八雲紫はそれなりに追い詰められていた。
「どうしたんですか? 視線をあちこちやって」
原因はこの閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥである。
彼女は今、紫に詰め寄っている真っ最中である。
「何か、答えづらいことでもあるのですか?」
それもぐいぐい迫っている。
「いやぁ、答えづらいと言われればそうなのですけど……」
幻想郷のとある平地。
緑の上に二人はいた。
「何ですか? はっきり言ったらいいじゃないですか」
「いやぁ、でもぉ、ねぇ……?」
「……そんなに言いづらいことなのですか? ――そういうことなのですか?」
「いや、ちょっと、そういうわけでもなくて……」
「じゃあ言ったらいいじゃないですか。何なんですか? 私をもてあそぶのがそんなに楽しいのですか!?」
紫は困りに困っている。
下手ことは言えない。
あいまいなのが好きな紫に対して、映姫は白黒はっきりつけたがる性格である。
互いにそういう能力でもある。
紫は苦手だった。
そんな四季映姫の性格が。
紫は苦手だった。
四季映姫の能力が。
苦手だった。
映姫の真っ直ぐだけど、不安そうに揺れる瞳が。
「貴方は、いつも何も言わない。まったく違う話題に変えたりと、話を逸らす。……迷惑だったらそう言えばいいじゃないですか。何故です? 何故貴方はいつもそうやって……」
言葉は最後まで形にはならなかった。
代わりに涙となって、映姫の心が出てきた。
「……私は、怖いのです。恐れているのです」
ぽつり、ぽつり、揺れる声で言う。
「もしかしたら、裏で笑われているだけではないのかと。だから、いつもはぐらかされるのではないかと。もしや、面白がる話のネタを待つために――」
「そんなことはありませんわ」
「だったら何故!?」
「……どうしても知りたいのですか?」
「はい、もちろんです」
潤みながらも、強い目で見られる紫。
「それはあなたの性格がゆえ? それとも能力?」
「貴方のことが知りたいから、です」
「……そうですか。分かりました」
紫は横にスキマを作った。
「三日後、この場所、この時間でまたお会いしましょう。時間は取れますか?」
「はい。何としてでも確保します」
「……分かりました。それでは――」
紫はスキマの中へ入っていった。
たどり着いた先、それは自身の家。
「らーーんーーーー!」
家の中をドタドタと走りながら、従者を探す紫。
見つけた。
台所で、割烹着で何か作ってる。
「どうしよーーーーーーーー、あぶっ」
抱きついた。
が、しっぽガードをくらった。
「どうしましょう、どうしましょう」
そう言いながら、しっぽに頬ずりする紫。
ガードしたのがしっぽなら、それでもよかった。
やわかい。
極楽、極楽。
「……一体何ですか、急に。いつものことですけど」
冷たい従者の言葉もなんのその。
温かいしっぽが紫を守った。
「もう、お夕飯が出来るので、座って待っててください」
紫は台所から追い出された。
その後、食卓で紫は語りだした。
「あのね、あのね――」
語り終わると、
「ほぉ、ついにそうなりましたか」
と藍が言った。
「『ほぉ』、じゃないわよ。何他人事みたいな反応してるの」
「他人事ですから」
「そうだけど、そうじゃないでしょ? あなたは従者、私は主人。OK?」
「はぁ」
気の抜けた返事。
紫はおさまらない。
「どうすんのよ! このままだと返事しなきゃいけないじゃない!」
「すればいいじゃないですか、返事」
「嫌よ!」
「どうしてですか? 別に疎ましがってるわけでもないのでしょう?」
「それは、そうなのだけど……」
「じゃあ良いじゃないですか」
「……駄目なのよ」
思えばどれくらい前からのことだっただろうか。
最初はただただ驚いていた。
でもいつしかそれが心地よくなっていた。
映姫の不安そうな顔が脳裏に浮かぶ。
「……私、今の関係が気に入ってるのよ。いいじゃない、今のままでも」
「なるほど。では、今のまま、向こうにだけ泣くほどの目にあわせたままの状況が続いてほしいと」
「あ、いや、そういうわけじゃなくて」
「じゃあどういうわけで?」
「だからその、気に入っているのよ、……今が」
「それが相手を傷つけることになっていても?」
「……なんでそんなこというの? あなた、どっちの従者?」
「それはもちろん、紫さまの式でございます」
「はぁ、やってんらんないわぁ……」
天井を見上げる紫。
心の内では罪悪を感じた。
