぶりを目の当たりにした自身としては、彼の心をガラスのハートと称すのは如何なものだろうか。真夜はどこか不可思議そうな顔で口を開いた。

 

「ガラスのハートって、その割には貴方随分と物怖じせずに色んな場に突っ込んでいくじゃない。あの破天荒さはどこにいったのよ」

「いや、それとこれとは別なんだよ。……なんか説明できねえけど……お前に無視されんのは傷つくんだよ」

「……なによそれ」

 

 子供のようにきまり悪げに頭をかきプイッとそっぽを向く彼に、クスッと自然と真夜の口角が上がる。

 

「そうね。取り敢えずケーキは頂くわ」

「は? い……いや、それは違くないか?」

「あら、嘘なの? ……残念だわ。せっかく楽しみにしてたのに」

「うぐっ、 わ、わかったよ! た、但し高いのは無理だかんな? 俺お小遣い少ないんだから!」

「あんなのに無駄遣いするからでしょう」

「……うっせえな。良いだろ別に」

 

 何気ない会話。それでも彼の言葉一つで、またコロコロと感情が揺れる。側にいればいるほどに、心地よく響いて満たされていく。でもそれに引っ張られようになぜか弘一の顔がチラついては、妙な罪悪感に押しつぶされそうになった。怪我を負わせた事に対する負い目なのは分かってる。でもそれとは別の奇妙な罪悪感があるのもまた事実だった。それが一体何を意味するものなのか……

 

「真夜?」

「な、なんでもないわ」

 

 妙な思考に囚われそうになって、慌てて真夜は頭を振って余計な思考を振り払った。深く考えずともそんな事は決まっている。真夜は再び車窓に視線を向けた。それを踏み込む事はせずに、流夜は静かに見守っていた。

 

 

 

 

 

 比較的に新しく綺麗な建物。なんだか生活感はあまりない。オフィスビルみたいな大きな病院へとたどり着く。コの字になったこの病院の中庭には、木々の間を縫うように遊歩道が設けられており、パジャマ姿の入院患者やその家族が、降り注ぐ柔らかな陽射しを楽しんでいた。

 

「随分とまた大きな病院だな……」

 

 見上げるように聳え立つその白い建物を眺める。そんな流夜に真夜が補足説明をした。

 

「ええ、ここは七草家が所有する病院なの。まあ、この規模ならそれだけで大方説明がついてしまうけれど」

「いや、どんだけ権力持ってんだよその七草家って」

「魔法師を目指す以上知ってて当然の家系よ……どうやらその様子だと本当に何も知らないのね」

「まあな。どこの家系が有望だとか興味ないし」

「彼らの財力ならあなたの望む胸の大きな女性との繋がりも多く持てると思うわよ」

「な、なるほど。ならここは鼻薬でも嗅がせれば――ってまだ根に持ってんのかお前は」

 

 至極どうでもいい談笑をしながら病院に入る。

 病院の中に入れば、特有の消毒液の匂いがする。

 見渡せば外と同じく綺麗な内装だった。治癒魔法もそうだが、現代医学の力の凝縮されていそうな設備が沢山ありそうな雰囲気である。

 

 ただ、コツコツと乾いた靴音を立ててその中を忙しなく歩きまわっている看護婦達がこちらを見るなり揃って足を止めた。患者も含め、エントランスの者がこちらを一点に見続け、呼吸すら忘れてるのではと心配になるほど固まっていた。一瞬何事だと身構えた流夜だが、視線の先を追えば、言わずもがな合点がいった。

 

 人形のように整った美貌。そしてどこか気高さを纏わせた佇まい。その顕微鏡を覗かずとも如実に分かる理想の女性に近い雰囲気を持った若干12歳の少女に、どうやらここに居る者達は心を奪われているらしい。瞬間的に降り注ぐ熱い視線にモテキ到来という単語が脳裏をかすめたが、残念ながらそれは無関係のようだ。ガクリ、と肩を落としながら流夜は改めてこのこの少女――四葉真夜を横目で映した。歩く動作一つ、その所作全てが洗練され美しく、実に魅せ方が上手い。

 きっとこれも彼女の母親が施した教育の賜物だろう。ただ、感心するのと同時に流夜は一抹な不安を覚えた。今日の彼女は迂闊に声をかけるには余りにも綺麗すぎる気がした。これから婚約者に逢えるとやや緊張しているのか。いや、それとも……

 

「どうしたのよ? ジッと私のこと見て」

「い、いや、なんでもない」

 

 慌てて彼女から視線を剥がして金魚の糞の如く横に並び受付に向かう。きっと今の自分が何を言っても意味はなさない。なら大人しく自分は見守る事に専念するしかない。見てられないもどかしい気持ちを浅く履いた溜息と共に吐き出した。そこから最上階のVIPルームへとエレベーターを使い上がった。真っすぐに廊下を歩けば、七草弘一と書かれたネームプレートの部屋の前で2人の足が止まる。

 彼女の控えめなノックと共に、室内から少年の声が返ってくる。入室の許可と共に入り、真っ先に視界に映ったのは無駄に広い病室。一人にしては大きすぎるだろと呆れ半分に見渡しながら、彷徨う視線を真っ白なベッドに固定した。丁度腰のあたりで曲がり、上半身が寝たままだが、片方は眼帯をし、それでもしっかりとこちらに片目を向ける少年と目が合う。

 彼――七草弘一は真夜と流夜を見るなり、歓迎の意を込めて柔らかく微笑んだ。

 

「わざわざ足を運んでくれてありがとう。では、そこら辺の椅子にでも腰掛けてくれ」

 

 ありがとうございます、と流夜は近くにあったスツールに腰掛けた。真夜も並ぶように腰を下ろす。

 

「えっと、初めまして。神崎流夜です」

「こちらこそ初めまして。七草弘一です。この度は、真夜を助けてくれてありがとう、神崎くん」

「い、いや、まあ、良かったです。無事救出できて」

「そうだな。だからとても感謝してるよ」

 

 ありがとう、と彼は頭を下げる。毎度お馴染みに頭をあげてくれと流夜がいい、彼が顔を上げる。そして今度は真夜に優しい眼差しを向けた。

 

「思ったよりも元気そうで安心したよ」

「え、ええ。彼のお陰です」

「そうか」

「はい」

 

 そしてプツリと会話が途切れた。一瞬にして緊張の糸がピンと張られていく。それを作り出してるのは他でもない、真夜。何処か余所余所しさを孕んだ雰囲気を感じ取ったのか、弘一もどこか言葉を選ぼうと探しているようだった。踏み込む事への不安と踏み込もうとする勇気……それらが混ぜ合わさった独特の緊張感がこの場に漂っていた。

