スト魔女のサーニャちゃんのお話です。
孤独で愉しい夜間飛行をしたり、エイラと仲良くなったり、ミーナさんとおしゃべりしたりします。
ただし、ほとんどがサーニャ一人のお話です。
スト魔女は昔好きだったのですが、二次創作初挑戦ですので、お手柔らかにお願いいたします。
一応、アニメ本編より少し過去の話という設定で、サーニャは12歳ということにしています。

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孤独で美しい夜の色彩に捧げます

真夜中にも色がある。

そのことにアレクサンドラ・ウラジミーロヴナ・リトヴャクことサーニャが気づいたのは、12歳の時だった。

一見何もない真夜中に潜む、さまざまな感触の淡い色彩。

それは、目を凝らすとはっきりと感じられるものだった。

色彩の理由はわからない。

天候や雲によるものなのか、湿度や温度によるものなのか、あるいは海からの反射なのか。

それとも、孤独な自分の心が見せる妄想だろうか。

サーニャは孤独だった。

訓練兵を経て実戦投入されて以来、夜間哨戒が主な任務だ。

他の兵が起きている間は休息し、皆が寝静まった真夜中に空へと飛び出す。

これでは他人と接する機会がない。

そのこと自体はかまわないと思っていた。

生来の奥手な気質だ。

人と接することそのものが得意ではない。

ゆえに自分には似合っている。

一人ぼっちの夜間飛行はうってつけの任務だ。

そう思っていた。

だが。

不思議なもので、自分の生来の気質に寄り添った仕事をしているというのに、溜まっていくのだ。

孤独が。

孤独の残滓が。

まるで水の底の堆積物のように。

夜間飛行を終えて、宿舎へと戻ってきてベッドに身を横たえ、眠るとき。

心の底に投影された井戸が見えることがあった。

土を掘り作られたその井戸の奥底には、何か生き物がいる。

ただ、それが何の生物であるのかはわからない。

なぜなら、日々溢れ出していく孤独という名の雨粒がひっきりなしに井戸の水かさを上げていくからだ。

サーニャは、夢の中でその小さな体を乗り出し、井戸の奥底に叫んでみたことがある。

 

「ねぇ。あなたはだぁれ? どうしてそこにいるの? 苦しくないの?」

 

井戸の底に声は届いたのだろうか。

返事はない。

サーニャはつぶやいた。

 

「ごめんね。私は、こんな雨ばかり心に降らせるから」

 

しかし、心の雨は、どんな日も降り続けるのだ。

そんな状況だったから、夜の闇の中に色彩を捉えられたことは、彼女にとって僥倖であった。

何も色のない漆黒の闇を漂う飛行よりも、よほど良い。

サーニャは、右の人差し指を、自らの唇に触れた。

……笑っている。

私が?

そう。

彼女は、無意識のままに微笑んでいた。

微笑んでいたのだ。

 

 