――藍が余計なこと言うから……。
そう藍が悪い。あと映姫も悪い。
紫はそう結論付けた。
「……寝よ」
睡眠は最大最高の快楽だと思う。
紫は朝から引きっぱなしの布団に潜りこんだ。
いつでも寝れるように藍には布団を片付けないように言ってある。
それはさておき、愛しい布団はいいものだった。
体がリラックスし、求めているものを如実に感じさせた。
そのまま本格的に寝に入ろうとした時、お腹の状態に気づいた。
「あ、ご飯の途中だった」
よいしょよいしょして布団か抜け出すと、居間に戻った。
「あれ? 私のご飯は?」
「片付けましたよ」
「なんでよ!?」
「え? もういらないものかと思ったので」
「そんなわけないでしょ! ちょっと布団で横になってただけじゃない!」
「普通、そのような状況ですと、そのように判断しますよ」
「……じゃあ私のこのお腹はどうするの?」
紫はわきばらをつまむポーズをした。
「毎日寝ているのが嘘のように、すらっとしてていいと思いますよ」
「あら、ありがとう。――って、そうじゃなくて!」
「……はぁ。いつものとこに置いてますから、ご自分でお取りになってください」
「……持ってきてくんないの?」
「…………」
藍は、返答せずに、お茶をゆっくりとすすった。
その日の夜。
いつもなら布団に入れば三分くらいで寝付ける紫であったが、なんか寝付けないでいた。
仕方ないので、紫はゆっくりと起き上がり藍の元へと向かった。
「らん~?」
藍の寝ている部屋のふすまをそっと開け、覗き込むように顔だけ入れた。
「ら~ん~~」
藍はすやすやと規則正しい寝息を立てていた。
「……あ、ちぇん、どうしたの?」
瞬間。
藍の寝息が止まった。
紫は部屋の中に、足を踏み入れた。
「ら~ん~?」
間。
「……なんですか」
いつもより低いトーンで返ってきた。
橙をだしに起こされたことはもう理解している。
「ちょっと相談なんけど、その、映姫のことで……」
やはりそれか。
藍は体を起こした。
「はぁ、もうめんどくさいですね……」
「え? めんどくさい!?」
少し機嫌が悪い藍。
「もう押し倒したらいいじゃないですか。その方が手っ取り早いですよ」
「お、お、押し倒すって――」
「あれでしたら、お教えいたしましょうか? これから先もずっと付き合わされるのもめんどうなんで」
「い、いやいや、ちょっとちょっと、あなた、一体何を言って――」
藍は立ち上がると、動揺する紫の後ろに回った。
そのままぐっと体を寄せ近づくと、紫がたじろいだ。
そのたじろぎを利用して、部屋の中央、布団の位置まで紫を誘導する藍。
「いいですか、紫様。恋だ愛だなんてものは、これ一つで解決出来るものなのです」
「は!? え!?」
藍は紫へずいっと踏み込み、右足を紫の足の間に入れ込み、膝を曲げ後ろへ回した。
そのまま上半身を前へ倒す。
すると藍の体に押され、紫は布団に仰向きにぱたんと倒れた。
布団は温かった。
まだ藍の温もりが残っていた。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
「ら、らん、一体何を――」
藍は答えずに、身体を覆いかぶさるように倒した。
互いの顔がそばに。
目が合う。
紫は声が出せずに、息しか口から出せなかった。
見慣れたものなはずの瞳。でも、初めて見るようだった。
そして――、
「と、いうようにすれば簡単です」
ひょいっと藍が紫から離れた。
紫は数度まばたきを繰り返し、数度呼吸を繰り返すと、ようやく声を出した。
「ら、藍!? 貴方ねぇっ……」
その声には少ないとはいえ怒気が混じっていた。
が、藍は意に介した様子はなく、
「何か問題でもありましたか?」
と、九尾らしく傾国の美女の笑みで返した。
「いや、その――」
紫は体の芯が熱を持つのを感じ、言葉が最後まで繰り出せなかった。
「……はぁ、仕方ありませんね」
藍が首を数度横に振った。
「……何?」
紫の疑問は、行動で答えられた。
一度体を離した藍だったが、再び紫に迫った。
起き上がりかけていた紫を押し倒し、再び目を合わせた。
「何? 悪いけど、もうその手には引かからないわよ。いくらなんでも私をなめすぎっ――」
紫の口が開いたまま固まった。
目が合っていたはずの藍の目が、下に降りていくのが分かったからだ。
――そういえばさっきお腹が褒められていた気がする。
時間がとてもゆっくりに感じた。
じっくり見られてる。そう感じた。
藍の口から舌が出て、唇をゆっくり舐めた。