 ここは自分が、と流夜はすかさず空気の入れ替えを試みた。が、

 

「実は俺、胸がエレファントな女子が大好きなんですよ」

「……ちょっと、いきなり尾籠な話はやめて頂戴」

「いや、男と打ち解けるとなったら迷わず下ネタだろ」

「……ああ、そうね。貴方、どうしようもないスケベでおバカさんだものね。少しでも期待した私が愚かだったわ」

「まて、スケベはともかく予めその認識に誤解があることを伝えておくぞ。俺はバカじゃなくてただ今まで勉強に手を抜いていただけだ。最近なんてちょっと勉強しただけでけっこう小テストとか点数高かったんだからな。要領に字頭の良さが伺えるね」

「ならH₂Oとは何かしら」

「……はあ、俺英語苦手って言ったろうが」

「……これは水の化学式よ」

「……まだ習ってないんだよ」

「一応言っておくけれど、これ小学生でも教わるわよ」

「……」

 

 空気の入れ替えのつもりが、とんだ自爆を招いてしまう。弘一はどう反応を示せば良いのか苦笑いを返すだけだが、真夜は遠慮なく段々と腐った美柑を見る様な眼差しを向けてくる。

 客観的に見ても教養が足らない、物凄く可哀想な自分である。しかし、なんだか真夜の侮蔑の視線に無性にイラっと来た流夜は、鼻を鳴らして口を尖らせた。

 

「……ふん。ちょっと勉強できるからって調子にのんなっての、この胸なし……あっ」

 

 流夜は「しまった」と慌てて口を閉ざした。が、

 

「……胸なし?」

「えっ、あ、いや……」

 

 後悔はもう遅く、流夜は表情が凍り付く。真夜からは表情が消え、人を凍てつかせるような据わった瞳に変わる。そしてどこか禍々しい妖気みたいなものを身体中に纏い始めた。

 

「――ふ。ふふふ。……流夜さん。今あなた、女性に言ってはならない事を言ったわね……?」

「ち、違う! 今のは冗談というか……ほ、ほら、お前のお母さん巨乳なんだからまだ希望はあるぞ!?」

「……言いたい事はそれだけ?――神崎さん」

「ヒイィィッ……!」

 

 流夜は必死の形相で首を振る。だが、彼女は不敵な笑みを張り付けたまま不機嫌さを凝縮して、すごみさえ感じる低音を発してにじり寄ってくる。その瞬間流夜は体中が震えあがり、追い詰められた獣のような哀れっぽい表情で情けない悲鳴を洩らした。――刹那。白く細い腕が流夜の脇腹を捉える。脇腹に鈍痛が走った。

 

「――ておいバカっ! つね――いてえよ! 離せ!」

「無理ね。女性の胸部にしか目のいかない愚か者への制裁だもの。巨乳好きの、神崎さん」

「なんて不名誉なあだぁあああああ!?」

 

 最早病院にいることさえ忘れた叫び声が部屋に木霊する。魔法を使わないだけ一応ここが病室だと配慮しての良心は片隅に残っていたのだろうが、彼女も彼女で容赦なく彼の横腹を抓る。身をよじろうが、逃げ出そうとする彼を決して離さずに。

 

「た、頼むって! 何でもするから!?」

「うふふ。却下よ」

 

 心理的にも徹底的にいたぶるように、彼女は愉しそうに唇を歪めて攻撃を止めない。流石にもう助けて――と涙で滲んだ視界で流夜が視線を彷徨わせれば、クスクスっと笑い声が意識に届く。それに伴って容赦ない彼女の制裁の嵐がピタリと止んだ。

 

「ふふっ、面白いものを見させて貰ったよ」

「えっ? あっ、いえ、これはその――」

 

 揃って視線をスライドさせれば、可笑しそうに彼は白い歯を見せて笑っていた。真夜は自身のあられもない姿から恥ずかしげに目を伏せ慌てて居住まいを正した。

 

「僕は大人びた君ばかり見ていたが、意外とそんなお茶目な一面も持ち合わせているのだな」

「い、いえ、先程のは、その……」

 

 容赦なく人の横腹を引きちぎろうとする行為をお茶目と片づけるのは不正確な気がしなくもないが、しかし話の感じではどうやら彼女は彼の前だとどこまでもお淑やかな少女として演じていたらしい。これはとんでもない事実だぞ、と流夜は先ほどの仕打ちの恨みからか、再び火に油を注ぎ始めた。

 

「弘一さん、あんた真夜の本性知らねえで婚約したのか? それはマズいって。コイツ、見た目だけだぞ綺麗なのは。悪いことは言わない。こんな腹黒おんながあっ、いってえよ! だから抓んなっ!」

「あなたが余計な口を挟むからでしょう。それで純粋無垢な私の心が傷ついたらどうするの」

「どこか純粋無垢だよ! 計算尽くされたドス黒いかたあっ!?」

 

 激痛に流夜は顔を歪め、再び目尻に涙を溜め始めた。それすら心底愉しそうに、いたずら小僧のように真夜は笑う。そんなじゃれ合う2人を眺めて、弘一は嫉妬ではなく納得が心を満たした。あんな楽しそうな彼女の姿は初めて見た気がした。自分の前では1度も見せてくれたことのない、心からの無邪気な笑顔。

 ――自分ではない。彼女の隣に自分は相応しくない。既に彼女の中にはもう自分の知らない誰かがいるのだ。いや、もう――

 

「真夜。少し神崎くんと2人で話をさせてもらえないか?」

 

 ――知ってしまった。彼――神崎流夜という存在を。

 

 

 

 

 

 

 

「改めて神崎くん。真夜を助けてくれてありがとう。本当に感謝してるよ――ありがとう」

「い、いや、いいっすよ。頭を上げてください」

 

 ありったけの感謝を述べ、顔を上げる弘一。表情には安堵と……悔恨の色が表れていた。真夜と直接顔合わせした事で、後悔を増幅させる苦瓜になっているのだろう。彼はそっと窓に視線を向ける。暫くして、情けない自分の引き出しをゆっくりと開けていった。

 

「……自分の力が及ばなかったから、真夜には悲しい思いをさせてしまったな」

「で、でも結果的に――」

「――結果的に助かったとしても、彼女に傷を負わせてしまったのは事実だ……本当に情けない限りだよ」

 

 奥歯を噛み締め、弘一は悔しさを吐露する。婚約者として彼女を守り切ることのできなかったあの忌々しい記憶を呼び起こし、弘一は白いシーツをギュッと握り締めた。流夜は黙って彼の言葉の続きを待った。

 