その日以来、サーニャの夜間飛行は、これまでとは少し違うものになった。

ただただ淡々と偵察と通信を行うためだけのものだったはずの飛行が、必要最低限の走行範囲から逸脱するようになった。

彼女は、飛ぶ。

夜の闇の中に現れる、淡い色彩の中から、美しいと感じるものを探して。

コールタールのような黒の向こう側に、ほんの一瞬のミッドナイトブルーが見えるとき。

彼女はそこをめがけて飛ぶ。

まるで蝶のように。

時に歌うように、時に舞うように。

こんなこと、これまでの自分の価値観ではありえなかったことだ。

もちろん、夜の闇の中に垣間見える美しい色彩は、手に触れることはできない。

それはむしろ、その色彩が見えたはずの場所にたどり着くと結局は周囲と同じ黒に解けて消えてしまう。

それでよかった。

キャンディと同じだからだ。

どんなに宝石みたいなキャンディでも、それを手に入れて口に含むと、ものの数分で溶けてしまう。

手に入れられない、触れることもできないだけ、むしろマシだ。

この何もない夜の中で、何かを求めて飛ぶことができる。

その繰り返しを延々と続けられる間だけ、私は確かに生きている。

生きている。

生きている。

もはや、麻痺してしまい、そんなことを考えたこともなかったのだが、12歳の少女にとって、死と隣り合わせの日々はやはり恐ろしいものだったのだ。

サーニャはそのことを永い間、忘れていた。

そもそも彼女は元来、志願兵だ。

請われて、あるいはひっとらえられて徴兵されたわけではない。

だが、死にたいわけでもない。

サーニャはこの日、大空を飛びながら泣いた。

泣きながら、目を閉じると、夢を見ているわけでもないのに、またあの井戸が見えた。

井戸の底にたまっていく雨粒は、孤独だけではなかったことをやっと知った。

そこには、死への恐怖、も含まれていたのだ。

さまざまな、彼女自身も理解しきれない感情の交じり合った雨粒は、漆黒の闇よりもさらに複雑な色をしていた。

その色は、美しくはないと思った。

彼女は、心の中で叫んだ。

また、井戸にその小さな体を乗り出して。

 

「ねぇ。井戸の底にいるあなた。ごめんなさい。私の嫌な感情であなたを埋めちゃっているの。でも、どうすることもできない。私、あなたを助けたい。でも、どうすることもできない」

 

少女の小さな叫び声は、井戸の底に消えていく。

目を開けると井戸と同じような黒が飛び込んできた。

夜空の、密度の高い闇の黒。

目じりが緩み、彼女はまた泣いた。

閉じても開けても、私の世界は同じだ。

この密度の、この黒。

息が詰まりそう。

空気しかない空なのに、夜の闇が私の体を捉えてがんじがらめにして壊してしまいそう。

まるで囚人。

囚人。

私は、重たい鎖で夜につながれた囚人みたい。

 

 

どれぐらい、泣いていただろうか。

潤みにじんだ視界の向う側に、かすかな光が見えた。

 

「え? 明るい?」

 

虚ろなほどに続く夜の闇の向こう側。

雲と雲の隙間に、一瞬、深い海のような美しい青が見えた。

だがそれは、目を閉じ、再び開くともはや消えていた。

幻想?

幻視?

噂で聞いたことがある。

あまりにも疲労が極限に達した兵の中には、幻のようなものが見えた人もいるということ。

そしてその人は頭のネジが狂って死んでしまった。

もしかして、私も?

サーニャは息を呑む。

しかし、先ほどの青い光が、そのような邪悪なものには感じられなかった。

それは深い海のような光だった。

やさしく淡く、哀しげだが自愛に満ちたものだったのだ。

誘われるように、サーニャはその光の残滓へ飛んだ。

どれぐらい、飛んでいただろうか。

やがて、雲と雲の隙間、まるでエアポケットによって作り出された秘密の小部屋のような場所にたどり着いた。

おとぎの国に迷い込んでしまったみたいだった。

そこは確かに、それまでと地続きの夜の闇なのだが、どこからともなくグラデーションを描いて色彩が淡くなり、今、サーニャの周辺は、海の底に光が射したときのような美しい青に彩られている。

きらきら、ゆらゆらと。

時間も空間も、漂う波のようだ。

 

「なに、ここ……」

 

ここに至り、サーニャは、己のとった逸脱した行動に恐れを抱いた。

軍の規律に対する重大な違反ではないだろうか。

ふらふらと魔物に魅入られるように空を飛び、任務外の飛行を続けてしまった。

彼女はあわてて、魔導針を発動させる。

彼女の固有魔法、全方位広域探査……ここが、どこなのかを、まず把握しなくちゃ。

だが。

サーニャの耳に入ってきたものは、意外な音だった。

 

「人の、歌声?」

 

そう。

それは美しく儚げな、女性の声だった。

線の細いソプラノだが、激しい求心力がある。

歌っている人間の心が、そのまま伝わってくるような。

美しいが哀しげなメロディをただなぞるだけではなく、何かを伝えようと、必死でもがいているような、切々としたものだった。

 

「この不思議な音楽って……何?」

 

それはどこか懐かしいような美しい歌だった。

美しいが、頭にこびりついてくるような、真空の穴のような得体の知れなさがある。

いったい誰が歌っているというのだろうか。

こんな真夜中に、空の彼方で。

それも、こんな歌を。

私の魔導針が、ラジオの電波を受信したの?