どう考えても、舌なめずり。
「ら、らんさん?」
再び目が合う。
唇と唇が近い。
吐息が当たる。
生暖かい。
「ら――」
再び見た目は閉じられていた。
顔がさらに近づいてくる。
この先は充分に想像出来た。
唇と、唇。
紫はぎゅっと目を閉じた。
「ひっ――」
服をかいくぐって横腹を直に指が這った。
予想とは違う行為に、紫は閉じた目をすぐに開いた。
――もうどうしたらいいか分からない。
紫は抵抗する気がなくなっていった。
「――と、いうように体に訴えかけるのが一番です」
「…………」
理化した。
全て理解した。
「あなたねぇ!!」
中々出さない大きな声で非難した。
「どうかしましたか? もしや、途中までだったことが気に入らな――」
「そんなわけないでしょ!!」
顔を真っ赤にして怒る紫だったが、藍はまったく怖くなかった。
それどころか本当に続きをしてしまおうかと思ってしまうくらいに、可愛らしかった。
「だいたいっ、あなたのそれは、どっちかっていうと映姫やる方でしょ!?」
「……まぁ、たしかにそうですね」
「だったらなんで!?」
「教えてほしいですか?」
傾国の美女スマイル。
紫は声が出せなかった。
藍の中の何かがくすぐられた。
「それじゃあ、続きをいたしましょうか」
「な、なんでよっ」
「……知りたいのでしょう?」
藍の手が紫の衣服に――。
紫の脳内にCAUTIONが鳴り響いた。
「わ、私っ、もう、寝るからっ」
紫は藍を押しのけると、胸元を直しながら部屋を飛び出した。
藍は見送りながら、追いかけたら最後までいけたなと思った。
「でも、まぁ――」
藍はまた唇を舐めた。
――人のものなったほうが……
その表情は獲物を前にした獣のそれだった。
「――では、答えを聞かせてもらえますか?」
とある平原。
紫と映姫は岩陰で立っていた。
映姫は両手で笏をぎゅっと強く持ち、紫を一心に見ていた。
「そ、それはですわね……」
言い淀んむ紫。
映姫の目が一瞬怯んだ。
「その、なんというか、言葉ではないそうで」
「?」
紫はひどく居心地が悪かった。
――ええい! 女は度胸よ!
「っ!――」
紫は、押し倒した。
「え?」
平原、岩陰の中、紫は――。
「えっと、その、……え?」
困惑の言葉を口にする映姫。
紫は答えない。
代わりに顔を近づける。
「ちょっと、その、そういうのはまだ、はやっ」
吐息と吐息がぶつかる。
あとほんの少しだけ近づけば唇と唇触がれ合う距離。
少しだけ開いた唇から、温かい息が漏れる。
「はぁ、はぁ」
映姫の息が荒くなる。
じっと見つめられる。
元々、それでもよかった。
むしろ、もってこいの状況じゃないか。
映姫は勇気を出して、目をゆっくり閉じた。
全てを受け入れるつもりだった。
「…………」
が、紫は止まっていた。
この先どうしたらいいのか、分からなかった。
紫は分からないなりに、藍の再現をしようとしたにすぎなかった。
――藍んんんんんんんん!? ここからどうするのーーーー?
藍には紫の機微が取るように分かっていた。
長く従者をやってきたのである。
遠目からでも一目瞭然といった感じである。
まぁ、つまり、藍は覗いていた。
藍はため息を吐き、さっと近寄った。
ドキドキで目を閉じている映姫と動揺している紫は気づかない。
藍はそっと紫の後ろに立つと、身を重ね、紫の頬に手をやった。
「えっ!?」
驚きに、紫の体がはねる。
即座に首を後ろへやり、藍を確認した。
「えっ!?」
『何故ここに』と言葉を発する前に、――顔を近づけられた。
「っ――」
そのまま唇を重ねられ、舌までもが――。
「え?」
紫の異変に気づいた映姫が目を開け、目に映った光景に声を発した。
「――え、えぇ!?」
が、答えない。
二人とも、話せる状態ではない。
「いったい、何をしているんですか!?」
映姫は純愛派である。
目の前の光景に、胸の奥から発せられた熱が身を動かした。
――助けなければ。
映姫は腰をねじり、上半身を紫の下から抜け出しした。
そこから、藍をどかそうと腕を伸ばす。
「――何、と言われても、私は紫さまのしもべとして手助けをしてさしあげてるまでですが」
映姫の手に押され、紫との距離が離れた藍はさも当然のようにそうのたまわった。
藍は純愛なんて言葉など鼻で笑う。
藍は手を動かした。
「さぁ、紫さま? お次はお身体にも触れていきますよ」
「え、ちょ、らん」
「まずは――」
「――あっ」
映姫は目をめいいっぱい見開いた。
――この堕狐! 阿鼻地獄でもに落とす!