「もしもあの時彼女を守れるだけの力があったらと何度も……何度も思ったんだ。これ程までに己の力の無さを悔やんだことはない。魔法師として優秀など周りからもてはやされていても、結局は実戦では使い物にならない。改めて無力な自分を痛感したよ」

 

 自分の事を嘲笑するように言う弘一。当然といえば当然だろう。目の前で大切な人を奪われかけたんだ。未遂とは言え己の無力さに苛まれるのも無理はない。理解できる気持ちだった。だからこそ、同時にわかりたくない心情でもあった。両親、妹、クラスメイト、友人。人生で流夜という価値を彩らせてくれた人々が同じ運命を辿って欲しくない。誰も失いたくない。そんな意地を張って今まで生きてきたからこそ、誰かを手放してしまう気持ちを理解したくはなかった。ただそんな私情をこの場で挟むわけにはいかず、丁寧に言葉を選んで並べていった。

 

「……年下に言われて生意気とか思うかもしれないですけど、結果的に無事なんですから。今度こそ自分のその手で守れるよう、力をつければいいじゃないですか。起こってしまった事ばかりを悔やんでもしょうがないですよ」

「……そうだな。すまない、情けない事を口走ってしまったな」

「い、いや。こっちこそなんかすみません。偉そうな事言っちゃって」

「いや、良いんだ。むしろ有難い言葉だったよ。確かに今の自分の頭は後悔の文字で凝り固まっていたからね」

 

 どこまでも寛容で大人な対応を見せる弘一に、己の幼稚さを強く感じてしまう。きっと大人びた真夜にはぴったしな物件なのかもしれない。

 

「まあ、でもこれからは沢山彼女とまた思い出作れるだろうし、結果オーライで良いじゃないですか。好きなんですよね、真夜のこと」

「どうして、そう思うんだい?」

「どうしてってそりゃあ、真夜に向ける眼差しが凄く優しいからっていうか…まあ、あとは何となくですけど……でも、真夜を体張って守ろうとしたんですから。どうでも良い女の子ならそこまでしないでしょ」

 

 何故か自分の口から溢れた言葉が、胸に引っかかる。自身でもそのざわつきが訳がわからず流夜は彼を見つめていれば、困ったような顔を彼は返した。

 

「この婚約の事は、どこまで聞いたんだい?」

「えーっと、一応元蔵さんから政略結婚だってのは聞きました」

「……そうか」

 

 彼は薄く微笑むと、視線を窓の景色へと移した。

 

「それ以上でもそれ以下でもないよ。真夜とは政略結婚での相手でしかない。多少の情は湧いても、俺に恋慕の気持ちはないよ」

「……」

 

 寂しげに彼の口から言葉が奏でられていく。だから彼の嘘を見抜くのは容易かった。でも、それが彼の決意なのかもしれない。そこから先を聞く事は出来ずに、流夜は慌てて話題そらしに取り掛かった。

 

「そ、それで話ってなんすか?」

「ああ、……それなんだがな、殆どもう要件は済んでしまったよ」

 

 えっ、と流夜は固まる。なにせ要件など一切聞かれてないのだから戸惑いを浮かべるのも当然だった。だが問い正そうにも弘一はどこかすっきりしたような横顔をしていた。何か吹っ切れたのか、それとも……全てを諦めたのか。どちらにせよ深く詮索するような無粋な真似はしなかったが、流夜は去るべきなのかそれとも気の利いた話題を提供するべきなのか迷った。だが、そんな配慮はいらなかった。

 

「じゃあ、最後に一つ訊いてもいいかな?」

「え、は、はい」

 

 窓の景色から彼がこちらを見る。どこまでも真っ直ぐに射貫くような瞳を向けられる。それは心の奥底の流夜の何かを探ろうとしているような鋭い眼差しで、流夜は思わず身構えるように表情を引き締めて、背筋を伸ばした。

 

「もし――もし真夜がまた同じ様な目に遭いそうなったら、君はどうする?」

「い、いや、どうするってそりゃ助けいくでしょうに」

「真夜とは知り合ったばかりなのだろう? 何故そこまで彼女に肩入れできるんだ? 今度こそ君の命に係わるかもしれないんだぞ」

 

 決して彼がどんな言葉を望んでいるかなど分からない。けれど、流夜の心の声を聞くような彼の問いかけに、素直な思いを流夜は口にした。そうすべきだと思った。

 

「アイツを死なせたくはないってのが本音です。それに約束したんですよね。なんかあったら俺を頼れって。だから、それに応えて死ぬことは別に怖くはないです。弘一さんも、それは同じでしょ?」

 

 どこか意地の悪い響きの流夜の問いかけに、つられて弘一も笑いながら安堵したように頷いた。

 

「……そうか。やはり俺ではダメなんだな」

「弘一さん?」

「いや、何でもないよ。ああ、そろそろ真夜を呼んできてくれないか」

「あ、ああ、りょーかいです」

 

 弘一の小言が気になり流夜は不思議そうに首を傾げて病室を後にした。

 

 

 

 

 

 「しっかりかましてこい!」とサムズアップして訳の分からない言葉をかけてくれる流夜に苦笑しながら、何度か深呼吸をして心を落ち着かせる。彼の言葉で不思議と身体の力が抜けていく。しかしかましてこいはないだろう。と彼の可笑しな言葉のチョイスにクスッと真夜は笑みをこぼした。

 どこか心が軽くなるのを覚えながら、扉を開けて病室に戻ってきた真夜は、弘一のすぐ近くに寄った。一体彼らが何について談話していたのか。大方、自分のことだろうが、詮索はせずに大人しくスツールに腰掛ける。

 

「彼はとても良い人そうだな」

「……きっと気のせいだと思いますけど」

「でもそんな彼と話す君もまた楽しそうだったではないか。とうとう春が来たのだな、真夜」

「い、いえ、別にそういうことでは……」

「ふふっ」

「……はあ、何ですか、その含み笑いは」

「いや、少し君は変わったなと思ってね。――それよりも真夜」

 

 意を決したような声。いつの間にか彼から笑顔が消えていた。彼の瞳から、逃れられそうにない。もうそこにおどけた笑いはなかった。

 

「――婚約は破棄しよう」

 

 驚くほど温かい声で、彼は病室に音を放つ。

 意味を理解するのには少しだけ時間がかかった。驚きを示すのに数秒を必要としたから。口から「え」の音が溢れた。空気が漏れた程度の弱い音。それでも真夜の動揺はまだ小さなものだった。ある程度の予想はついていたから。理解に追いつくなり言葉を受け止める。それでも辛そうに目を伏せた。

 

「……ごめんなさい。私のせいで――」

「――違う! それは違う!」

 