けれど、この音はまるで頭に直接訴えかけてくるような。

飲み込まれそう。

飲み込まれそうだ。

音の渦と、この青い深海のようなエア・ポケットに。

飲み込まれて消えてしまいそう。

サーニャは、歯を食いしばった。

でたらめにストライカーズユニットに力を込める。

頭が朦朧とする。

自分が今、空のどちら側を向いているのかもわからない。

でも。

ここを抜けなきゃならない。

 

やがて、もがくようにでたらめに空を走行していると。

雲に包まれた青い深海のようなエアポケットをふいに抜けた。

でたらめとはいえ、飛行を続けていたおかげだろう。

その瞬間はあっけない一瞬だった。

塊のような雲にぶつかると思ったら、それは霧散し、あの青い闇も消えていたのだ。

視界が見慣れた、例のつまらない漆黒の夜に戻る。

と、同時に、通信に強いノイズが混じった。

先ほどの歌声ではない。

歌声はいつの間にか終わり、騒々しく楽しげな音楽に変わっていた。

サーニャはあまりそういうものを聴かないが、知ってはいた。

ジャズだ。

スウィング・ジャズ。

ラジオの解説者が、フランキー・トランバウアーの素晴らしいサキソフォンソロをご堪能くださいと向上の述べた。

次の瞬間、弾けるようなサックスが、サーニャの耳を切り裂く。

それは生きている音楽だ。

生臭く、暑く、体温と血の通った音楽だ。

生きなくては!

サーニャは、つぶやいた。

漆黒の闇を、駆ける、駆ける、駆ける。

雲をナイフで切るように飛び、本来の飛行範囲内へと舞い戻っていく。

青い闇を抜けた場所からは、普段の飛行範囲まで意外なほど遠くなかった。

それは、普段の道からほんの少し離れた〝異界〟で行われた体験だったのだ。

耳元に、いまだノイズ交じりの音楽が流れ込んでくる。

相変わらずの騒々しいジャズ。

今は太った黒人のトランペッターが、肉きり包丁を振り回すような鋭いソロを披露している。

サーニャは、ため息をついた。

 

「私は、もっと静かな音楽が、本来は好きなんだけど」

 

けれども、彼女は音波の受信をやめなかった。

 

 

その日の夜は、それ以上飛ばずに宿舎に戻った。

恐ろしいほどの時間が過ぎ去ったと思い込んでいたのだが、ほんの数刻だった。

サーニャはそのことに驚いた。

もう一度、偵察任務に戻ろうかと考えた。

だが、体の疲労が限界に達していた。

彼女はベッドで眠りについた。

任務を遂行しなかったのは初めてのことだった。

夢は見なかった。

あの心の井戸は、今夜はどうやら閉じてしまっているらしかった。

翌朝。

もちろん彼女は上官に、こっぴどく説教を受けた。

理由を話そうかとも思った。

だが、あの夜の体験を話しても、信じてもらえるようには思えなかった。

一歩間違えば、精神に異常をきたしたのだと思われてしまうかもしれない。

そうなれば軍医にかけられて、前線から追放だ。

その日は、日中の睡眠をとる気にならなかった。

夜早く眠りすぎたためだろうか。

サーニャは、昼過ぎの木陰に腰掛け、ぼんやりと景色を眺めて過ごした。

明るい昼の光を見るのは久しぶりだった。

それはひどく懐かしく、そして、眩しく見えた。

自然に、昨日の夜聴いたあの歌が口をついて出た。

よほど耳に残っていたのだろう。

 

「あら。ロンドン・デリーの歌」

 