映姫は藍に敵対的な意思を表し、もう一度腕を伸ばした。
今度は押すのではなく、吹き飛ばそうと。
その藍はその全てを読んでいた。
映姫の腕を、伸びきる前に正面から掴み、手を重ねた。
そのまま指と指をからめ、指先で映姫の手の甲を撫でた。
「――っ!?」
藍は、紫の上から映姫の横まで身体をすべらし、そのまま覆いかぶさった。映姫と紫に挟まれている状態である。
藍はそのまま映姫の唇を奪い、手を動かし、服の中へ侵入させた。
「っ!? んむっ、んむっ――」
身をよじり声を出すも、その全てを制された。
服の中に侵入した手が、下腹部へ至った。
「っ!!??」
映姫の足がばたつく。
その様子に藍の目が愉悦に歪む。
――先にこちらからいただくのも、悪くない。
指先をすこし立て、映姫に指の触覚を強く意識させる。
それは映姫のその先を想像させた。
指がさらに下に降りていくと、映姫のばたついていた足が硬直した。
藍は唇を離し、笑みを作る。
目が合う。
藍は指の移動を止め、今度は上へゆっくりのぼらせる。
映姫の瞳が揺れ、体の強張りもゆっくりと解けた。
――獲った。
藍は唇を舐めると、再び下へ指をすべらせた。
その時、
「――っい゛」
突如、藍の声から痛みから声が出た。
「……藍?」
自身の下で行われることについていけずにフリーズしていた紫がようやっと復活し、藍の両頬を後ろから引っ張ったのである。
「ゆ゛、ゆかいひゃま――」
首だけ後ろにやると、いかにも怒ってますといった感じで紫が微笑んでいた。
笑みが深まると、連動して手の力も強まった。
「――いひゃいですっ」
紫はさらににっこり笑い、
「反省なさい?」
さらに引っ張った。
「お仕置きが必要、あなたもそう思わない? 映姫?」
名前を呼ばれ、映姫が立ち直った。
「っそ、そうですね!」
映姫は藍の下から抜け出した。
頬が赤い。
三人とも立ち上がると、藍に詰め寄る形になった。
「――で、どうしてやろうかしら?」
紫に睨まれた藍は、気恥ずかしそうに胸元をゆるめ、
「では、今度は私が攻められるわけですね」
と、艶のある声で言った。
「っな――」
紫の頬が赤くなった。
「冗談、ですよ」
藍の頬も赤い。
ひりひりしてる。
映姫が言う。
「私たち二人を前にして、度胸がありますね」
紫が言う。
「まったくだわ。ちょっとお痛しすぎよ」
藍が言う。
「そんなことよりも、――いいんですか? 途中だったのでは?」
「は?」とそのお二方の声がハモる。
「私はお二人の情事を円滑におこなえるように、少々レクチャーしただけです。そろそろ続きをなされては? ほら、お二人とも、見つめ合って」
情事。その言葉に、映姫と紫はそれまでの自分たちがどういう状況だったのか、思い出した。
自然と二人の目が合った。
――今のを、二人で?
二人の顔が分かりやすく赤くなった。
「それと、その先もあることをお忘れなきよう」
二人はピクリと反応した。
――その先?
二人の口があわあわし始めた。
「どうです? そこまで、レクチャーしますか? もちろん実地で」
妖艶に笑う狐がそこにいた。
二人は、思いっきり睨んだ。
力とか立場とかでなく、こいつの得意分野でこの色情狐をぎゃふんと言わせたい。
二人は、視線を交わした。
互いに同じ思いであることが分かった。
二人でかかればいけるかもしれない。
二人は行動を開始した。
二人は――。
ふたりは――。
性夜ですからね、仕方ないですね