 普段温厚な彼が初めて声を荒げた気がする。抑制が全く利かずに、大声が漏れたのだ。それに驚いたのか、真夜は小さな動物が天敵に出会った時のように身を引いた。

 

「す、すまない」

「い、いえ」

「でも、婚約破棄は君のせいじゃない。間違いなくアレは俺の責任だ」

「そんなっ、それこそ違います! あれは油断していた私が――」

「――守れなかった! 君のお父さんに、君に……誓ったはずなのに。俺は守る事が出来なかった! だから今回の騒動もこの怪我も、全ては俺の力不足なだけなんだ!」

「……弘一さん」

 

 口びるは尚悔しそうに震えて彼は俯く。決して彼1人のせいではない。そう思って反論したところで押し問答なだけ。でもそれをすんなりと受け入れることは出来そうになくて、真夜はどう言葉をかければいいのか迷った。暫く無言が続き「それに」と言葉を付け足してゆっくりと彼は顔を上げた。笑ってるのか、困っているのか、戸惑っているのか、泣きそうなのか、真剣なのか……その全部が彼の心で混ぜこぜにになったような表情だった。

 

「君にはもう、大切な人がいるのだろう?」

「――っ、いえ、そんな事は……」

 

 喉に言葉がある。でも、明確な否定の言葉が何故かそこから出せない。それがわからない。エラーでも起こしたような顔で、困惑が脳を埋め尽くしていく。

 困惑で揺れる真夜の瞳を見て、弘一は懸命に陽気に笑ってみせた。

 

「父には俺からいうよ。理由は何とでもなるから。だから終わりにしよう、この関係を」

「……わかりました。私も後でお父様に報告します」

「ああ、身勝手なお願いですまないね。でもそれがお互いの為になると俺は思う」

「……はい」

 

 弘一は力なく微笑んだ。それを見て胸が軋む思いだった。ただ、真夜も異を唱えることはせずに小さく頷いた。2人の間に深い沈黙が落ちる。お互いに次の言葉が見つからない。真夜は懸命に掛ける言葉を探した。その場から立ち去ろうとも考えた。しかしその場に居合わせるべきだと思った。ここで逃げ出すわけにはいかなかった。そんな重い空気を突っぱねるように、口火を切ったのは弘一だった。

 

「ところで、真夜。新しく君専属の護衛を付けるそうではないか」

「え、ええ、そうですけど……でもどうしてそのことを?」

「いや、なに。少し気になってね。どうだい。ここは彼に頼んでみたらいかがかな?」

 

 おどけた口調で彼の口角が上がる。明らかに揶揄っているのは明確だった。瞬いた真夜は「もう」と口を尖らせる。

 

「言っておきますけど、妙な誤解はしないで下さい。流夜さんとは本当に何もありません」

「そうか。まあ俺は神崎くんだとは言ってないがな」

「……弘一さん」

 

 ジトッとした視線に、すまないと彼が苦笑を返した。それで幾分か空気が緩和する。これも彼なりの気遣いだろう。改めて優しい人だと思った。そこからしばらくは何気ない会話に花を咲かせた。弘一が一緒に行った場所を話し、それに応えるように真夜も言葉を交わす。楽しかった。間違いなく弘一にとっては幸せな時間だった。時が止まればと思う程に幸せだった。腰かける彼女は手を伸ばす距離にいる。だから嬉しかった。もう届かないかもしれないと思っていた彼女が、手の届く場所にいることに。でも自分にはそんな資格はない。それを望んではいけない。だから。

 

「そろそろ時間ではないか? 神崎くんをあまり待たせてしまっては申し訳ないからね」

 

 希望を丸ごと捨てるように。そう言った。

 

「……そうですね、分かりました。そろそろお暇します――弘一さん」

 

 弘一の言葉に従うように立ち上がり、真っすぐにその双眸が向けられる。黒髪を揺らし、深々と彼女は頭を下げた。

 

「今まで、ありがとうございました。とても、私にとっては大切な時間でした」

「ああ、俺もだよ。本当にありがとう。真夜」

 

 胸が苦しくなるほどあり難い感謝がお互いの口から零れる。

 他にも思う事はあるだろう。それでも最後は笑顔で。

 

「また後日、都合のつく日に伺いますね」

「神崎君にも宜しく伝えてくれ。君たちが幸せになれることを祈っているよ」

「もう、弘一さん……!」

 

 ムスッとしながらも控えめながらに優しいさよならで彼女は姿を消した。

 この小さな動作が凄く好きだった。他にもっと話したい事など山ほどあった。堪らず永久に2人でいたいと叫びそうになった。でも、それももうすべて終わりだ。

 

 一人残された弘一は、ゆっくりとベッドに体を倒した。

 真っ白な天井を見上げ、余韻に浸るように瞳を閉じた。不思議と走馬灯のように、彼女との重く深く切ない記憶が脳を駆け巡る。

 

 ――四葉真夜と申します。七草弘一さんですよね。 本日は、よろしくお願い致します。

 

 ――思えば出逢ったあの瞬間から惹かれていたのかもしれない。ありとあらゆる美しさを持った彼女の美貌に。笑顔に。あの優しさに。

 ただそれは自分だけ。彼女の隣を歩いて居るときはいつだって一人でいるような孤独があった。想えば想うほど、彼女の心が離れていく気がしてしかたなくて。それがどうしようもなく辛かった。

 でもそれでも良かった。いつか人生が分かれてしまうかもしれない。無理に束ねていた二つの茎が それぞれの太陽に向かって育ち始めてしまう。でも、だましだましでもいいから、できるだけ長い時間を一緒に生きたかった。

 しかし、これから先は彼が彼女を守ってくれるだろう。自分は役目を果たせなかった。婚約者として彼女が必要としてくれている時にそこに居てあげることが出来なかった。だからあの時からもう既に彼女の隣に自分は相応しくなかったのだ。なら自分の言葉通り前を向こう。いつかはきっと何もかもが思い出の花びらに変わる筈だから。お互い向き合うことを避けてきた感情に、今蹴りを付けるべきだ……

 

 

「……っ、……く…そっ……っ!」

 

 それでもどこかもどかしいくらい弱気で身勝手で、まだ彼女の事を離せないでいる愚かな自分がいる。

 だからこそこれは、最初で最後の我儘で強がりだ。

 

 ――それにアイツと約束したんで。なんかあったら俺を頼れって。だから、それに応えて死ぬことは別に怖くはないです。

 

 自由を与える。それが今彼女にしてあげられる精一杯の愛の形。声を押し殺して流す悔し涙は、残酷なまでに温かくて。――お前のせいだ。無力なお前のせいで彼女は離れていく。そう言ってる気がしてならなかった。

