月が沈み日は登る、以前は飲むこと自体が自殺行為だったはずの萃香の酒も、今となってはただ度のキツイ酒にしか感じられなかった。
そのまま気絶してしまいたいほどには疲れていた筈なのに、妙な高揚感に苛まれ夜通し酒を喉に流し込んでいた。
隣で眠りこけている鬼様と色々な話したはずなのに、夢中だったのかはたまた無関心だったのか、殆ど記憶していない。
酒の席なんてそんなもんだろ?
雲一つない快晴が手に持つ盃に注がれた酒に反射する。
ふと、そこに一つの影が落ちた。
「こんな時間にまでお酒飲んでたの?」
水面に映る彼女の姿を濁らせて、一気にあおる。
「誰かさんが気絶してたおかげでな」
「うぐッ……そ、それは仕方ないでしょ」
「別に責めてるとかそういった話じゃないぜ、むしろ尊敬してる。よくもまあ、紫様相手に物怖じを隠し通したもんだ」
「でっしょー?」
「尊敬してはいるが、褒めてはないんだよなぁ。紫苑、おめぇ下手したら消されてたぞ?」
「それでも、譲れないものはあるんだよ」
そんなもんか、そんなもんだよ。
そんな他愛のない会話。
朝早くもあってか、森には小鳥のさえずりしか響いていない。獣や妖怪の殆どはまだお眠のようだ。
「一緒に飲むか?」
「その瓢箪のお酒マツリにも出せるの?」
「多分?」
「たぶんって……、いやまあ飲まないんだけど」
「そうか」
空になった盃を萃香の腹に乗せ、空を見上げる。雲一つない快晴だ。
「人、やめちゃったんだね」
「だな。まあ、同族殺しを散々してきたんだ。今更だろ」
「辛くない?」
「そりゃあ…………辛いさ。でも、飲み込むしかないだろ? そっちはそうしなきゃならなかったし、紫苑が言ってる方は俺の我がままだ。辛い、なんてもんじゃない。それでも、飲み込むしかないんだよ。これは、俺が背負わなければならないものだ」
「そっか」
紫苑が隣に腰かける。
出会った当初の、やつれた身体、血色の悪い肌、穴の開いた服にはよく分からないお札がぺたぺたと貼り付けられ、濁った青の瞳に光は宿っていなかった。
そんな姿を想像できない程に今の彼女は美しい。張りのある肌、血色のよい肌、服に穴は空いていなくお札も張られてはいない。そんな彼女の透き通った青の瞳に俺が映し出される。
「私ね、マツリがたくさん殺されてるとこ見てた」
「聞いた」
「すごく苦しくて、悔しくて、きつくて辛くてなんにもできない自分が嫌だった。なんでマツリはあそこで頑張っているのに、私はのうのうと座って見てるだけなんだろうって。しかも酷いんだよ!! 紫様、ちゃんと全部見せてあげるとか言って時間を止めたーだとか言って!!」
「それは確かに酷いというか……鬼だな」
あれ軽い気持ちで他に見せていいもんじゃないと思うんだがなぁ…………色んな意味で。
「マツリが頑張ってるんだから、見てるだけの私が諦めるわけにもいかない。ただその一心で見続けた。そして、不幸をマツリが掴んでくれた時はすごく、すっごく嬉しかった。真っ赤な血の中で紫様に跪くマツリを見てて、ふと思ったの」
「思ったって…………一体なにを?」
「私ね、紫様に感謝してる、藍様が凄い強いのも知ってる。でも、だからこそ、私って、本当に危険な存在なんだなって」
「危険、ねぇ」
「そりゃあ数年分とかって話だろうけど、それでも人間だったマツリが藍様に勝てる程度には影響力があるってことでしょ? だから、ね、マツリ」
紫苑が腕を広げる。次の言葉はなんとなくだが想像できた。
事実、依神紫苑の不幸の力は絶大なものだ。かなりの長時間のものを溜め込んでいたからこそと言うのもあるが、藍様を八雲紫の右腕をいち人間が殺せるようになる程度には。
そして同時に、今の俺ならば彼女を殺せる。その力がある。生きたいという俺の願いに間違いなく沿っている希望が見える。だって、誰しも自分から不幸になりたいなんて思わないだろ? 少なくとも俺は思わない。
「捨てるなら、今だよ?」
そらきた、予想通りの言葉だ。
「殺すなら、今だよ? 殺しても私という存在は、依神紫苑という存在はそこにいる。マツリは気に病む必要はないし、私の最期はマツリに埋め尽くされるの。悪くないでしょ?」
震える声で突拍子もなく予想通りの事を言い出した紫苑を尻目に、萃香の腹に乗せた盃を手に取る。
「きっと、きっとこの力でいつかマツリに迷惑をかける…………今までとは比べ物にならないくらいの不幸が来るに決まってる、だから、いっそのこと」
「なあ、紫苑、一旦黙れ」
そして、その盃を両手を広げている紫苑にぶん投げた。
「ひぎゃ!!」
鈍い音と甲高い声、降ってくる盃をキャッチしちらりと額を抑える彼女を見た。
目に一杯の涙を抱え勢いよく立ち上がる。
「何するの!?」
「いやなんか悲劇のヒロインみたいなこと言い始めたから…………」
「そうかもしれないけどさぁ!! だからって投げることないと思います!!」
「キャンキャンキャンキャンうるせぇなぁ……え、で? なんだっけ? 捨てるならーとか不幸がーって話だっけ? むしろそれをしなくて済むように人を辞めてきたんだがなぁ」