不意に声をかけられて振り向くと、隊長のミーナ・ディートリンデ・ヴィルケがいた。

サーニャはあわてて立ち上がった。

 

「あの。ごめんなさい。昨日は私……」

「別にそのことをまだ咎めてるわけじゃないのよ。ただ、今の歌が……」

「知っているのですか?」

「ええ、もちろん。あなたこそ、知っているから歌っていたんじゃないの?」

「いえ。そういうわけでは」

「そう。あのね、ロンドン・デリーの歌って曲よ」

「有名なんですか?」

「そうね。このところずっと流行してるわ」

「このところ?」

「そう。戦争が長く続いてからね」

「それってどういう……」

「もともとはロンドン・デリーの歌って民謡なんだけど。クライスラーもヴァイオリンで弾いていたわ。今はダニー・ボーイって呼ばれてる。帰ってこない少年兵の帰りを待つ親の歌」

「そう……なんですか」

 

フリッツ・クライスラーなら知っている。

ウィーンに留学したことがあったもの。

大物のヴァイオリニストとして名を馳せていた。

 

「でも、こんな場所で歌うには、悲観的過ぎるんじゃないかしら?」

 

ミーナが、重い言葉を冗談めかすようにつぶやいた。

サーニャは、うなづいた。

 

「そうですね。もう二度と歌いません」

「あら? そう?」

「はい。どうせ歌うなら、楽しい、前向きなものが良いですから」

「あら。ふふふ」

 

ミーナが去った後、サーニャはもうしばらく、午後の日差しを見ていた。

それから、てくてくと自分の部屋に戻る。

扉を開けると、見知らぬ少女がいた。

 

「あれ。サーニャだ」

「え?」

「え?って。ひどいな。エイラだよ。エイラ・イルマタル・ユーティライネン。同じ隊だろ?」

「そっか。ごめんなさい。間違えて部屋を開けたみたい」

「それは別にいいんだけどさ」

「いいの?」

「そんなことより。同じ隊の仲間を忘れてるほうがひどい」

「そっか」

 

サーニャは、頭を下げた。

そして、部屋を出て行った。

取り残されたエイラは頭をかいた。

 

「何だよ。変なやつ。でも……ちょっと可愛かったな」

 

なぜか頬が赤くなっていた。

一方サーニャは、なぜか嬉しそうだった。

 

「そっか。部屋。間違えちゃったけど、いいんだ」

 

そんな言葉を呟きながら、自室へと戻る。

なぜか、自分が赦されているように感じたのだ。

以降、サーニャはたびたび、エイラの部屋に間違えて入ることになるのだが、それはまた別の話だ。

部屋に戻ると、わずかに眠気がやってきた。

夜間飛行までまだ少し時間があった。

仮眠をとることにした。

夢の中で、あの井戸が出てきた。

井戸の雨粒はずいぶんと減っていた。

サーニャは再びその小さな体を乗り出し、井戸の深遠を覗き込む。

もう少しで、底に何がいるのかが見えそうだった。

以前は底にいるものが怖い可哀相なものであるような気がしたが、今は、ごく普通の、自分と同じような存在がしゃがみこんでいるだけに感じられる。

 

「ねぇ。底にいる人」

 

サーニャは、話しかけた。

それが人か何かはわからないが、便宜的に人と呼んでみる。

彼女はこれまでに無い親しげなトーンを出した。

 

「不思議なことがあったの。それでね、私、少しだけ変わったよ」

 

相変わらず返事は返ってこなかったが、かまわないと思った。

彼女は、この井戸を抱えて生きていくのだ。

 

 

その日の夜。

いつものように、漆黒の闇を飛んだ。

魔導針を勇ましく突き出して、これは隊には内緒なのだが、ラジオの電波をほんの少しだけジャックした。

楽しいジャズを聴くのも、悪くはないと思った。

 

(終わり)

 




読んでくださりありがとうございます。
さて、いかがでしたでしょうか。
ご意見、ご感想などいただけましたら、幸いです。

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