 

 ――大好きだったよ……真夜……

 

 伝えられなかった想い。今しがた別れたばかりの面影を脳裏に浮かべ、堪えきれずにその思い出にそっと語りかけた。

 

 

 

 

 

 

 病棟の白い一直線の廊下を歩く。一歩。また一歩。どこか行きよりひんやりとしたような空気を感じながら、真夜は近くにあった椅子に押しを下ろした。彼の病室を離れるたびに、彼との思い出が記憶に蘇る。

 思えば多くの事を、彼から教えて貰った気がする。彼がいてくれたから、あのつまらない箱庭での日常の何もかもが輝いた見れたのだから。きっとそんな毎日を過ごす中で、自然と居心地の良さを覚えていたのかもしれない。でも、あの積み重ねてきた些細な時間も笑顔も全て、宇宙の暗い空間に浮かぶ二つの遊星のように引き合い、そして離れていく……

 

 ――お互い、前に進めるように頑張ろう。

 

 無理をして言っているのだとは直ぐに理解できた。それでも優しく言葉を投げかけてくれるのは彼なりの優しさ。気遣いだ。

 彼は間違いなく自分を愛してくれていた。言葉にせずともちゃんとそれは伝わっていた。でも、真夜はそれに応えられなかった。彼に対する想いが恋愛感情なのかと問えば明確な答えは出ていなかった。彼もそれは見透かしていて、それでも一緒にいようと懇意に接してくれていたのだろう。思えばそんな優しさに今まで甘えていたのかもしれない。

 今回また、彼の優しさに救われた。愚かな自分を最後まで責める訳でもなく、向き合えなかった感情に先に終止符を打とうとしてくれる。でも、あの時育んで来た思い出は確かに心にある。なら、大切な思い出達を捨てるような真似はしたくない。今感じてる苦しさも痛みも全部持って……一つも残さずに受け入れて明日へと持っていくべきだ。彼とは別の未来をこの足でしっかりと歩くために。きっとそれがもう、全ての答えなのかもしれない。

 

「……ありがとう、弘一さん」

 

 唇を結んで揺れる決意を固める。椅子から立ち上がり、ゆっくりとロビーに歩き出した。

 

 

 

 ロビーに着けば、彼がいた。有名な病院なだけはあり3時を過ぎたこの時間でも患者は多い。それでもしっかりと彼の姿だけは識別することが不思議とできていた。近づきながら小さく手を振れば、ぶっきらぼうに手を上げて応えてくれる。なんだかそれが嬉しくて心が弾んでしまう。

 

「もう良いのか? 積もる話もあっただろうに。まだ待てるぞ」

「いいのよ。もう、行きましょう」

「りょーかい」

 

 病院を出て無言のまま、のどかな風景を2人で歩いていく。行きと変わらない同じ景色。それでも少しばかり温かく見えるのは、何かが吹っ切れたからかもしれない。幾分か足取りが少し軽い気がして、ゆっくりとそんな景色を感慨深く眺めていた。すると唐突にこちらを窺って、流夜が口を開いた。

 

「なあ、真夜。今日この後少し時間あるか?」

「え、ええ、今日は特にこの後予定は入れてないけど」

「少し寄り道したいところがあってさ。時間も多分丁度良い頃合いになるだろうし、ついて来いって」

 

 それがどうしたの、という真夜の不思議そうな顔に、彼はニヤリと笑みを返すだけ。益々困惑する真夜だが、彼にしたがう形で車を走らせて山梨へと向かった。

 

 

 

 

 

 時刻は夕暮れ時に移り変わり始めた。案内されるまま車を走らせて、山梨県にある広大な敷地を誇る公園に辿り着く。流夜が真夜を連れてった場所は夕陽の丘と呼ばれる景観スポットだった。地元では多少の有名スポットで、真夜も名前だけは知っていたが、来るのは初めてだった。

 彼もここにはよく来ていたのだろう。迷いのない足取りで公の展望台ではない場所へと連れていかれる。所謂、隠れスポットと言う所に向かうのだろう。

 そこは街の風景を一望できるポイントで、

 

「綺麗ね……」

 

 街並みを見下ろした真夜は、驚きと喜びの声を上げた。彼の計算通り、到着したのはジャストのタイミング。世界が優しく茜色に染まる、夕焼けの風景が眼下に広がっていた。

 

 ――ほらね、ここすっごい綺麗でしょ!?

 

「――ッ!?」

 

 いつか遠い以前にどこかで一度見たことがあるような既視感が沸いてくる。

 この景色を、知ってるの……? 

 戸惑いを浮かべた瞳で、不思議と横に視線をスライドさせた。映るのはオレンジ色の世界の中、心地よい風が黒髪を揺らし、隣に並んで景色を眺める少年の横顔。そんな光景は不思議で奇妙で、それでいて懐かしさをくれる心地よいものだった。これって……もしかして、

 

「私達って……」

「ん?」

「……いえ、なんでもないわ」

 

 何故か聞くことを躊躇って、真夜は慌てて正面に視線を戻した。幾らなんでも、話が出来過ぎてる気がする。きっと不思議な出来事の連続で、そんな思考に陥ってるんだろう。真夜は苦笑気味に頭を振って、視線を正面に戻した。

 

「ここ夜でも綺麗なんだけどさ。俺はこの時間帯に見るこの景色が一番好きなんだよ」

「そうね。何となく理解できるわ」

 

 不思議とそんな気持ちになる。暫くお互い無言で目の前の光景を目に焼き付けていた。

 

「どうして、ここに連れてきてくれたの?」

 

 そして疑問に思っていたことを投げかける。流夜は、真っすぐに街を見下ろしたまま、

 

「今日ほとんどお前浮かない顔してたけど、でも、病室から出てきたとき少しスッキリした顔してたからさ。だから少しは解決できたのかなって思って、それでよ……まあ、なんつーかさ……」

 

 何か言いたげで言葉を探す流夜を不思議そうに見れば、何かが頭に乗っかった。温かい、何か。

 

「――えっ」

 

 突然の出来事に、頭が真っ白になった。言葉が上手く喉を通らない。呆然と彼を見上げる。その視線の先で彼は優しく笑っていた。それはあの時から網膜に焼き付いて離れない、変わらない温かさだった。

 

「気分転換というか、その……頑張ったな、真夜」

「……っ」

 

 何にとは問い返さなかった。そんな事、自分自身が一番よくわかっていた。それを見越した上で、こうして彼は自身を労ってくれているのだろう。

 でも――今ここでそれは…卑怯よ……

 慮るような心地の良い響きに、トクン、とハートが震える。

 