「でも、いっぱい迷惑かけるよ?」
「今更だろ。んで、その迷惑のおかげで退屈せずにすんだ。折れることなくここまでこれた。迷惑なんて生きてりゃ誰でもかけるしかけられる。紛れもない事実だが、そんな詭弁はどうだっていい。俺は紫苑に迷惑をかけられたい、その為だったら人の身すら辞めてやる。その分、俺も紫苑に迷惑をかけるだろうから、それは笑って悪態付きながら適当に付き合ってくれ」
最後に、あんまり難しく考える必要はねぇと付け足し、萃香の瓢箪を手に取る。さ~てでるかな~? お、でたでた。
紫苑は嬉々として酒を注ぐ俺に刺すような視線を向けている気がするがきにしなーいきにしなーい。
「…………はぁ」
「ため息ついたら幸せが逃げるぞ?」
「うるさい。そりゃあ気分が沈んでたけどさ? でもそんな雑な扱い受けるとは思ってなかった」
「俺なりの誠心誠意ってやつだ」
「ふ~ん、ね、マツリ」
「どうした? まだなにかあったか?」
改めて名を呼ばれそちらを向く。優しい笑みを浮かべた紫苑がいた。
当然のこと、当たり前のこと、それが普通で、なによりも愛おしい。
「これからもよろしくね」
「ああ、こちらこそ末永く、よろしく頼む」
無性に気恥ずかしい気がするが、それこそがなによりもの幸せだろう。
なみなみに注がれた酒で口の中を濡らした。
「ああ、そうだ。また暫くは忙しくなるから……かなーり迷惑をかけることになるがよろしく頼むな?」
「? 何かあるの?」
「挨拶回りだよ。レミリアとかの紅魔勢を筆頭に人里、博麗、永遠亭、妖怪のやまーはいいか。少なくともこの辺りには挨拶しとかねぇと」
「あぁ……えっと、私は行かなくていい、よね?」
「何言ってんだ? 当事者だろ?」
「いや、当事者はマツリであって正直めんどくさいというか…………」
「結婚の挨拶も兼ねてんだ。諦めような」
「えぇ~人里ならともかく他にまで私がいく必要ある~?」
「いやいやあるだろ…………」
ぐでぇんと擬音が聞こえてきそうなだるさ加減で床に寝転ぶ紫苑を眺める。
「てか、いいのか?」
「いいのか? って、ああ、結婚がーってやつ? 私はいいよ、てか嬉しい。あ、でも神様と人間だと名称が違うとかあるのかな?」
「さあ? でも、紫苑がいいって言うならいいか。一度了承したんだ、逃げられると思うなよ?」
「そっちこそ、厄介娘を捕まえたって逃げられると思わないでよね?」
なんて、なんとも緩い形で婚約が決まった。
だが、それくらいで丁度いい。
今まで散々息苦しさを感じてきていたんだ。自分で蒔いた種だとしても、そうでないとしても、今ぐらいは俺も隣でぐでぇんとしておこう。
「愛してる、紫苑」
「私も、愛してるよ、マツリ」
お互い少し頬を上気させ照れくさそうに笑いながら、それ以上の言葉はないと手をつないだ。
手放さないとその手を掴み引き寄せ、力強く抱きしめた。
俺は生きたいから生きてきた。死ぬのが怖いとかって話よりも生きたいから生きてきた。
妖怪と戦ったり、異変の中に飛び込んだり、死に物狂いで頑張ってきた。
死ぬ死なないならそりゃあ死なない方を選ぶ。
最初は食うものはない、家は風通し抜群、雨漏りはするような最低な環境。それでも、生きる希望があれば誰だって生きることを優先するだろ?
少なくとも俺は生きたいから生きてる。それが生きる理由だ。
ただそこにほんのちょっとだけ理由が増えただけ。
糸の先に繋がれた人形とは言え操り人形とは限らない。
糸を操る相手が二人いるってわけわかんない状態だが、素直に聞いてやるのも面白味が足りないだろ?
世界で一番不幸が似合う女と、世界で一番愛に飢えた女と、そんな二人に挟まれた小さな操り人形がもみくちゃにされながらよく分からないまま生き抜くだけ。
全員が素直になればもっと気楽に生きられるってのに、それをしない愚か者たち。
さあ、みんなで愚か者に指を指して盛大に笑い飛ばしてやろうぜ?
これは、そーゆうお話だ。
お読みいただきありがとうございました
不完全燃焼?
ですがこれはあくまで糸の先に繋がれた人形のお話です。
ここから先は糸の先に繋がれた愚か者達のお話となりますので、所謂有料会員限定ってやつです。
まあ、そんなものはありませんが。
もしかしたら紫苑の妹を探しに行くかもしれませんし、紫様の癇癪で幻想郷が消え去るかもしれません。
ですがすくなくともそれはここでは語られないお話…………
たまにはこんな終わり方でもいいんじゃないかにゃぁーって
そんな雑なノリの最終回です。愚か者なんでね?
というわけで、ここまでの長いお付き合いありがとうございました!!
2020年4月30日から2024年10月1日…………随分と……
まあ、完結したんで良しと致しましょう!!
次回は東方キャラ全員男問題的なやつか、オリジナルで書こうかなと考えておりますので、機会がありましたらまたよろしくお願いいたします。
それでは、ばいちゃ~!!