「……弱ってる女につけ込むなんて……反則よ」

「かもな」

 

 字面だけ見れば手強い反撃だが、頰を朱に染め目を泳がしながらやや浮ついた声で言われてもあまり怖さはなかった。

 真夜自身もその自覚はあったから、ゆっくりと肩で呼吸をする。

 

「……婚約はね、解消になったわ」

「そっか」

 

 不思議と彼の瞳にはまるで全てを受け止めるかのような強さが、優しさの中に宿っていた気がして、真夜はそう口にした。彼は相槌を打つなりそれ以上言葉を紡がなかった。その代わりに何度も優しく頭を撫でてくれた。それがどうしようもなく、真夜の心を温めた。

 

 ――彼に頼んではどうかね。

 

 ふとなぜかそんな弘一と父の言葉が脳裏によぎる。

 ただそれを頼むという事は、彼の人生を自分に捧げるというのとほぼ同義だ。

 そんな理不尽で身勝手なお願いなど、できるはずがない。これでは益々あの人に踊らされてしまう。それなのに――

 

「じゃあ、そろそろ行くか」

「……っ」

「ま、真夜?」

 

 気づけばギュッと裾を摘んでた。そんな奇行に自分でも驚いた。訳がわからず咄嗟に俯いてしまう。でも――彼の温もりから離れた瞬間、心を指で触られているかのように切なかった。離れたくなくて。側にいて欲しくて。逆に苦しくて、迷惑を掛けたくなくて。離れたいのともっと求めたいのと。相反する感情が自身の心に渦巻いて自分でも理解できない。だからやっぱり今の自分は、可笑しい……。これも、そう……

 

「――ねぇ」

 

 自らを奮い立たるように顔を上げる。己の胸の内を曝け出すかのよう控えめながら甘え声が唇から洩れた。もう自分を上手く制御出来なかった。瞬間ニャーニャーと恋の子猫が騒ぎ出す。運命の扉が開かれるのを期待するかのように、己の出番に猫はキラキラと目を輝かせた。

 

「……護衛が…必要なの」

「護衛……?」

「そう。私の、護衛……」

「そ、それがどうしたよ。――ま、まさか、俺にやれってか?」

 

 なぜ俺なんだ。他にもっと代役がいるだろうと。きっとそんな反論が当たり前のように返ってくるだろう。でも約束した筈だ。護ってくれるって。命をかけてまで。ならその責務は側にいないと果たせない筈だ。それに、全部……彼のせい。

 こうして言葉一つで一喜一憂するのも。彼の前では素直でいられなくなるのも。離れたくないって、胸が締め付けられるのも。

 

 ――全部…全部……貴方のせい。貴方のせいなんだから……っ!

 

 この夕焼け色の空の下で、じっとしたままではいられないような寂寥の念が、真夜の何かを突き動かす。漲るような羞恥を懸命に堪えて、小さく深呼吸をした。臆病が半分顔を出しているけど、真っ直ぐに彼を見て。彼だけを見て。そしてずっと居座ったままのその感情に、ゆっくりと手を伸ばした。

 

 ――私の事、護ってくれないの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 淡青く晴れ渡った寒空には、姿を没した夕陽が大きな、車の幅のような茜色の後光を大空いっぱいに美しく反射している。そんなオレンジ色の世界で、波打つ黒髪を靡かせた少女が意を決したように顔を上げた。

 雰囲気に呑まれた流夜は、喉を鳴らすので精一杯だった。金縛りにでもあったように身体が動かない。情けない顔をした流夜の視界の中で、彼女はゆっくりと桜色の唇を動かした。

 

「貴方に、やって欲しいの」

「い、いや……何言って……」

 

 冗談だろと笑い飛ばそうとしたけど、言葉が途中で途切れた。

 少しだけ近づいて流夜を真っすぐに見つめる瞳はどこか蠱惑的に見えて、でも決意と不安を宿した曖昧な瞳だった。奥の方だけ微かに揺らいでいる。

 

「な、なんで俺なんだよ……」

 

 漸く絞り出した戸惑いの声に、真夜は摘まんでいた裾を放して少し拗ねたように言う。

 

「だって言ってくれたじゃない。私の事、絶対護ってくれるって」

「い、いや……言ったか? そんなこと」

「言ったわよ。それに約束してくれたわ。困ったら、何とかしてくれるって」

「……い、言いました……ね。いや、でも」

 

 渋るような彼に、真夜は小さく深呼吸をして、そっと小さな手を胸に当てた。

 

「迷惑を、かけてる自覚はあるわ。でも、貴方しか、思いつかなくて」

「……」

 

 少し困惑した瞳で流夜を見上げた。ただ、彼女の表情には苦しさは余り見当たらない。僅かに頬を上気させて、何だか恥ずかしがってるような感じだ。病院に行く前とは違い、今の彼女はどこか温かさを含んでいて、一段と可愛らしいと思った。

 

「――私の事、護ってくれないの?」

 

 周囲から音が消えた気がする。 

 ドクンと自分の心音だけが聞こえてくる。

 

 ――言い方が卑怯だ。

 

 わずかに目を潤ませた彼女の瞳から慌てて視線を引き剥がした。そうでもしないとこの激しく動揺した心を説き伏せるには無理があったから。

 でも――

 

 ――じゃあ、約束ね。

 

 なぜだろう。本当に何故か、自分でもわからないけど。

 彼はこの時、自然とこう喋っていた。

 どこか遠くの、知らない誰かが話すように。

 

「………わかったよ」

 

 照れくさそうに視線を逸らす。「えっ」と目を丸くして小さく唇を動かした。

 

「何驚いてんだよ。お前が言ってきたことだろ」

「そ、そうだけど……」

 

 イマイチ状況を呑み込めてないような真夜の反応に呆れながら、

 

「早く、帰ろうぜ……護衛のこと、報告しねえとだし」

「……うん!」

 

 心から嬉しそうに微笑む。ほほが夕陽に輝き、それは、まるで一刻ずつ姿を変えてゆくまぶしい夕空のようにはかない笑顔だった。その笑顔に見惚れそうになり、流夜は慌ててくるりと踵を返して歩き出す。

 小走りで一歩距離を縮めるように、彼女の足音が近づいてきて。

 二つの影がゆっくりと、同じ方向へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二階堂隆司総理大臣が会議室に入ると、中にいた全員が一斉に立ち上がり、背筋を伸ばした。二階堂は室内を見渡す。内閣官房長官、内閣官房副長官、内閣府情報管理局長、国家安全保障局長らにその補佐官達。日本の安全保障を担う面々が、殺気にも似た緊張感を漂わせ二階堂を見つめていた。

 見慣れた顔の数人、二階堂の知らない者も混ざっている。空席が一つあり顔を顰めかけたが、

 

「みんな座れ。早く報告を」

 

 二階堂は手を振って全員を座らせると、自らも椅子に腰かける。

 

「それでは、事件の概要について、説明させていただきます」

 

 この会議の司会役となっている担当補佐がやや上ずった声を上げる。立ち上がり、彼は顎でしゃくって、会議室隅に座っていた職員に合図を送る。部屋の照明が落とされ、会議室の正面にスクリーンが下りてきた。

 

「数日前、四葉家直系の少女が大漢政府直属の魔法師に誘拐されたとのことです。結果的に未遂に終わったとのことですが、四葉一族から要請が来ました。対応を待てとの指示は仰ぎましたが、恐らくは外交や軍事同盟を無視して大陸の連中に報復を行うと推測できるかと」

「その根拠は……といいたいところだが、あの死の第四研の生まれが多い一族のことだ。あり得ない話ではなかろう」

 

 ちっと二階堂は舌を鳴らし思わず顎髭に触れる。

 

「ですが、そうなってくれば確実に大漢との繋がりを断ち切ることになりかねます」

「大陸の連中共は日本に宣戦布告でもするつもりか? 漸く戦争が終結に傾き始めたのだぞ。何を考えているんだ」

「分かりかねます。ですがそう捉えることも可能かと」

 

 二階堂は腕を組んで思わず深々と嘆息した。苦悩に満ちた声音で再び室内に音を放つ。

 

「大漢政府からは何か連絡はあったか?」

「そのような事実は存在しないと主張しています」

「……舐められたものだな」

 

 明らかに事が起きたことは正真正銘の事実だ。それなのにそんな対応とは、鼻につく思いだった。ただ、今彼らを敵に回したら間違いなく外交面でこちらにデメリットが多くなる。

 二階堂は眉根を思わず寄せる。今後の策に頭をフル回転させる。しかし、考えをふるい落とそうとするかのごとく激しく頭を左右に振り、会議室の扉を睨んだ。入口の扉が開き誰かが遅れて入ってくる。

 

「遅れて申し訳ありません」

「遅いぞ、何をやっている」

 

 内閣総理大臣補佐官の飯田が申し訳なさそうに、二階堂の左に位置する空席に腰かけた。

 

「まあ、いい。飯田、事の概要の説明はいるか?」

「いえ、小耳には挟んでおりましたので無用です。続けて下さい」

 

 この場に遅れながらも冷静沈着な対応をする20代の彼に関心を示しながら、二階堂は右隣に座る内閣官房長官の曽根に目を向けた。

 

「僅かな情報でも構わない。四葉との通信は可能か?」

「いえ。逆探知も不可能とのことです。彼らからの連絡がない限り八方塞がりかと」

「厄介な相手を怒らせやがって……」

 

 虎の尾を踏むとはこのことだ。と苦悩で二階堂は唇を歪めた。絶対的な権力を有していたとしても、彼らの素性は謎めいている。一族の場所も構成も分からない。そんな雲を掴むような相手に対策のしようがなかった。どうするべきなのか。具体的な策も出ぬまま時だけが過ぎていったその時だった。

 

「……なに」

 

 突如電話が会議室に鳴った。それは秘匿回線からの呼び出しであり、緊急を要するものでしか使われない。不安を掻き立てる戦慄が重々しく会議室に奏でられ、慄然とした表情で、お互い交互に顔を見合わせる。二階堂は近くにいた者に、強張った顔で静かに頷き受話器を取らせる。映像はなく、音声のみの通話であることがパネルに表示される。

 

『ごきげんよう。皆さま』

 

 スピーカーから聞こえてきたのは、聞き覚えのない若い女性の声だった。

 

「……何者だ?」

 

 問いかける声が詰問調にならなかっただけ流石だと補佐の者を褒めるべきだろう。それでも声音が硬いのは、やはり混乱や恐怖故か。しかし、女性はそれにより恐怖を打ち込む言葉を口にした。

 

『私は四葉の者です』

「――ッ」

 

 誰もがその者の名に息を呑む。あり得ない。二階堂が真っ先に思い浮かんだ言葉はそれだった。この回線は組織の中でも比較的上の者しか知りえない回線だ。それなのになぜ彼らがこれを知っている。とんだおふざけだな。本来ならそう言い返すだろう。だが二階堂は彼女の発言に嘘はないという確信めいたものがあった。それは口にせずとも顕著に身体に表れており、背中から冷や汗が止まらない。表情も恐怖で一色だった。そんな彼に代わる形で補佐が再び口を開く。

 

「四葉が何の用だ?」

『先日、我々一族に向けられた蛮行をご存知かと思います。ついてはその返礼を行いたく思い、外交面でのご協力を今一度お願いしたくこのような場に割って入らせていただきました』

「な、ば、バカなっ!。貴様っ、何を言ってるのか分かってるのか!?」

 

 曽根がひっくり返った声で叫んだ。女性は嘲笑するかのように言う。

 

「ええ、重々にご理解していますとも。その上での決断です。それともご冗談であるとお思いですか。二階堂総理」

「……」

 

 本当にこの場にいる者をまるで監視でもしてるかのように把握しているのだろう。ここに居た者が怖ず怖ずど視線が二階堂に集中する。そして、戦慄した二階堂の表情を見て全てを悟る。彼女が冗談では済まさない事を。

 

「……なぜ、報復を求める。拉致された者は助かったはずではないのか」

 

 掠れながらも絞り出した二階堂の声に、女性は嘲弄するような口調で返答する。

 

『ええ、確かに事は未遂で終わりました。ですが、我々にその矛先を向けたこと自体が問題なのです。ですからその選択を実行した彼らにはどれ程愚かな過ちを犯したのか、身をもって今一度理解させる必要があるのですよ。それに大陸では大漢破滅を願う者も少なくないと聞きますが?』

「まて。待ってくれ。大漢との軍事同盟もあるんだぞ?」

『所詮ただの口約束に過ぎない軍事同盟などあってないようなものではありませんか。現にその同盟国が意図的に日本の魔法師を攫ったのですよ。それでもまだ、その同盟は必要だとお思いですか?』

「それは……」

 

 二階堂は答えに詰まった。確かに幾ら形だけの軍事同盟とは言え、日本国民に手を出すとは最早公になれば戦争のきっかけに発展しかねない由々しき事態である。だが、今彼らを敵に回すのは得策ではないのだ。

 

「考え直してはくれまいか?」

『残念ながら、それは出来かねます』

 

 ワザとらしく心底困ったように言う彼女に、二階堂は言葉をなくした。本気だ。この一族は本気で国一つ潰す気だ。どうする。どうすれば彼女らは怒りの矛先を収めてくれる。思考がグルグルと彼の頭を駆け巡る。そんな彼の混乱を置き去りに、女性は言葉を続けた。

 

『では日をまた改めて、ご連絡させていただきます。ご期待に添うようなご返事、お待ちしております』

「ま、まってくれ……!」

 

 意に反して通話が途切れかけるその時だった。初めて女性が困惑を表した。

 

『あっ、ちょ、ちょっとあな『いいかっ、よく聞けこのもっさりブリーフども!! 四葉家マジで怖いからな!? お前らなんか赤子の手ひね関節が折れるように痛いぃっ! なんで俺の手をひねるんだぁ! 今戦うべき相手は電話越しの相手だろ!? いいから放せま―― 目が、目がぁっ! そこはせめてグーかパーにしあっ、ちょ、ちょっとそこは気持ちいかもしれな―― 』―― し、失礼致します!』

 

 通話が切れ、奇妙な沈黙が会議室に満たされていく。思わず乱入者に、二階堂たちはどう反応したら正しいのか判断つかずに呆然と黙り込んでしまう。ただ数名、地球のように真っ青な顔で頭を抱えていた。

 

 

 

 

 

 

 薄暗い店の内部は、馴染みのある騒音のような音楽も、光の洪水、タバコの煙と酒の匂い、若い男女の汗と混じったコロンや香水の匂い、笑い声、欲望、あからさまな異性へのアピール、そう言った物が混然と渦巻いていた。フロアには、大勢の男女が体をくねらせて踊っていたが、各々が自分の世界に浸っているだけで、同じ時間と同じ場所を共有しているという連帯感みたいなものは気薄だ。まるで、『孤独の集合体』そんな感じに見える。器用にそのくねり踊る集団をすり抜けながら、バーカウンターに近づいた。途中何人かにぶつかってしまったが、ぶつかられた当人たちは、こちらに目すら負けなかった。なんだか、彼ら、彼女らが動くオブジェに思えてくる。やはり面白い空間だ。誰も他人を気にしない。大勢の中に埋没できる。そんな空間がやはり好ましい。カウンターによりかかり、フロアに目を向けた。

 

「ようこそ、いらっしゃいました」

 

 この騒動の中、指向性マイクでも使ったかのように、声が自身に通る。振り向けば、カウンターの内側に、白いワイシャツ、蝶ネクタイ、黒いスラックスに黒のベストという格好のバーテンダーが立っていた。役者かと思えるほどに整った顔をしていた。

 

「ギムレットでお願い」

 

 丁度、静かな音楽に変わったので、大した声量もなく伝える。まだ耳の中に騒音の残滓が残っているが、慎ましやかにバーテンダーは笑った。彼はキンキンに冷えたジンの瓶を冷凍庫から取り出し、軽量カップに注いでシェイカーに入れる。続いて、形に切ったら今を一つ絞ってシェイカーに入れ、リキュールを少量シェイカーに加えた。最後に氷のカケラを入れて蓋をする。シェイカーが振られた。綺麗な八の字を描いて、手首が柔らかく振られる。いつのまにかショートカクテル用の脚高のガラスが用意され、そこにシェイカーの中身が注がれた。

 

「ギムレットです」

 

 グラスの脚の部分を小さく指で弾いてから、右手でこちらにグラスをカウンターに滑らせるようにして差し出してくる。

 グラスに口をつけ、中身を放り込むようにして飲む。松脂のようなジンの香りが花を抜ける。続いて、ライムの清涼感が舌を走る。シャリシャリと細かい氷が溶け、ほんのりとした甘味が舌を慰撫する。リュルートの甘さに舌鼓が鳴った。実に甘い。余韻の甘さでキレ味のいい短編小説のように、ストーリーがあるのだ。

 

「美味しい」

 

 くぐもった声で感想を述べれば、バーテンダーはやはり柔らかく微笑み、こちらの心情を察したように再び空になったグラスに同じものを注いで渡してくれる。「いいバーテンダーは空気になれる人物だ」と、誰かが言っていた。彼は気配を感じさせない。そのくせ、的確に相手の心を読んで先手を打つ。彼こそいいバーテンダーなのだろう。

 

「――XYZを頼む」

 

 不意にカウンターの奥から含んだような低いアルトが耳に届く。反射的にチラリと横目で見遣れば、禿頭の大男の姿。――やはり居たわね。途端に自分の中の黒々とした怒りの感情が蘇り、頭を冷やすために三度グラスを傾けた。

 ――忘れた事など一度もない。

 身体中、ありとあらゆる全てを蹂躙され侮蔑され姦淫されたあの日々。蕾の花は、狂男のあやしい戯にかき散らされた。もう何年前の事だ。それでも心の傷はまだ残っている。どうやら今だに血を流し続けているらしい。――情けない話だ。ただ、その怨みや憤怒の深さを全て晴らすべき時が来た。目の前が不思議な明るさを帯びてくるのを感じる。それは復讐を成し遂げることへの高揚感か、期待か、喜びか、あるいは――

 

「ふふっ、可愛いお子さんがいるものね、貴方には」

 

 いつか送られてきた父と子の微笑ましい写真を思い出し、どこか肩の力が抜けていく。光と陰。まさしく彼と自分を表すならその言葉が相応しい。きっといつまで経っても、陽の当たらない人生を歩くのだろう。これから先も、ずっと。なら――

 

「――ふぅ」

 

 大きく息を吸い、一呼吸。情感を冷却させていく。滑らかな動作でグラスを片手にカウンターの隅に物憂げに留まる男へと歩いていく。全身ことごとく男性を陶酔させるほど匂やかなものを放ちながら、近づいていく。

 

「お隣宜しいかしら?」

「……ああ」

 

 男が顔を上げる。向けられたのはどこか焦点の合わない瞳だった。だから反射的にミステリアスな微笑みを顔に浮かべてみせた。すると男はその奥にいったい何があるのかを知りたがるように頷いた。確かに女の艶かしさを瞳に写したようだ。その瞬間、この男の行く末を幻視した。後は人なつこい――柔らかな感じ。そして、男の言葉を怖ろしく、異性的にうけて、蠱惑に反射して返すだけ。

 

 ――さあ、復讐の清算を始めましょう……ねえ、四葉の皆さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





乱入者A「な、なあ、何で俺正座させられてんの……?」
乱入者B「貴方がとんでもない事をやらかすからでしょう!」
乱入者A「い、いや、まあ、そうなんだけどさ……ところで電話の相手って誰だったん?」
乱入者B「……知らぬが仏ね」
乱入A「??」


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